個性『英雄』   作:ゆっくりシン

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76話のチョイ話


短編㉛ 『血を求める者』

 ズドンッという大きな音と共に砂煙が空へと舞う。

 その下には一人の女性が頭から地面に激突していた。

 手足はピクピクと痙攣し、地面に関しては大きく割れていた。

 だが、その女性―――“アイリ”には一切の怪我はなく、ゆっくりと頭を上げる。

 

「うぅ~。何するのよぉ」

 

「人を襲おうとしたお前が悪い」

 

 そう言いながら一人の少年がアイリを見下げるように立つ。

 少年は“大森(おおもり) 剣符(けんふ)”。

 この街で『退魔師』をしている人物である。

 

「あのねぇ。わたしが血を吸わないとダメって事知っているでしょ?」

 

「血以外でも栄養は取れるんだろうが。なんで態々人を襲うんだ・・・」

 

「アナタは、スーパーで売っている油だけの安肉と高級黒毛和牛の二つがあるならどっちを食べたいよ? わたし達“吸血鬼”からしたらそんな選択でずっと安肉を選ばなきゃいけない状況なの。さすがに我慢にも限界は来るものよ」

 

「なら、俺の血でも吸うか?」

 

「『退魔師』の血はわたし達『魔族』からしたら毒という事を覚えてないのかしら?」

 

「わざとだ」

 

 少年はそう言って小刀と呪符を仕舞う。

 そして、

 

「変に人を襲うんじゃねぇぞ。俺だって知り合いを退治したくないからな」

 

 大森はそう言い残してその場を去る。

 アイリは地面に寝転がりながらその眼がしらに涙を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 変な人に絡まれた。

 今の現状を表すならその一言だけでいいだろう。

 学校をさぼって時間を潰していたら公園に変な女性がいたのだ。

 なんか涙を流しながら水道の水をひたすら飲み続けていた。

 怪しさ満点だった故に話しかけたのだが、公園のベンチに座らせられたあげく何か抱き着かれて愚痴を聞かされている。

 よくわからん単語が出てきているのでちょっとイタイ人だと判断した。

 

「アンタはどう思うよ? ちょっとぐらい血ィ吸っても怒られないわよね?」

 

「知るか。ってか吸血鬼名乗るなら勝手に太陽で焼かれておけ」

 

「なによぉ。そんな迷信を信じてるの?」

 

「吸血鬼自体が迷信だろう」

 

「あのねぇ。良く一般的に言われてる吸血鬼の弱点についてだけどさぁ、」

 

「無視か」

 

 俺の言葉をスルーして女性は言葉をつづけた。

 

「太陽の光が苦手っていうのはそもそも人間の活動時間が日中なのに関係しているのよ。日の光が苦手だとしておけば安心できるからね。聖水や十字架もそう。宗教的に自らが神聖であり魔と払う力があると宣伝するためにソレを弱点にした。そういったものよ。時代背景によって追加されていったデタラメよ」

 

「じゃぁ心臓に杭を打ち込めば死ぬっているのは・・・」

 

「逆に聞きたいのだけど、心臓に杭が撃ち込まれて死なない生物がいるかしら」

 

「なるほど」

 

 確かに納得できた。

 心臓ぶち抜かれりゃどんな生物でも死ぬわ。

 

「それに、わたし達からすれば“血”は最上級の食事なのよ。人間でいうならフィアグラとかそんな所。そりゃ食べたくなるでしょ」

 

「フォアグラがどんな味か知らないからその気持ちが理解できん」

 

「じゃぁ、フォアグラじゃなくて高級黒毛和牛で」

 

「理解できたわ」

 

 そりゃ吸いたくなるだろう。

 しかも周りに大好物が周りを歩いているとか我慢する方も大変だろう。

 一度、血を吸われた事があるが吸われる側の気持ちも吸う側の気持ちも理解はできないとしても例えさえはっきりしていれば何となくは想像できる。

 

「そういえば、アンタの名前聞いてなかったわね。なんて言うの?」

 

「人に名前を聞く前にまず自分で名乗るのが礼儀じゃないか?」

 

「あぁ、そういえばそんなルール合ったわね。わたしは“アイリ”よ。それでアンタは?」

 

「大宮さとし、普通の中学三年生だ」

 

「中学生ィ? そういえば制服着ているわね。・・・今日、平日じゃなかったっけ?」

 

「サボリ」

 

「あらら」

 

 そう言って少し苦笑するアイリを余所に俺はゆっくり立ち上がる。

 そして、くるりとアイリの方へ振り向く。

 

「とりあえず腹減ってんだろ? 近くのコンビニでなんか買ってやるから行くぞ」

 

「年下に奢られるのは何か歯がゆいかも」

 

「お前何歳だよ」

 

