星と風の物語   作:シリウスB

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救難信号

 陸珊瑚の台地という場所は、『陸の上の深海』と言うべき場所である。

 ほぼ全方位を大峡谷に囲まれている陸珊瑚の台地と瘴気の谷。かつてこの二つのフィールドは徒歩での到達が非常に難しく、空を飛ぶことができないモンスターにとっては隔絶されたフィールドであった。

 空路による初調査が行われた際には、到着早々にレイギエナという飛竜によって墜落し、三期団全員が遭難するという非常事態に陥ったこともある。

 調査団で唯一のロック・クライミング技術を持つフィールドマスターがいち早く現地に到着したために餓死者は出なかったが、全員の食料を現地で確保するのは難しく、今よりも遥かに人員が少なかった調査団は別の方法でこの問題に対応した。

 メルノスという翼竜を訓練させ、使役する方法を考案したのだ。

 メルノスは古代樹に生息する翼竜である。人懐っこく温厚な性質であるために、かなり以前からハンターの移動手段として利用する計画があった。

 試行錯誤の末、フル装備のハンターを運ぶことが出来なかったために計画自体は失敗してしまったが、食料を詰めた袋程度ならば運搬が可能であった。

 一度に運べる荷物は多くはないものの、それは数で補った。調査団の知恵と工夫、メルノスの活躍によって、三期団は陸珊瑚にて飢え死にすることなく研究を継続することができているのである。

 ゾラ・マグダラオスが大峡谷を通過した後には『裂け目』も出来たため、大量の物資を陸路から安全に陸珊瑚へ送ることが可能になった。

 メルノスによる食料輸送は必要無くなってしまったが、現在は各フィールドからの定時報告や郵便物の輸送などで調査団に貢献している。

 そのメルノスが今しがた運んできた手紙を呼んだ後、竜人族のハンターはダークへ向き直った。

 

「最後の竜車がもうすぐここを通過するそうだ」

 

 大蟻塚の荒地からやや北の大峡谷にて、ダークは竜人ハンターと共に哨戒任務に就いていた。

 彼は総司令の友人であり、見た目だけなら総司令どころかダークとほぼ同年代に見える。しかし、実際の年齢は総司令よりも遥かに上だ。彼は『竜人族』だからだ。

 竜人族は非常に長命な種族で有名である。人間なら20歳から30歳程度の若さの外観でも、実際は数百歳ということもある。

 ハンターズギルドに所属している学者や技術者も竜人族が大半を占め、それはアステラでも例外ではない。

 ギルドの要職に就いている者がほとんど竜人族であり、現場で死と隣り合わせの狩猟をしているのが人間であることに不平不満を言う者はいない。

 なぜなら、竜人族はその長命と引き換えに、怪我や病気に対する免疫が非常に低いのだ。

 風邪や多少の擦り傷で死ぬわけではないが、それでも回復するには人間よりも遥かに時間がかかる。

 出血は止まりにくく、病にかかれば数か月は安静が必要、折れた骨が繋がるのも数年かかる。人間ではすぐに治る怪我や病気であっても、竜人族にとっては致命的になりうることも多い。

 それ故に、竜人族は死の危険が非常に高いハンターを目指す者は皆無に等しい。

 まだハンターズギルドが設立されていなかった時代では、生活のためにハンター業に就いていた竜人族も少なからず存在した。しかし、現在では武器装備の技術進歩や狩猟のノウハウ、教育訓練が十分に生き渡ったために、竜人族が危険を冒してまで狩猟をする必要が無くなったのである。

 また、親が学んだ知識を子供は引き継ぐことはできない。人間にしろ竜人族にしろ、知識というのはその者が学ぶ以外に習得することは出来ないものだ。

 寿命が長いということは、個人が持つ知識が永遠に失われるまでの猶予が長いことと同義であり、数百年もの期間で研究を行い続けることは竜人族にしか出来ないことだ。

 短命だが身体が丈夫な人間が狩猟を行い、身体が弱いが長命である竜人族が研究と技術を進歩させる。この仕組みは、歴史に裏打ちされた最高の組み合わせなのだ。

 

「もうすぐか……了解だ」

 

 ダークは竜人ハンターへ返事をした。

 二度目のネルギガンテの襲撃を撃退した後に始まった龍結晶の地への遠征。それはゾラ・マグダラオス捕獲作戦の時ほどの規模はなく、物資の量も当時の半分以下である。

 輸送班にもハンターは所属しているが、非戦闘員である者がフィールドへ出る時には必ず護衛を付けなければならない。

 調査班や警備班は随伴ではなく輸送ルートで待機する形になっていた。大型モンスターが接近してから迎撃態勢を取るのではなく、接近する前から察知するためである。

 

「救難信号の話、君は信じるかい?」

「この目で見るまではな」

 

