星と風の物語   作:シリウスB

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荒地の三人

 アステラからは近くもなく遠くもないという微妙な距離にある大蟻塚の荒地は、徒歩で向かうにはやや険しい道である。

 調査団はいよいよ始まる龍結晶の地への遠征に備え、物資の輸送ルート確保の行動を起こし始めていた。

 ダークと受付嬢、そしてそのオトモであるアポロが偶然にも輸送班のアプトノスが牽引する『竜車』に拾えてもらえたのは幸運であった。

 運搬中の荷物の隙間に座っているダークの正面では、アポロが自身の武器をまじまじと見つめている。鋼鉄製の剣を見つめるそれは、武器の点検というよりは不慣れな武器に戸惑っている様子であった。

 

「武器を持つのは初めてか?」

 

 ダークはアポロに問う。アポロがその質問に答えるより先に、受付嬢が彼の実情を語った。

 

「うーん……初めてではないのですが、本格的な戦いの経験は無いんです」

「そうなんですニャ。ボクは現大陸でお嬢様がフィールドワークに出た時の護衛をしていたのですが、きちんとした雇われハンターが常に同行していたのでムシを追い払うくらいしかやったことがないんですニャ……」

 

 アポロはやや緊張した顔で言った。

 目の前にいるのが教官や他のハンターならまだ冷静でいられただろう。だが、それらの実力者とは桁外れの実績を持つ暗号名のハンターがいるとなってしまっては緊張しない方が不思議である。

 その緊張は憧れや敬意が半分、足手纏いになる可能性への恐怖が半分であった。

 

「そんなに緊張しなくてもいい、誰だって最初は不慣れなものだ」

「そうですよアポロ!強いハンターさんがいっぱい居るんだから、ウンと勉強して最強のオトモになるくらいの気持ちでいなきゃ!」

 

 ダークと受付嬢の言葉で、アポロは若干だが落ち着いた顔になった。

 

「分かりましたニャ、御指導よろしくお願いしますニャ」

 

 ペコリと一礼したアポロを合図にしたかのように、ダーク達の乗っていた竜車は関所へ到着した。

 

「お待たせしました。荒地の関所へ到着です!」

 

 輸送班の男が荷台へ振り返りそう告げた。

 

「ありがとうございました!」

「ありがとうございますニャ」

 

 お礼を述べながら、一行は荷台を降りる。

 『大蟻塚の荒地』と名付けられたこのフィールドは一見すると砂漠に見えるのだが、強い風に乗って舞い上がる砂さえ無ければ過ごしやすい場所である。

 古代樹の森では汗がなかなか乾かない不快な湿気や身体に纏わりつく小さな虫などの精神的な負担が多い。一方の大蟻塚の荒地では、その舞い上がる砂が防具の隙間に入り込み、体を動かすたびに研磨剤の如くヒリヒリと痛むのである。

 しかし、その程度であればまだ良い方である。スラッシュアックスやチャージアックスのような可変武器や、ボウガンなどの複雑な機構を持つ武器は可動部に砂が咬み込んで動作不良を頻繁に起こしてしまう。

 故に、大蟻塚方面の警備をしている者は故障率が低く、整備が楽なランスを得物としている。

 単純な構造の武器は大剣やハンマー、他には片手剣や双剣など数多くあるが、警備班の実戦部隊の一つである『ランサー隊』がこの方面に配備されている事には理由がある。

 大蟻塚の荒地は大きく分けて4つのブロックに分けられる。古代樹の森に似た密林地帯、古代樹から流れ出てきた水が小さな川を形成している沼地地帯、その沼から染み出た水が大地を削って出来た洞窟地帯、そして巨大な蟻塚が存在する砂漠地帯である。

 ランス以外の武器では、この4つのブロックの内のどこかで致命的な弱点が露呈してしまうのである。

 大剣・太刀は長い刀身を持つ故に、狭い洞窟地帯では連携を取ることが出来ない。そんな場所で巨大な武器を振り回そうものなら、壁面に邪魔されて斬れないならまだしも、仲間を誤って斬ってしまう可能性もある。

