QB「もういい、そこをどけ! 僕がかわる!!」   作:ほひと

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某医療漫画のキャラを登場させました。





04

 

 

 

 最近になり、梨紗の住む都市型円盤にも新規住居者が増えた。

 

 各区ごとに色々なタイプの人間が来ている。

 母子共に引っ越して一家も、そのうちの一人。

 

 都市内にまだ学校施設がない。

 なので、中学生の娘は、キュゥべえが作った教育プログラムで勉強している。

 

 普通の塾や学校のそれよりも、まあわかりやすい。

 しかし、母子は色々複雑な感情でいた。

 

 元は、会社経営をしている父親のおかげで一家は裕福だったのだが。

 

 だがキュゥべえの統治後、父は捕まった。

 

 罪状は、簡単に言うと労働基準法違反。

 

 キュゥべえによって法律も多く変わったせいで、かなり取り締まりが厳しくなった。

 娘は知らなかったのだが父の会社はいわゆるブラック企業で、精神を病んだり自殺した者もいたようだ。

 

 一家の幸福は、多くの犠牲の上に成り立っていたわけである。

 

 父は実刑を受け、30年の懲役となった。

 しかし、まだ運が良いと言えるかもしれない。

 

 中には、すぐさま死刑になった経営者もいたのだから。

 キュゥべえ統治で、国民の生活が保障されるようになったためか、多くの企業は人手不足のために倒産した。

 

 普通なら一家離散や借金などの問題が続出するだろう。

 

 しかし、国民にはキュゥべえ経営の店やネット通販で使えるポイントが支給されている。

 

 基本支給額は一人当たり月額20万ポイント。

 未成年の子供がいる家庭はさらに増額される。

 

 また、医療費や水道光熱費は無料になった。 

 特に早くてきれいで痛みがない歯科医療は子供にも大好評だ。

 

 住む場所も、都市型円盤などは家賃も無料。

 他にも宇宙コロニーへの居住者も募集予定であるそうだ。

 

 職のない人間や、引きこもり、あるいは働きたいという高齢者などには様々なボランティアを紹介したりしている。

 

 梨紗の住む街では、保健所から犬や猫を引き取って世話をするというものがあった。

 

 別に何匹も買う必要はなく、エサ代や病院も無料。

 困ったことがあればすぐに専門家にアドバイスがもらえる。

 

 このボランティアも無償ではなく、キュゥべえからポイント支給があるのだ。

 

 もっとも、何でもかんでもキュゥべえの店にあるわけではない。 

 タバコや酒などは置いてないし、衣料や生活用品も面白みのない機能性第一。

 

 お菓子なども例えで出せば、ポテトチップスは塩味だけだ。

 野菜や魚、肉などもキュゥべえの宇宙コロニーで養殖・生産されたもの。

 

 外食するような施設もない。

 せいぜいコンビニの飲食スペースくらいだ。

 

 だが、パソコンやスマホの類はキュゥべえ製のものがポイントで買える。

 これらは圧倒的に性能が良いので、むしろ他のシェアを圧倒していた。

 

 他にも空を飛ぶ自家用円盤、水を燃料にする自動車。ホバーカー。

 そういう超技術の品もポイントで買えた。

 

 ただし、これらは当然みな高価で、自動車などは安いもので200万ポイントする。

 しかし、贅沢を言わなければ遊んで暮らせるようなものだ。

 

 逆に専門の職業、エンジニアや研究職などはキュゥべえ支援の下で熱心に働いている。

 キュゥべえの超技術を研究できるので、面白くて仕方ないのだ。

 

 こんなわけだから、みんなキュゥべえの統治に喜んでいた。

 

 不満を言うのは、社会的地位を失ったり、逮捕された者たち。

 

 当然ながらそれらの不満は無視された。

 9割の人間は、もう人間の指導者など欲してはいなかったのだ。

 

「政治を人間の手に!」

 

 そう叫ぶ少数派もいるが、

 

「仮に人間の手に戻っても、また一部の連中だけが美味しい目を見るじゃないか……」

 

 多くはそんな意見だった。

 それでも、不平を言う人間も後をたたなかったが。

 

 また、キュゥべえに他国を援助せよと意見を述べる人間もいた。

 

「これだけの力を、地球人全体のために使うべきです」

 

 しかし、別にそれらの声に何かの権威とかがあるわけではない。

 意見書をもってキュゥべえに突進して、追い返されるばかりだ。

 

