星と風の物語   作:シリウスB

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重機械学

 陸珊瑚の台地と瘴気の谷を管轄している警備班の実戦部隊、『双剣隊』は二期団の親方を護衛していた。

 彼らが双剣を主に運用している理由は、狭い場所が多い地形でリーチの長い武器を振り回すのは困難であったからだ。

 また、高低差が激しい台地で大型で重い武器を持つのは移動の負担が大きい。双剣であればそこまで重量は無いために体力を温存でき、段差を利用した剣技を繰り出すことも可能である。

 そんな双剣隊に遅れるどころか我先にと進んでいく二期団の親方。その行動力は頭に地図を叩き込んでいた事と、普段の鍛冶仕事で鍛えられた体力のおかげだろう。

 

「おうおぅ! 進捗はどうだ!?」

 

 中層キャンプ前に待機している技術班の面々に合流した親方は、よく通る声で確認を取る。

 

「槍の部分は組み立てが終わりました!残りは土台と燃料です!」

 

 土台を組み立てている真っ最中である作業員が親方へ返事をする。

 

「急げよ!ネルギガンテがいつ来るか分からないんだからな!」

 

 作業員は身震いしたが、すぐにそれを忘れるように目の前の作業に集中した。

 しかし、親方自身もその言葉の意味を痛感している。ダークの予測が外れた場合、ネルギガンテはここへ現れる確率が高いからだ。

 

「親方、こちらです」

「ウム……」

 

 堆積している珊瑚の質をその場で判断できる学者もこの場所に来ている。

 その彼が指差した先にいる炎妃龍の姿は、古龍を見る機会が皆無と言って良いほどの技術班にとって、恐れよりも同情が勝った。

 場所は北東キャンプを出て左、緩やかな下り坂が中層広場へ続いている方向とは反対側の通路の奥である。炎妃龍が偶然そこに隠れている最中に崩落した……というのが研究班の推測だった。

 台地の上層部分は瘴気の谷から昇ってくる養分が薄まってしまうため、死んでいる珊瑚が増える傾向がある。炎妃龍を生き埋めにしている珊瑚はどれも死んだ白い珊瑚ばかりであり、古龍の力を持ってしても自力では外へ出ることが不可能なほど量も多い。

 また、珊瑚には外部から力を受けた形跡が無かった。つまり、この珊瑚は自然に崩落したものであり、ネルギガンテもテオ・テスカトルもこの状況を把握していないということである。

 かろうじて頭部が出ているため窒息することは無かったようだが、大勢の人間に囲まれているこの状況に炎妃龍は怯え切っている様子である。動くことも抵抗することも出来ない今の状態では、ハンターに嬲り殺しにされると思っているのだろう。

 

「珊瑚の量が尋常ではないな……」

 

 遅れて合流した竜人ハンターが呟いた独り言に、親方も同意見だった。

 一歩間違えれば更なる崩落が発生する危険性が高い。失敗は絶対に許されない。

 

「予定通り撃龍槍で珊瑚を崩しまさぁ。後は彼女の気力を信じるしかない」

 

 炎妃龍をこの状態から助け出す方法は二つある。ひとつは人力で珊瑚を少しずつ崩し、手作業で掘り進める事。もうひとつは堆積した珊瑚を撃龍槍で吹き飛ばし、炎妃龍に自力で脱出してもらうことである。

 成功率で確実なのは前者であり、親方も間違いなくその手段で作業を進めただろう。しかし、それはネルギガンテが徘徊していなければの話である。

 人員を大量に動員すれば人の動きが目立ってしまう。少ない人員で作業をしても、今度は時間が掛かって発見される機会が増えてしまう。

 短時間で一気に事態の解決を図るためには、撃龍槍を用いた短期決戦しか方法が無かったのだ。

 遠征によって龍結晶の地へ運搬される物資の中には、新型の撃龍槍を分解したものがあった。要塞や防壁などに設置する固定式ではなく、どこにでも設置できる移動式である。

 各地の監視網と密な連携を取って行われた輸送作業により、陸珊瑚の台地までネルギガンテに見つかることも無かった。仮に見つかったとしても、射出部、機関部、台座の三つに分解された撃龍槍では、対古龍用兵器には見えなかっただろう。

 問題はこれからである。

 

「警備班が大勢集まれば炎妃龍を刺激する可能性がある。今は周囲のエリアまで下がってもらっているが、万が一ネルギガンテがここへ来た時はキャンプへ避難してくれ」

 

 竜人ハンターは親方へそう言うと、自分の持ち場へと向かった。

 ここから先はハンターの出る幕ではない。炎妃龍の身体を傷つけず、そして二次崩落を起こさない威力を計算する技術班の役目である。

 

「土台の設置を始めるぞ!」

 

 作用反作用の法則。質量のある物体が運動するためには、同じエネルギーを正反対側へ捨てなければならない。

 土台を固定していない撃龍槍を起動しても、槍が射出されると同時に土台ごと反対方向へ飛び出すだけである。それでは威力が大きく落ちるため、土台を地面に固定しなければならない。

