我、黒き“無慈悲な王”となりて [凍結]   作:阿久間嬉嬉

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押セ

『他の奴が寝ているって時にクケークケー……喧嘩売ってるのか? 売ってるんだな? お前は』

『……きゅ……』

 

子供風韻竜は、黒竜の放つその怒気にあてられ、今にもひっくり返りそうなほど恐怖している。

 

今更ながらにだが、子供風韻竜は後悔していた。

 

しかも自分が驚かそうと咆哮……もとい鳴き声を浴びせていたのは、自分よりも小さな小動物では無く自分よりも大きな同じドラゴンだったのだから、その後悔の度合いは風韻竜の竜生の中でぶっちぎりであろう。

 

(ど、どどっどうしようなのね……とんでもな、ない竜起こしちゃったのね……)

 

更に茂みとはいっても、子供風韻竜から見れば茂みなだけで人間から見れば背丈の高い草、しかも早朝だった事もあり暗かった為、目の前の黒い竜が隠れている事に気が付かなかったのだろう。

 

『聞いてるのか……!?』

『は! ……はぴゅっ……』

 

はい、と答えようとした子供風韻竜だったが、恐怖のあまり変てこな言葉しか出て来ない。

その言葉が余計に気に障ったのか、黒竜の顔がしかめられる。

 

(ああ、お母様ごめんなさいなのね……イルククゥは、ここでムシャムシャ食べられて死ぬのね……)

 

子供風韻竜は涙を流していたが、恐怖がピークに達したのか逆に穏やかな顔をしていた。

 

『はぁ……』

 

それを見た黒竜は溜息を吐き、同時に怒気と黒焔も消えた。

そして申し訳なさそうな顔で、子供風韻竜に話しかける。

 

『すまん……ちょっとムキになりすぎた』

『きゅ……?』

 

それまでの荒々しさが無くなり、静かな雰囲気になった黒竜に、子供風韻竜も戸惑いの色を隠せない。自分は死ぬと思っていた矢先にこれだから、当然の事だろう。

 

『え? ……ふぇ?』

『よく見れば子供……悪戯盛りだから仕方なかったかもしれないし……な』

『ゆ、許してくれるの? イルククゥを許してくれるのね?』

『……ああ。寝ている所を起こされたとはいえ、怒りすぎたからな』

『―――きゅ』

『きゅ?』

 

子供風韻竜・イルククゥは今までよりも低い声で短く鳴き、

 

『きゅ~~……』

 

安心したようにその場にへたり込んだ。

 

『安心しすぎだろう……』

『安心するの当たり前なのね……たった二百年で私の竜生終わると思ったのね……』

『二百……』

 

黒竜は、自分よりも短い年月を聞いた筈なのに、何処か驚いたような声色で呟く。

 

『……』

『そうだ、あなたの名前聞かせてほしいのね。私の名前はイルククゥ、黒竜さんの名前はなんなのね?』

『俺の……名前』

 

名前を問われた黒竜は少し考えた後、静かに呟いた。

 

『……ハンニバル』

『ハンニバルさん……かっこいいのね!』

 

名前を答えた後に、ハンニバルはふとある事に気づく。

 

『…おい』

『なんなのね?』

『何で名前なんて聞いたんだ?』

 

イルククゥはここに住んでいるのだろう、だからこれから住む他の竜の名前を覚えておきたいという理由もあるのだろうが、まだ自分はここに住むとは言っていないので、名前を聞くと言う選択肢は出て来ない筈だ。

 

『名前を聞いた理由は簡単なのね』

『そうか』

『あなたを今日からお兄様と呼ばせてもらうのね。だから名前知りたかったのね』

『そうか』

 

そう呟いてからハンニバルは、

 

『―――は?』

 

その話の内容が、突拍子も無いものだと気付いた。

 

『ちょっと待て……何故俺をお兄様なんて呼ぶ?』

 

ハンニバルの尤もな問いに、イルククゥは目をキラキラさせて彼に詰め寄りながら答える。

 

『怖かった時は分からなかったけど……ハンニバルさんってとってもかっこいいし、それに咆哮も凄かったのね! 憧れたのね! それに兄弟も欲しかった……だからイルククゥはお兄様と呼ばせてもらう事にしたのね!』

『……』

 

呆れと困惑の混ざった顔で沈黙するハンニバルを余所に、イルククゥはまたもとんでも無い事を言い出す。

 

『これからイルククゥは、お兄様に一生ついて行くのね!』

『何……!?』

『お兄様、駄目なのね?』

『……』

 

どうせ断っても、この様子だと勝手に付いてくるだろう。その事を悟ったのか、ハンニバルはもう一つ溜息を吐いた後、呆れ声で呟く。

 

『……勝手にしてくれ』

『キューイ! お兄様が出来たのね! これから宜しくなのね、お兄様!』

 

先程まで恐怖でいっぱいだった筈なのに、もう既にここまで元気になっている所を見ると、以外と精神力が強いのかもしれない。

 

かくして、ハンニバルは半ば強引にイルククゥの兄となる…事になった。

 

 

 

 

『そう言えば聞き忘れてたけど、お兄様って何歳なのね? イルククゥは二百なのね!』

『……三百六十だ』

『意外と若いのね、お兄様』

『……』

 

 

余談だが、歳を答えるハンニバルの顔はどこか引き攣っていたという。

 

 


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