それは、余りにも小さく、あまりにも無垢だった意志
心を刺すほど感情的ではなく
技が霞むほど超常的でもなく
体が竦むほど超越的でもない
『我は与えん、無限の力を』
『我は伝えん、永久の夢を』
かつて、古の世界を生きていた命
喜び、怒り、哀しみ、楽しみ、遥かな歴史を重ねた命達
それらは全て星となり、風に吹かれて忘れ去られた
だが、見えるだろう
世界に満ちる命の光が見えるだろう!
人たる者の壮絶な決意が
龍たる者の不屈の闘志が
そして、命ある者の力が!
『復讐するは、我に在り』
人よ、龍よ、命ある者よ
冥河の向こうへ心を掲げ、蘇った亡霊を討て!
Man Machine Interface
いつの時代も、開戦とは静かで激烈なるものだ。
爪を収めたとはいえ、つい先程まで戦っていた相手。渡りの古龍とネルギガンテは新大陸調査団とヴァルハザクを挟んだ状態で睨み合ったままだったが、その時間は唐突に終わりを告げた。
「なんだ……あれは?」
調査団も、古龍達もその方向を見た。警備班のひとりが指差したところにそれは居た。
「誰だ!?」
その場にいるハンターは離れた位置からこちらへ走ってくる白い人影の姿を見て、動揺した。
全身を白色の金属で覆われたそれは、人間が鎧を着ているだけだと言われれば素人は信じるかもしれない。しかし防具に関する知識を持っている人間から見れば、明らかに人が耐えられない質量の鎧であることは一目瞭然だったのだ。
腕や脚の部分の装甲厚は20cmを超えるだろう。さらに胴体正面は40cm以上もあることは容易に確認できる。
生身の人間なら部分的に5cmを超える鉄の装甲ならば辛うじて動けるが、20cmを超える装甲を全身に、しかもそれを着た状態で走るなど絶対に不可能だ。
つまり、その者は『人間』ではない。
人の形をしていながら、人ならざる者。それはあまりにも不自然で不気味な存在だった。
「止まれ!」
警備班が手のひらを前に出し、止まれのジェスチャーを出す。しかし白い異形が止まる様子を見せないために武器を構えた。その場にいた古龍も、明らかに人間とは違う雰囲気を感じ取ったのか、臨戦態勢を取る。
武器を向けられながらもこちらへ走ってくる白い異形。その異質な存在に、黒い悪魔が襲い掛かった。
滅尽龍:ネルギガンテ。その古龍は今まで誰も聞いたことが無いほどの憎悪を込めた咆哮で飛び掛かかった。
白い異形は咄嗟に右手に持つ銃を向けるが、ネルギガンテの速さが勝った。渡りの古龍さえも捻じ伏せる圧倒的な力が、白い異形を地面に埋もれさせるほどの勢いで振るわれる。
間髪入れず、黒い悪魔は仰向けで倒れている白い異形を何度も執拗に叩きつける。生身の人間であれば既に人の形を失っていることは間違いないであろう攻撃だ。
ネルギガンテが見せた凄まじいまでの殺意に、調査団も渡りの古龍も戦慄する。それは、先程までの戦いが手加減だったと思い知らされるほど苛烈だった。
人間どころか古龍でさえも無事では済まない程の攻撃で、白い異形は地面に殆ど埋まってしまう形で動きが止まった。ネルギガンテもこれで仕留めたと思ったのだろう。数歩後ろに下がり、大きく息をついた。
『…………』
突然、白い異形の左腕が天高く掲げられた。
その場にいた者の全てが我が目を疑った。攻撃を加えたネルギガンテですら驚愕し、大きく距離を取る。
地面の中から突き出されたその腕は、次に地面を押さえる。硬い地面に埋まってしまった上半身が、地面のひび割れと共にゆっくりと起き上がった。
ネルギガンテは追撃を掛けることが出来なかった。調査団や渡りの古龍ですら、つい先程まで戦っていたネルギガンテがすぐ隣に居ることすら些細な事と思えるほどの緊張が走っていた。
