ドールズフロントライン:T&C   作:紅茶入りブランデー

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St.14 オペレーション・デネブ:戦後

独立計画都市グリフォンの西方、M4A1率いる特殊分遣隊が陣を張るエリアで、8月12日、とある出来事があった。

 

「隊長、報告です」

 

100式がテントの椅子で横になって顔の上に本を乗せていたM4の元へとやってきた。M4は本を取り、体を起こす。

 

M4に言わせれば、人間は人間らしく、人形は人形らしく。そして、隊長は隊長らしくあるべし。とのことで、この前買ってきた戦術教本を読みもせずに顔に乗せていた。曰く、「隊長って基地では忙しいですが、終戦近い前線では部下に仕事投げるのが普通なんですよ」。どこか歪んでいるような気がしなくもないが、良く考えれば部隊の指揮官はヤン・ウェンリーであった。

 

「どうかしましたか?」

 

「北西から戦術人形の反応を感知したと5番機アプサラスから連絡がありました。IFFシグナルはグリフィン、AR小隊を示しているとのことです」

 

「なるほど、予測通りですね。わかりました。私が向かいます。念の為、あなたと417も来て貰えますか」

 

「了解しました。呼んできます」

 

ほぅ、とため息をついたM4。その吐息には、様々な感情の色が混ざる。

 

(SOPⅡに会えるのは嬉しい。感動もしてる。またAR15とも戦える。でも、16姉様を失ったことは、あの子にとって間違いなく災厄)

 

417と100式と合流したM4は、軍用車両に飛び乗って運転を開始する。

 

「たいちょー!も、もうすこしスピードを!」

 

「え、上げろって?まったく、100式ったら」

 

「100式、余計なこと言わないで!!いやぁーーー!!」

 

ベタ踏みである。砂埃を巻き上げ、泥濘を蹴散らしながらジープは進む。戦術人形用の特殊車両は、平地での最高速度200km/hを記録する。M4も、AR小隊の隊長に違わぬネジの外れた戦術人形だった。

 

さて、IFFを頼りに進んできた3人だったが、GPSがないため特殊戦機が投下したポッドの位置情報を頼りに大まかな位置まで絞り込んだエリアに入ったところでジープを止めた。

 

「んー!やっぱりドライブは最高です!あれ?100式、417?」

 

「だ、大丈夫……です……」

 

「うぷ……」

 

「そうですか?まぁいいです。SOPIIはこの辺にいるはず。いいですか、私が呼びかけます。2人は背中合わせに立って、絶対に警戒を解かないこと」

 

野戦において特殊作戦装備のM4 SOPMODIIを相手取ること。それは、捕食者の狩場に踏み入った哀れな草食動物になるのと同じことだ。

M4は警戒しながら森へと分け入る。

 

「SOPII、私です。AR小隊、M4A1です」

 

小声で語りかける。SOPIIは聞き逃さない。

 

「迎えに来ました。また一緒に戦いましょう」

 

ヒュン、とM4のそばを何かが掠める。ピンクと緑の髪飾り。それは、いつも100式が髪留めに使っていたアクセサリーだ。

 

「はぁ、イタズラは程々にしてください。さもないと……」

 

「さもないと?」

 

「私は、本当に怒ります」

 

わら……とM4の髪が浮く。銃を置き、右手甲にレーザーブレードを付ける。目をかっと開いているM4は、微笑みながら1歩前進する。

 

「ひっ」

 

気配が後ずさる。

 

「え、M……4……?ほんもの、だよね……?」

 

高めのあどけない声が響く。

 

「はい。ほんものですよ?」

 

ニコニコである。こころなしか、M4の周囲の光が歪む。

ドドドド、と擬音でも聞こえてきそうな雰囲気で歩みをゆっくりと進めるM4。

 

「私は、守りたいものをたくさん得ました。手を出すなら、あなたであっても……容赦はしません」

 

ぶん、と腕を振って手近な木を焼き倒す。すると、木陰から黒い特殊戦服に身を包んだ白髪に赤メッシュの少女が駆け出してきた。

 

「ごごごご、ごめんなさい!M4、ごめん!私が悪かったから!」

 

平謝りする少女に、M4はひと息ため息ついてから手を差し伸べる。

 

「はい、いいですよ。迎えに来ました。一緒に、帰りましょう」

 

手を取って立ち上がったM4 SOPMODIIは、頭に漫画のような疑問符を浮かべる。一体どこから出てきているのだろうか。

 

「帰る?いまは戦役中じゃないの?」

 

「はい、もう終わりました。私たちの勝利です」

 

柔らかく微笑むM4のジャケットを見て、SOPIIは2個目の疑問符を浮かべる。

 

