王子の秘密と俺の秘密〜女嫌いの俺が、学園の王子が実は女だと知ってしまった話〜 作:魚野肴
「兄貴、帰ってきてからずっと面白い顔してるけどなんで?」
「はぁ? んな顔してねぇよ。いつも通りだっての」
「えー? なんか苦虫を噛み潰したよう顔というか、腑に落ちないみたいな顔してるじゃない。なに? なんかあったの?」
「別になんもねーよ。つか喋ってないではよ食え」
「兄貴が作るの遅かったら噛み締めて食べてるの。あー、お腹すいてる分ご飯が美味しいわ」
「ああ言えばこう言うなお前は」
「兄貴にだけは言われたくない。あ、醤油取って」
帰宅した俺は冬華の非難混じりの視線を受け止めながら夕飯を作り、そのまま冬華と共に夕餉をとっているのだが、何やら冬華が俺の様子を訝しんでいるようで、さっきからちょいちょいそんな質問を向けてくる。
「というか、帰ってくるのも遅かったし絶対なんかあったでしょ。私の目は誤魔化せないわよ」
「だから、プリント届けてたんだよ。んで話し込んでて飯当番の事忘れてたんだって。遅れたのは悪かったよ」
「……口が堅いわねぇ……」
一応本当の事を話すが、それでも冬華はこちらに疑いの目を向けてくる。
ちっ、やはり妹である冬華相手に誤魔化すのはめんどくさい。この時ばかりは血の繋がった兄妹である事を恨む。
「まぁ、話す気ないならもういいけど……」
冬華もこれ以上聞いても無駄と察したのか、腑に落ちない顔はしているがそのまま夕飯を食べ始める。
……というか俺そんな顔してたのだろうか? 気になって自分の顔を触るが何もわからない。いや顔触って自分の表情わかるわけないだろ、何してんだ俺。
謎の行動をする自分にセルフツッコミをしていると、ふと冬華が何かを思い出した様な表情を浮かべる。
「あ、そう言えば兄貴。なーにが男友達でガーランド行ったよ。しっかり女の人と行ってるじゃない」
「はぁ? 今度はその話かよ。だから男友達と行ったって何回も────」
「いや、あの人どう見ても『園崎茜さん』じゃない。どうりで見覚えあると思ったわ」
「ぶっ!?」
「汚っ!?」
冬華の口から思いもよらない名前を聞いて、思わず吹き出してしまう。
……なんで冬華からその名前が?!
「お、おい冬華、なんで王子がその名前だって知ってるんだ……?」
「なんでもなにも、園崎さん私の先輩だし」
「王子がお前の先輩!? んな話初めて聞いたぞ!?」
「そりゃ今初めて言った事だし。そもそも私、園崎先輩と面識ないし……というか兄貴こそ知らなかったの?」
「んな事知るわけない……」
と、このまで口に出した所で、俺はさっきの王子の服装を思い出す。
思えば、どこか見た事があるようなデザインの制服だった。
……思い直すと、あの制服は冬華が通ってる学園の制服のデザインと似通っていた。
……冬華が通ってる学園は中高一貫。となると中学と高校で制服は違うだろうが、同じ学園となると、デザインは似通っていてもおかしくないわけで────
「……マジか……なんだよこの、世界が狭い感じ。まさかアイツがお前の先輩だなんて……」
「なんで兄貴がそんな驚いてるの……?」
意外な所で意外な繋がりに驚きを隠せない。
マジか、冬華の先輩だったのか王子……いや、ちょっと待て、俺今不味い事色々吐いたような────
「さぁて、兄貴も色々驚いてるみたいだけど、全部吐いてもらおうかしら?」
「…………あっ」
ニッコリと、完璧な笑顔を浮かべる冬華。
俺にはわかる。あの顔は絶対吐かせると決めた時の冬華の顔だ。
だがしかし、だからと言ってはいそうですかと全てをゲロる俺ではない。
ポーカーフェイスを作り、冬華と真正面から向かい合う。
「……さぁ、飯食うか! 冬華もはよ食え、冷めるぞ」
「ものっすごい雑な話変え方で誤魔化せるとでも?」
「知ってるか冬華、カップラーメンに含まれる塩分は人間が一日に摂取しなきゃいけない塩分と同じ量なんだ」
「じゃあ、カップラーメン食べた日は塩分含まれてる物が食べれないじゃない」
「塩分だけに世知辛いよな」
「なんも上手いこと言えてないし、そもそもそれで話を誤魔化せるわけないでしょ」
