ダンガンロンパミラージュ~絶望の航海~   作:tonito

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・・諸注意・・


この作品は、現在発売されておりますPSP及びPS vita用ゲーム、ダンガンロンパシリーズの非公式二次創作となっております。二次創作が苦手な方、また理解の無い方の閲覧は御遠慮ください。

『ダンガンロンパ』『スーパーダンガンロンパ2』等シリーズのネタバレが含まれております。

 モノクマを除き登場するキャラはオリジナルキャラとなっておりますが、他の作品と肩書き等が被ってしまっている可能性があります。人によっては気分を害してしまう恐れがありますが予めご了承ください。

 流血や殺人等、グロテスクな描写を含みます。苦手な方はご注意ください。




チャプター2 (非)日常編 ②

 

「で、デートって深海さん! ただ探索するだけでそんな大げさな!?」

「いやいや、男の子と女の子が二人で歩いていればそれはデートだよ」

「極論だよねそれ!?」

 ボクのツッコミを物ともせず、深海さんは恐いくらいに満面の笑みでゆっくりと距離を近づける。

「都築君。目の前にチャンスがあるのに、それを逃すのはどうかと思うな」

 そして、ゆっくりとボクの耳元に顔を寄せて、まるで秘密の暗号を教えるかのように小さな声で囁く。

「……片想いの相手なら尚更ね」

 仄かに漂う甘い香りが吐息と混じってボクの五感を撫でるように刺激する。

 これはヤバい……前に梶路さんにも耳打ちされた事があるけど、あの時とは違ってなんというか……イケない事をしているような気分になる!

「と、いうわけで。私は紫中君と左側の通路から探索するから、都築君は美耶子ちゃんと右側をお願いするね」

「わ、わかった。それじゃあそっちは頼んだよ」

「うん。それじゃあ行こうか紫中君」

 必死に赤面を抑えようとするボクを特に気にする事なく、深海さんは寝むそうに目を擦る紫中君の手を引きやや足早に去って行った。

 このムラムラ……じゃなくて、心にかかった靄をボクはどうすればいいのだろう。

「都築さん?」

「あ、ごめんね梶路さん。それじゃあ行こうか」

「はい。よろしくお願いします」

 小さな体でペコリと頭を下げる梶路さん。

 その愛らしい仕草は、ボクの心の靄を払うのには充分だった。

 

 

 梶路さんと雑談をしながら歩いていると、最初にボク達を迎え入れたのは高そうなドレスを着飾ったマネキンだった。

 連なるブティックのショーウィンドウには様々な洋服や小物が展示されていて、高級感だけでなく船の中とは思えない都会的な雰囲気も漂わせていた。

「なんだか、不思議な香りがしますね」

「いろんな洋服やドレスが売られているからね。これも全部布の匂いなのかな?」

「洋服……なるほど。お香の香りがしなかったのでわかりませんでした」

 お香?

 もしかして呉服屋とか、そういうお店の事を云っているのかな? そういえばドレスはたくさんあるけど着物類が見当たらないな。

 首を左右に振りながら近場の店の中を窺っていると、たまたま目に入った店の中で折りたたんだ服を何着も重ねて運ぶハミちゃんと目があった。いつものブレザーではなく、赤いド派手なドレスを身に包んでいる。

「あら都築君に梶路さん。二人もここに来たのね」

「こんにちはハミちゃんさん」

「どうしたのその格好。お城の舞踏会にでも出るつもり?」

「そのジョークはあまり面白くないわね」

 ジョークのつもりじゃなかったんだけど、それにしても凄い格好だな。肩甲骨のあたりなんて思いっきり開いているし目のやり場に困る。

「そのたくさんのドレス、もしかして全部買うつもり?」

「まさか。あたしの懐事情はそんなに良くないわよ。せっかくだから試着だけしてみようと思ってね。こんな時にあいつがいたら……ごめん、なんでもないわ」

 あいつ……とは成宮君の事だろう。

 いつも札束を懐に入れて自分がお金持ちである事をアピールしていた成宮君。

 今にして思えば、あれは不安な気持ちを隠す為の虚勢だったのかもしれない。

 そうでなければ、モノクマから渡された動機に翻弄されて、寺踪さんを手にかけ、ボク達の命を犠牲にしてこの船から出ようなんて思うはずが無い。

 それにボクは彼を非難する事は出来ない。

 ボクだって、一度梶路さんをこの手にかけようとしたのだから……あの時の感覚は未だに掌に残って離れない。

「少し、化粧品の匂いがしますね。ハミちゃんさん、お化粧をなさっているのですか?」

「え、ええ。向かいのコスメショップに試供品があったから、少しだけ拝借させてもらったのよ。梶路さんもどう?」

「すみません。わたし肌があまり強くなくて。お化粧をするとすぐに赤くなってしまうんです」

「それは大変ね。巫ならなにかしら化粧するでしょうに」

「はい。祭事の時なんかはもう痒くて、痒くて……これも修行だとよくお婆様に叱られていました」

 困ったように笑う梶路さん。

 昔の事を話すのが恥ずかしいのか、その頬はほんのり赤かった。

「凄いわね。あたしには絶対無理だわ」

 ああハミちゃんには無理だろうな。

「なにか云いたそうね都築君。そうだ! せっかくだから男子の意見を聞かせてよ! あたしのドレス姿どう思う?」

 自信満々にモデルのようなポーズを取るハミちゃん。

 最初は見慣れないドレス姿に戸惑ったけど、目が慣れた今なら似合っていないのがよくわかる。

 決してスタイルが悪いわけではないし、顔立ちもそこまで幼くはないのに、身の丈に合っていないというか、どう頑張っても子供が背伸びしているようにしか見えない。夢見さんあたりなら似合うのかもしれないけど……というか正直どうでもいい。

「なあに? もしかして言葉に出来ないほど似合ってるって事かしら」

「それはない」

「あ゛?」

「なんでもないです」

 いけない、いけない。つい本音が出てしまった。

 せっかく梶路さんとデート……じゃなくて探索をしているに、これ以上絡まれたら二人の時間がなくなっちゃうよ。ハミちゃんには悪いけど、適当なこといってさっさと別の場所に移動しよう。

「そうだね凄く似合って――」

「こんな所におられましたかハミちゃんさ、ま……おおっ! なんてお美しい御姿! 天に浮かぶ太陽もあまりの恥ずかしさに顔を覆い隠す程ですよ!」

 誰かと思ったら生田君か。っていうかそれ褒めてないよね?

