ガールズバンドの六人目(シックスマン) 作:YEBIS_nora
CiRCLEのライブが近付く中。
その日は蓮華からすると、朝っぱらからの急展開であった。
というのも。
「……一時期は屋上のヌシやってたけど、始業前に来たことは___まして誰かに引っ張られて来たことは流石になかったぜ?」
「あはは~、いやゴメンね?何も言わずに引っ張り出しちゃってさ」
未だ自分の手首を握る少女__今井リサに、突然教室から引っ張られてきたのである。
「それでどしたん?屋上でのサボり方なら手取り足取り喜んで教えるぞ!」
「…みっちり生徒指導受けたって聞いたんだけど、まだ懲りてないんだ蓮華……そうじゃなくてさ、ちょっと聞きたいことがあるんだよ」
握っていた手を離しながら、リサは続ける。
「__最近CiRCLEでさ、友希那に何かあった?」
「……っ」
蓮華は一瞬目を見開く。
その理由は2つ。
声音優しく放たれたその言葉には、どこか確信めいた力強さが宿っていたから。
そして。
「………湊のやつ、そんな様子おかしかったか?」
蓮華には、ここ最近の友希那からそんな違和感は感じ取れなかったからだ。
「…その反応からして、心当たりはないって感じだね~」
困ったようにリサは苦笑いを浮かべ、その場に腰を下ろす。
「マジなのか?俺にはいつも通りに見えるし、大和だって湊の様子が変だー、なんて言ったこともねーぞ?」
そう言ってリサの隣に腰を下ろした所で、蓮華は「あっ」と声を上げる。
「もしかして偶にある熟考モードのこと言ってんのか?声掛けても反応遅れたりするヤツ」
熟考モードというのは、偶に友希那が考え事に没頭してしまう状態のことである。
もう慣れてきていた__というより、ぶっちゃけ蓮華も麻弥も偶にそうなるので、『様子が変』というカテゴリーには入れていなかったのだが……。
「ああ、違う違う。そんな
「……おっと?」
リサの言葉に引っ掛かりを覚える蓮華に、リサは頬を指で掻きながら続ける。
「もう知ってるかもしれないけどさ、あれでも友希那ってかなり素直なんだよ?表情にはあんまり出ないけど、何かあると動きとか雰囲気にすぐ出てくるから」
言われて蓮華は、友希那が初めてモミジと触れ合った時のことを思い出した。
「(確かにアイツ、面白い位に分かりやすいっちゃ分かりやす………?)」
そこでだ。
更なる疑問が生じてしまう。
「なあ、今井」
「なに?」
「今井の言ってることが正しいとするなら、湊は何か思い悩んでいるけどそれを隠そうとしてるってことになるよな?」
「そうそう!アタシが言いたかったのはそういう事だよ」
それでね、と話を進めようとするリサに、蓮華は手を挙げて「待った」を示す。
「……えっ、なにお前まさか分かるの?」
「ん?何が?」
キョトンとするリサに、蓮華は一拍置いて続ける。
「_一見普通に見える湊が、
「?_うん、分かるよ?」
即答であった。
「マジっすか…」
蓮華は壁に寄りかかりながら空を仰ぐ。
五感を通して、人は相手の感情の機微を感じ取ることができる。
表情、声音、息の荒らさや歩き方などの些細な変化で、相手が怒っているのか機嫌が良いのか__大変なことでもあったのかと想像できるのだ。
そしてその感度と精度は、相手に対する興味関心と、相手と過ごした時間の長さで更に高くなっていく。
かつて、青葉モカはそれを『幼馴染パワー』と称していたか。
「…きっと友希那は、相当行き詰まってるんだと思う」
少女の瞼の裏には、蓮華には見えなかったモノが見えているのだろう。
「難しいかもしれないけど……お願い、蓮華」
隣に身体を向け、リサは告げる。
「友希那の力になってあげて欲しい__友希那の悩みを、一緒に解決してあげて欲しい」
「………」
蓮華を見つめるその瞳は。
友希那を心配する思い……だけじゃなく、様々な思いがグルグルと渦巻くように揺らいでいた。
5秒程経っただろうか。
静寂を破ったのは、「ふぅ…」と息をつく蓮華の方だった。
「__ここで笑顔でサムズアップして、『任せろ!』って頷けたら格好よかったんだろうな~…」
頭を掻きながら、蓮華は苦笑いを浮かべる。
「……いや、ゴメンね?イエスかノーでハッキリ答えにくいことをお願いしてる自覚はあるんだよ」
伏し目がちになったリサも、分かってはいたようだった。
__不確定なことが多すぎると。
「幼馴染の観察眼ってのは、この前他のヤツのを目の当たりにしたことがあるからな。湊がなんか悩んでるってことは信じるぜ?」
問題はその先。
「友希那がそれを隠そうとしているってことは、『力になりたい』って言っても話してくれるかは分からない。仮に話してくれたとしても、ホントに力になれるかは保証できない……そういう事だよね?」
「ん~……それもあるっちゃあるけどさ、気になるのは別」
