「ところで部長はどっちがやるんだ?」
部活に入って2日目、ココ最近で言わなければよかった事ランキングの上位に入る一言が出てくる辺り部活は碌なもんじゃない
「もちろん私がやるわ…と言うよりも、元々私しかいなかった部活に入ってそのまま部長になろうなんて図々しいとは思わないのかしら、ヒキガエル君?」
「いきなり昔のあだ名で精神攻撃してくるのは良くないぞ?まあ、確かに急に来て部長にしてくれとは言わないが部の長は話し合った方がいいはずだ。」
「確かに普通の部ならその通りね。」
「だろう?」
「ええ。話し合うのは当然の事ね…っで、本心は?」
「俺は負けるのが嫌いだ」
俺と雪ノ下の間に火花が散りそうな程の熱い視線が交差する。目と目が会うのは恋の始まりって聞くがこれが恋なら俺は一生独り身でいいし、このまま闘うなら千葉の地図を書き換えるくらいには暴れてやる。
しかし、どうしたものか…どうやら今ここには相当な負けず嫌いしかいないらしい。どうしてあの全ての元凶たる平塚先生はこの場にいないんだろう。こういう時こそ教師の力の見せどころではないのか?
「邪魔するぞ二人とも!…ん?どうした比企谷?」
「先生はすごい元気だなぁーって」
多分俺の担任は超能力を使えるんだと思う
「平塚先生、このカエルゾンビ君にこの部の部長は雪ノ下雪乃であると教えてあげてください。」
「先生!今僕は彼女の一言でとても傷つきました!こんな人の心を傷つけるようなやつより、この僕の方が部長に相応しいでしょう?」
「ふむ、二人とも仲がいいようで何よりだ!」
先生のこういうところ嫌いじゃないけど好きじゃない。
「部長をどちらがやるか…その答えを出すことは出来ないがタイミングは良かったかもしれないな。」
「は?」
「タイミング?」
「うむ。由比ヶ浜、痴話喧嘩も終わったようだから中に入ったらどうだ?」
「ちょっと先生!?気持ち悪い事は言わないでくれます!?」
「おいおい、この程度で慌てるなんて少しばかり器が小さいんじゃないのか?」
「っ!」
この様子じゃ俺の部長昇格は決まったようなものだな。
やっぱ、器の大きさが違ぇんだよなぁ…
「失礼しまーす…って、あっ!ヒッキーじゃん!なんでここに居るの!?」
「昨日から入った…ていうか、あなたはどなたでしょうか?」
「え、私だよ?本当にわかんない?」
誰だよ
「じゃあヒント出してあげる!同じクラスのぉ…」
「すまん、クラスメイトの顔と名前なんて覚えてねぇわ」
「うっそぉ!?もうマジありえないんですけどぉ…」
クラスメイトの全員が全員名前と顔覚えてると思ってるなんてマジありえないんですけどぉ…
「あの、由比ヶ浜さん?でいいのかしら?」
「え、あっはい!由比ヶ浜結衣です!それで、えーと雪ノ下さんでいいでしょうか?」
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。それにここに来たってことは入部か依頼のどちらかでしょう?あんまり時間を無駄にしてると直ぐに下校時刻になってしまうわ。」
「あー…そういや、この部って何するか聞いてねぇな…ちょうどいいから教えてくれないか?」
「あら?何か聞こえるわね?私には汚すぎて上手く聞き取れないようだわ」
「その耳引きちぎってやろうか?」
「あー、なんだかものの頼み方を知らない蛆虫の鳴き声が聞こえるわー」
ほお?どうやら喧嘩を売られているようだな?しかし、俺は紳士だ。この千葉の大地に足をつけ、千葉の空に輝く太陽の光で育ち、身体にMAXコーヒーが流れる生粋の紳士だ。ここで怒ったりはしない。
「ふぅ……雪ノ下様ぁ?この無知な私にこの社会的集団の活動内容を私に教えていただけないでしょうか?」
「あらあら?この程度で苛立つようでは、上に立つのは難しいんじゃないかしら?ひ・き・が・や君?」
「……」
どうやら俺の握力は椅子のパイプを潰せるくらいあるらしい。今気づいた事だ。
「やっぱり2人って前々から会ってたりしてたの?」
「「昨日会ったばかり」」
「えぇ...」
「ははは!1日でこんなに仲良くなれるなんて似たもの同士だから話が会うか?」
「俺に似てたら、わざわざ俺みたいなやつに話かけないですよ。それはそうと、早く教えてくれないか?」
「…そうね簡単に言えば、困ってる人の手助けをする部活よ。」
「手助け?」
「そう!それだよ!ここに来れば助けてくれるー、って先生が言ったから来たんだよ!」
「へー。じゃあ何か?ボランティアみたいなもんか?」
「少し違うわ。私達は飽くまでも手助けだけ。問題を持った人が解決まで出来るだけサポートするだけよ。」
なんかめんどくさい部活だな…まあ、サポートだけなら少しは楽なのかね?