クソみたいな話で、言い訳が浮かぶまで時間を稼ごうと試みるが冬華はそれらをあしらい、話を詰めてくる。
どうした物か……と、考えていると冬華は諦めたようにため息を吐いた。
これは、諦めたのか……? そんな一抹の希望が浮かべていると、冬華はスマホを取り出し、口を開く。
「兄貴に聞いても教えてくれないみたいだから、井原さんに聞くね? この前のプリクラ、井原さんも写ってたし事情知ってそうだし」
「ぐっ……」
それは大変まずい。
井原は何も知らない……なので、冬華から園崎茜やらなにやら聞いても「アイツは園崎輝だぞ?」で話は終わると思うが、井原の頭に少なからずその事が頭に残るだろう。
そして、井原が万が一「そう言えば王子、妹いるってマジか? 園崎茜ちゃんとかなんとか」とでも聞いたりしたら……あのポンコツ王子は十中八九ボロを出すだろうし、わざとでないにしても情報を洩らしてしまった俺に不信感を持つだろう。
となると俺が取るべき行動は被害を最小限に押さえる事である。
それに、冬華が王子の事を知ってるなら……なにか、聞ける事があるかもしれない。
……仕方ない。
「……わかった、わかったから、スマホ仕舞え……一から話してやる。その代わり他言無用だぞ」
俺の出したボロで漏れてしまった事を冬華までで留めるべく、俺はここ二週間の事を振り返りながら口を開くのだった。
「なにその乙女ゲー」
「乙女ゲー」
全てを洗いざらいぶちまけた結果、冬華が開口一番にそんな気の抜ける感想を漏らしたので、思わず復唱してしまう。
「えっ、聞いといてなんだけど本当なの? その乙ゲー状態」
「俺がこんなアホな嘘吐くか。残念ながらマジだよマジ」
「マジかー……なんなの、私は面白おかしくはやし立てたかっただけなのに、兄貴はなんでそんなわけわからない事に巻き込まれてるの?」
「俺が知るかよ……」
改めて口にすると本当に冗談みたいな状況であるが、残念ながら冗談でもなんでもない。
冬華はまだ信じきれていないようだが、俺の言葉に嘘はないので信じてもらうしかない。
「……まぁ、確かにそれが本当なら納得出来る事はあるけど……」
「納得出来る事? なにあるのか?」
「えぇ……兄貴、うちの学園のシステムって覚えてる?」
「お前の学園のシステム? 確か、運動やら勉強やら美術やらの成績が凄いと待遇良くなるとかそんなだよな」
「そうそう」
冬華が通っている学園、『聖プラタナス学園』は結構特殊な学園である。
確か、未来を担う逸材を育成するとかそんな理念を掲げており、優秀な生徒に対しては学園はかなり援助をしてくれたりする。
かく言う冬華も、勉学の成績が非常に優秀であるとして聖プラタナス学園では特待生と呼ばれている立場であり、授業料免除と言った大変懐に優しい待遇を受けている。兄としては優秀な妹に育ってよかったと思う所だ。
閑話休題。
心の中で聖プラタナス学園のシステムを再確認していると、冬華が改めて口を開く。
「園崎先輩、学園にほとんど来ないのよ。園崎先輩は特待生の中でも特殊な扱いだから出席とかは免除されてる……けど、全部が全部免除されるわけじゃないから、免除されない授業を必要最低限だけ出席してるらしいわ」
その冬華の言葉と共に、さっき王子が言っていた「それなりに大きなお嬢様学園で特待生やってるから、出席とか色々免除されてるんだ」という言葉が頭を過ぎる。
「兄貴の話が本当なら学園にほとんど来ないのは納得できるわね……」
「でも、特待生ってだけで出席免除なんてあるのか? 冬華も特待生だが、出席免除なんてないだろ」
「園崎先輩は特待生の中でも特殊なの。園崎先輩は……まぁ、天才よ」
「あのポンコツが!?」
冬華が真剣な表情でそんな事を言うが、普段の天才とはかけ離れた王子の姿が浮かび思わず叫んでしまう。
「いや待てよ冬華、アイツかなりのポンコツだぞ? 確かに成績は悪くないが……井原とどっこいどっこいな所あるぞ? マジで」
「私としてはそれが一番信じられないわよ。だって園崎先輩、うちの学園ではかなりミステリアスな存在なんだから」
「ミステリアスゥ!?」
アレでミステリアスなら井原とかハードボイルドと言っても通じるぞ!?