頭の後ろで手を組んでプラプラと前後に揺れながら、蓮華はリサを見やる。
「__俺なんかよりよっぽど湊のことが分かるのに、どうしてあんな頼み方したのかな~って」
「……っ」
そう。
リサは先程、蓮華にこうお願いしたのだ。
友希那の力になってあげて欲しい。
友希那の悩みを、一緒に解決してあげて欲しいと。
もし先程の言葉が、「友希那の力になりたいから、自分に協力して欲しい」とかならまだ分かる。
だがあの言葉には一切、今井リサの存在が無かったのだ。
「…そっ………それはほらっ!蓮華達3人ってよく一緒に晩御飯食べる位仲良しじゃん?幼馴染のアタシには話にくいことかもしれないし、ね?」
「ふんふん………それで?」
「えっと……あとほら!友希那の悩み事って、十中八九音楽のことだし!アタシなんかより蓮華や麻弥の方が絶対力になれると思…う………から……」
泳ぎまくるリサの目が、蓮華の目と合ったのはその時だった。
「ふむふむ…」
いつもの調子で相槌を打ちながらも、その瞳はどこまでも真っ直ぐに。
まるで会話をしながら、相手の奥を更に覗き込もうとしているのかのように。
……それが『都築』の人間に共通して備わっていることを、今井リサは知る由もないだろうが。
「…………たは~…」
リサはどこか観念したかのように息をつき、目を閉じて項垂れる。
もちろん先程挙げた理由だって嘘ではない。
だがそれが全てではないことも、蓮華はおおよそ察しているのだろう。
そして………そんな予感を裏付けるかのように、蓮華の一言がリサの耳に突き刺さる。
「__本当にそれだけ?」
---------------
程なくしてだ。
「……………アタシには、見守ることしかできないからさ…」
ポツリと。
言葉を零したリサは、ゆっくりと顔を上げる。
「…っ………今井、お前…」
蓮華の目に映ったのは。
どこか困ったような……哀しげな笑みを浮かべる少女の姿だった。
「大事な時に、友希那の傍にいてあげられなかったアタシには____」
______
____
__
今井リサが音楽に触れたのは、湊友希那がきっかけだった。
明るく、楽しそうに目一杯歌う彼女と一緒に音楽をしたい。
そんな思いで幼少のリサが選んだのは、ミニベースだった。
友希那の父に教えて貰いながら熱心に練習したことを、リサは今でも覚えている。
友希那の父がギター、友希那がボーカル、リサがベースの3人バンド。
『__っ!ゆきなちゃんゆきなちゃん!いまのなんか…こう………すごかった!!』
『ええ、なんかすごかった!!』
リサと友希那の成長に応じてどんどん合っていく音を楽しみながら、2人は幼少時代を過ごしていった。
---------------
音楽が身近にある環境で育った影響か。
はたまた___ベースの上達に伸び悩み始めたからか。
リサは次第に、ダンスに興味を持つようになる。
ちょっとした気分転換で始めたダンスだったが、楽器を演奏するのとはまた違う、音に合わせて身体で表現する楽しさにどんどん惹かれていったのだ。
あれだけ熱心に練習していたベースを弾く頻度が、日に日に少なくなっていく位に。
………他の事が、大して目に映らなくなるくらいに。
3人でセッションする機会が、次第に減ってきていることも。
『それでさそれでさ、今練習してるトコがビシッ!て決まるとすっごいカッコよくてさ!』
『…………ええ』
『…?……友希那?』
『……どうしたの?』
『ん~…………ううん、なんでもない☆それで続きなんだけど___』
一見いつも通りに見える友希那に、なんとなく違和感を覚えたことも……。
そして。
『………………友希那のお父さんのバンドが……解散…………?』
リサが全てを知った時には、もう何もかも手遅れだった。
最大の原因となったFWFの映像を見た時は、嫌な汗が止まらなかったのを今でも覚えている。
慌てて家を飛び出し、リサは友希那を探し奔走した。
家も、学校も、楽器屋も全部まわって____
『………………………友希那…』
友希那がいたのは、公園だった。
3人で初めてセッションした、思い出の公園に。
『________~~~♪』
『…………っ!!?』
その時の友希那の歌を、リサは一生忘れないだろう。
『~~♪』
響き渡るは、以前よりも遥かに綺麗な声。
リサの知らぬ間に、友希那の歌は以前と比べ物にならないレベルまで成長していた。
…だけど。
『(…………どうして、友希那……?)』
__リサにとっては、底冷えするような冷たい歌に聴こえてしまうのだ。
そう思わせる理由はただ一つ。
『(どうして___笑ってないの……?)』
確かに湊友希那は、感情が表情に表れにくい。
どちらかというと、動きとか雰囲気に出るタイプではあった。
……それでも、歌ってる時だけは。
彼女は心から楽しそうに、明るい笑顔を咲かせていたのだ。
....だが今はどうだ?