 竜人ハンターが双眼鏡を覗いているダークへ問う。

 アステラが陸珊瑚からの赤色救難信号に気付いたのは2日前だ。

 救難信号には複数の種類がある。一刻を争う状況である赤色、緊急では無いが応援を要請する黄色、クエストの成功や現在位置を知らせる青色などである。

 陸珊瑚の台地から発信されたそれは、遠征とは別で調査をしていたオトモ探検隊が出したものらしい。

 クシャルダオラとの事件の後、炎妃龍:ナナ・テスカトリの捜索が始まったのは言うまでも無い。

 番いの古龍であるテオ・テスカトルとナナ・テスカトリは、過去に数回一緒にいることが観測されていた。しかし、年月が経てば経つほど目撃頻度は大きく下がっていき、最終的には先日の事件まで所在が分からなくなっていた。

 現在闘技場に収容されている炎王龍は、ソードマスターによって間違いなく過去に観測された個体であることが証明された。炎妃龍もすぐ近くに居るはずと予測した研究班により、遠征と並行する形で捜索が開始されたのだが、予測に反し発見されたのは陸珊瑚の台地であった。

 ただ、陸珊瑚で発見されたこと自体は不思議な事ではない。研究班が唱える一説、瘴気の谷が古龍の墓場であるという仮説に基づけば、その入り口にあたる陸珊瑚に炎妃龍が訪れる事は理屈に合う。

 問題なのは炎妃龍が単独で、しかも生き埋めに近い状態で発見されたことだ。

 ダークは現場を見ていないために具体的な状況は把握していないが、中層部分のキャンプ近くで発見されたらしい。

 この事件――いや、この事故は新大陸調査団を大いに悩ませた。

 炎妃龍を放置することは最初から選択肢に無い。

 クシャルダオラやテオ・テスカトルと同じく、見捨てればネルギガンテに捕食される危険性が非常に高かったからだ。彼女も古龍渡りの手掛かりである以上、救助そのものに反対する者はいなかった。また、炎妃龍を救出すれば炎王龍への『貸し』を作ることにもなる。

 救助で問題だったのは、既に遠征が開始されているためにあまり多くの人員を回すことが出来ない点であった。

 竜人ハンターを初めとする増援が集められたものの、相手がネルギガンテである以上油断はできない。

 

「……風が弱まってきた」

 

 ダークと竜人ハンターは周囲の地形を再確認し、大型モンスターが居ないか観測を始めた。

 二人が立っているこの場所は、かつてゾラ・マグダラオス捕獲作戦が行われた場所に近い。大峡谷というのはどこの場所でも似たような風景が続いているが、ここからさらに奥へ行くと崖が高くなり、古代樹の北側――つまり陸珊瑚の西側ともなれば、上を眺めても崖しか見えない程の高さになってしまう。

 草木もほとんど生えていないこの地には草食竜も居らず、虫すらも姿を見せない。そのためなのか大型モンスターが通ることも珍しいフィールドであった。

 

「君が提案した作戦、すぐに実行するのか?」

 

 双眼鏡を覗いたまま、竜人ハンターは再びダークへ訪ねる。

 既に竜人ハンターも作戦の詳細は把握していたが、それは作戦というよりも無謀な賭けに思えたからだ。

 

「ああ。龍結晶の地へ行く前に確かめておきたい」

 

 ダークはこれまで二回、ネルギガンテと交戦している。

 古代樹の森と大蟻塚の荒地、どちらのフィールドでも撃退に成功した。ネルギガンテに関する基本調査の内容に目処は付いたが、一つだけ大きな謎があった。

 最初の戦いの後にダークが指摘していた、ネルギガンテが正確に古龍の位置を特定する理由である。

 それまで研究班は偶然だと考えていたようだが、二度目の襲撃で確信に変わった。

 角が感覚器官になっている、嗅覚や聴覚が優れているというありきたりな推測はすぐに出たが、ダークには二回の襲撃に共通点があることに気付いた。

 黒龍の宝玉と古龍が接触した時だった。

 ダークはミラボレアスの宝玉をアミュレットとして胸元にぶら下げている。このお守りと古龍が接近した直後にネルギガンテが襲来してくるのである。しかし、別の可能性もある。

 二つ目の共通点に、古龍の周囲に大勢のハンターやモンスターが集まっていたことだ。

 黒龍の宝玉と古龍が共鳴してネルギガンテを引き寄せるのか、それとも何者かが集まっている騒音を感知するのか。ダークは既に居場所が判明し、移動が出来ない炎妃龍を利用して確かめようとしていたのである。

 前者が正しければ古龍へ接近するダークの元へ襲来し、後者が正しければ大勢の技術班や警備班に囲まれている炎妃龍の元へ行くはずである。

 その作戦の目的上、ダークは単独で行動しなければならない。竜人ハンターが無謀な賭けと言ったのはこれのせいである。

 

「最後の竜車だ」

 

 大峡谷の道筋の先に、大勢のハンターに護衛された一台の竜車がこちらへ向かってくる。

 その荷台からこちらへ手を振っているのは二期団の親方だ。

 

「よし。親方が三期団基地に到着し、準備が終わり次第作戦を開始する」

 

 ダークは大峡谷から陸珊瑚へ向かうため、手荷物をまとめ始めた。

 この作戦には、親方の技術力が必要不可欠だったのだ。

 

