Fate/stay night 【select the fate】 作:柊悠弥
授業も終わり、放課後。慎二を探して歩き回る。
慎二の姿は間桐邸にもなかった。
別に予想できなかったわけではない。桜の口ぶりからして、家にも帰ってないんだろうな、なんてぼんやりと考えている自分がいたくらいだ。
間桐邸から新都へ向かう坂を下りながら、慎二がどこにいるのか、と。脳内に思い浮かべた地図に印をつけていく。
おそらく慎二がいるなら人の多い場所。自分の存在を隠すために人混みに紛れているのではないか。
苦しむ美綴から逃げたあの表情。慎二には多少なりと罪悪感や恐怖が芽生えているはずだ。
その恐怖を紛らわすために、人の中に隠れている。喧騒というのは恐怖を打ち消すのにちょうど良いのだ。それならおそらく、新都にいる可能性が高い。
新都に向かう足が速い。陽は既に沈み始め、空には茜色が満ちていた。
謎の焦燥感に駆られながら、早く、早く。慎二をとっ捕まえないと。
何よりこんなところには居たくない。いつも通りの道なのに、何も変わらないはずの道なのに、何でこんなに居心地が悪いのか。
「────ぁ」
立ち止まり、気がついた。抱えて居た謎の焦燥と、違和感の正体に。
長い長い、間桐邸から新都へ向かう道に続く下り坂。そこには人影なんてものはなく。俺だけが、何処か別世界に取り残されてしまったのではないかと勘違いしてしまうほどの静寂が広がっていた。
それから、だいぶ歩いたというのに、坂の終わりは、程遠くて。
「……おかしい」
そうだ。この坂はおかしい。何度も何度も同じところを走らされるような感覚と、静かすぎる道────そこは俺に、分かり易すぎる程の違和感を植え付けていた。
「っくく、はは! 無様だなあ、衛宮!」
声が響く。探していた者の声が。
同時に目の前に、まるで最初からそこにいたかのように慎二は現れて。いつもの、趣味の悪い笑顔を浮かべた。
「探したぞ、慎二」
「ああ、知ってるよ。おまえが僕の家の前でうろちょろしてたのは見てたからな」
何処から見てたのか、学校に行かず何をしてたのか……聞きたいことはたくさんある。けど、今はそんなのは後回しだ。
「慎二。ライダーのマスター権を桜に戻せ」
慎二の笑顔が怒りに歪む。握り締められた拳は小さく震え、舌打ち混じりに唾まで吐き捨てた。
「は、嫌に決まってるだろ? ……というか衛宮、おまえ自分の状況わかってないだろ。僕に命令なんてできる立場じゃないぜ?」
指を鳴らす慎二。同時に慎二の隣の空間が歪み、そいつは現れた。
紫色の長髪を魔力の風に揺らし、バイザーの下から艶かしい殺意を向けて。あの時、美綴の血液を吸っていたサーヴァント────ライダーは、杭を両手に今にも俺に襲いかかろうとしていた。
「ここはライダーの結界の中。逃げ場なんてない……おまえは僕に、大人しく殺されるしかないんだよ」
主導権を握られてしまった。何も最初から話し合いで解決するとは思っていない。けど、今の俺には自分を守る武器すらなく────。
「僕は聖杯戦争に勝って、認めさせなくちゃいけないんだよ……!!」
慎二の叫びが辺りに響き、それが開戦の合図となった。
───√ ̄ ̄Interlude
僕は間桐家の長男で、僕はそれなりに将来に期待されているものだと思っていた。
だって僕は知っていた。間桐家は普通の家じゃない。間桐家は由緒正しい魔術師の家系だ。
僕は見てしまった。両親が隠し抜いていた資料────魔術に関するソレを、見てしまって。
『僕がこれを継ぐんだ。僕は、期待されてるんだ……!』
嬉しかった。嬉しくてたまらなかった。
誰かに期待されているというのは小さい僕には大きなことで。必死に魔術を学びながら前に進んで来た。そのはずなのに。
なんで、なんで
だから、僕はこの戦いをアイツの代わりに戦い抜いて、認めさせなくちゃいけない。僕じゃないとダメだって。
間桐家の正当な後継者は、僕なんだ!!
◇Interlude out◇
二十メートルはあったはずの距離。ソレがライダーのひと跳びで一瞬にして消化され、轟音を立てながら紫が迫る。
「っ、!」
右半身を倒すことでなんとか地面に転がると、頭上を杭が貫き、産まれた衝撃が髪の毛を揺らした。
咄嗟に転がりこまなかったらと思うとゾッとする。おそらく、その時は俺の首と身体は永遠の別れを告げていただろう。
しかし休んでいる暇などない。目の前に見える、すらりと伸びた長い足────ソレが目にも留まらぬ速度で振り上げられ、鼻っ面に直撃した。
暗転する視界と、遅れてやってくる浮遊感。
地面を手繰り寄せるように手をばたつかせるが、指先にすら地面は触やしない。
ようやく痛みで無理やり閉じられた視界が開ける。しかし、その時俺が見たのは再び迫るライダーの回し蹴りだった。
咄嗟に両手で顔を庇い、腕から全身に衝撃が伝わる。今度は地面に叩きつけられるように転がっていき、受け身を取る暇もなく吹き飛ばされた。
「づ、は────ごほ、」
咳と一緒に喉元に熱いものがこみ上げる。無様に吐き捨てると、びしゃ、という音を立てて血液がコンクリートに飛び散るのが見えた。
このままだとまずい。いよいよ、本格的に殺されてしまう。
せめて、セイバーを呼び出さないと。
「……ああ、そうだ。令呪」
そこまで思い立ったところで、左手に疼きを感じた。
左手の甲に残る三画の痣。これはサーヴァントに対する絶対命令権であり、膨大な魔力の塊だ。
これを解放すれば、この結界の中でもセイバーを呼ぶことができるかもしれない。
「まずは使わないと始まらないだろ。鬼が出るか邪が出るか────来てくれ、セイバー!!!」
その痣の一画を解いていくように、叫ぶ。
同時に辺りに魔力の波が広がり、
「な────」
それは、現れた。
困惑の声をあげたのは慎二かライダーかはわからない。二人が見つめる先────俺の目の前には、空間が斬り裂かれたような跡が在る。
全てを浄化するような光。それは空間にヒビを広げ、やがて、空間は崩れ落ちた。
「シロウ!!」
空間の穴から騎士が飛び出す。不可視の剣を携えた、青色の騎士が。