ハリー・ポッター 転生者や成り代わりたちの乱舞   作:詠月
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 第11話です。原作キャラが一人性転換しています。(だけど、まだ澪菜はそれに気づいていません)


第11話 出発

 澪菜は二人が去っていった方向を見つめながら、乱れてしまった髪の毛に手をやる。

 

 正直に言うと、トイレを吹っ飛ばすという魔法が気になって仕方が無い。そういった魔法を覚えて、一度でいいから六条にかけてみたいな。

 とりあえず、列車に乗り込むと、先ほど双子に持ち上げてもらった荷物のそばにつく。次は空いているコンパートメント探しだ。どこもかしこも生徒が出入りしていて、無人のコンパートメントはなさそうに見える。

 

 どうしようもない状況ならともかく、自分から友達になってくれと頼みに行くのは怖かった。同じ魔法使いの友達はほしいけれど、先ほどの双子のように、自分が知らない単語を連発されても困る。もし友達ができるのなら、自分のような、つい最近までこの世界のことを知らなかった子がいい……。

 そういえば、今の私と一番状況が近いのは、ハリーじゃないか。ハリーも、つい最近までこの世界のことを知らなかったという。だとすると、魔法界についての知識は私と同じくらい……?

 考え込み、途方に暮れていると、背後から自分の名が聞こえた。

「もしかして君、レイナ?」

 

 ビクッとして、澪菜は思わず声を上げた。

 こんな外国で私の名前を知っているのは誰だ!?

 恐る恐る振り返ると、見覚えのある少年だった。

「うわっ、ネビル君!」

 マダム・マルキンの店で知り合った、ネビル・ロングボトムだ。

 ネビルは澪菜の反応に、反対にぎょっとしたようだ。

「ちょっとー。“うわっ”って、まるでお化けを見たみたいじゃないか。僕だよ。ネビル・ロングボトム。忘れちゃった?」

 相変わらず、緊張を解いてくれるような、のんびりとした雰囲気だ。

 澪菜は、申し訳なさそうに苦笑いした。

 

「忘れてたら、名前も忘れてるよ。覚えてるよ、もちろんね!」

「よかったぁ。僕、そんなに影が薄いのかと思っちゃったよ」

 ネビルは言い、両手を澪菜の前に突き出した。

 何かと思って見てみると、茶色いヒキガエルがネビルの手のひらに乗っていた。今にも逃げ出したくてたまらないというように、ヒキガエルは、手足をばたつかせている。

「これ、僕のペットのヒキガエル。トレバーって言うんだ」

「……一瞬、あの虫に見えたんですけど……」

「あの虫?」

「ううん。なんでもない」

 

「おーいネビル!! そんな所で何してるんだよ! 早く来いって!」

 不意に、向こうのコンパートメントから大声が聞こえた。

 あちゃー、とネビルが苦笑を浮かべる。

 言われてみれば、通行の邪魔になるところで会話をしていたものだ。

「あー、ごめんね。僕もう行かなきゃ」

「うん。話せてよかった。ホグワーツで会おうね!」

 澪菜がにっこりと笑うと、ネビルも頷き、走り去っていった。

 やはり、一度知り合った子に出会うと、少なくとも一人は知り合いがいるのだと、安心することができる。これから、まったく未知の世界へ行くのだから。先ほどまでの不安な気持ちが、ネビルのおかげで和らいだ気がした。

 

「って……しまった!!」

 とたん、澪菜は今の自分の状況を思い出した。

 今、自分は、空いているコンパートメントを探さなければならないのだ。

 せっかくネビルに会えたというのに、どうして一緒にコンパートメントに座ってほしいと言わなかったのだろう! たった一人の知り合いに!

