悪堕ち勇者とエルフ   作:AMEKO

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本作は勇者の行く末について真面目に考察した結果、逃れえぬ悪堕ちした勇者の終わった物語です。
未熟な文ではありますがよろしければ誤字脱字報告やご感想評価のほどモチベーション維持のためお願いいたします。



あとTSしてるのは趣味です。

趣味です。


1

曇天が見える。

乾いた目は何を見るでもなくただぼんやりと辺りを認識するなか、浮かんだ意識はただ空の模様を思うだけだった。

 

耳が足音を捉え意識するまでもなく剣を振るい、血の香りが濃くなる。

辺り一面は死体だらけ、手に持った剣は血脂に塗れでどうしてこれであれほど鋭利に斬れるのかと自分でも不思議に思うほどだ。

斬る。

 

巨大なモノ、小さいモノ、腕が多いモノ、四つ足のモノ、飛行するモノ。

魔物は全て斬った。

 

俺は勇者だから。

国を守り、世界を守るため力と使命を受けた俺はその役割を全うする義務がある。

 

武器を持ったモノ、立ち向かうモノ、ただ震えるモノ。

たとえ敵意が無かろうとその全てを斬った。

 

国の補助を受け、西へ東へ奔走しながら、仲間が傷つき倒れるなか剣を振るい魔法を放ち、魔軍の手足を捥いでいく。

休む時間など無かった、休む選択肢など無かった。

人々が阿鼻叫喚の悲鳴を上げ、絶望的な防衛線を築いているが、崩壊の足音はすぐそこにまで聞こえていた。

 

戦場で戦い続けて、次第に視線は虚ろにモノを認識し、耳は意味を聞き取ることをやめ、鼻はもう血の匂いでダメになった。

いつしか思考すらぼやけ、ただ世界の声が囁くままに行動することが多くなった。

 

建物の中に詰まっているモノがなにかを叫んでいる、斬った。

路地の裏に潜む二つのモノがいた、斬った。

鍛冶場を占拠するモノがいた、斬った。

 

世界が終わる気配を感じ、気が付いたら王都でモノを斬っていて、また戦場でモノを斬る。

 

いつの間にか肩を並べる仲間は居なかった。

周りには死体と、死体になるモノだけがあった。

それも仕方がないとぼんやりとした思考は思う。

こんな生活、勇者だから出来るのであって彼らが着いてこれないのは当たり前のことなのだ。

 

戦場にぽっかり開いた空白の中心で息を吐き、なにかを声に出さずに呟く。

戦い続けてから息が切れることはいつの間にか無くなった、だからこの行為には意味がなく、なんの意味があったのかも忘れた。

 

戦場の中ただ一人足を進め、すべてを切り裂く。

あのモノは形がおかしいから、きっと敵だろう。

 

 

周りに意識を向けていると死体が急に動き、足を物凄い握力で掴む。

体は素早く反応し地面を見ずに剣を振るうが、今までと違い剣はソレに沈み込み死体の手は足から剥がれない。

 

足を掴む手がもう一つ。

 

もう片方の足を掴む手がもう一つ。

 

手は後ろからだけでなく横からも、前からも。

 

足にもう掴む面積が無くなれば次第にその手は上へ、上へ。

 

その手を振り切ることは、それが死体であることを認識した瞬間に諦めた。

剣を引き抜き、すべてを引きずるようにして足を前へ進める。

 

手は首にかかり、喉を強く締め付け、それでも手は這い登り視界は闇に包まれる。

 

それでも前へ、力が、使命が、役目を全うするのだと囁き感覚がモノの居場所を伝えてくる。

 

重たくて仕方がない死体を引き摺りながらただ前に進み。

斬った。

 

それが夢だと知っていても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その子を見つけたのは本当にたまたまだった。

森での狩りの帰り道、少し開けた森の中この子はうつ伏せにして倒れていた。

 

ボロボロの大きなマントがその子の体をすっぽりと覆い隠していたが、そのマントの丈より足がはみ出していないところを見るに大人ではないことはわかった。

 

その時の私は、きっと面倒そうに顔を顰めていただろう。

このエルフの森に彷徨いこんでくる人間は大抵人間の国に居場所が無い、なにかから逃げてきた者が大半だ。

そんな厄介事に関わるほど私は優しくはなれないし、自分以外を養えるほど生活に余裕はない。

 

黙ってこのまま帰ればこの厳しい森は逃げてきた人間は獣が糧とし、森の肥やしとなるだろう。

けれど子供を見捨てるということに良心の呵責が無いわけでもないのは確かだ。

 

どうしようかと考えてながら足を止め見ていると、その子は何かに苦しむように呻き声を出し胎児のように丸まる。

その姿を見てしまい思考は良心と損得の天秤に深まり、決して安全とは言い切れない森の中で周りへの意識が薄れてしまった。

 

茂みからカサッと小さな音がして、空気を切り裂く小さな音。

 

「仕留めろッ!!」

 

