「AR15?」
「はい、私たちAR小隊がバラバラに離脱した時に1番近くに離脱したはずの戦術人形です」
2月。M4A1はヤン・ウェンリーにAR小隊のことを話していた。
「いまのところ、情報も上層部からの指示もないね。他には誰かいるかい」
「AR小隊は総勢4名、私、ST AR-15、M16A1、M4 SOPMODⅡ」
「ふむ」
鉄血に対抗するために編成された小隊のメンバーである以上は早急に発見・保護しなければならない。
しかし、足取りは掴めていないのが現状だ。
「へリアン女史曰く、精鋭部隊がAR小隊のメンバーを捜索しているようだ。私たちにはまだ何も指令は出てないないがね」
「そうですか……」
「まぁ、悲観しすぎることも無い。鉄血が捕縛か破壊に成功していれば、少なからず情勢は動くはずだよ」
「……」
******
「提督さま、FALさん、M4さん、よく聞いてくださいね」
カリーナが薄暗いヒューベリオンの作戦司令室で話す。
AR15救出作戦のブリーフィング直後のことだ。
「先程の作戦の詳細をお話します」
「まぁ、裏があるだろうとは思っていたけれどね」
「茶化さないでください、提督」
「これが成功すれば、我が第13旅団は正式にグリフィン陸軍司令部と特殊作戦コマンド司令部の下を離れ、独立部隊として承認されます」
「まるで
「気を抜かないでください、あくまでも大規模な実戦です」
「わかってるわよ。で、内容は?」
「はい、約1年半前のことです。グリフィン&クルーガーの特殊作戦司令部隷下、特殊作戦群にとある最新鋭部隊が設立されました」
「AR小隊……」
「そうです。
「襲撃?データドライブには襲撃者の情報とかは入ってなかったの?」
「AR小隊は最新型ではありますが、使用する装備は現行システムに則る必要があります。そこで、作戦行動中は我々のように
「なるほど、そのデータが無いということは他の隊員が気づいてなんとかM4だけを逃した……」
「そうなります」
「M4のデータドライブに記録されていたのは、四方八方に散るAR小隊の隊員たちの足音と銃声のみ。そして、それから数日後に……」
「私たちにM4保護の指令が下った、と」
ヤン・ウェンリーが締める。
グリフィン&クルーガー社、ひいては現在の戦術人形の最先端を走るIOP社先進技術研究開発部"16Lab"の粋を結集したAR小隊が応戦の間もなく、敗走を余儀なくされたという事実は、FALの交戦記録にあったポンチョ姿の正体不明の人形とも関わりがある可能性が高い。
最前線の戦術人形の中でも
これは、IOP製の戦術人形に搭載されたシステムと人形本人の経験によるところが大きい。
ASSTと呼ばれるそれは、戦術人形と使用する兵装である銃をリンクして、簡単に言えば作戦遂行能力を大幅に上昇させるものである。
近くの敵の銃口の向きの把握、射撃精度、銃の特性に合わせた能力の向上。
例えば、ハンドガンやサブマシンガンは機動性とストッピングパワーに長ける。
スナイパーライフルは高精度な狙撃能力とスポッター無しでも狙撃任務を遂行できる他、ショットガンは高耐久性と敵のノックバック性を持つ。
アサルトライフルは最も平均的であるが、それぞれの銃に従って特性を付与される。
FALであればゲリラ戦や市街地戦などのマルチロールであるし、M4A1では高度な戦術柔軟性を持つ。
NTW-20では本来の銃としての歴史よりもバージョンアップが図られており、もともとスナイパーとスポッター二人で運ぶ必要があったものが戦術人形一人で運用可能になっている。
