星と風の物語   作:シリウスB

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五期団と共に新大陸を訪れた暗号名を持つ青年、ダーク。
彼らがたどり着いた新大陸の拠点『アステラ』は、ゾラ・マグダラオス捕獲作戦の失敗による深刻な物資不足に陥っていた。
だが、幹部達が危惧していたのは別の問題であった。
アステラの目の前にそびえ立つ古代樹に、鋼龍:クシャルダオラが潜伏しているというのだ。

古龍の襲来に完全に無防備となっている現状を打破すべく、調査団は五期団と共に運ばれた大量の物資の搬入を急ぐ。
さらに、アステラが襲撃される前に先手を打つため、総司令はクシャルダオラの潜伏場所とその目的を突き止めるようダークへ依頼した。

拠点からの支援が全く無い、極めて危険な任務。
ダークと調査班リーダー、そして森の虫かご族の『罠師』は、この危険な任務を遂行すべく古代樹の森へ赴くのだった。


第一章:嵐は古代樹へ来たる
古代樹の午後


「全く、歓迎会だと言っていたのに仕事ぞ? チョウサダンの旦那」

 

 アイルーに似た獣人が隣を歩くダークをジロジロ見ながら言った。

 彼は五期団の歓迎をするということで拠点へ赴いた『森の虫かご族』代表者達の1名であった。

 たっぷりの御馳走と御土産を期待していたのに、自分だけが回れ右して古代樹へ戻るハメになったことが不満な様子である。

 

「まあそう言わないでくれ、罠師さん。急に決まったことなんだ」

 

 隣を歩く調査班リーダーが、尻尾を大きく振り回す不機嫌な獣人をなんとかなだめている。

 彼ら新大陸の獣人『テトルー』は新大陸で初めて存在が確認された獣人種である。

 現大陸のアイルーより野性的な面が強く、部族独自の武器や道具を駆使して生活していた。

 長い年月を人間と行動を共にしてきたアイルーと、出会ってからまだ40年足らずのテトルーを比較して人間にあまり馴染んでいないと言うのは早計だが、テトルー達と新大陸調査団の関係は良好であった。

 一期団が新大陸に上陸した年に古代樹の森で接触したという『森の虫かご族』は、他の部族よりも長い期間調査に協力していたために、人間の言葉を使いこなす者は比較的多い。

 また、新大陸の各地で生活している別の部族も虫かご族からの指南や調査団との共同作業・物々交換を繰り返しているうちに、人間の言葉に堪能している者は少数ながらも存在していた。

 ダークと調査班リーダーに同行している『罠師』と仲間から呼ばれるテトルーも、多少の訛りや癖の強い言い回しはあったが、問題なく意思疎通ができる。

 研究班曰く、テトルーの言語はアイルーのものと原型が同じであり、現大陸と新大陸の文化の違いで言葉に差が出来たのだろう、という予測を立てていた。

 それは、姿や言語こそ時代と共に変わっていってしまったが、アイルーとテトルーの先祖が同じであることを意味する。

 

「それに物資を搬入しないと料理が作れない。今料理長が大急ぎで作ってる最中だから、あそこに居たら手伝いに狩り出されていたかもしれないぜ?」

 

 事実、大量の物資の積み込みや五期団の受け入れ手続きなど拠点での仕事は山盛りである。作戦会議が終了した段階で1割すらも終わっていなかった作業量を考えれば、テトルーだろうが容赦なく作業に駆り出されてしまうかもしれない。

 

「……まぁ、それもそうであるな。宴の前のひと仕事として割り切るかの」

 

 罠師がそう考えている間に、拠点に残る側になったテトルー達がこちらへ手を振っている。その後ろには暇そうにしている彼らにさっそく気付いた四期団の作業員が迫っていた。

 背後から聞こえた残留組テトルーの絶叫に振り向くことなく、ダークは拠点の入り口を示す正門を通った。ここから先はモンスター達の縄張りになっている可能性があるエリアになる。

 クシャルダオラの痕跡が最初に見つかった場所を確認するため、まず一行はアステラから古代樹の森を南側から回るルートを歩いた。

 日がまだ高い位置で輝いている時間、相変わらず空は雲一つない快晴の状態である。南西に設置された初期キャンプの正面には広い平地エリアが存在するが、そこを通った際はアプトノスの群れが植物を食んでいた

