星と風の物語   作:シリウスB

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消えた嵐

 その暗号名を知る者は現大陸にいる人間を含めても10人は下回るだろう。ギルドの最高幹部とその直属のギルドナイト、特殊任務を担当する極一部の凄腕のハンター程度である。

 かく言う総司令も五期団派遣の通達と同時に暗号名を知らされた者の1人であった。その時までは暗号名のハンターという存在すら知らなかったのだ。

 

「君を直に迎えに行く約束だったのだが……君や五期団達がこちらに向かっている間に古代樹の森でとある事件が起きてな。私を含め幹部連中は多忙を極めている」

 

 総司令は言いながら、拠点からでも見える古代樹を見据えた。快晴の青空と合わさり美しい景色であったが、現在の調査団が置かれた状況にとっては不気味な前兆であった。

 

「クシャルダオラは知っているな?」

「当然だ。一般人でも知らない人間はいない程だからな」

「そのクシャルダオラ……鋼龍が、古代樹の森にいる」

「ん……?」

 

 嵐と共に現れるというクシャルダオラが目と鼻の先の古代樹にいる。

 総司令から語られたその言葉はあまりにも現在の状況とかけ離れていた。雨が降っているどころか、風すらほとんど吹いていないのである。

 鋼龍が訪れる地には必ず雨が降り、姿を現す時には嵐が起きると言われている。現大陸では個体ごとに天候の程度に差異こそあれど、快晴だったという記録は存在しない。

 

「その情報は確かなのか? 誤認の可能性は無いのか?」

 

 ダークの質問に総司令は軽いため息をつきながら答えた。

 

「間違いの無い情報だ。古代樹の複数のエリアで痕跡を確認してある。しかも一番新しいのは昨日のものだ。 ――痕跡に関する情報を説明してくれ」

「はい、総司令」

 

 総司令の要求に、先ほど肘で小突かれた研究班リーダーが前へ出た。先ほどのような冗談を言っていた顔ではなく、真剣な顔そのものである。その手に持つ複数の紙をダークへ渡した。

 

「確認できた痕跡で最も古いものは2週間前に見つかりました。場所は北西側の下層エリア、調査団が大峡谷にてゾラ・マグダラオスの捕獲に失敗した後、僅かに残った物資を撤収させる作業中に四期団のハンターが発見しました。その時も快晴です」

「…………」

 

 ダークが見る古代樹の地図には複数の印が書かれていた。大峡谷から拠点へ向かうルートに長い矢印が、クシャルダオラの痕跡が発見されたエリアに丸印がされていた。古代樹の西側、海に近い場所を迂回するルートで痕跡を発見したことを示す資料である。

 

「私も最初は何か別の痕跡を誤認したんだと思いましたよ。快晴時に表れるクシャルダオラなんて前代未聞ですからね。ですが痕跡は正真正銘の本物です。さらに四期団が隈なく痕跡を探したところ、1週間前に中層で新たな痕跡が見つかりました……この時はやや曇っていましたが、雨は同じく降っていません」

 

 2枚目の資料には複雑に絡み合った古代樹の中層部が2つ描かれていた。それぞれ上空から見た図と、真横からの図である。

 ダークに渡された資料は確かにクシャルダオラの痕跡を示すものである。痕跡を発見した日時・場所・天候の記録、編纂者が書いた足跡の精巧なスケッチも、ダークが現大陸で見た別のクシャルダオラの足形と似ていた。鋼龍の存在を証明するには十分すぎる情報だ。

 

「足跡の劣化状態から推測した結果、クシャルダオラが痕跡を残したのはどちらも四期団が発見した前日です。ずっと晴れが続く時点で不可思議な現象と言えますが……問題はここからです」

「別の情報があるのか?」

「姿を見た者が居ません」

「なんだって?」

「誰もクシャルダオラの姿を見た者がいないのです」

 

 資料と研究班リーダーの顔を交互に見るダークの顔が険しくなる。

 

「下層エリアは四期団が隅々まで探索してくれましたが、発見できたのは痕跡だけで姿を見た者はいません。中層エリアの時も同じです。しかも他のモンスターは普段通りの状態で活動していました。」

