星と風の物語   作:シリウスB

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大蟻塚の荒地での任務中、再びネルギガンテの強襲を受けた新大陸調査団。
ソードマスターとテオ・テスカトルの援護と偶然アポロが所持していた新兵器によってネルギガンテの撃退は成功し、龍結晶の地への物資輸送ルートは確保された。

遠征の時が間近に迫る中、総司令はダークへ問う。
「君は新大陸へ何の目的できたのだ?」
しかし、その直後に陸珊瑚の台地より緊急の救難信号が上がる。

炎妃龍の救いを求める声に応えるのは、善意か悪意か、希望か絶望か、黒き闇か白き風か。
全てを知る者は、まだ姿を見せない。


第三章:蒼い炎を見る者
古代の証人


「どうぞ。開いている」

 

 ドアをノックする音は滝の音のせいで聞こえづらい。水車によって減音されているとはいえ、その返答の声も大きくなりがちである。

 

「失礼する」

 

 新大陸に到着してまだ日が浅い五期団。現在の彼らはベッドの数を揃えることを優先した二等マイハウスで寝泊まりしている。正式な住居は派遣に使用された船を分解して建造するため、完成までの日程は長い。

 しかし、五期団と共に訪れたその青年には新築の住居ではなく、幹部達と同等の個室が手配されていた。

 一等マイハウスと呼ばれるその部屋は、アステラの中央へ落ちる滝の側面に並んでいる。

 アステラではスペースが限られているため、一等マイハウスはどこもワンルームの間取りである。老朽化も進み、滝の騒音も影響してか東側の居住区に比べてイマイチ人気は無い。しかし専属のルームサービスが付くのはここだけであるため、実質的に幹部達の部屋が集まっていた。その部屋を覗くと、書類が山積みになっていたり試作中の装備が置かれていたりと、狭いながらもその雰囲気は部屋の主によって大きく変わるものだ。

 しかし、ダークの部屋はどこか殺風景であった。

 新大陸調査団の規則では、危険物や生態系を乱しかねない物 ――植物や虫など―― でない限り、現大陸から私物を持ち込むことに制限は無い。

 調査員達は誰もが家族の絵画や手紙、縁起物といった思い出の品を持ってきていたが、青年の部屋には少数の着替えと片手で運べる程度の資料があるだけだ。そしてルームサービスも居ない。

 身元を特定できる物が一切存在しない部屋。その部屋へ、総司令が一人訪れたのであった。

 

「進捗はどうだ?」

 

 部屋の主である青年、ダークの質問に総司令は答える。

 

「物資の輸送準備は90%まで進んでいる。あとは日持ちする干し肉などの熟成を待つだけだ」

 

 ダークは枕を背もたれにした状態でベッドに座っていた。その手には『五匹の龍の物語』がある。

 催涙弾のガスが充満している中、暗号持ちのハンターが全くの無視界・無呼吸でネルギガンテと戦ったという噂は、既にアステラへと伝わっていた。

 確かに、目をつぶり呼吸をしなければスリンガー催涙弾は全く効果を発揮しない。調査団の中には暗号持ちの実力を過小評価していた者も存在したが、その狩猟の内容を聞いた者は例外なく絶句した。同じことをやれと言われても、誰もやろうとはしないだろう。

 ネルギガンテの撃退に成功した直後に呼吸の限界が来て倒れてしまったダークだが、意識が回復したのは失神後のわずか数時間後だった。

 驚異的な体力だが、新兵器である催涙弾に副作用があるかもしれないという技術班の進言によって、ダークはしばしの休息を取っていた。

 

「そうか……ソードマスターは?」

「今は闘技場にて監視員として寝泊まりしている」

 

 二回目のネルギガンテ襲撃の後、テオ・テスカトルは大蟻塚の荒地に近い闘技場へと収容されていた。

 闘技場とは新大陸で捕獲したモンスターをハンターと戦わせ、実戦データを収集するという目的で建造された場所である。

 しかしモンスターもハンターも、そこへ運ぶには船を一隻使わなければならない。モンスターを運ぶには人手と手間が非常に多くかかるために、誰もそんな暇が無いという事でハンターのトレーニング場所や二期団が開発した武器装備の実験場として現在は利用されている。