 見えない位置から訝しげに見つめていると、ポーズを取るのに疲れたのか、ハミちゃんが肩を揉みながらちゃっかりと梶路さんにもあいさつをしている生田君に声をかけた。

「ところで生田君。はなっちーと指原さんの方は良いの? 二人のボディガードをしていたんじゃないかしら?」

「ええ。ですので、愛しきウェヌスの御着替えを手伝おうとフィッティングルームに入ったら何故か泣いて追い出されてしまいまして……薔薇乙女様からはありがたい制裁もいただきました!」

 よく見れば生田君の右頬は赤く腫れていて、はなっちーがどれだけ厳しい制裁を与えたかを物語っていた。生田君にとってはご褒美だったみたいだけど。

「まったく何やってるのよ。今すぐ指原さんに謝ってきなさい。それで謝ったら大人しく客室に籠っていること。いいわね?」

「はい! かしこまりました!」

 何気に客室に隔離しようとするあたりハミちゃんも大分生田君の扱いに慣れたようだ。ボクもそろそろ別の場所に移動しよう。

「梶路さん、そろそろ他の場所に行かない?」

「そうですね。ハミちゃんさん、生田さん、失礼します」

 一人一人丁寧に頭を下げる梶路さん。

ボクも釣られて二人に頭を下げると、その様子がツボに入ったのか口を押さえて笑いを堪えるハミちゃんを華麗にスルーしながら次の場所へと向かった。

 

 

 しばらく似た様なブティックが続き、いい加減ドレスも見飽き始めていると、次に目に映ったのは光り輝くお宝の山だった。

 宝石はもちろん、ネックレス、指輪、ブローチ、時計その他諸々が隠す事なく展示されていて幻想的な空間を作り出している。

「凄いね。ちょっとあそこの店に入ってみようか」

「そうですね。わたしもこういう場所は始めてです」

 胸の高鳴りを抑えながら、高そうな店の中でも比較的地味目の店に足を伸ばす。

 やはり高価な品がたくさん展示されていたものの、そこまで店の中が広くないのもあって割と落ち着いて探索出来そうだった。

「梶路さん、その宝石が気になるの?」

「はい。なんだか側にいるだけで活力が沸いてくると云いますか……ごめんなさい。上手く言葉に出来ないんですけど」

「別に良いよ」

 なにか惹かれるものがあったのか、紫色の宝石が展示されたケースの前でそわそわとする梶路さん。やっぱり女の子だな。

「その宝石、ここから出れたらボクがプレゼントしても良いかな?」

「え?」

「ほら、梶路さんにはいつもお世話になっているし、そのお礼というか」

「でも、宝石ってとてもお高いですよ?」

 ガラスケースに並ぶ宝石に視線を移すと、どの宝石も数字が6桁以上ついていて、とても高校生のポケットマネーで買える代物ではなかった。とはいえ、ここで引いてはさすがにカッコ悪い。

「お、お金はどうにかするよ。前に旅の途中で旅費が尽きた時なんか靴磨きをしたりして小銭を稼いだりもしたし! それこそアルバイトだって出来るしね!」

 ボクの必死な雰囲気が伝わったのか、梶路さんは閉じている目をより細めて可笑しそうに笑う。

「そうですね。では、楽しみにしています。都築さんからのプレゼント」

「うん! 任せておいてよ!」

「お、都築と梶路じゃねぇか! テメェらもこの店の探索か?」

 

 じゃまもの が あらわれた!

 

 たたかう?

 まさか

 

 にげる?

 どこへ

 

 アイテム を つかう?

 なにも もってないよ

 

 ……ようす を うかがおう

 

「太刀沼君。目当てのアクセサリーはあった?」

「まったく見つからねぇんだよこれが! どの店も宝石ばっかでよ。女にやるわけでもねぇのにパクッても意味ねぇだろあんなもん」

 高価な宝石に対してなんて事を云うんだ。ていうか盗むの前提に聞こえたのはボクの聞き間違いで良いんだよね?

「もっとギラギラしたシルバーとか、ハードでパンクなドクロとかよぉ……俺様はそういうのが欲しいんだよ! わかるか都築?」

「いや、ボクそういうのはつけないし」

「つまんねぇ野郎だな。おい梶路、オメーはどう思う? やっぱアクセサリーと云ったらドクロだよなあ!」

 梶路さんがそんなの好きなわけないだろ?

まったく、冗談はそのセンスだけにしてほしいよ。前から気になってたけど耳たぶに安全ピンって絶対おかし――

「そうですね。嫌いじゃないですよ?」

 マジですか梶路さん。

「だよなあ! やっぱわかる奴にはわかるんだよ! テメェも少しは勉強しろよ都築」

「骨にはその人の魂が宿っていますから。交信する時によく使っているんですよ。そういえば、海外では宝石を使うともお婆様が云っていましたね」

 過去に行った儀式でも思いだしているのか、ろくろを回すような仕草をしながら宙を煽ぐ梶路さん。

 ここだけ見るとちょっと、いやかなり……。

「梶路って結構アレな奴だな。夢見といい勝負じゃねぇか?」

「そ、そんな事は……」

 ない、と云いたいけど……いやいや、超高校級の巫なんだから、これが普通なんだよ、うん。

「まあいいや。俺様は他の店を覗いて来るぜ……そうだ都築」

「なに?」

「困ったら押し倒せ。そうすりゃこっちのもんだ」

「ヴフッ!?」

「ゲハハハハハ!」

 耳障りな声で笑いながら去って行く太刀沼君の背中を槍で突き刺すかのように強く睨む。ホントにもう、いい加減にしてほしい。

「どうしました都築さん? なんだかお顔が赤いですけど?」

「なななななんでもないよっ! そ、そろそろ他の場所に行かない?」

「そうですね。他のお店も、どうやら似た様な感じのようですし」

「だね! じゃあ行こうか!」

「あっ」

 梶路さんには申し訳ないけれどここは急いで次の場所に移動しよう。ずっとここにいたら変に意識してとんでもない間違いを犯してしまいかねない!

