そこで、愛里寿は逸見エリカと出会う。
そこで愛里寿は、とびきりおいしいハンバーグを食べることに。そのハンバーグを作ったのはなんとエリカで……?
※このSSは某所の合同誌に寄稿したものであり、Pixivにも投稿してあります。
島田愛里寿が逸見エリカと出会ったのは、黒森峰女学園への体験入学を行ったときだった。
愛里寿は西住みほとまた戦いたいという気持ちから、大学から高校への編入を考えていた。
そして、様々な高校への体験入学を行っていた。
その一環として、黒森峰へと体験入学をしたときがあった。
愛里寿としては、黒森峰は西住流のお膝元であるし、まず入学はしないだろうが、それでも一応体験しておこうという気持ちだった。
実際、愛里寿はトマトもチーズもオリーブオイルも嫌いだがアンツィオ高校への体験入学をすでにしていたぐらいだった。
その黒森峰において、愛里寿はそれなりに充実した体験をした。
島田流とは違う黒森峰の西住流の戦車道の運用。
それを学べただけでも、愛里寿にとっては価値ある体験入学だと思った。
その体験入学のときに、愛里寿は食事を振る舞われた。学食ではなく、生徒の作る料理をお出しされたのだ。
理由としては、生徒の自主性を重んじる学園艦の風土も体験してみて欲しいという、西住まほからの提案だった。
「さあ、どうぞ」
まほは愛里寿に食事を出す。
出されたのは、ハンバーグだった。
「これ……」
「ああ、愛里寿はハンバーグが好きだと以前みほから聞いてな。それで、うちの生徒に作らせたんだ」
「そうなんだ……それじゃあ、いただきます」
そうして愛里寿はお出しされたハンバーグを口にした。
すると、その瞬間愛里寿は目を見開いて言った。
「これ……おいしい!」
愛里寿の感想に、まほは微笑んだ。
「そうか、良かった」
「肉汁がたっぷり溢れ出ていて……それでいて重たくもしつこくもない。まるで店のハンバーグみたいだ……」
愛里寿は口にしたハンバーグに賞賛の言葉を浴びせた。
それほどに、愛里寿が食べたハンバーグは美味しかった。
「これを作った人は誰なの。作り方を教えて欲しい」
「ちょっと待ってくれ……なあ、赤星」
「はい」
そこでまほに呼ばれたのは、赤星小梅だった。
「なあ赤星、このハンバーグを作ったのは誰だったかな? 私は詳しくは聞いていないんだ」
まほにそう聞かれると、小梅はいたずらな笑みをして口を開いた。
「さあ誰だったか……実は私も詳しくは知らないんですよ、一体誰なんでしょうねぇ、ねぇエリカさん」
「えっ!?」
そこで突然エリカが小梅によって呼びかけられた。
エリカはそのことに大きく慌てる。
「そ、そうね! 一体誰が作ったのかしら! まあ私は興味ないけど!」
エリカがやけに慌てて答えたものだからまほは不思議な顔をし、小梅はクスクスと笑っていた。
一方で、そのやり取りを見て愛里寿はなんとなく察した。
ああ、彼女が作ったんだな、と。
愛里寿はエリカを見てそう思った。
エリカはとても顔を赤くして慌てていたし、まほ意外の黒森峰生がなんだか温かい目でエリカのことを見ていたからだ。
しかし、名乗り出ないところを見ると隠したい理由があるのかもしれないと、愛里寿は考えた。
なので、愛里寿はエリカにこう言った。
「そう……じゃあもし分かったら、このハンバーグを作ったハンバーグさんに伝えておいて。このハンバーグ、美味しかったですって」
「……分かったわ。もし分かったら伝えてあげる」
エリカは顔を赤くしたまま、愛里寿に答えた。
「ん? みんな分からないのか……まあいい。とにかく美味しいハンバーグが食べられてよかったな、愛里寿」
「……はい!」
愛里寿は一人だけ何も分かっていないまほに笑顔で答えた。
その後、愛里寿は出されたハンバーグを完食し、黒森峰への体験入学に戻っていった。
そうして黒森峰の様々な場所を周った愛里寿。
時間はあっという間に過ぎていき、いつしか体験入学は終わりを迎えた。
「今日は一日楽しかった。ありがとう」
愛里寿はまほ達にそう言った。まほはその愛里寿に笑顔を見せる。
