東京喰種:re cinderella 作:瀬本製作所 小説部
あたしは悪いことをしてしまう
酷く言ってしまうけど、それはどちらかを切り捨てなければならないことだ
文香Side
彼に出会えて喜びに包まれた、私。
佐々木さんは私の前に現れ挨拶をすると、すぐに私が座るベンチに座りました。
彼とはまるで何年ぶりかに会うような感覚をするほど久しぶりで、長く会わなかったことで彼の容姿に変化がありました。
「以前より髪が黒くなりましたね」
「ええ、皆さんによく言われます」
佐々木さんはそう言うと少々照れた様子で微笑みました。
佐々木さんの髪は以前までは上から黒と白で分かれており色の割合は半々でしたが、今の彼は黒が多く占めていて、まるで彼と最初に出会った頃を思い出します。
彼が私と最初に出会ったのは私のおじがやっていた古書店でした。あの時の出会いは今でも私の記憶に残っています。あれは運命の出会いと言い切れる出来事だから。
「仕事の都合でしばらく文香さんに会えなくて申し訳ありません...」
「えっ?い、いえ...お仕事なら仕方ありません。喰種捜査官は普通のお仕事より大変だと耳にしていますので私は大丈夫ですよ」
私はそう言うと隣に座る佐々木さんに少し近づきました。
私は彼の隣にいるだけでも幸せ。
小さいことだろうけど、私はそれだけでも幸せだ。
きっとあの女は近くにいられる幸せを当たり前だと考え、既に幸せの感覚を忘れ去ってしまっているだろう。
私があの女の哀れな思考を考えていたら、さらに彼の隣にいられることが幸せに感じられる。
「えっ?どうしたんですか、文香さん?」
「...あっ」
私は佐々木さんの驚いた言葉に自分が夢中になり過ぎたことに目を覚ましました。
急に近づかれたら驚かれるのに、私は彼の横にいるという状況に我を忘れてしまいました。
せっかく会えた佐々木さんに嫌われないよう、疑われない嘘を考えなければなりません。
「すみません...しばらく佐々木さんとお会いしていなかったので...その...嫌でしょうか?」
普通ならば間違いなく疑われる口実。
しかしその時の私は数十秒と言う短い時間の中で彼に嫌われないよう必死に考え出した答えだ。
その時の私は心の奥底で嫌われるのではないかという恐怖を抱えていました。
「い、嫌と言うか...急に近づくと驚くので...」
しかし彼は嫌がる様子を私に見せる事なく、驚きのあまり言葉を探していました。彼の様子を見る限り、私を嫌う様子はありませんでした。私は戸惑う彼に「このままでここにいてよろしいでしょうか?」と聞くと、彼はしばらく考えた末に「文香さんがお望みならいいですよ」とまだ残っていた戸惑った様子で承諾してくださいました。
まさに嬉しい誤算が今、ここで起きたのでした。
いつもより彼の近くにいられることに私は彼に気づかれないよう、嬉しさを心の内に留まらせました。
「今は周りに人はいないので大丈夫ですが、もし誰かが現れたら離れて頂けられたらありがたいです」
「ええ、わかりました」
彼の言葉を耳にした私はその時が来ないよう密かに願っていました。この祝福の時を壊しに来る人が現れることのないようにと。
「あの...佐々木さん」
「ん?」
「聞きたいことがあるんですが...」
私は最初に佐々木に聞きたいことがありました。それは記憶を失っている彼を思い出させるための手順の一つです。佐々木さんと出会って2年ほど経過した今、なぜ今まで聞かなかったのだろうと疑問に感じてしまうほどの質問です。
「佐々木さんはもしかして...高槻作品をお好きではないでしょうか?」
かつて彼が好きだった書籍。彼は私に高槻作品を勧めた記憶が今でもはっきりと思い出します。
もしかしたら佐々木さんも彼と同じく高槻作品が好きであるに違いない。
その時の私は彼が思い出すと確信を持っていました。
しかし佐々木さんは私が予測した反応を示しませんでした。
「あ...高槻作品ですか...」
佐々木さんは高槻作品を聞いた瞬間、高槻作品に興味を抱いた様子と何かを思い出した様子を示さず、避けたがるような反応をしました。
「…あれ?佐々木さんはお好きではないのでしょうか?」
「あ、いえ...多少は高槻作品を読むますが...何というか...苦手というか...」
佐々木さんの姿はまるで彼と初めて出会った時の私を見ているようでした。高槻作品の特徴である『暗い表現』に嫌気を覚えていた私を思い出させるように。私は彼の言葉に高槻作品は自分にとって苦手な作品だと思い出したのです。これも彼に夢中のあまりに忘れたことでした。
「そ、そうなんですね…あ...えっと...」
私は佐々木さんの予想を反した反応に次の言葉が出ませんでした。予定ではこのまま意気投合をして会話を広げさせるつもりだったのですが、佐々木さんの苦手そうな発言に一気に計画が崩れてしまいました。私は新しい話題を口から出そうとしたその時でした。
「ーーーあの文香さん」
「...はい?」
「申し訳ないんですが..この後、急用ができてしまったので長くいられないんです…」
「えっ急用ですか...?」
彼のその言葉に先ほど私の頭にあった嬉しさが一瞬にして忘れられたかのように消えてしまった。
その同時に私の頭の中に真っ先に浮かび上がったのは、あの女だった。
まさか彼はあの女に出会うつもりではないか?
