とにかく明るいメディケーション   作:病気
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「まぁ、気にすることないわ。師匠も別に、あなたのことを怒ってるわけじゃないよ」

 

 薬売り先輩の部屋はなんだか薬っぽい臭いがして、羽毛の布団が床とかベッドとかでぐちゃぐちゃになってる。布団も、汚れてはいないんだけど、なんだかやけにつるつるしてるというか、さらさらしてるというか。

 薬売り先輩は鬱ではない、別の病気だって聞いた。だから普段の、お調子者で、元気な先輩はときどき何処かへ隠れちゃうことがあって。その、隠れる先がこの部屋なんだけど。先輩がこの部屋に入るとみんな先輩に対して露骨に優しくなるから、隠れるっていうのはちょっと違うのかも。

 隣り合ってベッドに腰を掛けてる先輩は、かるく膝を抱えて、なにか上の方を向いている。上の方を向いているのに、どこかうつむいているように見えるのは、先輩の病気のせいなのかな。

 いつもならこういうこと、聞いちゃいけないような気がして、あんまり聞けないんだけど。でも、今日はいいかな。落ち込んでるし、布団はさらさらしてて、ベッドはふわふわしてるから。

 

「ねえせんぱい。病気ってさ、病気って。……どうして、病気にかかっちゃうの?」

 

「どうして、って。うーん、どうしてかぁ。いろいろ、あるんだけどね。でもきっと、あなたには、メディスンにはまだわからないと思うなぁ」

 

「まだって? どうしてまだなの! 私が子供だからって!」

 

 私、すこし大きな声出しちゃったのに、薬売り先輩はあんまり気に留めない様子で小さい鉄のプレート何枚かを握り込んで、かちゃかちゃやってる。次の言葉を考えてくれてるんだろうけど、なんだかそっぽ向かれてるみたいで、ちょっと嫌。

 

「うーん、そうだなあ。じゃあ、春。春ってあるでしょう? メディスンは、春ってなんだと思う?」

 

 う。でた、意味深な質問。どうして大人ってこういう話し方するのかなあ!

 

「春って、春でしょ? 桜の季節。春は春よ」

 

「そうね。でも、実は泉かもしれないし、バネかもしれないわよ。じゃあ次ね。次は秋、秋はなんだと思う?」

 

 ま、まだ続く! もう、どうしてみんな、こんな回りくどい言い方するの! 言いたいことがあったらそのまま言ってくれればいいのに! わ、わかってるわよスーさん。ここで怒っちゃったら、余計子供っぽいわよね。でも、秋ってなに? 秋は秋じゃないの?

 

「あ、秋は、えっと、その。……落ち葉?」

 

「惜しいね。まぁ、惜しいも何もないんだけど。秋はね、落下かもしれないのよ」

 

 い、いみわかんない。先輩の病気って、こういう意味わかんないこと言っちゃうようになる病気なのかな。それとも、やっぱり子供だからって、からかわれてるの? なんにせよ、ちょっとかなしい。

 

「何が何だかわかんない、って顔をしてるね。つまりそういうことなのよ。治療は塩漬けかもしれないし、川岸は銀行かもしれない。今はまだわからないかもしれないけど、いずれ世界は大きな地雷になって、決まりごとも支配に変わるわ。自由だって無しになって、解決策は異物の混ざった水になる。興味はツケになって膨らんでいくし、涙は裂けるわ衣類は擦り切れるわでもう大変なの。だって嫌でしょ? 革命が実は公転で、一周りして戻ることを指す、なんて言われたら」

 

 こ、こわい!

