星と風の物語   作:シリウスB

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暗号名

 調査班リーダーが歩き始めた青年の後に付いて行く。

 生態研究所の所長の他に、その二人の背中を見送る者がいた。

 

「『黒き闇』だなんて大層な名前じゃねえですかい、総司令?」

 

 片目に眼帯を掛けた男。二期団の親方が茶化すように総司令に言った。

 彼は五期団とは別で送られてきた増援が、調査班リーダーとほとんど同じ年齢の青年たった1人だったことに不満と疑念を持っていたのだ。

 近代では素材の加工技術が向上し、武器・防具も同じく性能が上がってきている。昔出来なかった事が今の武器では出来る事も多い。

 一期団が新大陸に訪れた頃の時代は、技術的に未完成の武器の欠点をハンターの数と工夫で補っていた。外殻は薄くて軽いが素早い動きのモンスターには、弓やボウガンなどを装備したハンターが足止めを行う。逆に重く強靭な甲殻だが鈍重な相手には、大剣の一撃を当てて突破口を開く、というチームワークが狩猟の鍵を握っていた。

 それが現在では大剣持ち一人だけでも狩猟を成功させられる。動きが素早い相手に追いつけるほど武器が軽量化されつつ、刃先や刀身に工夫を凝らして威力の低下を抑えているのである。

 事実、調査班の大半は一人一人が個別に依頼をこなしている。それは彼ら全員が精鋭である事も一つだが、それを支援する人員が多く働いていることも理由だ。

 専門知識と大がかりな設備で修理・整備を行う技術班。技術班が必要とする材料の種類と数を纏める物資班。物資班がフィールドで採取した物資を必要な場所へ送り届ける輸送班。輸送班が運搬する際に安全を確保する警備班。そして、警備班が使用する武器装備の修理・整備を行う技術班。

 いくら時代が進み技術や知識が革新されようとも、一人の人間に出来る事には限界がある。ハンターは一人で調査を遂行できるようになったが、その支援に必要な要素は逆に増えてしまっているのだ。

 親方が青年を疑っているのは、そうした大勢の支援によって成り立つ成功を一人の力で達成したのだと誤解しているのではないのか、という事だった。

 

「私も最初は精鋭ハンターのチームでも送ってくれるのかと思っていたのだが……思えば五期団自体が精鋭集団だからな。彼は何か別の任務があるのだろう。時間がある時に聞いておくとしよう」

「……あの若造はどんな奴なんです?」

 

 親方の質問に、総司令は本当のことを話すべきか迷った。工房の長であり、二期団長でもある親方には全幅の信頼を置いてはいた。しかしアステラの調査員たちに周知していないのと同じく、真実を話せば悪戯に青年のことを目立たせてしまうだろう。そうなれば彼の任務に支障が出る恐れがある。

 五期団派遣の通達を運んできた連絡船に、暗号名のハンターに関する通達を運んできた者が二人だけ別にいた。

 手紙を収める施錠された金属製のケースと、開けるために必要な鍵を収めた同型のケース。しかもケースは二人の左手にそれぞれ手錠で繋がれているという厳重さだった。

 異常なまでの警戒態勢から渡された一通の手紙。それには「黒龍を討ち倒した者、『黒き闇』がそちらに行く」とだけ記されていた。

 普通の人間なら悪ふざけでもしているのかと考えるのが関の山だが、その手紙がギルドマスターの直筆で書かれ、本国の王室の判と封、ギルドナイツの検閲を受けた印がされていれば、その人物が本物であり、極めて重要な任務である事に疑いの余地は無い。

 

「現大陸では珍しい質素な装備を好む凄腕のハンターだ。親方ならあのような実用性重視のものを好むハンターは嫌いではないだろう?」

 

 総司令は咄嗟に話を逸らしたが、逸らした先もまた真実であった。

 青年が身に着けていた防具は革製の汎用品である。安価だが軽くて動きやすく、重厚な金属製には劣るものの防御性能も申し分無い。

 現大陸では木こりや漁師、フィールドワークを行う学者など、ハンター以外の者でも着用している者は多数存在する。中にはそれをベースに新しい防具を作成する物好きもいる。

 新大陸調査団もまとまった数を仕入れており、それを着た休暇の調査員がアステラで買い物をしている光景もよく目にすることが出来る。青年はその上に同じく汎用品のローブを羽織り、『旅人』といった風貌だった。