人間の言葉が鋭く辺りに響き、振り向いた目の前には顔面に向かって迫りくる一つのナイフ。

なにかを思い動く猶予さえなくただ死を意識した次の瞬間、ナイフは飛翔してきた剣により阻まれた。

命が助かったことを安堵し無意識化に息を吐こうとして、一本目のナイフの陰に隠されるように投げられていたナイフに息を呑む。

 

体は動かない、思考は完全に停止した。

光を反射しない黒塗りのナイフが迫りくるのをただ見つめ、いつの間にか目の前には先ほどの子供がいた。

 

「な、なに!?」

 

「・・・」

 

突然の展開に追い付けていない私がようやく捻りだした驚きの声を無視するように、突如現れた複数の人間の男たちと子供との戦闘は始まった。

 

無手で突っ込む子供に対し、男たちは魔法を発動させる。

まず眩い閃光が奔り、エルフの動体視力でもって辛うじて見えたのは木々の隙間から撃ち放たれる紫電。

人間には認識することすら困難な魔法だが、男たちはただの足止めと言わんばかりに空間ごと圧殺する爆縮魔法を複数人で放つ。

最初の電魔法でさえただ一人を殺すには十分と言えるのに、空間ごと全てを消し去るように爆縮魔法を何発も、念入りに撃ち放つ。

たとえかつてあった魔軍の将軍であろうと塵も残らないのではと思える過剰な攻撃で、辺り一面は火の海だ。

 

突然の事態で鈍くしか動かない頭でも、このままでは森が燃え、これ以上の被害が出る。

しかし足が竦み動けない私の周りでぽつりと水音が起こり、突如発生した小雨によって炎は少しづつ鎮火していく。

 

だがそれは被害を抑える救いの雨などではなく、未だ終わらない戦闘の続行を続けるものだった。

 

視線を森の炎から魔力を感じる前方へ向けると同時に、宙に浮かんでいたいくつもの水球が弾け男たちの姿が完全に隠された。

弾けた水球はただの目くらましだけでなく、ただの水滴を死の散弾へと変え全方向へ破壊を撒き散らし、さらに水に隠されたヴェールの向こうからは木々を貫く威力の石礫があたりを薙ぎ払う。

 

何もかもを破壊するその魔法の数々は、まるで戦争だった。

 

男たちの怒号と魔法の閃光は今だ止まない。

しかし戦場は確実に距離が離れ、男たちは遠ざかりながらも破壊を撒き散らしていた。

いったい彼らは何を相手にしているのかと耳をすませばその音の中には悲鳴が混じっており、次第に音は少なく、段々と消えていった。

魔法によって生み出された水や炎が共に消え術者が死んだことを伺えさせ、先ほど以上の静寂が森を包む。

 

「なんなのよ...」

 

一瞬でボロボロとなった森を見渡し、その凄まじさから恐怖に震える。

先天的に魔力を感じれるエルフだからこそ先ほどの魔法の恐ろしさを理解できるからこそ、先ほどの戦闘でどれか一つの魔法でも巻き込まれれば死んでいたのだと理解できてしまい恐怖した。

足の震えに耐え切れずその場にへたり込んでいると、落ちた枝木が踏まれ折れる音がして、その子がいた。

 

全身を隠すようにマントを羽織っているが、マントには返り血らしきものが染み込んでおり、マントの中からは未だに血が滴り落ちている。

恐怖から弓矢を引こうとするが手は震え、弓を持つことすらままならない中こちらを見ているのかもわからない虚ろな眼をして近づいてくる子供。

 

「だいじょうぶ?」

 

目の前に来て放った声は鷹揚の無い、ただ疲れきった声をしていた。

依然震えは止まらないし、刺客らしき男たちを一人で屠ったこの子に対する恐怖もある。

けれど敵意も害意も無さそうなこの声は、私を少し安心させた。

 

「な、なんだったのよ」

 

「まきこんで、ごめん」

 

頭を下げてくる行為の意味はわからなかったが、きっと謝っているのだろうとわかった。

けれどその言葉は事情を話すものではなく、話すと巻き込んでしまうかもしれないということを伺わせられた。

 

「ここからはなれたほうが、...?」

 

頭を上げ心なしか申し訳なさそうに見やるその子は、話している途中に力が抜けたように膝をつき、不思議そうに自分の身体を見る。

そして崩れるようにして倒れる体を思わず受け止める時も、不思議そうな顔をしていた。

 

「ちょっとあんた!」

 

「...あれ」

 

人間よりは鋭いエルフの嗅覚がこの子供に染みつく血の香りを伝えてきて顔を顰めそうになる。

匂いは先ほどの返り血だけでなく身体に染み込んでいるだろう血の匂いと、それを隠すような薬草の匂いが直に触れ合う距離になればわかった。

しかしそれよりも酷いのはこの子自身が流す血と、肉の焼けた酷い匂い。

 

