「おい、あの十二神将のガキ。いい加減なんとかしろ、団長」
「?」
「ほら、アンチラのことだよ」
……どういうことだろうか。
カリオストロが突然呼び出すから一体どんな実験に付き合わされるのかと身構えていたのに、アンチラを持ち出すとは。
旅の途中に立ち寄った神社で出会った少女、アンチラ。
恵方を司るという彼女との関係は意外なことによく続いていた。アンチラ曰く「一緒にテンジクに行きたいだけ」だそうだが、俺に仙術の手ほどきをしてくれたり、ルリアたちと一緒に遊んだりと、今やすっかり騎空団の一員として馴染んでいる。
そんな彼女を厄介者扱いするなんて、もしかしなくても嫉妬か? 大人げないなぁ。
「ちげーよ、アホか。……お前、マジであいつの好意に気づいてないのか? 狂ってんぞ」
「失礼な、団長に向かって狂ってるとは」
「お前じゃねえ。アンチラがだよ」
ますます意味が分からない。
首を傾げていると、カリオストロは目の前で思いっきりため息を吐いた。ホント失礼なやつである。
「お前の部屋への侵入、私物の収集、×××は基本。一日中お前に尽くして、お前のことを全て知らなきゃ気が済まない。おまけに依存と妄想まで発症済みだ。前に話した時にゃ、目にハート浮かべてお前のこと”お婿さん”って呼んでたぜ? さすがのオレ様でもぞわって来たわ」
うむぅ、そう言われると確かに少し懐きすぎかもしれないな。
でもそれって、子どもによくある「私、大きくなったらお兄ちゃんと結婚する!」みたいな可愛いノリじゃないのか?
「あぁ? ……ちっ、こんだけ言っても分かんねぇのかコイツは。睡眠薬やらヤバイ媚薬やら頼まれる身になってみろよこのアホが。毎回理由つけて断るの大変なんだぞ」
「ん? 今なんて?」
「なんも言ってねぇよ。ーーったく、話にならねぇ。とにかくこのまま放置されるとこっちまで危険が及ぶんだ。あと、鈍チンなお前が一線を超え
「危険? 一線超え……? よく分かんないけど、分身を貸すくらいならお安い御用だぞ。何に使うんだ?」
「すぐわかるだろうよ。
「はいはい」
◆
「なんで女の子の体にしちゃうかなぁ……」
確かにこれなら万が一にもアンチラに身バレすることはないだろうが、なにもここまでしなくても良い気はする。まあ、薬を渡すカリオストロの顔がシリアスモードだったから素直に飲んだけどさ。
カリオストロの趣味だろうが、彼女に貸した
彼女曰く「グランの姿で接して分からないなら、他のやつに扮装して話してみろ。あいつの
金色の短い髪に、整った顔。
名前はジータ。
服装は【剣豪】の服だが若干スースーするのが困りものだ。ステータスはそのままらしいけど、武器も昔使っていたのを引っ張り出しただけだし、本気で動いて大丈夫かこれ。
「ま、この状態で戦うこともないだろうし大丈夫か。ーーさて」
カリオストロの部屋を出て、今オレは自室のドアを前にしていた。
件のアンチラだが、最近はどこからともなくオレの部屋に入ってベッドに潜り込んでいることが多い。本体は昼寝の真っ最中だから、添い寝でもしていることだろう。
……全く。大人ぶってはいても結局は甘えたい年頃のお子ちゃまなんだから、そんなに警戒する必要ないっての。
ほら。部屋の中からいつも通りの可愛いアンチラの声が聞こえくる。
「うひひ、キミは本当に気持ちよさそうに寝るね。……今はビィもルリアもカタリナもみーんな、甲板にいるのに。そんな無防備にされちゃうとーーボクもうそろそろガマン出来ないよ?」
……。
「ボクはまだ結婚出来ないけど、グランから×××をお腹いっぱい貰って、”きせーじじつ”を孕めば実質結婚みたいなものじゃ。ってアニラ姉ちゃんに教わったんだー。まあそもそもキミはボクのウンメイのヒトだし? しょうがないから、ボクが面倒見てあげます」
……。……あれ?
