なんか強引だし色々おかしいけど許して。
「場所は」
「このちんじゅふからまっしょーめんにいちまんやーど!」
「東に一万ヤード...それってこの前行った海域の向こう側クマね」
妖精さんから話を聞いてすぐに俺はその場を大井に任せて港へと向かっていた。無論、救助に行くためにだ。
あいつらに正直戦わせたくないから大井には黙っておいてくれと頼んだから多分言わないだろう。あいつは割と口堅いからな。
それに場所が場所だ。以前攻略した正面海域の少し向こう側...なら、俺一人でも大丈夫だろう。
「艤装は」
「じゅんびできてるよー!」
「流石クマね。帰ったらお菓子を作ってやるクマよ」
「おぉ!くまてーとくのとくせーおかし!」
「こりゃいきてかえらなきゃな!」
「ちくわだいみょーじーん♪」
「誰クマ今の」
...しまらねぇなぁ、全く。
だが、これからやることは救助。今から気を引き締めなきゃならない。
助けを求めてるんだ。全力で当たらないとならない...それに、久々に一人だ。
自分のえくぼがつり上がっていく。全身が闘争を求めてる。妹達がいない今、自分を縛るものは何もない。
「...球磨、出撃クマ。全力で」
◯ ◯ ◯
絶体絶命。今の状況を簡潔に言ってしまえばその一言だろう。
先程までアタシ──『夕張』ともう一人──『阿武隈』は共に『横須賀第九十九鎮守府』に向かっていた。目的はこの報酬である『阿武隈』をその鎮守府に送り届けること。普通なら陸続きで送るものなのだろうけれど、何故かその鎮守府は無人島に作られた鎮守府。よって海を渡らなくてはならないのだ。
ちなみに随伴は無し。ホントなら敵となんか遭遇しないですぐ任務を終わらせて帰る予定だったし、大本営も大本営で今深刻な戦力不足だからあまりこういうことに手を回せないみたい。
...ホントに、どこで狂ったのかしら。笑うしかないわね...数十の敵に囲まれてる状況だなんて。
持ってきた電探で表示されてた敵景は全て避けてたはず...まさか、誘導されてた?
「...あの夕張さん...」
「ええ...でもやるしかないでしょ?」
見た限り9割が駆逐、軽巡...人型のは最後の一割で重巡。
...SOSは送った。援軍が来るまで凌げばなんとかなる。
本当は逃げるのがベストだけど状況的に不可能...でも沈むつもりは全然ない。
「行くわよっ!!」
艦の性質上で装備の実験とかにも参加してたから自分の装備のことは100%頭に入ってる。それに、戦闘経験もそれなりにある。これほどではないが、他対一も経験済みだ。
まずは自身の艤装から主砲を手前の駆逐艦に放つ。戦術はよく漫画でも見るものと同じで『弱いやつから潰す』だ。
目論みは成功。手前から徐々に駆逐艦の数を減らせている。
「よしっ!」
とはいえまだだ。こっちにいる阿武隈は練度1、つまり戦闘経験は0なわけだからある程度庇わないと危険だし、何故かまだ静観している奥の重巡も気になる。
「阿武隈、大丈夫?」
「は、はい! ある程度ダメージを負わせれてます!」
攻撃は通るのね。なら、阿武隈に周りを任せて奥を殴る?...いや、それだと阿武隈の負担が大きいわ。ただでさえアタシだけでもきついのに阿武隈には無理ね。
「考えてても拉致が明かない...とりあえず警戒しつつ出来れば周りの駆逐艦撃破! 基本は回避重視!」
「了解!」
突然向こう側も馬鹿じゃないから攻撃を仕掛けてきてる。練度が高くなると駆逐艦の砲撃は対して痛くない。だが何回も言うけれど阿武隈は練度が最低だ。下手に攻撃するよりダメージを負わない回避専念がいいでしょう......
「───あ、夕張さん危ない!!!」
「え──きゃあっ!!」
しまった...自分の周りの警戒を怠ってた! 阿武隈を注視し過ぎたわね。ダメージ判定は...中破!? え、まさか一撃でここまで食らわされるなんて...!?
「──ヤバいっ!」
重巡がこっちに主砲を向けている。その顔つきはニヤリと悪役がかった笑みを浮かべていて、アタシの絶体絶命を表していた。
「夕張さ───きゃあっ!!!」
「阿武隈!!」
アタシのもとへ寄ろうとした阿武隈も別の艦達から集中砲火を受け一気に大破。
なんとか艤装を動かそうとするが動かない。機関部がやられてしまったようだ。
もう、打つ手無しだった。
「ぐっ...」
頼みの綱であった援軍は結局来なかった。ここでアタシたちに出来ることなど...もう何もない。
「こんなところで...沈むなんて...!!!」
ふと目を上げると奥の重巡がこちらに主砲を向けているのが見えた。嫌だ、嫌だ!! 沈みたくない!! まだ生きていたい!!...でも、何も出来ない......ごめんね、提督、阿武隈......