その光景は恐怖そのものだ。生物であれば間違いなく死んでいる筈の攻撃を受けた者が、何事も無かったかのように立ち上がる。そして、足元に転がっていた銃を手に取り、何の躊躇も無く構えたのだ。
「ハンターは攻撃!非戦闘員は下がれ!」
我に返った総司令が叫ぶ。
白い異形がこちらに向けた銃は、明らかに新大陸調査団が作製した物では無い。異形と同じく純白の装甲を備えたそれは、現代で作られた物では無いと断定できるほど、無駄の無い洗練されたデザインだったからだ。
未知の武器の銃口に青白い光が集まっていく。総司令の攻撃許可の指示に、その場に居合わせたボウガンを装備しているハンターが前衛へ出る。
発砲は同時。ボウガンから放たれた複数の弾は、白い異形の頭部と胴体に命中した。一方、未知の銃から放たれたのは物理的な『弾』では無かった。
その攻撃を例えるならば、火竜のブレスが近いだろう。
火の玉のように尾を引いて直進する青白いエネルギーの塊は、前方を固めていたネルギガンテと調査班、その後ろのヴァルハザクを掠めた。しかし勢いが衰えぬまま直進するそれは、最も後方でテオ・テスカトルとクシャルダオラに匿われていたナナ・テスカトリに直撃した。
テオ・テスカトルの悲鳴のような咆哮が、龍結晶の地に響く。
白い異形が発射したエネルギー弾は火竜のブレスよりも遥かに遅い弾速だった。しかし、他に例を見ない攻撃に反応が送れてしまったナナ・テスカトリは、エネルギー弾の直撃を受けた瞬間に発生した爆風で壁まで吹き飛ばされた。
その衝撃波は周囲にも炸裂し、近くにいたテオ・テスカトルやクシャルダオラ、そして調査団のメンバーさえも転倒する程の威力だった。
さらに追撃を掛けるように白い異形は発砲した。テオ・テスカトルが間一髪でその身を盾にして防ぐものの、炎妃龍と同じく地面を引き摺られるように壁際まで吹き飛ばされる。
人間に対する最も強大な、天災にさえ匹敵する存在である筈の古龍が、まるで風に飛ばされた枯れ葉のように何も出来ずに蹲ってしまったのを見て、調査団の全員が驚愕した。
「何!?」
「あの白い武器に注意しろ!」
「横一列で壁を作るぞ!」
陽気な推薦組が出した合図に調査班と警備班が同調し、大勢のハンターがネルギガンテの前に出て布陣を整えた。ランスやガンランス、チャージアックス等の大盾を持つハンターが前衛でガードし、その後ろにガンナーが隠れる陣形がものの数秒で築かれた。
これは遠距離攻撃を主体とするモンスターに対しての防御陣形だ。怪我をしたハンターや護衛対象を守る際に真価を発揮する。
一方の白い異形もボウガンの弾が直撃した事で転倒していたものの、また同じように何事も無かったかの如く立ち上がる。
人間の頭にボウガンの弾が直撃すれば、防具で貫通を防いだとしても脳震盪を起こして数日はまともに歩けなくなる重傷の筈だ。しかし白い異形はまるでダメージなど無いかの如く追撃の構えを見せた。
「やらせるか!」
「させん!」
白い異形は、次に最も近くにいたネルギガンテへ狙いを定めた。
こちらも攻撃しなければ一方的な戦いになるだけだと判断した調査班リーダーが大剣を、ソードマスターが太刀を振るった。
ネルギガンテの打撃でさえ満足にダメージを受けなかった相手だが、関節部分の装甲が薄い箇所に攻撃を当てれば多少の損傷は与えられると読んだのだ。
左右からの挟み撃ちの剣撃。しかし白い異形は反撃も回避もしなかった。
「!?」
「何と!?」
かつて古代樹でアンジャナフを転倒させた時と同じ――いや、それ以上の手加減無しで振るわれた大剣が、白い異形の左手に掴まれた。
ソードマスターが振るった正確な一閃も、最も装甲が薄い腕の関節部分すら破壊できなかった。それどころか傷ひとつ付いていない!