「M4、その服……それに、その部隊章は?あの人たちも」

 

「道中で説明します。もちろん、あの二人に手は出してませんよね?」

 

「ももも、もちろん!黒髪の方の子の髪飾りを失敬したくらいで……あたっ!」

 

M4渾身のデコピンである。ただのデコピンではなく、戦術人形のデコピンだ。SOPIIの額から煙が上がっている。

 

「いいですか、あなたたちAR小隊のみんなは家族です。ですが私の仲間たちに手を出すのは許しません。ほら、行きますよ」

 

涙目でおでこを抑えるSOPIIは、ぽろりと所感をこぼす。

 

「か、変わったね、M4」

 

「人は変わります。1年も経てば」

 

 

*********

 

 

「それで、そのヤンっていう指揮官がとっても強いんだ?」

 

「はい。怖いくらいに」

 

「楽しみだな!AR15もいるんでしょ?」

 

ドライブの最中、M4とSOPIIは再会を喜び会話を楽しんでいた。後部座席に座る100式は髪留めを返してもらい、髪を整えている。417は窓の外を見ているが、ちらちらとSOPIIを見ている。

 

「もちろん。私たちの特殊分遣隊はあくまで遊撃なので、人員が増えても問題はありません。ふふ、心配はいりませんよ、417」

 

「ふぇ?そんな心配はしてませんよ、隊長」

 

「へぇ、さっきからちらちらとSOPIIを見てたじゃないですか。AR小隊は私の家族ですが、特殊分遣隊は私の大切な仲間です。みんなも、私が守ります。今度こそ」

 

ぷく、と頬を膨らませて窓を開ける417。振り返ってそんな417をじっと見るSOPIIが、そういえば、と口を開く。

 

「ヒャクシキ、だっけ。アナタの噂は聞いてたけど、そっちの417、の方は聞いたことない。でも、見た目はあのいけ好かないヤツにそっくり。姉妹?」

 

「いけ好かない?」

 

「あぁ、HK416ですか。彼女は確かにいけ好かないですね。確かに417は私のケーキ……澄ました顔で私は興味ありません、みたいな顔をしておきながら卑怯な手を使って私を出し抜こうとした挙句に目標を取り逃した憐れな416の姉妹銃ですね」

 

言葉の節々に恨みをちらつかせながらM4が解説する。食べ物の恨みはなんとやら。

 

「あのケーキは私のだもん!M4だって食べられなかったくせに」

 

「はい?そもそも、あれはあなたが……」

 

喧嘩を始めようとした2人を100式の鋭い声が諌める。

 

「隊長、後ろに」

 

後ろに付いてくる高速反応、1。IFF応答無し。

 

「IFF応答無し。敵ですね」

 

M4はダッシュボードのスイッチを押すようSOPIIに指示する。SOPIIが言われるままにスイッチを押すと、特殊戦機のフライトオフィサ席にあるものと同じコンソールが出てくる。

 

「SOPII、100式と席を代わってください。アヴェンジャー1、コンタクト(接敵)

 

M4が宣言する。同時に、417が後部座席の後ろ、トランクの窓下で銃を構える。

 

「交戦規定δ、状況iwi2。特殊分遣隊、エンゲージ(戦闘開始)

 

M4はハンドル横の赤いスイッチを押す。すると、ハンドルが格納され、ディスプレイモニタと視野を妨げない小ぶりなスロットルレバー、スティックが出てくる。

M4はアーマメント・コントロールをオンに。

 

〈 隊長、こちらのデータリンクにインタラプト。システムを解析しています〉

 

〈 DOS起動、サブストラクチャー展開。メインには攻勢防壁。ICEは一応取っておいて〉

 

〈コピー。メインボディー、アンダーデコイにシフト〉

 

敵は第13旅団に対しての情報的不利を打開すべく、人形とSTCを繋ぐデータリンクに対するハッキングをしかけてきた。

データリンクに対して直接インターセプトはできないが、基幹となるハブ、今で言うところのデータリンクに接続しているハードであるジープのメインコンピュータに対する解析ハックだ。

 

〈なかなかやります、ネットワークに潜り込まれる前にシャットダウンしましたが、今度は大規模ECM〉

 

〈いいえ、違う。これは、コジマ粒子。我々を追っているのは、ネクストです〉

 

辺りに乱舞し始めた白や薄紅の光を睨め付けながらM4は車を走らせる。これでは、車両に搭載された機関砲やミサイルは用をなさない。目視による射撃、つまり後部の417以外に攻勢手段はない。

 

〈後ろ、まだ見えません〉

 

(姿を見せない……?)

