それと、何度も言いますが、うちのグランさんはポンコツです。
「で、『数多い恋人の情も、友情の火には及ばぬ』だったか?」
「……はい」
「おーおーそうだな。じゃあ、こんな格言を知ってるか? 『犬猿の仲』ってやつ」
「……調子に乗ってすいませんでした」
場所はいつも通りカリオストロの自室。
呆れたようにため息を吐く彼女の前で、オレは正座をさせられていた。
「ったくよぉ、ヴァジラとアンチラが恋敵同士なことくらい理解しとけよ! というか、男が女に違う女を紹介するとかありえないだろ! しかもよりによって恋敵を! つくづく女心を分かってねぇ野郎だな」
「……カリオストロは元男じゃん」
「あ、なんだって?」
「いえ、なんでもないです」
カリオストロが手元の資料に目を落とす。
机の上に広げられた大きめの羊皮紙には、オレを中心とした人物相関図とヤンデレたちの情報がまとめられている。
ルリアノートの力も借りつつ、二人で作成した代物だ。
「……とはいえ、まさかヴァジラまでぶっ壊れてるとはな。完全に誤算だったぜ」
「ホントだよな。何が原因なんだか」
「鏡でも見とけアホ団長」
インクに浸した羽ペンで情報を書き加えると、カリオストロが困ったように頭をかく。
一人でも対処に困るヤンデレが二人に増えたのだから、頭を悩ませるのは至極当然のこと。
まったく、原因を作ったやつの顔を見てみたいもんだぜ。
姿見を見た。ジータが映っていた。かわいい。
……視線を戻す。依然として、カリオストロの視線は相関図の上を泳いでいるようだった。
オレの尻拭いのために頭を回してくれているらしい。ありがたいことである。
「……仕方ねぇ、オレ様に1つ案がある」
「おお!」
カリオストロが大義そうに立ち上がった。
そのまま部屋に用意してある黒板の前に移動すると、チョークを取る。
「あのな、恋ってのは戦争だ。団長、戦争で一番最初に叩くべき場所はどこだ?」
「んー食料庫とか、敵の大将とか参謀とか……」
「そう。敵勢でもっとも影響力を持っている場所だ」
カリオストロは不敵な笑みを浮かべると、己の智慧を黒板に書き連ねていく。
第二作戦の開始だ。
◆
そうだ。オレはハナから間違っていた。
今、オレが抱えている問題は周知の通り、アンチラ(とヴァジラ)の狂愛をどうするかだ。このままいけば、リーシャたち率いる秩序の騎空団に大変不名誉な罪状で目をつけられるのは必至。
では、そもそもなぜ、アンチラやヴァジラがインモラルに迫ってくる事態になったのだろうか。
彼女はまだ9歳という「赤ちゃんってコウノトリが運んできてくれるんでしょ?」と信じていてもおかしくない年齢のはずである。
ヴァジラだってそうだ。話を聞く限り、彼女は鍛錬の中で生きてきた少女だ。性欲のはけ口、なんて言葉覚えるわけがない。14歳だし。
であれば原因を探ってみよう。
あの純真無垢な子どもアンチラちゃんが、児ポ法に喧嘩を売っているのはなぜか。
あの明朗快活な少女ヴァジラちゃんが、レーティングを無視するのはなぜか。
答えは明らかであるーー。
「やいこらぁ!! アニラ、出てこい!」
「……なんじゃなんじゃ、騒々しいのう。……む、そなたはーー」
自室の扉を開き、姿を現した少女。
とろけるようなタレ目とマロ眉。羊を思わせる巻角とウェーブがかった金髪。そして小さな体躯に不釣り合いなほど、たわわと揺れる二つのもの。
彼女の名はアニラ。
アンチラたちと同じ、十二神将がうちの一人である。
この数週間の調査で、彼女がヤンデレでないことは調査済みだ。
だが困ったことに、タチの悪さで言ったらコイツ以上の存在はありえない。あのヤンデレどもと肩を並べる厄介さの理由は至極単純で、