 とても古龍が居るフィールドの光景とは考えられなかったが、別のフィールドへ移動したことが観測できていない以上、調査班リーダーが作戦会議の場で言った通りクシャルダオラはまだこの地に居る可能性が高い。

 

「ところで、じいちゃんから君のことを聞いたよ。向こうでは相当な腕のハンターなんだってな」

 

 西側へ向かう途中、調査班リーダーは興味深々でダークに尋ねた。

 彼にとって現大陸で狩猟をしている人間は興味を惹かれるものなのだろう。それがギルドマスターが直々に送り込んだ、たった1人の特殊任務ハンターとなれば尚更である。

 

「向こうでは何をしていたんだ?」

「我も気になるぞ」

 

 調査班リーダーと罠師は単刀直入に聞いた。本来、特殊任務に従事する人間が部外者に任務内容を漏らすことは無い。ギルドから禁止されているわけではなく、不必要に騒ぎを大きくしないように各自の判断に任せているだけだった。

 

「そうだな、沢山ある。古龍の情報収集、学者の護衛、……そういえば城を脱走した王族を捕まえる任務もあったな」

 

 ダークはそう言って自分の背丈ほどの段差を飛び降りた。ちょうど置いて行かれた形になった調査班リーダーは少々意外な気分になった。

 四期団が新大陸に到着し初めて調査班が編成された際に、彼は最も新大陸に慣れているという理由でリーダーへ任命された。調査班でチームを組む際の自己紹介では、四期団たちは現大陸での数々の狩猟体験を口にしたものだ。

 その内容は様々である。

 新種を発見した者、有名な討伐任務に遠征したと言う者、古龍と実際に対峙した者。

 彼・彼女らに共通していたのは、危険なモンスターを相手に活躍したハンターだということだった。

 調査班リーダーはそんな四期団達とは比較にならないほど、暗号名のハンターとは超人的な人間だと思っていたのだ。

 

「期待外れだったか?」

 

 下から調査班リーダーを見上げるダークの顔は少し苦笑いしているようだった。失礼な物言いをしてしまったかと罠師は焦ったが――

 

「正直言うとそうだ。俺はあまり特殊任務を遂行するハンターというのがよく分からなくてな」

 

 そう言うものの、調査班リーダーにはダークが普通のハンターには見えなかった。

 ありのままの事実を淡々と語るだけだが、彼の立ち振る舞いや注意の払い方が自身の指導役であるソードマスターが何度も言っていた「自分の実力を過信せず、しかし信じること」をまさに体現していたからだ。

 彼にはかつての四期団達のような興奮も、しかし緊張している様子も無く、常に気を緩めず周囲の状況・状態に気を配っている。

 ハンターにとって精神状態というのは極めて重要な要素である。

 過度な緊張状態や興奮状態が続くと冷静に行動することが出来なくなり、同時に冷静な判断もできなくなる。

 

「いや、ギルドが君を……ダークを寄越してくれた理由がわかったような気がする」

 

「そなたはダークという名前なのか?」

 

 罠師が興味ありげに尋ね、ダークが頷いた。

 

「おお、その言葉なら最近習ったぞ。たしか『闇』とか『暗い』とか、あと『静か』という意味もであったな」

 

 罠師が指摘した通り、『ダーク』という言葉は古代文字、古代語で稀に出てくる語句である。

 ついでとばかりに罠師がガリガリと槍の柄で地面へ綴りを書く。

 

~ Dark ~

 

「なるほど、古代語の名前を翻訳したのが『黒き闇』という暗号名なのか」 

「そうだ」

「ダーク、よろしくな」

「ダーク殿、我も歓迎するぞ」

 

 現地へ移動しながらの自己紹介を終えたダークだが、西側の海岸線付近のルートを通過した際に痕跡は発見できなかった。

 人間でも通るのに危険を要する狭い道に、クシャルダオラが入れるスペースはほとんど無い。もし鱗や甲殻の一部でも見つかればとダークは考えたが、徒労に終わった。

 

「この先だ」

 

 調査班リーダーが指さす先は、最初に痕跡が発見された古代樹の北西側:下層エリアだった。岩肌が露出しているかなり急な坂を越えると、辺りは鬱蒼と茂った木々の葉に阻まれはじめる。

