星と風の物語   作:シリウスB

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奈落へ並ぶ列

 ぶんどり族という名は調査団が付けたものではなく、彼らが自ら名乗っている部族名である。

 獣人族が言う『ぶんどり』というのは、人間で言うところの窃盗や恐喝とは根本的に異なる概念であるらしく、むしろ『慈悲』や『恩恵』といったニュアンスが強い。しかし彼らの概念に値する言葉が人間の言語には無いため、仕方なく研究班は『ぶんどり』という言葉を当てたという経緯がある。

 その『ぶんどり族』という名前は、彼らが谷へ落ちてくるモンスターの死骸を素早く剥ぎ取ることに由来する。オドガロンやドスギルオスといった大型モンスターには勝てずとも、連中が死骸に手を付けるまでの僅かな時間に疾風の如く肉を削り取っていくのだ。

 その作業のために用いる彼らの得物は、一見するとハンターが使用する武器の双剣に酷似している。『ぶんどり刀』という安直すぎるが覚え易い名前の刀剣は、湾曲した刃に沿って振れば斬撃を、逆向きに振れば刺突を繰り出すことができる。さらに、左右の刃を合体させれば殺傷力の高いブーメランにもなる代物である。

 ハンターが見れば恐るべき武器に見えるぶんどり刀だが、肝心のぶんどり族達はそれを作業用にしか使わない。

 

「食べるか?」

「遠慮しておきますニャ……」

 

 善意で差し出されたものだが、瘴気によって変色したそれをアポロは食べる気にはなれなかったらしい。

 双剣隊と合流できたダークは上層部分にネルギガンテの痕跡が無いことを目視で確認し、探索に使用された導蟲にも反応が無いことを確認した。つまり、ネルギガンテは下層に向かったことになる。

 その下層へ降りる途中で、一行はぶんどり族の一員である『忍猫』と偶然出会ったのだ。

 

「ふたつ貰えるかい?」

 

 小さすぎるためか、大型モンスターに見向きもされなかったと思われるラフィノスの死骸。それはここへ落ちてからだいぶ時間が経っているようで、完全に瘴気で汚染されていた。しかし、調査団の中から二人だけ、その肉を受け取った者がいた。フィールドマスターと三期団長である。

 

「大丈夫なのですか?」

 

 その質問は受付嬢だけではなく、双剣隊に所属していた五期団からも出た。

 研究班が同行すると聞いていたダークだが、まさか三期団長が自ら出てくるとは思わず、さらには現地に落ちている死骸を食べる姿など想像したことも無い。三期団長は研究基地から外に出るイメージが無かったからだ。

 

「なにヨ、アタシがこんなことをするの、期団長らしくないと思ってるワケ?」

「…………」

 

 ゴーグル越しにダークの視線を感じたらしい三期団長は、ニヤニヤしながら見返す。表情は瘴気をカットするマスクのために半分しか見えないが、ダークは声の調子からよく分かった。

 三期団長の服装は研究基地の時と変化がない。彼女が学者としての正装を崩さないのは調査団に属するという誇りを持っている事、そして竜人族として新大陸に対し敬意を持っていることに他ならない。

 フィールド内で動きづらい服装は時に命取りになる時があるのだが、それを護衛するのはハンターの役目である。

 双剣隊は護衛対象の服装が動きづらいというだけで任務に支障が出るような素人集団ではない。全員がサバイバル術、剣術、医療術に精通したプロ集団なのである。新米である五期団はまだフィールドに慣れてはいないが、仕事を完遂する意志の強さは四期団以上である。

 

「『理論ではなく、現実を証明せよ』、兄がよく言うの。二流の学者は理論だけを重視して現実を否定することがあるけど、アタシは逆ね」

 

 味覚で得られることも学者にとっては貴重な情報である。時にはハンターでさえ引いてしまうようなことも平気でやってしまう者達だが、だからこそ明るみになった事実も多いのである。

 

「一口だけでもいいから食べてごらん」

 

 既に周囲には瘴気が立ち込めているため、全員が外気を濾過するマスクをしている。

 安全上マスクを外すわけにはいかない場所だが、三期団長とフィールドマスターはそのマスクを外し、ぶんどり族の差し入れを食べた。

 五期団から驚きの声が出る。四期団も事情を知っている様子だが、ダークにはそれでも狼狽えている様子がマスク越しでも分かった。

 

「俺もひとつ貰おう」

 

 毒見薬というわけではないのだが、瘴気に汚染された肉の味が気になりダークも手を上げた。

 

「おお!ソナタも味が分かる男だな?」

 

 忍猫がぶんどり刀で肉塊を切り落とそうとするが、ダークはそれを制した。代わりに取り出したのはキャンプから拝借したレンタル武器の片手剣である。瘴気の影響を考慮してか、骨や革といった分解されやすい素材は使用されておらず、グリップの凹凸までもが削り出しで形成された金属製だ。