「うひひ、えひひ……っ♡ キミと夫婦になったら、子どもは最低3人は欲しいなぁ。そして家族に囲まれながら、お役目が来るたび一緒に忙しいを分け合って、ゆくゆくは子どもたちがお役目を継いでいるのを見守ってぇ……。んぅ、あはぁ♡ 素敵な未来を想像したら、丹田の奥がキュンキュンしてきちゃった♡」
本能の部分が警鐘を鳴らした気がした。
不穏な空気を察し、そーっとドアを半開きにすると、
「素敵な式にしたいね。豪華じゃなくていい。一生の思い出になるような、ね? あ、式場の心配はしなくて大丈夫だよ。キミはボクの
気が早いけど新婚旅行はどこにしよっかぁ。特に希望がなければボクはやっぱりアウギュステ列島かなー。海の見える温泉で一緒にーーなんて。えへへ」
ベッドの上。寝ている
添い寝とは違う、覆いかぶさるような体位。ただでさえ際どい衣装をはだけさせ、小さな体で出せるだけの妖艶さをまとった少女の紅潮した横顔と荒い息遣いは、これからの行為を容易に想像させた。
そして想像が実行に移されるのも時間の問題だった。ブツブツと愛の言葉を囁きながら、アンチラの右手はツーっと吸い込まれるように
「あばあぁーーーーーーっ!!??」
それ以上はいけない。アンチラの教育にも、規約的にも。
不純異性行為はいくらなんでもアンチラには早すぎである。行き過ぎないうちに大人として叱らねば。
あとアニラ。お前マジでなんてことを子どもに吹き込んでるんだ、バカか! バカだろ!?
「あ、あはは、はは……っ! もう、アンチラってばまだ寝ぼけるのかな?」
つい先ほど聞いた「アンチラの狂愛」というカリオストロの忠告が脳裏をよぎる。
いやでも、アンチラは良くも悪くも素直な子だからな。今回は魔が差しただけに違いない。うん。
さしあたってあの淫乱羊の言うことに耳を傾けるな、とちゃんと諭せばわかってくれるだろう。そして普段通りの様子に戻るはずだ。
ほら。いつも通り説教すれば、アンチラはオレの話を最後まで聞い……
「ダメじゃないか。まだまだアンチラは子どもなんだから、そういうことはまだ早いぞ! 本当に大切な人と、もっと大きくなってかーー」
バアァーーーンッッ!!
……てくれなかった。
黙れ、と言わんばかりにアンチラの手のひらから伸びた如意棒が耳元を掠め、グランの部屋に新しく空洞と亀裂を生み出した。
「ああ、ごめんなさい。あとで補修しておきますのでおかまいなく」
……!!!???
「それで、
どこまでも暗い瞳、純粋な殺意。
普段の快活な声とは打って変わって、〈アブソリュート・ゼロ〉よりも冷たい声が淡々と紡がれる。
うん。声を大にして言いたい。……この娘だれ!? どこー!? 素直で快活なアンチラはどこー!?
「オ、オレはジータ。ーーほらあれだ……グランの姉だよ」
「ほんとですか?」
猜疑心。殺意。一切の嘘を許さないという眼差しが、こちらの思考を見透かそうと突き刺さる。
なぜそんな瞳孔をおっぴろげた無表情で聞くんだ。怖いぞアンチラ。せめて訝しげな表情を浮かべてくれよ。うわずった声を出しちゃったじゃないか。
「あ、ああ。こいつとは切っても切れない腐れ縁なのさ……」
「そんな話は一度も聞いたことがありませんが?」
「そ、そりゃ、グランのやつが恥ずかしがってんだよ! コイツにしたって、こんな放浪癖のあるダメ姉のことはあまり人に触れたくないんだろうし。あ、放浪癖ってのはなーー」
今だけはカリオストロに感謝である。
彼女作のジータ設定集をつらつらと話す。いつものアンチラなら、すぐに相手のことを信用してくれるのだが、
「ふーん。じゃあどうしてボクとグランの部屋に? どんな緊急な用が? 手紙で済まない用ってなんですか?」
「え? あー……大事な用ね。うん、えーっと……」
矢継ぎ早に次の質問が飛んでくる。
……おかしい。オレはアンチラとお喋りするつもりで来たワケで、決して尋問されるためにきたワケじゃないのに、なんだこの状況。
言いよどんでいると、アンチラは無言のまま距離を詰めて来る。
部屋の壁に追い詰められたオレは一歩も動くことができない。指先を一つでも動かせば、目の前の闇に喰われる。そんな予感が、体を石化させていた。
「すんすん、すんすん。……色々臭いますね。なんでカリオストロさんの服を着てるんですか? これ
あれぇ? いつもの「キミはいい匂いがするね! いつまでもモフモフしたくなるよぉ(満面の笑み)」って擦り寄ってくれるアンチラはどこ……ここ?