 ボクは急ぐようにして他の場所を探索すべく宝石店を後にする。

 この時、必死になっていたせいで咄嗟に梶路さんの手を掴んでいた事を、ボクは後になって気付き悶絶した。

 

 

「この香り……ここは本屋さんですね」

「うん。これだけ広いといろいろな本が置いてありそうだ」

「あの、少し寄ってみても良いですか? わたし、紙の匂いって好きなんです」

「別に良いよ。ボクもちょっと気になるしね」

「ありがとうございます」

 子供のように無邪気な笑顔で本屋の門を潜る梶路さん。

 紙の匂いが好きというのは本当の事のようで、その足取りはいつもより軽い感じがした。

 梶路さん、凄く楽しそうだ。立ち寄ってみたのは正解だな……あれ? この本、なんか他の物と違うな。

「ごめん梶路さん、ちょっと待ってて」

「? はい」

 平積みにされていた少し大きめのサイズ本を手に取ってみる。

 真っ白な表紙にはタイトルと、無数の点が模様のように刻まれていた。これ……もしかして

「ねえ梶路さん。この本読んだ事ある?」

「これは……点字の本ですね。お婆様が図書館で借りてきてくれた物を読んだ事はありますが、まさかこんな所にあるとは思いませんでした」

 手渡された本の表紙をなぞりながら、梶路さんは呪文を唱えるかのようにタイトルを読む。

「せい、なる、あくとう……ぷらーみゃ?」

「プラーミャですって!?」

「うわあ!?」

 まさか夢見さんを召喚する呪文とは思わなかった……ってそんなわけがない!

「いきなり現れないでよ夢見さん! ビックリしたよ!?」

「それより梶路さん。その本を少し貸してもらえないかしら?」

「良いですよ」

 突如本棚の後ろから現れてボクを驚かせた事なんてお構いなしに、梶路さんから受け取った本を熱心に黙読する夢見さん。なんかいつも以上にめんどくさい。

「そうよ! これこそプラーミャ! フフフフフフフフフッ!」

 恐いよ! 夢見さん恐いよ!? やっぱり梶路さんとは違うよ太刀沼君!

「その本、お好きなんですか?」

「本よりもプラーミャよ!」

「その、プラーミャって誰なの? 漫画のキャラとか?」

「プラーミャというのは実在した人物で、十数年前に海外を賑わせた連続殺人鬼の名前よ」

 連続殺人鬼? また物騒なのが出てきたな。

「殺人鬼と云っても、プラーミャは無差別に人を殺したわけではないわ。彼は法で裁けぬ悪を断罪の焔で葬るの。……悪を裁けるのは悪だけだ。たとえ人殺しと罵られようと、我は悪を葬り続ける! ……彼が残したという言葉よ。素敵でしょ?」

 確かにカッコイイけど、その中二病溢れるポーズはやめてほしい。見ているこっちが恥ずかしい。

「ワタシはもちろん、その生き様に惚れた者は数知れず……その人気のあまり、一時期多数のメディアミックス展開を繰り広げたのよ。でも、この魅力がわからない愚者共が生意気にも戦を起こしたせいで、数多のグッズは永久封印されてしまったの」

 えっと……過激過ぎて規制されたって事かな?

 今にも血の涙を流しそうな勢いで項垂れる夢見さんを尻目に見ていると、ボクの横で様子を窺っていた梶路さんが優しい声色で尋ねる。

「あの、よければお譲りしますよ?」

「ホントに!? あ、いえ……それはイケないわ。これは都築君があなたの為に見つけた本。あなたが読むべきよ」

「本当に好きな人に読んでもらった方が、その本も幸せだと思います。良いですよね都築さん」

 ボクの方を向きながら柔らかく微笑む梶路さん。

 こんな顔をされて断れるわけがない。

「もちろん。梶路さんが良いなら」

「……礼を云うわ。あなたに伯爵のご加護があらんことを」

 自らの胸に手を添えて膝を屈める夢見さん。

 その優雅な立ち振る舞いはさすがと云ったところで、不覚にも魅入ってしまったボクは彼女が去った後も放心したように棒立ちになっていた。

「都築さんも、お好きな漫画を探しても良いんですよ?」

「それはまた今度で良いよ。今は探索の方が大事だからね」

「そうですね。では次の場所に向かいましょうか」

その後も辺りを探索してみたけれど、同じような店が並ぶだけでこれといった成果はなかった。もちろん梶路さんとの距離も……いやいや、今は探索中であってデートなんかじゃない。落ち着けボク。

