星と風の物語   作:シリウスB

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古龍。それは人智の及ばぬ存在と信じられていた。
だが、人々は『龍』を忘れていただけだったのだ。彼らも同じ命を持つ者達だということを。

調査団と彼らを結ぶのは、『絆』というほど馴れたものではない。一方で、主従のような上下関係でも無い。
言うなれば、同じ目的を持つ『同志』に近い。

ならば、渡りの古龍達は何を目的としているのか?動き始めた熔山龍は、何をしようとしているのか?
龍結晶の地で繰り広げられる戦い。黒き闇と受付嬢は、新大陸に隠された秘密を探り当ててしまう。

破滅の足音と共に訪れた滅尽龍との、最後の戦いが始まる。


第五章:破滅が来たりて
因縁深き地


 拠点アステラは少しばかりの騒ぎになっていた。

 ゾラ・マグダラオス捕獲作戦の失敗を教訓とし、大規模な部隊行動を起こす際には事前に補給物資の要請を行うことになっていたのだが、本来の予定には無い船が来航したからだ。

 

「大きいな。撃龍船の中でも最大クラスの船じゃないか?」

「撃龍船だって? 武装を強化した輸送船だろ」

「新しい規格の船かもよ」

 

 遠征のために調査員の半数近くがアステラを離れているなか、拠点に残っている調査員達はゆっくりと進むその船を眺めて意見を言い合っていた。

 物資を輸送する船はできるだけ多くの物資を積めるよう大型の物が多い。モンスターとの戦闘は想定こそされてはいるが、基本は『逃走』や『撃退』を前提としているため、武装に関しては最低限の物しかない。対してモンスターの『討伐』を想定して製造される撃龍船は、火力と装甲の向上は当然として、火災や損傷が発生しても沈没しない耐久力が重視されている。さらに、運動性の向上を目的に船体のサイズも控えめなものが多い。

 今この瞬間にアステラへ入港しようとしている船は、明らかに最大クラスの輸送船サイズでありながら、バリスタや大砲、撃龍槍などの重武装化が施された撃龍船であった。

 全体を漆黒に塗装された船は、その大きさも相まって強い威圧感を周囲に放っている。

 

「誰だ!?あんな船を呼んだ奴は!」

「撃龍船を注文した覚えはないわよ!」

 

 ほとんどの者はその大きさに圧倒されて眺めているだけだったが、物資班は阿鼻叫喚の騒ぎであった。

 新大陸へ出航する船は基本的に片道である。アステラには建築物を一から製造する余裕がないため、移動に使用した船をそのまま建物に使用している。現大陸の造船所もそれを考慮し、強度を確保しながら現地で分解しやすい構造で船を建造している。しかし、戦闘を想定している撃龍船がそんな脆弱な構造をしている筈が無い。

 手続きのミスで物資が足りなかったり、逆に余分に届くことはあっても国家予算クラスの船が届くというのは前代未聞であった。

 当然ながら現大陸からの補給もタダではない。ギルドだけでは資金に限界があるため、国・組織・個人から支援を受けている。その出資者の支援を受け続けるためには、新大陸からは見返りとして価値のある『情報』を輸出しなければいけない。無償の支援が存在しない以上、この規格外の船に関してもお金の問題が絡むはずなのだ。

 

「腹ァ括るしかないわね……」

 

 あまりにも大きな船体のために桟橋に接舷できない撃龍船は、少し離れた位置から小型の船舶を出した。その小型船ですら重武装が施されているのを見て、物資班リーダーの額に嫌な汗が流れ、手が震えはじめた。

 動きが止まった撃龍船も、よく見れば異常と言える装備が施されている。バリスタや大砲も大口径の物、撃龍槍も船に搭載できる物としては最大クラスの規格である。船そのものも新造だが、搭載している武装も、装甲も、帆やロープ類に至るものまで何もかもが最新鋭の船なのである。