 知り合いといえば、先ほど九と四分の三番線を一緒に探したハリーも顔と名前は知っているが、ネビルほどではない。荷物を持ち上げるのを協力してくれた双子の男の子たちは、自分が魔法界のノリについていけないせいか、なんとなく怖いし……。

 

 車掌の合図の笛がピーッと鳴った。

 駅のホームで家族と別れの挨拶をしていた生徒たちが、笛の音を合図に、次々と汽車に乗り込んでくる。そのほとんどが手ぶらなところを見ると、すでにコンパートメントの場所取りは済んでおり、荷物も積まれているに違いない。

 

 こうなったら、すぐにでもコンパートメントを探さなければ。

 

 トランクを持って歩き出すと、大きく汽笛が鳴り響いた。直後、汽車が動き出して列車が大きく揺れ、澪菜は危うく転びそうになる。

 コンパートメントを探して少しずつ歩きながら、列車の中の生徒たちも、ホームに残った家族たちも、互いに別れを惜しんでいる光景ばかりが見て取れた。

 そうか……大切な家族がいれば、次に会えるのが一年後となれば、悲しいに決まっているのだろう。見送りしてくれる家族がいることが少しだけ羨ましい気持ちを、飲み込んで抑える。

 それよりも澪菜の場合、これから送るホグワーツでの日々への期待の方が大きかった。まったく予想もつかない生活だが、夢にまで見た魔法がある世界だ。きっと楽しいに決まっている。

 

 それにしても、どこもかしこもコンパートメントは生徒で埋まっている。空っぽのところなど、一つもなかった。

 こうなったら! と、澪菜は自分を奮い立たせた。空っぽのところがないのなら、一人でいる子のところにお邪魔するしかない。できれば女の子。それでもダメなら、ネビルだ。

 いよいよ汽車は速度を上げ始めている。早いところ座らなければ。

 的を絞ってコンパートメントを探していると、あの双子の兄弟と思しき赤毛の子が、自分と同じように荷物をもってこちらに向かって歩いてきた。どうやら自分と同じように空いているコンパートメントを探していたようだ。自分から話しかけるのは緊張したが、割とすぐに打ち解け、一緒にお邪魔できそうなコンパートメントを探すことになった。

 一緒に探していると、すぐにお目当てのコンパートメントが見つかった。女の子が一人で座っている。

 

 ――よし。

 

 澪菜は深呼吸をして、そっとコンパートメントを覗いた。

 中にいる栗色の髪をふさふささせた女の子は、なにやら独り言をつぶやきながら本に夢中になっているようだった。あの本は、教科書だろうか。もうホグワーツのローブに着替えているが、ローブが新品に見えるから、おそらく、自分たちと同じ一年生だろう。

 

 ――よし。……よし!

 

 心の中で自分に掛け声を掛けたが、言葉が出てこない。

 戸に手をかけ、なんと言おうか、口をもごもごさせていると、女の子の方が顔を上げてこちらを見た。

「何か用かしら?」

 

 澪菜はぎくりとした。何も言わずにコンパートメントを覗き見していたのだから、おかしな子だと思われたに違いない。

 澪菜たちが弁解をする前に、女の子は澪菜たちをしげしげと見つめるなり、口を開く。

「さっきからなんとなく視線を感じていたのよね。私に用があるなら、ちゃんと口に出して言ってもらわないとわからないわ。申し訳ないけど、私はまだ、自分の口を使わずに相手に気持ちを伝える魔法なんかは知らないし」

「相手に気持ちを伝える魔法? そんな魔法があるの?」

「そんな魔法、あたし魔法界で生まれ育ったけど聞いたこと無いよ」

 

 威張っているかのような話し方に最初は押されていた澪菜たちだったが、「相手に気持ちを伝える魔法」という部分だけはしっかりと聞き逃さなかった。そんな魔法があるのなら、使ってみたい! 