 肉塊は瘴気の分解がかなり進んでいた。水分がほとんど飛んで硬くなってしまっていたが、レンタル武器の片手剣はそれなりの切れ味を発揮した。狩猟にも十分使える切れ味である。

 

「…………!」

 

 ダークは一瞬だけマスクを外してその肉の切れ端を食べ、そして驚いた。

 口内に広がる味は腐肉のそれではなく、むしろ熟成した干し肉に近かったからだ。水分が飛んでいるために歯ごたえは硬く、旨味はほとんど無い。しかし、味や硬すぎる歯ごたえにさえ我慢できれば決して食べれない物ではない。

 

「モンスター達の保存食か……」

「その通り。なぜここでモンスターが生きていけるか、分かったかい?」

 

 瘴気の谷は周囲を大峡谷に囲まれているとはいえ、脱出不可能な隔離された場所ではない。

 飛行できるモンスターは当然のこと、危険は伴うが亀裂や段差などを突破すれば十分に外へ出ることが可能なフィールドである。

 事実、牙竜種:オドガロンは瘴気の谷を抜け出し陸珊瑚の台地へ姿を現す時がある。身体能力ではオドガロンに劣るものの、ドスギルオスとその配下であるギルオスも脱出は不可能ではないだろう。

 三期団は彼らがなぜ瘴気の谷を脱出しないのかを研究し、一つの結論を出した。

 フィールドマスターとダークがその身で証明した通り、谷に落ちた死骸は瘴気に分解されると同時に、理想的な保存食を生成するのである。

 

「水分さえ飛んでしまえば腐敗は極度に遅くなる。つまりアタシたちが食用のアプトノスを血抜きしたり干し肉にしたりする加工を、瘴気が代わりにやってるのネ」

「ま、いくら保存食が溢れていても新鮮な生肉が落ちてきたらそりゃ食べたくなるだろうね。一週間を水と携帯食料で済ませてごらん。彼らの気持ちがイヤってほど分かるだろうさ」

 

 三期団長とフィールドマスターは硬い肉を噛みながら言う。

 

「あ、あの……その肉が食べれるのは分かったニャ……でも身体に瘴気が溜まったらどうするんですかニャ?」

 

 瘴気に汚染された肉を噛み続けているダークをチラチラみながらアポロが尋ねるが、それに答えたのは三期団長ではなく忍猫だった。

 

「なんだそんなことか。それはだな……下に行けば分かるぞ」

 

 忍猫は一瞬言葉に詰まった。それはどう見ても隠し事をしている様子なのだが、お人好しなアポロは気付かない。

 ダークはフィールドマスターに目線を向けた。無言の質問に、彼女も無言で頷いた。

 

「ついておいで。瘴気の谷の成り立ちを見せてあげる」

 

 フィールドマスターはそう言うと、アポロへ手招きをして先導を開始した。

 

 

――――――

 

「瘴気の谷がモンスターの死骸を分解するのはなぜだと思う?」

 

 三期団長は歩きながらアポロと受付嬢に問う。

 現大陸では研究者として活動していた受付嬢だが、推理力は学者にも劣らない。

 

「陸珊瑚が栄養となる死骸を素早く分解するために生み出したものではないでしょうか? 腐敗を待っていたのでは大型モンスターに持っていかれてしまいますから」

「それニャ! きっと瘴気が毒性を持つのも分解が終わるまで大型モンスターを近寄らせないようにするためなのニャ!」

 

 受付嬢とアポロの解に、フィールドマスターは感嘆の声を上げた。

 

「さっすが五期団に選ばれた編纂者だね、年寄りが40年掛けて辿り着いた答えをこうも簡単に当ててくるんだから! アッハッハ!」

 

 フィールドマスターが言う40年とは、一期団が新大陸に初めて到達してからの時間である。五期団が瘴気の谷を歩けるのも、一期団から受け継がれてきた調査の賜物なのだと受付嬢は実感した。

 

「おーい!待ってくれ!」

 

 突然後ろから聞こえた大声に後方のダークが振り返る。そこには先ほどの忍猫と、複数のギルオスが取り巻きとして同行していた。

 ぶんどり族も他のテトルーと同様、現地の小型モンスターと意思疎通が出来るとダークは記憶していた。しかし、そのギルオスが瘴気に侵されていることに気付いてダークは少し間合いを測る。

 

「ソナタらは『アレ』に向かうところなのだろう? なら我らも一緒に行くぞ! ギルオス達も『瘴気』を吸いすぎて『正気』を失いかけているからな!」

 

 忍猫の洒落に双剣隊の一人が肩をすくめた。

 ギルオスの体表には高濃度の瘴気と思われる白い靄が発生していたが、攻撃の意志や錯乱している様子が見られないために双剣隊は同行を許可した。ただし、先頭を歩くという条件付きではあった。忍猫の言う通り、いつ正気を失うか分からない相手を背後に置くほど双剣隊は自信家ではない。

 

「先頭を行けと? 当然ではないか。この地は我らの方が詳しいのだ、近道を案内してやろうぞ!」

 