 撃龍槍が地面に固定されれば、後ろに捨てるエネルギーを槍の射出のエネルギーに回すことができる。その代わりに固定器具には大きな負担がかかるが、元からこの撃龍槍は使い捨てのつもりであった。故障しようが大破しようがどうでもいいのである。

 

「ネルギガンテ出現! 古代樹側!」

 

 炎妃龍を刺激しないためとはいえ、双剣隊は見えない位置だがすぐ近くに待機している。彼らの古龍出現を知らせる叫び声が響く。三期団の基地からも観測されたようで、ほぼ同時に古龍出現の空砲音が鳴った。

 だが、親方はネルギガンテ出現に狼狽える様子は無い。既に親方の頭の中は、計算式で埋め尽くされていたからだ。

 

 

―――――

 

 ダークはその空砲の音を聞いた。

 陸珊瑚の台地に足を踏み入れてすぐにネルギガンテが襲来したことは想定の範囲内だった。この次で作戦の流れが決まる。

 生き埋めになっている炎妃龍の元へ行くか、それとも黒龍の宝玉――つまりダークの元へと来るか、である。

 

「……来たか!」

 

 龍結晶の地から古代樹の森へ大きく迂回するルート、つまり台地の南西側へ飛来したネルギガンテは、しばらく上空を旋回した後に三期団の基地には目もくれず降り立った。その場所はキャンプの崖下である。

 このネルギガンテの行動でひとつの事実が明らかになった。

 ダークが身に付けている黒龍の宝玉と、他の古龍種が接触する事をネルギガンテが感知しているのだ。

 それと同時に、相手の状況・状態を分析する能力も相当なものである事が予測できる。

 アステラには二匹の古龍が収容されている。クシャルダオラとテオ・テスカトルにはダークも以前に何度か様子を見に行っていた。その時にもネルギガンテはダークと古龍を感知していたはずだが、襲撃どころか飛来する様子すら見せなかった。ハンターと古龍が互いに協力関係にあることを察知し、一対多数になることを避けたのであろう。

 そして今回はダークが単独で行動しているために襲撃してきたのだ。

 ダークは地面から生えている珊瑚にワイヤーを括り付ける。巨大な珊瑚や草木が邪魔をして視界が悪いためか、ネルギガンテはダークをまだ発見できないでいる。そのワイヤーを伸ばし、キャンプから拝借したレンタル武器のライトボウガンへ結びつけた。

 黒龍の宝玉とダークという餌に喰い付いたとはいえ、ネルギガンテも愚かではない。手間取れば炎妃龍の存在を認識されてしまうだろう。

 

「久しぶりだな」

 

 唐突に背後から掛けられた声に、ネルギガンテは驚いて振り返る。だが、そこに因縁のハンターの姿は無い。

 

「しばらく付き合ってもらうぞ」

 

 今度は右側面からである。

 ネルギガンテは見えないハンターを相手に警戒心を高めているが、後ろを取られたにもかかわらず攻撃が来ないことに疑念を持った。

 この時点で、ネルギガンテは因縁のハンターが以前のように何かしらの策を張り巡らせていると判断した。迂闊に動けば不利になると直感で感じたのだ。

 陸珊瑚の台地は古代樹のように視界を遮るものが多い。クシャルダオラやテオ・テスカトルの事件の際はネルギガンテの完全な不意討ちで戦いが始まったが、今回は違う。互いに万全の状態で戦うのはこれが最初である。

 

「始めようか」

 

 ネルギガンテの聴覚は風を切るような音を聞いた。

 以前の戦いで聞いた弓矢の音に近いが、少し違う。遅れて破裂音が発生した。

 ダークが左腕のスリンガーから発射した『はじけクルミ』だった。ネルギガンテの前方に着弾するような照準で放たれたそれは、当然ネルギガンテに当たるはずも無く、珊瑚に当たるだけで終わった。

 クルミがはじけた場所では無く、最初の風切り音がした場所へネルギガンテが振り向く。そこには次弾である右腕のスリンガーを構えたダークがいた。

 ようやくハンターの姿を捉えたネルギガンテは、一気に跳躍してダークへ迫る。ダークも即座に右腕のスリンガーからはじけクルミを発射するが、ネルギガンテは空中で錐揉み状に回転してそれを躱す。

 押しつぶさんと言わんばかりに振るわれたネルギガンテの右腕、それが当たる寸前にダークは飛び退いて回避した。

 すぐさま追撃に入ろうとするネルギガンテだが、ダークを押しつぶすはずであった右腕が何かの異物を踏んでいることに気付き、一気に後退した。

 珊瑚の間に張られたワイヤーを踏んだと理解するよりも先に、罠と直感し飛び退いたネルギガンテ。そして、その行動は正解だった。

 踏まれることでワイヤーが引かれた瞬間、突如真横から発砲音が響く。つい先程までネルギガンテが立っていた場所に、針のような弾――貫通弾が突き刺さっていた。

 

「…………」

 

