傭兵サフィーアの奮闘記   作:黒井福

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第33話:弾ける血眼

 場にそぐわない気楽さで紡がれた言葉。その声の主は、今になって戻ってきたエリザベートが発したものだった。この場に居る殆どの傭兵が戻ってきた時には多かれ少なかれ疲弊していたのに対し、早々に退避した彼女はいっそ嫌味ったらしい程に身綺麗である。クレアとの戦闘で全くの無傷ではないのだが、それでも他の者に比べると圧倒的に元気が有り余っている感じだ。

 今更になって現れた彼女に殆どの者は呆れや苛立ちの籠った目を向けているが、ただ一人サフィーアだけは彼女から不穏な物を感じていた。

 

 エリザベートは、この場に明確な悪意を持ち込んでいる。それが何かまでは分からないが、この場の全員に向けたものである事は理解できた。

 故に、サフィーアはまだ治療の済んでいないクレアを即座に守れるように近付きつつ警戒を強めた。周囲の者に気付かれないよう、そっとグローブを嵌めた右手をサニーブレイズの柄に添えた。

 

 サフィーアの異変に気付きながら、クレアはエリザベートから視線を外さず問い掛けた。

 

「で? 今更何しに出てきたのよ? 言っとくけどもうランドレーベは倒したし、ここでの勝敗は事実上決したわよ。それとも、今からあんたがこの状況を逆転してみる?」

 

 少し挑発して相手の出方を窺おうとするクレアだったが、彼女の挑発に対しエリザベートは特に大した興味も示さない。それどころか、何処か嘲る様な視線を向けてすらいた。

 

「いやぁ、遠慮しとくよ。どっちみちこの依頼は暇潰しと小遣い稼ぎで受けただけだしね」

「小遣い稼ぎだぁ? おい、どう言う意味だよ?」

 

 今回の依頼も貴重な収入源であった(その割には随分とばっさり自分の分の報酬を辞退していたが)ブレイブにとって、エリザベートの発言は見過ごせるものではなかった。この依頼に限らず、定期収入の無い傭兵にとって受ける依頼は全て大事なものである筈だ。少なくとも、小遣い稼ぎだから失敗してもいいや、で簡単に済ませる事が出来るようなものではない。

 その疑問に対する答えに、クレアは見当が付いていた。

 

「あんた、無断で契約をダブらせたわね?」

「あぁっ!?」

 

 傭兵が基本的に一度に受けれる依頼は一つだけだが、何事にも例外は存在する。一つの依頼の目的地の道中に別の依頼の目的が存在する場合だ。例えばとあるモンスターの討伐に向かったとして、その道中に別件で討伐対象となっているモンスターが居た場合などは、特定期間内に限り同時に複数の依頼を受ける事が許されていた。こうする事で、移動に掛かる運賃を節約する事が出来るのだ。

 ただし、例外と言うだけあって一度に複数依頼を受ける上で制約は存在する。それは報酬の合計金額の上限だ。当然ながら報酬金が多ければ多いほど依頼内容も危険である事が多く、それを一度に一人ないし一パーティーで受けたりすれば短い期間に何度も危険な橋を渡る事に繋がる。それで依頼を一度に達成できれば問題ないのだが、もし複数の依頼の内幾つかを残した状態で一つを失敗して死なれでもしたら、結果的に残った依頼も失敗となりその責任は依頼を斡旋したギルドにまで及んでしまう。

 それを防ぐ為、ギルドでは複数の依頼を同時に受ける場合は報酬金の合計金額に上限を設けているのだが、今回の依頼でディットリオ商会から約束された報酬はそれだけでギルドが設けた上限を超えているのだ。

 

 それが分かっているから、ブレイブはクレアの口にした内容に声を上げたのである。

 

「お前、こちとら遊びで依頼受けたんじゃねえんだぞ!? 真面目にやれ真面目に!!」

「別に、お前に命令される謂れはないね。こっちの依頼失敗だって、お前らが不甲斐無い結果じゃないか」

「それで? もう片方の依頼人は何処のどいつかしら?」

 