 その闘技場への炎王龍収容作業は慎重に行われた。アステラにはクシャルダオラが居るために、発覚した時に何が起きるか分からないという懸念があったからだ。しかし、その心配は既に微塵も無くなっていた。

 収容した直後にクシャルダオラが感づいたらしく、闘技場へと飛来したのだ。調査員達は古龍同士の戦いが始まるのでは? と大いに慌てたが、その二匹は特に争うことは無かった。

 むしろ、クシャルダオラが冷やかしに来たような印象さえあったという。

 

「あの二匹に関してはソードマスターと調査班リーダーに任せている。今のところ互いに争う様子はない」

「だろうな。ネルギガンテという共通の天敵が存在する内は心配ないだろう」

 

 古龍を喰らう古龍、ネルギガンテの力は恐るべきものがある。

 研究班の分析により、クシャルダオラとテオ・テスカトルの傷はほとんど同時刻に受けたものであると結論付けられていた。闘技場での二匹の様子を見る限り、三つ巴であったことは考えにくい。つまりそれは、2対1という数で有利な状況でも勝てなかったことを意味する。

 さらにネルギガンテにはほとんど傷が無かったことを考えると、戦いは一方的な展開であったことは容易に想像できる。

 ダークが近くのテーブルに乗っていたコーヒーを一口飲んだ後に、総司令が間を置いて尋ねた。

 

「二人きりになっている今聞いておきたい事がある。君は何の目的で派遣されたのだ?」

「……本国が当て付けで俺を派遣したと思っているのか?」

「そうだ」

 

 総司令は不機嫌そうにダークを見る。その苛立ちはダークに対しての感情ではない。ダークの『背後』にいる連中に対してである。

 

「悪い意味で違うな。派遣の理由が『当て付け』なら俺も気が楽なんだが」

 

 ダークは苦笑して手元の本を総司令に渡す。

 

「五匹の龍の物語?」

「そうだ。この神話に関する新しい情報がある」

 

 総司令はこの物語に強い愛着がある。著者によって文章自体は多少変化するが、内容そのものはどれも変わらない。

 

「イコール・ドラゴン・ウェポン……通称、『竜機兵』は知っているな?」

「!」

 

 総司令がその名前を聞いたのは久しぶりであった。

 まだ一期団として新大陸に派遣される前、現大陸では酒場で毎日のように聞いた噂話だ。しかし、『五匹の龍の物語』と『竜機兵』が繋がったという言葉に、総司令は強い不安を持った。

 

「あれは空想の話だとばかり思っていたが……」

「残念だがあれは実在する。俺も実物を見せてもらったからな」

 

 話が長くなりそうなので、ダークは総司令に空いている椅子を薦めた。

 

「竜機兵を?」

「ああ。ギルドナイトによって厳重に警備されているが、間違いなく古代文明時代の遺物だ」

 

 竜機兵。

 噂話によれば、それはゾラ・マグダラオスには及ばないものの、並の古龍を上回る巨体と機械化された体を持つ兵器だという。

 竜機兵1機に30体以上のモンスターが素材として使用され、その虐殺に怒った龍と人間の間で戦争が始まった――というのが、竜機兵と竜大戦の噂の内容である。

 

「古龍を滅ぼすための兵器……」

 

 総司令が呟いたこの言葉に、ダークは注意するように否定した。

 

「おっと、竜機兵は対古龍戦の兵器とは違う。別の目的で生産されたものだ」

「……?」

 

 ダークの言葉の意味が分からず、総司令は質問する。

 

「竜機兵が対古龍戦用の兵器ではない?」

「ああ。噂好きの連中は竜機兵を対古龍用兵器と連想しやすいが、違う」

 

 ダークは再びコーヒーを一口飲むと、逆に総司令へ質問をした。

 

