傭兵サフィーアの奮闘記   作:黒井福

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第81話:命懸けのもぐら叩き

 いつの間にか天井に現れ、ストーンの首を食い千切ったモンスターに対し最も素早い対応を見せたのは既に銃口を向けていたカインだった。ライトに照らされた先の天井に張り付いているそのモンスターに向け、彼は躊躇わず引き金を引いた。

 直前、そいつは既に死体となったストーンを投げ捨てるように手放すと天井の中へと引っ込んでいった。銃弾は奴を捉えることなく、天井に穴を穿つに留まる。

 

 よく見ると天井には四角い穴が開いていた。恐らく通気口か何かの穴だろう。

 

「くそッ!? 気を付けろ、奴はダクトの中に潜んでる。通気口に近付くな!!」

「くそがぁぁぁっ!?」

 

 天井に向けコナーズがマシンガンを撃ち続ける中、銃声とカインの声で一気に気を引き締めたサフィーアがクレアと共にカインと合流する。

 

「なになに、どうしたの!?」

「スケアクロウだ! 気を付けろ、あいつダクトの中に潜んでる!」

 

 スケアクロウとは、その名の通り案山子の様にガリガリな体をしたモンスターである。大抵遭遇するのは遺跡の中なので、一説には超古代文明人が遺跡警護の為に造りだした人工生命ではないかとも言われていた。

 

「チッ!? ウォール!!」

「くぅんっ!」

 

 カインの言葉にサフィーアは即座にサニーブレイズを抜き、ウォールをアレックスとトーマスの守りに就かせる。同時にクレアは上の階に居るラウル達に無線で警告を発した。あれは決して単独で行動するモンスターではない。一体居るとなれば他の所にも居る筈だ。

 

「ラウル、クレアよ! ここやっぱりスケアクロウが居たわ、気を付けて!」

『あぁ、こっちにも出た!? 幸い出たのは一体だけだし戦力も多いから何とかなりそうだが、そっちは大丈夫か!?』

 

 無線の向こうからはラウルの焦りを滲ませた声が返ってくる。だがそこまで切羽詰まった感じではないので、本当に大丈夫なのだろう。よく聞けば、ラウルの声の向こうから連続して重低音が響いている。上に残った傭兵の誰かが軽機関銃を派手にぶっ放しているのだろう。確かあの辺りには遺跡のシステムにアクセスする為の端末があった筈だが、スケアクロウ共々ハチの巣にしてしまっていないかが気掛かりだった。

 

 とにもかくにも、今は直ぐ近くの壁の中のダクトに潜んでいるスケアクロウを何とかしなくてはならない。これを何とか倒さなければ、動力炉の再起動も儘ならないのだから。

 

「サフィ、あいつの居場所分かる?」

 

 とりあえずクレアはサフィーアにスケアクロウの居場所を尋ねた。いくらこちらから見えない壁の中のダクトに潜んでいようと、サフィーアには筒抜けなのだ。居場所は直ぐに分かる。

 

 そう思っていたのだが、現実は甘くはなかった。

 

「ッ!? ダメです、あいつこっちを意識してない! これじゃあ、あいつがどこにいるか分かりませんッ!?」

 

 問題のスケアクロウは、サフィーアの事を完全に無視している。気付いていない訳ではないだろう。研究の結果、連中は目が殆ど見えない代わりに聴覚が異常に鋭い事が分かっていた。暗闇と言う多くの生物にとって行動を制限される状況で有利に立ち回る為の能力なのだろう。事実スケアクロウが出現するのは遺跡の中や、稀にだが洞窟の中など閉鎖的で狭く、何より暗闇に包まれた場所に限られる。暗闇が自分の味方であると知っているのだ。

 そしてその優れた聴覚は、僅かな歩き方の違いなどから個人を特定してしまえるのである。

 

 つまり――――――

 

「あいつ、カインかコナーズを狙ってるってこと?」

 

 サフィーアが狙われていないと言う事は、ほぼ同時にカイン達と合流したクレアも狙いから外れているだろう。となると、残りは男二人のどちらかが集中して狙われていると言う事になる。

 ではどちらが狙われているか? その答えは直ぐに明らかになった。

 

 出し抜けに先程とは別の天井の通気口から、恐らく同じ個体だろう口元に血をこびり付かせたスケアクロウが飛び出しコナーズに向け襲い掛かった。全身の筋肉をバネの様に伸縮させて放たれた突撃はかなりの速度であり、この光源の少ない場所においては視認することも困難な一撃だ。

 だが今回の傭兵は前回よりも吟味して選ばれたと言うだけのことはあり、コナーズはこの攻撃を紙一重ではあるが回避してみせた。更にはすれ違い様に素早く引き抜いたコンバットナイフで一撃見舞う抜け目のなさ。彼もまたプロの傭兵であると言う事の証明であった。

 