『…………』
「くそッ!離せ!」
白い異形の桁外れの握力が、調査班リーダーの大剣を掴んだまま離さない。
このままでは二人が撃たれると思ったのか、ネルギガンテが素早く周囲に黒い霧を放ち、前衛のハンターを飛び越えて襲い掛かった。
白い異形は調査班リーダーを大剣ごと付き飛ばす。まともに受け身を取ることが出来ず、調査班リーダーの体が5メートルほど地面を転がる。それと同時に、白い異形はネルギガンテに発砲した。黒い霧に接触したエネルギー弾は激しく減衰しながらも、消滅する前にネルギガンテに直撃した。
空中でまともに攻撃を喰らったネルギガンテが吹き飛ばされ、ぐったりとしたまま動けなくなる。威力が減衰しているはずのエネルギー弾でさえネルギガンテをダウンさせる凄まじい威力だった。
その光景を見てクシャルダオラが空中へ舞い上がる。もうネルギガンテと睨み合いをしている余裕など無いと思ったのだろう。調査班リーダーに肩を貸しているソードマスターを援護するように疾風のブレスを放つ。それを迎え撃つかの如く、白い異形は鋼の龍にも発砲した。
クシャルダオラは青白いエネルギー弾を自身の風で吹き飛ばせると思ったのだろう。その予測が誤りだったと気付いた時には、その体が炎妃龍の隣に転がっていた。
人間の体さえ軽く吹き飛ばす疾風のブレスと自身に纏う風の鎧。その両方をエネルギー弾は貫通してきたのだ。
クシャルダオラが巻き起こす風よりも明らかに遅いはずの青白いエネルギー弾は、まるで物理法則を無視するような挙動を示す。
「全員逃げろ!こいつは危険すぎる!」
動けなくなった古龍達の盾になっていたヴァルハザクが最後に直撃を受けた。その吹き飛ばされた巨体を寸前で回避した大団長が叫ぶ。
誤射の恐れが無い陣形になった瞬間、ガンナーが集中砲火を浴びせる。
どんなモンスターでも無事では済まない量の弾薬が消費されていくが、白い異形の装甲はまるで受け付けない。火薬を増量した貫通弾ですら装甲に傷ひとつ付けることが出来ずに弾かれてしまう。
圧倒的な重装甲、古龍さえ一撃で戦闘不能にさせる未知の武器。現在の調査団の構成では白い異形を討伐するどころか、撃退さえ不可能だと思わせるには十分すぎる条件だ。
ハンター達の弾薬が尽き、攻撃が次々と止んでいく。そして五匹の古龍は全て動けなくなっている。
「うぅッ……!」
大団長は古龍の前で壁を作りながらも、それ以外にできることが無くなってしまう。
古龍も、調査団のハンターも完全に追い詰められたのだ。
『…………』
古龍へ一歩ずつ迫る白い異形。その手に持つ白い銃から箱型の金属が落下した。
軽い音を立て、空の弾倉が地面に転がった。そして腰の側面から取り出された新しい弾倉が銃に込められた。
あとは銃口を向け、引き金を引くのみ。
誰もが死を覚悟した。
背後から誰かが走ってくる音。
「皆さん逃げて!」
「ここはボクらに任せるニャ!」
受付嬢とアポロだった。
「な、なに考えてるんだ! 嬢ちゃんも逃げろ!」
「我々のことは放っておいていい! 逃げるんだ!」
大団長と総司令がが叫ぶが、加勢する者が他にもいる事に気付く。
大勢の調査員が走ってくるのが見える。
「へっ、あいつが立てた作戦なら成功するに決まってるさ。さあ総司令、今の内に逃げてくれ!」
「まさか私たちが実戦に出るとはね!」
「フフ……研究対象の古龍に死なれちゃ困るのヨ」
編纂者、輸送班の作業員、研究班、三期団長、フィールドマスター、二期団の親方。
非戦闘員として離脱し、後方で待機していた者ばかりだった。武器すら持っていない彼らが白い異形に勝てる見込みなど、天地がひっくり返っても無いだろう。
「逃げろ! 逃げ……?」
総司令は目を疑った。白い異形が戦闘態勢を解除したのである。
トリガーから指を離し、銃口を空に向けるように脇に抱える動作。不意な力で銃を暴発させない基本姿勢、万が一武器が暴発しても周囲に被害を出さないための姿勢。ボウガンを取り扱う者なら誰もが知っている安全姿勢だ。
それは、白い異形が攻撃を中止した事に他ならない。
「あ、あなた人間を撃つ事は出来ないのでしょう?」
『…………』
受付嬢の隣に立つ勝気な推薦組が、緊張しながらも白い異形を挑発する。それでも白い異形は武器を向けなかった。
まるで非武装の人間に攻撃を加える事を禁じられているような挙動に、調査団の者は困惑しながらも行動を開始した。
白い異形は囲みの隙間を縫って無防備な姿を晒している古龍へ武器を向けるが、銃口の目の前に三期団長が割り込んだ事で再び銃を収める。
「みんな海の方角へ逃げるニャ! ギルドナイツの船が待機してるニャ!」
アポロやお手伝いのアイルーが逃走ルートの案内を始めた。
五匹の古龍もようやく動けるようになったらしく、ぎこちないながらもその場から撤退を始めた。古龍達も現在の状況では勝つことは出来ないと思ったのだろう。
