バロウスという魔神   作:メセォスォ

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とても遅くなってしまった。

8割がたは2週間で完成したけど、そのあとの話の流れに悩みに悩んでさらに1か月以上かかってしまった。

来年中に完結させたい。
魔王倒しちゃったしね……。


第36話『反転』

 ドサリ、とプルプレアの体が地面へ吸い込まれるように倒れる。後頭部への強烈な衝撃を受け、意識を失っていた。

 

 下手人はヘンタイであった。彼女の頭を背後から殴打したのだ。彼は裏切ったのだ。

 

「この状況じゃ諦めた方がいいのは俺でもわかる。降参だ」

 

 ジャックは少しの間唖然としていたが、ヘンタイの言葉を聞いて我に返る。流石に、彼の変わり身の早さに驚愕せざるを得なかった。

 いろいろと気になることはあるがともかく、気を取り直して声をかけた。

 

「あ、ああ。なら話が早い。その雌デーモンをこっちへ寄越せ」

 

「そりゃもちろんいいぜ。ただし、1つ条件がある。俺も、お前らの仲間に入れてくれよ。姐さんはその手土産ってことにしてくれれば都合がいい。どうだ?

 まぁ、断るならここで心中するだけなんだが」

 

 ヘンタイの要求は至極真っ当なものだ。元々敵対していた者へ手早く、そこそこの信用を得つつ寝返るためには、大きなメリットが必要である。

 また、取引は対等な立場の者との間でしか行われない。その後ろ盾に、彼はバロウスの生死を掴んでいた。デーモンであるために、大きな盾ではないものの、今回のジャックにとっては死んでいると都合が悪い。

 ヘンタイはそこまで察してはいないようだが。

 

「……俺は別にそれでいい。お前ら、デーモン連中の問題だ。そっちはどうなんだ?」

 

 とはいえ、そもそもジャックにとってデーモンの内部事情など、知ったことではない。そして当のデーモン連中はといえば、

 

「別にいいんじゃね?」

「好きにすれば?」

「そうくると思ってたわ」

 

と、平然としていた。ジャックは少なくともダークエルフなりの一般的な倫理観を持つが、それすらもデーモンのものは大きく異なる。人間と比べると、裏切り、力の大きな者になびくことは日常茶飯事なのだ。利己的に動くことを前提としていると言えばいいかもしれない。

 

 倒れたプルプレアを放置し、ヘンタイはジャック達の側へ歩いてきた。腕のなかにはもちろん、未だ眠るバロウスが横たわっている。

 ヘンタイの外見は普通のデーモンより黒んでおり、体格も魔力も一回り強大だ。そのせいでジャックは若干怯んだが、彼の腕にいるバロウスを見て目を丸くした。およそデーモンとは思えないほどに人間に近い容姿に、ダークエルフには無い美しく白い肌なのだ。ハッとしてしまうほどの可愛らしさもあり、一瞬見とれてしまうのも当然だろう。

 

「へぇー、こいつがデーモンねぇ。なんか人間みてぇだな。こんなに小さくて俺らのモノ入るのか?」

 

「小さくても姐さんは確かにデーモンだぜ。今は腹にでかい傷があるせいで寝てるけど、起きたらヤバイからな。あんまり舐めてると痛い目見るぞ」

 

「こんなナリでかよ。信じられねぇな」

 

「魔力で強くなってるから見た目はあてにしない方がいいんだ。蹴られて屋根の上まで吹っ飛んだこともあるからな」

 

 呆けるジャックを他所に、デーモン達は雑談を始めた。バロウスが聞いていれば全員叩き潰されそうな内容だ。

 

「お、そうだ。予定通り雌1体手に入ったからダークエルフのも1体返すわ。……どっちにする?」

 

 そうしていると、デーモンの1体は思い出したようにジャックは問いかけた。約束、契約を守るのは彼らには常識で、特に非道なグレーターデーモンでさえ守っているのだ(ただし屁理屈は使う)。

 そして今回、問い掛けたデーモンは、嫌みったらしい笑みを浮かべている。

 