「あ、なんだか良い匂いがしますね」

「ホントだ。この先にはお店があるのかもしれないね。ちょっと休憩してこうか」

「そうですね。歩いてばかりでしたから、少しゆっくりしても良いかもしれません」

 ボクと梶路さんが匂いのする方へと足を伸ばすと、そこには予想通り飲食店が構えられていた。

木製の趣ある扉を開いてみると、店内は西部劇を思わせる内装で、レトロな空間が逆にお洒落な雰囲気を醸し出していた。

「うん、ここならゆっくり出来そうだね」

「ですが、勝手に座っても良いのでしょうか?」

「大丈夫じゃない? お店の人もいなさそうだし」

「お! 誰かと思ったら航と美耶子じゃねぇか」

 カウンターの奥からお店の人、ではなく西尾君が顔を出した。

額にはほんのり汗をかいていて、何か作業をしていたようだ。

「こんにちは西尾さん。そちらはなにかありましたか?」

「あったぞ! この店にな!」

 カウンターの奥を指差して自信満々に云い切る西尾君。

「なんと! この店のキッチンには石窯が置かれてたんだ! 本格石窯焼きのピザが食い放題作り放題ってわけだよ!」

「ぴ、ピザが!? それは凄いよ西尾君!」

「だろ? レストランのオーブンでも焼けなくはねぇが、やっぱ本格的に焼いた方が美味いからな!」

「あの、都築さん。ピザというのはなんですか?」

「ああごめんね。ピザって云うのは……あれ? なんて説明すれば良いんだろう」

「薄くした生地の上に野菜や肉、チーズなんかを乗せてじっくり焼いた食いもんだな。イタリア発祥だけあってトマトソースが主流だぞ。今焼いているのはクリームソースだけどな」

「それは美味しそうですね。皆さんと一緒にいただけたら楽しそうです」

「お、良いアイディアだなそれ! そろそろ探索も済む頃だろうし、報告と昼飯を兼ねてピザパーティでもするか!」

「良いね! ボクみんなを呼んでくるよ」

「でしたらわたしも」

「梶路さんはここで休んでて。西尾君、梶路さんにお冷を出してもらえる?」

「OKだぜ!」

「なんだかすみません。お気を遣わせてしまって」

「気にしないで」

 レトロな飲食店を出たボクは、さっそくみんなを探すべく4階を走り回った。

 西尾君の云うようにみんな探索を終えていて、遊木君が深海さんと紫中君と一緒にいたり、ハミちゃん軍団のコスプレ大会に加わっていた玉村さんが胸の大きさをはなっちーに弄られたりしていたおかげで、みんなが店に集まるのにそこまで時間がかかる事はなかった。

「ズゥワッ! ズゥワッ!」

「は、はなっちーさん、やっぱりその……うで」

「なんか云ったなっちー?」

「なななななんでもないです!」

「程良く効いたガーリックが堪らないわ……ン、なんだか火照ってきちゃった」

「火照るのも良いけど、ちゃんとピーマンも食べようね縛ちゃん」

「……深海さんは悪魔の遣いだわ」

「おい紫中! 寝起きでピザはキツイだろ? テメェの分も俺様が食ってやるよ!」

「もう目は覚めているから心配ご無用……まぐまぐ」

「チッ! なら玉村テメェの分をよこせ! もう充分胸に栄養が行ってるだろ!?」

「や、やだよぉ……っていうかそれセクシャルなハラ――」

「それ飽きた」

「舞也くんヒドイ!?」

 半べそな玉村さんを尻目にとろけるチーズを堪能する紫中君。

 元々賑やかだけど、今日は一段と賑やかな気がするな。やっぱ石窯で焼いた本格ピザの力は半端ない。あ、もう一枚食べよ。

「はふ、あつあつですけど、とっても美味しいです」

「それは良かった」

「なんで都築君が作ったみたいになってるのよ」

「そんなつもりないよハミちゃん!」

「カッカッカ! 喜んで食ってくれんならオレはどっちでも良いさ!」

「これはコー○が欲しなるなぁ」

「○ーラはないがチェ○オならあったぞ?」

「ホンマか!? 懐かしぃなぁ。放課後に寄った駄菓子屋を思い出すで」

 ピザにチェリ○って凄い組み合わせだな。口の中が凄い事になりそうだ。

 あれ? そういえば誰か忘れている気がする……まあ気のせいだな。

 

 