 ブレイブの抗議も何処吹く風と言った様子で受け流すエリザベートを、冷ややかな目で見つめながらクレアが問い掛ける。

こういう場合、もう片方の依頼はギルドを通さずに直に請け負っている事が多い。決していい顔をされることではないが、ギルドを通さずに依頼を受けることを禁止されている訳ではないので、裏では個人的に依頼を受けている者は意外と居る。ただし、その場合傭兵側には保障も補償も無い為、何が起ころうと自己責任だし最悪の場合依頼人に斬り捨てられるリスクもあった。その分報酬も法外に高額な場合が多いので、この手の依頼を請け負うのは脛に傷を持つ者か命知らずと相場が決まっていた。エリザベートの場合は間違いなく前者だろう。

 となると、遺跡絡みのとは別に彼女には依頼人が居る筈だ。それは一体誰なのか?

 

 クレアの問い掛けが頭上を飛んでいく中、サフィーアは依然としてエリザベートの動向に警戒していた。いや、寧ろ強めてすらいる。右手は既にサニーブレイズの柄を握り締め、左手は鞘を掴んで直ぐにでも抜けるよう態勢を整えていた。

 

 その様子に気付いているのかいないのか、エリザベートは喉の奥でくつくつと笑うとねっとりとした視線を全員に向けた。

 

「依頼人については詳しく話せないねぇ、守秘義務があるから。時間もない事だし、さっさと用事を済まさせてもらうとするよ」

 

 そう言うとエリザベートは腰のポーチから一つのカプセルを取り出した。一見すると自販機で購入できる缶ジュース程度の大きさの、完全に何かを入れる為だけに作られた飾り気のないカプセルである。

 クレアたちはそれが何なのか分からず、揃って首を傾げた。

 

 ただ一人、サフィーアを除いて。

 

「ッ!?!?」

 

 エリザベートがカプセルを取り出した瞬間、サフィーアは全身の肌が粟立つのを感じた。生まれ持った能力で、そして何より本能で感じ取ったのだ。あのカプセルの中には、例えようも無いほどの災厄が収まっている、と。

 

「ほれ」

「させるかッ!?」

「サフィッ!?」

 

 まるで缶ジュースを誰かに投げ渡すかのような気軽さでエリザベートがカプセルを放り投げた瞬間、サフィーアはそのカプセルに向けて一気に駆け出した。

 あれの中身を自由にさせない為に、あれの中身を解き放たない為に。

 

 だが彼女がカプセルの元に辿り着くよりも早く、ロジャーが放った矢がカプセルに直撃した。魔力の籠った人工エレメタルで出来た鏃が直撃したことで、爆発を起こしカプセルも木っ端微塵…………になる直前でカプセルの中の物がロジャーに向けて飛び出していった。

 

「うわっ!?」

 

 エルフ特性の弓矢による爆発は決して小さいものではない。故に、前に飛び出していたサフィーアは敢え無く爆風に煽られカプセルから遠くに吹き飛ばされてしまった。

 結果、次に起こった出来事にも対処する事が出来なかった。彼女には事の成り行きを見ているしかできなかったのだ。

 

「な、何だこ、ぐっ!? あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ?!」

「あ、あれはっ!?」

「まさかッ!?」

 

 サフィーアとクレアの視線の先では、カプセルから飛び出した物――――鮮血の様に赤い眼球が血管の様な触手を次々とロジャーの額に突き刺していた。その様子に、二人は先日見た光景を思い出す。

 

 逃げようとした瞬間、何かに阻まれたかのように動きを止め、そして次の瞬間には額にそれまで存在しなかった深紅の眼球を付けて振り返ってきたバート。

 

 その時の事を二人は鮮明に思い出していた。

 

「まさか、同じ物!?」

「はっ! エリザベート!?」

 

 目の前に再び姿を現した悪夢のような存在を前に戦慄するサフィーア。対してクレアは、あれが入っていたカプセルを持っていたエリザベートを問い詰めようとそちらに視線を向けるのだが…………

 

「じゃ~ね~」

 

 肝心のエリザベートは、嫌味ったらしい笑みを浮かべながらまるで霞の様にその場から消えてしまった。

 その様子にブレイブは驚愕に目を見開く。

 

「ありゃ、アサシンの得意技『メルドゥ』じゃねえか!? あいつ何時の間にアサシンに転身しやがった!?」

「くそ、逃げられた!? いや、今はそれよりも――」

 