「ああ、楽しんでくれてよかったよ。こちらも、島田流戦車道について色々と学べて実りのある時間を過ごせた。感謝する」
「入学はしないだろうけど、まあ私もそれなりに充実した時間を過ごせたわ。遊びに来るぐらいだったら許してあげるから、また来なさい」
まほの次にエリカが愛里寿に言った。その顔は柔和な笑みであり、どこか穏やかな印象を愛里寿に与えた。
「それじゃあ、私はこれで……」
そう言って愛里寿はまほ達に礼をしたのち、背を向けた。
愛里寿は学園艦に並んだ小型船へと向かって歩いて行く。
「島田愛里寿!」
その背後から突然、愛里寿の名前を呼ぶ声がした。
愛里寿が振り向くと、そこにはエリカがいた。
「えっと……エリカさん?」
「そうよ。逸見エリカ、ちゃんと覚えていたのね」
「うん、まあ。それで、どうしたの?」
「えっと、その……」
愛里寿はなんだろうとエリカを見る。一方エリカはなんだか言葉に困ったように視線をずらしながら頬を掻いた。
「……てあげるわよ」
そして、少しだけ間を置いてから、エリカは声を出した。
「え?」
「だから! ハンバーグの作り方教えてあげるって言ってるの!」
エリカは顔を紅潮させながら、大声で言った。
その途端、エリカはそのまま周囲を素早く見回した。
あたりに人影はなく、エリカは愛里寿の目の前でホッと胸をなでおろした。
「……やっぱり、あれ作ったのエリカさんだったんだ」
「……その様子だと、やっぱりバレてたのね」
エリカはハァ……とため息をつく。
「うん、まあ。分かりやすかったし」
「でしょうね……まったく小梅ったら余計な事を……」
「それで、どうして急に教えてくれようと思ってくれたの?」
愛里寿はエリカに聞く。
てっきりエリカはハンバーグの作り方を隠したいのだとばかり愛里寿は思っていた。それを突然教えてくれるとエリカが言い出して来たのだ。疑問に思うのは当然だった。
愛里寿がそう聞くと、エリカは少しだけためらいながら言った。
「あーその……まあ、嬉しかったからよ」
「嬉しかった?」
「ええ、私のハンバーグ、褒めてくれたことがね。その、ね……笑わないで欲しいんだけど、私もハンバーグ好きなの」
「うん」
愛里寿は笑わず相槌を打った。
その様子に、エリカは少しホッとした様子を見せた。
「……それで、同じハンバーグ好きとして、作ったハンバーグを褒めてもらえたってことが、嬉しくて……そう思うと、あなたにも私のハンバーグの作り方、教えてあげてもいいかなって思ったのよ……」
「そうなんだ……ありがとう」
愛里寿はエリカに素直にお礼を言った。
そのことに少し驚いたのか、エリカは軽く目を見開く。
「……まさか大学選抜の隊長で島田流の次期後継者にこうしてお礼を言われるだなんてね。なんだか変な気分」
「選抜も島田流も関係ない。私はエリカさんの気持ちが嬉しかったからそう言った」
「ふふ……結構素直な子なのね」
エリカは微笑みながら言った。愛里寿もまた、エリカにつられ笑顔になる。
「よし、じゃあハンバーグの作り方教えてあげる。と言っても今日はもう帰るのよね……また今度、休日でいいかしら?」
「うん。そちらの都合のいい日を教えてくれれば私から出向く。大学は休みが取りやすいから」
「そうなの。分かったわ。じゃあ……」
そうしてエリカは自分にとって都合のいい休日を教えた。その日付を見て、愛里寿も頷く。その日は愛里寿にとっても問題のない日だった。
「分かった。その日に行く」
「ありがとう。ああそれと、あんまり他人に私の名前出さないでくれるかしら?」
「ん? 別にいいけど……どうして?」
愛里寿が聞くと、エリカはまたも顔を赤くし、視線をズラしながら言った。
「それはその……恥ずかしいじゃない」
「恥ずかしい?」
「ええ……この歳にもなって、ハンバーグが好きなんて子供舌だなんて笑われそうで……」
「別に好きなものは好きと言っていいと思う。別に恥ずかしいことなんてない」
「そりゃあなたはそうかもしれないけど……」
エリカは呟くように言った。その様子に、愛里寿は本当にエリカは恥ずかしがっているのだなと思った。