「それじゃあ報告会だけど……都築君! 美耶子ちゃん! どうだった!?」

 夜空に浮かぶ星々のように瞳を輝かせながらボクと梶路さんを見つめる深海さん。

 わざわざ気を遣ってくれた彼女の為にも、さっそく成果を報告するとしよう。

「ブティックと宝石屋がたくさんあったよ。後は大きめな本屋があったくらいかな」

「コスメショップもありましたね」

「それだけ?」

「それだけ」

「……」

 君は何をしていたと云わんばかりの視線を向けられたって、何も進展してないのだから仕方が無い。ボクだって少し後悔しているんだ。

「アタイ達はその洋服屋さんで着せ替えごっこをしてたなっちー!」

「着せ替えごっこって云い方は気になるけど、まあそんなところね」

「あの、生田さんは――」

「あいつはいいのよ」

「あ、はい……」

 ハミちゃんに窘められ上げた手を下げる指原さん。

 極まりが悪そうにする彼女を少し可哀そうに思っていると、今度は玉村さんが元気よく手を上げた。

「はい! ぼくは左側の通路から行ったんだけど映画館があったよ!」

「映画館?」

「うん! 中はそんなに広くなかったけど、本物の映画館みたいだった!」

「ミニシアターっちゅう奴やな」

「あれだろ? 昼間っからエロい洋画が観れんだよな! 何度か行った事あるぜ!」

「エロッ!?」

 顔を真っ赤にした玉村さんが我先にと反応する。

 っていうか高校生は見られないだろってツッコミはした方がいいのかな。

「だ、大丈夫だよ。私も紫中君と一緒に覗いてみたけど、そういうのはラインナップにはなかったから」

「うん。恋愛物が一本、パニック物が一本、後は特撮物が一本だったかな」

「アニメーションが無いのは痛いなっちな」

「アクション映画も欲しいな」

「みんなの好みはまた今度聞くとして、他にはないかな?」

「後はここを含めて、飯屋がいくつかあるくらいか?」

「せやな、割と充実しとって和洋中なんでもござれって感じやったわ」

 映画館、飲食店、洋服屋、宝石屋、本屋、コスメショップ……大体こんな所か。結構充実してるな。

「こうしてみると、私達が行ったの左通路はフードエリアって感じかな? どう思う紫中君」

「そうだね。逆に都築君が梶路さんと行ったのはショッピングエリアってところかな」

「フードエリアにしろショッピングエリアにしろ、金がないんじゃなにも出来ねェけどな」

「金で思い出した! 実はこの店に来る前に、モノクマから変なもんもらったんだよ」

 そう云って西尾君がカウンターの下から取り出したのは、丁度ボク達の人数分用意されたガマ口の財布だった。

「なんだこりゃ?」

「なんでもモノクマメダルってのが入っているらしいぞ。この船の中で使える通貨だかペリカだか……そんな事云ってたな」

「それ胡散臭過ぎやろ」

「ホントに使えるのかなぁ?」

『ご安心ください!』

「げ!? モノクマ」

「や、やだ! こっちこないでよぉ!」

「闇に滅しなさい」

『ちょっと! いきなりそれは酷いんじゃない?』

 散々な云われて抗議をするようにモノクマが両手をブンブン振り回していると、緊張の籠った声で深海さんが尋ねる。

「安心って、どういう事?」

『そのまんまの意味だよ! せっかくこれだけの舞台を用意したのになにも買えないんじゃお年頃の君達じゃいろいろ溜まっちゃうでしょ?』

「ったりめーだろ? こちとら毎晩――」

「それ以上は云わせないよ!?」

 すかさず太刀沼君の口を塞ぐ玉村さん。太刀沼君がなにを云おうとしたかはボクにもわかったけど、流石に反応が速すぎないか?

「そんなの信じられると思うの?」

『信じるか信じないかは君達次第だよ! ああそうそう、映画館の前に面白い物を置いといたからよかったら遊んでみてよ。じゃ~ね~!』

「あ! まだ話は――」

 深海さんが云うより早く、モノクマは自分勝手な御託を並べて早々に姿を眩ました。

 あいつが面白い物なんて、きっと悪趣味な物に決まっている。

「このメダルどうするなっちー?」

「使ってみたら? せっかくもらったんだし」

「そうね。さっき試着した店に気に入った服もあったし」

「替えのパンツ買いに行くなら付き合ってやってもいいぜ! ゲハハ!」 

「服って云ってるでしょ!? あと、絶対にあんただけは連れて行かないから!」

 掴み掛りそうな勢いで太刀沼君を睨むハミちゃん。なんだかんだで仲良いよなこの二人。

 ボクはこれからどうしようかな。少し恐いけど、一度このモノクマメダルを使ってみるのも良いかもしれない。

 そうだ。結局梶路さんとゆっくり探索出来なかったし、もう一度声を掛けてみようかな。

「ねえ梶路さん。よかったら他のお店を回ってみない?」

「すみません。お誘いは嬉しいのですが、わたしは一度客室に戻ろうかと思って」

 フラれてしまった。

 ま、まさかボクが連れまわし過ぎたせいで疲れちゃったとか? いやそんな……でも、だとしたら最悪だ。

「そ、そっか。それじゃあ仕方ないね」

「ホントにすみません」

「謝らなくて良いよ。うん、ゆっくり休んでね!」

「はい。ありがとう? ございます」

 

 

 お昼の会議も終わってみんなと別れた後、ボクは西尾君からもらったチェ○オを片手に一人映画館へと足を運んだ。

 まだどんな施設なのか確認していなかったし、モノクマの云う面白い物というのも少しだけ気になったからであって、別に梶路さんとのデートが失敗してその憂さ晴らしに映画でも見ようとかそんな事は考えてないから!

「このチェリオだってヤケ飲みとかじゃなくて喉が渇いただけだし!」

 誰に聞かせるわけでもない独り言を呟きながら営業している気配のない店を何件も素通りしていると、まるでボクを導くかのように映画館特有の甘い香りが漂ってくる。

「ここだな。あれ? あそこにいるのって……」

 見覚えのある後ろ姿に目を凝らして見ると、派手な外観をした映画館の横で遊木君がなにやらしゃがみこんでいた。

「なにしてるの?」

「んあ? なんや都築か。さっそくモノクマメダルを使ってみたところや」

「これは?」

「あんクマが云う所のおもろいもんや。一見ただのガチャポンに見えはるやろ? でも実はな……」

 遊木君が神妙な面持ちでボクを見る。

 なんだろうこの空気……もしかしてガチャガチャと思わせといて実は凶器的な――

「ただのガチャポンなんやなこれが」

 ボクはプロ野球選手ばりのスライディングでずっこけた。

「クク、相変わらずええコケ方やな。とはいえ、入っている景品はなかなか興味深いで。ほれ、これは今ゲットした奴なんやけどな」

 ここぞとばかりに見せびらかしたそれは、レトロな雰囲気の小型のラジオだった。

「昭和ラジオ云うねん。伝統的な日本文化を守っとるわいにピッタリな景品やろ?」

「そうだね。それにしてもこのカプセル、どういう仕組みになっているんだろう」

「さあなあ。せっかくやから都築もやってみたらどうや? 意外なもんが当たるかもしれんで」

「それじゃあやってみようかな。ここにメダルを入れればいいの?」

「せや」

 小振りなガマ口財布から取り出したメダルを投入口に入れてレバーを回す。

 子供の時のドキドキを思い出しながら出てきたカプセルを開けると、そこから飛び出してきたのは美しく透き通った――

 

『 ミネラルウォーター 』

 