 一方で海外のキュゥべえに対する意見は賛否両論。

 

 デストピアだという声もあれば、理想の社会という声もある。

 経済格差の大きい国では、自分も日本で暮らしたいと叫ぶ者も多かった。

 

 逆に、

 

「いくら日本人が良い暮らしと言っても、所詮は奴隷の幸福だ。しかし、我々を見よ、暮らしは厳しくても自由がある!」

 

 と断言する政治家もいた。

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 アルヌスの一角。

 

 多くの種族が集まるその場所には、キュゥべえが設置した大きな施設があった。

 巨大な格納庫の前に、広く整地された飛行場のような場所。

 

 格納庫の中では、大勢のドワーフやエルフが集まり、忙しく動いている。

 彼らの歩き回る中心には、大きな鎧騎士のようなものがあった。

 

 大きさは7メートル弱。

 アクアブルーで、カブトムシを思わせる角のようなブレードがある。

 

「しっかし、えらいもん作っちまったな、わしら」

 

「こんなもんがポンポン作れたら、世界が変わっちまうぞ」

 

 ドワーフの工匠たちは巨人を見上げ、口々につぶやく。

 そこには戸惑いもあるが、自信と喜びが確かにある。

 

「しかし、飛龍の鱗にグリフォンの羽根……ミスリル合金……。よくもまあこれだけの材料をそろえたものだよ……」

 

「すごいといえばすごいが、費用や職人のことを考えたらとんでもない金食い虫だぞ」

 

 別の場所ではエルフたちが整備点検をしながら語り合っている。

 

「何でキュゥべえはこんなものを作らせたんだろ?」

 

「彼らなら彼らだけでもっと効率もコストも良いものを作れるだろうに」

 

 そう語られるこの人型は、キュゥべえが原型の設計、パーツの一部を補っているが。基本は特地の種族たちによって開発されたものだった。

 なので、一応は一部のパーツさえ何とかなれば特地だけでも作れる。

 

 仮に帝国がこれと同じものを作ろうとすれば、莫大な軍事費を必要とするだろうが。

 

「まだ色々未完成というか発展途上の部分があるからね。それに、操縦者の能力に性能が左右されすぎるという欠点もある」

 

 監督をしていたキュゥべえは、淡々と言った。

 

「今のところエルフがもっとも適正があるようですね。精霊魔法と組み合わせれば古代龍とも戦えるかもしれませんよ?」

 

 資料を手に、エルフの一人が興奮気味に言った。

 

「かもじゃなくって、できるようにするんだ。それが当面の目標」

 

「あっさりとおっしゃいますが、まだまだ試験することが多すぎて……」

 

「だったらじっくりしっかりやればいい。君たちは寿命が長いんだろう?」

 

「そうですけどね……」

 

「でも、古代龍……炎龍を倒せるかもしれないってのは大きいですよ。励みになる」

 

 関節の調整を行っていたエルフが、笑って言った。

 そんな話をしている時、格納庫の前に巨大な影が降りたった。

 

 収納されている人型と、同型だが緑色の機体。

 さっきまで試験のために空を飛び回っていたものである。

 

「すごいよ! まるで自分が風の精霊になったみたい!」

 

 機体から降りながら、興奮して叫ぶのはテュカだった。

 伊丹たちが日本に行っている間、彼女はここでテストパイロットをやっていたのだ。

 

「こんななりで自由に空を飛べるんだからなあ……。龍も形無しだ」

 

 すぐに機体のチェックを始めるエルフやドワーフ。

 

「コンバーターの異常はなし。テュカは扱いが丁寧だから安心できるな」

 

「しかし、少々優しすぎてテストにならんわいな。多少無茶して弱点を洗い出さんと完成にはほど遠いぞい」

 

 エルフとドワーフの工匠は意見を交わし合いながら、機体を格納庫へと運んでいく。

 むろん素手ではなく、人の手を持ったキャタピラの機体を使用して。

 

 これは現在テスト中の機体の雛型となったテスト機である。

 今は作業の補助を円滑に行い、重宝されている。

 

「テュカさん、ご苦労様~~。じゃあ、身体チェックすからこっちへ来て?」

 

 そういうのは白衣を着た金髪に蜂蜜色の瞳をした女性だった。

 年は若く、ティーンエイジャーに見える。

 