 澪菜の質問に、女の子はつんとして澪菜たちから目をそらした。

「……知らないわ。この世界にならありそうって思ったのよ。まだ……魔法について詳しく知らないから、想像だけど」

 

 自分に知らないことがあるということを、恥らっているかのように、女の子は声を低くする。

 もしかして、この子も私と同じ、つい最近まで魔法を知らなかったんじゃ……。

 ――だとすれば、きっと仲良くなれる。

 

 澪菜が話を切り出そうとすると、女の子が言った。 

「あなたたちの方が、そういうことについては詳しそうだわ。でも私だって勉強し……」

「詳しくない詳しくない」

 とんでもない誤解をされると思い、澪菜はとっさに口を挟む。隣にいた彼女も、澪菜と同じ思いだったからか、うんうんと頷いている。

「あたし、勉強苦手だからそんなに魔法のこと知らないよ。それに、魔法界で生まれ育っても大半の子はそんなもんだよ」

「だって私、魔法があるって知ったのだって最近だし」

 女の子は、はっとして顔を上げると、澪菜を見つめた。

 

「じゃあ、あなたもマグル生まれなの?」

「マグル生まれ?」

 マグル…魔法族じゃない人のことを指す魔法界用語だったよね。そうなるとマグル生まれは魔法族じゃない人から生まれた魔法使いや魔女を意味するんだっけ?

 

 女の子は、呆れたようにため息をついた。

「マグルって言葉はもう知ってるわよね? マグル生まれっていうのは、つまり、身内の中に誰も魔法族がいない人のことよ。ホグワーツからの手紙をもらわなければ、この世に魔法があるなんて知らずに、そのままマグルの生活を送るはずの人」

 

 ……だとすれば、自分はマグル生まれではない。

 魔法のことなんてまったく知らなかったが、マクゴナガル先生の話だと、両親は魔法使いだったそうだし……とはいえ、つい最近まで魔法について何も知らなかったのだから、結局はマグル生まれと同じようなものだ。

 

 澪菜は、荷物を抱えなおした。

「両親は魔法使いだから、私はマグル生まれじゃないけど……でも、つい最近まで魔法が存在するなんて知らなかった。魔法は空想の世界のものだと思っていたから、実際はマグル生まれと似たようなものかも」

「両親が魔法使いなら、あなたも魔法族の一員じゃん。何で魔法について知らなかったの?」

「うーん……私は、マグルの伯父さん伯母さんと一緒に暮らしていたから。両親は、私が小さい頃に死んじゃったんだ」

「あ、ごめんなさい」

「ごめん、聞いちゃいけないことだったよね」

 女の子と彼女は、申し訳なさそうに目を落とした。

 

「でもあなた、なんとなく魔法をいっぱい知ってそうな雰囲気よ」

 

 澪菜はきょとんとした。

 だから、さっきも誤解されそうだったのだ。

 いったいどこをどう見ればそう見えるのだろう? マクゴナガル先生について回っていたおかげで、先生の空気が染み付きでもしたのだろうか。

 

 女の子はもう一度じっと澪菜を眺め、口を開く。

「お互い魔法のことを知らなかったわけだし、良いお話ができそうだわ。よかったらちょっと話さない?」

「ほんと? じゃあ、そこに座ってもいい?」

「ええ、いいわよ」

 澪菜たちはほっとして、女の子の向かいの席に腰を下ろした。

 「座ってもいい?」ときけるまで、随分と時間がかかったものだ。

 澪菜は、ほっと一息つき、苦笑いをする。

 

「実は他にコンパートメントが空いてなくて、一緒に座ってもいいか、聞こうとと思ってたんだ」

「じゃあ、そのために最初、こっちを見ていたってことなのね?」

「そう。だけどあたしたち、あなたにどう話しかければいいのか分からなくて…」

 女の子はまたもや澪菜たちに呆れたようだったが、最初よりもとげとげしい雰囲気は醸し出さなかった。澪菜たちも同じ、つい最近まで魔法について知らなかったと聞いて、安心したのかもしれない。

 

 ちらりと窓の外に目をやると、家々はとうに通り過ぎ、辺りには牛や羊のいる牧場が広がっていた。鮮やかな緑色の野原の間を、汽車が走り抜けている。どんどん速度をあげているようだ。

