オレとメルファ。
二人して手を振りあうアホなことをしていたら、女が修羅の形相になって両手をかざした。
「死ねえええぇぇぇぇ!! スズキタカシいいぃぃぃぃ!! 死んでわたくしとわたくしの世界に詫びろおおおおおぉぉぉぉ!!」
絶叫とともに女の手の中で急速に集まる魔力。
数秒で完成したそれは光輝く魔力の玉だった。
構築するまでの術式構成の速度と緻密さは見事と言える。
恐らくは下手な核兵器なんて鼻で笑える威力のはずだ。
小国程度なら一瞬で焦土と化せる、まさに神のみがもてる力であった。
それを手に持った女が嘲るように口角をつりあげる。
前世のオレなら微笑んで膝をつき目をつぶって辞世の句を読んでいただろう。
しかしまあ、今となっては……と言うべきなんだろうか?
「強度二くらい? 丁度ええどすな、アレで試射実験してみましょうか?」
「ああ、うん、頼む」
メルファの気負いもない問いかけにオレは気の抜けた返事をした。
そしてメルファは「えいっ!」と特殊因果弾をパチンコで打ちだした。
こうなんというのか、子供の遊びにつきあうオカン的な感じで。
適当に打った特殊因果弾はあらぬ方向へと飛んでいき、次に直角の強引な軌道で女が作りだした光の玉に当たり前のように直撃する。
プシュ……。
風船の空気が抜ける情けない音がした。
因果消滅弾――因果を消滅させるその効果により、始まりをなかったことにされた光の玉は結果も消されて呆気なく消滅してしまった。
ホーミング機能つきの特殊因果弾一個のお値段は日本円に換算すると百円である。
国一つを滅ぼせる魔力の塊は、たったワンコインでかき消えたのだ。
「え、ええっ!?」
絶対の自信があったのだろう、女は驚きで目を白黒とさせた。
ブンッ――。
その美しい顔が次の瞬間には轟音と共に爆散した。
悲鳴をあげる間もなく、首から上が跡形もなく消失したのである。
破断面は焼け焦げ、全裸の死体は血も噴きでずに崩れ落ちる。
その背後に小柄な影。
手にもつ獲物は……犯人はどうやら大型鈍器を使用したようだ。
感心するくらいに気持ちのいいフルスイングであったと言っておこう。
「あらら、事情聴取をする予定が……」
「大丈夫ですか、お師匠様っ!?」
猟奇死体を作りだしたのは爆音に気づいて駆けつけたショタ君であった。
ひ弱そうな彼は凶器となった身の丈を超す重量級のハンマーを片手で担いでいた。
ショタ君の愛の力?
ノンノン、無限世界の人間なら子供でもこの程度はできますさぁ。
「メルファ、あと任せちゃっていいかな? この女の
「はいはい、構いまへんよ~」
ショタ君の頭を撫で、イチャコラしだしたメルファに後始末を頼むことにした。
見下ろした女の体は首元からぶよぶよと肉が湧きだして再生を始めていた。
その光景は正直グロイ……。
溜息と共に教訓をひとつだ……オレたち転生者はそう簡単には死ねない。
管理者が死んでもいいよ、と、許可するまでは永遠に生かされ続けるのだ。
特殊因果弾の試射を終え、野営地に異常がないかブラブラしていたらお昼になっていた。
オークの数がだいぶ減って、時折凄まじい女の悲鳴が聞こえてきたが詮無きことよ。
昼飯のメニューは生姜焼き定食と豚汁、そして大皿に山盛りで積まれた豚ソーセージである。
うん、豚肉だよ間違いなくね?
それにしても料理長の腕は相変わらず最高だ……食材さえ気にしなければ。
食堂は混雑している。
座る席は特に決められていないが、ほとんど指定席みたいなものだ。
オレの左隣にはクロエが必ず座る。
その反対の席にはジャムナ副長が座り、さらにメルファとショタ君にゴブ郎さんがいた。
キリカは来ていない、今は満足してぐっすりと寝ているらしい。
そう語るゴブ郎さんは、どれほどの地獄をみたのか蝋人形のように顔色が悪かった。
「つまりあの女は、私たちが元いた世界を守護している女神だったということだ」
「隊長とクロエに関わりある女神ですか……何やら因縁じみたものを感じますな?」
女神ね……。
世界、世界と叫んでいたが、やっぱり恨まれる心当たりなんて欠片もない。
勇者やハーレムメンバーならともかく、オレなんて女神の神託すら授かったことがないぞ?
クロエはオレたちに聞かせながら、お箸を子供のように逆手で握って生姜焼きを突いている。
ぷるぷると震える手が危なっかしい。
わざわざオレに合わせなくても、慣れないなら他の連中みたいにフォーク使えばいいのに。
話しを戻すが、クロエは哨戒任務中にオレの危機を犬のように察知し戻ってきたという。
そしてメルファから事情を聞くと凄い勢いで女の尋問をしだしたらしい。
尋問……いや、拷問だったんじゃないのか?