 先頭を歩けと言われた意味を履き違えた忍猫は、ギルオスに跨り前進を開始した。

 そのギルオスらは瘴気に侵されていても指示を聞き分けることが出来るらしい。

 忍猫が跨るギルオスに、先ほどの肉塊を収めたバッグを背負うギルオスが続く。

 忍猫とギルオス三匹を先頭に、フィールドマスター、双剣隊二名と三期団長、受付嬢とアポロ、双剣隊残り三名、そしてダークの列が出来た。万が一ネルギガンテと直接遭遇した場合は双剣隊三名とダークが壁役になり、残りの双剣隊とアポロが三期団長とフィールドマスターを避難させる。

 

「こっちだ!」

 

 忍猫が大きく手招きをしている。

 瘴気が充満するエリアをひたすら前進してきたが、徐々にそれが薄まってきていることに誰もが気付く。

 

「下層には瘴気がほとんど無いのヨ。この辺りには体組織が完全に分解された白骨死体と、そしてそれらを糧にする植物やキノコの類しかないワ」

 

 三期団長はそう言いながら前進する。

 もうマスクも必要無い。視界もハッキリする所まで進んだところで、一行の前に三つのルートが現れた。

 

「これはどっちですかニャ?」

 

 アポロは前にいるフィールドマスターと三期団長に尋ねる。

 

「目的地は向こうであるぞ!」

 

 忍猫はいつの間に見つけたのか、手頃な骨を振りかざして右のルートを指した。

 

「中央のルートは崖を登ればキャンプが設置されてる場所。地図だと分かりにくいけど、覚えておくんだよ」

 

 フィールドマスターの助言に受付嬢とアポロは地図を開いた。

 新大陸で使用されているほぼ全ての地図は、引退した一期団のメンバーが作成したものである。瘴気の谷は最も遅れて調査が始まった場所でもあるため、ここだけはフィールドマスターが最近作成したものだ。

 しかし、古龍や現地のモンスターによって地形が変わってしまうことが多々ある。

 軽微なものは倒木や落石で道が塞がるといった内容だが、ゾラ・マグダラオスが渡りを行った際に地形そのものが変わってしまったエリアもある。一期団が作成した地図は基礎的な部分だけが残り、過去とは大きく異なるものに変貌しているエリアも多い。

 特に瘴気の谷は地下深くへ伸びていく形のフィールドであるため、古代樹の森と遜色ない程地図が読みにくく、修正が難しいフィールドであった。

 

「あれ?」

 

 受付嬢は開いた地図と現在地を交互に確認し、フィールドマスターへ質問をする。

 

「左のルートが正解ではないですか? 右は行き止まりに見えます」

「確かに左の方が広くて近い道ニャ」

「左は……近づかない方が……」

 

 忍猫は咳ばらいをしてごまかそうとする。

 

「あぁ、左の道かい? 確かにそっちは近いっちゃ近いんだけど、あまり行きたくない場所でね……ちょっとだけ見てみるかい?」

 

 フィールドマスターがアポロと受付嬢を連れて左の道へ行く。

 双剣隊の五期団とダークにも手招きしたフィールドマスターは、ちょうど角のところで足を止める。

 

「アニャァァァイ!?」

「わぁぁ……」

 

 後から続いたダークの目にも、そのエリアの光景が飛び込んできた。

 地獄と形容される瘴気の谷の地下に、幻想的な泉が広がっている。

 太陽光がほとんど入ってこない地下深く。もしここが瘴気の谷でなければ、松明などの灯りが必要だっただろう。しかしその泉は何らかの発光成分が含まれているのか、エリア全体を照らす程の光を放っていた。

 

「幻想的だけど、あの泉には指一本触れない方がいいよ。死ぬわけではないけど、かな~り痛いから」

 

 普段は大らかな笑顔でいるフィールドマスターが険しい顔で忠告するのを見て、受付嬢は緊張した。

 

「あの泉は何で出来ているのでしょうか?」

「報告書には『酸』と書いたけど、正確には酸じゃないね。金属は溶けないし、皮膚に付着しても痛みが走るだけで薬傷が残る訳でもない」

 

 後ろから来た三期団長が議論に加わる。

 

「あの酸は植物にも特に影響を与えないワ。人間とモンスターだけがアレに触れると痛みが走るのよ、まるで『触るな』と言ってるみたいにネ」

「このルートはやめよう。忍猫が指してるルートから行くしかない」

 

 ダークは泉に見とれている受付嬢とアポロを呼んだ。

 正面に広がる幻想的な泉は、完全に気密が確保された専用装備が無ければ危険な道である。周囲に酸が滲み、ぬかるんでいるために足を取られて酸の中に転倒してしまう危険がある。

 さらに、導蟲はまだ反応を示していないがかなり地下の最深部に近づいている。ネルギガンテがもしこの先にいた場合、泉を突っ切るルートでは退路を断たれる事態になりかねない。

 全員が元の道に戻ろうとした時、物陰から音もなく赤い影が現れる。

 それはまさに、血の色と言うべき色であった。

 

 


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