「テストする前にもやったのに」

 

「これもお仕事の一環です。体調を維持するのもお仕事よ~~」

 

 若干独特のしゃべりかたをする少女の名は、ふらん・M。

 

 対有機生命体コンタクト用人型インターフェース。

 人間とのコンタクトをより円滑かつ効率的にするため、キュゥべえが開発していたもの。

 

「つまり、精密なアンドロイドというのがわかりやすいかな?」

 

 と、紹介された時には、自衛隊関係者はみんな唖然としていた。

 

「一応人間と同じ食事なんかもできますよ~。悪しからず~」

 

 どうやら原型となったものがあるようだが、その起源については、

 

「古いデータベースに残っていたものだから、よくわからないんだ」

 

 とのことである。

 

 テュカの検査が終わった後、ふらんが基地内へと戻ると――

 

「ふらんさん」

 

 声をかけてきたのは黒川だった。

 

「テュカの様子は、どうでしょう」

 

「昼間は安定してるわね~。眠る時に悪夢を見ることが多くなっているそうよ~」

 

「それは……」

 

「どっちかというと、幻想が崩れかけているみたい。多分炎龍に対抗しうる具体的な力と直に触れていることが大きいんでしょうね~。もしかすると自分の手で敵を取りたい……っていう気持ちが強いのかしら~。同族から聞いた話だと、かなり父親っこだったみたいだし~」

 

「まさか、本気であの実験機で炎龍を!?」

 

「さあ~。上層部からはそこまで聞いてないわ~。そもそも私は医療系が専門だし~」

 

「……」

 

 もしかすれば、キュゥべえがテュカを何かに利用しようとしているのか。

 いや、テュカだけではなく、アルヌスの他種族全体を。

 

 そう考えると黒川は嫌悪感をおぼえざるえない。

 

 親を殺されて心を病んだ少女を実験動物のように使う。

 人道的も許されることではない。

 

「ふーん。あんまり理解がない感じ~。でも仇討ちは日本人の文化でしょ~?」

 

「それは江戸時代の話です!」

 

「でも、エルフさんたちは特に乗り気っぽいわよ~。まあ、キュゥべえのバックアップがあるからでしょうけど~」

 

 そう言われ、黒川は黙って嘆息する。

 実際、対炎龍の風潮はアルヌスの他種族全体に広まってきているようだ。

 

 今までただ捕食対象にされるしかなかった長い歴史。

 それを変える武器が今誕生しつつある。

 

 しかも、キュゥべえの援助があるとはいえ、自分たちの技を使って。

 エルフとドワーフは協力関係を深め、新型機の開発を進めている。

 

「ところで、いつまでも試作機何号機って名前じゃあ味気ないですね」

 

 ネイビーブルーの試作機をチェックしている班でそんな話が持ち上がる。

 

「風魔法を自在に操り、空を飛んだというエルフの魔導師にちなんで、ヴァイナールというのはどうでしょう?」

 

「いや、ドワーフの古き英雄王ダンの名をいただこう」

 

「何を言いますか、ヴァイナールです」

 

「ダンじゃ!」

 

 こうなると両者は譲らない。

 

「ふむ」

 

 両者の意見を聞き、キュゥべえが出した答えは、

 

「二つの名を取って、コードネームは『ダンバイン』としよう」

 

 そういうこととなった。

 

 これにはドワーフ、エルフも苦笑い。

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

「この店はガキに酒を飲ませるのか!!」

 

 鋭い声が店内を貫き、酔漢たちを沈黙させた。

 

 夜。

 

 伊丹とロゥリィが酒席を設けていたところへの闖入者。

 

 美しく蠱惑的ながら野生の香りを魅せるダークエルフだった。

 

「彼女は見た目通りの年齢ではないよ?」

 

 ロゥリィが何か言う前に、テーブルにキュゥべえがぴょこんと飛び乗る。

 

「……。まさか!?」

 

 ダークエルフはキュゥべえを見て、ハッと表情を変えた。

 

「アルヌスを支配するという白き種族……」

 

「一応キュゥべえという種族名があるよ。君はダークエルフだね」

 

「い、いかにも……まさか、いきなり出会えるとは――」

 

「で。もしかして僕らに用なのかな?」

 

「い、いかにも! 是非にもあなたがたの力を借りたい危急のことがあり、まかりこした」

 

 いきなりダークエルフは土下座せんばかりの勢いであった。

 