今現在では、小康状態の戦線であるが、M4救出作戦での敵戦力を鑑みれば悠長にしている暇はないと言える。
早急にAR小隊を再招集する必要がある。
その中でも、AR15救出作戦は急務であることは言うまでもなかった。
*****
広い空へと羽ばたいた特殊分遣隊は頭から自由落下。
陽の光は熱を持つが、それ以上に寒い。風が服を冷やし、服は肌を冷やす。体熱・体内熱環境低下。気をつけの姿勢から四肢を広げ大気を受ける。減速。
そこで、部隊長M4は無線データリンクを繋ぐ。
「いいですか?私たちの任務は直下目標施設に降下、AR15の身柄を確保、基地へ帰還することです」
<弾の節約が大切ですね……>
「外からの支援があります、あまり気にしなくていいですよ。その支援ですが、今回AR15を奪還できなければAR15はもちろん、外にいる第13旅団のみんなも敵増援の餌食になる可能性が高いです。
迅速に救出・離脱する必要があります。残された時間はわずかです」
<静かに、素早く、確実に、だね>
ピンを抜く。
パラシュートを開く。衝撃。体が大地へのキスを拒絶するように、天空へと引き戻されるような感覚。
「AR15回収後、離脱ポイントで待ちます。確認後、回収用の気球が投下されます。ヘリウムが噴出し気球が膨らむまで5分……そして、気球下部のフックをガンシップのアームでキャッチし機内へ回収します」
<フルトン回収システムですね。理論は聞いたことがありますが、AR15は耐えられるでしょうか>
「安心してください、きちんとデータは残っています。衝撃はパラシュート降下時より少ないですし、アームの強度も問題ありません」
<つまり、コンバットタロン1機でこの空域に侵入するつもり?>
「あのコンバットタロンは6連装20mmバルカンカノンを二門と40mm機関砲を二門装備しています」
<戦車隊に追撃されても蹴散らして貰えそうですね>
「予備タンクの燃料を考えてもタイムリミットは4時間、順調に進めば2時間かからずに終わるミッションです」
<基地へはお昼……いや、おやつまでには帰れそうだね>
「もしスムーズに運ばなければ……おやつどころか、今後の食事は落ちてる配給だけになります」
<ぞっとしないね>
「さぁ、タッチダウンですよ。こちらアヴェンジャーワン、0520、作戦規定XCに従い作戦を開始します」
M4が特殊分遣隊の作戦開始を宣言する。
銃撃と砲撃、爆音と土煙に交じって怒声が飛び交う戦場が見えてくる。空気抵抗を最大にして要塞上部構造体の屋上へと降下する。
「アヴェンジャーワン、タッチダウン」
コールサインを名乗って手近なドアの前に陣取る。
ほかの4人も次々とタッチダウン、各ドアに付く。
ここからは、部隊はエレメント単位までわかれる。M4と100式のツーマンセルとP90、HK417、グリズリーのスリーマンセルの二つに別れ、AR15を捜索する。
要塞の東側の階段からM4と100式が、西側の階段からP90と417、グリズリーが突入する。
「敵視認!各自の判断で交戦してください!目標には気をつけてくださいね!」
<了解!>
どうやら敵は要塞中枢であるCICの1歩手前まで迫っているようだった。この作戦の混乱に乗じて要塞の防衛網を突破したらしく、CICまでの防衛システムは隔壁のみだ。要塞というものは、外に対しては堅いが、中からは弱い。
イゼルローン要塞などがその典型例である。
(時間は思ったより無い…!)
