Fate/stay night 【select the fate】   作:柊悠弥

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第二章
第8話 『導入。捕食』


 これは、衛宮士郎が美綴綾子の捕食現場を目撃したのと同時刻。別の舞台で起きた出来事である。

 柳洞寺には静寂が満ち、境内に見えるのはただひとりの女の姿。

 女は夜闇に溶け込むようなローブを身にまとい、思わず震え上がるような寒さの中白い息を吐き出した。

 ソレは溜息。ため息から呆れが色濃く見える。

 

「……あの坊や、わざわざ結界まで貼ってあげたというのに。あんなに簡単に負けてしまうだなんて」

 

 視界は間桐邸の方角へと向いており、『坊や』というのは間桐慎二を指すものだろう。

 この女の存在を嗅ぎつけ、力を貸せと慎二が詰め寄って来たのはつい数時間前の出来事。

 なんでも、衛宮士郎という男を叩き潰したいらしかった。聖杯戦争の参加者を減らすことができるとなれば女としても得るものは多いし、手を貸してみたものなのだが。

 結果は酷いものだった。士郎ひとりを結界の内部に閉じ込めたところまでは良い。何を血迷ったのか慎二はすぐに殺すことをせず、弄ぶような指示を出してしまったのだ。

 おそらく慎二の性格故に。楽には殺さないという意思が、皮肉にも士郎を救った。

 

「……骨折り損、だったかしらね」

 

 力を貸すのなら次からは相手を選ぼう、と心に決めたところで。自身が呼び出したサーヴァント────アサシンの様子を伺おうと長階段へと歩み寄り、

 

「────────は?」

 

 その光景に、目を見開く。

 女は理解ができなかった。そこにはアサシンの姿はなく、階段に残されているのはアサシンが使っていたはずの長い刀のみ。

 その刀すらも今粒子と化して空気に霧散し始め、アサシンの死滅を示している。

 

 ────理解できない。一体何が。何が、あったのか。

 

 予想外の出来事に頭を抱える女を他所に、偵察のため辺りを見下ろしていたアインツベルンの使い魔である半透明の鳥は、その一部始終を確かに見た。

 

 アサシンと思われる着物の男の肋骨(あばら)を開き、黒い何かの影が飛び出したその現場を。

 

 

 ────そして、女に迫る赤い影を。

 

 

 ◇◆◇

 

 

「くそ、くそ、くそ……!!」

 

 斬り落とされた腕の痛みはもはや無い。血液を流しすぎたのか、足取りがフラフラと覚束ない。

 そもそも右手を失ったというのが大きかった。普段のように歩こうとするとバランスを崩し、その場に転げそうになってしまう。

 

 こんなはずじゃなかったのに。

 

 さっきから頭を埋め尽くすのはソレばかりだ。僕はもっと戦えた。こんなところで、こんなことになるはずじゃなかったのに。

 ライダーのマスター権は今桜に戻った。偽臣の書を作らせるにも衛宮の所にいるのなら、無理やりもう一度、というのは難しい。

 

「なんだってんだよ……!」

 

 逃げ帰るしか無い自分に嫌気がさす。いつもは十分たらずで上がれる坂もやけに長く感じる。

 四十分ほどでなんとか坂を上がり、家の門を開く。

 やっと家に着いた安堵からか、何度か転げながら。やっとの思いで家の扉をくぐった。

 

「ほぅ……帰って来たか」

 

 ため息混じりに、なにやら不満げに迎え入れてくれたのは爺さんだった。

 爺さんはまたよくわからない研究でもしていたのか、足元に黒い人型の何かが転がっているのが見える。

 

「右腕を失ってもなお、まだ戦いたい……と言いたげな視線じゃな」

「当然だろ。僕はこんなところで終わって良いわけない……もっと、もっと、僕は!」

 

 考えることもない。即答だった。

 僕はこんなところで負けちゃいけない。もっと上に行けるはずだ。だから、こんなところでくすぶっているのは違う────!!

 

 僕の視線からその全てを悟ったのか、爺さんはいつもの嫌な笑みを浮かべ、何度か頷きを返す。

 後に足元の黒い人型を指さすと、

 

「そうか。なら、これを食え(、、)

 

 なんでもないことのように、サラリと言い捨てた。

 

「これはサーヴァント……その出来損ないでな。こやつは数度捕食を行わない限りサーヴァントとして正確に動くところか、言語を話すことすらも難しい」

 

 視線が人型(ソレ)から離れない。ソイツは不気味な髑髏の仮面を顔にはめ込み、その下から、感情の読めない視線を僕へと向けている。

 

「故に、食ってしまえ。古来から人間は自分より強い者の肉を喰らい、自身の力へと変えて来た。其奴を食い、自身の力へと変えれば良い」

「何を言って────」

「これを喰らい、これに勝てばもう一度戦うことができるぞ?」

 

 もう一度、戦える。

 

 ソレは確かに僕の望みであり、過程である。願っても無いことだ。

 でも僕はあの美綴が苦しむ姿を見てしまっている。サーヴァントの魔力を微量でも取り込んだだけでアレだ。その肉を喰らい、取り込むとなれば、どうなるのか。

 

 これを平らげた後、間桐慎二(ぼく)は残っているのだろうか。

 

「やるのか、やらないのか。お前さんが『やらない』と選択した場合、コレの一番最初の養分となるのはおまえじゃ。残された選択肢は、戦って死ぬか、戦わずして死ぬか────」

 

 声が怪しく頭に響く。思考能力を削いでいく。

 

「さあ、どっちじゃ?」

 

 トドメのように吐き出された問いに、僕は、一心不乱に、その人型へと食らいついていた。


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