「グランの姉じゃったか? ……ふむ。部屋まで押しかけるとは、もしかして我を襲いに来たのかの?」
「違う。お前に話があって来たんだ。アンチラたちの件でな」
「よいよい。まったく、どうしようもないロリコンの変態さんじゃのぉ。こんなロリ巨乳の童女と百合プレイがお望みとは」
「どうしようもない変態はお前だ」
「揉みしだくでも、舐めるでも、指でイジるでもよいぞ?」
「あーもう、話にならないよ!! いいから黙って入れさせろ!」
「
「……はぁ」
頭の中がピンク一色で、どうしようもない変態さんであることだ。
もはや歩く猥褻物。
これが本人だけの問題ならまだしも、何を思ったのか、コイツはヤンデレども(特にアンチラ)にそういうな知識を吹きこみやがっているのだ。
おかげでアンチラの淫乱度にますます磨きがかかっている始末。
今朝も「ねえ早くシようよぉ。ボクもう初潮は迎えたよ?」と迫ってくるアンチラの対処に苦労させられた。まったく、教育に悪いったらありゃしない。
それらを考慮すれば、コイツの処理がマストであることは明らかであろう。
同じ十二神将の、
それが今回の作戦だ。
この作戦の立案者であるカリオストロには人払い。グランにはヤンデレたちの露払いを担ってもらい、今回はジータ単騎で説得に挑む形だ。
変態とはいえ、巫女を務める人の子。
「たった一人の身内が間違いを犯す前に止めて欲しい」と情に訴えかければ堕とせるだろう。
うむ、さすがカリオストロ。完璧な作戦だぁ。
「とりあえず、部屋に入るぞ」
「うむ、かまわんぞ。
……早速作戦にアクシデント発生だぁ。
「え、あれ? お、おいおい、なに言ってるんだよ。オレはグランの姉のジータ! どこに間違える要素があ、あるんだぜ? 全然似てないだろ」
「くふふっ、愛い奴よのぉ」
え、うそ。バレた? 本当にバレたの? なんで?
アニラが不敵な笑みを浮かべながら、後ろ手で部屋の扉を閉める。これで個室に二人きり。
当初の予定なら、ここからカリオストロの台本に沿った説得に入るのだがーー
「だから……そ、そそんなワケないだろ。な、何言ってるんだよアニラ。ほら性別だって違うし? ココ、コレが嘘ついてる目に見えるか?」
「んんー? よく見えんのう」
「ほら正直者の目だぞ。ほら、ほーーわぷっ!?」
……ぼふん。と視界がひっくり返る。
それは突然のことだった。
アニラがオレに飛びついて来たのだ。
あまりのことで受け止めきれず、彼女の柔らかな体ごとベッドに押し倒される。二人分の体重を受け止めたベッドが軋んだ。
むわっとした甘い匂いが鼻腔を満たす。
アニラのシーツはぐちゃぐちゃに濡れていた。
「な、何を」
「くふふっ。我は十二神将の中でも、特に星見の力に優れておっての。よくグランと、連れのルリアの星の力を感じておったのじゃよ。ーーちょうど、今のそなたの身体から感じるものと全く同じものを、な」
ほ、星の力? そんなの感じたことなんかーー
「……ってことはつまり、もしかして。最初からバレてた?」
「くふふっ……ま、安心するがよい。今のそなたをグランと見破る者はそうおるまい。星の力も我ぐらいでなければ気づかれぬだろうよ。ただーー」
ニヤァ、とアニラが口角を釣り上げる。
「これが団員の皆に知れたらどうなるかのう?
「んなっ!? そ、そんなデタラメ誰が信じるとーー」
「おやおや、衣服を我の愛液で濡らして、全身からむんむんと我の匂いを漂わせるそなたが何を言ったところで、エルーンの者たちには全て察せられるであろうなぁ」
「あい……えき?」
瞬間、押し倒されたベッドのシーツがぐしょぐしょであることを思い出す。
コイツまさか……は、ハメられた!