「800超えたあたりから数えてない」

 

「そっすか」

 

「自分から聞いておいてその反応はひどくないかな!?」

 

 知るか、と俺はアイリの言葉を一蹴した。

 

 

 

 

 

 

 俺は買い物かごの中に弁当を入れていく。

 アイリは外で待つらしく、俺の独断で適当に選んでいた。

 飲み物もあった方が良いと思いコンビニの奥にある飲み物棚を眺めていると、後ろから声を掛けられた。

 

「あの女からは手を引け」

 

 目の前のガラスが少し反射し、背後にいる人物が確認できるのだが、異様または異質としか言えなかった。

 だぼだぼのジャージを着、顔には般若の面を被りその手には刀らしき物を持った存在。

 日常の中にある風景には合わない者。

 それが俺の背後にいるのだ。

 だが、今まで色々な事を経験したことがあるが故に変に冷静になれた。

 

「誰だ?」

 

「“鬼”。そう呼ばれている」

 

「そのままだな」

 

「おや? 君は振り返ることなくオレの姿が分かるのか。百目の子孫か何かか?」

 

「ガラスに映ってるんだよ気付け」

 

 俺が少しため息を吐くとその人物は後頭部をポリポリと掻く。

 

「だとしたら、随分と冷静だな。こんな存在が背後に立っているというのに」

 

「殺気を感じない。害意も感じない。それだけだ。・・・・・・それに、もしも殺気満々だったら背後に立たれる前に存在を認識している」

 

「ふむ。子供だと思っていたが随分と肝が据わっている。それに先を読む力もあるようだ。・・・なら、分かるだろう? あの女から手を引け。アレは君のような一般人が関わっていい存在じゃない」

 

「吸血鬼だからか?」

 

「っ! なぜそれを?」

 

 言葉に出た揺らぎ。

 少しカマを掛けただけなのだが、当たりだったようだ。

 

「アイツ自身が言っていた。・・・教えろよ。内容次第では手を引いてやる」

 

「上から目線な・・・」

 

「手ェ引いて欲しいんだろ? だったら良いだろう。少し話すだけで手を引く“可能性”があるんだからな」

 

 俺の言葉に“鬼”は数秒押し黙る。

 そして、(面のせいで隠れているせいで確認はできないが)静かに口を開いた。

 

「あの女は吸血鬼の真祖。この世界にいるすべての吸血鬼のルーツをたどればあの女にたどり着く、そういう存在だ。力だけで言えば神にも匹敵する。ただ、本人は気分のままに生きているから問題だ。過去、彼女が惚れた男が戦争によって殺された時には、その敵国は一夜にして滅ぶことになった。それだけじゃない。教会が派遣した退魔十字軍は掠り傷負わす事も敵わず殺された。まさに災悪であり人類の敵だ。今現在はほとんどの力を失っているが、もしもの事があれば人類の未来すら危うい。だから、手を引け」

 

「そうか。じゃぁ、仲良くするよ」

 

「は?」

 

 俺の答えに“鬼”は素っ頓狂な声を上げた。

 

「だったら仲良く接して行くさ」

 

「オレの言葉が理解できなかったのかい?」

 

「できた上で言っているんだ。危険だからなんだよ。アイツは、悪い奴じゃなかったぜ」

 

「もしも、これ以上彼女と共にいるのだとしたら、オレは君を殺す事になる」

 

「できるもんならやってみな。テメェなんぞに殺されるほど俺は弱くねえよ」

 

 俺が強気にそう答えた瞬間、刀が抜かれた。

 それを視覚すると同時に俺は素早く床に伏せた。

 ガッシャァアアアアアン!という大きな音と共に“店内の棚全て”が横一線に切り裂かれた。

 俺はその場から離れ、態勢を整えながら“鬼”の方へと体を向ける。

 

「ふむ。シロウトとばかり思っていたが、思いのほかやるようだね」

 

「そうかよ」

 

 そう答えながら刀の方へ視線をやると、投信部分に白く輝く刃が付いていた。

 だが、それは一瞬のうちに書き消えた。

 

「・・・・・・『妖刀・霊力刃』。使用者の霊力を流し込むことで刃の形を作る世にも珍しい武器さ」

 

スターウォーズの世界に帰れ」

 

「あれとはまた仕掛けが違うのさ」

 

 “鬼”がそう答えると同時に再度、刃が出現した。

 俺はバックステップで距離を取ろうとしたがそれよりも先に刀が振るわれた。

 とっさに横へ跳ぶことでその攻撃を避けると同時に叫ぶ。

 

「みんな、逃げろ!!」と。

 

 そう。まだ店内には客及び店員がいたのだ。

 パッと見、最初の斬撃による怪我人はいないようだが、このままここにいられると何があるか分からない。

 目の前の“敵”に集中するためにも早く逃げて欲しい。

 

