陽だまりの片隅で   作:輝ける路EX
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転校初日

「失礼します」

 

 

 

 ノックをして扉の向こうから「どうぞ」と、聞こえてきたのを確認して扉を開く。

月曜日の朝、挨拶の為職員室に顔を出した俺に、担任になる女性教師は「学園長が呼んでいる」と伝えてきた。

そうして案内されるままに、俺は転校初日から『羽丘学園』の学園長室へ足を運んでいた。

 

 

 

「おはようございます。わざわざ来てもらって申し訳ないわね、取り敢えずそちらに腰を掛けて楽にしてくださいな」

 

 

 

 扉を開けた先、来客用だろうか、黒色のソファーに腰掛けながらその女性は優しく微笑んだ。

俺は促されたようにその女性の向かい側に腰掛ける。

 

 

 沈む腰にフィットするこのソファーの座り心地とは反対に、この厳かな空間はとても居心地が悪い。

どう考えても一学生がおいそれと入る場所でないだろう。

そんな所にどうして俺が呼ばれたのか皆目検討もつかなかった。

 

 

 転校初日。

事前に職員室に顔を出さなければならないことを聞いていた俺は、学園の生徒の通学時間よりも随分早めにずらして登校していた。

生徒の通学時間に重なって『見ず知らずの男子生徒』として見せ物になるのは気が引けたし、運悪く隣に住む今井リサと顔を合わせてしまったらそれも面倒だと思ったから。

 

 

 チラリと壁に掛けられた時計を確認する。

早く学園に到着しているのもあって、朝のHRまでまだ五十分近くある。

これは一言二言の挨拶で終わりそうもないなと、考えていた所で女性が口を開いた。

 

 

 

「随分と早い時間に学園に来ていたそうですね。初日だからかもしれないけど、もう少しゆっくりしていてもよかったのよ?」

 

 

「初日から遅刻かました転校生なんて、不名誉な呼ばれ方したくないですから」

 

 

「あらあら、本当にそれだけかしら?」

 

 

「……何が言いたいんですか?」

 

 

「そんな怖い顔しないで。気を悪くしたならごめんなさい、なんとなくそう思って聞いただけだから……」

 

 

 そう言って女性−−学園長はまっすぐとこちらの目を見据えて来た。

曇りのないアイスブルーの瞳に何もかも見透かされている気がして、俺は堪らず視線を横に逸らした。

 

 

 

「色々とお話をする前に軽く自己紹介でもしましょうか。私は成瀬 恵(なるせ めぐみ)この学園の学園長であり、貴方のお母さんの同級生です」

 

 

「そう、なんですか。道理で……お若く見える訳ですね」

 

 

「美嘉は随分早くに貴方を産んでいるから、他の親御さんと比べると若い部類だもね。私も同じ様な立場の人達の中ではまだまだ若造って感じだもの」

 

 

「正直びっくりしてます。母からは何も聞かされていなかったので」

 

 

「ごめんなさい。その方が面白そうだからって、黙っておいてもらったの」

 

 

 

 ペロリと舌を出して謝った恵さん。

実際若い年齢とその綺麗な見た目も相まって、ちょっと可愛いと感じてしまった、悔しい。

というか、学園長がそんな茶目っ気あっていいんですかね?

まぁ、堅物のおっさんよりかは確実に生徒には慕われてそうだけども。

 

 

 

「お互いに緊張もほぐれた所で本題に入りましょうか」

 

 

 

 雰囲気がガラリと変わって、姿勢を正した恵さんに釣られて俺も姿勢を正す。

 

 

 

「学園長としてではなく……美嘉の同級生として聞きます。貴方、自分の病気についてどう考えているの?」

 

 

 

 心臓が鷲掴みにされたようだった。

 

 

 

「どうもなにも……今に至るまで手を施していない、この現実が答えですよ」

 

 

「つまり、手術を受けるつもりはない……と?」

 

 

「……現状ではそうなります」

 