 古龍を相手にするには少々頼りない防具ではあるのだが、桁外れの威力を持つ古龍の攻撃にはどんな防具でも『即死しなければマシ』というのが実情である。重く嵩張る防具で動きが鈍るよりは、軽くて動きやすい物で確実に回避するというのが現在の対古龍戦の主流であった。

 

「あのナリで古龍とやり合おうって肝っ玉は評価しますがね。口から出まかせの奴じゃないことを祈ってまさぁ」

 

 親方はそう言うなり、痛む腰を庇うような歩き方で工房へと戻って行った。

 技術者である親方の信頼を得るためには、口先の言葉ではなく実績が必要だ。論より証拠。百聞は一見に如かず。

 その背中が完全に見えなくなるまで行ったところで、総司令の後ろから声が掛けられた。

 

「……なぜ本当のことを言わなかった?」

 

 ソードマスターは怪訝な声で問う。

 彼は一期団の中で最も優れた実力を持つハンターであり、アステラの防衛を任されている剣の達人である。新大陸へ着任してから40年の月日が経つ現在でも、その実力は衰えていない。

 一期団の就任以前はポッケ村という集落で専属ハンターを務めていたそうだが、炎王龍との因縁が始まったのもその時期だ。

 兜を人前で脱ぐことは一切なく、食事も一等マイハウスにひとり籠って摂る程の徹底ぶりである。

 その素顔を知る者は殆どおらず、現在では一期団ですら素顔を見る機会はほとんどない。

 

「あまり彼のことを公にするのは時期ではないと思ってな……いや、私自身がまだ疑っているからだろう」

「黒龍に関することをか?」

 

 ソードマスターの口から唐突に出た龍の名に、総司令は驚くと同時にソードマスターの観察眼に感心した。

 黒龍:ミラボレアス。新大陸ではおろか、現大陸でさえも目撃例がほとんどない伝説上の古龍である。ダークが身に着けている漆黒のアミュレットがその黒龍の宝玉であることをソードマスターは見抜いていたのだ。

 現大陸で活動していた時から既に剣豪として名を知られていたソードマスターは、狩猟において自身の『感』を何よりも重視している。

 それは曖昧な予測や根拠の無い理屈ではない。モンスターの動きや気配を探る事はもちろん、天候や気温、湿度といった狩猟に関わる情報を、五感を研ぎ澄ませて感じるのだ。

 実際、ソードマスターは他のハンターでさえ理解できない表現を平気で使う。『風が廻る』『雨が満ちる』『草が沈む』などだ。例えば『風が廻る』とはフィールドで風が吹いても空気が同じ場所から移動せず、薬や火薬といった匂いが他のモンスターに気取られにくいという意味だ。

 そんなハンターであるソードマスターにとって、素材に対する観察眼が商人どころか学者よりも優れていることは言うまでも無いだろう。

 

「ミラボレアスという強大な古龍を単独で討伐した人間がここに居る……もしそんな事を公にすれば過剰な競争意識が出てしまう。特に新大陸に到着して興奮気味の五期団にはな」

 

 総司令は新しい期団が来るたび、ハンター同士の実力差には特に注意を払っていた。

 新しい環境、新しい仲間、新しい装備。どれもハンター達の意欲や競争意識を刺激するものである。

 その意識を持つこと自体は悪いことではない。問題なのは、その競争意識を優先するあまり冷静な判断が出来なくなることだ。

 腕のいいハンターや珍しい装備のハンターが近くに存在すると、自然と周囲のハンターも負けじと行動する。だが、黒龍を単独で討伐したという規格外のハンターが存在するとなれば話は別だ。より強くなるため、勝ち目のないモンスターに戦いを挑んだり、逆に幻滅して任務を放棄する者が出始めるかもしれないからだ。

 彼の存在は調査団にとっては大きな戦力になることは間違い無いだろう。一方で周囲に与える影響も大きなものになるはずだ。総司令にも調査団がこの先どうなるかは検討が付かない。

 

「あの黒龍を単独で、か……」

「見たんだろう? 現大陸で」

「ああ、よく覚えている。相当な強者であろう龍だった」

 

