ソードアート・オンライン Alter Heaven   作:留確惨
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飛ばされるチュートリアル

必死に森を走る。

フルダイブMMOなんかは良くやっていたし、逃走ゲームなんかでそれなりに経験は詰んでいるつもりだったけれど、やはりこの世界での疲労感というのは余りにも現実的すぎる。

汗でじっとりと濡れる皮膚も、早鐘のように打つ心音も、吐く息の暑さや湿気も何もかもがいままでのMMOとは比べ物にならない詳細さだ。

 

「どうでもいいとこばっかリアルすればいいって訳じゃないよねぇ…」

 

そんなふうに嘯いてみるも、現状余裕がある訳では無い。

追手は撒けた感じはしないし、気配もある。何よりあちらの方が地の利がある。追いつかれるのは時間の問題だった。

 

「えぇい、やるしかないよね!」

 

覚悟を決めて構え、迎撃体勢をとる。構えは正眼、追手が気配通り1人なら互角位にはなるだろう。

これでも剣術にはそれなりに自信がある方だ。ゲームの話だけど。

 

「クックック、観念したかねェ、お嬢ちゃぁ~んこれからおじちゃんといい所に行こうねぇ~」

 

いかにもな悪役のセリフを吐きながら男が近づいてくる。男は青年と違い、いかにも異世界に居そうな獣人といった姿だった。毛むくじゃらのひげもじゃで犬のような耳が頭から生えている。恐らくは顔面よりも毛深いであろう身体を簡素な革鎧にロープ、といった装備で包んでいる。

その手には棍棒、恐らくは気絶に留めて人を攫うために刃物はそこまで大したものは必要ないのだろう。

────狙いが生け捕りなら滅多なことでは死ぬことは無い。

そう判断し、ボクは先手をうった。

3歩踏み込み、あの世界で言うソードスキル・“ソニックリープ”のイメージで袈裟斬りに獣人の左肩を狙う。当然システムアシストは存在せず、身体能力値も並なこの世界ではイメージした通りの攻撃には程遠い。

当然、敵だってそんな半端な一撃を受けてくれるわけがなかった。

 

「大人しく捕まっときゃァケガさせねぇのによォ」

 

男は棍棒でボクのにわか剣術を軽々と弾き返し、

 

「価値が落ちても知らねぇぜェ!!」

 

そのまま棍棒を振り下ろす。ボクはすんでのところで棍棒を受け止めたが衝撃で怯んでしまった。

そしてその隙を見逃すほど男は甘くない。

強烈な蹴りが放たれ、体勢が崩れる。咄嗟に足を上げて蹴り返そうとするが、そんな体勢で放つ蹴りなどなんの意味もない。

 

と、思われたけど突如何かの力に引かれるように身体は一回転し、サマーソルトキックが男の胸にヒットする。

 

「ぐえぇぇ!」

 

「あれ!?」

 

驚きの声は一体どちらのものか、男はたたらを踏んで後退、ボクはその隙に体勢を立て直して状況を仕切り直す。

 

「この世界にはソードスキルが存在するんだ…」

 

あれはあの剣士がよく使った体術スキル“弦月”だった。

倒れた状態からでも撃てる逆転を狙うソードスキル。

外したら転倒確実の両刃の剣だが、この状況では何より頼りになる。

 

「てめぇ、素人かと思えば一体何モンだァ!!」

 

男は怒りに任せて棍棒を振り回してくる。

────だが、いままでの動きに比べれな単調で直線的だ。棒を上手く使って攻撃を流し、棍棒のリーチのさらに中に掻い潜る。

“ソニックリープ”は発動しなかったが、“弦月”は発動した。頭の中に浮かぶ1つの仮説を信じて、ボクは突っ込んだ。

 

「体術スキルなら……」

 

狙うは体術スキル“開門肘”、実在する中国拳法の技である内蔵破壊を目的とした肘打ち。

 

「痛ったぁ…」

 

肘打ちは、胸に当たり、男はたたらを踏んで後退したが、防具の上からの打撃なのでそう効いてはいなかった。

そのまま棒で脇腹を狙い、これは直撃。さらに続けて攻撃をしようとしたが、男も反撃に出た。

武器を捨てた男はそのまま倒れ込むようにして押しつぶしてきた。

圧倒的な筋力差、体重差で押し込まれる。状況的不利を押し返した男の判断とAIとは思えない憎悪の力にボクは動けなかった。そのままジリジリと押され、木に押し付けられる。

 

「糞がァァァ!!!女だからって容赦なんざしねぇぞォォォォ!!!」

 

男に締め上げられ、止まる呼吸、圧迫される血流にボヤける視界の向こうに有り得ないものを見た。

今はもう会うことは出来ない水色の髪の少女。誰よりも隣に居たいと思った最後の人、かつて姉ちゃんに重ねた女性────────

 

 

「────────嫌だ」

 

 

 

「────────────もう二度と、ボクは何もできずにに死ぬのはゴメンだ」

 

ボヤける頭を無理矢理起こし、ポケットにしまったナイフを抜いて、完全に油断しきった男の腕を刺す。

「なぁぁぁぁぁぁぁ!!」

首から手を離し、男は悶える。不安定な姿勢からの浅い一撃だったが、効果は十二分にあった。

その隙にひたすら棒を叩きつけた。頭、首、足、肩、反撃など許さぬとばかりに打ち込み続ける。

 

「はぁ!せい!」

 

男は命乞いをしたような気もするがそんなこと聞いている余裕はなかった。

潰れかけた喉は必死で空気を通し、もう腕が上がらなくなるほど身体は悲鳴を上げている。それらを無視してひたすら棒をたたきつける。

もう、何度打ち込んだのだろうか、棒のほうが繰り返される打撃に耐えかねて折れ、やっとボクは我に返った。

気が付いたら男は動けなくなっていた。

死んではいないのだろうが四肢の骨は折れ、もはや戦えないのは明らかだった。

疲れた。口は乾くどころか鉄臭いにおいが充満し、心臓は早鐘を打ち肺は酸素を求めて収縮を繰り返す。苦痛や倦怠感ならともかく、こんな感覚いつぶりだろう。ホント、無駄にリアルな世界だ。

久しぶりの感覚と戦闘のダメージで悲鳴を上げる身体を鞭打ち、地図とコンパスを拾って立ち上がろうとした時、背後から声が上がる。

 

「アンザ!てめぇ!」

 

2人目────!

疲労困憊の今、もう一人を相手に切り抜ける手はもう無い。いや、全快でもいけるかどうか…

さっき勝てたのは運が良かったからと男が油断していたからだ。あれが二度と続くなんてとてもじゃないがそんな楽観は出来ない。

 

 

 

────────ここで、死ぬのかボクは─────

 

 

 

 

 

 

 

余りの殺気のすさまじさに恐怖で目をつむってしてまった。それは戦闘で最もやってはいけない最悪手。

だが、刃も打撃も、罵声すら来ることは無く、直ぐに聞き覚えのある声が響いた。

 

「驚いたな…1人でやったのか…」

 

状況に似つかわしくない冷静な声だけが聞こえる。

 

「大丈夫か?一人で行かしてすまなかった。」

 

恐怖に閉ざされた目を開くと灰色の青年が目の前に立っていた。



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