Survivor from NeighborHood 作:くそもやし
正確に言えば、「目の前の人間に起こる未来を、可能性の大小に応じてより先まで見通せる」というSクラス、『超感覚』に類する
「…………んん?」
「どした、迅?」
「いや、ちょっとね」
朝ごはんの後のぼんち揚げをボリボリと齧っていると、目の前でコーヒーを飲みながら新聞を広げている林藤の未来が見えた。
別にそれ自体はいい。いつもの事だ。
今だって視線をついと動かすだけで、目に映る人達の色々な未来が見える。
例えば、今皿洗いをしているレイジはこの後ベンチプレスで筋肉をミチミチいわせているし、今日も今日とて雷神丸を駆る我らが玉狛の誇るカピバライダー陽太郎は、そろそろ雷神丸から滑り落ちておしりを打ち付ける。
「おぎゃっ」
問題は、林藤に見た未来の内容だ。
(ふーむ、誰だ?
可能性が低ければ今に近い未来を、逆に高ければ年単位で先まで見通せるサイドエフェクトだが、詳細な月日までは掴めない。
しかし長くこのサイドエフェクトを使っている迅は、見えた光景からおおざっぱだが時期を把握した
未来の光景では、林藤が誰かと会話をしながら、その人物を玉狛支部へ招き入れていた。
客人が来ること自体はまれにあるのだが、迅が気になったのはそこではない。
(入隊と転属用の書類……へえ、
別の場面では、林藤がその『誰か』にボーダーへの入隊、そして玉狛支部への転属用の書類を渡していた。
(んー、どうしようかな)
未来を人に教えても、良い結果になるとは限らない。
玉狛に入る時点で悪人という訳ではなさそうだったが、迅は林藤に先の光景を教えるか決めあぐねていた。
ぼんやりと悩みながらも、ぼんち揚げをボリボリする手は止まらない。
「おはよー」
その時、前日に支部の部屋に泊まっていた小南がリビングに降りてきた。
(お、小南も見ておくか)
『誰か』が映りこんだのは林藤だけだったが、玉狛にいる以上、小南の未来にも見えるかもしれない。
そう考えた迅の未来視に映った光景は────
「な、何よ」
「……小南、頑張れよ」
「ちょっとどういう意味よ! 今度は何が視えてんの!?」
──小南(双月)〇〇〇✕〇✕〇✕〇△
先輩風を吹かしながら意気揚々と『誰か』との模擬戦に臨んだ小南が半泣きにされている場面であった。
迅は心の中で合掌した。哀れ小南、そんなだから陽太郎にも舐めくさった態度を取られるのである。
(面白いから黙っておこ)
割と心配する必要はなさそうだ。
(小南が新入りに半泣きにされる)未来はもう動き出している────!
◆
「────私からは以上だ、この後の説明は嵐山隊に一任する。
入隊おめでとう」
壇上に立つ忍田がそう言って式辞を締め括った。
最後に、彼は靴を鳴らしながら見事な敬礼を披露した。
その目線が、ふと自分に向いているのがわかった。
身体がほぼ無意識に動く。
キュッという小気味よい音と共にこちらも敬礼を返した。
忍田は少し驚き、満足そうに頷いて壇上をあとにした。
「え、これ俺達も敬礼しなきゃいけないやつ?」
「もう本部長行っちゃったし、やんなくて良いんじゃない?」
「何あの人……」
「恥っず……」
周りからの視線を感じる。
染み付いた動作故に反射的に出てしまったが、どうやらボーダーではその必要はないようだ。
忍田と入れ替わるようにして、鮮やかな赤い隊服が特徴的な少年が姿を現した。
「今回の入隊式を監督する嵐山隊の
(あれがこなみの言っていたアラシヤマか)
小南の親の兄弟の息子らしい。
「いとこ」という言葉で言い表せる関係らしく、小南とも仲が深いようだ。要としてはそれは他人なのではと思わなくもないのだが、この三門市にはそういった関係の人間同士が多いらしい。
(
最近は玉狛のメンバー達に陽太郎と一緒にひらがなとカタカナを教わっているのだが、陽太郎よりも覚えが遅い要は最近少し疲れが溜まっていた。
戦うだけならば一日中戦い続けた事もあるが、文字などの勉強はそれとは比較にならないほど体力を使う。
『戦い以外の生活』を送る事で初めて気づいた。
自分は結局、戦っている時が一番落ち着くらしい。
「君たちの左手の甲にある数字を4000ポイントまで上げること。それが正隊員昇格への条件だ。普通は1000ポイントからスタートだが、仮入隊の間に高い素質があると判断されれば、その分だけポイントが上乗せされているぞ」
左手を見る。