「もし人類が持てる技術を集めて最高の兵器を作るとした場合、何が出来ると思う?」

「……分からない」

 

 総司令は素直にそう述べた。

 二期団の親方や技術班リーダーであればもっとマシな答えが出来るのかもしれないが、総司令には思いつかなかった。

 しかし、その答えはダークの苦笑で肯定された。

 

「それが正解だ。兵器には長所と短所があり、長所だけの兵器と言うのは論理的に有り得ないからだ。そもそも最強の兵器を古代人が発明し、古龍との戦争で使用されたのなら文明は滅びないだろう?」

「確かにそうだが……」

 

 兵器には必ず長所と短所が存在する。これは技術者であれば誰もが知っていることである。

 現代では対古龍用兵器の『巨龍砲』が最強であると唄う者は多いが、巨大で重い弾丸故の遅い初速、多大なコスト、低い命中精度など、比較対象が少ないために実感しにくいが欠点は多数ある。ハンターが使用する武器も、短所が無い武器など存在しない。

 兵器の開発史というのは、いかに長所を残したまま短所を補うか、という事に尽きるのだ。

 

「もう一つ。30体ものモンスターを集めて『イコール』止まりの兵器を作るだなんて、非効率極まる」

 

 そう言うと、ダークは近くのバッグから一枚の書類を総司令へ渡した。

 

「……これは!」

「竜機兵の精巧なスケッチさ」

 

 ワイヤーのようなものに吊るされたそれは、露出した体内から見える内臓、金属で補強された四肢。竜機兵の足元に描かれた人間と比較すれば、相当な巨体であることも分かる。

 その紙に描かれていた存在は、総司令が想像していた竜機兵とはまた違った雰囲気を醸していた。

 

「うまく言葉に出来ないが……どこか不完全な印象を感じる」

「その通り。こいつは修理を諦めて放棄されたものだ」

 

 ここで総司令はダークが少し前に言った『別の目的』という言葉に違和感を感じた。

 

「……君はなぜそこまで知っている? そこまでの情報を見ただけで推理したのか?」

 

 ダークが新大陸に訪れてから、アステラを取り巻く状況は劇的に変化した。

 火竜の番い、クシャルダオラ、テオ・テスカトル。元々古龍との戦いは避けられないと考えていた調査団だが、現在は考えられる形では最高の状況になっている。無論、全てを彼一人で成し遂げたわけではないが、ダークはハンターとしての実力よりも、極めて高い推理力と知識、指揮能力で任務を成功させた男だった。

 だがいくら頭の回転が早くとも、推理の元になる情報が無ければ答えを出すことはできない。竜機兵に関するダークの知識は、まるで古代文明時代の詳細を知っているかのような振舞いだったのだ。

 

「いや、この情報は推測や研究で出したものではない」

「ならばいったい……」

 

 ダークは先程渡した竜機兵のスケッチをある部分を指差す。

 

「竜機兵の足元をよく見るんだ」

「…………?」

 

 総司令は手元の紙をもう一度見た。ダークの指は竜機兵の後ろ脚に当たる部分に立つ人間を指していた。

 

「これは大きさを比較するために描いた人間ではないのか?」

「違う。その者こそ、長年ギルドが真の意味で隠蔽してきた古代文明の――」

「…………!!!」

 

 ダークの言葉の意味に気付いた時、総司令は竜機兵のスケッチを見た時以上の衝撃を受けた。

 

「――生存者だ」

「…………」

 

 何と言えばいいのか分からず、総司令は紙に描かれた小さな人間とダークを交互に見る。

 

「古代文明の生き残り……!?」

「正確に言えば古代文明時代の技術者だな。竜機兵を整備する仕事をしていたそうだが、彼の証言で古代文明時代の様子は大まかながらも把握できた。昔に出回った噂は『生存者』の存在を隠すために作られた囮の情報なのさ」

 