「では、気を取り直して。由比ヶ浜さんの悩み事…こういうのは依頼って言うのかしら?依頼を教えてくれるかしら?」
「あ、うん。依頼って言うのはね、クッキー作りを手伝って欲しいの。」
「クッキーかぁ…作ったことないけど、そんな人に頼むほど難しいもんか?」
「おっと、比企谷?そう言うのは思っても口にしちゃダメなんだぞ?言われた方は結構傷つくんだぞ?」
「はーい…てか、先生はいつまでここにいるんですか?用事が無いなら職員室に戻った方が良いのでは?」
「ふむ…初の依頼だからな、万が一にも何か問題が起きるかもと思ったのだが3人ともそれぞれ面識があるなら帰っても良さそうだな。」
「クラスメイトってだけですけどね」
「学生なんてそれでも十分な繋がりさ」
「そんなもんなんですかねぇ…」
「そんなもんさ。それじゃあ後はお前ら2人に任せたぞ、何かあればしばらくは職員室にいるから声をかけてくれ。」
「はーい」
「はい、ありがとうございます。そうだ、家庭科室の鍵を借りたいので後で取りに行きますね。」
「ああ、それなら私が先に預かっておくから声をかけてくれ。」
平塚先生って何かしてる訳でもないのにすごい安心感あるよなぁ…
なんで結婚出来ないんだろうなぁ、あそこまで仕事出来そうなら直ぐに出来そうなのになぁ…
「それじゃあ早速だけど、クッキーを作ってみましょう。」
「うん!でも、材料がないけどどうするの?」
「ああー…これって部費でおりる?」
「多分おちないと思うわ。」
「まあ、妹に作るとでも言えば親から貰えるか。」
「あっ、お金なら私がだすよ?これは私の依頼なんだし。」
「それもそうか。なら、とりあえず俺が買ってきてレシート渡すわ。」
「じゃあ、私達は家庭科室で準備して待ってるわ。先に本で教えたりするからゆっくりでいいわよ。」
「了解、それじゃあ行ってくるわ」
当然だが俺はこんな所で自分の身体能力をフルで使ったりはしない。なぜなら、自転車が壊れるからだ。正直本気出せば数秒で最寄りの店に着くんだが、住宅に被害が出てしまうからだ。
全くこのオーバースペックな力を十全に使える日は来るのかねぇ?
「念のために多めに買ってきたぞー…なんか、焦げ臭いんだけど?」
家庭科室に入ると何かの焦げた匂いと黒い物体が乗ったお皿が1つあった。
八幡君は優秀だから何となく全てを理解したぞお!
「おかえり、ヒッキー」
「あら、思ったより早かったわね?あと家庭科室の余りの素材を借りられたから1回作らせてみたわ」
「典型的な失敗してんな…」
「火加減だけじゃないわよ?分量もめちゃくちゃでクッキーの形をギリギリ保ってるだけだもの」
「なにもそこまで言わなくてもー…」
「いいえ、これは料理以前の問題よ」
「そうだな。多分料理って言うよりもクッキーの形を作ろうとでもしてたんじゃないのか?」
「?それじゃダメなの?」
「…OK、素材は多めに買ってきたから今日のうちに終わらせよう。」
「そうね」
「そんなぁー!」
とは、言っても料理なんてレシピ通り作れば終わりだからな。しかも、今回は菓子作りだ。適当に材料を混ぜて好きな形にした後オーブンに入れるだけだ。それこそ、混ぜるテクニックとかあるのかもしれんが今日は最低限の素材で世間一般で言われてるクッキー作るだけだし、変なこだわりでも無ければすぐ終わる。
「…私って不器用だからきっと才能がないんだよ。だからそんなに必死にならなくても…」
「ほう?才能とな?」
「あら?比企谷君も何か言いたいの?」
「まあな…とりあえず努力しないやつは才能という前に血反吐吐くまで鍛えろ。そして鍛えた後に才能無いと嘆け。」
「なにそれ?まるでヒッキーは努力してるみたいな言い方じゃん。」
「してる」
「え?」
雪ノ下には悪いが多分ここで1番努力したのは俺だろう。
「とりあえず俺は筋トレをしてる」
「どうしたのヒキガエル君?こんな所で筋肉自慢しても変なだけよ?あと、それ以上シャツのボタンを外すようなら叫ぶわよ?」