 女の子は手に持ちっぱなしだった本を、ぱたんと閉じた。

「まだ名前を言ってなかったわね。私はハーマイオニー・グレンジャー」

「あたしは、ロナルダ・ウィーズリー。家族からロンって呼ばれてる」

「それじゃ私もロンって呼んでもいいかな?あ、私は澪菜・ウォーカー・織部。よろしくね」

 澪菜がはにかみながら言うと、ハーマイオニーとロンは首をかしげた。

 

「……私、あなたの名前、知ってるわ。何かの本で読んだのよ。同じ名前が載っていたわ、レイナ・ウォーカー・オリベって」

「あ、あたしも。なーんかどっかで聞いたんだよね」

 それを聞いて、澪菜はどきりとした。

 マクゴナガル先生の話を完全に理解したわけではないけれど、自分がなぜか一部の人には名前を知られていることはわかった。自分自身は、まったく知らない、過去の出来事で。

 ハーマイオニーは顔をしかめ、しきりに思い出そうとしている。

 

「確か……ダイアゴン横丁の古本屋だったわ。もう廃刊になってしまった本に……たったの三行……あ、四行だったかしら? “レイナ・ウォーカー・オリベ”っていう人について、書いてあったのよ。なんて書いてあったか……」

 なんとなく、今はこの話題は避けたかった。どちらにしても、私は覚えていないし、質問されても何も答えようがない。それよりも、もっとホグワーツや魔法についての話がしたかった。

 澪菜は、遠慮がちに笑った。

 

「たった三行ってことは、大したことなさそう」

「そう言われると、確かにそうかも」

「ええ……うーん、思い出せないわ」

「それよりもさ、ハーマイオニー。ホグワーツからの手紙って、誰か先生が持ってきた?」

「ええ、ホグワーツの先生が持ってきてくれたわ。マクゴナガル先生という方だったわよ」

「やっぱり? 私のところにもマクゴナガル先生が来たんだ!」

 

 先生の様子を思い出し、澪菜は瞳を輝かせた。

 そんな澪菜を見て、ハーマイオニーは小首をかしげる。

 

「マグルの家には、この手紙が本当だってことを証明するために、ホグワーツの教授が直々に訪問してるってきいたのだけど……魔法族の家には、郵便で手紙が行くだけだって。あなたの場合、おじさま方がマグルだったからかしら?」

「多分、そうだと思う。今は違うけど、伯父さん伯母さん昔は魔法とか非科学的なものが大嫌いだったから。それで私に何の説明もできないからって、マクゴナガル先生に説明役を手紙で頼んだらしいよ」

「そうなの?なら、あなたのおじさま方はどうやってマクゴナガル先生に手紙を出したのかしら」

「最初に手紙を運んできたフクロウに手紙を持たせたんじゃない?魔法界だと手紙が送られてくるとすぐに返信する家が多いから、手紙を持ってきたフクロウは一定時間家の近くに待機するよう訓練されるって聞いたことあるよ」

「後で先生に聞いてみようかな、それともおじさんたちに手紙で聞こうかな?」

 だんだん打ち解けてきたのか、澪菜たちは楽しげに話を続ける。

 

「家に先生が来た時、あんな格好をしていたから、仮装パーティか何かかと思っちゃった」

「私もよ。うちの両親なんて、最初は警察を呼ぶ勢いだったわ」

 ハーマイオニーもその日のことを思い出し、笑った。

 

「先生が魔法でティーカップを浮かせて、魔法が本当にあるって証明した時は、本当にびっくりしたわ。でも、嬉しかった。自分が特別だってわかったから」

「私は、いきなり“あなたは魔女です”って言われたよ」

「随分ストレートに言うのね。私の時は、すっごく丁寧に両親に説明してたわ」

 ハーマイオニーの話をきき、澪菜はその様子を想像した。

 あの格好でマグルの家に入ったら、誰だって最初は疑うに違いない。かといって、マクゴナガル先生がマグルの着るような普通の格好をしていたら……。

 