 まだ日が高い位置にあるにもかかわらず、薄暗い雰囲気の場所が一行を出迎えた。

 最初の痕跡は四期団のハンターがすぐ近くに設置されたキャンプで一泊した後、そこを出てすぐ近くの広場で発見されたという。

 実際に痕跡が在ったとされる場所を二人と一匹は見に行ったが、既に風化した後であり実物は確認できなかった。

 

「北西キャンプを出て右手、さっきの広場はアプトノスの小さな群れがよく居る場所だな」

 

 ダークはキャンプへ武器を取りに行く前に、それを背にした状態で右を見た。調査班リーダーが言う通り、地図には比較的広いエリアが示されている。

 草食竜の天敵である火竜は優れた視力を持つ。広場は草食竜にとって発見されるリスクの高い危険な場所となるが、同時に日光が降り注ぎ良質な植物が育ちやすい。

 そこの広場は周囲を大きな樹木が取り囲んでいたため、上空から発見されてもすぐに隠れられる。草食竜にとっては良い餌場であった。

 

「左の細くなった道の先はジャグラス達の縄張りだ」

 

 左は右の道より細くなった通路が伸びている。その先はさらに樹の影が濃くなり、昼間でも明かりが無ければ本が読めない程だ。ジャグラスのような小柄で素早いモンスターにとって、不意打ちに絶好の場所である。

 

「おっと、早速お出ましかな?」

 

 調査班リーダーは影の中から出てきたモンスターを注視する。黄色と緑の体色をした小型モンスター:ジャグラスの群れがダークへゆっくりと近づいてきた。

 

「同志よ! 今日の収穫はいかほどか?」

 

 罠師が気さくな声で向かっていく。体格にかなり差がある種族同士だが、その関係はまさにパートナーといった様子である。

 腰の短刀に手を掛けていたダークだが、それ抜くことはなかった。ジャグラスに敵対的な様子が見られなかったからだ。

 

「いい判断だな」

 

 調査班リーダーは感心した様子でダークを称えた。

 

「四期団が最初に会った時は酷いものだったんだ。皆優秀なハンターだったが、やはり至近距離まで来られた時に動揺は隠せなかったらしい。今では大丈夫だけどな」

 

 それは仕方の無いことかもしれない。家畜化されたモンスターでさえその巨体故に慎重な扱いが求められる。最も人に慣れ、温厚なモンスターと言われているアプトノスでも、尻尾による一撃や体当たりを人間がまともに受ければ死ぬ危険性があるのだ。

 肉食性のモンスターが至近距離に居るというのは、アプトノスが近くに居る事よりも遥かに危険な事態だと普通の人間は認識する。その次の行動が戦闘か、もしくは逃走になるかは当たり前の反応であろう。

 『闘争か、逃走か』

 この二つの反応はハンターのみならず、ほぼ全ての生物に生存本能として備わっている。

 外敵に襲われた時、未知の現象に遭遇した時、危険な災害に巻き込まれた時。戦い以外の場でもこの本能が表面化することがある。

 自身が遭遇した脅威に対し、戦うか逃げることで生き延びようとするこの本能に絶対的な正解は無く、どちらが正解になるかは状況や相手によって大きく変わる。

 モンスターに遭遇した時は攻撃して相手が驚いて逃げてくれることもあれば、逆に怒りを買って反撃を受ける可能性もある。逃走を選択しても生き残れるとは限らない。背を見せた相手を追いかける習性を持つモンスターもいるのだ。

 この二者択一を瞬時に、しかも冷静に決断できれば生き延びる確率は大きく上がる。だが極度の興奮に陥った者、つまりパニックを起こした者にその正常な判断力は無きに等しい。ハンターを志望する者に最初に叩き込まれるものは、剣を振り回す技術でもモンスターの知識でも無く、周囲の状況を把握する『冷静さ』なのだ。

 ダークは調査班リーダー以上に冷静だった。相手が爪も牙も収めている状態であれば、自身には『闘争』も『逃走』も必要ないと判断したのだ。

 そして、それは正解だった。

 

「ふむ……今日は中層で果実が沢山取れたとな?」

 

