そして新ヒロインだ、喜べ。
「ははっ、随分なご挨拶じゃねぇか」
「ちょ!?」
「なぁ。俺がトールズにいるって分かっててやったんだろ?それとも家族って思ってたの……俺だけなのか?」
「っ!?」
新品同然だったデアフリンガー号は所々煤けてあるいは凹みその襲撃の激しさを物語っている。外に無防備な状態で置かれていた機甲兵は破壊されて今も炎を上げていた。
演習1日目の夜。それは突然だった。いきなりデアフリンガー号が揺れけたたましい爆発音が響いた。わけも分からずパニックになりかけた士官学生を教官達が落ち着いてまとめ上げてくれたお陰で阿鼻叫喚になることもなく敵襲へと反応出来たのはいいものの謎の人形兵器によって更に炎は燃え広がる。
「あははっ!いいねぇいいねぇ、それだよそれっ!殆ど私と入れ違いで出てっちゃったからねぇ。こんな所で出会えるなんて運命感じちゃうなぁ!」
「シャーリィっ!てめぇ!」
「あ、ランディ兄いたんだ。けど今は構ってる暇なんてないんだよね。恋焦がれて貴方に会いたくてもう狂っちゃいそうだった。ねぇ、貴方もそう思うでしょ!カイ!」
「うるせぇ黙れよ、ガサツ赤女。あいにく俺の好みは清楚で気品溢れる淑女だ。てめぇみたいな頭狂ってる戦闘狂はゴメンだね」
燃え盛る演習地。敵襲はたったの2人と思われたが何処からともなく湧いてくる人形兵器。教官達は学生を指揮しながら応戦する。劣勢になりながらも何とか凌ぎきっているが明らかに達人級以上である2人がまだ何もしていない状態を見るに楽観視は出来ない。まるで何時でもお前達なんて殺せるのだぞ、そう言っているかのようだった。
燃える炎のせいかそれとも別の何かのせいか頬を朱に染めてうっとりとした目でカイを見詰める赤髪の女の子。
「……はぁ。どうせそこのガサツ赤女が暴走したんだろ?ポンコツ」
「……えぇ、本来であればここで襲撃する予定はありませんでしたわ」
「色々言いたい事はあるがこの場はそれでいいわ。どうせ遠からず母さんとかも出張ってくるんだろ。んで母さんはなんて言ってたんだ?」
「……『貴方自身の目でこの世界を見て、感じたままに自分の道を行きなさい』とマスターは仰っていましたわ」
「そうかい。何だか
背後から近付いてくる人形兵器を振り向きもせず一閃する。次いでと言わんばかりに学生達が相手取っている人形兵器の全てを一太刀の上で斬り伏せた。
カイが振り抜いたのは一太刀、それのみで複数の人形兵器を切り捨てるという人間離れした光景に一同それぞれ唖然となる。
「うそっ!?」
「君は一体……」
「想像以上です……」
「驚くのは勝手だがまだまだ湧いてくるぞ、構えろ」
きっとあの人は何時かはこうなるのを分かっていたのだろう。いや、正確には分かっていなかったのは自分だけかと自嘲気味にふっと笑う。元より胡散臭い組織だと思ってはいたいし幾ら自分が世間知らずだったと言っても色々と異常だったというのは気が付く。
超が付くほど真面目で正義という言葉が似合うあの人の事だから何か考えがあるのだろうが自分には関係ない事だ。
何故ならあの人は『自分の信じた道を行け』そう言ったのだから自分は此処でトールズ士官学生として刀を振る。それだけなのだ。
カイが言った通りに人形兵器がぞろぞろと湧いてくる。多勢に無税と言わんばかりに出てくる人形兵器に学生達の顔にも疲れと恐怖が見え隠れし始める。良くない傾向だ、何処かが崩れればそれを皮切りに総崩れになりかねない。
教官達も必死に学生を鼓舞し動き回っているが学生達のフォローをしながらでベストな動きが出来ていない。このままでは何時かは押し切られるのは目に見えていた。
「教官達は皆のフォローを宜しくお願いします」
「けどカイ、君は……」
にたァとやな笑みを浮かべる赤毛の女
「どうやら熱烈なラブコールに対応しなきゃならねぇみたいなので。ちょっくら行ってきます」
「カイっ!よせっ!」
赤毛の女が持つ武器、テスタ・ロッサが唸りを上げて吠える。テスタ・ロッサは火炎放射器が付いたチェーンソーライフルだ。それの銃口が向いているのは向いているのは今も必死に人形兵器と戦っている学生達。
放たれる火炎に真正面からカイは突っ込んでそれを斬った。真っ二つに分かれて消えていく火炎を見て赤毛の女、シャーリィ オルランドは何かに取り憑かれたように笑い出す。
「アッハハハハハハハハハハハハハハハハ!アハハハハハハ!アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
「はんっ、相変わらず狂ってやがるぜ」
唸りを上げて此方を刈り取ろうとするテスタ・ロッサを紙一重でかわす。武器同士をかち合わせるにはチェーンソーとボロ刀では分が悪い。正直この場でシャーリィを無力化するだけなら容易い。ただ斬ればいいだけなのだから。けどそれではダメだ。この女にはそれすら狂気と言う名の愛に変換してそれこそ狂ったように何処までも追いかけて来る。この女はそういう女だ。