「……は?」

「あっはっはっはっは! ほんま最高やわ都築! ここで水引くとかある意味強運やで自分! ぶわあっはっはっはっはっは!」

 右手にチェリオ、左手にミネラルウォーター。

 こんな装備じゃ金属バッドのフルスイングレベルのたいあたりをしてくるあいつにすら勝てないよ。

「は~あ、久々に笑たわ。なあ都築、礼ってわけやないけど、その水とわいのラジオ、交換してもええで」

「え? それは悪いよ。お気に入りのアイテムなんでしょ?」

「かまへんかまへん。こんな環境で爆笑させてもろた礼や」

「それじゃあ……お言葉に甘えて」

「ほい確かに。さてと、わいはこれから本屋に行くつもりなんやけど、都築はどないする?」

「ボクは映画館の中を見てみるよ。どんな感じか気になるしね」

「そうか。ならまた後でな」

 遊木君を見送った後、ボクは交換してもらったばかりの昭和ラジオを小腋に抱えて映画館の少し重い扉を開く。

 中はそこまで広くはないものの、そこにいるだけでワクワクさせるBGMや独特の照明。受付の横にあるパンフレット等のグッズ売り場はボクの記憶にある映画館そのものだった。

「すごい……ホントに映画館だ」

『やあ! よく来たね!』

「モノクマ! お前こんなところでなにしてんだよ?」

『見ての通り受付だよ! 人件費削減の為に全部ボクがやっているんだ! 酷いと思わない? 労働基準法に訴えても勝てると思わない?』

 そんなの知った事か。ワンオペで勝手に倒れてくれるというなら毎日通ってやるのに。

『で、どの映画を観る? ボクとしてはこのパニック映画なんてオススメなんだけど』

「お前の好みなんて誰も訊いてない」

『もう、カリカリしちゃって嫌な客だな都築君は! はい、これが今日のラインナップだよ』

 

 ・世界の中心で性癖を晒す

 ・巨大アメンボの逆襲

 ・劇場版プラチナマスク 閻魔谷の決戦

 

「ツッコミ所が多すぎる!?」

『うぷぷ! どれも面白い作品ばかりだよ!』

 ニヤニヤとボクの顔を覗くモノクマがウザい。

 この中から一つ選べだって? どれも地雷臭しかしないB級映画じゃないか! 正直今すぐ回れ右をして帰りたい。

『映画のお供にポップコーンはいかが? 定番の塩味にお約束のキャラメル味。チーズ味やカレー味もあるよ! もちろんハーフ&ハーフもOK!』

 こ、ここでそれは反則だ! カレー味のポップコーンなんて魅力的な物を出すなんて、やっぱりこいつは底意地が悪い!

『ちなみに、ここのポップコーンはテイクアウト出来ないからね? ルールは守ってよ』

 ……これもカレー味のポップコーンの為か。仕方ない! ここは適当な作品を一つ選んでさっさとポップコーンを楽しむとしよう!

 そうと決まれば観る作品だけど……モノクマのオススメは絶対にありえないからパニック映画は無し。男子高校生が一人で恋愛映画を観るなんてさらにありえないから無し。そうなると、あと残るのは特撮映画か。

「決めた。このプラチナマスクを観る事にするよ。ポップコーンはカレー味のLで」

『はいは~い! 高校生一枚にポップコーンのLが一つだね! 二つ合わせてモノクマメダル五枚だよ!』

 ボクはモノクマに云われた枚数のメダルを渡してポップコーンとチケットを購入する。スパイスの香りが食欲をそそる。

『まいど~♪ 特撮は三番の扉だからね。席はご自由にどうぞ』

 こっちに手を振るモノクマもお構いなしにボクは③と書かれた扉を開く。わかってはいたけどお客さんは一人もいなかった。

「嬉しくない貸し切りだな……っと、この辺が良いかな」

 適当な席に腰を降ろすとさっそくカレー味のポップコーンを堪能する。

 スパイシーな風味がとても素晴らしい。周りに人がいない分臭いを気にする必要もないし、これは思った以上に快適だな。

 一時の幸せを噛み締めていると館内はゆっくり暗くなり、大きなモニターには大げさなBGMと共に真っ赤なタイトルが堂々と現れる。

 

 

 

 劇場版プラチナマスク 閻魔谷の決戦

 

『またお前の仕業か! 怪人プラーミャ!』

 

『ふっ、やはり来たなプラチナマスク』

 

 この敵の名前、確か夢見さんが云っていた連続殺人犯の名前じゃないか? まさかこんなところで聞く事になるとは思わなかった。

 

『一つ問う。プラチナマスクよ、貴様の信じる正義とはなんだ』

 

『知れたこと。俺の信じる正義とは、お前のような人に仇なす悪を倒す事それだけだ!』

 

『人に仇なす、か。果たして、貴様の正義は本当に正しい物なのか?』

 

『どういう事だ!』

 

『貴様が人を守ったとして、その守った人の中には悪がいないと云えるのか?』

 

『もっとわかり易く云え! そんな難しい話、こんな映画を観ている子供達がわかるわけがないだろう!』

 

 メタネタかよ……。

 

『貴様が守った人間が別の人間を虐げる事をどう思う?』

 

『そ、そんな人がこの世界に――』

 

『いないと云い切れるのか?』

 

『くっ! だからと云って人を焼き殺して良い理由にはならん! 頭部だけ焼いて遺体を捨てるなんて尚更だ! それがどんな卑劣な人だとしてもだ!』

 

『フハハハ! だから我は悪になったのだよプラチナマスク! 悪を裁けるのは悪だけだ。たとえ人殺しと罵られようと、我は悪を葬り続ける!』

 

 あれは夢見さんがしていた恥ずかしいポーズ……プラーミャが決めると絵になるな。

 その後の展開と云えば、プラチナマスクとプラーミャとの決闘が繰り広げられるも決着が着く事は無かった。

 プラーミャは火の粉と共に闇に消え、プラチナマスクはママチャリを漕ぎながら一筋の涙を流す、そんなエンディングだった。

「真実の正義か……特撮だと思って馬鹿にしていたけどとんでもない。こんなに考えさせられる映画とは思わなかったな。戦闘シーンもCGが使われていないのに迫力があって、ワイヤーでプラチナマスクの首が締められた時は不覚にもドキドキしてしまったな。うん、なかなか面白かった」