鉄血と同じく特殊分遣隊はCICを目指す。グレネードを階段下に投擲し、爆発より僅かに遅れて階段を飛び下りる。下の階の壁に身を預け、壁から銃身のみを出して通路を掃討する。
(AR15、カメラで見えているかな)
「
「ま、任せてください!」
100式はSMG扱いだが、その真価はステンらのフォースシールドとは異なる回避型の前衛である。固有のスキル''
人形のステータスは駆動モジュールやセンサーモジュールのリミッターのことであり、稼働サイクルを一時的に大幅上昇させるというわけだ。
一方で許容量に納まった場合、その力学的エネルギーを自身の使用する特殊炸薬にチャージし85%の効率で撃ち出すことができる。
「敵をよく狙え…弾を無駄にするな…!」
自信に言い聞かせるように呟いた100式は、ピンク色のオーラをまとって遮蔽から飛び出し通路中央へと駆け出す。
その後ろからM4は壁についた左手の人指し指と親指で輪を作り、その中に銃口を突っ込む。精密射撃姿勢。
通路の奥からこちらに弾丸が飛ぶ。トリガーを絞る。ツー、フォー。疾走する100式が弾を吸いながら銃をぶっぱなす。
パリィン!!という甲高い音がひびき、100式のオーラが
その瞬間、100式の駆動モジュールはリミッターを65%跳ね上げさせる。
狭い通路においては慣性の法則も壁や天井を蹴り押すことで相殺できる。まるでネコ科の肉食動物のごとく鉄血に肉薄する。
「らぁぁああああああ!!」
「あ、あれが100式……?大戦期の子とは聞いていたけれど、あんな……」
銃を乱射して着剣した銃剣をぶっ刺し、ロングバトンのようにくるくると回しながら駆ける100式。彼女は旧日本帝国陸軍が制式採用した唯一の機関短銃である。大和魂、とでもいうのだろうか。
通路を制圧した100式の後を追い、さらに迷路のような階段や通路を抜けCIC前の隔壁までたどり着いたM4。30秒ほど遅れてグリズリーたちが合流する。作戦開始から15分ほどが経過していた。
「待っていてください、今開けます!」
そう言って417が抱えていたバッグからレーザーカッターと包み紙に包装された塊を取り出す。
「え、えい!」
気の抜けるような掛け声と共に417がぺたりと隔壁に張りつけた塊。
「
「いいえ、これじゃあ開かないですよ。これは成型炸薬なんですけど、雪風さんから貰ったデータで作った新型炸薬なんです。今までユゴニオ弾性限界を超えるまでに必要だった圧力を満たす爆発に要る炸薬の量の、なんと4分の1の炸薬で2倍の効果が実証されています」
「えっとー、つまりこの
「コンパクト、大爆発!です」
「そりゃすごい」
「中の人は大丈夫なの?」
「大丈夫です、隔壁から2m以内に立っていなければ衝撃波がちょっと痛いだけです。隔壁の真ん前は……多分大丈夫です」
「イェーガー、やってください」
「はい!」
全員が遮蔽の陰に隠れたことを確認した417は、スイッチを推す。
壁にぺたりと貼り付けられた袋の中の筒はいくつかの層に別れている。隔壁に近い方から空気、金属製のライナー(すり鉢状の板)、高性能炸薬、火管。その火管が炸薬を爆発させる。
炸薬の爆発はすり鉢状のライナーのユゴニオ弾性限界を突破し、ライナーは液体に近いメタルジェットになる。
爆発の衝撃波はさらにすり鉢状の筒内壁に反射しドーナツ状に空間を進み一点に収斂する。そして、そこにあるメタルジェットと共に前方に極めて強い穿孔力を発揮する。
隔壁はいとも簡単に貫徹され、隔壁を開けることに成功した分遣隊は突入。中でコンソールにもたれかかっていたAR15を保護する。怪我をしている。一体いつから……。
「AR15!AR15!聞こえる?私よ、M4A1、助けに来ました!」
「M4……?誰よ……成型炸薬なんか使ったのは……」
AR15の言葉にM4はさっと青ざめる。
