ミヤコワスレドロップー異なる水平線ー   作:霜降

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バレンタイン、艦娘のチョコ作り

「ついにキタコレ!バレンタインですヨバレンタイン! いやほおおぉぉう!!」

 

 未だ肌寒いその日の朝は、漣のそんな一言で始まった。いつになくハイテンションな漣に、曙は少し引き気味に後退する。

 

「はあ? いきなり何言ってんのよ」

「だーかーら! バレンタインだってぼーの」

「バレンタインってあの、チョコレートを特定の年齢の子供たちにイタズラしながら配って回るアレ?」

「曙ちゃん、色々と混ざっています……」

「んもう。バレンタインは、女性が男性にチョコを作って渡す日だよ」

「ふぅん。で、それが一体何だって言うのよ」

「漣達も、チョコを作るヨ」

「はあ? 誰に」

「勿論、ご主人様」

 

 飲みかけていたお茶を勢いよく曙は噴出した。少し気管に入ったらしく、ケホケホとむせたその背中を潮が優しく摩る。落ち着いた曙は、漣に向かって声を荒げた。

 

「は、はあ!? 何で!」

「ご主人様も、日々漣達への指揮とか頑張ってくれてるじゃん。だから労いの意味も込めて」

「あたしは嫌よ。何でクソ提督のためにその、チョコを作らないと駄目なのよ!」

 

 不満げに声を漏らす曙。その顔は、心なしか紅潮している様に見える。それを目ざとく察した漣は、悪戯っぽい笑みを浮かべつつ曙に詰め寄った。

 

「またまたそんなこと言ってー。ぼのは今、こう言いたいんでしょ?『あっ、あたしだって本当はクソ提督の事、大好きなんだから。でも、皆の前でそんな事、恥ずかしくって言えないっ><』」

 

 そう言いながらワザとらしいリアクション込みで漣が言う。それを聞いた瞬間、曙の顔が火を噴く勢いでボゥ!と湯気を上げて真っ赤になった。

 

「は……はあああああ!!? なっななな何言ってんのあんた! あたしがそんな事思ってる訳ないでしょ!? って言うか、あんた声あたしに似すぎなのよ! 気味が悪いわ!!」

「んふふー。その気になればぁ……『潮の声や』、『朧の声だって』……出す事が出来るヨ?」

 

演技臭く漣が、潮と朧の声を真似る。本人かと思うほど、びっくりするくらいソックリだった。

 

「漣ちゃん、ちょっと怖いです……」

「先に言っておくけど、悪用しようものなら拳骨じゃ済まないからね?」

「アッハイ……まあそれはともかく、ご主人様への感謝の気持ちでチョコを作る事は良いと思うのよ。折角の年に一度の行事なんだし、楽しそうデショ?」

 

 漣が皆に向き直り、賛同を求める。彼女としては、皆と一緒に面白い事をやりたいのだ。潮と朧も、提督に日ごろの感謝を伝えるのは賛成だったようで、互いに顔を向き合った後に「良いと思います」と答える。

 少し離れた位置に居た響と霞も、肯定的な意見を述べた。

 

「Хорошая идея.(グッドアイデアだ。)いいと思うよ私は」

「まあ、バレンタイン本来の趣旨とは違うけれど、部下が上官への感謝の気持ちを伝えるのはいいんじゃない?」

「あんたたちまで!?」

 

 味方が誰一人いない事に驚愕する曙。響はともかく、生真面目な霞は「ぶったるんでるわ!」とか言うと思っていただけに、驚きを隠せなかった。

 

「ふっふっふー。観念しなよ、ぼの。ここに居る皆は、全員賛成の様だよ? あっ、枕崎さんは前日に漣の方からお願いしておいて、二つ返事でオッケーしてくれました」

「ぐ……」

 

 もはや反対意見は自分以外には居ない。曙は渋々、漣の企画に乗る事にした。

 

 

 

 

「あっ、あたしは皆がやるって言うから一緒にやるだけなんだから! クソ提督への愛情とか、そう言うのはあんた達でやりなさいよっ!!」

 