あの女は私が彼と会うことを狙って設定したんじゃないか?
いやいや、そんなことないはず。
なんで無意識に考えてしまうんだろうか、私。
「そ、それって…誰かにお会いするんですか?」
私は心の中で生まれる妬みを押さえながら、佐々木さんに恐る恐る理由を聞いた。彼を疑ってはいけない。彼は私を裏切るような人じゃない。私は心の中で反芻していました。
「いえ、CCGアカデミーで指導するんですよ」
「指導ですか?」
「はい。将来喰種捜査官になる子達に指導を急遽やることになってしまいまして...本当にすみません」
「あ...い、いえ、だ、大丈夫です...」
佐々木さんの理由を耳にすることができた私は安心を得ました。あの女と出会うのではなく、仕事の都合であったことに。しかし完全に安心をしたわけではありません。次はいつ佐々木さんと会えるのかわかりません。もしかすると数ヶ月先なのか、それとも年明けの話のなるのか。そう考えていた私ですが、佐々木さんの口から思わぬ発言が出ました。
「お詫びというのもあれですが、来週ぐらいにもう一度お会いするという形でよろしいでしょうか?」
「え…?来週ですか…?」
佐々木さんの口から出た思わぬ幸運。
「はい。今日は予定より短くなるのは必須なので、今度は長く話しませんか?」
「...ええ、いいですよ」
私は何も不満を言うことなく、佐々木さんの提案に受け入れました。
私は彼の言葉に確信を得ました。
私はまだ彼に見捨てられていない。
彼はまだ私を好きに思っている。
志希Side
346プロの真上にお天道様がある、お昼頃。
あたしはやるべき仕事が終わり、自分が所属している部屋に置いてあるソファーにぐうたらと寝そべっていた。
(帰ったら、なにしよう?)
あたしが事務所でやるべきことはプロデューサーの帰りを待つだけで、それは数十分あれば終わる。そしてまっすぐと家に帰ればいい。だがそれじゃ味気のない帰りをすることになる。事務所で何かやりたい気持ちはあるのだけど、行動を起こしてくれる起爆剤が見つからない。あたしはソファーで寝転びながら考えていたら、あたしが願っていたことが実現するように部屋のドアが開いた。
「あ!志希さん!」
「おっ、ちょうどいいところにきたね♪卯月ちゃん♪」
部屋にやってきたのはあたしの愛しい妹である卯月ちゃんだ。もちろん血縁関係で妹とは言ってなくて、妹のような存在という感じで言っているだけだ。とりあえず妹の話を置いといて、部屋にやってきた卯月ちゃんの様子はあたしに何か聞きたそうな様子だった。
「ちょっと相談したいんですが...」
「相談?みんなに言えないことかなー?」
あたしは言いづらそうにしていた卯月ちゃんを見るなりソファーから立ち上がり、卯月ちゃんに堂々と近づいた。
「なになに?どんなことを相談したいの?」
「えっと...」
卯月ちゃんから相談内容を聞くまでのあたしはとてもウキウキとしていた。なぜって暇だったあたしの前に卯月ちゃんが現れてくれたからね。
相談内容を聞くまではね。
「こ、今度、佐々木さんとお食事しようかなっと」
「あー...そうなんだ」
卯月ちゃんの相談内容を聞いたあたしは、思わず言葉を詰まらせてしまった。
その理由なんだけど、もちろんササハイさんがただの人間ではないことが挙げられるけど、それ以上に問題なことがあたし自身にあった。
また文香ちゃんに嫌われる原因を作ってしまう、あたし。
あたしは文香ちゃんも卯月ちゃんも大切な人だ。
だけど一方を優しくしてしまうと、もう片方に悪い印象を与えてしまう。
あたしは今、その行動を起こそうとしてしまう。
避けたくても、避けられない。
人間関係って、ほんと難しい。
これだから、イヤなんだよ。