「もしかして」
ぶん、と417の方を見たM4。全く同じ速さで顔を逸らす417。
「ここの作りが悪いんですよ。コンソールの真横に隔壁があるなんて……」
唇をとがらせながら呟く417。
「まともに……?」
「大丈夫。でも助けに来るなら、対象のことを考えて行動しなさいよ……」
息も絶え絶えなAR15に肩を貸しながら、M4は何とか要塞から脱出することに成功する。
「
「アイサー!」
緑の信号弾が上がる。ここから脱出地点まで2キロ、行軍だ。
平衡覚などのセンサーに異常をきたしたAR15は自分で歩くことが出来ない。時間には間に合うかどうか、と言ったところだ。
「行きますよ!」
歩兵を撃ち倒しながら進む。鉄血機械化師団が、集結しつつあった。
*****
交戦していたFALとNTWはお互いに違和感に気づいた。
「戦線が移動してる」
「あぁ、要塞上層へ向かってるぞ」
「どういうことかしら。提督?」
<そうだね、アヴェンジャーたちが
中には敵兵が既に入り込んでいて、AR15が奪還されたことが知れたんじゃないかな>
「そうなると、こいつらは是が非でもターゲットを殺りに行く?」
<可能性は高い>
「提督、作戦の変更を具申するわ」
<どうぞ>
「私たち地上ユニットは撤退、ヴェノムで彼女たちを回収ってのは?」
<難しいね。ゲルタ要塞の周りは森だ。ヘリが降りられない>
「くぅ……」
<だが、今のはいい意見だ。よし、作戦を変更する>
ヤンはマイクを手に取る。
「無線封鎖解除。全部隊に告ぐ。各自退却せよ。繰り返す、全部隊退却せよ」
パネル上の戦術人形を示す
「カリーナ、B-3への回線を」
「かしこまりましたわ」
「こちらヒューベリオン。B-3聞こえるか?」
<こちらB-3感度良好>
「今から指定する地点にコンバットタロンを向かわせたい。ミサイルを数発撃ち込んで欲しい」
<なんだと?無茶なことをするな、この部隊は>
「それがお家芸ってやつさ」
<スパルタニアンを向かわせる>
「さて、最後に特殊分遣隊だ。アヴェンジャー1聞こえるかね」
<こちらアヴェンジャー1、交戦中です!>
「聞いてくれ。今から君たちの真横の森にミサイルを撃ち込む。そこにコンバットタロンを行かせるからそこでフルトン回収してくれ」
<コピー!みんな聞こえた…ね……いで……>
ノイズで通信が途切れる。
「さて、ここからは私たちの出番だ。その前に、B-3」
<なんだ>
「直掩以外はコンバットタロン離脱後直ぐにミサイルを全弾放って離脱だ。君は最後までこの戦場にいてもらうがね」
<わかっている>
「よし、いくぞぅ」
ヤンは張り切っていた。なんというか、血が騒ぐというか、喉が騒ぐというか。えもいえぬ感覚が体を支配していた。
「全艦、総員配置につけ。繰り返す、総員配置につけ。
砲雷撃戦用意!メインエンジン出力全開」
艦橋が凍りつく。みんながヤン・ウェンリーの方を見ていた。すると、彼の服がぼやけて違う服を着ているように見えてきたのだ。ブルゾンにスラックスから、海軍兵のコートに。中央に赤の矢印の入ったぴっちりとした服。髪型も、髪が伸びている。
「ショックカノン方位盤作動開始、連動装置セット。主砲発射用意、目標、旧ゲルタ要塞、主砲
「あの、て、提督……?」
「あぁごめん、なんだか体が勝手に。どうかしたのかい」
カリーナが話しかけた途端元のヤン・ウェンリーに戻った。
「目標は下ですから、仰角ではないと思います」
「そうだったね、迎角だ。各砲門、射撃用意。コンバットタロンの離脱と共に全火力を投射する。遠慮はいらないよ」
作戦開始から、まもなく1時間が経とうとしていた。
*****
「コピー!みんな聞こえたわね、急いでフォーメーションEを!」
「了解!」
M4率いる特殊分遣隊は要塞を離脱しようとしていた。