カリオストロのそれとはまた違った、愉悦マシマシの邪悪な笑み。
嫌な汗が背中の衣服をべったりと張り付かせているのを感じる。ぐっしょりと湿らせているのは果たしてオレの汗なのか、アニラの体液か。
身の危険を感じ、本能のままマウントを取られた体勢から抜け出そうとして、
「んっ♡ イッたばかりで、今は敏感でな。ぁ♡ あまり暴れんでほしいのう」
……抵抗はやめることにした。
よくよく見てみれば、彼女は額に汗粒を浮かべ、顔は妙に赤らんでいた。息も少し荒い。クソ、エロ魔神め。
「まあまあ落ち着くが良い。分かっておるよ。口外されたら色々と困るのであろう? そなたは我の恩人じゃからの。別に言いふらすつもりはないぞ?」
絶対嘘だろ。
「くふっ――じゃが、何か一つ我のお願いを聞いてくれぬと、うっかり漏らしてしまうかもしれんのぉ」
「くっ、卑劣な……」
やっぱり嘘じゃん!
コ、コイツ。ここぞとばかりに見え透いた要求しやがって……!
「くっ、何が望みだよ」
「くふふっ。そうじゃなぁ、我と契りを結ぶ、というのはどうじゃ?」
「ん?……え“っ。そ、それって」
「ぷろぽおずじゃよ。我なりの、な」
また、いつもの流れで冗談みたいないやらしい無茶振りをしてくるのかと思っていたのに、プ、プロポーズ!?
拒否権のないプロポーズってなんだよ! ヤンデレじゃあるまいし。
……もしかしてからかっているのだろうか。
訝しげな眼差しとセットで、何か一言ぐらい言い返してやろうと口を開こうとした瞬間、アニラは密着するように身体を重ねてきた。
もふもふの身体がオレに擦り付ける。
「我ならば、アンチラと折り合いをつけるのも容易であろう。同じ十二神将同士、ヴァジラの件も丸く収まるかもしれぬ」
「!」
「なぁ、どうじゃ? グラン?」
耳元で、鈴を転がしたような柔らかな声が囁かれる。
彼女の吐息がかかるほどの距離。ガラス細工のように繊細で、小さな手がオレの手を絡め取る。
たわわと実った双丘がふにゅぅ、と押し当てられ、柔らかな感触と熱が服越しにでも伝わってきた。
上目遣いの彼女と目が合う。これはまさか……本気なのか?
「もちろん仮初めではない。我も本気でそなたを愛しておる」
「っ!?」
「辛いなら我も手伝おうぞ。試練をこなすには助け合いも大事じゃ」
「え、あぇ……」
いつもの変態具合はどこへやら。真面目なトーンで彼女は語った。
困惑のあまり言葉も出ない。
ただ言われてみれば確かに。彼女の言う通り、この誘いを受ければ全てが解決するように見える。だが本当に、それでいいのだろうか?
――……
……
……いや、駄目だろ。そんな不誠実な考えじゃ、アニラにもアンチラにもヴァジラにも申し訳が立たない。特にアンチラたちは、形が少々狂っているとはいえ、純粋な思いを持っているのは確かなんだから。
まずは彼女たちの想いにちゃんと応えなければならない。たとえジータの秘密がバラされたとしても、この誘いは断ろう。
断るのも男の仕事だ。
「その……ごめん。悪いけど今、アニラのその提案は、その、受けることは、できない……アンチラたちに、まずは答えを出さなきゃ」
「〜〜〜〜ぁはぁ♡♡」
「と、ともかく、えっちぃのは禁止! めっ! そういうのはグランさんまだ早いと思うから、違うお願い……を?」
色恋沙汰に真面目に向き合うのには慣れていない。顔が熱くてたまらない。
ところが、言葉を選んでいる最中、たまたまアニラの嬌声が聴こえた。表情が目に入る。
先ほどと同じ、愉悦のキマった顔。声に出さずとも、イタズラ大成功という声が聴こえてくる。これはーー
「くふふふふふっ! 冗談じゃよ。愛い奴めっ!」
「じょ、冗談?」
「おやおやぁ? もしかして、我に本気で惚れられたと思ったのかの? 先走ってしまったかのぉ? これじゃから変態を拗らせた童貞はーー」
図星を突いてくる。羞恥心を刺激するように、小馬鹿にした声音でチクチクと。
「顔を真っ赤にして、可愛かったぞ?」
「〜〜〜ッ!! うるさいうるさーい!! アニラのばーかばーか! 変態! エロ魔神!」
「んあぁん♡」
早々に羞恥が限界値を超えた。
喘ぐ声も無視し、覆いかぶさっていたアニラを押しのけダッシュ。部屋の扉に手をかける。
ちくしょう、オレを弄んだな! もう知らん! 謝っても絶対許してやらないからな!