あまりの驚きに次の言葉を吐けないでいると、そのまま冬華が言葉を続ける。
「ほとんど学園には来ないし、あの美少年顔だから人受けはいいのに誰とも関わろうとしないし……ついてる呼び名が深窓の王子よ」
「……王子なのは変わらないのか」
男装してるならわかるけど、普通に女の制服着てるなら姫とかそんな風に呼ばれてそうな物だけど、見てくれは悪くないんだし。
……いやまぁアイツの顔なんざどうでもいい。
それより、誰とも関わろうとしないって言葉に引っ掛かりを覚える。
俺が知ってる王子は……どちらかというと構って欲しい気質に感じるし、自分からグイグイ来そうな奴だ。
……謎が深まってきた。
「と、話が脱線したわね。
園崎先輩は間違いなく天才よ……勉強や運動もできるけど、園崎先輩が凄いのは……ファッションデザイナーとしての才能よ」
「………………はぁ?」
「なによ、その心底信じられないみたいな顔。本当の事よ?」
「いや、それこそないだろ……だってアイツのファッションセンス、最悪だぞ?」
「そんなこと言われても、本当の事だもの。さっきの兄貴の言葉を真似るけど、そんな嘘吐くわけないでしょ」
確かにここで冬華に嘘を吐く理由なんてない。
……どういう事だ? まさか王子の兄貴が聖プラタナス学園に通ってるとか……はないか、なんせ王子本人が通ってる事は間違いないだろうし。
「一体、なんなんだ……? 謎が多すぎるぞ」
「……それにしても兄貴、随分園崎先輩の事を気にしてるね」
「あ? そりゃ気になるだろ。なんか色々不可思議な感じなんだから」
「女嫌いなのに?」
「……いや、まぁ、なんだ。女は嫌いだが王子はなんつか、マシな部類だし」
「へぇー……へぇ〜!」
「違うからな、マシなだけで女自体は嫌いだからな。つかニヤニヤすんな」
「そういう事にしておいてあげよう」
ニヤニヤしてる冬華のほっぺたを引っ張ってやりたい衝動に駆られるが、それを抑え込む。
「なんにせよ事情は把握よ。まさか園崎先輩が男装して兄貴とクラスメイトやってるなんて……リアルも案外サブカルね」
「この話、誰にも漏らすなよ?」
「漏らさないし、そもそもこんなリアリティのない事を話しても誰も信じてくれないわよ」
「まぁ、だろうな」
「……それにしても、なんで園崎先輩はわざわざ男装して、お兄さんの代わりに学園に通ってるの?」
「俺もそれが気になるんだよな……本人に聞いても関係ないではぐらかされるし」
「うーん……お兄さんに直接聞いてみるとか? お兄さんなら事情は知ってそうだけど」
確かに、王子の兄貴なら事情は知っているだろう。
でも俺は王子の兄貴とコンタクト取る方法は持ってない。一応、王子の家に直接電話をかければ兄貴の方と話せる可能性はあるが……そもそも王子家の電話番号を知らない。
本人に聞くにしてもいきなり家の番号聞くのは不審に思われそうだし……あっ。
「なぁ冬華、王子の家の電話番号ってわかるか?」
「調べようと思ったら調べられるけど……必要なの?」
「あぁ、やっぱ兄貴の方に話を聞いておきたい」
「ん、了解。明日まで待って」
「助かる」
王子は関係ないと突っぱねて来たが、やはり気になる物は気になる。というかフォロー頼んでるクセに肝心な所隠されたら意味ないだろ。こうなったら俺は俺で探ってやる。
もしバレて詰め寄られたら顔でもなんでも見せて開き直ってやる。
そんな決意を新たに、俺は少し冷めた飯を掻き込むのだった。
ちなみに聖プラタナス女学園は次回作の舞台(仮)です。
後、一応Twitter始めたのでそちらで更新通知と生存報告してます。話しかけてくれたら反応はすると思うので気軽にお兄ちゃんとでも声をかけてくださいね。嘘です。