「なぁにぃ。いきなり出てきてぇ……」

 

 会話を奪われたロゥリィは膨れっ面で伊丹にしなだれかかる。

 

「我が名はヤオ・ハー・デュッシ。シュワルツの森、デュッシ氏族デハンの娘」

 

「前置きは良い。用件を言いたまえ」

 

「む。す、すまぬ……。単刀直入に言おう。我が一族を襲う炎龍を討ってほしいのだ」

 

 炎龍。

 

 その名が出た途端、店はさっきとは別の意味で沈黙した。

 

「ああ、古代龍だね。ふむ――」

 

 キュゥべえはうなずき、続きを促す。

 

 要約すると、数か月前からヤオたちダークエルフは手負いの炎龍に襲われいた。

 

 逃げ隠れ、食料も満足に得られず日に日に窮乏しているという。

 中には冥府神への信仰を狂わせ、自ら餌食となる者も出ているそうだ。

 

「ふーん……。なるほど、あの時取り逃がした個体だな、きっと」

 

「では、やはり炎龍に傷を負わせたのは、貴殿らか!?」

 

 ヤオの顔が歓喜と期待で輝き出す。

 

「正確には僕らの兵器だけどね。で、君らはただお願いにきただけかい?」

 

「何のむろん報酬は出す。金剛石の原石だ。さらには必要なら此の身を捧げることも厭わぬ。すでに親類縁者への別離はすませてきた」

 

「なるほど。覚悟は十分というわけかい?」

 

 そして、キュゥべえは軽く前脚をふるった。

 

 同時にヤオの周辺にいくつものウィンドウが浮かぶ。

 

「な、何だ、これは? 魔法……? 見たこともないが……」

 

「おお、適正値が高いじゃないか。テュカと同等だよ。すごいじゃないか」

 

 キュゥべえはわけのわからないことを言い、尻尾を左右に振った。

 

「おい、まさか……彼女をあの試験機に――」

 

 何かを察した伊丹が遮るように話しかけるが、

 

「――」

 

 それをロゥリィが無言で押しとどめる。

 

「君はさっき言ったね? 身を捧げると」

 

「ハーディに誓って偽りはない」

 

「そうか。なら、捧げてもらおうじゃないか。君にはダンバインに乗ってもらう」

 

「だんばいん?」

 

「ついてきたまえ」

 

 言ってキュゥべえはテーブルを飛び降り、ヤオを誘う。

 ダークエルフの美女は迷いなくそれに続いた。

 

 ヤオの連れていかれた場所は、試作人型機ダンバインの格納庫だった。

 

「ダークエルフ?」

 

「新顔か……?」

 

 夜勤をしていたスタッフたちが珍しそうにヤオを見る。

 だが、彼女にはそんな視線を気にする余裕はなかった。

 

「巨人の騎士……!?」

 

 アクアブルーの1号機を見て、ヤオは茫然としてつぶやいた。

 

「これは乗り物だよ」

 

 言ってキュゥべえがスタッフを促すと、ダンバインの胸部が開く。

 

「あそこが操縦席だ。これを君に操縦してもらう」

 

「た、確かにこんな巨人を操れれば大きな力となろう……。しかし此の身はこんなものは見たことも聞いたこともない。乗れと言われても……」

 

 巨大な機械という代物に、ヤオは若干及び腰になってしまう。

 

「それはおいおい教えていく。君には適性があるんだ。それが嫌だというのなら帰っても良いけどね。僕らは知らない」

 

「何と言われるか!? 教授していただけるのなら、問題はない。すぐにこの巨人を乗りこなしてみせようぞ」

 

 突き放すようなキュゥべえの言に、ヤオは反発して叫んだ。

 

「言うと思った。これは元々が対炎龍を想定して作られたもの。それを君に貸す」

 

「対炎龍」

 

 その言葉に、ヤオは何事を飲み込み目を細めた。

 

「自分の手でやれ、と申されるのだな?」

 

「そうだよ。いやかい?」

 

「否」

 

 いつしか、ダークエルフの眼には復讐の炎がちろちろと燃え出していた。

 

「むしろ、ありがたい。この手で一族の屈辱を晴らせるのなら」

 

「そうかい。では、今日は休みたまえ。訓練は明日から行う。時間はないのだろう」

 

「了解した」

 

 

 そして。

 