 罠師は最も近くに寄ってきたジャグラスの喉を撫でながら言った。その手つきは人間が飼育しているアプトノスを撫でる動作にとても良く似ている。

 初対面であるダークに興味を持ったのか、一匹のジャグラスがダークへ擦り寄ってきた。彼は罠師の手つきと同じように見よう見まねで喉を撫でてみると、眼を細めて鳴いた。

 

「罠師はジャグラスの言葉が分かると言ったな?」

「いかにも、虫かご族でジャグラスの言葉がわからん半端者はおらん!」

 

 ダークの言葉に罠師は胸を張るようにして答えた。彼らはジャグラスと協力し合い、広大な古代樹を効率よく移動して食物を探しているのだという。

 テトルーは柔軟な体で狭く入り組んだ茂みへ容易に潜ることができ、ジャグラスは大量の木の実を背負った状態でも縦横無尽に走ることができる。

 彼らが互いに協力すれば、より多くの食物を得られるという算段である。ジャグラスは肉食性のモンスターであるが、実態は雑食に近い。テトルーと同じ食べ物でも問題は無いそうだ。

 

「ならクシャルダオラの居場所を聞いてみてくれ。ずっとここで生活しているジャグラスなら手掛かりがあるかもしれない」

「もうとっくに聞いたぞ、そんなことは。我らがそこまで気が回らぬと思ったか?」

 

 罠師は少し呆れたような表情でダークを見返した。

 古代樹の森で四期団による大規模な探索が行われた際、テトルー達はジャグラスと共にそれに同行し、調査団と頻繁に情報を交換し合っていたのだ。

 

「……今この古代樹に居る大型は火竜の番いと蛮顎竜だったな?」

 

 火竜、リオレウス・リオレイア。現大陸でも比較的数の多い飛竜である。番いになった個体同士の結びつきは非常に強く、生活で互いに協力しあうことはもちろん、狩猟においてもその連携攻撃は脅威になる。

 一方の蛮顎竜:アンジャナフは、調査団から「暴れん坊」というあだ名を付けられている獣竜種である。古代樹全体を自分の縄張りだと主張しているらしく、調査団のハンターや格下のモンスターに襲い掛かるのは日常茶飯事だった。

 しかし研究班は『単純にケンカを楽しんでいるだけ』と言う。昔から捕食対象はもっぱら草食竜のみで、アンジャナフに殺害されたハンターや草食竜以外のモンスターが確認されていないからだ。当時戦いに不慣れだった四期団やテトルーにはクエストを行っていた最中に気絶してしまった者がいたそうだが、アンジャナフはその者たちを捕食することなく自身が勝利したことに満足してその場を立ち去ったという報告があった。

 現大陸で有名なイビルジョーのような『殺戮者』ではなく『暴れん坊』というあだ名がアンジャナフへ付けられた理由もそこにあるのだろう。

 

「それが何だと言うに」

「そうだな……まずは『アンジャナフの場所』を聞いてくれ」

 

 ダークは最も不可思議な現象である『古龍と同じフィールドに居るモンスターが普段と変わらない様子』の理由を調べるため、アンジャナフを尾行することを思いついた。

 この森にクシャルダオラが居るならば、人間よりはるかに目立つ大型モンスターに鉢合わせて動きを見せる可能性があったからだ。さらに、飛竜は飛行してしまうと人間が追いつくことはまず不可能だが、羽はあるが飛ぶことができないアンジャナフであれば尾行は容易である。

 その指示の目的が分からず罠師は質問を返そうとしたが、ダークの真剣な顔に気付き、ジャグラスへ向き直り奇妙な鳴き声を上げた。

 咳をするような声やむせた時のような普段とは違う声とジャグラス達の鳴き声が交錯し、彼らが会話していると一目で分かる。

 ジャグラスには人間のような複雑な文章を組み立てることができるほど言葉に種類が無いようで、その応酬はしばらく続いた。やがてジャグラス達が一斉に踵を返し走り始めた。

 

「おい、何があったんだ!?」

 

 調査班リーダーが急に走り始めたジャグラスに驚き、罠師へ問い詰めた。

 

「案内すると言っておる! リオレイアも一緒だと!」

「どういうことなんだ!?」

「我もわからん!」

 

 二人と一匹は、森の中を自在に走るジャグラスに置いて行かれないように全速で走り始めた。それが古代樹に潜んでいる者に近づく道とは知らずに。

 


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