 片手剣・双剣は軽いフットワークが長所の一つだが、泥が多い沼地地帯では脚を取られてその本領を発揮できない。

 ハンマーは多大な質量を持つ打撃部分を勢いよく相手へぶつけなければならないが、砂漠地帯ではその重量が災いして脚が砂に埋まってしまう。

 精密部品が少ない弓はボウガンに比べて信頼性が高いものの、舞い上がる砂が視界を塞ぎ、全く照準が付けられない天候の時もある。

 これらの欠点を唯一突破できるのがランスだった。

 『突き』を攻撃の主体とするランスは上下左右のスペースを必要としない故に、四人が狭い場所に固まっていても攻撃に支障が出ない。沼地や砂地のような不整地でも、腰の重心移動だけで強力な一撃を繰り出せる。万が一脚が地面に埋まって動けなくなってしまっても、巨大な盾を持つランスには『防御』という選択肢がある。砂嵐のような極度の悪天候でも、近接武器であるランスは元々照準を取る必要が無いため、弓ほど戦闘力の低下は起きない。

 戦う場所も時間も選べる調査班の人間は自由に武器を担いでいくが、いつ不測の事態が起きるか分からない警備班にとって、天候や地形の影響を受けないランスは最適な武器なのである。

 

「お疲れ様です。こちらに名前と入場目的を書いてください」

 

 関所の横に立っていた警備班の男が言う。

 

「ニャ、これは何をすればいいんですかニャ?」

 

 受付嬢とアポロは正規の入場手続きを知らなかったようで、渡された紙を見て何を書けばいいのか分からず困った顔をした。

 

「これは入場の記録用紙です。負傷して動けなくなった時に誰かが気付いてくれるように、フィールドに入る時は必ず書くんです」

「その通り。この紙を書かずに入ってしまうと遭難しても誰も気付きません。くれぐれも気を付けて下さい」

 

 手続きに慣れている輸送班と警備班の説明で、二人は理解したようである。

 この手続きは四期団が新大陸に派遣されてすぐの時、ある研究者の遭難事件が切っ掛けで始まったことである。

 『研究班』と一括りにされているが、学者や研究員達はその日によって行う仕事がバラバラな事が多い。

 ひとつの実験を数週間継続している者、複数の実験を1日ごとに交代で行う者、人手が足りない実験の手伝いに行く者。研究班リーダーもその日に行う全ての実験を把握しているわけではない。つまり研究班の者同士でも、誰がその日に何をしているかというのは把握していないのである。そして、実験というのは始めてみないと結果が分からない。1週間掛けて行う実験を1日で中止したり、逆に1日で終わる実験が1週間掛かる事も珍しくない。

 また、実験器具が壊れて技術班の修理待ち、という事態も良くあることだ。

 研究班の仕事は非常に変則的であるために、他の班のように全ての仕事内容を把握する事は事実上不可能なのである。

 その事件が起きるまで、調査団は皆が顔なじみであるが故に誰かが行方不明になってもすぐに気付くだろうと考えていた。しかし、その事件が発生したことに研究班が気付いたのは、本人が遭難してから20時間後、しかもどこに居るのかすらわからないという有様であった。

 竜人ハンターが近くを通った時に偶然遭難者に気付き、その研究者は無事アステラへ帰還することが出来たが、この事件は非常に重大な教訓としてすぐに対策が取られた。

 この関所での手続きもその一つである。

 

「遭難した時に救難信号を上げることすら出来ない時もありますからね」

「アゥ……肝に銘じますニャ」

 

 アポロは警備班に渡された紙の最後にサインを書いた。その字が非常に達筆なのを見て、警備班の者は多少驚いていた。

 アイルーは手の構造が人間とは違うため、筆圧や書き順も同じく人間とは異なる。故に、アイルーの書く字は容易に人間の字と区別できる。だがアポロの字は人間の字とそっくりであり、目が釘付けになるほど美しい字だったのでる。

 

「現在の大蟻塚の荒地の状況を説明します。今朝から調査班の捕獲チーム二つと編纂者チームが一つ、この地の大型モンスターを全て捕獲する任務中です」

「私が運んできたのはその支援用の物資です。麻酔薬や携帯食料ですね」

 

