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街を出てから数十分後、即席パーティーの一行は近隣にある森に到着していた。道中はレンタルした車で移動し、森のすぐ近くで停めてある。
「さて、アジャイルリザードが居るのはこの森の中だ。気を引き締めていくぞ」
アジャイルリザードはかなり広範囲に生息するモンスターで、平原から森の中まで活動可能な領域ならどんな場所でも全力で動ける。ルーキーの傭兵はそこのところを甘く見て餌食になりやすい。これが問題なく討伐できるようになれば傭兵として一定のレベルであると認められるので、ある意味傭兵としてのルーキー脱却の登龍門的な存在だった。
4人と一匹は森に入ると、しばらくの間無言で森の中を進む。隊列は先頭にサフィーア、その後ろをグリフとウィンディがバートを挟んでついて来ている。
因みに言うまでもないが、一匹とはウォールの事だ。彼(ウォールは雄だ)は特等席であるサフィーアの肩の上に乗っていた。
「…………今更かもしれないが、そのカーバンクルを連れてくることに意味はあるのか?」
ある程度森の中を進んだ時、バートがそんなことを訊いてきた。まぁ確かに気にはなるだろう。傭兵は基本無駄な荷物は持ち込まない。モンスターとは言え、いやモンスターだからこそ、連れてきたことには何か意味があると考えるのは普通の事だった。
「ん? 意味? いや、別にないけど?」
しかしサフィーアは、あっけらかんとした様子で首を横に振った。その答えにバートは額に青筋を立てた。
「お前、何考えてるんだ!」
「いやだって、宿で留守番なんて可哀そうだし」
「そういう問題か!?」
「まぁまぁ、カーバンクルって言ったら強力な障壁を張れるってことで有名だし少なくとも邪魔にはならないんじゃない?」
「そうそう。それにカーバンクルをこんな近くで見る機会なんてなかなかないんだし」
考えなしの発言をするサフィーアに向けて苦言を呈すバートに対し、剣士2人は状況を楽観的にとらえていた。実際彼らが言う様に、カーバンクルが張る障壁は非常に強固なものなので、いざと言う時には盾代わりになる。
勿論サフィーアはそんなつもりでウォールを連れてきてはいない。本当に一匹で留守番させるのは忍びないから連れてきただけだ。それに、何だかんだで彼女は早くもウォールの事を気に入っており、離れるよりは一緒に居たいという気持ちもあった。
尤も、邪な考えを持ってウォールを攫おうとする輩の存在を警戒して連れて歩いていることも理由の一つだったりするのだが。
どちらにせよここまで来てしまったらもうどうしようもない。このまま連れていくしかないのだ。その事が気に入らないのか、バートは苛立たし気に鼻を鳴らした。
「それより、あなたの方こそ大丈夫なの? 結構取り回しが悪そうな武器だけど?」
話題の転換も兼ねて、サフィーアはバートの装備に突っ込んだ。彼が装備しているのは狙撃銃、長距離での戦闘ならともかく否が応にも近距離か精々中距離での戦闘になる森の中では扱い辛い武器の筈だ。この中ではむしろ彼の方が足手纏いになりそうだが。
「俺を馬鹿にしてるのか? こんな状況いくつも潜り抜けてきた。今更この程度、問題ない」
バートはそう言って手にしたライフルを軽く叩いた。
実際、銃士の傭兵の中には接近戦にも対応している者は居る。本職の近接戦闘のプロである剣士や闘士には劣る場合が多いが、腕利きならどんな距離でも戦えるオールラウンダーを狙える程だった。何を隠そう、サフィーアの父がそうだ。彼女の父は銃士が習得する武術『ガンナーアーツ』の数少ない使い手であり、遠・中・近全ての距離で全力が出せるのである。
「ふ~ん、ならいいけど」
サフィーアは彼の答えに気のない返事をしながら、手に滑り止めを兼ねたレザーグローブを嵌め腰の鞘に収まった剣の機関部のスライドを引いた。鞘は刀身部分は完全に隠すが機関部は左右だけを隠すように出来ているので、スライドを引くと上部の排莢口が露わになる。彼女はそこに腰のポーチから取り出した拳銃の弾丸の様な物が10個くっ付いたクリップを取り付けると、機関部の中に一気に押し込んだ。クリップを抜きスライドを戻して弾を薬室に送ると残ったクリップは再びポーチの中へ放り込み、剣を鞘から引き抜いた。