追撃しようと要塞側と90度直交するラインからの二本の射線で砲撃を行う敵機械化師団の残存部隊が猛スピードで迫っている。
「こちらイェーガー3、対戦車地雷の敷設完了」
「こちらブラボー5、罠の用意はできてるよ!」
防衛体制を固めた特殊分遣隊だったが、ゲリラ戦とはいえ負傷者を抱えている状態で耐えるのは容易なことではない。
「敵視認!」
100式が接近して来る敵前衛を捉えた。
こちらの位置はまだ気づかれていない。
「こちらアヴェンジャーワン、以降作戦規定Gfに則り音声発話を禁止。データリンク通信波αV2にて交信」
<敵を十分に誘い込んでください>
<かなりの規模です、再集結は済ませたのでは>
<それにしては少なすぎる、たぶん1番近い1部隊だけ>
<それでこの数!?>
<一応成型炸薬はまだ残ってます>
木の上や泥濘に身を隠した部隊員は油断なく銃を構える。
AR15だけはM4の迷彩ジャケットを着せて岩陰に寝かせてある。M4はタンクトップ1枚になり泥を全身に塗りつけて伏せている。
<サクラ4とイェーガー3は敵後方から戦術スキルを使用して一気に殲滅してください。私とブラボー5が前で陽動、ベア2は側面から援護>
<コピー>
<コピー!>
敵の車両と随伴歩兵が近づく。P90が潜む木の枝の真下で停車する。M4の左手の前に敵の足が止まる。
<スタンバイ>
M4の視界には敵部隊の後ろの木の枝にぴったり身を寄せる100式と草むらのグリズリーが見える。
敵が周囲を捜索し始める。
歩き回られるとまずい。だが、まだ仕掛けるには早すぎる。
幸い、敵はジャングルを進む時の基本である間隔を無視し集団で行動している。……ヤン・ウェンリーとFALから習うまで、対ゲリラ戦のセオリーなどは知らなかったが。
<隊長、まだですか!?>
<私たちはまだしも、隊長と救出目標が!>
<まだ!>
もっとも相手の予測が的中するか、願望がかなえられるか、そう錯覚させることが、罠の成功率を高くするんだよ。落とし穴の上に金貨を置いておくのさ。
ヤン・ウェンリーは紅茶の香りを漂わせながら呟く。
戦場における最も油断する瞬間とは、目的の達成の瞬間や、自身のプラン通りにことが進む時である。
敵が、AR15を発見する。
<ゴー!>
スキルを発動させた100式と417が後方から敵陣に第1波攻撃を仕掛ける。同時に、そちらへ振り向き走り出した敵の1人が
動揺したか、急に前進した敵車両が対戦車地雷を踏んで爆発する。
隊列の後部で敵襲、中部、左翼で相次ぐ爆発により敵部隊は一挙に混乱に陥る。
後方に集中する敵部隊の背後をついて、立ち上がったM4はコンバットナイフで敵の肘関節、膝関節を切り裂き地面に仰向けに打ち倒したあとコアのある胸部にナイフを突き立てる。
同時に第2波、P90が木の上から乱射しながらダイブ、燃え上がる敵車両を巧みに遮蔽として使って敵を撹乱する。
敵の腰から抜いたグレネードのピンを抜き、転がして自身は真横に駆けだす。そこには、巨大な木。木の影に身を隠し、一息つくと共に隠してあった銃を手に取る。
きっかり5秒で爆発。爆風と破片が飛び散るのとほぼ同時にM4は木から飛び出して射撃。2発、3発、2発。リズム良く敵の頭を撃ち抜いていく。
<いっつ……こちらサクラ4、左腕に被弾、作戦行動に問題なし>
<ベア2、前はいいから後ろの援護を!>
<任せなよ!>
<ブラボー5!>
<前はほぼやった、あとは後ろの歩兵だけ!>
<私達も援護に!>
その瞬間、真横の森が爆発した。吹き飛ばされる特殊分遣隊の面々。爆風を切り裂いて超低空飛行で飛び抜ける前進翼の機体。スパルタニアンだ。
<みんな身を隠して、航空支援が来た!ここの部隊を倒したらすぐに離脱します!>
<私が目標を確保します!>
<おねがい、イェーガー3!>
木の幹を蹴り3次元機動で移動する417。
……忍者?