 それもそのはず、ジャックは言葉に詰まってしまう。1人だけ解放される人質選ぶというのは酷なことだ。選ばれなかった方と、後々ギクシャクするのが目に見えている。

 かといって、2体分揃うまで交換しないという訳にもいかない。言わなければ気付かなかったで済むのだが、その手はもう使えない。

 

 そうしてしばらく悩み、結局彼は剣士タイプの人質を解放した。現在の状況下では身体能力的に優位性のあるほうを解放するのが合理的ではある。そのためもう片方の軍師タイプの人質も納得していたのか暴れることはなかったが、その目は少し寂しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘンタイの情報から、一行はもう1人の目当ての女ダークエルフがいると思われる都市近郊へやって来ていた。アベルが既に重傷で、ティーが妊娠中ということも既に全員が知ることとなっている。

それと、解放された方の女は服が引き裂かれたままだったので、ボロボロの下着の上にジャックの上着を着せている。

 

 目的地は都市の外れにひっそりとたつ、バズウ魔法店だ。これから襲撃をかけて、ティーを誘拐するのが目的だ。

 

 問題があるといえば、バズウが店にいる場合、全員でかかっても勝てるかわからないことと、間違いなくウンランがいることだろう。

 そしてそれに輪をかけて問題なのは、ヘンタイ以外のデーモン連中が油断しまくっていることだ。いかにヘンタイがバズウの底知れなさを伝えようとしたところで、本人を知らない彼らからすれば『所詮はダークエルフ』という前提があった。

 

 一方でジャックとしては、バズウ達がデーモン達をぶちのめしてくれるなら、別にそれでもいいと思う部分があるため、当初はデーモン連中を放っておいて、勝手に突撃させればいいと考えていた。しかしバズウの店にアベルが居ると聞いてから、彼に対する苛つきが再燃していたために取り止めた。

 アベルには嫌がらせをしたいが、助けてほしいという矛盾した思い。この複雑な心境は、嫌がらせをしたいという気持ちが強くなる方へ傾いていったらしい。

 

 どちらにせよ、バロウスこと雌デーモンが手に入った今、アベル達がデーモンを撃退しようとしまいと、自分の女2人は帰ってくるのだ。デーモンをぶつけること自体が嫌がらせであるのだから、そこに躊躇を挟み込む必要など無いのではないかと(実際は違うが。)……故に、

 

「……俺は注意していくことに賛成だな。相手がどうあれ、手を抜く必要もないだろ」

 

 彼はヘンタイの意見に同意した。

 

「家のなかで戦うのは不利だ。魔法使いの家ってのはそれだけで罠の塊だからな。だから、まず俺とコイツ(剣士の女)の2人で中に入って、目当ての奴等を外へ誘き出す。そこを全員で襲う」

 

「ふーん。まぁいいだろう。ただし、変なマネしたらこっちで預かってる方の女を連れてとっとと帰らせて貰うぜ。最悪、道連れにしてでも殺すからな」

 

「……ああ」

 

 彼のこの提案は、作戦がシンプルだったのもあり、すんなりと受け入れられた。ヘンタイもこれには特に文句はないらしく、欠伸をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャック達はバズウの店へ入り、店主を呼ぶ。

 

 すると、奥から1人の老婆が現れた。彼女がヘンタイの言うところの、ヤバイ魔法使いなのだろうと2人は推測する。

 

「なんだい、こんなときに。アンタ客かい?」

 

「いや、悪いが客じゃない。ここにアベルとその女がいるって聞いてな。俺はあいつの幼馴染みだ。それで、少し用があるから訪ねたまでだ。2人と話をさせてくれないか?」

 

「あ。アタシはただのツレだから気にしないでね」

 

 バズウと正面から向き合って、2人はある程度正直に話すことにした。確かに、まともではない雰囲気がある。下手な嘘をついてやぶ蛇を出すわけにはいかなかった。しかし残念なことに、正直に話したところでなんとかなる相手ではない。

 

「……フン! お断りだね。帰りな」

 