「分かった……でも、大学を離れる以上誰かに話す必要はある。特にルミ達には絶対に聞かれる」
「ああ、あの三人組ね……」
「うん。だから、なんて呼べばいい?」
「あなたの好きでいいわよ」
「ん……」
エリカがそう言うと、愛里寿は少し考え込むように顎に手を置いた。
そして、言った。
「分かった。じゃあ、ハンバーグって呼ぶ」
「はぁ!? なんで!?」
エリカはその呼び名に驚き大きな声を上げる。一方、愛里寿は平然な顔をしていた。
「だって、ハンバーグのことについて教えてくれるから。それに、ハンバーグと言っておけばきっとエリカさんだとは思われない」
「そりゃそうだろうけど……まあいいわ。いいわよ、ハンバーグで」
エリカは諦めたかのような表情で言う。
「うん!」
そして愛里寿は、嬉しそうに頷いた。
「それじゃあ、また今度! ハンバーグ!」
「ええ、分かったわよ、また今度ね。愛里寿」
その日から、エリカは愛里寿からハンバーグと呼ばれるようになった。
◇◆◇◆◇
それからしばらくして……。
「それじゃあ、今日も一緒に作りましょうか」
「うん、今日もよろしく頼むハンバーグ」
愛里寿とエリカは二人でエプロンをし同じ台所に立っていた。
二人が一緒にハンバーグを作ると約束をした日以降、二人は定期的に会うようになっていた。
最初は簡単なレシピを教えて終わりのはずだったが、エリカの知っているハンバーグのレパートリーが多かったのと、愛里寿がそのことに興味津々になったために、また別の日教えることになったのだ。
そして、いつしかそれが日常化し、愛里寿とエリカはよく一緒にいることが多くなった。
その中で、二人は様々な話をするようになった。日常生活のことや、戦車道のこと。そうして話していくうちに、二人はすっかり打ち解けた。
そして今では、一週間に何回も会う仲になっていた。
「じゃあ、今日はピーマンの肉詰めを教えてあげる」
「えー……私は別のがいいぞハンバーグ」
愛里寿はエリカのことをすっかりハンバーグと呼ぶようになっていた。
最初は他人を欺くための隠語だったのだが、いつしかエリカのことを呼ぶあだ名として使うようになっていた。
「わがまま言わないの。あなた好き嫌いが多いからこうして少しでも直さないと駄目なんだから」
「でもルミもアズミもメグミも別にそのままで良いって……」
「それはあなたが甘やかされすぎなのよ。私はその点は厳しくいくから覚悟しなさい」
「……うう、ハンバーグの鬼」
愛里寿が頬を膨らませて言う。
二人はすっかり軽口を交わせる仲になっていた。
その関係性が、二人には気持ちよかった。今までにない、友人とも保護者とも少し違った関係だと、愛里寿は思っていた。
「……そうだ、ねぇ愛里寿」
「うん? どうしたハンバーグ」
これから料理を始めようとなったとき、エリカが愛里寿に言った。
「私、あなたのいる大学に進学することにしようと思ってるの」
「えっ?」
その発言に、愛里寿は驚いた。対するエリカは、手元で料理の準備をしながら言う。
「あなたとずっと一緒にいて……大学ではあなたと一緒に戦うっていうのも面白いかなって思ったの。もちろん西住流を捨てるわけじゃないわ。でも、私には私の戦車道がある。それに、島田流を取り込むのも悪くないかなって……」
「……そうか。嬉しいぞハンバーグ。お前がいてくれれば、私も安心して戦えそうな気がする」
「そう。お世辞でも嬉しいわね」
「お世辞なんかじゃないぞ。私はハンバーグの戦車道、好きだからな」
「愛里寿……」
愛里寿とエリカは見つめ合う。そうして見つめ合っているうちに、愛里寿の胸がいつしか早鐘を打ち始めた。
愛里寿はどうしてこんなに鼓動が高鳴るのか分からなかった。
一方のエリカも、どこか顔を赤くしている。
「……さ! それじゃあ今日の料理、始めましょうか!」
「……ああ! お願いするぞハンバーグ!」
二人はごまかすように笑って大きな声を出しながら会話をする。
愛里寿とエリカ、二人がお互いの心の中にある特別な感情に気づくのは、もう少し先のお話……。