そこには『3500』の文字が光っていた。
要は比較的素質が高いと判断されたらしい。
「あいつ3500だぞ……!」
「すっげぇ」
「やはり敬礼はするべきだったんだよなあ……」
「恥っずとか言った俺恥っず……」
周りから感じる視線の雰囲気が変わった。
1000ポイントより上の隊員は何人かいるが、反応を見るに要はその中でも最も高いようだ。
(素質…………)
才能や伸びしろ、と言い替えてもいいのだろう。
しかし、なんだか腑に落ちなかった。
無論、この中で一番実力があるのは要なのだろう。
だが実力とは素質とイコールではない。
──伸びしろで言うなら、俺よりこいつらの方がずっとあるだろう。
そんな思考をかき消すように、嵐山の声が響いた。
「さて、君達の訓練を行う場所まで案内しよう」
アタッカーとガンナー・シューターは同じ部屋で訓練を行うらしい。
嵐山と丸い髪型の眠たそうな目をした隊員について行くと、観客席のあるシミュレータールームのような部屋がいくつか並んだフロアに出た。
「さっそくでびっくりするかもしれないが、対
実戦の適性を測るには妥当な方法だ。
集団を先導する嵐山がシミュレータールームを指さすと、淡い光とともに、霧の中から浮かび上がるようにして一体の小さなバムスターが現れた。
「相手はあの大型
(…………何?)
──バムスターが、訓練?
要が耳を疑うなか、周囲の反応はまったくの逆だった。
「あいつ見たことある!」
「あ、あんなでかいのとやんの……?」
「いや、でも痛みは無いんだし……」
「こっわ……」
──意味がわからない。
戦闘訓練であるのに、捕獲型のバムスターを相手にするとは。
そもそも、バムスターというトリオン兵は攻撃力のほとんど無い図体のでかいだけの雑魚だ。
よっぽどのガラクタを使っていないかぎり、新兵のトリガー使いでも時間がかかりこそすれ、負ける事は有り得ないはずだ。
だからこそ、今回の戦闘訓練も玉狛で行っている対人戦か、トリオン兵を相手にするとしてもモールモッド辺りだろうと考えていたのだが、蓋を開けてみればただの
せっかく優れた訓練システムがあるのに、これではあまりにも粗末ではないか。
(………………いや、違うか)
ふと要の脳裏によぎったのは、
『戦争じゃなくて、街の人たちを守るのが役目なの』
殺すために戦うのではなく、守るために戦うのだと。
『だから私たち、あなたが助かったって聞いたとき、とても嬉しかったわ』
自分を助けてくれた命の恩人は、そう言っていたではないか。
──『
(…………何も、変わっていないな)
小さく首を振る。
これでは自分を友人だと言ってくれた彼女に合わせる顔がない。
「さあ、始めよう。順番にシミュレータールームに入ってくれ!」
説明を終えたらしい嵐山が隊員たちを誘導していく。
要は一抹の自己嫌悪と反省を抱きながら、彼の後を追った。
◆
「おーい、要。マフラー持ってけ」
「了解した」
小南桐絵がいつもの様に休日の朝、玉狛支部の自室で目を覚ますとそんな会話が聞こえてきた。
「うー………………あれ、今日だったっけ!?」
がばり、と布団を押しのけベッドから起き上がる。
そうだ、今日は要の正式入隊日だという会話を昨日したばっかりだった。
下から聞こえて来る会話から、もう要が支部を出ようとしていると判断した小南は、急いで部屋を出て階段を駆け下りた。
「ちょ、ちょっと待って!」
ずどどど、と土煙を巻き起こしそうな勢いで一階に顔を出すと、無表情ながらなんとなく驚いた雰囲気の要と、彼の服装を整えている林藤と迅が目に入った。
「今日学校休みだからあたしもついて行ってあげる!」
「いや小南、もう結構時間ギリギリなんだけど」
「このお寝坊さんめ」
「うそ!?」
時計を見る。確かにあと30分もない。
なぜもっと時間に余裕を持とうとしないのだ、と文句を言いそうになったがすんでのところで止める。
戦闘時以外はだいたいのんべんだらりと過ごしている
というか自分も大分遅くまで惰眠を貪っている時点でどっちもどっちだった。
小南は頭を抱えたくなった。
「要、本部への行き方なんてわかるの?」
「
「あーもー!」
せっかくできた後輩に先輩として、
これは由々しき事態である。
レイジはそんな感じじゃないし、迅に「小南先輩」呼ばわりされるのはムカつく。
このままでは、先輩呼びしてくれる(かもしれない)後輩を逃がしてしまう────!
