星と風の物語   作:シリウスB

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行方不明者

 アポロにとってこれほど有意義だった日は無いだろう。暗号名を持つハンターが専属で技術や知識を指南してくれるのは、現大陸ではまず不可能なことだったからだ。

 オトモスリンガーの照準の付け方、弾丸の性質、薬品の効能、装備品の分解整備。オトモとしての実績が無いアポロだが、この日だけで相当な実力を身に付けた様子である。

 

「おお……なんだか顔も逞しくなった感じがしますね……」

 

 受付嬢が素直に感じた言葉を述べるが、ダークも同じことを感じていた。

 関所を通った頃はまだ自分の技量に自信が無い故に緊張していたが、現在は指南を受けたためか、自信に満ちた顔をしている。

 さらに、アポロが身に付けたのは自信だけではない。ダークも驚いた程だが、アポロは技術をモノにするのがとても早かったのである。

 長い期間受付嬢の傍にいて学んでいたおかげで、アポロは豊富な知識を事前に持っていた。さらにそこへダークの適切な指導と練習で、この短時間で異様なまでに実力を発揮したのである。

 

「『技』と『体』は良し。後は『心』だな」

「……? それは何ですかニャ?」

 

 アポロは聞いたことが無い単語に疑問符を浮かべた。

 

「現大陸にある小さな集落で学んだ武術の心得だ。『清く正しい心』『洗練された技』『強靭で健康な体』この三つが揃って初めて狩猟……いや、物事を進められるということだ」

 

 ダークは続ける。

 

「アポロが学ぶべき事は『心』だ。健康な体は毎日の鍛錬で自然と身に付くし、『技』は今のように勉強と練習で伸ばすことができる。だが心……心だけは学ぶことが出来ない。これは他人から教わるものではなく、自身で答えを出さなければいけないからだ」

「常に冷静であれ、という事ですかニャ?」

「いや、冷静であることに越したことは無いが、『心』という概念はもっと複雑で深いものだ。この話をしてくれた集落の者でも三つを極めた者は居らず、神以外には不可能だと言っていたくらいだからな」

「旦那さんはどうやって『心』を鍛えたんですかニャ?」

「……それには答えられない。何が俺をここまでにさせたのかは分からないからだ。訓練で育ったものなのか、それとも単に運が良かっただけなのか――」

 

 心の強さに関しては、ダーク自身にも説明が出来なかった。仮に説明出来たとしてもダークとアポロは性格が違うのだから、参考にすらならない可能性もある。

 どう説明すればいいのか悩んでいたダークだが、その思考は1人の調査員の呼び声で中断された。

 

「そこの方々! ちょっと聞きたいことが!」

 

 沼地側から、一人の女性とまもり族のテトルーが歩いてくる。その装備が砂で汚れていたため、捕獲任務の真っ最中である調査班であることがわかる。

 

「ソードマスターを見かけませんでしたか?」

 

 調査班が追いかけているのが大型モンスターではなく、警備班の司令塔であるソードマスターであることにダークは面食らった。

 

「これから角の竜に挑もうという時に……!」

 

 折りたたんではいるが、展開すれば自身の体よりも大きい盾を背負っているテトルーが言う。黒と白の体毛を持つ『荒地のまもり族』である。

 背中の大盾はこの地の象徴である巨大な蟻塚から採取された石を削り上げたものだ。

 荒地の土と泥を混ぜ、この地で採れる火を起こす石で焼かれたその大盾は、柔軟さと堅牢さを兼ね備えた盾である。その用途は防御を真髄とするが、身を隠す場所が少ない荒地では大型モンスターから隠れるためにも使用されていた。

 

「いや、見ていない。ついでに言うとディアブロスもな」

「そうですか……。代わりというのも失礼ですが、最後の狩猟の増援として参加していただけませんか?」

「別に構わないが、何かあったのか?」

 

 アポロの訓練は一通り終わったが、ダークはここで実戦を体験するのも重要なことだと考え、捕獲任務に急遽参加することを選んだ。

 

「五期団達の教官として特別に今日は先生が一緒に来てくれていたんです。ですがボルボロスの捕獲が終わった時にはもう……」

「そうだ!指揮官でありながら持ち場を離れるとは……!」

 