 

「な、なんなの! 私のわかんないことばっかり言って、からかってるんでしょ! いくらなんでもひどいわ、私、先輩がそんなひとだって思わなかった!」

 

「ごめんね」

 

「え、え? なに、なんなのよぅ……」

 

 こんな、急に抱きしめるなんて、スーさん、私こわいわ。ちょっとだけ、ギュってしていい? う、うんごめんね。苦しかったら言ってね。

 

「つまりね。大人になっていくにつれて、そういう受け入れ難いことがいっぱい出てくるの。受け入れたくなくてもさ、受け入れなきゃいけないぐらい、時間っていうのは残酷に皺を刻んでいくの。でもだからって、焦って背伸びをしたり、一口に飲み込もうとしたりするとね、病気になっちゃうのよ」

 

 あ、ああ。私の質問に答えてくれてるのね。答えになってるような、よくわからないような。とりあえず真剣に話してくれてるのはわかるんだけど、でも、抱きしめる必要はあるの! こんな、頭を撫でる必要はあるの!

 

「く、薬売り先輩は、な、なんの病気なの……?」

 

「わたし? わたしは病気じゃないよ。ただちょっと、甘えてるだけ」

 

 先輩は私の肩に手を置いて、ふと笑う。照れてるんだか、悲しんでるんだかわかりにくい笑顔。

 ねぇスーさん。私思ったんだけど、先輩って普段結構お調子者よね。このすこし、いや、すっごくキザな振る舞いはもしかすると、病気とかじゃなくて、先輩の素なのかも。

 あっ、無理だわ。納得しようとしたけど、やっぱり無理!

 

「だからさメディスン。そんなに焦らなくたっていいのよ。あなたに対する大人達の振る舞いが気に入らないなら気に入らないままでいいし、許せないものは許せないままでもいいの」

 

「な、なんのはなしですか」

 

 ああ、思わず敬語になっちゃったじゃない! な、なにが言いたいのかさっぱりだわ!

 

「気にしてるみたいだったから」

 

「え」

 

「子供、って」

 

「あ、あー……」

 

「気にすることないし、焦ることだってな――」

 

 そのとき、部屋にノックの音が響いた。コンコン、って、二回。そしたら先輩はすごい速さで私を背中の方へ隠して、ドアの方へ指で銃をつくって構えたの。

 

「――誰!」

 

「私よ優曇華。ちゃんと貴女に言われたとおりにノックしてるのに、いい加減慣れて欲しいわね」

 

「あっ、師匠。これは、どうもとんだ失礼を……」

 

「今日の分の薬は飲んだ?」

 

「いえ、まだ。……でも、もう薬はいいかなって。だいぶ楽になりましたし、明日からでも働けます」

 

「こら。焦ることないって、いつも言ってるじゃない。少しずつでいいの。少しずつ、減らしていけばいいのよ」

 

「だ、だけど」

 

「だけどじゃないわ。仕事なら大丈夫よ。頼りになる薬売りさんもいることだしね。ほらメディスン、ちょっと来なさい。話があるの」

 

「は、はい」

 

「じゃあ優曇華、ちゃんと薬飲みなさいね。しばらくは私が薬の量を決めるけど、そのうち減らしても大丈夫か聞くから、それまではちゃんと飲むこと。わかった?」

 

「は、はい……」

 

「焦らなくていいの。少しずつ、少しずつね。さ、メディスン。行きましょうか」

 

「は、はい!」

 

 やっと先輩の部屋から解放されたわ。こ、こわかったわね。なんか、いろいろと。

 でも、薬売り先輩の台詞。あれってもしかして、先輩がいつも先生に言われてることなのかも。先輩ってば今まさに、似たようなことを言われてたわ。

 ふふ。そう思うとなんだか可笑しい。やっぱり、先輩はお調子者の先輩ね。

 あれ、でも。先生の言ってた「頼りになる薬売りさん」って、誰のことかしらね、スーさん。え、私! 嘘よ、だって、私今日おじさんのことで……あ! わかっちゃった、私。

 頼りになる、って、あれね。そうに違いないわ。

 それってきっと、大人が使う皮肉ってやつだわ!

 ああどうしようスーさん。やっぱりおじさんになにかあったんだわ。そして、私はこれから叱られるのね。おじさんの容態次第では、それだけじゃ済まないかも……。

 おじさん、大丈夫なのかな。死んじゃったり、してないわよね。ああ、先生のお話、聞きたくないよぅ。

 

 あーもう! 先輩の部屋を出たっていうのに、結局こわいまんまじゃない!







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