「小南、お前まず着替えたら?」
と、迅が珍しく気まずそうにそう言った。
「え?」
言われて、気づいた。
そういえば自分は起きるなりベッドを飛び出してきたのだ。
ぎぎぎぎ、と壊れたロボットの様に首を動かし、自分の身体を見下ろす。
下着の上に重ねただけの、ふわふわとした可愛らしいパジャマが成長期の少女の体のラインを表している。
更に、慌ただしく飛び起きたせいで髪はボサボサ、パジャマもずれて、すべすべとした健康的な肩とおへそ、あとちょっとというか普通にぱんつが丸見えであった。
まあ端的に言って、今の小南桐絵嬢(15)はお年頃の少女が人の目に触れるにはとっても恥ずかしい姿なのである。
「────」
もう一度、さっきの焼き直しのようにぎこちない動きで林藤、迅、要の方を見る。
「…………」
「いやー、言うタイミング無くてさあ」
迅と林藤は頬をかいたり、口笛を吹きながら顔を逸らしている。
話を切り替えて教えてくれるあたり気を使ってくれたのだろう。
それはまだいい。
とても。
とっっっっっっっっっても恥ずかしいが、理不尽に本気で人に当たるほど小南は鬼でも屑でもない。
「どうした、早く行け」
問題は、小南が顔を出してからずっといつもの無表情でこちらを見ていたコイツである。
「────」
いやいや待て待て、こいつは子供の時に色々あったからそこからの社会常識が無いわけで、つまりこいつはお子様と同レベル、いやでもいくらお子様でもレディのあられもない姿をみて何だとは何よあたしに魅力が無いってわけあたしだってこれからもっと成長するんだからそろそろ胸が大きくなるアメだって届くしすぐに────
「顔色が悪いぞ。精鋭ならば体調管理には気をつけろ」
「うわああああああああああああああああん!!!!」
小南、
「行くか、要」
「こなみはいいのか」
「いいんだ、しばらくあいつはそっとしといてやれ」
「了解」
◆
(納得いかない……納得いかないわ……なんであたしだけこんな思いをしなきゃいけないの……)
色々と考えつつも、やっぱり後輩の事は気になる訳で。
小南は身だしなみを整えたあと、入隊指導を見学しに本部へ足を運んだ。
「あ、いた」
戦闘訓練テストを行っているフロアに入り、観覧席の欄干に肘をつきフロアを見渡すと、ちょうど要がシミュレータールームに入っていくのが見えた。
(あぁ、今回も准が担当だったんだ)
大変ねー、と小南は他人事のように呟く。
下を見ると、入隊指導を担当している小南の従兄弟である嵐山が要に何やら色々と話しかけていた。たぶん、大丈夫心配いらないだとか頑張れだとか言ってるんだろう。
要の戦闘能力を知っている小南は、静かにニヤリとしたどこぞの実力派エリートのような笑みを浮かべる。
(……ふふ、びっくりして腰抜かさないことね、准)
要がシミュレータールームに入ると、静かな電子音とともに、訓練用に小型化されたバムスターが姿を現した。
「あんたの力、見せてやりなさい」
小南がそう言うとほぼ同時に、要の戦闘訓練を開始する宣言が響き渡った。
「…………」
静かに、見据える。
視線の先には何千、何万と殺してきた相手。やる事はこれまでと何も変わらない。
腰のホルスターから武器を引き抜く。小さなトリオンの放電とともに刀身が姿を現した。
ナックルガードと下部のブレードを消し、刀身を小さく取り回しやすいように変形させる。
目線で準備の完了の意思表示をすると、シミュレータールームにアナウンスが響いた。
『2号室、始め!』
────最速、最短。
この戦闘訓練は一体倒せばそれきりだ。
柄を放る。
空中で一瞬停滞する刃。
体捌きはまるで疾風だった。
上体を思い切り捻り、生じた力を弱めず、更に腰を捻って倍増したエネルギーを脚へ伝える。
右脚が霞む。
莫大な勢いで打ち出されたままに、『レイガスト』の柄尻を
◆
まるで、弾丸。
キュドッッッッッ!!!! という空気と物質が擦過するような快音を鳴らして飛翔したレイガストが、大気を引き裂き、バムスターの眼の中心に根元まで深々と突き刺さった。
「な…………」
誰かが驚愕の声を漏らした。
眼の周囲にも大きなヒビを残したバムスターがゆっくりと倒れ伏した。
『い、1.1秒…………!?』
歴代最速記録が誕生した。