「な……、何故だ!?」

 

「ろくでもない用事な気がするから、かねぇ。ヒッヒッヒッ」

 

「それだけの理由でか!? 本当に大切な用だったらどうする!?」

 

「知らんわ」

 

 ジャック達は絶句した。こうまでとりつく島もないとは思わなかったからだ。何が気に入らないのかわからないが、こちらの様子を見ての判断だというのなら勘が鋭すぎる。

 しかし、ここで彼らとしても簡単に引き下がるわけにもいかない。気を入れ直し、再び抗議を行う。

 

「たのむ! アベル達と会わせてもらえなきゃ、俺の女がデーモンに殺されるんだよ!」

 

「ねぇ、おばあさん。大切な友達なの。なんとかならないの?」

 

 デーモンに殺される、という言葉を聞いて、バズウは僅かに眉を潜める。デーモンがダークエルフに本格的にちょっかいをかけ始めているという推測は当たっていたことを知ったためだ。

 

「デーモンねぇ……アンタ、名前は?」

 

「え? ジ、ジャックだが」

 

「へえ、アンタがジャックかい。アベルからはアンタの愚痴をよく聞かされてるよ。なんでも、会うたびに襲ってくるとか。全く女々しいやつだねぇ。ダークエルフの男なら一度戦って負けたならスパッと認めんかい!」

 

「うぐっ」

 

 当然と言うべきなのだろうが、既にバズウはジャックのことを知っていた。それも外聞の悪い話をだ。どうにも旗色が悪く、ジャックは呻くことしかできない。

 

 どう切り抜けるか考えていると、店の奥からもう1人男が現れた。すこし老けた男のダークエルフである。知っている情報通りなら、ウンランとかいうアベルの義父なのだろう。知らないはずの情報なので一応ジャックは問いかけることにした。

 

「誰だ?」

 

「私はウンラン。アベルの義父だ。よろしく頼む。ふむ、君がジャック君か。聞いていたよりはまともそうな雰囲気だが……。

 バズウさん。少し私が彼と話をしてもいいかな?」

 

「好きにしな。元々アンタらの問題っぽいしねぇ」

 

 そう言って、バズウは再び奥へ戻ってしまった。この家でアベルたちを匿っているとはいえドライなのかもしれない。簡単に引っ込んだところを見ると、結局こうなることはわかっていた様子だ。要するに、先ほどはジャックたちをおちょくっていたのだろう。ダークエルフらしいといえばそうなのだが、ジャックは悶々としてしまう。

 そうして場にはウンランとジャックと女1人が残る。

 

「そうだ。俺はジャックだ。だかそんなことより、アンタにも頼みたいことがある。アベルに会わせてくれないか? あの婆さんじゃ話にならない」

 

「会いたい理由を聞いてもいいかい?」

 

「それは……」

 

 まさかアベルを痛めつけ、彼の女を拐うためとは言えるはずもない。

 

「……俺の女を助けに行くためだ。あいつらデーモンに攫われて、人質になってる」

 

「なるほど。それらしい理由だ。しかし……アベル君は重傷だ。なにか役に立てるとも思えないが?」

 

「……この際、戦いには期待しない。でも会う必要はある。あいつの女……アンタの娘か? そいつもだ」

 

「なら、話す内容を教えてくれないか? それと、私も一緒に居ていいなら2人に会わせようじゃないか」

 

「それはッ……」

 

 ウンランが問い詰めるうちに、ジャックは焦りと苛つきを感じていた。いくらなんでもウンラン達は過保護すぎる。ダークエルフなら、たとえ家族に対してもドライになるはずなのだ。彼の家族がそうだったように。

 厄介者には距離を取る。先程のバズウのようにだ。それが当然だというのに、この家族は重傷人すら守ろうとしている。それが逆に、彼には気にいらない。

 

 そう思うのは彼の過去に起因する。それはアベルへの恨みへと繋がるのだ。幼少期に受けた劣等感と精神的苦痛は幼い彼の頭にしっかりと刷り込まれ、大人になった今もジャックを苛んでいた。常日頃から満ち足りず、アベルに対して優越感を抱いたときのみ感じる充足感を欲しているのだ。