 傍らのテトルー、もとい『まもり族の盾持ち』は、怒りでワナワナと震えていた。

 彼らは古代樹の森の虫かご族に比べ、勇ましく豪胆な者が多いという。

 ここでは森のように隠れる場所が少なく、大型モンスターと正面から戦う機会が比較的多い。そのような性格の者が形成されてきたのは、仲間達と共に連携しなければ生き残れないという厳しい環境が原因であった。

 だが、現在は新大陸調査団のおかげで食べ物には困らず、まもり族へ攻撃すればハンター達が『調査』に来ることを学習したのか、大型モンスターがまもり族を攻撃することも少なくなった。

 まさに恩人とも言うべき調査団への恩返しとして、この地へ調査に来る学者たちの護衛を進んで務めてくれていたのだ。

 そのような経緯があるまもり族にとって、仲間を置いて姿を消すことは許せないことなのだろう。

 

「ここで長い時間訓練をしていたんですが、特に何もありませんでしたよ?」

 

 受付嬢が言った通り、今日の大蟻塚の荒地は特に天候が悪いわけでもなく、風もそこまで強くは無かった。古代樹のように大型モンスターが頻繁に出入りすることも現在は無いこの地で、ソードマスターが一人で持ち場を離れるほどの何かが起きたというのも考えにくい。

 現在は多数の人員が荒地に展開している事を考えると、ソードマスター以外の人間が異変に気付かないというのも不自然である。

 

「別の大型モンスターが侵入していることに気付いた、という可能性は?」

「それも無いだろうな。周囲のランサー隊から信号弾は上がっていないし、仮にランサー隊を素通りできてもここには俺たちがいたからな」

 

 姿を消した事に調査班が気付いたのは、荒地の南側にあるボルボロスの寝床の近くであったらしい。古代樹から流れてきた水が溜まっているそのエリアは、土と混ざって粘度の高い泥が多い。この泥を定期的に纏うためにボルボロスとジュラトドスは沼地側で頻繁に目撃されるのだが、ここは荒地でも特に広く平坦な場所であり、落石や転落といった危険はほとんど無い。

 この2体を上回る危険度を持つディアブロスはまだ捕獲されてはいないが、沼地では足を取られて得意の突進攻撃を行うことが出来ない故に、砂漠地帯から外に出ることはまずない。

 強いて言えば、今まさにダークが居る中央エリアへサボテンを食べるために来る程度だが、今日はアポロの訓練中にディアブロスはおろか大型モンスターすら見掛けていないのだ。

 

「ソードマスターの捜索はディアブロスを捕獲し、安全が確保された後に行うとしよう」

「賛成です。日没が近いので急ぎましょう」

 

 ダーク達は緊急性の高い任務をすることになった。日没までにディアブロスを捕獲し、さらにソードマスターを捜索しなければならない。

 人の捜索というのは暗くなればなるほど困難になる。もし救助対象に意識が無く、呼び声などに応じることが出来ない場合は、発見すること自体が奇跡に近い確率になる。そして既に日は大きく傾き、空が赤く染まりかけている。

 

「調査班をここへ集合させます」

「頼む。受付嬢とアポロは中央キャンプで水や軽い食べ物を用意してくれ。俺は周囲を見てくる」

「分かりました!」

「了解ですニャ!」

 

 ダークの指示で調査班の女性と盾持ちは沼地エリアへ、受付嬢とアポロはすぐ近くのキャンプへと走って行った。

 

「…………」

 

 その場に一人残る形になったダークは、この中央エリアをゆっくりと歩く。

 新大陸調査団の中で最も優れた剣術を習得しているソードマスターが、まさに『消えた』と言うべき事件。しかし、ダークは別のことを推理していた。

 

 

――――――

 

「これで全員か?」

 

 受付嬢とアポロによって準備された水と携帯食料を口にしながら、調査班達は短い休憩を取っていた。

 ダークが確認した人員はハンター6人・編纂者3人・オトモ2匹・テトルー1匹の合計12名だった。そして、このメンバー達を監督していたのがソードマスターである。

 ハンター3人とオトモ1匹で構成されたチーム二つが捕獲任務を行い、盾持ちに護衛された編纂者3人が離れた場所から観察する、という編成である。

 本来であればディアブロスへ挑戦できるのは『早い方のチーム』となっていたらしい。どちらのチームが先にディアブロスへ辿り着くか? という賭け事までやっていたというが、今は事情が事情なだけに、賭け事どころか軽口も言わない。

