山本治は幻想郷で読書をするようです   作:山本 治

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第4話「電池が切れるまで」

全方位からの妖怪の目線を感じ、妙な温度の風を感じつつも妖怪の山の頂点が見えてきた。日の傾き具合から夕方に突入してきていることがわかる。暗い中の下山は非常に危険である。妖怪まみれなら尚更である。

登り坂が緩やかになり始め、足への負担が少なくなった頃。久しく見ない人工建造物が視界に入り始める。

「あれが守矢神社よ」

「随分...空気が薄いですね...」

「ゆっくり登ってきたから具合悪くなんなかったでしょ」

「まぁ高山病にはなりませんでしたね」

若干の達成感からか少し口数が増えた気がする。足取りは重たいが、それでも守矢神社は近づいてきた。登山家の気持ちが少しわかった気がする。

神社の真ん前に立つと、霊夢さんは大きく口を開いた。

「早苗ー!いるー?」

暫く経つと、中からぱたぱたと慌ただしい音が響いてくる。

「はい、はい!って、霊夢さんじゃないですか!」

中から出てきたのは緑色の髪のこれまた可憐な女の子。霊夢さんっぽい服を見る限りこちらも巫女職に就いていらっしゃると考えるのが妥当であろう。頭に付いてるカエルっぽい飾りがとても気になる。

「用事があるのよ」

「へー、どんな用事で...⁉︎妖怪⁉︎」

女の子は僕の方を見るや否や即座にお札っぽいものを構えた。大変、浄化されちゃう。いやむしろ呪いならちょっとショック与えた方が離れる可能性がある...?

様々な考えが頭を巡っていたところ、霊夢さんがそのお札を遮って弁明してくれた。本日は本当にお世話になります。

「落ち着いて、早苗。普通のゴリラよ」

「何だ、普通のゴリラですか!って、普通のゴリラは帽子なんか被って二足歩行しませんよ!」

そうです、治さんは普通のゴリラではありません。喋り、本を読む貴重なゴリラなんです。いやゴリラではありません。何はともあれ自己紹介をしなければ話にならない。

「どうも、僕の名前は山本治です。貴女は何というお名前で?」

「あっ、私は東風谷早苗です...って、何でゴリラが喋るんですかー⁉︎」

 

ひとしきり事情を説明し終わると、東風谷さんは苦笑しながら僕達に向かってとんでもないことを教えてくれた。

「麓からここまでって、索道あるんですけど...」

「えっ⁉︎そうなんですか⁉︎」

「あっ...日頃飛んでるからすっかり忘れてたわ」

叫びだしたくなる気持ちを抑えた。どうしてあんなに危険な思いをしてまで山道を登ってきたのだろうか。道理で人間が守矢神社の話をするわけである。人間なら誰も行けないだろうにおかしいと思った。

「まぁ、帰りに使えばいいってことで...ところで、山本、さん?」

「はい」

身長差的に上目遣いされる。くっ、数年前の僕なら秒で落ちた。しかし今は女の子とほとんど関わることも無くなったので最早恋の概念すら消え失せた。故に僕に死角はない。嘘、ある。

「呪いを解きたいのですね」

「解けるかどうかは知りたいです」

「むぅ...」

東風谷さんは少し考える。それから暫くして、棒の先っちょに紙がひらひらしてるやつ(大幣?みたいな名前だった気がする)を取り出した。

一呼吸置いて東風谷さんは僕の方を向く。

「私にはその呪いをピンポイントで解くのは難しいです」

「そうですか...」

「ですから一か八かにかけてみます」

「ん?」

そう言うと彼女はその棒に力を込めるような仕草をする。僕の目には見えないが、何かたいそうなことをしているのだろうか。

「私の能力は『奇跡を起こす程度の能力』です!」

「えっ能力って何ですか?」

「後で説明するから今は黙って早苗に従いなさい」

早苗さんは僕の頭に棒を近づける。

「奇跡よ!」

 