「周りに気を掛けるとは、随分と余裕だね」

 

「余裕を作るための行動だよ」

 

 俺はそう答えつつ身構える。

 逃げるための構えではなく、迎え撃つための構えを。

 再度振るわれる刀。

 俺は体を捻りそれを避けると、般若の面めがけて拳を叩きこむ。

 

「っ!?」

 

「まだまだぁ!!!」

 

 腕を振るった時の回転力を殺さず逆に生かし、体を回転させて裏拳も撃ち込んだ。

 

「カハッ・・・!!」

 

「舐めてんじゃなぇぞ。こちとら弾丸が飛び交う戦場を駆け抜けた事だってあるんだ。今更、よく分からない近接武器の一本や二本でビビるほど若くねぇよ」

 

「なる、ほど。子供だと思って油断したが、どうやらこの街の“毒”に侵された存在だったか」

 

「あん? 何言ってんだ、オマエ」

 

 俺の疑問に“鬼”は答えることなく、ポケットから一枚の紙を取り出した。

 そこには赤いインクで何か書かれており、何かしらの『札』である事が確認できた。

 

「このまま戦ってもいいけど、こっちにも事情があるんでね。ここは引かせてもらうよ」

 

「逃がすと思ってるのか?」

 

「逃げるさ。霊力のない君がオレを追いかけることはできない」

 

 瞬間、“鬼”が『札』を自身に張り付ける。

 すると、あっという間にその姿が消えてしまった。

 

「なん、だっての」

 

 俺は、誰もいない破壊された店内でそう呟く。

 裏社会での事、警察組織の闇、他にもいろいろあったが、この世界にはまだまだ分からない事や知らない法則がありそうである。

 

 

 

 

 

 

「みたいなことも経験したことあるよ」

 

 俺の言葉に爆豪は目を吊り上げて叫ぶ。

 

「さすがにウソだってわかるわ!!」

 

 そして椅子代わりに使っていたベッドから立ち上がり胸倉を掴まれた。

 それは良いのだが室内で小爆発を起こさないでほしい。

 普通に危険だから。

 

「ところがどっこい。事実なんだよ」

 

 緑谷に関しては俺と爆豪の間へ仲裁に入る。

 

「そ、その後どうしたの!?」

 

「警察に事情説明とかして大変だったよ。まぁ、アイリとは定期的に会うようになってそのたびに少しばかり血を分けてやっていたけどな」

 

「大丈夫、だったの?」

 

「悪い奴じゃなったからな。親しく隣人として接すれば特に問題はなかったよ」

 

 爆豪は俺の胸倉から手を離すと、ドカッとベッドに腰掛ける。

 

「ほら。とっとと話の続きをしろ。お前が死んだのが高校三年なんだろ。だったらまだ色々あんだろうが」

 

「そうだな。ンじゃ次は高校一年になったばかりの時に体験した『石油王暗殺未遂事件』と、その半年後に体験した『自称・宇宙人との接触』について話そうか」

 

「どっちもとんでもねぇ題名だな、オイ」

 

 そう毒づく爆豪を余所に俺は語る。

 昔の、懐かしい思い出を。

 




大森(おおもり) 剣符(けんふ)
身長:174cm
体重:51kg

『退魔録』(現在リメイク中)の主人公。
生まれ持った天性の才能を驕る事なく、努力をしてより上を目指すなど才能マンにしては珍しい部類の人間。
他人とは一線を引いて接するが、親しくなればどんな『退魔師』よりも優しく接しやすい人物になる。
『鬼』と戦う場合は逃げに徹する。


『????/鬼』
身長:167cmぐらい
体重:不明

常に般若の面とだぼだぼのジャージを着ている謎の『退魔師』。
トップクラスの実力を持つ大森剣符が逃げに徹しないといけないほどの実力者。
本名及び年齢・性別は不明。
無敗だったが、シロウトである大宮さとしを相手に逃げ、その後、再会した際に敗北。
それ以来、ドジっ子属性が追加されることになった。
大宮さとし曰、「強いけど勝てない相手ではなかった」らしい。


『アイリ』
身長:157cm
体重:49kgぐらい

【挿絵表示】

世界最強クラスの吸血鬼なのだが、『ある事』を切っ掛けにその力のほとんど(約98%)を失っている。
甘党で気分屋。
力を失っていてもそこらの『退魔師』程度になら勝てる。
大宮さとしが死ぬまで定期的に血を貰っていた(注射器使ってビン詰めされた物)。
TwitterなどのSNSに写真を投稿している。
基本的に平和主義者。

この作品のヒロインって……

  • 白神神姫
  • 使原弓
  • 紅華炎
  • 暗視波奉
  • 赤口キリコ(安藤よしみ)

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