 その撃龍船から最初にアステラへ来たのは、ギルドナイトの制服に身を包んだ人物だった。船も想定外であれば、乗員も想定外の者だった。

 

「現大陸のギルドナイツ中央司令部から参上しました。『黒き闇』は今どちらに?」

 

 帽子を脱ぎ、背筋を伸ばして立つその男は、一般の人々が連想するギルドナイトをそのまま形にしたような男だった。

 

「今は任務で新大陸の北東へ行っていますが……急な要件であれば速達を出しましょう」

 

 物資班リーダーはギルドナイトの帽子の階級を見た。

 かつては無法市場で稼ぎをしていた時期もあったことから、物資班リーダーはギルドナイツに関する情報もある程度は把握している。その階級が戦闘指揮官クラスの物だと気付くのに時間は掛からなかった。

 

「いえ、不在であればこのまま――」

「早かったじゃないか」

 

 ギルドナイトの言葉は、物資班リーダーの背後からの言葉で遮られた。質素な外套で全身を包んでいた青年の顔が見えなかったため、野次馬の中に『黒き闇』が混ざっていたことに気付かなかったようだ。

 その青年、ダークの顔を見たギルドナイトは先ほどよりもさらに姿勢を正して敬礼をした。

 

「申し訳ありません。予定ではもっと早く運搬できたはずでしたが、船の準備が遅れたもので」

「皮肉じゃない。『例の物』の整備には数か月は掛かると思っていたが……状態はどうだ?」

「万全です。いつでも使えますよ」

「上出来だ。 ――彼を司令部へ案内してやってくれ。10分後に作戦会議を行う」

 

 ダークの言葉が自分に向けられたものだと気付き、物資班リーダーはハッと我に帰る。

 撃龍船から現れたのは間違いなく、ギルドナイツ中央司令部の戦闘指揮官である。現場で指揮を執る人物としては最上位の階級の人間に、ダークは命令を出していた。そして、指揮官もそれに従っている。

 物資班リーダーは、計り知れない程の重大な事態が動き始めていることを感じ、鳥肌が立った。

 

 

――――――

 

 龍結晶の地。

 そこは、二期団が新大陸に到着する以前から存在が確認されていたフィールドである。

 一期団が新大陸に到着した直後、極僅かなメンバーが新大陸の全体像を把握するために各地を巡り歩いた。結果、『爛輝龍:マム・タロト』と『地脈の黄金郷』、そして『瘴気の谷』や『陸珊瑚の台地』などと共に発見された経緯を持つ。

 しかし、星の船が崖上という想定外の場所で座礁し、他の船に積まれていた物資も大半が海中へ沈んでしまったという状況は想定以上に拠点の構築を遅らせていた。このままでは二期団の受入れに間に合わなくなるという理由で拠点の整備を優先した結果、やむなく現地調査は無期限に中断されてしまったのだ。

 その後、30年という歳月を経てアステラの機能を確立した新大陸調査団に四期団が編入された。しかし、古龍捕獲の千載一遇の機会であった『ゾラ・マグダラオス捕獲作戦』を優先した結果、物資を想定以上に消耗してしまい思うように動けなくなってしまう。

 存在だけが記録され、本格的な調査が行われないまま今を迎え40年目。五期団という大戦力を抱え、龍結晶の地、そしてネルギガンテの最初の調査が始まろうとしていた。

 

「東側への人員配置、完了っス」

 

 白い風の紋章を身に付けた五期団の推薦組は、調査班リーダーへ報告した。

 

「お疲れさん。今の内に休憩しておけよ」

「いえ、大して疲れてないんで。大丈夫っス!」

「私もまだ動けます」

 

 側面の頭髪を短く刈り上げた特徴的な髪型と、同じ五期団からは名前を言わずとも『推薦組の陽気なヤツ』と言えば通じるその性格。優秀なハンターであるとギルドが証明した『推薦組』の肩書を持つその青年は、調査班リーダーの隣にいる大男に目が移った。陽気な推薦組のパートナーである勝気そうな女性も、同じくその大男が気になったようである。