「君、随分変わった武器使ってるけどそれ何? 剣みたいだけど?」
それまでマントに隠れていてよく見えなかった剣が露になった時、サフィーアのすぐ後ろをついて来ているグリフが疑問の声を上げた。まぁ来るだろうとは思っていた。銃の機関部を持った剣など、普通はお目に掛かれるものではない。
「あぁこれ? マエストロ・ガンスの力作よ」
「何だそれ、剣と銃どっちだ?」
「つか、マエストロ・ガンスが作ったのかそれ!?」
『マエストロ・ガンス』とは世界に数多くいる武具職人の中でもトップクラスの腕前を持つと言われる人物である。武具職人としての腕は誰もが認めるほどであり、数多くの者が彼の作り出す武具を求めてその工房を訪れていた。ただ、非常に気儘な性格をしており同じ場所に長期間留まることは少ない。世界のあちこちに自身の工房を持っているらしく、気分次第で滞在する工房を変えていた。それ故、彼に直接武具の製作を依頼する事が出来るかは完全に運と情報収集能力に掛かっていた。
尚、マエストロ・ガンスと言う名は本名ではなく、その名を持つ者の下で修業し一人前と認められた時その名を与えられる免許皆伝的な意味を持つ名前らしい。なので、時代によってガンスと言う人物は面影も糞も無いくらい異なっている。実際サフィーアの父も嘗てガンスの世話になったことがあるらしいが、現在のガンスと当時のガンスは性別以外に似通った部分が全くないとのこと。
「どういう武器なんだ?」
「説明してあげたいのは山々なんだけどさ、あたしがいきなり剣を抜いた意味を少しは考えてくれない?」
尚も質問しようとする後ろの傭兵達を、サフィーアは前方を見据えながら諭した。何気ない風に紡がれた言葉だったが、その言葉の中に隠れている剣呑な雰囲気に男3人も各々武器を構えた。
背後で男共が武器を構えるのを気配で察しながら、サフィーアは慎重に前に進む。彼女の視線の先には、緑生い茂る森の中にあって不自然な、赤く染められた木があった。
近づいてみると分かるが、それは飛び散った血だ。バラバラになった何かの死骸を中心に、不規則に血が飛び散っている。殆ど骨だけになってしまっているどころか骨すら殆ど残っていないので元が何だったのか判別するのが難しいが、辛うじて残された部位から推測するに恐らくは野豚か何かだろう。それが見るも無残にズタズタに引き裂かれている。
「酷い有様ね」
「アジャイルリザードか?」
「多分ね。まだ新しいわ、そんなに時間は経って…………」
「くぅん?」
突然黙ったサフィーア。肩に乗ったウォールが不思議そうに首を傾げるが、直後に何かを感じ取ったかのように耳を聳て周囲を見渡した。
「ふぅぅぅぅっ――――!?」
サフィーアに続きウォールまでもが突如周囲を警戒しだした。それが何を意味しているが…………彼女と共にいる傭兵達も分からない程馬鹿でも経験不足でもなかった。
何も言わず、銃士のバートを中心に円陣を張る剣士2人。その様子には先程までの緩んだ雰囲気は微塵も感じられない。なんだかんだでやはり彼らもプロだと言う事だ。メリハリは確りついている。
誰もが無言だった。全神経を集中し、何処から何が来ても直ぐに対応できるようにしている。
その時、不意に近くの茂みがガサガサと音を立てた。全員の視線が一斉にそちらに向く。バートは銃口を向け、いつでも引き金が引ける状態だ。
そして…………出し抜けに背後から一体の巨大なトカゲ――アジャイルリザードが飛び出した。
一早く奇襲に気付いたサフィーアが即座に振り替えると同時に手にした剣を振るった。剣は彼女に食らいつかんと飛び掛かっていたアジャイルリザードを一撃で切り裂き始末することには成功したが、それを合図にしたかのように周囲から次々とアジャイルリザードが飛び出してきた。
「来やがった!」
「離れてなさい」
「くぅん!」