 ダークエルフの翌日から訓練は開始される。

 

 初めて接するものに戸惑いはあったようだが、モチベーションが違う。

 すぐに歩行を自在に行えるようになり、午後には低空飛行までこなすようになった。

 

「それにしても、これはどういうものなのだ……。馬などに乗るよりも、魔法を使う時の感触に似ているが……」

 

「これは基本的に君たちの生命波動を動力として動く。魔力、霊気。呼びかたは色々だけど、僕らは基本オーラと呼んでいる。それが強ければ強いほど性能が上がると思ってよい」

 

「オーラ……」

 

 ヤオは自分の手を見つめ、少し感慨深げだった。

 

「設計してみると、どうも君たちエルフに適正の高いものだった。これは調整次第で他の種族でも適応できるものになるだろう」

 

「それで討伐の決行はいつ頃に?」

 

「ふむ。君たちに慣熟訓練次第だね。もう一機のダンバインを使いたいんだけど、まだ候補者がいない。エルフも貴重な人員だからなあ。それに……」

 

「そ、それに?」

 

「君たちの森はエルベ藩王国の領内だからね。色々面倒なんだ」

 

「な、ならば此の身だけでも……!」

 

「まあ、それならそれでいいけどね。機体はともかく武装がまだ頼りないんだ。無駄死にして機体を無駄にするようなことは避けて欲しいね。一応大事なものなんだから」

 

「うう……」

 

 キュゥべえの言葉に、ヤオはもどかしそうに唇を噛んだ。

 

「最低でも、ダンバインの剣ができるまで待ちたまえ。丸腰では戦えないぞ」

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

「地揺れ?」

 

「そう。台地が大きく振動して災害が起こる可能性が高い」

 

 老師カトーがキュゥべえと共にいるラボの中、レレイが疑問の声を上げた。

 

「火山が噴火するとき、そんなことが起こることがある――と」

 

「今回の場合は、少し違うんだ」

 

 キュゥべえは前脚を振り、ウィンドウを空中に呼び出す。

 ウィンドウには二つの球体が描かれ、

 

「現在アルヌスを中心にこうなっている」

 

 と、二つの玉は重なり合う。

 

「この状況が少しまずいんだな」

 

「というと?」

 

 紅茶を飲んでいたカトーが顔を上げる。

 

「僕らの観測したデータによると、あの門は本来交わらない道を無理に繋ぎ止めているという物騒なものだ。おそらくは長時間開くべきものではないんだろう」

 

「じゃが、今は開きっぱなしになっておると――」

 

「うん。だから当然歪みが生じる。それが明瞭な形になって起こる、と思われるのが」

 

「地揺れ」

 

「そうだ」

 

 レレイの声に、キュゥべえはうなずく。

 

「手間はかかったが、この時空間のデータは大よそ取れた。だから、門以外の移動通路を僕ら自身で作るつもりなんだ」

 

「まさに神の技じゃのう……」

 

「そういう言い方はどうかと思うけどね?」

 

 キュゥべえは尻尾を振り、カトーとレレイを順繰りに見る。

 

「ま、そういうわけだ。すぐにでも作業に取りかかりたいから二人に協力してほしい」

 

 できるだけ早く門は閉ざしたいから――と、付け加えて。

 

「参考までに。もしも門を放置し続けたら?」

 

 そっとレレイは挙手する。

 

「ここと地球に大規模な地震が広範囲で起こる。帝都なんかは壊滅的被害を受けるかもね」

 

「……」

 

 レレイは考え、それからコクンとうなずいた。

 

「そんな物騒なことが起こるのじゃあ、断れんわなあ」

 

 カトーも承諾する。

 

「君たちは理解が早くて助かるよ。では、上空の基地に行くから用意してくれ」

 

 そうして、キュゥべえとレレイらはアルヌス上空の都市型円盤へと向かった。

 

 円盤内は、軍事基地であるためか東京のものとは造りは違う。

 都市のいたるところにザクやフライト・グフが配備されていた。

 

 ラボには、複数のキュゥべえとエルフたちが数人。

 

「この間の実験は良好でしたし、すぐに移動ゲートの生成が可能ですよ」

 

「基本のデータさえ取れればOKですから、実験のゲートは小規模なもののほうが好ましいと思いますね。ただでさえアルヌスのゲートが悪影響を出してますし……」

 

「そういうわけだから」

 