 とは言えその程度の一撃でどうにかなる程弱いモンスターでもなく、一瞬怯んだかと思うとあっという間に再び天井に引っ込んでしまった。コナーズは逃すものかと追撃し、奴が壁の中を移動する時に立てる音を頼りに壁越しに銃撃する。

 

 効いているのかいないのか分からない攻撃を続けるコナーズを一瞥し、クレアは再びサフィーアに目を向け目でスケアクロウの狙いが移ったかを訊ねた。目だけで訊ねられたサフィーアは首を左右に振る。どうやらスケアクロウは完全にコナーズに狙いを定めているらしい。

 何故か? 単純に一番派手な音を立てているからか、それとも倒しやすいと見られて数減らしの為に優先的に狙われているのか。

 

 とにかくこのままではコナーズがジリ貧になってしまう。援護も兼ねてコナーズとも合流しようとサフィーアが足を踏み出した。

 

 その時、偶然にも彼女の手にしていたライトがコナーズの足元を照らした。そしてそこにあったものを見た瞬間、サフィーアは盛大に嫌な予感を感じ口を開いた。

 

「ダメ、そこはダメッ!?」

「えっ? サフィどうし、ッ!? 離れろコナーズッ!? そこは――」

 

 サフィーアの警告の意味に気付いたカインがコナーズに退避を告げるが間に合わなかった。

 

 突然コナーズの足元の床が弾けたかと思うと、そこから飛び出してきたスケアクロウがコナーズの体を掴んでダクトの中に引きずり込んだのだ。

 

「うおっ!? うわぁぁぁぁぁぁっ?!」

 

 悲鳴を上げハッチの縁に掴まっていたコナーズだが、力及ばずそのまま暗く狭いダクトの中に引きずり込まれてしまう。それから数十秒ほど壁や床の向こうからコナーズの悲鳴が聞こえたが、どこかに連れていかれたのか止めを刺されたのか悲鳴は程無くして聞こえなくなった。

 

 突如訪れた静寂。何の音も聞こえなくなった状況に、耐えきれなくなったのかアレックスが口を開く。

 

「どっか行ったのか?」

「いや、一度この場を離れただけだ。すぐにでもまた戻ってくるぞ」

「どうするの?」

 

 現状は一時しのぎに過ぎない。根本的な問題の解決を目指すならば、やはりスケアクロウを倒す必要がある。だがあれを倒すとなると、ダクトから引きずり出すか少なくともダクトから出てきたところを狙わなければならない。

 その為の策はあるのか? そうサフィーアが訊ねると、カインは眉間に皺を寄せ暫し悩んだ後クレアに目配せする。クレアはそれだけで彼が何を言いたいのかを察し、難しい顔をしながら溜め息を吐いた。それは一言で言えば、言い辛いことを口にする決意をしたような様子であった。

 

「サフィ…………これからちょっと……いやかなり危ない役目を頼むことになるけど、いい?」

 

 珍しく遠慮がちにそう訊ねるクレア。何時もなら多少遠慮しつつも、サフィーアなら大丈夫だろうと言う信頼を持って提案を口にする筈だ。それがこんなにも言い辛そうに訊ねてくることにサフィーアは違和感を感じずにはいられなかった。

 

 これはつい先程までの、異常とも言える行動をサフィーアが繰り返していた事に起因するのだが、肝心の彼女は気付いた様子もなくいつも通りのやる気に満ちた笑みを浮かべて頷いた。

 本当はクレアが彼女に向けている心配や憂いを感じ取っているのだろうに…………。

 

「任せてください。で、何すればいいんです?」

 

 

***

 

 

 スケアクロウを倒すための簡単な作戦会議を終えたサフィーアは、クレア達から少し離れた場所にある通気ダクトのメンテナンスハッチをすぐ近くに佇んでいた。視線をクレア達の方に向ければ、壁に設置された別のメンテナンスハッチのすぐ隣に立つクレアと、そのメンテナンスハッチの真正面数メートルの場所でライフルを構えたカインの姿がある。

 作戦は至極単純、サフィーアが態とでかい足音を立て、それに反応してやってきたスケアクロウをクレアがいるハッチに誘導しサフィーアに襲い掛かろうと飛び出してきたところをカインが撃ち抜くと言うものであった。場所的にハッチからスケアクロウが飛び出した瞬間カインが引き金を引けば確実に頭部に命中させられるだろうが、もしもと言う時に備えてクレアが控えている。仮にカインが仕留め損ねたとしても、彼女が止めを刺すか次の行動を封じる一撃を見舞ってくれる筈だ。

 

 と、頭の中で作戦を思い返していたサフィーアに、クレアが掌の上に作り出した火の玉を見せる。作戦開始の合図だ。

 

 サフィーアは片足を上げると、渾身の力を込めて床を踏みつけた。金属製のレガースに覆われた足が力強く踏みつけた事で、床から派手な音が立つ。

 