 澪菜が想像して笑いかけたところで、コンパートメントの戸が開いた。

 えくぼの目立つおばさんが、お菓子が詰まれたカートを押している。

「はーい、車内販売はいかが?」

 澪菜は、カートの中身を見ようとして勢いよく立ち上がった。

 そんな澪菜にちらりと目を遣り、ハーマイオニーはまたしてもため息をつく。そうして、「私は結構よ」と断った。ロンもママのサンドイッチがあるから、と辞退した。

 

 そんなハーマイオニーには気づかず、澪菜はカートの中のお菓子を見つめた。

「これはなんですか?」

「バーティー・ボッツの百味ビーンズよ。本当に色々な味があるの」

「これは?」

「ドルーブルの風船ガム。それと、杖形甘草あめ」

「それじゃあ、これは?」

「蛙チョコレートね。有名な魔法使いのカードがおまけで入ってるわ」

 

 どれも見たことのないもので興味をそそられたが、マクゴナガル先生に、無駄遣いしないようにと念を押されている。ここでお菓子を無駄に買うわけにはいかない。

 

(ミカエルおじさんたちから貰ったお小遣いも無駄遣いできないから……)

 

 ひとまず澪菜は、「おまけ」が付いてくるお菓子を選んだ。

「じゃあ、蛙チョコレートを三つください」

 三つ買ったのは、カードがまとめて三枚手に入るから得だと思ったのと、せっかくだからロンとハーマイオニーと一緒に食べたかったからだ。

 おばさんから蛙チョコレートを三つ受け取り、代金を払うと、澪菜は意気揚々と席に座り込んだ。

 

 澪菜が蛙チョコレートを二人に差し出すと、ハーマイオニーはかすかに不満げな表情を浮かべた。

「私、いらないって言ったのに」

「でも、お互い魔法界の食べ物は食べたことないし、せっかくだからと思って。カードは私にちょうだい」

「レイナ、ありがとう。貰うだけじゃ悪いから、あたしのサンドイッチと交換しよ」

 

 ロンがそう言ってサンドイッチと交換でチョコレートを受け取ったのを見て、ハーマイオニーは一息つき、蛙チョコレートをすっと受け取る。

 内心胸を撫で下ろし、ロンからもらったサンドイッチを食べる。思っていたよりおいしかった。食べ終わると、膝に置いていたチョコレートをじっくり見つめた。五角形の包みは、青と金色で塗装されている。

 

「本当は百味ビーンズも欲しかったんだけどなぁ」

 澪菜がぼそりと言うと、ハーマイオニーとロンが首を振った。

「やめておいて正解よ。だって百味よ。どんな味があるか、想像つく?」

「えー? そりゃあ、世の中の色々な食べ物の味がいっぱいなんじゃないの? 魔法界っぽい珍しいものなら、水の味とか風の味とか……」

「ハーマイオニーの言うとおりだよ。あれ、当たりは美味しいけどハズレはとことん不味いんだよ。食べ物じゃないものだって普通にあるよ。例えば、ゲロ味とか耳くそ味とか」

 

 その味を想像し、澪菜は無意識のうちにうえっと声を出した。

「買わなくてよかった……。ロン、この蛙チョコレートは普通だよね?」

 そう言いつつ、説明も待たずに中身を空けると、中から何かが飛び出した。

 ……チョコレートの蛙だ!