「そのモンスターは具体的に?」

「大型はリオレウス・リオレイア・アンジャナフの3体。小型モンスターはジャグラス・ケストドン・メルノスなどです。念のためオトモアイルー達の協力で森の虫かご族達にも確認を取ったのですが、彼らにも見た者はいないということでした」

 

 これほどの情報が揃い、大量の人員を探索に出しても姿を見た者がいないというのはあまりにも非現実的であった。探索に出た人員が全て素人ハンターだったのであればまだ納得できただろう。だがここは新大陸である。現大陸で選り抜かれた精鋭中の精鋭が集まる場所である。そのエリート集団が全く成果を出せなかったというのは並のことではない。

 ダークは総司令が多忙であった理由がクシャルダオラとの戦いで膠着状態になっていたのだと最初は思っていたのだが、全くの見当外れであった。

 

「調査班からも報告がある」

 

 背中に巨大な剣を下げた青年が手を挙げた。筋骨隆々な肉体を持ちながらも、知的なセンスを持ち合わせていることを感じさせる声は調査班リーダーのものである。

 

「まだ情報の編纂が終わっていないので研究班へ提出出来ていないのだが……総司令、研究班リーダー、今説明してもよろしいか?」

 

 調査班リーダーは2人に許可を求めた。新大陸調査団は情報の錯綜や誤報を避けるため、新しい情報は最初に必ず研究班へ報告しなければならず、流布するのも研究班の担当だったからだ。

 新大陸はおろか現大陸でも過去に例が無い今の状況に、手続きで時間を浪費するのは得策では無いと判断した総司令と研究班リーダーはすぐに了承した。

 ダークはこの時、調査班リーダーの顔が総司令と似ていることに気付いた。祖父と孫の関係であっても、任務に関連することであれば総司令の部下として振る舞う。それは、調査班の長としての責任感から来るものだ。

 

「最初に痕跡が発見された後、奴の動向を察知すべく拠点から古代樹方面を昼夜問わず常に監視している。だが別のフィールドへ移動した姿は確認されなかった。つい先ほど他のフィールドに駐屯している調査員や三期団からも定時連絡が入ったが、発見の情報はもちろん、怪しい影すら何も無いという有様だ。調査班としては、状況証拠的に現在もクシャルダオラは古代樹の森にいると考えている」

 

 研究班と調査班の見解が一致した。

 クシャルダオラは今この瞬間も古代樹の森のどこかで息を潜めているというのである。その目的は不明だが、古代樹を自らの縄張りとするつもりでは無いことは予測できる。仮に古代樹を自身の縄張りと主張しているなら、ハンターはもちろんモンスターの前にも現れてその圧倒的な力を振るうはずだからだ。

 しかし、古代樹は静止した水のように静かである。

 数少ない痕跡だけが古龍の存在を示していたが、姿が確認できない上に導蟲が嗅ぎ付ける程の痕跡が見つかっていない現状では、調査は完全に手詰まりである。

 押すも引くもできないこの状況。ダークは理論ではなく、行動を起こすべきだと判断した。

 

「……すぐに古代樹の森へ出発する」

 

 手元にある資料は正確な情報ではあったが、クシャルダオラの目的や現在位置の予測すらできない以上、実際に現地へ行って確かめる以外に方法は無いと考えたのだ。

 

「そんな!五期団の受け入れ作業でアステラは多忙なのよ。それに捕獲作戦の時に物資は使い果たしたんだから、ロクな支給品も準備できないわよ!」

 

 物資班リーダーが強い語気で反対した。それはダークの身を案じてのことである。五期団の着任に伴う手続きと物資の搬入は明日まで掛かる見込みだった。

 いくら選りすぐりの人材を集めた五期団と言えども、長旅で疲れている上に不慣れなフィールドで戦えば戦力が大幅に落ちる。物資がほとんど底を尽きかけている現状、大人数での行動や対古龍用の兵器は使用出来ず、フィールドに慣れている四期団もその能力を発揮できない。

 さらに、アステラが機能の大半を喪失している現状では、増援はおろか支給品すら期待することはできない。孤立無援の状態で古龍と対峙するのは、自殺行為以外の何ものでもない。

 

「構わない。戦いに行くわけではないからな。だがクシャルダオラが何をしているか、こちらに対してどう出るかをはっきりさせなければならない。襲撃の機会を伺っているなら、接触できれば牽制にも時間稼ぎにもなる」

「…………!」

 

