魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女   作:葵むらさき

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 人びとはいっせいに首をたれ、帽子をかぶっているものはそれを取り、女性たちは胸の前に手を組み、地面にひざまずく者もいた。

 私たち家族もいったんは首をたれ瞳をとじたのだけれど、父と母と祖母はすぐに顔を上げ「神よ」と声をそろえて質問しはじめた。

「妖精たちは悪意をもってやっているのでしょうか」

「アポピス類たちはどこに隠れているのでしょうか」

「地母神界は今どういう状況にあるのですか」

 そんなにいちどきに言われてもわかるわけない、と私は思ったけど、フュロワ神にはちゃんとわかっているようだった。

「復讐という意味づけを悪意ととらえるのであれば、妖精たちに悪意は大いにあるであろう。アポピス類たちはいま、まだ残っている湖や川のほとりへ逃げおおせている。地母神界は神の存在が知られていない無法の状況にある」

 神は三つの問いにいっきにお答えになった。

「ではわれわれはこれからどうすればよいのですか」

「どこへいって何をすればよいのですか」

「妖精はわれわれにも悪意を向けてきますか」

「妖精が攻撃してきたらどうすればいいのですか」

「神のお力で妖精を追いはらっていただけるのですか」

「妖精はどんな姿をしていてどんな力を使うのですか」

「妖精はいまどこにいるのですか」

 人びとはいっせいに神へ質問しはじめた。

 その声は、嵐のように吹き荒れて神をめがけぶつかっていった。

 フュロワ神は、すっと腕を空に向かってのばし手の指をまっすぐにそろえて立てた。

「うわっ」ユエホワが叫ぶ。「雷がくるぞ!」

「えっ」

「うわっ」

「ひいい」

「神よ」

「どうかお許しを」

「ごめんなさい」人びとはいっせいに悲鳴をあげ頭をかかえて地面にしゃがみこんだ。

 まさか。

 私はとても信じられず、父に抱き寄せられて地面にしゃがみこみながらも片目をあけて神を見た。

 フュロワはユエホワに向かってウインクをし、ユエホワも肩をすくめて苦笑いしていた。

 それで、雷というのはうそっぱちだというのがわかった。

 けれどそれをいうとまた人びとがよけいにさわぎはじめるから、私はだまっておくことにした。

「皆の者、聞きなさい」しずかに告げたのは、ルドルフ祭司さまだった。「妖精はいまこの場にはいない。しかしわれわれがこの世界に来たことはすでにわかっているだろう。われわれははじめに決めたとおり、まずアポピス類たちのところへ行き、聖堂を建てることと、神をまつる方法を彼らに伝えよう。さあ、出かけるとしよう。皆の者よ、立つがよい。箒にまたがり、空へ浮かぶように命じるのじゃ」

 

 私たちはフュロワ神についていく形で、地母神界の空を飛んだ。

 なにものからの攻撃も受けることなく、やがて私たちはアポピス類たちが逃げおおせているらしい泉のほとりまでたどりついた。

 そこにはたしかに、アポピス類たちがいた。

 人の姿をして湖のほとりにたたずむ者、すわっている者、水の中に入って遊んでいるもの、泳いでいるもの、もぐっては魚(かなにか)をつかまえている者――そして、ヘビの姿で地面の上をうねりながらすすんでいるもの、水の中にもぐっていくもの――

「うわあ」

「おお」

「うええ」

「うひゃー」

 人びとは箒にまたがりながら、めずらしがったり気味悪がったりする声をいっせいにあげた。

 そしてもちろんのこと、アポピス類たちもいっせいに上空を見上げ、私たちを見た。

 どうなるんだろう。

 攻撃してくるのか?

 けれどフュロワ神がいる。

 アポピス類たちにとって、フュロワ神はどういう存在なんだろう?

 私は、おそらく他の皆と同様にどきどきしていた。

 

「ああ、人間だ」

 

 アポピス類の一人――人間の姿をした者――が、言った。

「本当だ」

「人間だ」

「へえ、本当だ」

「へえー」他のアポピス類たちもいっせいに、のんびりとした声でつづけた。

 ヘビ型のものたちも、赤い舌を出したりひっこめたりしながら、その赤い目をまっすぐ空に向けて私たちを見ている。

 彼らが言葉を話すのかどうか、ここからではまだ確認できずにいた。

 私たち人間は、だまりこんだ。

 なんだ?

 想像していたのと、なんだかえらくちがう。

 彼らは――アポピス類は、いまここにこうして人間たちがやって来ていることに、とくにおどろきもしなければ警戒もしなければ、攻撃などするつもりもまるで見えなかった。

「うん」フュロワ神がひとり、うなずく。「ラギリスが伝えてくれたようだな。じゃあさっそく、仕事をはじめるとしよう」私たちの方をふりむいて、にっこりと笑う。「降りていこう」

 人びとはあんぐりと口をあけぼう然としていたが、フュロワ神がするすると下に降りて行きはじめるとあわてたように、一人、また一人、そして全員がつづいて箒の先を大地に向けた。

「拍子抜けってところだな」私のとなりで父がそっとつぶやく。

「たぶん、あの三人ががんばってくれたんだと思う」父の向こうがわで飛ぶユエホワが答えて言う。

「あの三人?」父がきく。「ああ、魔法大生たち?」

「うん」ユエホワがうなずく。「ラギリス神の声じゃとても皆には伝わらないから、あいつらが代弁してくれたんだよ」

「まあ、すばらしいわ」祖母がふりむいて感動の言葉を口にする。「私たちも負けてられないわね。がんばらないと」

「でもそのラギリス神と魔法大生たちはいまどこにいるのかしら」母がきょろきょろとまわりを見る。

 それと。

 私も、まわりを見回した。

「なにさがしてんだ?」めざといユエホワが、父の向こうから私にきいてきた。

「ん」私はちらりとムートゥー類を見たが、答えずにいた。

 きっとユエホワも気づいているんだろうと思ったからだ。

「“あいつら”か?」思ったとおり、ユエホワはそうつづけて、同じようにまわりをきょろきょろと見回しはじめた。


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