ゾウと蛍とギター弾き
ブルリと身体を震わせる。
服の上から何度も腕を擦るがすぐに風が吹いて体温を奪っていく。
流石に長袖一枚だけではもう耐えられない。
夏は終わりを告げて、すぐさま秋がやってきたようだ。
吹きすさぶ風は夏を置き去りに、冬を少しだけ先取りしたような寒さを伴って肌に突き刺さる。
あと一曲やってから帰ろう。
そう決意してゆっくりとギターを持ち上げた。
視界には舗装された道路をパッと照らす丸い月。
観客は風に揺られている緑の雑草のみ。
…上等だ。
若干の虚しさを吹っ飛ばすようにボクは鋭く弦を弾いた。
あちこち回ってはストリートライブをする、ということを始めてからもう数年になる。
所謂定職というやつを持たないボクは日がなギターを弾き続け、一日分の飯代になるかならないかの小銭を稼いでいる。
始めた頃は周りからはどうしてそんなことを、とよく聞かれたものだがその度にボクはこう答えるのだ。
”ボクは好きなことをして生きていきたいんだ”と。
まあこんな生活のお陰で毎日は苦しく、貯金も目に見えて減っているのだが不思議と後悔はなくて、お金以外に目を向ければ最高に充実はしていた。
やはりあの日あのハゲ頭に辞表をたたきつけて、逃げ出したのは正解だったのだ。
ほんの少しの不安を握りつぶしてそう思う。
実際、そうでもなければボクは一生あの小さな世界しか知らなかっただろう。
それがどうだ、今のボクに見える世界はこうも色づいている!
ただしそれと今日の寝床が確保できるかは別問題だ。
恐る恐る残ったお金を数え、それで足りる宿を必死に探す。
えーと何々…?この宿は…56G!?高い、高すぎる!
参ったボク今20Gしかないよ…
くそぅ、この前の村の宿の最安値は16Gだったというのに…!
こうなったら値引き交渉だ、と受付のお姉さんにもっと安くならない?と問えば少々お待ちください、の後に凶悪な面をした婆さんを連れて帰ってきた。
うーん、これは戦略的撤退かな…
ボクは脱兎のごとく逃げ出した、野宿が確定した瞬間である。
といったものの、野宿も決して悪いものではない。
良さげな木の根元で寝袋に入ってすぐに目を閉じる。
そうして寝てしまえばほら、もう朝である。
簡単だろう?と自分に言い聞かせながらギターケースを脇に、いそいそと寝袋に入る。
…いや全く寝れないな。何度か経験しても微塵も慣れる気がしない。
こいつぁ参ったぜ、とキラキラ輝く星を眺めること数十分、いや、もしかしたら数時間かも。
まあいずれにしろ時間を正確に測るものなんてないのだが、気分的にはもう数時間な気がしたその時だった。
ふと、声が聞こえるのだ。
もし…もし…と何かが語り掛けて来てるのである。
疲れがピークに達しているのだろう、眠らなければ。
そう思う程に声は大きく、それに比例して目が冴えていく。
『もし…もし…そこのお人…!起きていますか…!』
もう無視も相当きつくなってきた。
何だ、誰かいるのか?
そう問えばブワッと草むらから大量の光が飛びあがった。
…いや何事?
光の正体はホタルであった。
この時期になるとたくさん出てくるあれである。
まあ秋だからね、いるのは別におかしくないね。
でも話しかけてくるって何?ムシとヒトとの垣根を全力で飛び越えすぎではないだろうか。
それに加えてこう…目算で何十といった数で出てこられると流石に驚きを隠せない。
びびってギターケースを抱きかかえて震えるまである。
ひぇぇ…と声を漏らしていたらそうそれ!と指?を指された。
それ、ちょっと聞かせてほしいんだ!と口々に言われる。
えぇ…なに、そんなことで話しかけてきたの…?
辺りを忙しなく見ながらそう思う、当然のようにヒトもドウブツもいない。
それならまぁ、良いか。今はどうせ眠れないのだ。
良いぜ、聞いていきな。
じゃーんと鳴らして周りを黙らせる。
それじゃあ行くぜ!ワン、ツー、スリー、フォー!