 ダークの言葉に物資班リーダーは戦慄した。姿を見せないということに気が向いてしまい、拠点を襲撃されるという想定がいつの間にか頭から抜けていたからだ。今までは調査団がクシャルダオラを観測する側でいたが、実際は相手がこちらの様子を伺っているのかもしれない。

 

「物資班リーダー、今は言い争っている場合では無い。五期団が到着する前に問題を解決できなかった以上、我々がやるべきことは拠点が無防備になっている時間をできる限り短くすることだ」

 

 総司令は手早く事態をまとめた。現状のまま奇襲を受けることは避けねばならないが、過去に渡りを行い、僅かだが痕跡を採取できたクシャルダオラは『古龍渡り』の謎を解くための数少ない手掛かりである。

 しかし、手掛かりを調査員の生命と引き換えにすることはできない。新大陸調査団と本格的な戦いになるのであれば、討伐する以外に道は無い。

 

「黒き闇へクシャルダオラの調査を依頼する。目的はクシャルダオラの現在位置と、古代樹に潜んでいる理由の解明だ。何か必要なものはあるかな? ……と言っても、物資はほとんど無いが」

「現地の地理に詳しい者が欲しい。できれば戦闘に慣れている者を」

「なら俺が行こう」

 

 調査班リーダーが声を上げた。幼いころから古代樹へ足を運んでいた調査班リーダーは、誰よりも古代樹の構造を理解していた。

 

「あと、俺よりも地理に詳しい者がいる。 ――森の虫かご族さ。五期団がここに到着するということで部族から代表の数名がこちらへ来ていてな。彼らの助力を要請してみよう」

「よし。では拠点に残る者は各自持ち場に付き、万が一鋼龍が拠点へ侵攻した場合の迎撃準備をしておくこと。ただし、あくまでも最優先事項は物資の搬入と五期団受入れの完了だ。以上、解散!」

 

 各班のリーダー達が持ち場へ駆け足で戻っていった。拠点には様々な防衛用の兵器が常設されていたが、五期団受け入れに伴う作業が終わり次第、本格的な人員の配置が行われるだろう。新大陸へ到着したばかりの五期団にとって、最初の任務が古龍の迎撃戦になるというのは少々荷が重いことである。

 しかし、ダークは拠点にクシャルダオラが向かう可能性は極めて低いと考えた。古龍というのは戦闘能力は当然のことながら、知能に関しても並みのモンスターを上回る。アステラという拠点は対古龍戦に慣れている人員が揃っている上に塩害が発生しやすい場所である。仮に襲撃が成功してここを縄張りに置いたとしても、鋼鉄の表皮を持つクシャルダオラにとって何もメリットが無い。

 だが、ダークは備えるに越したことは無いとも考えていた。視界が悪い嵐の中での戦いに比べ、快晴というのは迎撃戦で有利になる。

 

「ちょっとええか?」

 

 作戦会議が終わったダークの足元へ、小柄な竜人の御老体が歩を進めた。人間の子供程度の大きさで、さらに背が曲がっているためにより小さく見えたが、眼光は並の者ではない。

 

「僕は生態研究所の所長や。渡したいもんがあるんでな、二人とも来てくれんか?」

 

 ダークと調査班リーダーへ所長が言った。その言葉を聞いて、調査班リーダーは彼を抱きかかえると肩へ乗せて歩き始めた。

 

「まだ十分歩けるわい」

「こっちの方が早いだろ?おじさん」

「まったく。年寄り扱いしおって……」

 

 所長は文句を言っていたが、抵抗するようなことはせずに肩に落ち着いた。それは、調査班リーダーが子供の時からの付き合いだからこそのやり取りである。かつては所長が持ち上げられる程の軽い赤子が自身より遥かに大きく逞しい青年になったことに、所長は僅かながら感慨を感じた。しかし、研究所に着いた時には既にいつもの所長へ戻っていた。

 

「ほれ、これや」

 

 生態研究所の備品から出てきたのは、導蟲が入った二つのコロニーである。

 

「片方はターゲットとなっているクシャルダオラ用の導蟲や。数週間前に四期団が回収した痕跡を覚えておる。もう1個は過去に1期団が見つけた全ての古龍の痕跡を嗅がせた導蟲やな」