 

「ああ、五期団は大団長と会うのは初めてだったな。この方が初代総司令、今は大団長と呼ばれている」

「よう五期団! 俺が龍結晶の地で調査を担当している者だ。よろしくな!」

 

 かつて一期団の指揮を担当していたのが大団長である。ただし、指揮と言っても現在のような規律に基づくものではなく、あくまでメンバー個人の自主性を第一とし、全体の目標を定めるだけの『牽引役』と言った方が正しい役職であった。

 その彼が司令官の座を現在の総司令に譲った事の発端は、30年前の二期団が新大陸へ到着する前後、現地調査のチームが壊滅的な被害を受けた時であった。

 龍結晶の地に古龍渡りの原因があると睨んだ当時の一期団は、『間もなく二期団の物資補給がある』という後ろ盾があったことも一因し、それらを待たずして調査を強行したのだ。

 命令系統が明確に定められている現在と違い、当時の指揮系統は曖昧かつ未熟で、現場では4人の中で最も経験豊富な者が戦闘指揮を執ることになっていた。しかし、何をして調査の成功とするのか、何を判断材料に撤退を決めるのか、という具体的な取り決めが無いまま進軍した結果、北側のエリアでネルギガンテと初遭遇してしまった。

 何の準備も無く未知の古龍と至近距離で遭遇することは、ハンター職の者であれば死を覚悟する程の出来事である。当然ながら熾烈な攻撃を受け、撤退の際に発生した落石事故でメンバーは全滅に近い被害を受けた。増援として駆け付けた現在の料理長も一瞬で武器を破壊され、オトモアイルーとしての引退を決意させる戦いになった。しかし、ネルギガンテも人間とは初めて遭遇した事が理由なのか、それ以上は深追いをしてこなかったのが幸いだった。

 最終的に4人のハンターは全員が重傷を負った。その内の一人であった総司令は、脚に何らかの異物が深く刺さった影響で歩行が困難になり、ハンター職を引退する事態になってしまった。

 残りの三人も総司令ほどではないが深い傷を負ってしまったため、二期団と入れ違いになる形で調査団を引退、現大陸で治療を受けることになった。総司令も現大陸へ戻ることを推奨されたのだが、本人の強い希望で新大陸に留まった。

 数年後、重傷の三人は無事回復した旨が手紙で伝えられたのだが、このネルギガンテとの遭遇事件は調査団の構成を根本的に見直す教訓となった。

 

「だが、リーダーの指示は聞くもんだぞ若いの。休める時に休むのも調査員の仕事だ!」

 

 初代総司令、もとい大団長はガハハと笑いながら二人へ椅子を薦めた。

 

「調査団とは因縁深いネルギガンテだが、何も討伐しようって魂胆じゃない。あまり根を詰めるなよ」

 

 無意識に緊張した顔になっていたのか、調査班リーダーの言葉に諭された二人。促されるまま椅子に腰かけると、大団長から差し出された飲み物を受け取った。

 

「しかし、古龍はなぜこの地を目指すのだろうな?」

 

 お礼を言いながら受け取った勝気な推薦組は、大団長の疑問の言葉にかねてから考察していた内容を述べる。

 

「龍結晶が古龍のなれの果てであるという研究班の仮説に基づくと、この地に蓄積されているエネルギーに惹かれているというのはどうでしょう? 古龍渡りが活発になったのも、蓄積されたエネルギーが徐々に大きくなっていることで説明できます」

「けどさ、ネルギガンテのせいで渡りの古龍達はここから追い出されたんだろ? この地に君臨し続けてる奴が何も変化を起こさないのはなんでだろう」

 

 陽気な推薦組は、研究班と勝気な推薦組の予測が現状と合致していることを自覚しつつ、疑問を述べる。

 龍結晶。正式名称は『龍脈石』というが、この鉱石が古龍のエネルギーを凝縮したものであることは確実視されていた。モンスターの体内から稀に採取できる『宝玉』に性質が酷似している上に、龍属性に対して強い反応を示すからだ。

