ある日突然、世界一の天災に押しかけられて、カレカノにさせられたある男性と、天災、篠ノ之束の実験記録。






(某所にて投下したSSです。ご容赦下さい)

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ある男の奇妙な体験と、篠ノ之束の研究日誌

 彼女が俺の家にやって来たのは、何ヶ月前のことだったか。

 いきなり「久しぶりだね、本当に久しいね」と言われたときは目を白黒させて驚いた。

 なにしろ、世界で知らない人は居ない程の有名人にして、誰もその名前すら語りたがらない、言うなれば天災とでも言うべき女性が。

 なんの変哲もない、極普通に生きているだけの自分に対して、そう言ったのだから。

 当然戸惑った。 人違いではないかと、何度も確認した。

 それは、彼女にとっては大変失礼で、なおかつ悲しいことだったのだと思う。

 しかし彼女は、そう言われることをもう予測していたようで、絵に描いたように綺麗な笑顔を崩さずにこう語った。

 

「私は天才の篠ノ之束さんで、キミは……ほら、もう思い出したでしょ?」

 

 その時、私はああ、と得心した。

 もうずっと昔のことだ。子供の頃、親の仕事の都合で引っ越しばかりだった私が、たった数ヶ月だけ住んでいた土地。

 そこの神社で、私は彼女に出会っていたのだ。

 しのののたばね。神主の娘さんで、長女だった。短い間だったけど、たくさん遊んで、仲良しだった。

 そこまで思い出せば、もうあの夏の記憶をしっかりと想起できた。それを話すと、彼女は文字通り跳ね回りながら喜んだが、その後、私にこう聞いた。

 

「そうだね、そうだったよね。でもね、たった一つ、思い出せていないことがあるでしょ?」

 

 うーん、と腕を組んで考える私へ、彼女――束は、何の気なしにこう言い放った。

 

「私のこと、彼女にしてくれるって約束。 だから、束さんは今日からキミの彼女なんだよ」

 

 当たり前だが、唐突に突きつけられて、受け止めきれる事実ではなかった。

 なにせ、彼女は天才だ。掛け値なしの、本物の、そして誰も否定できないくらいに天才なのだ。

 

 だって、束は世界の仕組みを変えた。

 インフィニット・ストラトスというパワードスーツを発明し、国家どころでなく、人類社会全体のパワーバランスを変えてのけたのだ。

 女尊男卑社会。それは、人間という種の生物学的なバランス――男性の方が力が強く、長く働け、頑強であること――を、根本から否定したからこそ成り立つ社会なのだ。

 本人曰く、だからこそ自分は、世界中のどんな偉人哲人よりもずーっと上であることが証明されるよね、ということらしい。

 

 そんな束が、私の彼女になる。

 当然だが、想像力の範疇を大きく超えていた。

 だから、自分にはとうてい受け止めきれない、と断ろうとしても。

 

「別に、束さんが天才だからって、何がどう変わるわけじゃないと思うよ? 束さんが彼女で、キミが彼氏。なら、一緒にデートしたり、この部屋で二人で住んだり、ご飯を作って食べたり……そういうの、したくない?」

 

 と言われて、抵抗することを諦めた。というか、世界を変えられるくらいの人間に、何を言おうが抵抗出来るはずはなかったのだ。

 これは後で知ったことだが、束は頭脳は勿論、その肉体も細胞レベルで人間離れしているらしい。

 凡人が何を楯突いても、無駄であった。

 

 でも、そこから先は、本当に束の言う通りになったのだ。

 朝起きたら、いそいそと朝食を作ってくれている。美味しい香りと共に目覚めることが出来る。

 まあ、最初の方は焦げた匂いだけしか嗅げなかったのだが――日を追うごとに上手くなって、今ではプロ顔負けである。流石は天才だ。

 そして、一緒に食事をする。テーブルに、椅子は向かい合う二つだけ。当然、彼女の笑顔を真正面から見ながら食べることになる。

 慣れない内はドギマギしたものの、次第に慣れていって、そして今では、このずっと変わらない笑顔こそが安心なのだとも気づけた。

 

 そして、仕事に行く時は、玄関まで送り出してくれる。最近はいってらっしゃいの後に、軽くキスもするようになった。

 仕事が終わって帰ってくる時も同じだ。唐突な残業を連絡出来なくても、ドアを開けたら、必ず同じ笑顔が待っていて、同じようにキスをしてくれる。

 既に作り終わっていて食べごろの夕食を食べ終わった後は、そのままテーブルに向かい合いながら色んな話をする。

 束の妹が、通っている学園でどんな騒ぎに巻き込まれていて、片思いの青年との進展が全く見られていないこと、とか色々と。

 喋ってばかりいて、研究なんかはしなくていいのか、と聞くと、そういうのは昼の内に終わらせてあるからへーきだ、と言ってから。

 

「束さんにとっては、キミとこうして、一緒にいることが何よりも面白い研究だからね」

 

 と告げてから、機械のウサ耳をピコピコ揺らすのだった。

 

 そうして、やがて誰が言うでもなしにシャワーを浴びて、着替えて、ベッドの上で互いの身体を絡ませあって。束の体温を側に抱きながらベッドに横たわっている時に、私は途方もない幸福感を覚えるのである。

 

 篠ノ之束は、私の彼女だ。そして私は、篠ノ之束の彼氏だ。

 

 この事実こそが、何にも代えがたい宝のように思えてくる。この関係を崩してはいけないとも思う。

 いや、崩れやしない。絶対に。そう確信して疑わない、というより疑えない。

 