目の前で歌う彼女に、『笑顔』なんて要素は欠片も存在しなかった。
昔の友希那を知る者にとって、笑顔で歌わない友希那というのが一体どれだけ異質で___衝撃的なものか。
『~~♪__………』
『…………友希那…』
息一つ乱さず歌い終え、友希那はリサの方へ歩みを進める。
……その際、目が合うことは1度もなく。
『__私は、頂点を獲るわ』
リサの横を通り過ぎた所で友希那は一言、決意を伝えた。
『頂点に立って、証明してみせる。私とお父さんの音楽は___勝手に歪められていいものではないと……っ!』
頭では分かっているのだ。
ダンスに熱中していたことが悪いなんて思えないし、思わない。
あの時リサがどうしようと、友希那の父が音楽を辞めてしまうのは避けられないことだったと。
……だけど思ってしまう。
あの時もし、友希那への違和感を覚えた時にちゃんと踏み込んで、何があったか聞いてさえいれば……少なくとも友希那の『歌』と『笑顔』がバラバラになることは無かったんじゃないかと。
もしかしたら自分は、もう二度と来ないような____大切なチャンスを逃してしまったのではないかと。
...支える資格を、失ってしまったのではないかと________
__
____
______
____大事な時に、友希那の傍にいてあげられなかったアタシには。
「………」
「………………」
その言葉以降、蓮華とリサの間で言葉は交わされていなかった。
「(……やり過ぎちまったかな?)」
友希那のことをお願いするリサがなんとなく
頭を掻きながら、蓮華は隣で膝を抱える少女を見やる。
「……………」
リサの目線は、正面真っ直ぐ。
遠くを見ているようで、その実意識は己の内側に向いているのだろう。
彼女が今、どんな記憶を見ているのかは分からない。
彼女と友希那に昔何があったのか、蓮華には全然分からない。
だがあの時、哀しげな笑顔を浮かべたリサから垣間見えたものならある。
「(……動けなくなってるんだよな、今井は)」
リサの行動を縛り付けているモノ。
それは絡まった思考の糸なんてものじゃない。
垣間見えたのは、まるで硬くて重い___思考の鎖。
彼女はきっと、その『大事な時』とやらからずっと思い悩んできたのだろう。
「(言葉で励ます?………いや、違うな)」
蓮華は再考する。
今の蓮華はどこまでいっても、具体的な事情を全く知らない外野の外野なのだ。
そんな蓮華の薄っぺらな励ましの言葉を伝えたって良くも悪くもならないだろう。
「………すぅ________」
十分に酸素を取り込み、蓮華は思考を巡らせる。
__もっと、今までのリサには無かったアクションを。
ガチガチに縛りつけられ、思考の停滞に陥る彼女の心を少しでも揺さぶれるような、そんなアクションを!
「__ちょっと失礼」
____パァン!!!
「うわっ!?…えっ?なになにどうしたの蓮華!?」
目の前で思いっきり手を叩かれ、リサの意識が表に帰ってくる。
「まあまあまあ、とりあえず手ぇ出して?な?」
いつものニヤけ面で催促する蓮華に首を傾げつつも、リサは右手を開く。
「ほい、じゃあコイツをプレゼント!」
ギュッと。
蓮華の両手に包まれながら渡されたのは____
「……これ、チケット?」
「YES!CiRCLEのライブチケットだ!プレゼントだからお代は結構だぜ?」
ニヒヒッと蓮華が笑った所で、校舎に予鈴が響き渡る。
「__湊の件、やれるだけのことはやってみるからさ、今度のライブ来てくれよ」
立ち上がった蓮華は、そう言ってドアノブに手をかける。
「もう長いこと湊の歌聴いてないんだろ?だったらもういっぺんさ、アイツの声を__歌を感じてみようぜ?」
ホームルーム遅れんなよ~、と言葉を残し、蓮華は階段を下っていった。
「……………」
残されたリサは、まだ立ち上がる気にはなれなかった。
蓮華には相当気まずい思いをさせてしまったな、と内省しつつ、受け取ったチケットをぼんやりと眺める。
「…………もういっぺん、か…」
結局のところ。
リサが屋上の階段を駆け下りたのは、本鈴が鳴り響いた後だった。
引き続き頑張ります!