心を見られる難病を患った少年は、幸せの翼に恋をする   作:Salva
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第三十章 背後霊な妹

 「お兄さま、大好き」

  

 「ボクもだよ、ティンパシア」

 

 

 彼等は、ティンパシアとディレンチス。

 二人は双翼がともに真っ白の天使だ。

 

 

 「私、お兄さまと結ばれたいわ。大好きだもの。お兄さま、お兄さま」

 

 「……」

 

 

 二人は兄妹だった。

 

 

 「だめだよ。そんなことを言っては。…もう言ってはいけない。ボク達は兄妹なんだから」

 

 

 二人は愛し合っていた。

 兄のディレンチスはそのことをまるで表に出さなかったが、妹は違う。

 妹は間抜けであった。

 

 

 「兄さま、お兄さまっ…」

 

 

 天使は血の繋がりがある者同士での恋愛を許されていなかった。

 この妹はそれなのに、ディレンチスに恋をし、愛し、それを隠さなかった。そのせいで神に裁かれるとも知らずに。

 

 

 「地へ…」

 

 

 神はそう言うのだった。

 その意味をディレンチスは理解したが、ティンパシアには解らなかった。

 

 

 「あぁ…ティンパシア。悲しい、悲しいけれどもう、仕方ない。お前が控えなかったのが悪いのだぞ…。許せ…」

 

 

 そう言って、兄は妹を地に堕とした。

 

 

 「すぐに…、お前の羽が戻ったその時、すぐに迎えに行くから」

 ―。

 「絶対に」

 

 

 ティンパシアは口の動きだけで、「わかった」と言った。

 

 

 「さようなら…さようなら。私の大好きなお兄さま…」

 

 

 そして彼女は、「紅坂幸羽」として転生した。

 

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 少年。

 今、彼は神社にいた。よく清掃に来ていた神社だ。

 木々に囲まれた石段や石畳は寄り添い合い、往来を振起して耐え続けてきた。順に、石段、砂礫の中ほどを貫く石畳が、来訪者を迎える。

 石畳の周囲には石灯篭が左右に三つずつ。それを過ぎると、大木と丸い低木に遮られ進めなくなる。

 

 

 顔を上げると、陽光を染み込ませた雲がどこまでも淡い光を発していて、寂寥感を覚えた。

 ……。

 

 

 「つまらない」

 

 

 私はそう吐息交じりに呟いて、本殿に視線を落とした。

 彼は何をしているのか。

 褐色の木造建築の内部には仰々しい日本画が数枚…。しかしそれだけで、やはり目を引くものは何も無い。

 あそこに何の用があるというのだ。

 

 

 建物の下を見ても、暗がりには鼠を捕る猫すらいない。

 ああ、何と詰まらないのだろう。

 ……。

 知り尽くしてもいないのに物事を語る若年無知の輩を思い起こし、敷地内を見直す。

 すると先ほどは見逃した手水舎が鳥居の横に、面白いのは屋根のない代わりに木がそこを覆い、存在を隠すように包み込んでいるのだった。だが関係無い。

 

 

 「つまらない」

 

 

 全てがそうだった。一つ残らず。

 もう少し何か…ないか。

 何か…あ‼

 ……。

 …あった。忘れていた。

 

 

 それは茂みの中。あぁ、鳥のように羽の生えたこれは、髪の長いこれは女?

 女?

 少年がここに連れ込んで、そのままこの場、この草木の群生に打ち遣ったこのこの、この女は人間? それともバード?

 あははは。はははは。

 

 

 父上、母上、あなた方の愛嬢はどうやら人ではなかったようですよ。

 (まこと)を知らずに死して良かったではないですか。このような…。

 

 

幸羽をそこまで言うのは、不遇で若くして幽霊となった、幸羽の妹。「針」であった。

 

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 白光がギラギラと疾駆する刀を携えて、現れたのは例の少年だ。

 世界が次の行動をとる前に、私は彼のもとに辿り着く。

 「何? それは…雷切? 村正? それともまだ見ぬ新作の…?」などと期待。

 だが、その期待は裏切られた。

 彼が手にしているのは、匂切れもかけ出しも切り込みも、何とまぁ、ふくら破れまで揃ったクソ刀なのだった。…こんなものが名刀である訳がない。

 

 

 本殿に入るまでの彼は、グロテスクなまでの紅と底の知れない黒や紫ではあっても、快晴だった。危険の種は存在しても非力で何もできないから、可愛らしくもあった。

 だが外に出てきた彼は、途端に濃密雲を当然のように引き連れた。彼が刀を扱う術を持たないことは確実と言っても良かったのに、突然、雷も豪雨も嵐でさえも操れそうだった。不機嫌という領域を超えていて、彼からは殺気以上の何かを感じる。

 

 

 それは、超人の悪夢を現実にしてしまうだとか、狂った趣向を持つ者たちによる裏の芸術を眼前に突き付けるだとかいう、最悪な何らかの気配を感じさせるのだ。まさに、殺してくれと懇願することになる何かなのである。

 少し前から不機嫌だと察していたが、次第に陽すら射さなくなっていった。始まりは間違いなく、あの女が翼を見せたあのときだ。あれから彼の様子がおかしくなった。

 

 

 人という生き物は、あの形ではいけない。

 幽霊と化して空間を、それどころか時間すらも自由にできる存在となって知ったことだ。

 達成したが何も起こらなかったときの、ひょうきんさが無意味になってしまう。あの羽にはその美徳を打ち消すはたらきがある。すでに美しすぎるのだ。

 

 

 上空には、鷲の姿に似た鳥が丁度飛んでいた。タイミングが良すぎたので、あれも天使みたく今度は人の体を生やせるのかもしれなかった。

興味はある。だが、それはすぐに通り過ぎていった。ならば今は構っていられない。

 私はあの鳥を確認する前からアキラとは違う何かの存在感を気取っていた。明らかに人間ではない何か。

 

 

 何かが、来る!

 

 

 ―。

 トンッ。

 静かな着地だった。人の体を持っていたら、こうはいかない。

 見ると、それは先ほどの鳥だった。身動(みじろ)ぎもしない様子から死んでいるようだ。これは気配の正体ではないだろう。

 どこだ?

 

 

 私は空を見上げた。

 すると鷲より一回り大きな生物が、遥か上空で雲に影を落としているのを見つけた。

 間違いない。こいつだ。

 その生物は急降下。あまりの勢いに、それを中心に雲が塗り固められる。折り畳んだ巨大な翼だけをこちらに見せつけて、その姿はまさに蟻塚だった。

 

 

 雲だったものは翼に指示されたように渦巻く。彼を囲み、雲海から零れ落ちる雫となって膨らんだ。

 大きな大きな一滴は中空で弾けた。その核たる翼が、水平線と並行に並んだのだ。

 その物体は殆ど一瞬で着陸した。残された雫は煙のように散ってしまった。

 そこには水彩画を思わせる風景だけを残して、初めから何事もなかったように静まりかえった。

 

 





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