 蛙はゲコゲコと喉を鳴らしながら、澪菜の膝の上で飛び跳ねている。

 自分の膝の上で動く蛙を見て、澪菜は叫んだ。

 

「本物の蛙!?」

「違うよ、チョコレートだよ。魔法で蛙みたいに動くの。ほら、捕まえないと!」

「ああああ、逃げる!」

 チョコレートの蛙が膝から窓に飛び移った瞬間、澪菜は自分も窓に張り付く勢いで蛙を掴んだ。手に掴んだ蛙は確かにチョコレートに触った感触だったが、掴んでもなお手足を動かしているので、本物のように思えて仕方がない。

 片手で蛙を掴んだまま、二人を見やり、澪菜は苦笑いする。

 

「食べてもいい?」

「うん」

「ええ、どうぞ」

 ロンはそう頷き、ハーマイオニーは涼しい顔で言った。

 ごくりと喉を鳴らし、おそるおそる蛙を口元に運んでみる。すると、口に入れる直前、蛙は突然、「ただの蛙型のチョコレート」になった。食べてみれば、堅さもまろやかさも、ごく普通のチョコレートと何も変わらない。むしろ、澪菜が今までに食べたチョコレートの中で、一番甘く、まろやかだったかもしれない。

 

 甘いものが好きな澪菜は、数口で蛙チョコレートを平らげてしまった。

 ハーマイオニーはというと、チョコレートは取り出さず、カードだけを取り出している。

 澪菜も、空になった包みの中から、カードを引っ張り出した。

 五角形のカードには、金色のフレームで縁取られた窓があり、その窓の中にふくよかな女性の写真がある。黄色の服をまとい、温かな笑顔を浮かべたその顔は、温厚で優しげな雰囲気で溢れていた。名前は? と探すと、ちょうど写真の下に「ヘルガ・ハッフルパフ」と書かれてあった。

 

「ヘルガ・ハッフルパフ……」

 名前を口に出し、澪菜はカードをめくってみる。

 裏面には、ヘルガ・ハッフルパフについての説明が記されていた。

 

 

 ヘルガ・ハッフルパフ

 ホグワーツ魔法魔術学校創設者の一人。ウェールズからホグワーツの地にやってきたとされる。心優しく温厚な魔女であり、差別なく全ての者に教えを与えた。特に料理に関する魔法に長けており、ホグワーツで出される食事は、すべて彼女のレシピによるものである。所持品としては、アナグマの印が彫られた金色のカップが有名。

 

 

 やはりまだ、よくわからない部分は口の中で音読してしまう。

 ハッフルパフという言葉は……ネビルから聞いたんだったっけ……。

 澪菜は顔を上げて、ハーマイオニーとロンのカードを覗き込んだ。

「そっちはなんていう魔法使いだった?」

「ロウェナ・レイブンクローよ」

「あたしのは、ゴドリックグリフィンドール」

「……グリフィンドール?」

 

 またしても、グリフィンドールという単語を聞いた。

 よくきくこの言葉は、有名な魔法使いの名前だったのか。

 ロンとカードを交換して見ると、ゴドリック・グリフィンドールは燃えるような赤毛と金色の瞳を持った男性だった。相手を射るような鋭い眼差しに、写真といえど、目を見ることをためらってしまう。優しげなヘルガ・ハッフルパフと比べようとすると、ヘルガ・ハッフルパフが柔らかに微笑んだ……ように見えた。不思議に思って食い入るように見つめると、今度は微笑むどころか、こちらに向かって手を振ってきた。

 

「この人動いているよ!?」

 澪菜がハーマイオニーにカードを見せると、ハーマイオニーは大して驚きもせず、カードに眼を向けた。

 

「魔法界って、絵も写真も、中の生き物が動くらしいわよ。本に書いてあったわ」

「じゃあ、もしも今私とハーマイオニーとロンが一緒に写真を撮ったら、その写真の私たちは動くってこと?」

「そういうことじゃないかしら」

「でも、その写真の中の私の意識はどうなってるんだろう。私はどんどん成長していっちゃうわけだけど、その写真の中の私はずっと11歳のままでしょ? 11歳の私のまま、動いてるの? それとも写真の中の私も一緒に成長していくのかな? ああでも、そうすると、写真の意味がなくなっちゃうし……」

「あなたがどう映るかは知らないけど。魔法界の新聞なんかは、その時の現場の動きが、写真にそのまま映るみたいよ」

「新聞ー? 魔法界にも新聞があるの?」

「あるよー。『日刊預言者新聞』とかね」

 