なら自分の身の程を弁えさせるのが手っ取り早い。それこそこの女の
なら話は早い。シャーリィから逃げるように背を向けて飛び去っていく。一瞬唖然としていたシャーリィだが次の瞬間には少しむっとした顔をしてカイが逃げていった方へ向かう。きっとその表情だけ見ればヤキモチを妬いた可愛い少女なのだろうが手に持つ物騒な武器が全て台無しにしている。そんな何処か現実離れしていた光景を心配そうにある女の子は見ているしか出来なかった。
―――――――――
シャーリィが初めてカイを見たのは結社入りをして直ぐの頃だった。鋼の聖女の神速の突きを危なげなく回避、または刀やナイフで防御をする。何故か一向に反撃しようとしないカイだが不思議とそんな「殺す気かっての!」「私の子ならまだ行ける筈ですよ?」「しぬっ!これ以上ペースあげたらしぬっ!って母さん自分が楽しんでるでしょ!」なんて気の抜けた会話をしている自分とそう歳が変わらない男の子。
まず鋼の聖女の攻撃をそこまで捌けること自体異常なのだがその時のシャーリィには気が付けなかった。いや普段通りのシャーリィであればそれぐらい一目見れば分かっただろう。
男の子を見た瞬間。自分の心臓がどくん、と跳ねた。一向に収まらない動悸に昼ご飯に毒でも混ぜられてたのかな?なんて何処かズレた思考を張り巡らせながらも視線は男の子にへと吸い込まれてるかのように目を離せなかった。ぼーっと何の気なしに眺めているとこっちの存在に気が付いたのか目が合った。
ドクンッ、さっきよりも激しく強く心臓が跳ねた。咄嗟に目線を外す。顔も熱くて何だか身体も火照ってきた。
シャーリィは普通の女の子とは決定的にズレた感覚の持ち主だ。自分が普通の女の子とはズレてるというのは自分でも理解している。と本人は思っているがある事が関わらない普段の様子は無邪気で自由な活発な可愛らしい女の子なのだ。猫を追って迷子になる事もあるしこうやって誰かに一目惚れをして恋をする事だってあるのだから。
決定的にズレたシャーリィはとにかく目の前の男の子と話したいし仲良くなりたい。けれども友達の作り方すら分からない少女は結局、殺し合うぐらいしか彼に関わり気を引く方法を思いつかなかった。なんの気もなければ普通に喋りかけるだろうにそれが出来なかったのは恋した乙女ゆえだろう。そんなごく普通の女の子と変わらない事で悩むシャーリィだが。でも少女は
「ねぇ、何で逃げるの?ねぇねぇねぇねぇ!」
「うるせぇほんとお前黙れよ。俺煩い女は嫌いって言わなかったっけ?」
「ご、ごめんなさい……」
「え、えぇ……」
しゅん、と俯き泣きそうな顔をするシャーリィにこれは予想外と困惑する。初めて会った時もそうだった。いきなり好きだのなんだの言ってきたと思えば死ねと言わんばかりにチェーンソーを振り下ろしてくるし、嫌いだと真正面から言えばこんな風に泣きそうになる。これが本当に訳が分からないしタチが悪い。これじゃ自分が大事に想っている、構って欲しいけど構って貰えなくて拗ねている妹と何ら変わらないのではないか。
「きっとお前は大事に育てられてきたんだろう、不満もなく幸せなんだと思う」
腰に刺した刀に手を掛ける。
「傭兵要素抜けばお前は何処にでもいる可愛い女の子だもんな、愛されてもいるんだろう」
可愛い。そんな単純な言葉1つで顔色がパァっと明るくなる。それを見て心が軋む音がする。
「けど……お前は俺の好みとは絶望的なまでに掛け離れている。きっと普通の家庭に生まれてきたのならこうはならなかった。だから……お前の心を斬るっ!」
心が軋む音を無視してカイは刀を振り抜いた。チン、と刀が鞘に収まる音がしたのと同時に糸が切れた人形のようにシャーリィが地面へと倒れる。
「……ふぅ、斬っちまったなぁ」
別に殺したわけではない。現にシャーリィの腹は上下していて息をしているのは見て取れる。
彼が斬ったのは心だ。恋心、自分に執着している原因であろうそれを斬ったのだ。
昔からカイには斬れないものが存在しない。物心付いた頃からそれが出来ていたし、たとえそれが目に見えないようなものでも斬れる。そんな化け物のような力。
「ぐっ!?」
ズキッ、と鋭い痛みが右目に走る。余りの痛みに地面をのたうち回りたくなる衝動を抑えながら右目を抑える。
「あー……ちと視力が持ってかれたか」
昔からそうだった。斬り具合によるがこうして何かを斬る度に身体の何処かが機能不全に陥る。過去に斬ったモノのせいで既に味覚が失われている。どうやら今回は視力が幾分か持ってかれたようだ。
倒れるシャーリィの幸せそうな寝顔に再び心を痛めながらカイはその場を離れていった。
我らがシャーリィちゃんが一目惚れリセットされただけで諦めると思うかぁ?
そういやポンコツって主人公と仲良かったよね。
おや?シャーリィちゃんの様子が……