 総司令はこの情報が一般に出回っていたらどんな事態になっていたかと想像した。

 現在のアステラの技術力は40年前よりも遥かに向上している。

 選りすぐりの技術者を集めた二期団による功績も大きいが、現大陸の各地方でノウハウを学んできた四期団や五期団の技術者も貢献している。実際、先日のネルギガンテを撃退した兵器のひとつである『音撃弾』も、ユクモ村の名物である花火の技術を習得していた五期団のアイデアで試作されたものだ。

 しかし、それでも古代文明時代の技術とは比較にすらならない。

 発掘される遺物は再使用するための応急処置が限界であり、現代の技術では元がどういう機械なのかすら分からない方が多い有様だ。

 そこへ古代文明時代の技術者が現れたとなれば、その技術を自らのものにしようと考える者が出ることは容易に想像できる。さらに悪い方向に考えれば、技術を独占するため利用した後に殺害しようとする輩が出る可能性もある。

 

「生存者の情報が一般に漏れることを危惧した当時のギルド幹部は、目立つ情報を敢えて漏らすことで事態を収束させた」

 

 工作員が酒場で酔ったフリをしながら竜機兵と竜大戦の話を大勢に語りかけ、直後にギルドナイトがその者を連行する。ただそれだけで、竜大戦と竜機兵の噂話は爆発的に広がっていった。

 

「大衆というのは学者によって裏付けされた事実より、たとえ嘘でも派手な噂を聞きたがるからな。酒場から酒場へ伝っていくのは噂を大げさに誇張した新しい噂話か、酒のつまみになる冗談ばかりで、その裏に隠された真実に気付くのは誰もいなかった」

「つまり、竜機兵と竜大戦を囮にすることで『生存者』の情報を隠したのか……それがこの物語と何の関係が?」

 

 総司令は『五匹の龍の物語』と竜機兵のスケッチを返す。最初にダークが言った、竜機兵と五匹の龍の物語が繋がったことはまだ説明されていない。

 

「生存者は竜機兵が収容されていた地下基地で同時に発見されたが、そいつは似たような基地が他にも存在するという情報を持っていたんだ」

「その地下基地が新大陸にも存在する可能性が高いと?」

「証言は大まかな位置だけで正確な座標までは把握していなかったが、新大陸に基地が存在するのは確実だろうな。方角や距離が一致する」

「なるほど……君が送られてきたのはその基地を見つけるためか」

「見つけるだけじゃない。保管されている古代兵器の脅威査定や武装解除も任務の内だ」

「新大陸に古代兵器……だがここには今までに人間が移り住んだことは無いと物語には記されているぞ?」

「物語の最後を忘れたか?」

 

 総司令はその最後の語句を思い出す。

 

『白き風の青年が残した、青き星の龍への贈りもの』

 

 総司令は、この『贈りもの』というのが古代兵器である可能性に気付いた。

 

「神話では新大陸に人が移り住むことは無かったとされている。一方で、『生存者』は基地があると言う」

 

 ダークが語った古代文明の手掛かり。地下基地で発見された『生存者』は、新大陸に地下基地があると証言した。そして五匹の龍の物語には、新大陸に『青年の贈りもの』があると記されている。

 人が移り住むことは無かったとしながらも、人間が建造した基地が存在するという矛盾。その理屈が通るたったひとつの状況は、『白き風の青年』が新大陸に訪れた時に古代兵器を運用するための地下基地を建造したと解釈する以外に無かった。

 

「つまり……ここへ唯一訪れた人間である『白き風の青年』が古代兵器を持ち込んだと言いたいのか?」

「その通りだ。だが稼働状態ではないだろう。古龍が集まる新大陸で対古龍用兵器が稼働していたら、この40年でとっくに目撃されてるはずだからな」

「竜機兵が対古龍用の兵器では無いのなら、本命の兵器の情報があるのか?」

「もちろんだ。念のため『生存者』が知っている限りの古代兵器類は全て確認し、ある程度の目星は付けてきた」

「その兵器が新大陸に眠っている可能性もあれば、全くの新兵器が出てくるかもしれない、か……。その兵器の名前は?」

「核兵器」

 

 


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