417と入れ替わりに左手をぶら下げて右手のみで射撃しながら退いてくる100式を援護する。
<代わります、あなたも撤退地点で待機を>
<頼みました!>
木に大量の銃弾が撃ち込まれる。顔が出せない。推定5名から6名。扇形に展開している。
<ベア2!>
<見えてる>
1番厄介な木に対して角度が大きい1番左の敵の後ろにグリズリーが現れる。
<後ろに気をつけるんだね>
マグナム弾が敵を粉砕する。それに合わせてM4は幹の反対から体を出し射撃。
20秒で残敵を殲滅した特殊分遣隊は撤退地点に集結する。ミサイルの中で後発で着弾し爆発しなかったものを探す。棺桶状の箱からバルーンを取りだし、ガスを注入する。フルトン回収システムのハーネスを接続し、3-3に分かれる。あとは、無事に帰るだけだ。
残りの地雷を敷設し終わった隊員たちが帰ってくるのとフルトンのバルーンが膨らむのはほぼ同じタイミングだった。
幸いにして、先程交戦した部隊はたまたま近くにいただけで、残りの部隊はまだこちらの位置を把握しきれていなかったようだ。2kmの行軍をする必要がなかったのは嬉しいことだ。
「帰りましょう、AR15」
「……」
ハーネスを接続する。M4はAR15を背中から抱くような形でハーネスを締める。さらにそのM4の肩に乗っかるようにして100式がバルーンを固定する。
もうひとつのバルーンには、3段ロケットのようにお腹あたりで接続した3人。下から、417、グリズリー、P90。
「こちらアヴェンジャーワン、回収を要請します」
<こちらB-3。ガンシップ接近中。上昇しろ>
地面と体を固定していたワイヤーを切り、高速で上昇する。
元々のフルトン回収システムも決して遅いといえる速度ではなかったが、ヘリウムガスの改良により(人間ではなく人形であることも相まって)高速で撃ち出されるように上昇を開始する。
視界の隅に接近していた機械化師団の残敵が見える。
こちらを見上げた、その時。
機械化師団が爆発する。コンバットタロンだ。
さらに、地雷を踏んで爆発する物やスパルタニアンのミサイル攻撃を受けて甚大な被害を被ったようだ。
衝撃が走る。ガンシップのアームにロープが接続され、プロペラに巻き込まれないよう設置されたガイドアームに沿って後部へと移動。ウィンチで巻き上げられる。
「よう、よく戻った」
1時間と少し前に特殊分遣隊を見送ったガンシップの後部格納庫オペレーターだ。
「はい、ただいま帰還しました」
「ひぇー、もうこんなのやりたくないよぉ」
「泣き言いうなよP90、飛ぶ前はあんなに楽しげだったのに」
「だって、速すぎるんだよこれ」
グリズリーとP90のやり取りを苦笑しながら見る417。微笑ましく思いつつも、M4にはまだ手当しなければならない相手がいた。
「AR15、大丈夫ですか」
そっとハーネスを外してAR15を据付ベンチに横にする。
「フルトン回収システム……よくこんな化石のシステムを持ち出してきたわね」
「提督の判断です」
「提督?指揮官ではなく?」
「はい」
「そう」
会話は問題なくできている。メンタルコアや各モジュールにも目立った障害は見られなさそうだ。もちろん帰って精密メンテナンスの必要はあるが……義体にも大きな損害は無さそうだ。
そっとまぶたを閉じたAR15に上着を被せ、M4は100式の腕を見る。
「大丈夫?」
「平気です。こんなの、かすり傷ですよ。手当は大丈夫です、部品がもったいないですから」
「かすり傷……?」
どう見ても貫通銃創だ。止血こそ成功しているが、動かせるほど組織が生きているようには見えない。
「……私は、大戦期の銃ですから。ガダルカナル、ビルマ、沖縄……こんな傷、どうってことありません」
「それでも、自分は大切にして。ただでさえ、被弾が多いんだから」
SMGは前線を張ることが多い。自然、被弾が多くなる。
過去を想いながら儚く笑う少女。
その笑顔の影に隠す腕は、血にまみれていた。自ら流す血、戦場の泥、銃を染める敵の血、そして味方の血。
ガンシップ、戦闘空域を離脱。周囲に敵影なし。
*****
雪風から入電。対象の離脱を確認。
「よし、撃て!」
ヤン・ウェンリーは高く振り上げた手を下ろす。
轟音と共にヒューベリオンの砲門が火を噴いた。