 まんまとエリザベートに逃げられたことに舌打ちするクレアだったが、その事は今は置いておく。それよりも、再び現れたレッド・サードをどうにかしなければならない。

 頭を切り替えたクレアがロジャーだったレッド・サードの方を見る。そこでは既にサフィーアとレッド・サードの戦いが始まっていた。

 

「Gijaaaaaa!!」

「くっ!?」

 

 武器も使わず素手で襲い掛かるレッド・サードを相手に、サフィーアは只管防御に回っていた。理由は単純だ、彼女の後ろには腰を抜かしているのか動けずにいるシルフが居たのである。

 

「あ、あわわわっ!? い、一体何がどうなってるんスか!?」

「そう言うのは全部後で話してあげるから、今は逃げてッ!?」

 

 このままではシルフが邪魔で思う様に動く事が出来ない。彼女の存在を無視して戦っては、レッド・サードが額の眼球から放つ閃光の流れ弾を喰らってしまう恐れがある。一応ウォールが彼女を守れる位置に居てくれているが、レッド・サードの閃光はウォールをして踏ん張らねば防げない威力を持つ。消耗している今だと下手すれば弾かれてしまう危険があった。安全の為には少なくとも動けるようにはなってほしいところだが、彼女が立てるようになるには今しばらくの時間が必要だろう。

 そんなサフィーアの窮地を救うべく、他の傭兵達もレッド・サードに向けて攻撃を開始した。

 

「ロジャーはどうなったんだ!?」

「詳しくは分からないけど、少なくとももう助からないわ!」

「仕方がない、か。許せ、ロジャー!」

 

 少なくともサフィーアはあの状態を治す方法を知らない。唯一彼を止める方法があるとすれば、それは殺す事だけだ。先程まで共に戦っていただけに心苦しい事ではあるが、躊躇していてはこちらが殺されてしまう。

 意を決してロジャーだったレッド・サードに立ち向かうサフィーア達。

 

 そんな彼女達を嘲笑う様に、レッド・サードは額の眼球から無数の閃光を放った。

 

「嘘ッ!?」

 

 以前戦ったレッド・サードには無かった、チャージ時間無しでの拡散する閃光にサフィーアは一瞬反応が遅れてしまった。

 

 次の瞬間、彼女は背後からの衝撃で前に倒れ、同時に閃光に貫かれた傭兵達の悲鳴が辺りに響いた。

 

「い、つつ……な、何?」

 

 傭兵達の悲鳴と苦悶の声が響く中、サフィーアが背後に目を向けるとそこには顔を青くしながらも震える脚に鞭打って彼女を押し倒し閃光による被害を回避させたらしきシルフの姿があった。無我夢中で行動したからか、心此処に在らずと言った感じだ。

 

「あ、あああ――!?」

「ごめん、助かったわ」

「へ? あ、いえ。あ、あはは……って、あぁっ!?」

 

 実は今のはサフィーアを助けようとした訳ではなく、言う事を利かない足腰に鞭打って立ち上がったら、上手く立てなくて転んだ際に彼女を押し倒してしまっただけである。結果としてレッド・サードの閃光から助ける事になったが、狙ってやった訳ではなかったので礼を言われてシルフは気まずそうに笑って誤魔化した。

 

 そんなシルフが突然悲鳴を上げる。同時にサフィーアは自分に向けて強く向けられる殺意の存在に気付いた。

 顔を上げるとそこにはこちらに向けて変移した腕を振り上げているレッド・サードが目に入る。サフィーアは迎え撃ちたかったが、俯せの状態からではまともに相手をする事が出来ない。横に転がれば回避する事は出来ようが、シルフがしがみ付いているのではそもそも動きようがなかった。彼女を蹴り飛ばせばぎりぎり何とかなるかもしれないが、サフィーアにそんな乱暴なこと出来る筈もない。

 

 万事休すかと思われたその時、レッド・サードの背後から二本の剣を構えたブレイブが躍り掛かった。

 

「こっちだぁぁぁっ!!」

「Gurururu!!」

 

 背後から振り下ろされた二本の刃を、振り返ったレッド・サードはマギ・コートで強化した腕で防ぐ。

 瞬間、深紅の眼球に魔力が集まったのをサフィーアは見逃さなかった。

 