 だって、いくら気まぐれで、残酷な天災なのだとしても、目の前でこちらのことを、じっと――そう、目を離さず、じっと見つめながら、いつもの笑いを浮かべている束を見ると。

 

 例え、自分の前で見せている甲斐甲斐しい彼女らしい姿が、束の本当の姿で無かったとしても。

 例え、本来最重要人物である彼女を追っているはずの人たちが、私と彼女の前に姿すら見せないのはどうしてかを考えても。

 

 例え、本当は自分と彼女は、やって来たあの日あの時以前には、交友どころか面識すら持っていない他人同士では無かったか――と、疑えても。

 

 そんなことは、つまりバカバカしい、どうでもいい些細なことであり。

 私は、篠ノ之束の彼氏で居続けることこそが、幸せへと至る道なのだ。

 だって、抱いて抱かれて、こんなに心地の良い女なのだ。多少天災であったとしても、男としては冥利であろう。

 抱きしめられ、豊満な胸に包まれて眠りながら、私はそう思うのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ……研究日誌、みたいなものを書くのは今回が始めてだ。

 

 今までの研究でそんなに日を費やしたことは無かったからなんだけど、今回のは訳が違う。

 

 研究が終了するまで、どれくらいかかるか検討もつかない、というか、何を以て終わりとすればいいのかが判然としない。

 性行為……はもう済ませたから……結婚か? それとも妊娠? 出産? 生まれた子が更に子を産んで、孫になったら?

 まあ、そこを定めるのも今回の研究の内だし、暫くはこうして、日誌を書きながらのんびり(そう、このウサギのように俊足な束さんがなんとのんびりと!)やっていこうと思う。

 

 彼は、コンピュータに全世界の男性の名簿を入れて、無作為に、完全なランダムに選び出した人間だ。

 そうして選ばれたやつの「彼女」とやらになって、異性に対する恋とか愛とかそういう、束さんがかつて一度たりとも感じたことのない気持ちを理解しよう、というのが、今回の研究なのだ。

 

 そして、選び出されたのが今の彼氏である。

 まあ、当たりか外れかで言えば当たり、の部類だろう。これがホームレスとかだったら流石に嫌(でもまあ、同じように付き合おうとはしたかな)だし、どっかの国の大統領だと別の意味で面倒だ。

 その点、この実験対象は実に都合が良かった。極普通に人生を生きていて、なんら特筆すべき点のない男性。しがらみなども特に無く、既に彼女が居る訳でもない。実にやりやすかった。

 

 とはいえ、その男性を「動くモノ」から「人間」にまで見つめ直すのはかなり大変だったけれど。科学者が研究をするのだ、大変だ面倒だとは言っていられないじゃないか。

 

 そうして、どうにか彼の顔面の写真を、正月の福笑い程度には人間らしく見れるようになって。

 予定通りに彼の家へ赴き、極小のナノマシンで記憶をちょっと操作してから、彼に会った。

 

 幼い頃一緒に遊んで、付き合う約束をした女の子が、健気にもそれを覚えていてやって来たという筋書きは、我が愛する妹の脳内妄想をちょっと書き換えたものである。

 

 彼はそれに、まんまと引っかかった。当然だ。束さんにかかれば人の頭の中を弄くり倒すなんて、おちゃのこさいさい、ちょちょいのちょいなのだ!

 

 そして、私はまた予定通りに、彼を「彼氏」と規定して「彼女」らしい行動をしはじめた。

ご飯を作ってあげたり、出たり入ったりする時に迎えてあげたり、仕事の愚痴を聞いてあげたり。

 

 正直に言うと、私の彼氏はとてもつまらなかった。

 違うようで同じ内容の話を何度も繰り返すし、紳士ぶりながら時折下品な目で私の胸とかお尻を見るし、褒める言葉にパターンが少ない。

 素晴らしい才能と能力を持つ箒ちゃんに、ちーちゃん。それからおまけでいっくんなどの輝きにはとても届かない、本当に、途方もなくつまらない、凡人。

 

 正直、彼氏になったその日の間でも、切る理由は100も200も存在した。

 

 でも、これは研究だ。

 研究であるからには、完遂しないといけない。

 

 少なくとも、明確な結果が出るまでは続行しないといけない。

 それが、科学者としての私のプライドだ。

 

 だから、私は毎日毎日、とてもつまらないおしゃべりと、とてもつまらないモーションとを見ながら、日々を過ごして――

 

 いつの間にか、料理が上手くなっていた。

 いつの間にか、彼の帰ってくる時間を予測する、簡単過ぎる計算を楽しむようになった。

 いつの間にか、彼を持っている漫画とかを参考にして、彼を性的に挑発するようになっていた。

 

 そしたらいつの間にか、一緒に裸でベッドに入って、それからキスをして――

 

 

(以下、難解な化学式が無秩序に羅列されているので省略)

 

 

 とにかく。

 今も私は、彼の彼女で有り続けていて。

 まだ、まだ実験には結果が出ていないから。

 これからも、彼女であろうと思って。まあ、妻になるくらいまでには、いいかなと思う。

 だってこれは実験なんだから。結果が出ないと意味がないのだから。

 そうだ、結果を出したら止めてやる。記憶を消して、記録も消して、元の男に戻してから、束さんは今までどおり、誰にも何にも縛られない自由な天才であり続けるのだ。

 

 それが何時になるかは、まだ……分からないけど。

 

 

 

 




>天才兎 あ、ところでさ、ちーちゃん。70億の中から完全ランダムで選ばれた一人って、ある意味ロマンチックな関係だと思わない?

>白騎士 お前ふざけるなよ殺してやる表に出ろ


(以上、特秘直通チャットの履歴から抜粋)

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