 そう言いつつもエプロンを着こなし本格的な装備でキッチンに曙は現れる。その姿を、皆が生暖かい目で見つめていた。

 

「なっ、何よ!」

「ぼの、漣達はあくまで、ご主人様を労うんだヨ? 何で愛情とか、そういう単語が出てくるんデスかね~?」

「~~っ!!」

「痛い痛い痛い。やめろッテ」

「うっさい!」

「ぱごすっ!!」

 

 渾身の鳩尾を曙に決められ、漣は床へと沈んだ。

 

「そうよ!これは労いなんだから、やましい気持ちなんてないわ!」

「そうそう、あんまり変に気負わず、楽しめばいいのよ」

 

 いつの間にか曙の横に立っていた枕崎が曙の肩を叩き、リラックスをさせる。それが効いたのか、緊張のほぐれた曙は俄然やる気を出し、一段高い足場に乗り出し叫んだ。

 

「こうなったらヤケクソ! チョコ作り、開始よ!」

 

 

 

 

第七駆逐隊の他の面々は各自小型のチョコを作り上げていた。漣は伸ばしたチョコを、何やらタコの様な形に形作っていき、出来上がったチョコにチョコペンでコウモリの顔の様なイラストを描いていく。

 

「漣……それ何?」

「ふふん。この漣が、普通のチョコを作るなんて芸の無い事をするとでも思った? バレンタインならではな感じにデコってみました♪」

「ふ、ふぅん……」

「あんたはまた……こういう時くらいは真面目に作りなさいったら」

「こういう時だからこそ不真面目に作るのよ。って言うか、かすみんは寧ろ真面目過ぎ!」

 

 漣が指摘したように、霞のチョコは何の変哲もない板チョコだった。否、その板チョコの形は、大きさ、バランス、角度、全てにおいて完璧な、寸分の狂いも無い綺麗な長方形になっていた。性格が出てるなあ。と、その場にいた全員が納得した。

 

「私はこれでいいのよ」

「そう言わずに、ちょっとくらい遊びを入れて……っと」

「あぁ! 私のチョコがあ」

 

 一瞬のスキを突いた枕崎の華麗なチョコペン裁きにより、無骨で完璧な霞のチョコに、可愛らしいウサギさんがデコられた。

 その様子を笑いながら見ていた潮と響は、二人でウサギさんの形をしたチョコを作り上げていく。それぞれがチョコペンで描くウサギの表情には、やはり本人たちの性格が表れていた。

 そんな皆のチョコを見た朧が、自分のチョコがやけに地味になっている事に気付く。何かアレンジが欲しいなと思った矢先、漣が乱雑に朧の作ったチョコへとチョコペンを走らせてた。

 

「あ! 急に何すんのよ」

「いやあ、何かぼーろちゃんが『このままじゃ地味だよね。何かアレンジが欲しいなあ』って顔してたから」

「だから、声似過ぎ……もう」

 

 やれやれと言いながらも何だかんだで、朧は漣とデコレーションに入る事にした。

そしてそんな様子を見ていた曙は、負けていられないと制作中のチョコとにらめっこをする。デザインはどうしようか? 大きさは? なんだかんだ言って、彼女もみんなと一緒に何かを作る事を楽しんでいたのだ。そして、提督に対しても――作ったからには食べて欲しい。そう、無自覚ながら思っていた。

 

「皆上手いわね……あたしも負けていられないわ!」

「曙ちゃんも頑張って下さい。あまり難しく考えずに作ればいいんですよ」

「曙、こう言うのは直観だ。Не думайте, чувствуйте это.(考えるな、感じろ。)」

 

 ガッツポーズを作る曙を潮と響がエールを送った。それに応えるかのように、曙は新しくチョコを練っていく。

 と、キッチンのドアが開かれる。艦娘達がどこにもいない事を不審に思った提督が、甘い匂いに釣られて様子を見に来たのだ。

 

「おいお前達、朝から台所に籠って何をやってるんだ? 今日も早く訓練を――」

「覗くなっ、クソ提督!」

「おぶっ!?」

 