ヒューベリオンの武装は実包である。というのも、この世界では同盟軍ヤン艦隊旗艦ヒューベリオンが装備していたような中性子レーザーや荷電粒子レーザー砲などのエネルギー兵器はまだ開発段階なのだ。また、主機の出力は核融合炉ほど大きくないため、エネルギー兵器の使用に耐えられないのもある。
そのため、重く補給も必要ではあるが実体弾を使用する他ないのだ。
航空火力としては世界最大級であるAC-130シリーズが備えているものを複数装備している。
105mm榴弾砲4門、40mm機関砲6門、30mm機関砲6門、自衛用の対空火器。その内の主砲である105mm榴弾砲と40mm機関砲が残存する鉄血機械化師団に向けられた。
「すごい……」
「航空支援、やっぱり大事よね」
感嘆する隊員に対し、そう呟いたFAL。AC130クラスの航空支援はそう多くはない。
旧ゲルタ要塞は谷底へと沈んだ。要塞基部から丸ごと崩落していく様は、人工物の儚ささえ感じさせる。
崩れ落ちる崖から落ちていく鉄血の残骸、その上を悠々と飛び抜けるスパルタニアン・シルフィードたち妖精に守護されたヴェノム。
作戦開始から1時間と44分32秒。作戦定刻より15分28秒早い帰投だった。
*****
「作戦報告を、カリーナ」
帰投したヤンらSTBヒューベリオン直轄部隊は格納庫ですぐさまデブリーフィングを開始した。ヘリアンが出迎え、カリーナに指示を出す。
「提督さまではないのですか?」
「この男にそんなことを期待するな。参謀だろう、貴様は」
「……」
紅茶を啜りながらなんともいえない表情でカリーナを見るヤン。どうやら本人にも自覚はあるようである。
「かしこまりましたわ。
本日、標準時0500、我々STBヒューベリオンは旗艦ヒューベリオン以下戦闘機34機、戦術人形部隊11ユニットをもって旧チャイニーズゲルタ要塞に侵攻。
第1作戦目標、AR15の救出に成功。
また、第2目標である鉄血機械化師団の撃滅に成功しました。
AR15は疲労と損傷はあるものの大きな損壊はなく、メンタルコアも正常です。現在ドックにて修理と補給を受けています。
こちらが敵側に与えた損害は74%、うち敵戦車・装甲車は80%の撃破率でした。
歩兵部隊は42%を破壊、15%に損傷を与え、残りの部隊は散り散りに離脱。
再集結には1週間ほど、戦力が元の勢力までに戻るには半年以上かかると想定されます。
当方の損害は戦術人形は被撃破無し。
ダミー人形が9体被撃破、損傷を受けた戦術人形が24、内重大な損害を受けたものが8。
航空戦力はスパルタニアンが未帰還2。損害を受けたシルフィード・スパルタニアンが合わせて3機。
作戦は成功と言えるかと思われますわ」
「……ふむ。新生第13旅団の任務は大成功と言えるだろうな。本作戦における航空優勢や戦術人形の"戦術"はグリフィンのほかの部隊にもいい影響を与えるだろう。よくやった、諸君」
「さすがだね、みんな」
申し訳程度の指揮官からの言葉だったが、ヤン・ウェンリーの働きは大きい。戦線を的確にコントロールし、敵を翻弄し続けたヤン・ウェンリーの戦術指揮能力は疑いようのないものだ。それを誇らないヤン・ウェンリーは、STBの面々から非常に好意的に見えた。
「では、STBは再び地域哨戒に入ってくれ。ヤン提督、わかっているとは思うが……」
「追って別命あるまで待機、ですか」
「そうだ。それまで、戦力増強や戦術訓練などを頼む。君たちは、対鉄血戦線の
「それは過大評価ですよ」
「ふ、そういう所がこの部隊が切り札たる所以なのかもな」
デブリーフィングを追え、ヘリアンがグリフィン本社まで戻る。格納庫を後にしたヘリアンを見送り、ヤン・ウェンリーは戦術人形たちの方へなおる。
「さて、みんな、お疲れ様。今日はとてもよく働いてくれた。働きすぎなくらいにね。ヘリアン殿も褒めてくれたことだし、エル・ファシル基地は1週間休暇にするとしよう」
「やったー!」
「提督大好きー!」
「ほんとー!?」
「まぁ、素敵なことですわ」
「て、提督さま……そんなことして大丈夫ですか?」
歓声に揺れる格納庫の中、頬をピクつかせながらカリーナが聞く。
「大丈夫だよ。警備哨戒はほかの基地に頼んでもお釣りが来る。もちろん休暇ではあるが、有事の時は招集をかける。そんなことにならないよう、祈っていてくれ」
「わ、私は……?」