 キュゥべえはレレイたちを振り向き、促した。

 

「なんじゃ、もう準備万端ではないか」

 

 カトーは呆れた顔で肩をすくめる。

 

「私たち、必要?」

 

 若干じと目でレレイは尋ねる。

 

「ああ、君たち魔導師の意見は是非にも必要だ。エルフも魔法には長けているが、専門として長期間研究しているわけではないからね」

 

 キュゥべえが言うと、エルフたちは苦笑する。

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

「こんなことに何の意味があるんだろうな……」

 

 帝都・ピニャ・コ・ラーダの館。

 

 外務省所属・菅原浩治の後ろで十代半ばほどの少女がつぶやいた。

 短い黒髪に黒い瞳をしたやや中性的だが美しい顔立ちの少女。

 

「外交とは、面倒臭いものなんだよ」

 

 困った顔で述べる菅原に、

 

「それはある程度戦力差が近しい場合だろう。キュゥべえとこの国で、技術面・軍事力でどれほどの差があると思う?」

 

 冷たい声で少女は言った。

 

「キュゥべえはデータがどうのと言っているけど、私にはこの価値がわからない」

 

「お互いに無駄な戦闘や犠牲者を出さないに越したことはない、と思わないかな?」

 

「この国と日本の文化的な差を知っても、それを言える? その差は倫理観の違いでもある。奴隷制度があり、人身売買がある、この国で」

 

 容赦ないというより、疑問をそのまま口にしている少女。

 この少女に、菅原は嫌でも苦手意識を持ってしまう。

 

『お前らは用無しだ』

 

 と、暗に言われているようで。

 

 対有機生命体コンタクト用人型インターフェース。

 ヴェロニカ・M。

 

 アルヌスにいるふらんと姉妹機にあたり、ふらんが医療・研究を専門としているのに対し、彼女は要人護衛を専門としているという。

 

(見た目、女の子にしか見えない彼女がなあ……)

 

 館では菅原の秘書として常時彼に付き従っている。

 

(いや、監視しているという感じか――)

 

 確かに護衛も兼ねているのだろうが。

 

 本質的は外務省の役人である菅原を見張っているのだろう。

 

 キュゥべえ統治後、外務省でもかなりの人間が処分されたり、逮捕された。

 また過去の活動からも、キュゥべえからは、

 

『不穏分子多し』

 

 と、見られていると菅原は感じられた。

 

 実際世が世なら売国奴と言われる行為もあったと思う。

 

 ただ、外交とは一概に正邪とか単純な損得だけでは動けない部分が多々ある。

 そういう人間ゆえの弱さや欠点に、キュゥべえが理解があるとは思えない。

 

 今回菅原たちが特地に送られたのも、

 

「人間がこれにどう対応しうるのか?」

 

 というテストであると共に、

 

「役人が信用にたるものかどうか、あるいはどう動くのか」

 

 というデータ収集でもある。

 

「仕事を真面目にこなすのは最低条件として、あくまでも日本の国益を第一に行動してもらうことが肝要だ。もしも利敵行為を働いた場合は覚悟してもらう」

 

 冷たい目と声でヴェロニカは言い置き、後ろのほうで待機した。

 

 菅原は全身から冷や汗が流れる感触を味わいながら、立場の危うさを実感する。

 キュゥべえの統治下では、無能や有害な公務員への対処は非情だ。

 

 菅原は仕事への実直さと有能さを買われ、どうにか外務省に残ってているが。

 仮にハニー・トラップにでもかかれば、即座に処断されるだろう。

 

 汗をぬぐおうとした時、ようやくピニャが入室してくる。

 

「おお、菅原殿早いな。ヴェロニカ嬢も」

 

 ピニャにとってヴェロニカはあくまで菅原の秘書でしかない。

 その正体を知れば、一体どう思うのだろうか。

 

 あるいは、理解できるのかどうかも。

 

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 その女は悪所にいきなり現れた。

 

 ウェーブのかかった長い水色の髪。ネコ科の猛獣を思わせる美貌。

 

 粗野で下品。

 しかし、圧倒的な戦闘力とずる賢さで勢力を伸ばしていく。

 

 多くの種族がごった返すスラム街たる悪所。

 

 彼女はまさにそれが擬人化したような女だった。

 

 金と暴力で周囲を支配し、逆らうものは殺す。

 半年もたたないうちに悪所の新たなる顔役として幅を利かせ始めた。

 