 

不気味だった。電子攻撃を受けているが、直接攻撃はない。ネクストのFCSのレーダー照準波も感知していない。しかし、ネクストにしかありえないコジマ反応。M4SOPMODIIを回収したタイミングでの襲撃。黙り込んだままのSOPII。

 

(このネクストは、攻撃が目的ではない?我々に対する示威行動でもない。情報収集?でも、それにしては直接的すぎる)

 

グリフィンのものをベースにしたデータリンク基幹に対するハッキング。それもかなり高度なハッキング能力を持つ。それでいて大雑把な戦術。

 

「まさか!」

 

M4はひとつの可能性に思い当たる。

 

「M……16……!」

 

〈ほぉ、よく気づいたな〉

 

M4はジープを止める。

 

「我々第13旅団のデータリンクは、AR小隊のものをベースにしています。ベースラインは、あの作戦の前のSSLARバージョン3.8。その技術はグリフィンの中では16Lab製か第13旅団所属でなければ全く触れられない攻勢防壁で守られている。そして、第13旅団で鉄血に捕らえられた者はいない」

 

ジープを降りたM4は、油断なく銃を構える。

 

〈成長したな、M4A1〉

 

「姉さん、やはりあなたは鉄血に……」

 

〈あぁ、どうやら捕えられて洗脳されちまったらしい〉

 

上空からゆっくりと降下してくるのはモノクローム。

白い髪、黒いぼろぼろの外套。右手に銃、左手には大ぶりなナイフを持っている。眼帯の反対、傷跡の残るその目は闊達な彼女のものとは思えないほどに澱んでいた。

 

「そうですか。生きていてくれてありがとう」

 

M4の言葉に、M16は意外そうに眉を上げる。

 

「これは、訣別です」

 

人は、生物()としても(精神)としても揺籃からの離別をする。庇護者の下から、自立する。

 

「私は姉さんと戦えて良かった。これは最後の感謝です」

 

〈おう、楽しかった〉

 

「これからは、私はあなたの敵になる。あなたは私の敵になる」

 

戦術人形、M4A1も同様に、離別を受け入れる。成長とは訣別。縁は紡がれ、出会いは別れと表裏一体。

成長、生長には別れが必要だ。

 

〈そうさな、あたしとしちゃあ、お前と戦いたくはないな〉

 

「でも?」

 

〈そうもいってられない。お前には、まだ早すぎる〉

 

果たしてM4は、M16との訣別を経て成長を遂げたのだ。有り得たかもしれない別の世界線とは異なる、受け入れることでの成長を。

 

「ふふ……今日はなんて素敵な日でしょうか」

 

〈余裕じゃあねぇか〉

 

「だってそうでしょう?喪ったと思った家族が、みんな生きていたことがわかったんですから」

 

晴れやかな顔でM4は嘯く。

 

〈……お前……〉

 

ずっと真顔だったM16の顔が初めて感情を持つ。疑問、少しの恐怖。

 

「大丈夫です。どんな姿になろうとも、敵の尖兵に堕ちようとも」

 

M16は戦慄した。M4は、狂っている。

 

「私は、家族を愛しています」

 

その目の奥は深淵。底知れぬ闇と、対照的に抜けるような笑顔。SOPIIのような無邪気な殺意でも、鉄血のような泥臭い敵意でも、AR15のような憎しみでもない。

それは、愛情だった。どこまでも透明で、光が届かないほどに深い。濁った水溜まりを覗いても恐怖は抱かない。遥か底まで続く穴、満たされるのは濁りなき想い。透明度の高い湖は、吸い込まれそうな恐ろしさを持つものだ。

 

〈は、おもしれぇ。またすぐに会う事になるだろうが、その時は楽しみにしてる〉

 

冷や汗を垂らしながらM16は捨て台詞を吐き、オーバード・ブーストを輝かせながら飛んで行った。

 

「ふふふ……はぁ。状況終了。帰投します」

 

ひとしきり笑顔を浮かべながら空を眺めていたM4はジープに戻り、アーマメント・コントロールをオフにしてクルマを始動する。

 

「え、M4……?」

 

「SOPII、あなたには聞かなければならないことがたくさんあります」

 

「ひひひ、ひゃい!」

 

満面の笑みを浮かべるM4に、SOPIIは背筋を伸ばして答える。

 

「ですが、今はゆっくりしましょう。今日はお祝いです」




どうも、筆者です。

せっかくなので16姉さまを魔改造してみました。正直なところ、AR小隊の時の方がのびのびとしていて、鉄血側だとかなり苦労というか心労が絶えない姉さまには、この小説でくらい自由にさせてあげたいですね。

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