「もちろん、ゆっくり休んでおいで。さて、休暇が終われば訓練が待っている。幸い、ダミー人形と自立制御のスパルタニアン以外に被害はなかったが、君たち自身もまだまだ上を目指せるとわかったはずだ。
うまい紅茶が飲めるのは生きている間だけだ。そのために必要な努力は怠ってはならないよ」
「真面目なのか不真面目なのかよくわかりませんわね」
「私がこんなに長く話すのも珍しいんだよ。いつもは5秒で終わらせるからね。だが、今回は盛大なお祝いだ。こんなところかな。じゃあ、解散だ。各自ゆっくり休んでくれ」
STBエル・ファシル基地。グリフィンは大勝利として今回の作戦成功を大々的に報じた。鉄血工廠はその戦力を大きく減らし、水面下で新たな戦力の増強を始めるだろう。
つかの間の休息が、エル・ファシルに訪れた。
*******************
クリアランス・コード認証。貴方をグリフィン関係者だと確認しました。ようこそ、第13旅団戦術データベースへ。
アクセス承認。当該戦術人形のデータを表示。
万が一、戦術人形のスペックなどに興味が無い場合、スキップしてください。
No.006
NAME:M4A1
Callsign:"Avenger(1)"
第13旅団特殊分遣隊ユニットD部隊長。
G&K特殊作戦コマンド・AR小隊小隊長を務めていたが、小隊壊滅後第13旅団に救出されそのまま編入。
Weapons Specification:
コルト・ファイヤーアームズ
FNハースタル
ブッシュマスター
アーマライト
口径:5.56mm
銃身長:368.3mm
ライフリング:6条右転
使用弾薬:5.56x45mm NATO弾
装弾数:20発/30発(STANAG マガジン)
作動方式:ダイレクト・インピンジメント方式
ロータリーボルト式
全長:850.9mm
重量:2,680g(弾倉を除く)
発射速度:700-900発/分
銃口初速:905m/秒
有効射程:点目標500m 面目標600m
Doll's Specification:
CQB戦:B+
近接格闘術:B+
射撃:A
体力:B+
機動:B
爆薬取扱:B
編成拡大:不可(電脳許容量不足)
医療:A
諜報:B-
研究開発:B
M4A1アサルトカービン。第6世代型戦術人形、16Lab製のハイエンドモデル。極めて高い性能を誇るものの、戦闘経験か判断力のいずれかが未熟だと思われる。
電源:戦術人形用固体高分子形燃料電池+バルトレンジェネレーター-typeA
駆動骨格:第6世代型、AR戦術人形用駆動骨格・射撃戦カスタム
FCS:CFIBLVer.6.9
センサー:第6世代型デュアルカメラアイa(オリーブ)、第6世代型聴音センサー、第6世代型嗅覚センサー、第6世代型味覚センサー、第6世代型触覚センサー
電脳:[データ削除済み]
生体パーツ:四肢・消化器系・生殖系・循環器系
通常武装:本体(30発STANAGマガジン)
Lv70。生体パーツは通常の戦術人形と同じ割合で、比較的一般的な戦術人形と遜色ない。
Skills:
火力集中T
10秒間、自身のジェネレータで生成したエネルギーを使用し自身の火力を75%上昇させる。
小隊を率いる部隊長として設計された戦術人形のため、スキルは一般的な部隊長クラスの戦術人形が持つスキルと大差がない。
ただし、その出力が群を抜いて高く、単騎戦力としても使用可能な高回転・自己強化タイプのスキル。
どうも、筆者です。
今回は初めて戦術人形の戦術作戦行動に挑戦してみました。
分遣隊と言いつつ5人なのは、本来ダミー人形を数に入れていたのですが筆者の力量不足で隊員五人分の描写で精一杯だったためです。本来なら分遣隊ユニットとして書くべきでした……
あとコールサイン適当すぎたかなと若干の反省……。
まぁ、それを言うならPMCであるグリフィン&クルーガーに軍事組織みたいな設定を設けているのもおかしな話なのですが。
実の所、ドールズフロントライン本編でのグリフィンの描写ではヤン・ウェンリー提督とその部隊のいわば特別さを表すことが出来ないと感じたためです。
組織的には米軍を参考にしています。
また、今回は筆者が好んで見るような展開や設定を盛り込んでしまいました。読み苦しいかと思いますがご容赦くださいませ。
それでは、また。