 名は、ガブリール。

 その凶暴さと強さから狂犬との異名をとった。

 

 彼女が瞬く間に大物となった原因。

 そこには、多くの貴金属や珍しい品物をどこからか仕入れてくる点があった。

 

 一体どこの誰からか。

 部下にも一切の詳細は知らせないまま、彼女は取引を行っていた。

 

 中には一粒で夢見心地になるドラッグなど、危険物も多い。

 当然ながら、彼女には敵が多かった。

 

「あの新顔、完全にわしらを無視しとる」

 

「好き放題に金を貪って、ばらまくくせに上納金はなし」

 

「目障りなアマだぜ」

 

「腕っぷしに任せて、いい気になりやがって……」

 

 悪所の顔役たちは集まりでガブリールへの不満をこぼし合う。

 

「あの女のところにゃ金銀宝石が山とうなってるそうだ。悪所の手ほどき料にもらってやろうじゃねえか」

 

 そう言い出したのは顔役の中でも悪評の高いベッサーラだった。

 悪評が高いだけにやることの荒っぽいこの男。

 

 同じく荒っぽいガブリールとは常に対立し、抗争関係にあった。

 まだ小競り合いの段階だが、何度も血が流れている。

 

 そして、ある空の暗い夜――

 

 武装したベッサーラ一味は、夜宴でうかれているという情報のガブリールを襲った。

 

 が。

 

 顔を隠した不気味な一群が、武器を構えて彼らを迎え撃ったのだ。

 

「やられた……!」

 

 どうやら情報が漏れていたとベッサーラが悟った時には遅かった。

 

 異様な怪力を誇る顔を隠した連中が、凶器を振りかざして襲いかかる。

 瞬く間に周辺は血に染まり、死体があちこちに散乱した。

 

 そいつらはまるで声を発さず、感情も見せずに淡々と殺戮を行った。

 ベッサーラ一味の反撃も丸で意に介さない。

 

 刃物で切り付けても、矢を放っても、まるで効果はなかった。

 唯一感情が見えたのは、

 

「ぎゃははははははははは!!」

 

 と高笑いするガブリールの声だけだった。

 唯一生き残ったベッサーラは、転がるようにして逃げ出すばかり。

 

「あいつら全員使徒か……!? でなけりゃ化け物だ……!!」

 

 が、やっと家に逃げ帰った矢先に、

 

「ベッサーラぁあああ!! とっとて出てこいや、フニャチン野郎!! てめえのねぐらは、完璧に包囲しているぞ! 顔出さなきゃ、首掻き切ってクソ流し込むぞ!!」

 

 下品なガブリールの笑い声が飛んできた。

 

「てめえの縄張りを一切合切オレによこせ! クソどもからかき集めた金は独り占めか!? 殺すぞ、生ゴミがッ!!」

 

 こうなれば、もうどうしようもない。

 

 ベッサーラは引きずり出され、丸裸にされて悪所に蹴り飛ばされた。

 捕まった妻や子供、愛人や奴隷はその場で奴隷商に売り飛ばされる。

 

 しかし、その商人がどこの誰なのか。

 またどこに売られていったのか。

 

 そのへんのことはまったくわからない。

 

 ただ、数日後。

 

 アルヌスの基地で奴隷になっていたヴォーリア・バニーの女がいたという噂が、密かに悪所に流れたようだ。

 

 そのことから、ガブリールはアルヌスとコネがあるらしいとの噂も。

 

 ベッサーラは裸でうろついていたところを何者かに襲われ、切り刻まれて死んだ。

 誰がやったことはわからないが、だいぶ恨みを買っていたことは確かである。

 

 かくして、ガブリールはベッサーラの縄張りをそっくり奪い、さらに勢力を拡大。

 

「あのアマ、まさかここまでやるとは……」

 

「とんでもない兵隊を抱えてやがる」

 

「こうなりゃあ認めるしかねえ」

 

 顔役たちはそんなことをつぶやき合っていたが。

 だが、明日我が身だということを、理解してはいなかった。

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 悪所が混乱している頃。

 

 帝都では貴族の間で新たな潮流が起こっていた。

 一部の貴婦人たちが、見事なドレスや貴金属の装飾品。

 

 ドワーフの手による飾り物。

 エルフの手による見事な布地。 

 

 それにプラスして、驚くような美酒や美しい刀剣。

 