オレはクロエの女用の野戦服――ミニスカから伸びる褐色の太ももとロングブーツに、赤いモノが大量についていることに気がついてしまった。
「見た瞬間にやつの素性には気づいた。詳しく吐かせてみると、これがまた呆れたものでな」
「ええ、あら横で聞いてて、他人事ながら隊長はんに同情しましたよ」
「うん? いったい何があったんだよ?」
オレの質問にクロエは箸をもったまま腕組みをする。
「あの周辺世界の神々から選ばれた本物の勇者は隊長だったんだ」
「……へ?」
「そう、私が見込んだ通り、隊長はやはり只者ではなかった!!」
頬を染めるクロエ。
うむうむと頷き、なぜか得意気な表情だ。
只者って……勇者なんて無限世界にゃ、そこらじゅうにあふれているだろうが?
「それを……それをだ! あの淫売女神が隊長の容姿が好みではないという理由だけで、神々の決定を捻じ曲げ、新たに召喚した自分好みの男に勇者の力を全て与えたのだっ!!」
クロエは山盛りの豚ソーセージに箸を突き刺した。
薄皮が破れ、肉汁がテーブルに飛ぶ。
それをフキンで拭く、女子力の高そうなショタ君をクロエ以外の全員で何となく見ていた。
「その結果が勇者もどきの限りない欲望の暴走だ。私を殺したあとに魔の者も滅ぼし尽くしてNAISEIとやらをしたらしく、多くの大地が荒廃し光と闇の生命バランスが崩れ、世界を維持できずに消滅したらしい」
「お、おう……オレたちが死んだあとに、そんな酷いことになってたんだ?」
あの勇者、んな面倒なことしてたのかよ。
……オレなら綺麗な嫁さん貰ってさっさっと田舎に引っ込むぞい。
しかしまあ、魔力主体の世界は思いのほかガワが脆いとはいえ、オレの平凡な顔が切っかけで崩壊したとは……くだらなすぎて涙がでそう。
「あの女は魔王と勇者の世界を継続させるための誇りある戦いを己の淫欲で汚した。とうぜん他の神々の怒りに触れてこの無限世界に落とされたのだ」
「それでオレを恨んで襲撃したのかぁ……あのさ、オレ、別に悪くなくね?」
それが事実だとしたら踏んだり蹴ったりだよ。
あれ、何だか今と変わりない気がする……?
「ああ、逆恨みもいいところだっ!!」
クロエは牙の生えた歯でバリバリと太いソーセージを千切りむさぼった。
肉汁が飛ぶ飛ぶ……。
話していてよほどお冠になったらしく角が放電しだした。
黙って聞いていたジャムナ副長が呆れた顔で口を開く。
「隊長殿は実にテンプレな過去をおもちのようで」
「言うなよ副長殿……恥ずかしくて自決したくなるからさ」
若気の至りに似た心境だよ、もう。
「……なにより私が気に入らないのはっ!!」
クロエが両手でバンッバンッとテーブルを叩いた。
ま、まだ何かあるのかよ?
「あの淫売のゴミ虫ごときが、ろくに知りもしない隊長を罵っていたことだ!! うぬぼれもはなはだしく実に不愉快である!! やつは万死に値する!! 第一にだなぁ、私を差し置いて許可なく隊長のことを語ろうなどと十万年早いわけで……」
演説を続けるクロエを横目に何があったのかとメルファとショタ君を見る。
メルファはおかしげな、ショタ君は気まずげで恥ずかしげな顔をした。
おいおい、そういう思わせぶりな態度はやめて本当に何があったんだよ!?
「女……ラーヴァ・アスクの処分はどうしますか隊長? 施設のほうに送り返しますか?」
普通の軍隊ならば反逆罪で牢屋送りにして、それから軍法会議だがここでは違う。
弁護士を雇うどころか人権など考慮されず即処断が可能である。
隊という形式だが組織としては実にいい加減で、あらゆることがオレに一存されているのだ。
にしても
今さら前世の拘りもないし、オレ個人としては、おとなしくしてくれるなら不問でいいんだけど。
考えていたらゴブ郎さんと目が合った。
しばらく見つめ合うと、彼は胸ポケットから一枚のコインを取りだしオレの方へ弾いた。
「うん? なんだいゴブ郎さん?」
空中でコインを受け取る。
ゴブ郎さんは豚汁を人間よりさまになっている風情で啜った。
「ごぶっ(運試しだ隊長、迷っているならそいつで決めればいい。人生なんてどう転んでも大差ないもんさ)」
「……………………パネッ」
ゴブ郎さんの男らしい人生哲学に感動した。
オレは指を開いてコインを確認する。
淫売女神ことラーヴァ・アスク……666部隊への残留が決まったのである。
袖振り合うも多生の縁であるのなら殺しあうのもまた一つの縁なり。
悪縁、奇縁と様々あれど、とりあえずはリスペクトしたいゴブ郎さん。