 

 もうすぐその充足感に手が届く……だというのに、目の前のオッサンは邪魔者でしかない。しかしこれほどまでに過保護では、口先だけでは排除することもままならない。焦りで汗が吹き出し、思考がまとまらない。思い出されるのは、プルプレアの様子だ。あの妻相手なら、夫も同じ価値観を持つものだと予想するべきだった。その後悔も負の感情を後押しする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして彼は、はじけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クッ……ククク。ハッハッハッ」

 

「ジャック?」

 

「何がおかしい?」

 

 突如笑い出したジャックに、ウンランはいぶかしげな視線を向ける。彼の仲間の女は心配そうにジャックを見るが、なぜ急に笑い出したかは彼女にもわからず、なにもできずにいた。

 

「ハハハ……ふぅ。そういえば、話は少し変わるけどよ、俺、そのデーモンと一緒に行動してたんだ。フヒッ。まぁ人質がいたせいなんだが。アイツらと何をしていたと思う?」

 

「何? ……まさか」

 

「そうだ。無理矢理、都市の案内をさせられてたんだよな。で、ここからが本題なんだが……アンタの家にも行ったぜ?」

 

「なぜ私の家を知っている?」

 

「デーモンと暮らしている奇特な家なんて、都市内じゃいくらでも情報は手に入る。あんたら一家のことが噂になっているのは知ってんだろ? それにその情報はデーモン連中も気になるみたいだったぜ? フハハ。で、どうなったか、教えてやるよ」

 

 彼は大声で叫ぶ。

 

「そう! アンタの妻、プルプレアは死んだ! 雌デーモンも、気絶したままだから楽に捕まえられてたぜ!! お前ら、こんなところで呑気に寝てるなんて、バカみてぇだな! 笑っちまうぜ! ハハハハハ!!!」

 

「まて! ヘンタイくんはどうした!?」

 

「もう一体いた黒いデーモンか? あっさり寝返ったぜ!」

 

「なんだと……!」

 

「っていうか、アンタの妻はそいつにぶん殴られてたしな。実にデーモンらしいデーモンじゃないか。そんな奴と仲良くしようとしてたなんて、クククッ、間抜けだなぁ」

 

「くそっ……」

 

 ジャックの話を聞いて、ウンランは今すぐ飛び出してプルプレアの無事を確かめたくなったが、なんとか踏みとどまった。まだジャックが本当のことを言っているとは限らないし、アベルたちのこともある。いずれにせよ、彼はここを動くことができなかった。

 

「お? 家族に過保護っぽいアンタならてっきり飛び出していくかと思ったが、意外と冷静だな」

 

「……君の言葉が虚偽でない保証もない」

 

「嘘じゃねぇんだけど……ププッ」

 

 煽るジャックをウンランは睨み付ける。

 

「しかし、つい勢いで全部話しちまったな。これじゃあ、もう1人の女は諦めるしかないか」

 

「え……。 ジャック、あの子は助けないの!?」

 

「いや、だってもう無理だろ。目当ての人物にはサシでの話すらさせてくれねぇ腰抜け共ばっかりだ。それに強行突破も目の前のオッサンだけならならともかく、この店のババアも相手にして出し抜くのは無理だ」

 

「そ、それはそうかも、しれないけど……」

 

 剣士女は狼狽えた。流石に普段仲良くしている軍師女があっさり切り捨てられたことに。まともな彼なら、このように後々不信感を残す選択はしなかったはずだ。明らかに普通ではない。なにか……決定的に枷がはずれてしまったかのようだった。

 

 ジャックがウンランから背を向ける。

 しかしそのとき、彼の背後からバタバタと荒い足音が聞こえる。

 右肩越しに振り返れば……そこには腹を大きくした妊婦が焦燥した表情でたたずんでいる。

 

「ティー……」

 

 ジャックは左頬を喜悦の表情に歪ませた。

 




完結させたい
早く原作キャラ出したい

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