 警備班の説明の中、ダーク達を乗せてくれた輸送班の男もアポロへ説明する。

 

「現時点でクルルヤックとジュラトドスは既に捕獲が完了しています。今はどちらかのチームがボルボロスと戦っている最中、といった状態です」

「ボルボロスが終わったら、いよいよディアブロスか?」

「ええ、恐らくこれが一番難しい捕獲になるかと……」

「了解した。俺たちは捕獲任務とは別行動だが、要請があれば任務にも行けるようにしておこう」

 

 ダークは質素な外套に纏わりついていた砂を軽く払うと、荒地の西側へ歩き始めた。

 アポロと受付嬢もそれに続く。

 

「フィールドの各地にはランサー隊が警備しているので、困ったことがあったら彼らに応援を要請して下さい!」

 

 関所から離れた場所に来てから叫ばれた助言に、ダークは手を振って返した。

 今回ダークが大蟻塚の荒地へ来たのは、物資輸送ルートと縄張りが重なっているモンスター達を捕獲するという調査班の任務とは別の目的であった。

 既に荒地には警備班の実戦部隊『ランサー隊』が配備されていた。普段は関所の周辺を警備しているランサー隊がフィールド内に展開しているのは、一気に荒地のモンスターを捕獲することによって出来た『穴』に、別のフィールドからこの地へ侵入しようとする大型モンスターを追い払うためである。さらに捕獲任務を遂行中の調査班チームが二つ、ランサー隊とは別で行動している故に、今の大蟻塚の荒地には今までにない数のハンターが展開しているのだ。

 精鋭の調査班チームと実戦部隊のランサー隊が大勢居る今の状況は、実際の狩猟の経験が浅いアポロや受付嬢が安全に勉強するには絶好のタイミングだったのだ。

 

「よし、この先は古代樹のような密林地帯だ。だが足元に気を付けろ、古代樹と違ってこっちは水はけが悪いらしいからな」

「了解しましたニャ」

「はい!」

 

 警備班の男が言っていた通り、既に捕獲任務は半分ほど進んでいるようである。開けた場所の中央にはランサー隊の者が4人、捕獲済みのクルルヤックを取り囲んでいた。

 

「おや、ここはピクニックにはあまり良い場所ではないですよ?」

 

 ダークの姿を見て、ランサー隊の女性が冗談で出迎えた。彼らの装備に損傷が無いことを確認したダークは、すぐに任務の話に入った。狩場での長時間の私語は、注意力を散漫させ危険だからだ。

 

「進捗は?」

「順調です。今回は無力化が目的なのでアステラへの輸送はありませんから、後は目立たない場所へ移動させるだけですね」

 

 ランサー隊とダークの視線が、足元で失神しているクルルヤックに向かう。

 身体を丸めて眠ったように失神しているクルルヤックにも目立った傷は無い。麻酔薬を吸引してしまったクルルヤックは、2~3日ほど夢の世界へ行ってしまっているのだ。

 

「関所での情報ではボルボロスとやりあっていると聞いたが、調査班は今どこにいる?」

「沼地付近ではないでしょうか? ボルボロスの縄張りはちょうどその近辺ですし」

「了解だ」

「足元に気を付けて下さいね」

 

 ダークはランサー隊と別れ、中央エリアへと足を進めた。

 密林地帯を抜けた先、日光が照らす砂地は風も強くなく、この地で狩猟する環境としては理想的な状態だ。

 橋のような形状が存在することで有名な中央エリアは、大型モンスター同士の縄張りが重なることが多い事で有名だ。

 モンスターと頻繁に遭遇するという意味では危険な場所であるが、逆を言えばここで観測をしていれば荒地のモンスターの動きを把握することができる。

 捕獲任務がまだ続いているために大型モンスターの動きが変則的になっている現在、この地の状況を細部まで把握できていなかったダークは、偵察も兼ねてこの場所でアポロの訓練を行うことにした。

 幸い、中央エリアには見晴らしのいい高台が存在する。立地的に背後から攻撃を受ける心配が無く、広さも十分にある場所で訓練は始まった。

 

「旦那さん、これは何なのニャ?」

「スリンガー弾のことか?」

 

