Butterfly Effect   作:夢見の狩人
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連邦領内 某所 2061年1月

404小隊による委員長暗殺から3日後


2.連邦軍

物故した連邦国防予算算出委員会委員長の後釜には、同会議メンバーの一員でもあり、前委員長と親密な盟友でもあったウラジーミル・パヴェルが就くことになる。すでに緊急で開かれた会議の場において、彼を次期委員長へ推進すると、同会議メンバーの過半数が支持を表明している。今頃は、反対派のメンバーが考え直すようにと電話を掛けまくっている頃だろう。最終的な決定を明日へ持ち越しとするのは回避できなかったが、連中にできることはそれで終わり。明日になれば、パヴェルは迎えの車に乗り、会議に出席して、予定通り委員長へ就任することになる。

巨額の資金と、なにより貴重な時間をかけて行った計画は、これまでのところ完璧な道筋を辿っている。失敗はなく、不測の事態もない。だが、懸念はある。パヴェルは1つのことを危惧していた。暗殺だ。薬物や拷問、脅迫で選択の自由を奪われるかもしれない。このご時世、政治の問題を解決するのに、それらの手段は、極めて自然に選択肢として出てくるものだ。パヴェル自身も身を以て知っていた。証拠を残さず、怪しまれることすらなく、完璧に遂行された任務完了の報告に、依頼主ながら身がすくむ思いをした。ここも安全ではないかもしれない。

 

彼は執務室ではなく、郊外の山奥にある豪邸にいた。暖かな暖炉の前に立ち、手には70年以上をボトルで過ごし、熟成されたスコッチのグラスがあった。今後を祝福しようと気分良く注いだはいいが、思考の波に浸っていると飲む気がなくなった。

彼を暗殺することに躊躇いはなかった。それは間違いないし、後悔もしていない。必要なことだったからだ。しかし、報告を受けて3日が経ついまも、あの光景は脳裏から離れない。暗殺には戦術人形が用いられたらしく、その人形の視界のスクリーンショットが、報告書の添付資料として付属されていた。歪んだ身体、泡を吹く口。報告書は防諜対策が施された秘匿回線を通してデータで送られ、読み終えたそれは専用のソフトで削除されている。自分が疑われる要素は(なくはないが証拠は)無い。彼は手の内のグラスに目を向ける。パヴェルが栓を開けるまで、スコッチのボトルには誰も触れていない。

 

その時、室内のホログラム・プロジェクターが起動し始め、パヴェルをびくりとさせた。ここ何日かと同じように気持ちが落ち着いていくのを感じ、彼はスコッチをぐいと飲み干す。彼は1人ではない。協力者がいる。"彼ら"が、そして"彼女"がいる限り、心配するまでもない。

 

「就任おめでとう、パヴェル"委員長"」

 

G&K第2企画部長 上級執行代行官ヘリアントスが、ホログラムの姿で挨拶した。パヴェルはヘリアントスを、対等なビジネスパートナーであると同時に、魅力的な女性だとも感じていた。デスクワークが中心のPMC代行官には本来必要ない訓練を欠かさず続けていることを示す引き締まった体型を、連邦のものとは細部の異なる軍服で包み、見惚れるほど堂々と立つその姿に、パヴェルは誤魔化しようもなく惹かれていた。初めて会った時、パヴェルは、彼女の目が死と隣り合わせの修羅場をくぐり抜けてきた者が持つ鋭さを備えていることも知った。その瞳もまた、彼女の魅力だとパヴェルは思っている。

 

「少しばかり時期尚早だが、ありがとう」

 

パヴェルはリラックスした笑みを浮かべ、新しいスコッチをグラスへ注ぎ、ソファーへ座った。

 

「2〜3日もせず、委員会の準備はできるはずだ」

「そんなものは事務的手続きに過ぎない。閣下が我々の友人を通じて、"連邦政府は委員長就任を歓迎する"と伝えてきた」

 

パヴェルは驚いた。彼女の言う"閣下"とは、連邦軍最高指揮官のことだ。今回の案件に関して閣下は、"消極的反対"の立場を示していた。何が意見を変えさせたのか、パヴェルは聞くつもりもなかった。ヘリアントスとG&Kは、同業他社の追随を許さないレベルの問題解決能力を持っており、それこそが、G&Kを業界最大手とする力の根幹となっているのだろう。その影響力は計り知れないものだ。

 

だからこそ、利用するのだ。あの委員会の委員長に就任するのは、野望にむけての階段を、またひとつ登ることになるのは確かだ。しかし、そんなものは一時的なものでしかない。その程度で満足するつもりはない。パヴェルは、連邦軍国防予算算出委員会委員長を、2期まで勤め上げるつもりはなかった。場合によっては、まともに任期を終えるつもりもない。

 

来年の今頃は、連邦軍最高司令部の椅子に座り、あの頭の固い老骨に変わって、ウラジーミル・パヴェル"閣下"と呼ばれる計画だった。

 

 

 

パヴェルはそう思いながら、また1つ考えていた。それは確信に近かった。自分の野望を、その計画の全てを、G&Kは、少なくとも目の前で不敵に笑う彼女には、見抜かれている。それはパヴェルは利用する立場ではなく、利用される立場であることを暗に示すものだった。今回の閣下の説得で、それは確信に変わった。あれは老骨ではあるが、愚か者ではなかった。おそらく、誰だろうと結果は変わらなかったのだ。そしてそれは、パヴェル"閣下"もそうだ。

 

だが、それも、悪くないかもしれない。

 

「……どうかしたか?」

「いや、失礼。考えごとをしてしまった」

「構わんさ。多くのことが君に懸かっている。責めたりはしない」

 

互いに利用し、利用される。対等なパートナーとして、依頼人と担当者、その立場を抜きに接することができる彼女との距離感は、パヴェルにとって心地良いひと時だった。

 

 




パヴェル「合コンは上手くいったかな?」
ヘリアン「ファッ!?」




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