飛び掛かってくるアジャイルリザードに応戦する最中、サフィーアはウォールを近くの木陰に隠れさせた。激しく動き回る剣士の肩に乗っていては、何かの拍子に振り落とされてしまう。
彼女がウォールを隠れさせようとした隙をついて襲い掛かろうとしていた奴を、バートが撃ち抜いた。
「だから言ったんだよ!? 役立たずのペットなら置いてこい!!」
バートの怒鳴り声に、サフィーアは手にしていた剣を投擲して答えた。何をと問い掛ける前に、彼女の手を離れた剣はバートからも、他の2人からも死角になっている所から彼に襲い掛かろうとしたアジャイルリザードを木に縫い付けた。
「悪いわね、世話掛けて。これはそのお礼よ」
皮肉を込めてそう返すと、サフィーアは一飛びでアジャイルリザードごと木に突き刺さった剣に近付き引き抜いて次に備える。バートは一瞬苦虫を噛み潰したような顔になるが、すぐに気持ちを切り替えて次の獲物に引き金を引いた。
戦いの始まりはアジャイルリザード側からの奇襲だったが、戦闘は終始サフィーア達傭兵サイドが圧倒していた。元々アジャイルリザード自体が、言うほど強いモンスターではないことも要因ではあるだろう。勿論モンスターではあるので、一般人からすれば危険極まりない相手ではあるが。
しかしアジャイルリザードの討伐を楽な仕事と断じる者は、決してルーキーを脱却する事は出来ないだろう。アジャイルリザードは強いモンスターではないが、決して雑魚ではないのだ。
「流石に、数は多いな!」
「上も気を付けろよ、こいつら木に登って飛び降りてくるぞ!?」
グリフが言う様に、アジャイルリザードはとにかく数が多い。時には両手の指で数えられる程度の規模しか群れていない場合もあるが、多い時は洒落にならない数で群れを形成することもある。しかも厄介なことに、群れる数が多くなると強力な特異個体が出現する事があった。中には群れを統率する事に長けた個体が出現することもあり、これが出ると持ち前の素早さに連携が加わりアジャイルリザードの危険度が一気に上昇するのだ。
「特異個体いなけりゃ、大したことねぇよ!」
半ば叫ぶように言いながら、ウィンディが上方から飛び掛かってくるアジャイルリザードを切り払った。それを押し退ける様にしながら飛び掛かるアジャイルリザードを、相棒のグリフが刺し貫いて仕留める。さらに引き抜いた刃で死角から迫っていた奴をウィンディとの同時攻撃で切り裂いた。2人が攻撃を放った直後で硬直しているところを、バートが援護する。
元々パーティーを組んでいただけあって、彼ら3人の連携は見事なものだ。お互いがお互いをカバーできている。
それに対し、サフィーアは正に三面六臂とも言える活躍をしていた。
「この程度ならッ!!」
素早く接近してくるアジャイルリザードを、サフィーアは真正面から切り裂いた。その際の勢いを利用して真後ろに転身し、背後から飛び掛かろうとしていた奴の首を切り落とす。噴出した鮮血を肩マントで防ぎ視覚が潰されるのを回避。更にその場でマギ・コートで強化した脚力を用いて跳躍して視野外から飛び掛かってきていた奴の攻撃を避け、逆にレガースで覆われたブーツによる蹴りで地面に叩き落とした。無論その程度で死ぬほどモンスターは脆くはないが、そこに追撃で剣を叩きつけ完全に仕留めた。
その後も殆ど1人で次々とアジャイルリザードを始末していく彼女に、男たちは舌を巻いた。
「へぇ、凄いねあの子」
「なかなか、良いんじゃない?」
「厄介だがな」
「馬鹿ッ!?」
「なに、何とかなるって。心配するな」
彼らは戦闘の片手間にサフィーアを品定めするように眺めていた。その間も攻撃の手は緩めず、周囲のアジャイルリザードを的確に仕留めていく。
戦闘の音とアジャイルリザードの鳴き声で、彼らの声はかき消され彼女の耳には彼らの会話は耳に入らない。その筈なのだが、彼女は一瞬鋭い視線を彼らの方に向けた。しかしそれは本当に一瞬の事、彼らは彼女の視線に気付くことなく討伐を続け、彼女もまた迫りくるアジャイルリザードが居なくなるまで戦い続けるのだった。
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