子供を足元に寝かせマントを剥ぐ。

全身に無数の傷があった、肉が切れて抉れいろんな所がひしゃげて、今後まともに動かせることはないだろうと素人から見てもわかる。

だがそんな酷い見た目よりもお腹に突き刺さるナイフが一番まずい。

すぐさま引き抜き腹部を手で圧迫しながらナイフの匂いを嗅ぐと、やはりそのナイフからは濃厚な毒の匂いがした。

 

「ごめん、まきこんで」

 

「黙ってなさい」

 

庇われたんだと誰にでもわかる。

このナイフにしてもそうだが今こうしてしゃがみこんでいる場所だってきっとこの子が魔法で守ってくれたからこうして無事なのだ。

半径一メートル以内は戦闘が始まる前のように草木が生えているが、それ以外の前後は爆風で燃えた跡だったり土がめくれあがっていたり。

魔法の行使は原則一人一つしかできない。

他の魔法を使うには発動している魔法を止め違う術式に切り替えなければならない。

 

私を守るための防御魔法なんて張らずに見ず知らずの私を切り捨ててしまえば、きっとこの子はこんな怪我を負わず、さっきの戦闘だって魔法を使って楽に済ませられたはずだ。

 

「ここで、おわり、かぁ」

 

咳き込むようにして異常にどす黒い血の塊を吐くと、小さく淡々とした事実と諦観の声を呟く。

そこに私を助けたことによる感情なんてどこにもなくて、なぜだろうか少し腹が立った。

 

「おねえさん、ここにおいていって、それでまきこまれずに、すむから」

 

私は面倒事が嫌いだ。

今までも森に入ってきた人間を見捨てることはあったし、人間一人ましてや怪我人を養えるほど生活に余裕があるわけでもない。

 

腹部からは依然血が流れ、その他の傷からも流れる血によって服が赤く染まっていく。

 

「ごめ...ん...」

 

こんなあからさまな厄介事、正直手に負えない。

放っておけばきっと森がその糧とするだろう、刺客がまた来てこの子の死体を持ち帰って事態は収まるのかもしれない。

 

瞼がゆっくりと閉じられ、少し荒かった呼吸が次第にゆっくりとなっていく。

 

「ああ、ああもう!!」

 

けれど私に良心の呵責が無いわけではない。

巻き込まれたとはいえ助けられた子供を放っておいて自分だけ何事も無くのうのうと過ごせるほど私の心は図太くできていないのだ。

 

子供が羽織っていたボロボロのマントを引き裂き止血をしようとするが、全く引き千切れないので自分の服を引き裂き止血し、魔法で体内に入った毒を解毒する。

負担にならないように子供を両腕に抱きかかえ、その軽さに一瞬驚くがすぐさま自宅に向かって走り出す。

 

「勝手に巻き込んで勝手に助けて勝手に死ぬ?ふざけんじゃないわよ」

 

魔法を行使しながら走るなんて器用なことしたことがない、けれどやらなければこの子供は死ぬから止めることはできない。

 

「ここはエルフの森よ、人間が好き勝手する場所じゃないの」

 

普段森の中を走っているとはいえ走ることに意識を割けない状況、何度も木の根に躓きそうになりながらも速度は緩めない。緩められない。

 

「だから勝手に死ぬんじゃないの、人間」

 

バランスを崩せば子供庇うように木に体当たりするようにして倒れないようにする。

打ち身で痣だらけになるが気にも留めず一心不乱に走る。

 

実際のところ、家に戻って治療を施したところでこの怪我と毒を治療するための器具も知識も魔法も私には無い。

けれど私にはとっておきの、誰にも見られるわけにいかない秘密の手段がある。

 

その手段を使うことに何も思わなくもない。

エルフの里から半ば隔離されるように一人で住んでいるのはそのせいでもあるからだ。

けれど手段を選んでいたらこの子は死に、巻き込んでくれたことや森を破壊してくれた一エルフとしての恨み言も言えず、助けてくれたことへの感謝も言えないのだ。

 

蹴り開けるように家のドアを開け、子供をベッドに優しく降ろす。

この家に刻んである結界術式に魔力を流しこの家と外を空間ごと隔離する。

 

「手を貸しなさい、あんたの力が必要よ」

 

誰とも知らない、自分の中に住まう誰かに声をかけると、意識の中でただ睡魔を貪るナニカが目を覚ます。

それだけで私という存在が塗り替えられるようなおぞましい感覚がするが、今回だけはその感覚に身をゆだね、暖かい闇の中に意識を投じる。

 

(厄介事かい?)

 

「そうよ」

 

嗤うように問いかけるこいつはいつの間にか私の中にいた寄生虫だ。

私にとって一番の厄介事であり、きっとこれからもそうあり続ける面倒くさい存在。

普段は何の役にも立たず、何の役にも立とうともしない奴だが、こんな時ばかりは役に立つ変な奴。

 

(オーダーは?)

 

「助けて」

 

(いいよ宿り木よ)

 

瞼が閉じ、意識が一層奥底に墜ちていく。

下へ、底へ。

 

そうしてまた私は、彼の魂の記憶の中を揺蕩う。

 

別に見たくは無いのだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

「因果なものだね、僕も、君も」


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