「全ての古龍というのは?」

「新大陸で痕跡が採取できた古龍は全部で5匹いてな。クシャルダオラ、テオ・テスカトル、ナナ・テスカトリ、ヴァルハザク、……そしてネルギガンテ。フィールドで回収した鱗や甲殻、体毛を定期的に嗅がせているんや。1期団は過去にこれら5匹の痕跡を集めることに躍起になっていてな、拠点が襲撃される前に事前に察知できるように……てな具合やな。もし過去に採取した痕跡の持ち主が森に潜んでいるクシャルダオラと同じ個体ならこのコロニーが反応するかもしれん。相手は一匹とは限らんからな」

 

 ダークは最近採取されたクシャルダオラの物を、調査班リーダーは一期団が集めたものを腰に下げた。

 

「おじさんはこの現象、どう思う?」

 

 調査班リーダーは防具の整備をしながら所長へ訪ねた。それは帰ってくる答えが分かっていても、である。

 

「脱皮の可能性は低いなぁ。もっと生きもんが少なく、安全で標高の高い場所を選ぶやろうし……とっくに他のモンスターにも襲い掛かっとるやろうしな。すまん、検討つかんわい。だが何かあることは確かやな」

「だよなぁ……現地で確認する以外方法は無し、か」

 

 調査団リーダーはダークに向き直って言った。ダークはそれに無言で頷く。

 

「最後に……ケガはあかんで」

 

 所長がぶっきらぼうに言い捨て、手元の本を読み始めた。調査班リーダーは困った顔で笑ったが、単刀直入に釘を刺すその言葉はハンターにとって余計な注意をズラズラ並べるよりも遥かに効果的な戒めになるだろう。

 

「大丈夫、暗くなる前には帰るよ。さ、行こうか……って、武器はどうする?」

 

 調査班リーダーは、ダークが武器を持っていないことにようやく気付いたようである。しかし、彼は全く動揺せずに言った。

 

「キャンプに予備の武器が置いてあるだろう?それでいい。現地の状況に合わせて借りる」

「しかし……」

 

 ダークが言う予備の武器とは、フィールドのキャンプに常備されている『レンタル武器』のことである。狩猟中に自分の武器が壊れて丸腰になり、自衛が出来なくなることを避けるための物だ。

 それらは元々他のハンターが使用していた中古の武器である。技術班の工房へ売却された武器の中から信頼性の高い頑丈な物を整備し、キャンプに置いている。

 しかし、レンタル武器を使用する者はここ最近ほとんどいない。

 四期団も現大陸で精鋭として名を知られた者で構成されているため、最低限の修理や整備は自前で出来る上に、定期的にプロ集団である技術班へ点検を依頼している。新米ハンターの事故で多い準備不足がそもそも発生していないのだ。

 そのためか、最近のレンタル武器はキャンプの飾りになってしまっている。

 

「二期団が整備したものなら信頼性は十分にあるだろう。行くぞ」

 

 その言葉は真っ当なものだった。

 中古だが技術班によって入念な整備と動作確認が行われた物と、強力ではあるが実戦経験が少ない作りたての武器。信頼性に関しては圧倒的にレンタル武器が上である。

 いくら高性能な武器も実戦中に故障したり破損してしまえば、ただの荷物に他ならない。

 事実、精鋭のハンターほど堅実な造りの武具を好む傾向がある。素人の駆け出しハンターは強力なモンスターの素材で装備を作りたがるが、その素材そのものが『生きている』こと、劣化が想像以上に早いことにすぐ気づくだろう。切れ味の鋭い爪や牙、強靭な鱗や甲殻、属性攻撃を可能にする内臓器官。これらは生きたモンスターに在ることで意味があるのだ。

 モンスターから剥ぎ取った素材で作った武器は確かに強力である。しかし、その耐用年数は決して長くはない。狩りの最中に武器が壊れ、『狩る側』が『狩られる側』になり、命辛々逃げ帰ったハンターは数知れない。

 そのような不意のトラブルを避けるためにも、精鋭のハンター達は骨や鋼鉄、なめした革といった劣化が遅く信頼性の高い素材で装備を作る。そして、性能の低さを実力で補うのだ。

 

「まあそうだが……じゃ、おじさん行ってくるよ」

 

 調査班リーダーの言葉に、所長は彼を見ないまま、右手を軽く上げて応えた。


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