 『ワイヤートラップ』。現大陸では使用が禁止されている罠の形式であった。

 モンスターのみならず、ハンターや学者、作業員にも危害を加えかねないワイヤートラップは新大陸でも禁止されている。ダークがこの罠を使うことが出来たのは、提案した作戦に物資班や技術班、警備班からの全面的なバックアップがあったからだ。さらにダークを支援するオトモアイルーやかなで族は、ネルギガンテが立ち入ることが不可能な下層に待機している。陸珊瑚の台地には警備班による厳重な立ち入り規制も敷かれているため、ダークの周辺にはハンターですら来ることはありえない。

 しかし、禁止されている罠を使用できる状況というのは、逆を言えば救援が絶対に来ないことも意味している。どんなに救難信号を上げても、大声で助けを求めても、誰も来ない。ダークはそれを承知でこの作戦を行っていたのだ。

 孤立無援の状況で武器も無しにネルギガンテと戦うことを竜人ハンターは無謀な賭けと言ったが、ダークはそう思わなかった。

 『賭け』とは、得るものと失うものを天秤に掛け、確率という傾きに任せることだ。ダークを行動させるのは『賭け』ではなく、冷静な思考と、それを裏付ける理論と数式である。

 初手の罠はネルギガンテが踏むことでワイヤーが伸びきり、珊瑚の影に隠されていたライトボウガンのトリガーが引かれて発砲するように仕掛けられていた。

 左右のX軸、ワイヤーに引かれることで変化するY軸、射角のZ軸。全てが計算された罠であった。

 もしネルギガンテが少しでも飛び退くのが遅ければ、首筋に貫通弾が突き刺さっていただろう。ヘビィボウガンに火力では劣るライトボウガンでも、至近距離であれば十分な威力を持つ。

 ダークの仕掛けた罠の構造を理解したネルギガンテだが、再び相手が消えていることに気付いた。周囲を見回し、西へ伸びる道の先にその姿を捉えた。

 ネルギガンテはすぐに距離を詰めようとしたが、思いとどまった。道の先に居るハンターがこちらをジッと見たまま動かなかったからだ。

 その道に足元を隠す植物は無く、ワイヤーを張り巡らせる時間的余裕も無かったはずである。それなのに遥か道の先に居るハンターは落ち着き払った態度でこちらを見ている。その不自然さにネルギガンテは警戒し、一歩一歩慎重な足取りでダークの元へと迫る。

 ダークもそのネルギガンテの行動を確認した後、坂道を登るルートへゆっくりと歩き始めた。ネルギガンテが一気に距離を詰めてくるかと警戒していたが、その様子は無い。初手のトラップは直撃こそ無かったものの、精神的な効果を発揮しているようである。

 しかし、それこそがダークの狙いであった。

 罠というものは相手へダメージを負わせることよりも、いつどこでそれが発動するか分からないという精神的なプレッシャーを与えることが本来の役目である。

 精神的に追い詰められた者は、人であれモンスターであれ冷静な判断が出来なくなる。

 新大陸に生息する古龍の中でも、最上位の脅威レベルであるネルギガンテがパニックを起こすとはダークも思わない。この作戦はとにかく時間を稼ぐことが目的であるため、むしろ疑心暗鬼になってくれた方が都合が良かった。

 曲がり角でダークの姿が完全に見えなくなろうとした瞬間、ジリジリと距離を詰めていたネルギガンテは急に距離を詰めた。再び罠を仕掛ける時間を与えないためであった。

 だが、再びハンターはその姿を消した。人間や獣人族が見たのであれば、亡霊と勘違いしていたかもしれない。ネルギガンテにはそのような概念は無いのだろうが、『消えた』としか言いようのない動きにネルギガンテは初めて動揺した。

 曲がり角の先には見通しの良い道が広がっている。真っ直ぐに進めば台地の中層エリアである広場へ行けるルートだ。ネルギガンテは左右を見るが、人間が隠れている気配を感じることが出来なかった。

 その時、ネルギガンテは上からの物音を聞いた。すぐさま見上げると、そこにはアーチの側面に張り付いているダークが真っ直ぐネルギガンテを見下ろしていた。

 ネルギガンテは攻撃する間も無く、視界が真っ白になった。ダークの左腕のスリンガーから発射された閃光弾だ。

 至近距離で炸裂した閃光弾は目を閉じていても視界が焼けるほどの威力がある。ダークのその攻撃は確かにネルギガンテの視界を一時的に奪ったのだが、ここでネルギガンテはまたも意外な行動を取った。

 

「!」

 

 モンスターは視力を奪われると暴れまわる場合が多い。

 いつ襲われるか分からないという恐怖心により周囲を無差別に攻撃するモンスターが大半というなかで、ネルギガンテは全く別の行動を取った。

 ダークが張り付いていたアーチから一気に距離を取ると、その場でジッと待つような態勢を取ったのだ。

 視力が駄目ならば音で探知するまで、とでも言うようなその構え。

 ダークは追撃を掛けるのは危険と判断し、アーチの上によじ登る。

 大きく迂回するルートでその場を離脱したダークの背後では、咆哮を上げることも暴れまわることもしないネルギガンテが、僅かな物音でも反撃に移れるように構えていた。

 

 


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