 瞬間、どこか遠くの壁の中から何かが高速で移動するドタドタゴトゴトと言う音がサフィーア達の耳に入る。

 同時にサフィーアは、自分に向けて放たれる攻撃的思念を感知した。

 

「来た! 来た来た来たッ!!」

 

 見る見るうちに大きくなる壁の中からの音にサフィーアは冷や汗を流しつつ口角を上げ笑みを浮かべた。これから行う事は非常に危険な囮としての役割であり、一歩間違えると命の保証は誰にもできない。半ば自殺も同然だ。

 にも拘らずサフィーアが笑っていられるのは、彼女が異常者だからだとか言うのではなく彼女が危険を前に物怖じしない強い心の持ち主であることの証左であった。

 

 サフィーアは全速力でカインの近くへ移動しつつある。このままいけばスケアクロウがクレアの近くのハッチから飛び出す頃にはサフィーアは彼とハッチの射線上に到着する筈。恐らくサフィーアがハッチの前を通りがかった瞬間スケアクロウが飛び出してくるだろうから、彼女はその瞬間を見計らってその場でしゃがむかして姿勢を低くする。一瞬の判断の遅れが命取りとなるが、攻撃の直前の思念が大きくなる瞬間を見極められる彼女なら対応は可能だ。

 あとはそのタイミングでカインが自分に向けて飛び掛かってくるスケアクロウの頭を撃ち抜けば――――――

 

『聞こえるか? ラウルだ。こちらは始末したがそちらは大丈夫か?』

「ッ!?!? 馬鹿ッ!?」

 

 その時全く予期せぬ事態が発生した。上の階で待っていたラウルがクレア達を心配して無線で話し掛けてきたのだ。向こうとしては純粋にこちらを心配しての事だろうが、今はタイミングが悪過ぎる。

 

 案の定、スケアクロウの敵意は一瞬でサフィーアから離れた。奴の狙いは十中八九派手な音を立てた通信機の持ち主であるクレアだろう。

 運が悪いことに、今クレアがいる場所とこちらに向かいつつあるスケアクロウとの間には通気口があった。サフィーアはそれを見た瞬間声を上げる。

 

「クレアさん、そこ離れてッ!?」

 

 サフィーアの警告にクレアが彼女の方を見ると、同時に彼女の背後にあった通気口が吹き飛びスケアクロウが飛び出してきた。スケアクロウは無防備を晒しているクレアに襲い掛かる。

 ギリギリでスケアクロウの出現には反応できたクレアが背後を振り返るが、その時点で既に彼女はスケアクロウの攻撃の射程圏内に入ってしまっていた。スケアクロウがクレアを掴んでダクトの中に引きずり込もうと両手を伸ばしている。

 

 だがその手がクレアを捉える直前、青白い魔力の斬撃がスケアクロウに襲い掛かった。このままだと間に合わないと察したサフィーアが、走りながら引き金を引いて一足先に一撃を見舞ったのだ。

 

 生憎とその一撃は躱されてしまったが、クレアが体勢を整える猶予を作り出すことはできた。

 

「サンキュー、サフィッ!!」

 

 体勢を整えたクレアはスケアクロウに回し蹴りを放ち蹴り飛ばし距離を放す。床に落ちたスケアクロウにカインが追撃の射撃を放つが、銃弾がスケアクロウの体を穿つ前にそいつは近くの通気口の中に飛び込んだ。

 

 瞬間、クレアは無線を取り出すと大声で無線の向こうのラウルに話し掛けた。

 

「今のもう一度言ってッ!?」

 

 言うが早いか彼女は無線をカインに向けて投げつけた。カインは驚いた様子もなく無線を受け取ると上着のポケットに突っ込んだ。

 直後に無線の向こうからラウルの声が響く。

 

『何、もう一度? ちゃんと聞こえてるか、おい!?』

 

 再び無線からラウルの声が響くと、今度はカインの真正面にあるダクトのメンテナンスハッチが吹き飛びスケアクロウが姿を現す。

 

 その瞬間を見逃さなかった。

 

 姿を現したスケアクロウに、サフィーアが飛穿斬・疾を放つ。場所が場所である為威力を押さえてはいるがそれでも亜音速で飛ぶ刺突は、スケアクロウの体を遺跡の壁に縫い付けた。

 一瞬身動きが取れなくなり悶えるスケアクロウ。そこに追い撃ちで放たれたカインの銃撃が正確に相手の頭部を撃ち抜き、血と脳漿をぶち撒ける。

 

 頭部を破壊され、一瞬大きく震えたかと思うと直後に脱力しそのまま床に落下するスケアクロウ。クレアは念の為警戒しつつ近付き、二回ほど蹴って何の反応もないことにスケアクロウが完全に死んだことを確認すると二人に向けてサムズアップをしてみせるのだった。




ご覧いただきありがとうございました。

今回でなろうの方に投稿している話に追いつきましたので、今後は週一更新となりますがご了承ください。

基本日曜日の更新を目指します。

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