 ハーマイオニーは、いい加減うんざりしたように首を振った。 

「あなた、もっと自分で魔法界について調べればよかったじゃない。最初にあなたのことを、“魔法をいっぱい知ってそう”って言ったことは取り消すわ。私もあなたもお互い魔法について何も知識がなかったのに、どうして私の方が魔法族みたいになってるのよ。私なんて、最初に学用品を買い出ししてからも、何度もダイアゴン横丁に足を運んだわ」

 

 そう言われると澪菜は口をつぐみ、目をカードに落とした。

 少しだけ落ち込んだのは、なんとなくばれたくなかった。

「……だって、ロンドンに行く手段がなかったから」

 なんだか言い訳しているようで後ろめたかったが、教科書は読むだけ読んだし、行きたくても行けなかったのは事実だ。

 ハーマイオニーは、眉をひそめた。

 

「なぜ手段がなかったの?」

「うーんとね……おじさんとおばさん、日本人なんだ」

「日本? じゃあ、あなた、日本育ちなの?」

「お母さんがイギリス人で、お父さんは日本人だから、私はハーフ。育ちは日本だけど、頻繁にイギリス人の知り合いと会っていたから、英語も話せるの。読み書きは全然だけど」

「そっか。マグルの世界では、ダイアゴン横丁にはロンドンからじゃないとは入れないもんね。それじゃ仕方ないよ」

 

 澪菜はへへっと小さく笑う。

 ハーマイオニーは、澪菜の顔をじっと見つめた。もう呆れてはいないようだ。

「だけど、お顔立ちはお母様譲り……よね。その金色の瞳は綺麗だと思うわ」

「ハーマイオニーもそう思ったんだね。あたしもレイナの瞳綺麗だなぁって、最初に見たとき同じこと思ったもん」

 誇りに思っていた瞳の色を褒められて、澪菜は嬉しかった。

 恥ずかしさ頬を少し染めて、もごもごと言う。

 

「あ、ありがとう。やっぱり珍しい色なのかな?」

「ええ。私も初めて見たわ。金の瞳って。宝石が詰まっているようだもの」

 澪菜は、自分の瞳に手を添えた。

 光の加減によって宝石のような濃い金にも、淡い金にもなる。

 ハーマイオニーやロンは、と見ると、茶色い鳶色と青色の瞳だった。

 

「それにしても、英語がとても上手よね」

「うーん……でも、緊張すると突然日本語が出てきちゃうし、それに発音が難しいものだっていっぱいあったよ。教科書だって、うまく発音できない単語がいくつかあったし。読み書きはさっきも言ったけど全然ダメだよ」

 マクゴナガル先生に初めて会った時も、緊張してカタコトの英語になってしまった。これから呪文を使う上でも、カタコトの発音で魔法がきちんと発動するのかと思うと、心配で仕方が無い。

 

 澪菜の言葉をきいてハーマイオニーは一瞬黙り、思いついたように言った。

「教えてあげましょうか?」

 思いもよらなかった言葉に、澪菜はきょとんとした。

「……え、いいの?」

「構わないわよ。その代わり……何か日本語が書かれたもの、持ってきてたりする?」

「うん。お菓子とか本とか、少し持ってきたよ」

「じゃあ、私には日本語を教えてちょうだい」

「えぇ? なんでまた?」

「私、本が好きなのよ。いつか日本の本だって読んでみたいの。今はホグワーツでの勉強もあるから、とりあえずはあなたが持ってきた物に書かれている日本語だけでも読めるようになりたいわ」

「あ、あたしにも教えて。レイナが育った国のこと、もっとよく知りたいんだ!」

 

 ハーマイオニーはまた新たに学ぶことが増えたことに、ロンは澪菜が育った国のことが知りたくて、わくわくしているようだ。

 澪菜も胸をときめかせた。一緒に学びあえる友達ができたことが、本当に嬉しくて仕方が無かった。



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