というかヤバイ、ヤバイよね? ヤバくない!? エルーンってそんなお化け嗅覚してたっけ!? 早く脱出しないとーー!
久々の命の危機に息を飲むと、アンチラの暗い瞳があるものを捉えた。一方的な会話が止まる。
「?」
「ーーその刀は」
凝視しているのは、オレが倉庫から引っ張り出したお古の刀。初めて手に入れた記念品ってことで保管していた、思い出補正付きのガラクタである。
もしかして、
「ん、あ、ああ! あーこれはグランのやつから貰ったんだよ。使わなくなったから修行用に使えば? ってな」
「……」
「そうだ! 今日はたまたまグランの騎空挺を見つけたから、この刀をグランの奴に返しに来たんだよ! オレはオレで修行用の刀を手に入れたしな」
口実を作って、
「見たところ、アンチラはグランと仲良いんだろ? 今考えたらこの刀をグランに返しても迷惑だろうし、良かったらアンチラが貰ってくれないか。一応グランの
撒き餌を用意して、
「じゃ、オレは修行に戻るから。あとはよろしくな!」
今から邪魔者は帰りますよアピールをしつつ、欲しがり屋さんの目をしたアンチラに刀を渡す。
子どもという生き物は、目先の欲しいものを与えるとそちらに心が奪われるものである。それはたとえアンチラといえども例外ではあるまい。というか、奪われてくださいお願いします。
「なるほど! それじゃあ遠慮なくいただきますね! ……うへへへ、えへぇ♡ グランの初めて♡」
「……ふぅ。あ、それじゃあ、オレは、このへんでーー」
キラリ、と鈍く光る刀身に歪んだ笑みを映す。柄の部分に頬ずりする様はまさに「病み属性のアンチラ」
思惑通り注意が完全にそれたことを確認して、不気味な笑い声をあげる彼女を刺激しないように、抜き足差し足で自分の部屋から逃げ出そうとする。目先の危機は回避出来たらしい。
あーこれからどうしよ……いや、これからのことを考えると頭痛が痛いレベルの話で済まないくらいキツイ。今のオレは冷静に見て底なしのドロ沼にハマっている阿呆である。はぁぁ、今更カリオストロの忠告が沁みるぅ……。
命の危機が訪れるたびフル回転してくれる自分の頭脳に感謝しつつ、身近な狂気を放っておいた自分を呪いつつ、ドアノブに手をかけてーー。
「あ」
「ーーっ!?」
「これからも末長くよろしくですね。お
が、お古の刀にウットリだったはずのアンチラはいつの間にか背後に回っていた。
耳をくすぐるような甘い声で囁き、絡みつくように肩を掴む小さな手は、決して拒絶を許さない。ギギギ、とぎこちなく振り向くと、いつも通りの、純粋な笑みを浮かべたアンチラの顔が目一杯に広がった。
「……あ、あぁ」と歯切れの悪い返事と苦笑いを部屋に残して、今度こそ部屋を脱出する。
冷や汗が止まらない。
荒ぶる心拍音を抑えながら、カリオストロの部屋にダッシュで戻る。
勢いよく部屋に入って扉を閉めると、扉に背中を預け、へなへなと座り込んだ。
「ようやく気づいたかな? 団長さん☆」
「……。……助けて欲しいなぁ、なんてーー」
「知るか、自分でなんとかしろ」
「殺生なっ!」
グランの刀と分かったのは、アンチラと出会った時に装備していた刀だったから。
グランの刀を持ってた、手紙のやり取りしてた、程度の話でヤンデレが相手を義姉と認めるかは怪しいしれない。が、二次創作ということで、そこは超余裕で見逃して……。