そういや、俺って長袖のシャツ着てるからかあんまり筋肉について言及されないんだっけな。
「まあ待てよ、これを見な!」
俺はそう言いながら鍛え上げられた腕をシャツから外にだす。
「…わぁ」
「えぇ...」
「これが努力の成果だ。」
「…確かにすごいけどそれと料理に何の関係があるのかしら?」
「続けてればいずれ形になるって教訓だよ」
「………………っは!もう!ヒッキーの変態!!急にそんな、服を脱いで!見せつけるなんて!」
「ちょっと誤解を産むからその言い方やめてくれるかなぁ!?」
「え、あっごめん。」
「はあ…おかしいな、小町は喜ぶのに。」
「ヒキガエル君の露出癖はともかくとして、確かに彼の言う通りよ。由比ヶ浜さん?才能って言うのは努力して初めてわかるものなの。だから、何度失敗しても続けていればいずれ彼の筋肉のような素晴らしい……まあ、良いクッキーが作れるようになるわ。」
「俺の筋肉が素晴らしくないみたいに言うのやめろ」
「ヒッキーの筋肉はどうでもいいけど…わかった、頑張ってみる」
「ええ、その意気込みよ。」
かくして我ら奉仕部と依頼人由比ヶ浜のクッキー作りは続いた。
混ぜ合わせを失敗しかけては怒られ、熱しすぎそうなら怒られ、厚くしすぎたなら怒られた由比ヶ浜は既に虫の息となっていた。
「焦げてるわね…」
「なんで?」
「調整したはずなのに………あ、ここの熱する時間の所見てみろよ」
「…余熱込の時間だったのね。なるほど、それなら焦げるのも仕方ないわ。」
「そんなぁ…これじゃあお礼ができないじゃん…」
「いや、自分でも作ってみろよ…ってか、お礼のためにクッキー作ってたの?
「うん…」
「そんな事だったのかよ…それなら上手く作る必要無いだろ。」
「は?それってどういうこと?」
「ん?そうだな……雪ノ下、このクッキー貰うけどいいか?」
「?別にいいわよ」
「そんじゃ、いただきます。」
クッキーを口の中に放り込むと微かな甘みと焦げたもの特有の苦味が口の中に広がる。1口噛む事に味が滲み出す余地がないほど水分が飛んだクッキーはとても歯ごたえがあり、男子高生にはちょうどいい食べ応えだ。
まずいわ
「まっず」
「あたりまえじゃん…私が作った失敗作なんだもん…」
「そうだな、由比ヶ浜が作ってくれたクッキーだな。」
「何回作ってもこんな風に焦げちゃうからもう嫌になっちゃうよ…」
「そういや何度もチャレンジしてたな。」
「なんか、ヒッキーキモイよ?」
「自分でもそう思う」
「比企谷君は結構回りくどい正確なのね。」
「この程度じゃ伝わらないのが人の感情ってもんだろ?」
「それもそうね」
「ちょっと、2人だけ分かっててずるいよ!」
やっぱり伝わらないもんだな
「ん?そうだな…俺がクッキーを食べた時ムカついたか?」
「別に…むしろちょっと嬉しいっていうか……」
「それでいいんだよ」
「え?」
「何となく嬉しければそれで十分だろ?贈り物なんてさ?」
「でも、失敗作だよ?美味しくなおんだよ?」
「もしも、誰かが自分のために一生懸命作った物を笑う奴がいるならそいつはただのクズだから縁を切っちまえ」
「フフっ、投げやりなアドバイスね?」
「贈り物なんて貰った事ないから、イメージで言ってるけどな。」
「私の意見もそんなものよ。」
「…じゃあ、今日のクッキー作りは無駄だったってこと?」
「むしろ今日が大事だったし。今日が無かったらこのクッキーはただのゴミだ。」
「…えへへ」
少しだけ頬を弛める由比ヶ浜。多分言いたい事は伝わったんだと思うが、流石にこんな不味いのは辞めてあげて欲しいな。
「由比ヶ浜さん?依頼はまだ続けるのかしら?」
「うん!もう、満足だよ!」
「そう、それは良かったわ。」
その日はそれで解散。
由比ヶ浜のクッキーを渡したい相手は分からなかったが、本人は満足だと言ったので俺達の気にすることではない。
そんな彼女が奉仕部に入部するのは割とすぐのお話である。
久しぶりに小説を読み直そうと思った。