「...」

「...」

「...ごめんなさい...何も、起こってくれませんでした...」

「いやいや、東風谷さんが謝ることじゃありませんよ」

「そうよ、奇跡なんて百発十中程度なんだから」

霊夢さんそれ励ましてるか貶してるかわかりませんよ。

「いやー、折角、来てくれたんですし...その...」

わかりやすく東風谷さんは肩を落とす。責任感の強い子なのだな、と思った。見ず知らずの他人にこれほど申し訳なさを感じられるのは、どこかの魔法使いさんを思い出す純粋さであった。

何かしら奇跡と呼べそうなものを探して励まそうと思い身の回りを調べてみる。500円玉は落ちていなかった。残念。

と、地面を調べていると、ふとある違和感を抱いた。地面が、遠い。身体を妙な浮遊感が包む。

僕が身の明らかな異変に気が付いた時、同時に東風谷さんも霊夢さんも僕を見て目を見開く。

「ちょっと治...?」

「霊夢さん...東風谷さん...これ...」

「...やりました!奇跡ですよ!」

何と信じられないことに、僕は、浮いていた。僕はあまりの驚きにさっきから顎が外れそうなほど口を開いている。摩訶不思議である。そのミステリーをこの身で体験しようとは思わなかった。

同時に、‘能力’に非常に興味が湧いた。ただの人間を浮かせることのできる力が一体どのようなものなのか、知的好奇心がくすぐられる。

「早苗、狙ったの?」

「...そうです!そうなんですよ!本当は浮かそうと思ったんですよ!」

「そう、天才ね、早苗は」

霊夢さんの凍てつく返しが非常に痛そうなのはいつものことだが、僕は今それどころではない。何と飛べるのである。こんなにおかしなことはあるか。

「...ところで、僕、降りられるんですか?」

「降りたいって思えばたぶん行けるでしょ、たぶん」

浮いてるだけにふわふわした説明。それで僕が月まで飛んで行ってしまったらどうするおつもりなのだろう。

 

「結局呪いは解けませんでした...」

「僕のために努力してくれてありがとうございます」

「お陰で空飛ぶゴリラが出来上がったわね」

落ち込む東風谷さん。何とかして慰めてあげられないものかと考えるが、なかなか案は湧いてこない。頭を撫でる、は妹又は恋人(出来たことないけど)用だし、「愛してる」と言うのもまた他人には禁じ手である。ともすれば、僕にできる事、とは。

やめようと思っていたのに無意識に顎に手を当てていたのに気が付いた頃、一つ案が浮かんでくる。先ほどの僕は浮かんでいた。

「...東風谷さん」

「はい?」

「奇跡はそうそう起こるものではありませんよ」

僕は頭の中に一冊の本を思い浮かべながら話す。斜陽が東風谷さんの顔を赤く染める。もう暫くすれば、辺りは暗くなるだろう。

「神経芽細胞腫という病気があります」

「腫って言うと──癌ですか?」

「そうです。って何で知ってるんです?」

幻想郷で癌の事例は極端に少ない。外界に比べると平均寿命が短く、また大体の人が妖怪に喰われるか結核などの感染症にかかって命を落とすからである。

「私、外の人間だったんです」

「あぁ、成る程。あぁ、確かにこの神社、外界から来たって新聞にもありましたね」

神社が来たなら巫女さんも来る。ならばこの子が外界の子だとしても不思議ではない。

「で、です。外界である女の子が、その病気にかかってしまったのですよ」

「え、その子は、どうなったんですか」

「彼女は、本当によく戦いました。常々明るく振る舞い、親戚中でも院内学級でもどこでも人気者でした。辛い治療も孤独も必死に耐え、よく笑う子だったらしいです。───ですが、残念ながら、11歳で、その生涯を終えることになったのです」