 予備で置いていたカラのボウルが、提督の顔面にクリティカルヒットした。そのまま提督は後ろに倒れ込む。

 フンと鼻を鳴らして再び作業へと戻ろうとする曙。

 

 

 

 

その時、突如鎮守府内に警報が鳴り響く。

 

「何!? 深海棲艦?」

「痛てて……警報!?」

 

 起き上がった提督はすぐさま司令室へと向かい、大淀から事の詳細を聴く。やがて提督がキッチンに戻って来る。

 

「皆、チョコ作りの最中悪いが、近海にて深海棲艦の水雷戦隊が出現と報告が入った。全員直ちに出撃してくれ」

「あぁもう、空気を読まない奴らね! クソ提督、出撃中にここ入ったら一生口聞いてやんないから!」

「ここは私がちゃんと死守しておいてあげるから、頑張ってきなさい」

 

 枕崎に後押しされ、曙達は出撃していった。流石に敵を放置してまでチョコを作る訳にはいかない。すぐに蹴散らして、戻ってきてからまた作ればいいのだ。曙もそう理解して戦場へと向かって行った。

 

 

 

 

 近海での戦闘と言う事もあってか、曙達が帰還するのに三十分もかからなかった。戦いを終え、帰ってくる第七駆逐隊の面々……だが曙だけ、潮に抱えられながらボロボロになっての帰還だった。潮を庇い、大破したのだ。帰りを待っていた提督が、慌てて曙の元へと駆け寄る。

 

「大丈夫か曙!?」

「こんなの大破の内に入らないわ。さっさとチョコ作りに戻って……うっ」

「そんな体で何言ってるんだ! すぐに入渠しろ」

「でも……だって……」

 

 キッチンに目をやりながら入渠を渋る曙。最初は、提督の為のチョコ作りと言うものには全く乗り気ではなかった彼女も、やっていくにつれ作る事が楽しみになっていったのだ。だからこそ、最後までやり遂げたかった……自分の作ったチョコを、提督に食べてほしかったのだ。

 

「曙ちゃん……ごめんなさい」

「……いいわよ。別に潮が悪い訳じゃないわ。うん……」

 

 気まずい空気がその場に流れる。

 

「――よし。じゃあ曙には、一番大事な仕上げを頼もうかしら?」

「え……?」

 

 その空気を破ったのは、枕崎のそんな一言だった。「入渠した後、寝ながらでも出来る事よ」と、何やら意味深な事を言いながら一先ず曙を入居させる。

 風呂から出てきた曙に、枕崎は紙とペンを差し出す。一体何だと首をかしげる曙に対し、枕崎が言った。

 

「はい、提督へのメッセージ係お願いね」

 

 

 

 

 入渠用のベッドに横たわりながら、曙は顔を赤くして用紙と睨めっこする。なぜ自分が提督当てにメッセージを書かなければならないのか。正直、恥ずかしかった。

 

「何であたしが、クソ提督なんかに……」

 

 そうは言いながらも、真剣に用紙を見据え、曙は考える。バレンタインとは、女性が男性にチョコを送る日だ。だが、送るのはチョコだけじゃない。好意を持った、或いは何かしらの感謝をしている異性に、想いを伝えるための日でもあるのだ。

 好意と言うのは全力で否定する曙。だが、感謝は――。提督は、曙の為に色々と動いてくれた。時には、庇ってくれたりもした。曙は、いつぞやのお礼を結局言えていなかった事を思い出す。

 

「…………フン」

 

 鼻を鳴らして曙は、すらすらと用紙に文字を書き綴った。チョコ作りは最後の仕上げが潮任せになってしまったが、自分の想いはちゃんと伝えておこう。そう思いながら、曙は文を書き終えたのだった。

 

 

 

 

『いつもお疲れ様、このクソ提督                   ありがと』

 

 

 

 

 この後、全員を代表した曙が用紙と共にチョコセットを、顔を真っ赤にしながら提督へと渡す事となる。

 更にその一月後、提督はお返しを作るためにホワイトデーにて腕を振るうのだが……それらはまた、別のお話である。


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