 アポロが差し出しているのは、透明な容器に収められた二つのスリンガー弾である。

 途中で乗せてもらった輸送班から直接受け取った物だ。本来は捕獲任務完了後にこの地へ入ろうとする大型モンスターを追い払うため、警備班に支給される予定の品だ。

 捕獲任務中では使用するタイミングが無いので、アポロには勉強用として渡されたのだ。

 

「音符のマークが付いているのは音撃弾、目と涙のようなマークがあるのは催涙弾だ」

「音撃弾とはなんでしょうか?」

 

 受付嬢が音撃弾をまじまじと眺めながら問う。

 

「音爆弾の改良型だ。従来の物は『鳴き袋』というモンスターの部位を使っていたらしいが、安定して入手ができない上に性能にもムラがあった。これは燃焼速度が極めて速い火薬を利用して爆音を発する」

 

 四期団が新大陸に来る前は、前身である音爆弾・こやし玉をスリンガーで発射していた。ところがこの二つのスリンガー弾は性能が低く、使用する機会が非常に限られる代物だった。

 こやし玉は悪臭による不快感でモンスターを追い払うものだが、興奮状態になっている相手に対してはすぐに効果が出ない。さらに排泄物という衛生上好ましくない物を携帯食料や回復薬といった飲食物と一緒に持ち運ぶというのは、どうしても精神的に抵抗がある。

 音爆弾は『鳴き袋』というモンスターの素材を必要とし、新大陸では『ノイオス』という翼竜から採取できる。だが、調査のために極力モンスターを殺害することを避けている新大陸調査団にとっては、事実上現大陸からの輸送以外では入手できない。おまけに性能自体も足止めする程度のものであった。

 技術班はその欠陥を改善し、実戦でも高い効果を発揮する改良型を開発した。それが『音撃弾』と『催涙弾』である。

 こやし玉の改良型である『催涙弾』は、森の虫かご族が害虫除けで使用していた煙の成分を濃縮し、揮発性の液体と混合した『催涙エキス』を充填した弾である。発射したが最後、そのエリアは粘膜へ強烈な刺激を与えるガスによって大型モンスターですら逃げ出す地獄絵図と化す。

 音爆弾の改良型『音撃弾』は、ユクモ村の名物である花火を参考にしたものだ。

 少ない火薬で大音量を発し、その音量は音爆弾の比ではない。文字通り『音の攻撃』と言うべきものだ。爆発の威力は極めて小さいために殺傷力こそ無いが、至近距離で喰らった場合は大型モンスターでさえ失神させる程の性能がある。

 どちらの弾も旧式と比べて遥かに強力だが、強力すぎる故に取り扱いには細心の注意と工夫を要する。

 

「スリンガーは組み立てられるか?」

 

 ダークの指南を受けたアポロは、さっそく背中に背負っていたオトモスリンガーを組み立てた。

 アイルーはハンターや編纂者などの人間規格ではそのまま使えないため、車輪と台座、そして前方からの攻撃を防ぐ装甲が付属している折り畳み式のスリンガーを携行している。

 スリンガー本体はハンターが使用する物と同じ規格だが、安定した台座と固定式の照準器、レバーを引くだけで装填が完了する機構のおかげで、ハンター用よりも命中精度と連射性能で上回る優れモノである。

 

「ということはこっちは催涙弾ですかニャ?」

「ああ、こやし弾に代わる新兵器だな。目や鼻に強い刺激を与えるガスを液化させて封入してある。風向きには気を付けて使ってくれ、こやし玉を顔に喰らうほうがマシだと言えるくらいの効能だからな」

「ヒェェ……」

「気を付けますニャ……」

 

 アポロと受付嬢は、自分が持っている弾がハンターが振るう武器より凶悪な威力を持つかもしれないと思い、戦慄した。

 

「まあ、両方とも余程強い衝撃が加わらないと炸裂しないようには設計されているからな。落としたり転んだりした程度では爆発しないだろう。そこは安心していい」

「お、脅かさないで下さいよ相棒!」 

 

 受付嬢の言葉にダークは少し笑った。あまり感情を表に出すことが少ない彼にしては、珍しいことだった。

 


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