今すぐにでも、アニラをボコボコにしたい衝動に駆られるが……今はこれ以上自分の顔を見られたくなかった。
なにか大事なことを色々と忘れている気がするが、構うものか。
そそくさとアニラの部屋を逃げるように後にした。
◆
「くふふっ、愉快愉快」
どうやら彼は我がヤンデレ事件の黒幕と考えておるようじゃが、全くの見当違いで片腹痛い。
「僥倖じゃのぉ。
彼女たちの歪んだ愛は、もちろん本人たちの気質もあろうが、間違いなくヤツが読み漁り、彼女たちに吹き込んだ
我も借りて使ったことがあるから推察は容易い。まったく、ありがたい話だ。
これでもっともっと、彼は
先の彼の困り顔を思い出す。
ぐるぐると目を回して、拙い言い訳を考える表情。
我のプロポーズに
アンチラの想いに応えないと、と消え入りそうな声で我のプロポーズを断ろうとする純情さ。
そして、我の冗談に踊らされ、恥ずかしさで耳まで真っ赤にしたあの表情……!
「あそこまで困窮するさまを見せてくれると、んっ、アンチラたちをけしかけた甲斐が、あったもんじゃ♡」
そのうえ、彼はジータという最高の
彼はこの秘密を少々軽く見積もっているようだが、そんなワケはない。
我は腐っても十二神将。我が大衆の前で彼の
それほどの影響力が、十二神将にはある。
それを知れば、彼はよほど無茶な要求でないかぎり我の言うことを飲まざるを得なくなるだろう。
どんな難題を突きつけてやろうか。
そのとき彼は、どんな表情を浮かべてくれるだろうか。
恩人を困らせる背徳感と、彼を組み敷いたという征服感が脳を犯し、愛液が溢れ出す。
ヒヒイロカネのような英気を持つ彼の困り顔を見るたび、ゾクゾクと子宮が疼いてたまらなくなる。
面映ゆいが、きっと我もまた“
ますます体が火照る一方だ。
切なくなった身体を持て余し、何かないかと辺りを見回せば、乱れたシーツが目に入った。先ほどまで、彼を押し倒していた場所である。
「すぅぅ……んはぁ♡」
湿ったシーツを顔に押し当てる。
嗅ぎなれた臭いの中に、彼の面影を感じる。多幸感が脳を満たす。腰が震え、悦びの吐息も漏れた。
つい先ほど発散したばかりだというのに、もう感情の昂ぶりが抑えきれない。
「まったく、我まで可笑しくしおってからに。この責任は、ちゃーんと、取ってもらうからの?」
次はどうやって困らせてやろうか。
そんな妄想を膨らませながら、疼く素股に手を伸ばした。
まだ十二神将の紹介編だし、エロは抑えめで。
アニラの過去編はいつかちゃんとやるかも。
次はさくっとアンチラとヴァジラの日常回。
次の次くらいに、マキラさん登場予定です。多分。
↓おまけ。
「おいこら」
「……ごめんなさい」
「説得してこいって言ったよなぁ!? なに弄ばれた挙句、おめおめと帰ってきてやがんだ! ポンコツすぎるにもほどがあんだろ!? てめぇ、まじめに解決する気あんのか!!」
「ごめんなさぁい」