 いつの間にか空になっていたポップコーンとチェ○オの容器ゴミ箱に捨てると、ボクは映画の余韻を残したまま映画館を後にした。

 

 

「なんだこれは?」

「見ての通りピザだぞ!」

「馬鹿かキサマは? それくらい見ればわかる。俺が聞きたいのはどうしてキサマの焼いたピザを俺の目の前に置いているんだという事だ」

「厘駕は部屋に籠ってて昼のピザパーティには来なかっただろ?」

「余計な世話だ。さっさとその汚物を下げろ酵母菌が」

「仲間外れにされたのがそんなに寂しかったのか。すまなかったな厘駕……詫びってわけじゃねぇが、好きなだけ食っていいからな! おかわりもいっぱい焼くぞ!」

「ハァ、言葉もまともに通じない様だな。気色悪いから勝手に仲間扱いするな酵母菌が。そもそもY染色体の作った物なぞ誰が口に――」

「せっかく西尾君が作ってくれたんだから食べなきゃダメだよ生田君。あと、そういう事も云っちゃダメ」

「麗しき人魚姫がそう仰られるならこの生田厘駕、誠心誠意食させていただきます!」

「カッカッカ! 男らしい良い食いっぷりだな厘駕!」

「だまへ。はへはへしくなまへでよふなほーほひんが(黙れ。慣れ慣れしく名前で呼ぶな酵母菌が)」

「おお美味いか! そりゃあ良かった!」

 ……なんだこれ。

 窓から差し込む夕日をバックにピザを貪る生田君とそれを見守る西尾君と深海さんというシュールな光景にツッコミを入れながら夕食の焼き魚を口に入れていると、ボクの右隣に座る梶路さんが慈愛に満ちた笑みをこぼす。

「ふふ。賑やかですね」

「楽しい? 梶路さん」

「はいとっても。目に見えなくても、皆さんの賑やかな声を聞くだけでとても安心します。そもそも賑やかな夕食自体経験がなかったので」

「……そっか」

「あ、すみません。なんだか暗い話をしてしまいましたね。せっかく楽しい夕食なのに」

「そんな事ないよ。ボクは楽しいよ?」

「……ありがとうございます」

「な、なんだかお二人、良い雰囲気ですね」

「なんかムカつくわね」

「爆発させるなっち姉御?」

 聞こえているぞハミちゃん軍団。

 うぅ、なんだかボクまで恥ずかしくなってきた。あまり梶路さんに迷惑をかけるわけには……

「どうかしましたか?」

 上品に漬物を食しながら首を傾げる梶路さん。

 この様子なら気にしていない、というか聞こえてなかったのだろう。

「なんでもないよ」

 ボクも同じように夕食の漬物を口に入れて少しだけしょっぱい幸せを噛み締めていると、いつの間にか味噌汁のおかわりを紫中君に渡していた西尾君が大きく声を張った。

「よしお前ら! 他に石窯で食いたいもんあるか!」

「それディナー中に聞く事? あと突然すぎてわけがわからないわ」

「まあそう云うなってハミ子。せっかく立派な石窯が見つかってオレは興奮してんだ! もっといろんな料理も作りたくて堪らねぇんだよ!」

「別に、ここのレストランだけでも十分なんじゃない? もちろんお昼に食べたピザは格別だったけど」

「だろ? 電子オーブンと石窯じゃ違うんだって! もちろん道具が全てとは云わねぇけど」

「って云われはってもなぁ」

「石窯で何が出来るか、知らない」

 困ったように首を傾げる遊木君と紫中君。

 食べたい物か……そういえば昔、夏休中にふらっと立ち寄ったキャンプ場で食べた焼きリンゴが凄く美味しかったなぁ。あれって、確か石窯を使っていた気がする。

「西尾君、焼きリンゴって作れる?」

「もちろん出来るぜ! そんな難しくねぇし今からでも出来るぞ!」

「さすがに、今はいらないかな」

 食後のデザートに焼きリンゴは少し重い。

「焼きリンゴ美味しそう! それじゃあそれじゃあ……あ、プリン! ぼくプリン食べたい!」

「晴香はプリンだな!」

「アタイはホットパイが食べたいなっちー! 某カーネルさん家でよく食べたなっちー!」

「え? その格好で?」

「何かおかしいなっち指原さん? あ! もちろん変装して行ったなっちよ! アタイ有名人なの自覚しているから、その辺はしっかりしているなっちー!」

「え? 変装? え? え?」

「やめときなさい。それ以上は頭がパンクするだけよ」

「は、はい」

「他に何かあるか?」

「う~ん、フルーツピザとか?」

「ポトフ」

『ボクはドラ焼きが良いなぁ~♪』

「おう任せとけ!」

「ドラ焼きって石窯で焼けるの?」

「じゃなくてなんでテメェがいんだよヌイグルミ!?」

『ほえほえ?』

 ウザい上に可愛くもない!