 ソードマスターは新大陸に発つ直前、黒龍とたった一度だけ向き合った時のことを思い出していた。それはちょうど一期団の編成が終わるころに発生した事件だった。

 因縁の炎王龍が炎妃龍と共に新大陸へ渡ったため、炎王龍と長年刃を交えていたハンターであるソードマスターも一期団へ編入されていた。しかし古龍観測所から黒龍の目撃情報が多数入ったことで、急遽一期団の一部が調査隊のメンバーとして出陣したのだ。

 伝説と言われていた黒龍が存在していた事に殆どのメンバーが極度の緊張状態に陥っていたが、幸運な事に殉職者は一人も出なかった。

 『運命の戦争』という名の古龍でありながら、伝説の古龍は討伐隊を避けるように行動をしたために一度も戦うことはなかったのである。行き先を予測し先回りすることでようやく追いついたのだが、ソードマスターら討伐隊を一瞥しただけですぐに飛び去ってしまったのだ。

 

「あの時の黒龍は某……いや、人間と争うことを避けていたように見えた。理由は分からないが」

「勝てる自信はあったのか?」

 

 総司令の問いに、ソードマスターは首を横に振った。

 

「おそらく無理だったろう。討伐隊の皆は優れた狩人であったが、『第三の眼』と視線が合った時に全員が気圧されてしまった。無論、某も」

「第三の眼?」

 

 ソードマスターは当時の関係者だけが知る黒龍の情報を総司令へ語った。

 第三の眼。古龍に限らず、永い刻を生き続けたモンスターの中には体内に宝玉を生成する個体が存在する。それは尻尾であったり胴体の中であったりするなど、場所は個体によってまちまちである。

 本来は討伐後の剥ぎ取りないし解体の最中に発見されるのが常であるが、ミラボレアスのそれは体内ではなく、額に在ったのだ。

 その外側に露出した宝玉を『第三の眼』と呼ぶのは自然なことだろう。本物の眼球のように視界を得るためのものではないが、その異様さが放つ禍々しいまでの『気』が、見る者を恐怖させるのである。

 しかし、結局黒龍はそのまま行方を眩ませてしまった。

 ソードマスターは一期団のハンターとして新大陸へ出発し、ギルドの関係者とは手紙を出して連絡を取り合っていたが、その後の目撃頻度は大きく下がっていった。

 二期団が新大陸に訪れる10年後には完全に行方が途絶え、姿を見せることも、新大陸へ渡ることも無く、事件は風化し完全に忘れ去られていた。

 現大陸の一般人にとっては胡散臭い作り話だと思われるだろう。だが討伐隊はハッキリと見たのだ。見る者を引き込む漆黒の宝玉を。

 

「今はあの者、黒龍を討ち倒した者を信じてみる他ない」

「そうだな。……万が一クシャルダオラが襲来したときは頼む」

「御意。青い星の導きあれ」

 

 ソードマスターは新大陸では見慣れない旧式の防具を整え、剣を取り持ち場へ向かった。

 彼自身、古龍と何度も戦ってきた古強者である。背中からでも分かるその気迫は衰えていない。

 

「『宿命の戦い』、『避けられぬ死』……それを超越した男か」

 

 ソードマスターを見送った後に総司令が口にしたのは、黒龍伝説の一節である。五匹の龍の物語と並ぶ、有名な御伽噺。

 古龍に関する伝説というのは、まだ未知の存在に関する研究を行う事が出来ない時代に、少しでも情報を後世に伝えようと残されているものが多い。

 それは御伽噺であったり、土地に伝わる歌であったり、壁画として残されている場合もある。

 だが、『五匹の龍の物語』と『黒龍伝説』の二つだけは毛色が違う。

 古龍の脅威を伝えるのではなく、過去に実際に起きたことを淡々と書き綴ったような『五匹の龍の物語』。伝承の内容は共通しているにもかかわらず、節も詞もまるでバラバラに伝わっている『黒龍伝説』。

 総司令はその二つを事実だと信じている。伝説の内容がどんなに超常的でも、それは人間が証明できないだけで、目の前に広がる大自然は真実だけを残して過ぎ去ってしまう。

 少なくとも、黒龍に関する事はあの青年によって前進したことは間違いが無いのであろう。

 幾多もの生命を狩り尽くした者の前に現れる災厄の化身。その伝説を覆した者が、この新大陸に居るのだ。

 黒龍の宝玉という、証と共に。

 


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