 

――――――

 

 

「あら、いらっしゃい。三期団の基地へようこソ」

 

 独特な発音で喋る彼女は、三期団の期団長である。

 研究班リーダーの妹である彼女もまた、優れた学者として現大陸では有名である。

 

「久しぶりだな……みんなは元気でやってるか?」

「ええ。マグダラオスが大峡谷を整えてくれたおかげで、陸路でもアステラに帰れると聞いたワ。それからみんな元気になっちゃってネ」

 

 竜人ハンターも三期団基地には久しぶりに来たらしく、懐かしむように船の中を眺めていた。

 大峡谷を超えるために船をそのまま改造したそれは、重心の関係で船体が斜めに傾いている。しかし、内部の足場や階段などは水平に設置されていて外観ほどの窮屈さは感じない。

 二人が再会した事も数年ぶりなのだが、その口調は毎日顔を合わせる者同士の気さくなものであった。

 

「相棒、御注文の品ですよ!」

「こっちが右腕用ですニャ」

 

 三期団基地へ先に到着していた受付嬢とアポロは、二期団が持ち込んだ物資の仕分けを行っていた。

 既に作業も終わりかけていたため、慌ただしさも無くダークの元へ歩いてきた。

 

「ありがとう」

 

 ダークが親方へ注文していたのは二つのスリンガーであった。特殊な改造が施された左腕用と右腕用である。

 調査員の標準装備であるスリンガーは、利き腕の反対側へ装着するのが通常である。左利きの者は右腕に装着するので、右腕用のスリンガー自体は珍しいものでは無い。

 そもそもスリンガーは左右対称のデザインをしているため、右腕用の物を左腕に装着することも当たり前にできる。

 ダークの元へ届けられたスリンガーが一般的な物と違うのは、グリップがそれぞれの手で握りやすいように削られているのと、装填用のコッキングレバーが大型化されていることであった。

 スリンガーはコッキングレバーを引くことで弦が張り、手元にあるグリップレバーを強く握り込むことで『押さえ』が外れて一気に弦が戻ろうとする。その際にコッキングレバーに挟まれている物を勢いに任せて発射するのがスリンガーの原理である。

 これは弓と矢の関係に似ているが、精度と威力を重視している弓とは異なり、片手でも発射できる簡便さと大きさが合えば何でも発射できるという汎用性を重視した物である。

 構造が単純な割には便利な物であったためにハンターのみならず編纂者も装備しているのだが、弱点も存在する。

 左腕に装着するという構造上、防具は専用設計のものでなければ装備が出来ない。新大陸で採用されている防具は全てこのタイプだが、唯一ソードマスターの防具は旧式タイプであるためにスリンガーは使用できない。

 もう一つの理由としては、スリンガーを装着した手では物が掴みづらい事である。

 発射用のグリップレバーは極力手の動作に干渉しないように設計されているが、それでも掴んだり持ったりする動作は素手に比べて難しい。通常タイプのスリンガーを両腕に装着してしまうと、レバー類が手の動きに干渉してスリンガー弾を装填することも難しくなってしまうのだ。

 ダークはこの短所を補う改造を親方へ依頼していたのである。

 

「この装備で大丈夫ですか……?」

「旦那さん、本当にいいんですかニャ……?」

 

 両腕にスリンガーを装着したダークの姿に受付嬢とアポロが心配の声を上げる。声には出さないが、竜人ハンターと三期団長も同じ意見であった。

 ダークが着ていたのは両腕にスリンガーを装着するために改造された、全く装甲の無い作業着であった。当然防御性能などは全く期待できない。専用の防具を作る時間が無かったために間に合わせの改造だけで済まされた作業着だが、動きやすさだけならば狩猟用の防具を遥かに上回る。

 徹底的に動きの速さを追求するため、ダークは短刀やロープなどの小道具類も装備していない。スリンガー用の弾を補給・運搬するのは、アポロをはじめとするオトモアイルー達と陸珊瑚に拠点を持つ「台地のかなで族」である。

 

「今回は時間稼ぎが目的だ。戦闘が目的じゃない以上、動きやすい方が有利になる」

 

 暗号持ちのハンターらしい反論を言われ、アポロは黙ってしまう。

 ダークが言った通り、今回の作戦は時間稼ぎが主目的である。ネルギガンテを戦闘によって撃退する案も調査班から出たが、そもそも今回の遠征は未知の生態を持つネルギガンテの調査を行うためにある。生態がほとんど分かっていないネルギガンテに正面から挑むのはあまりにも危険すぎるため、ダークと警備班のリーダーであるソードマスターの反対によって却下された。さらに言えば、陸珊瑚の台地は細く狭い通路と高低差が激しいフロアで形成されているため、驚異的なパワーとスピード、飛行能力を持つネルギガンテにとっては圧倒的に有利なフィールドである。

 

「作戦開始だ。さて、行こうか」

 

 この作戦で最も危険な役目を担っているはずのダークが最も落ち着いているのを見て、アポロは素直に憧れるのであった。

 

 


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