「ダメ、離れてッ!?」

 

 今度は間違いない、以前も目にしたのと同じ閃光を放つつもりだ。それが分かったサフィーアは即座に彼に警告を発するのだが、ここでレッド・サードは思いもよらぬ行動を取った。刃から手を放し、防御を捨ててブレイブの腕を直接掴んだのだ。

 防ぐ事を止めた為彼の刃がレッド・サードの体を切り裂くが、そんな事はお構いなしだった。何しろ奴にとって重要なのは本体である額の眼球のみ。余程大きな損傷でもない限り、多少のダメージは奴にとってダメージたり得ないのだ。

 

「ぐっ!? こいつ、放しやがれ!?」

 

 凄まじいパワーで掴まれた腕から激痛が走り、ブレイブの表情が痛みに歪む。幸いなことにマギ・コートで強化していたので腕が引き千切られるどころか骨が折れる事も無かったが、両腕を至近距離で掴まれてしまっては振り払うことも出来ない。

 サフィーアは援護したかったが、立ち上がって攻撃するよりも閃光が放たれるのが早かった。

 

 案の定、眼球にはあっと言う間に魔力が集まり、次の瞬間には閃光が放たれブレイブの体を穿とうとしていた。

 

 サフィーアの脳裏に、閃光で体を突かれそのまま切断されるブレイブの様子が過った。

 

「駄目ぇぇぇっ!!?」

 

 サフィーアが叫ぶ中、クレアは限界近くまで来た体に鞭打ってせめて照準だけでも逸らせようと魔法で火球を放とうとした。

 だが彼女らが何かするよりも先に、レッド・サードの深紅の眼球が突然弾け飛んだ。

 

「うをっ?!」

「…………え?」

「は?」

 

 突然の事にサフィーアとクレアは脳の処理が追い付かず呆然としていた。その間に本体を失ったレッド・サードはブレイブを解放し力無くその場に崩れ落ちた。

 後に残されたのは、眼球が弾けた際に飛び散った返り血を浴びてしまったブレイブと、その様子を呆然と見つめているサフィーア達のみ。

 

「え? 何今の? 魔力溜めすぎてパンクしたの?」

「今のは…………銃撃?」

 

 あまりにも衝撃的な事の連続に少々幼稚な事を口にしてしまうサフィーアだったが、対してクレアは現実的な結論を口にした。一瞬の事だったので聞き逃しかけたが、あの瞬間一発の銃声が耳に入っていた。つまり、誰かがレッド・サードの弱点でもある眼球を撃ち抜いてくれたのだ。

 

 ではそれは一体誰なのか? その答えは程無くして明かされた。

 

 突如として静寂が訪れた森の中から、藪を踏んでこちらに近付いてくる音が聞こえる。動ける者が一斉にそちらに目を向けると、森の奥から一人の男性が姿を現した。

 

 年の頃はサフィーアより少し年上位だろうか。理知的な顔にはこちらを安心させる為か薄く笑みが浮かんでおり、事実サフィーアは彼から敵意を感じなかった。

 恰好はこの場には少々不釣り合いなスーツ姿。だが手には先程発砲したのだろう、銃口から硝煙を立ち昇らせるライフルが握られている。ほぼ確実に傭兵だろう。あまり多くはないが、傭兵の中にはスーツの様なフォーマルな恰好をした者も居る。

 

「えっと、誰?」

 

 サフィーアは突如として現れた男性に問い掛けた。助けてくれた事には素直に感謝しているが、登場があまりにも突然すぎる。まずは名前だけでも教えてもらわなければ、頭が状況を整理できない。

 

 だが彼女の問い掛けに対する答えを口にしたのは、意外な事に彼ではなくクレアの方であった。

 

「久しぶりね、カイン。で? あんたこんな辺鄙な所で何してるのよ?」

「折角の再会なのに、いの一番に出てくる言葉がそれかい? もうちょっとムードのある言葉を期待してたんだけど」

「何を、今更……」

「え? え? 知り合い、なんですか?」

 

 余りにも親しげな二人の様子にサフィーアが問い掛けると、二人は意味深な様子で互いに笑みを浮かべるのだった。




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