「...」

「奇跡なんてあまり起こる話ではありません。故に、人は稀に起こるその奇跡にその身を託したくなるのです」

「...」

「東風谷さん」

「ッ!は、ハイっ!」

先程の話を聞いて考えるところがあったのか、彼女ははっとして視線をあげる。

「ですから奇跡を起こせる貴女は自らを誇りに思うべきなのですよ」

「自分を...」

「ええ、そうです。何者にも真似できない偉業です」

それだけ言うと、暫くの沈黙が流れる。日は既に落ちていた。表情はよく見えなかったが、東風谷さんは声色が少し好転した気がする。

「えへへ...嬉しいです」

「ちなみに先程のエピソードは書籍化されております。『電池が切れるまで』と言う本なので、後で僕の本屋にでも読みに来てください」

「本屋やってるんですか?」

「ええ、しがない本屋ですが」

 

命とは限りのあるものである。ただ世の中には、その限りを最大限活用せず自らを死に至らしめる者が存在する。何と勿体無いことであろうか。合理主義に基づく純粋な損得勘定で言っているわけではない。ただこの世界を楽しめるチャンスを全て捨てている、その行為はもとより与えられた命が少なかった者への侮辱に値する、と僕は思う。死した後に天国が存在する保証などない。だから我々にはこの世界しか無いのである。彼らが亡くなった後には、彼らの生きたかった世界が広がっている。銀河の単位で考えるなら人類など数億のチリの一つであろう。しかし我々にとってはこの青空の下こそ紛れも無い世界であり、この世である。神経芽細胞腫で亡くなった宮越由貴奈さんは、自分が愛した世界が捨てられるのを悲観した。彼女の愛した世界は、我々が生きることでその姿が守られる。

綺麗事であろう。しかしその綺麗事を愛した少女がいたことを、どうかとどめておいてほしい。

「命はとても大切だ

人間が生きるための電池みたいだ

命もいつかなくなる

電池はすぐにとりかえられるけど

命はそう簡単にはとりかえられない

(中略)

だから 私は命が疲れたと言うまで

せいいっぱい生きよう」

僕は空の星を見上げ、手を合わせて目を閉じた。

 

「後で、借りに行きますね!」

何で誰も金払わないの...

「お待ちしております」

「そういえば早苗、神奈子はいるの?」

「多分寝てます...」

どうやら他にも同居人がいるらしい。良かった、あの子一人なら随分寂しいだろう。

「そう。それじゃあね、早苗」

そう言うと霊夢さんは、ふわりと飛翔する。カッコいい(小並感)。

「今日はありがとうございました、東風谷さん。そういえば、索道はどこなのですか?」

「え、飛んで帰らないのですか?」

「いや、折角なので、使わして頂こうと思います。あの標識に従えば宜しいのですか?」

「あぁ、そうです。それじゃ、お気をつけて!」

元気な声で送り出してくれる。霊夢さんは僕の斜め上らへんで空中待機している。

「アンタ飛べるのにあれ使うの?」

「あるんだったら使いたくなるじゃないですかー。それより霊夢さん」

「何?」

僕の正直なお願いをぶつけてみる。これはこの姿だからこそできる質問で、普通の姿なら気持ち悪がられて終わりである。

「飛んでる時その...スカートの中身、見えそうなんで...降りてもらっていいですか...?」

霊夢さんはあからさまに気持ち悪そうな顔をして降りる。訂正、どんな姿でもこの発言は気持ち悪かった。いや、絶世の美男だったらもしかしたら...?

「アンタ...」

「言葉を濁さないで下さいよ...勇気絞り出したんですから...」

「死ね」

「悲しくてたまりません」

 

索道の中から見える星空は正に満点の星空と形容するに値した。霊夢さんは姿勢こそ冷たいものだったが、目は完全に星空を向いていた。

書店に帰り霊夢さんに約束の本を渡した後、お礼を散々申し上げて、それから家にてやっとまともな休息をとる。人間は休憩を取るべきだとつくづく感じる。

こたつの温かみや、みかんの酸味、本を読む喜び。これらを楽しむことが出来る、今。それはとても幸せなことで、愛すべきものである。かつて誰かが願ったこの世界を、ひたすらに想う。それが、生きとし生ける我々に課された使命なのであろう。

山本書店は、今日も平和である。




『電池が切れるまで』はノンフィクションです。宮越由貴奈さんのご冥福を、心よりお祈りしております。

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