絶望に包まれながら目を瞑り、今にも重巡から砲撃がこちらに来るその瞬間────
───謎の轟音が響き渡った。
「なんの音...!?」
「な、何ですか!?」
私達は顔を上げ音のした方向を確認する。他の敵艦達もその方向を見ていた。そこには...敵の重巡がいたはずの方向には、いつの間にか大破し倒れている敵の重巡と......なんか物凄く目付きの悪い『球磨』がいた。
...え、球磨ってあんな感じのナリだっけ? もっと可愛いげのある感じだったような...それに心なしかアタシ達の知ってる球磨よりも背が少し高い気がする。
「そこの艦娘二人! SOS信号を出したのはお前らクマか?」
「!」
その言葉であの球磨は別の鎮守府の球磨だと悟る。同時にどうやってればあんな目付きになるかは気にはなったけど...考えるのを止めた。
「えぇ、そうよ」
「状況は?」
「こちら両方中破。機関部がやられてまともに動けないわ」
「あ、あたしもです!」
「つまり全滅させなきゃならんクマね...っと!」
...え、今敵艦に急接近して拳で殴った? なんで物理攻撃...いやでもなんか効いてる? 爆発して沈んでくし...初めて見たわ。拳で戦う艦娘なんて...
「さて、久々の他対一。腕が鈍ってないと...いいクマねぇ!!!!」
───あの球磨の雰囲気がガラリと変わる。さっきまでは艦娘...というより、人間らしさというべきか、そんな感じのがまだあった。だが今はどうだろうか。一言で言うならあれは『鬼』。戦いに必要なもの以外を全て捨て人間とは...艦娘とはまた違う何かになった。分かりやすく言えば戦闘狂...かもしれないが、それで言い表すのは生ぬるい気がした。
そこからはあの球磨の独壇場。近付いては殴り、蹴りで攻撃。回避に至っては跳んで行ったりする。
もうあれは艦娘の戦い方じゃなかった。言うならば...格闘。あれだ、漫画とかでよく見るやつだ。
敵艦も動けないアタシ達に構ってなんかおらず一斉攻撃であの球磨を沈めようとしていた。でも...ことごとく潰されていった。
...正直言えば、あの球磨が怖くなった。今更ながら何故一人で来たのかとか、なんで主砲を使わないんだとか、そんな疑問が全部吹き飛んでしまった。
だって...あの状況で笑っているのだ。愉しそうに、嬉しそうに、純粋な子供のように笑っているのだ。
「すごい...」
...それを呟いた阿武隈はそれには気付いてないみたいだけど。この辺りの観察眼も練度が関係してたりするのかしら? なんて呑気に考えてしまった。
「...とどめクマ」
「ギシャァァァァ!!!!」
いつの間にか最後の一匹が仕留められ、辺りが静かになった。
周りは敵艦の残骸だらけで少し気持ちが悪い...
「おっと、自己紹介がまだだったクマね」
戦闘が終了し元に戻った球磨がこちらを向く。そして海軍式の敬礼のポーズをとり、こう続けた。
「横須賀第九十九鎮守府の提督兼球磨型軽巡洋艦一番艦、球磨だクマ!」
「アタシは夕張...へ? 提督...なの? 艦娘の提督だなんて...」
「球磨はちょっと特別なんだクマ。一応提督の試験も受けてはいるからバッチリクマよ?」
「...もう考えるのやめよ」
「あの、あたし、阿武隈です! 横須賀第九十九鎮守府ってあたしの配属先なんですけど...」
「おぉ、ってことは新しい娘ってこの阿武隈クマね。歓迎するクマ」
阿武隈の手を取り握手をする球磨...いや、提督? とりあえず纏めて球磨提督にしましょうか。
「とりあえず聞くクマけど、お前達動けるクマ?」
「...ごめんだけどアタシは無理そう」
「あたしも...」
「よし、なら仕方ないクマね」
「わっ?!」
「きゃっ!」
そう言って球磨提督はアタシ達を俵を持つようにして抱えた。え、あ、ちょっ!!
「恥ずかしいんだけど!?」
「我慢してほしいクマ...球磨の鎮守府で入渠してから帰るクマよ。帰るときは送るクマ」
「...ありがとう」
なんか...アタシには姉妹艦いないからわかんないけど、なんとなく...姉? いや違う...兄? うん、なんかしっくりくる...球磨提督も性別は女のはずなのに...
...ま、今はどうでもいいわね。
「救助、ありがとね」
「困ったときはお互い様ってやつクマよ。一件落着クマ」
多分続きません。