『…まあ悪くはないかな』
『期待以上でも以下でも無いって感じ』
『及第点ってとこだね』
こやつら言いたい放題である。
お?喧嘩なら買うぞ??と憤慨しかけたがまぁ、ぶっちゃけ的を射てるせいで怒るに怒れない。
そりゃそうだ、これでボクが超上手だったら今こんなところにいないだろう。
ふかふかのベッドで寝ているはずなのだ。
その評価は甘んじて受け入れるぜ…と涙を浮かべながらそう言えばまあ元気を出せよ、そう慰められる。
泣かされた相手に慰められるってどういう状況なのだろうか…
何かもう…自分が情けないね…
隠す気も無しに落ち込んで見せれば慌てたような声で彼らは言った。
曰く、『そんなかわいそうな君に、現状を打破する提案がある』と。
月の明かりが隙間から草葉の隙間から零れてくる森の中を突き進む。
茂みを時に躱し、時には手で避けて、ボクはホタルたちの後ろを追っていた。
彼らの提示した内容に興味を示せばここじゃちょっと場所が悪い…と呟いた後に『詳しく聞きたくばついてきな!』と森の中に行ってしまったのだ。
これはもう追いかけるしかないっしょ。
軽い深夜テンションのままえいさっほいさっと駆けていたら大きく開けたところに出た。
そこだけぽっかりと何も生えておらず、上空に真ん丸の月が顔を覗かせている。
そしてその中心には、光を全身に浴びながら鼻提灯を大きく膨らませる巨大な何かがいた。
長い鼻をゆらゆら揺らし、馬鹿でかい鼻提灯がうっすらと光を弾く。
ゾウだ。ゾウである。
文献でしか知らないが特徴的に間違いなく目の前の生物はゾウだった。
うおぉすげぇ…初めて見た…
少しばかりの感動に身を震わせていたらホタルたちはゾウに群がりそら起きろ、と全員でちまちまアタックし始めた。
バシバシっと軽い音が響くこと数分、いい加減煩わしかったのかゾウはう"ぅ"ぅ"ぅ"ん"!と唸り不愉快そうに身を起こす。
どさり、と草原に座り込み彼は一体なんだ、とホタルたちに尋ねた。
するとどういうことか彼らはこう答えたんだ。
『彼かい?彼はね、僕らの新しいバンドメンバーさ』ってね。
ってうぉい!ちょっと待てぇい!?
色々話が飛びすぎじゃない!?
そこのゾウはふむ…なるほどね…とか納得してるけどボクへの説明がなってなさすぎだろう!?
そう喚き散らすボクを彼らはフッと鼻で笑った。
『これが提案』さ、と言いながら。
…もしかして彼らは馬鹿なのだろうか…
一体それがボクにとって何の得があるというのか。
まるで意味が分からないぞ?
そう問えば彼らの代わりにゾウが眠たそうにこう言った。
俺らと組めば毎日ふかふかベッドで寝れるぞ?って。
……ふむ、詳しく話を聞こうじゃないか。
話と言っても、簡潔に言ってしまえばやはりバンドへとボクが勧誘された、それだけのことだった。
それでどうしてボクにメリットが発生するのさ?
ボクが聞きたいのはそこなんだけど…
勿体ぶらずに話せよ、と急かせば彼らはまあ落ち着けよ、とボクを宥める。
良いか?俺は最高のドラマーさ。そしてこいつらはこう見えて最高のボーカルだ。
まあこいつらが連れてきたってことはアンタも大した奏者なんだろ?てことは俺たちが組めば一攫千金…いや万金さ、違うかい?
…なるほど。
さてはお前らバカだな?
ボクは確かに学は足りているヒトではないが流石にそんな話に乗るほどバカじゃあないぜ。
話はこれで終わりかい?じゃあ帰らせてもらうよ、誰かに見られても困るしね。
それにもうじき夜も明ける、ボクは次の町でまた自由に演って一晩分の飯代を稼がないといけないんだ。
じゃあね。
よっこいせ、とギターケースを背負って背を向ける。
ゾウとホタルはボクを引き留めようとするが全て無視である、あんな与太話に付き合っていられるものか。
さて、次はどの町に行こうかな、港町何ていいかもしれない。
そう考えた矢先のことだった。
――――――――♪
突然綺麗すぎるくらい美しい音が突き刺さったのは。
予想外のその歌声は、ボクをその場に縛り付けるには十分すぎた。
何を考えるより先にもっと聞きたいと思ったボクの思考を、今度は強烈なインパクトが襲い掛かってきた。
心臓を直に叩くような衝撃と熱、それが先の歌声を更に際立たせる。
思わず振り返ってしまったボクの前では彼らが不敵に笑っている。
参っな…どうにも本気みたいじゃないか。
バカにするのもいい加減にしろとも思ったが撤回だ。
先ほどの話、受けようじゃあないか。
よくよく考えてみたらボク何てもう世捨て人みたいなもんだ、自由自由と言っておいて自由になりきれてなかったみたいだ。
随分素早い手の平返しだね、と笑うホタルたちにうるせ、と返した。
これからよろしく、と手を差し出せばゾウは俺のことはマイクと呼んでくれ、と豪快に握り返してきた。
ちょ…力つよ…折れる…!
久しぶりに感じた命の危険に脂汗を流していればホタルたちがにやけながら僕はケイ、僕はシン、僕は僕は僕は…と自己紹介を始めたが全く耳に入らない。
ほらもうミシミシ言ってるから!その手を!放せぇぇぇぇ!?
ボクの掠れた悲鳴は暗い森に虚しく響いた。
――後に彼らはこう呼ばれることになる。
多種多様に進化した種族たちを『音』で繋いだ『奇跡の男たち』
そんな彼らの始まりがこんなふざけたものだと知る者は彼らを除いて私のほかいないだろう。
…私が誰かって?そりゃあ君、あれだよ。
正体は、次回にご期待ってところさ。
それでは皆々様次お目にかかるまで、あでゅー!
思うままに書いたら1万を余裕で超えて延々と書いていってしまいそうな気がしたのでくそ雑だけど締めました…許して…ゆる…して…