 

「病気を知ってからもう二年経つみたいじゃない、タイムリミットは近いのではなくて?」

 

 

 

 タイムリミット。

確かに最初に医者が告げた時間は過ぎている。

それはつまり、いつ大きな発作が襲って来ても不思議ではないということだ。

 

 

 

「そうですね。でも、今の今まで発作らしい症状も出てませんし、まだ大丈夫でしょう……」

 

 

「本当にそう思って言っているのなら、その回答は赤点ね。偶に相談を受けますけど、美嘉は随分と貴方を心配していますよ?」

 

 

「知っています」

 

 

「だったらっ!−−−」

 

 

「その言葉の続きは言うなっ!」

 

 

 

 突然声を張り上げた俺に恵さんは驚いていた。

とても年上の人に取る態度ではないが、それでも俺にも踏み込まれたくないものはある。

 

 

 

「恵さん−−いいえ、学園長(・・・)も教育者なら、俺の通っていた中学でも事は知っているでしょう?」

 

 

「っ!?……ええ、存じてます」

 

 

「俺は、これは罰だと思っています。間違った自分に巡り巡ってきた罰だ……と。これが今言える精一杯です」

 

 

「……貴方は……その歳で多くのことを抱え込んでしまったのね」

 

 

 

 哀れむようなその視線に自然と顔が下を向く。

空気が冷たい、鳥肌が立つ、まるで俺だけが氷点下の世界に放り込まれてしまったように感じた。

 

 

 早くこの時間が終わらないだろうか、そんなことを考え出した時、突然恵さんが手をパンと叩いた。

びっくりして顔を上げれば、恵さんがニコニコと笑っている。空気が変わったのを感じた。

 

 

 

「辛気臭いお話はここまでにしましょう。お茶を入れてくるから少しまってて」

 

 

 

 そういって恵さんは席を立つと、奥の方へと消えていく。

流石は学園長室、給湯室まで完備しているのか。

少ししてティーカップを二つ持った恵さんが戻ってくる。

差し出されたカップを受け取って一口飲む、いい香りと控えめな甘さがいっぱいに広がった。

 

 

 アールグレイだろうか?……と、そんなに詳しくもない知識を使って見当をつける。

ふと恵さんを見てみると、スーツ姿できっちりと姿勢を正して紅茶を口に運ぶ姿は随分と様になっているように思う。 

 

 

 

「色々と話しましたが、私は貴方にこの学園で楽しく生活を送って欲しいと思っています。貴方も、どう思っても構いませんがそれだけは忘れないでいてください」

 

 

「……わかりました」

 

 

「あと、男女のお付き合いをするのは構いませんが、きっちりと節度を守ってくださいね?」

 

 

「いや、別にそんな……はい、わかりました」

 

 

 

 恵さん、話を遮ったら一瞬般若みたいな表情浮かべたんすけど……

もしかすると、この人怒るとめちゃくちゃ怖いのでは?

 

 

 学園長は怒らせると怖い、と心のメモ帳に書き込みながら、学園のルールや注意事項を聞いていく。

暫くして学園長室のドアを誰かがノックする音がした。

その人物は申し訳なさそうな表情を浮かべながら「あの〜そろそろ時間が……」と言って時計を見た。

 

 

 

「あら随分と話してしまったわ。それじゃあ冬夜さん、担任の先生も迎えに来ましたし、このままクラスへ向かってください」

 

 

「わかりました。……その、ありがとうございました……」

 

 

「こちらこそ。とても有意義な時間でした、これからの学園生活楽しんでくださいね!」

 

 

 

 歩き出した担任の後について自分のクラスへと向かう。

本当に色々あった時間だったが、あの部屋で飲んだ紅茶の味は暫く忘れられそうになかった。

 

 

 

 

 

 

〜〜◇ ◇ ◇ ◇〜〜

 

 

 

 

 

 

「先日こちらに引っ越して来た四ノ宮 冬夜です。これからよろしくお願いします」

 

 

 

 学園長室を後にし、担任の先生に連れられて入った教室には現在微妙な空気が漂っていた。

目が点になっている担任も、俺の自己紹介を聞いていた生徒も鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしている。

 

 

 

『えっ!?それで終わり?』

 

 

 

 大方、この教室にいる人間が抱いているのはこんな気持ちだろう。

これでは自己紹介ならぬ事故紹介と言った方がいいだろうか?