古龍がアイルーの誘導に従うというのは奇妙な光景だったが、そんな感想など誰も考える余裕すら無かった。今は圧倒的な戦闘能力を持つ未知の敵から逃げるので精一杯だったのだ。
「あんたの思い通りにはさせないよ!」
『…………!』
フィールドマスターが白い銃にしがみ付いた。
白い異形の力ならば振りほどくのは容易い事だろう。だが周囲を人間に囲まれているこの状況では、危害を加えずに振りほどく事が出来なかった。
「あの白い奴、人間には攻撃できないらしい」
「古代人に使われていた兵器なら納得だ……」
走る事が出来ない総司令に、竜人族のハンターが肩を貸しながら逃げる。
「お前たちはどうするんだ!?」
迅速に行われた撤収。最後に残った大団長が白い異形を取り囲む調査員に呼び掛けた。
古龍とハンターは離脱出来たが、いくら攻撃されないとはいえ置き去りにすることは出来ない。
「大丈夫です! 相棒が来ました!」
「作戦は成功だな!?」
大団長の後ろからダークが走ってくる。
「撤退だ! 古龍が乗っていても人間が一緒の船なら奴は攻撃できない。一度アステラに戻って態勢を立て直す!」
大団長の肩を叩き、ダークがライトボウガンへマガジンを込める。
「残りのメンバーを5分で撤退させてくれ。その時間稼ぎをする」
「お前はどうするんだ!?」
「心配無用だ」
ダークは非武装の人間に囲まれている白い異形の真正面に立った。
「ゼロの合図で走れ! いいな? 3……2……1……」
ダークの合図に、非戦闘員の調査員が身構える。
「ゼロ!」
一斉に走り出す調査員。
「相棒、気を付けて!」
「旦那さん、船で待ってるニャ!」
受付嬢とアポロも船を目指して走った。
周囲に邪魔な存在が居なくなった。混乱していたのか一瞬反応が送れた白い異形だが、すぐさま古龍を追跡すべく走り出した。
しかし、そこに一発の銃弾が飛んでくる。
追撃を掛ける白い異形の銃が、ダークの射撃によって地面を転がっていった。側面からの直撃弾では銃を保持できなかったのだ。
『…………!』
「その武器以外、攻撃手段は無いと見た」
速く走れないフィールドマスター、総司令、三期団長が撤退する時間を稼ぐべく、ダークは再び強化装甲服と一対一になった。
弾き飛ばされた銃を拾うため、強化装甲服が地面に手を伸ばした。
そこへダークのライトボウガンが再び火を噴く。強化装甲服と同じ材質の装甲を持つ白い銃は直撃ですら無傷だったが、衝撃までは無効化できない。
『……………』
さらに遠くへ転がっていった白い銃を見つめて、強化装甲服は動きを止めた。このままでは事態を突破することが出来ないために、別の手段を考えているのだ。
優れたハンターの場合、戦闘中の判断は一瞬で行われる。それに比べ、この強化装甲服は防御力と攻撃力は桁外れだが、思考力はそれほど優れていない。まるで新米のハンターだ。
だが、激昂する事が無い。
人間やモンスターでも弄ばれることで怒りを見せることは自然な事だが、この強化装甲服は何の感情も見せない。
それ故に、ダークはこの『白い異形』の正体を確信できた。
「貴様、人口知能だな?」
『…………』
「何が目的だ」
強化装甲服は答えない。発声回路が存在しないのか、言語どころか効果音による返答も無い。
再び銃を拾おうと走ったため、ダークも同じ射撃を繰り返す。
今度の白い銃は崖の近くまで飛ばされた。次に撃たれると底の見えない程深い谷に真っ直ぐ落下してしまうだろう。
「答えろ!」
強化装甲服は低い知能なりに考えたのか、ダークと白い銃の間を塞ぐように立った。
もう後は無い。ハンターと同じく、攻撃手段を武器に依存している強化装甲服にとって、それが無くなることは戦闘能力の大幅な低下を意味する。
ダークは白い銃へ予告無く発砲した。正体を探るより、武装解除の方が重要だったからだ。
しかし、強化装甲服はその攻撃を見切った。
左の手の甲を前に出すと同時に、その周囲に円形状の膜が展開した。
耳障りな音と共に展開されたその『膜』は、薄っすらと青みを帯びている。古代兵器の知識が無い者でも、はっきり『盾』として認知できる物だった。
「!?」
ダークは初めて見る装備に一瞬だけ動揺した。
強化装甲服もこの状況を打破するため、『古代の盾』であることさえ分からず咄嗟に使ったのだろう。
結果的にダークが続けざまに放った複数の銃弾は盾によって阻まれた。しかし強化装甲服が『盾』を収め、武器を拾う瞬間に一発だけが命中した。
強化装甲服は残弾数の予測を誤ったのだ。
奈落の底へ落ちていく白い銃を、強化装甲服は見つめる事しか出来ない。
『…………』
強化装甲服は何の躊躇も無く飛び降りた。例え時間が掛かっても武器を取り戻すことを優先したのだ。
そして、高所から落下した程度で大破するほど脆弱な構造でもないだろう。
奴は必ず戻ってくる、ダークにはそう確信できた。
「これでしばらく時間は稼げるはずだ……」
古龍も調査団も疲弊している今の状況では、時間稼ぎが何よりも貴重である。
戦いは、まだ始まったばかりなのだ。