 その龍結晶が大量に存在するこの地は、古龍からはエネルギーの宝庫のように見えるのかもしれない。元から超自然的な力を持つ古龍が更なる力を得るために行動しているのならば、その恩恵を真っ先に受けられるはずのネルギガンテに大きな変化が見られないのは矛盾していたのだ。

 

「三期団の『瘴気の谷が古龍の墓になっている』という仮説も無視できない。この仮説なら龍結晶は瘴気の谷に発生するはずだが、この地には古龍の死骸どころか骨すら見つからないのに、どうやってあそこまで巨大な龍結晶が出来るんだ?」

 

 調査班リーダーも議論に参加した。

 

「ふむ……ならば『古龍』と『龍結晶』を同時に引き寄せる『何か』があるんだろう」

「『何か』、ですか……」

 

 勝気な推薦組は、そのようなものに該当する存在がこの地にあることを想像したが、まるで予測が付かなかった。数百年から数千年単位で古龍のエネルギーを引き寄せているとなれば、それは生物では無く環境的な要因の方が辻褄が合う。

 考察が行き詰まった時、東キャンプへ四人組のハンターが入ってきた。総司令の指示でフィールドを巡回しているチームである。

 

「ようご苦労さん。進展はどうだ?」

 

 調査班リーダーは飲み物を渡し、報告を受けた。

 

「北西側にはソードマスターと警備班12人が張っています。テスカトの番いも近くで待機していますね」

「南側には作戦本部である総司令と研究班、それに調査班が8人。常に1チームは動けるように待機中です。あと、親方は南側に仮設の工房を設置するようで、もうすぐ護衛の4人を加えて12人になる予定です」

 

 そのチームが報告したのは調査団の展開状況である。北西側は最もネルギガンテの縄張りに近いために戦力を集中させ、逆に南側は最も離れているため、臨時の武器装備の整備を行う仮設工房と作戦本部を設置したという内容だった。

 

「上の4人から連絡は無いよな?」

 

 大団長が調査班リーダーへ尋ねる。ちょうど東キャンプの上の位置には高台が存在し、そこでクシャルダオラと調査班の4人が待機しているからだ。

 

「ええ、テスカトの番いもクシャルダオラも、ここへ来てから動きを見せていないようです」

「まだネルギガンテはここへ戻っていないということか……いずれにしろ、根気との勝負だな」

 

 大団長はそう言うと、東キャンプを出ようと腰を上げた。

 

「ネルギガンテがいつ来るか分かりません、護衛無しで外に出るのは危険です」

 

 調査班リーダーの指摘に、大団長は笑って返事をする。

 

「総司令が居るんだ。ならば俺が居なくなったとしても大した問題にはなるまい?」

 

 その言葉を聞いた調査員達は違和感を感じた。それは総司令への全幅の信頼というよりは、死に急ぐ者のようなニュアンスが含まれていたからだ。

 

「なら俺が一緒に行くっス。まだネルギガンテが現れる予兆もなさそうだし」

「心配無用! ここの土地勘だけなら自信があるんでな。危なくなったら尻尾を巻いて奇面族の洞穴にでも逃げ込むさ」

 

 大団長がそう言いながらキャンプを出ようとした時、息を切らして走ってきたであろう者が慌てた様子で入ってきた。

 

「どうした!?」

「ぜぇ……ぜぇ……」

 

 その者は武器を持っていないために、速達を届ける連絡係のようだった。しかし、いつネルギガンテが現れるか分からないという状況の中を丸腰で走ってきたことから、只事ではないことを誰もが覚悟した。

 肩で息をしているその連絡員は、一呼吸置いた後に衝撃の連絡をすることになる。

 

「熔山龍ゾラ・マグダラオスが動き始めました! 予測進路はここ、龍結晶の地です……!」

 


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