俺の淡々とした自己紹介は、転校生という話題で浮き足立っていた教室の空気を破壊するには十分だったらしい。

転校生で浮き足立つなんて、こいつら小学生みたいだな。

 

 

 

「その〜、他に趣味とかないかなぁ?」

 

 

 

「趣味は読書。運動は嫌いです、部活に所属する気もありません」

 

 

 

 担任の苦し紛れな質問に答えながら、簡単に教室を見渡した。

確かに男子生徒より女子生徒の方が数が多い。

三:七と言った所だろうか、流石に『元女子校』の肩書きは伊達でないらしい。

 

 

 

「……そ、それじゃあ四ノ宮さんの席はあそこだから。何かあったら隣の今井さんにでも聞いてね。今井さんよろしくね?」

 

 

「わかりました〜!」

 

 

 

 今井さん?

聞き覚えのあるその苗字に嫌な予感がして、担任の視線の先を追ってみる。

 

 

 その視線の先には鮮やかな茶髪を後ろで纏めた女子生徒。

紛れもなく先日家の前で遭遇したギャルが席に座って、笑顔で胸の前で小さく手をこちらに振っていた。

その隣の空いた席が俺の席?ちょっと冗談キツイ。

 

 

 席を変えてもらおうかと一瞬考えて、開きかけた口を閉じる。

彼女と隣になりたくないのは俺個人の都合。

それを押し通して席を変えたとして、あの今井 リサという女の子は傷つくだろうか。

気にするかもしれないし、気にしないかもしれない。

それでも気にする可能性が少しでもあるのなら、それはきっとするべきでない。

 

 

 俺は、もう自分の為に誰かを傷つけるのはしたくない。

 

 

 

「すっごい偶然だね~!まさか同じクラスで隣の席になるなんて思わなかったよ!」

 

 

 

 彼女の言葉に教室中が騒然とする。

「知り合いなの?」「リサにもとうとう春が来るのか〜」「なんて手の早いやつっ!」

おい男子、そんな怖い目で俺を見るな。

 

 

 

「ちょっ!?別にそういうのじゃないってば〜、ね?四ノ宮くん」

 

 

「そうだな」

 

 

 

 その髪色と同じように明るい笑顔で話しかけてくる今井。

悔しいが可愛いと思ってしまう、中学の俺なら告白して振られていたかもしれない。

いや、振られるのかよと、内心ツッコミつつ自分の席へと向かう、

見た目はギャルなのに近寄りがたい雰囲気はない、きっとそれは彼女の人柄故にそう感じるのか。

俺と違って友達が多そうだ。 

 

 

 

「と、とにかくっ!これからよろしくね」

 

 

「……よろしく」

 

 

「どうしたの?」 

 

 

「なんでもない、気にするな」

 

 

 

 当然無視するわけにもいかないので簡単に返事を返しておく。

家は隣で席も隣、まるでアニメや漫画のラブコメ物みたいな設定に堪らず失笑が溢れる。

 

 

 不思議そうな彼女に構わず、鞄をおいて席に座る。

なにはともあれ、こうして俺の新しい生活はスタートした。

 

 

 一度間違えた人間が、残された時間の間再び間違えないようにする生活、まるで売れない小説のサブタイトルみたいだと思う。

HRが始まって連絡事項を話す担任の声をBGMに、窓から雲ひとつない青空を見た。

 

 

 なにも告げずに置いてきた親友たちはどうしているだろうかと、そんなことが頭によぎった。

 

 







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