 こういったものが密かに流れ、自慢の種になっていた。

 他種族の技巧品はともかく、剣などはまったく未知の金属だったのである。

 

「何でも、『ぺだにうむ』というそうだ」

 

 自慢する貴族はそう語った。

 一見黄金のような輝きを持つその刃は、金とはまるで異なり、鉄の鎧や板さえも易々と切断するという凄まじいものだった。

 

「これを鎧や武器に使えば、すごいことになる……!」

 

 と考えた者はいたが、この金属がどこで採掘され、どうやって加工されたのか。

 まったくもってわからなかった。

 

 刀匠に見せても、ただ目を丸くするばかり。

 

 そんな騒ぎと同時に。

 

 皇女ピニャはあちこちの園遊会などに頻繁に参加し、貴族たちへ働きかけていた。

 また自身でも園遊会を開き、忙しく動き回る。

 

 貴族の貴婦人や令息、令嬢の集まる園遊会。

 多くの者が珍しい食べ物の美味を楽しんでいる横で――

 

 キケロ卿を始めとした多くの貴族は、小型の都市型円盤の中にいた。

 

「こ、これは……」

 

「こんな者が人の手によるものなのか!?」

 

 小型と言っても直径1キロを超える円盤には、多くのザクや兵器が蠢いている。

 円盤はシールドによって不可視の状態となり、高速でアルヌスに。

 

「何と、もうアルヌスに!?」

 

「一体どれほどの速度を出したのだ!?」

 驚く貴族たちは、まったく様変わりしたアルヌスを案内され、蒼白となっていた。

 アルヌスでは多くの兵器、さらにその試射まで見せられ、さらに青くなる。

 

(こんな力を持った連中に勝てるわけがない……!)

 

 絶望しかけるも、キュゥべえとの対話でどこか帝国への無関心さも悟る。

 

(うまく交渉すれば、立ち去ってくれるやもしれぬぞ……)

 

 

 

 *    *    *

 

 

 

 皇子ゾルザルの奴隷であるテューレは日々過酷な性的虐待に耐えていた。

 過酷でなかった扱いなどなかったといえはそうなのだが。

 

 門の向こうから連れてきたという奴隷がいなくなってから、ゾルザルの扱いはひどくなっている。一種の八つ当たりだ。

 珍しい人種の奴隷だと面白がっていただけに、惜しかったのだろう。

 

 また帝国軍の連戦連敗していることにも苛立っているらしい。

 アルヌスの丘を占拠した異界の軍隊は巨大な基地を建設しているという。

 

 未だこちらへ侵攻してこないところから、

 

「奴らも帝国を恐れているのだ」

 

 という楽観論から、

 

「いや、あちこちで影響力を伸ばしているという噂もある。今のうちに、対処すべきだ」

 

 という意見もあった。

 さすがに講和しようという意見はない。

 

 最近までは。

 

「異界の軍は手ごわい。大火傷をしないうちに早期講和すべきではないか」

 

 最近、そんな意見はチラチラと出始めた。

 これが傲慢なゾルザルの機嫌をさらに悪くしているようだ。

 

「自分たちの帝国が負けるわけがない」

 

 そういう固定概念に凝り固まっているらしい。

 テューレとしても、講和などは困る。

 

 いっそのこと、帝都へ進撃でもしてくれればいいと願っていた。

 独自の伝手で集めた異界軍の力は圧倒的だ。

 

 今まで帝国はまともなダメージを与えられていない。

 だが、だからといって帝国に講和、または降伏されても困る。

 

 徹底的な殲滅戦をやってくれなければ、腹の虫がおさまらなかった。

 そのためにも、異界からの奴隷だという女は消えたのは痛い。

 

 アレを使って帝国と異界をより拗らせることができたのに。

 そんな悶々とした日々に、悪所の噂を聞いた。

 

 悪所にアルヌスと繋がりのあるらしい顔役ができたらしいと。

 

 新顔のそいつは金と暴力に飽かして、どんどん勢力を広げている。

 貴族たちの屋敷に、その息のかかった者が潜り込んでいるという。

 

(使えるかもしれない)

 

 テューレは、その顔役・ガブリールをそう判断した。

 

 

 







ペダニウム合金
宇宙ロボット・キングジョーの装甲に使われていた金属

ヴィブラニウムやルナチタニウム合金の案もありました。

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