 

「編成はどうしましょうか?」

 

 先程ダークの元へ来た調査班の女性が尋ねる。ダークも同じことを考えていた。

 大型モンスターを狩猟する際は、討伐であろうと捕獲であろうと、人数は4人までという大原則が存在する。これを『5人で挑むと誰かが死ぬ』というオカルト的なジンクスと絡めて流布する者も少なくないが、実際には戦術的な理由で定められているルールである。。

 ハンターが狩猟するモンスターは、大抵の場合人間よりも大きく強靭である。硬い鱗や甲殻を持つモンスターに対抗するためには、人間もより巨大でより重い武器が必要になる。狩猟用としては最も小型とされている片手剣ですら、ギルドナイトが持つ対人用の剣と比較すると親と子供ほどのサイズ差がある。

 一方、防具となると話は変わる。

 仮に大型モンスターの攻撃を受けても無傷でいられる防具を作るとすると、あまりの重量にハンターが動けなくなってしまうのは誰でも想像できる。鍛冶屋はハンターの好みに合わせて装甲の厚さを調整するが、それは攻撃を無傷で受けるためではなく、致命傷を避けるための最低限度のものである。大型モンスターですらダメージを受ける武器の攻撃力に、ハンター用の防具は耐えることができないのだ。

 ギルドによってモンスターハンターという職業が確立する以前は、この武器と防具のアンバランスが招いた事故が多発した。その内容は『同士討ち』である。

 現在主流の4人編成のハンターがモンスターに攻撃をする場合、武器を振りかぶるスペースは十分に確保できる。大剣は水平に斬ることができるし、ハンマーも存分に振り回すことができる。ボウガンや弓も、仲間へ当たらないように余裕を持って照準が取れる。

 だが、これが5人以上になると非常に難しくなる。リーチの長い武器の攻撃が横にいる者に当たってしまったり、モンスターを外れた弾が反対側にいた者へ直撃。転倒したモンスターの頭部へ一撃を与えようと同時に7人が殺到してしまい、同士討ちを恐れて誰も攻撃ができなかったりと、人数が多くなればなるほど事故の確率が上がっていったのである。

 これらの事故を防ぐために、大昔のハンターや技術者達は研究を重ねていった。その結論が『4人』なのである。

 無論、狩猟を4人だけで全て完結させるというわけではない。支給品を運ぶ輸送班、狩猟中に非戦闘員が入らないように迂回ルートへ誘導する警備班など、任務を行うハンターを支援する者は大勢いる。支援者含め、フィールドには何人入っても問題は無い。だが、モンスターに対峙する者は『4人以下』という原則は、一期団の頃から変わらぬ不変のルールであった。

 

「そうだな……近接武器2人と囮役が1人、遠距離武器1人の編成で行こう」

 

 ディアブロスはモンスターの中でも特に大きく、また岩のような甲殻を持っている。弱点は翼や尻尾といった柔軟に動く部分だが、ここは脳から遠いために麻酔が効果を発揮するまで長い時間が掛かる。ダークが提案したのは、脳に近く比較的柔らかい肉質の首筋へ麻酔を撃ち込もうというものだった。かなり強引な戦法であり、本来であれば安全を重視し身を隠しながら弱点部位へ集中的に麻酔を撃ち込み捕獲する。しかし、ソードマスター捜索のために短時間で捕獲しなければならない現状、手荒だが最も速く捕獲できる方法である。

 

「Aチームはディアブロスの縄張りへ直接侵入し捕獲する。残りのBチームはこちらへ向かっているランサー隊へ状況説明を行い、ディアブロスが縄張りの外へ逃げ出す事を阻止するんだ」

 

 ダークの手短な説明でも、調査班達はすぐに理解した。

 

「出発しましょう。時間がありません」

「よし、Aチーム出発!」

 

 ダーク属するAチームが、ディアブロスの縄張りへと歩を進めていった。

 


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