 いい加減、突然現れるのはやめてもらえないかな。

「何しに来たの?」

『別に~? なんだか楽しそうな声が聞こえたからやってきたんだ! で、なになに? なんの話~?』

「あんたはんには教えへん」

「そ、そうだよ! カンケーないし!」

『イケずだな~。まあ良いよ。あとで聞けば良いだけだしね!』

「……意味深な発言ね」

『うぷぷ! 君達の中にはボクの送り込んだ内通者がいるからね! カメラに映らない事だってちゃ~んとわかってるんだよ! あ、これ云っちゃってよかったのかな?』

 内通者? それってつまり……ボク達の中に裏切り者がいるって事か? そんな、そんな事って……。

「ちょっと! 内通者って誰の事よ!」

『教えるわけないじゃん! バッカじゃないの?』

「こ、こいつ……ッ!」

「落ち着くなっち姉御!」

「そ、そそそそそそうでしゅよぉ! モノクマしゃんにしゃかりゃっちゃりゃにゃにをされりゅか!」

「噛み過ぎだよ雅ちゃん!」

『うぷぷ! 愉快痛快面白いなぁ! 良い気分だから特別にモノクマメダルをプレゼントふぉ~ゆ~♪』

 モノクマは突然宝箱を取り出すと、義賊のようにモノクマメダルをばら撒きながらレストランから出て行った。

「もう! なんなのよあいつは!」

「ね、ねぇ……内通者って誰なの?」

 床に散らばったメダルには、不安を拭えないみんなの顔が映る。

「……そんなの一人しかいねぇだろうが」

「だ、誰なっち!?」

「それはぁ……テメェだよ着ぐるみィィィィィッ!」

 そう叫ぶと同時に太刀沼君はハミちゃんと指原さんを押し退けると、引き千切る勢いではなっちーの体に抱き付いた。

「やめるなっち! こんな事して、花粉を全身の毛穴にぶち込むなっちよ!?」

「やれるもんならやってみろ! だがその瞬間、テメェが内通者だって事を自分で白状する事になるがなぁッ!」

「ひ、卑怯なっちー! みんなも見てないで太刀沼君を止めてなっちー! アタイは内通者なんかじゃないなっちよぉ~!」

 抵抗しながら必死にボク達の目を見て訴えるはなっちー。

 子供の頃、保健所に連れて行かれる捨て犬をたまたま目撃してしまった時と同じような罪悪感を感じ戸惑っていると、ただ一人、一番臆病なはずの彼女だけが飛び出して太刀沼君の体にしがみついていた。

「や、やめてください!」

「指原さん!?」

「どけよ指原。テメェもぶっ飛ばすぞ」

「ど、どどどきません! はなっちーさんは内通者なんかじゃありません!」

「なんでそんな事がわかんだよ! 証拠でもあんのか! ああ゛!?」

「しょ、証拠は……ない、です。けど!」

「なら……引っ込んでろッ!」

「太刀沼それはあかん!」

「あのバカ……!」

 指原さんに手を上げようとする太刀沼君をハミちゃんが咄嗟に止めようとした瞬間、玉村さんの悲鳴と共に派手に吹き飛ばされたのは太刀沼君の方だった。

「ッ痛ぇなぁ! なにしやがんだ生田ァッ!」

「それはこっちの台詞だクラミジア。キサマ、今ウェヌスに何をしようとした?」

「は? ひっついてきて鬱陶しいから払い退けようとしただけだぜ? っていうかテメェよくも俺様を突き飛ばしやがったなゴラァッ!」

「反省の色は皆無か。まあ始めから期待などしていなかったが……ふん、ゴミは燃やすしかないな」

「おい。ゴミってのは俺様の事を云ってんのか?」

「他に誰がいる? いや、他にもいたか……」

 どうしてボクの方を見るんだよ……じゃなくてまたこの二人か!? 水と油も良い所だよ!

 火の点いた導火線を前にしたかのようにボクが右往左往していると、こんな時でもマイペースに味噌汁を飲んでいた紫中君が箸を置くと同時に発言する。

「ふぅ、はなっちがー内通者かどうかは置いといて、このまま揉め続けるとモノクマの思い通りになっちゃうよ?」

「どういう意味だよ。下手な事云ったらテメェもぶっ飛ばすぞ紫中!」

「このタイミングで内通者の事を明かすのって、おかしいよね? どう考えても僕達が争う姿を見て楽しもうとする、モノクマの罠にしか思えないんだけど……どうかな?」

 同意を求めるように、一人一人に眠そうな目を配る紫中君。

 みんなが困ったように顔を見比べる中、最初に空気を呼んで発言したのは今まで一度も発言をしなかった梶路さんだった。

「そうですね。まだ動機も発表されていないのに、ここで内通者さんの事を明かすのは、モノクマさんにとって無益でしかありません。紫中さんの意見に賛成です」

「フフフ、見え見えのトラップね。ワタシは最初から気付いていたけれど」

「なら、どうして早く云わなかったの?」

「……ワタシとした事が悪魔に魂を操られていた様ね。昨晩に闇の使者から受けた激しい接吻がこんな呪いを秘めていただなんて。これも伯爵の――」

「で、どうして云わなかったの?」

「……非礼を詫びるわ」

 あくまでもクールを装いながら深海さんに謝罪をする夢見さん。

 髪を靡かせる手が微妙に震えているようにも見えたのは多分気のせいだろう。

「テメェの云い分はわかったよ。でもこの着ぐるみが怪しい事に代わりはねぇだろ?」

「そうだね。でもそれは他の人にも云える事じゃないかな? 僕達はまだ、知り合って一週間も経っていないんだから」

 なんだろう? 云っている事は正しいのに妙に刺のある云い方をするな。

「ふん、今回は宵闇の巫女に免じて特別に許してやろう。だが、次に女神に手を出した時は覚悟しておけよクラミジア」

「はん! 上等だよ」

 ホントに懲りないなこの二人……。

「話は済んだか? じゃあ飯の続きにしようぜ!」

「いや、そんな状況やないやろ? あんたはん何を見てはったんや?」

「ケンカだろ? 飯時のケンカは良くねェが、男同士、時には拳で語り合うのも大事なんだよ! カッカッカ!」

「もうツッコミ入れるもかったるいわ」

「大丈夫なっちー? 指原さん」

「は、はひ……ありがとうございます」

「お礼を云うのはアタイなっちよ。庇ってくれて嬉しかったなっちー」

「そ、そんな……私、なんの役にも立てなくて……やっぱりダメですよね。私みたいな非力なブスは何をしても上手く出来な――」

「それ以上云ったら姉御に怒られるなっちよ。ねぇ姉御! ……あれ? 姉御はどこ行ったなっちー?」

「ハミちゃんなら、さっき部屋に戻るって云って出て行ったよ?」

「……そうなっちか。ありがとうなっちー」

 寂しそうな声で玉村さんにお礼を云うと、はなっちーは腰の抜けた指原さんを支えながら立ちあがった。

「……内通者」

「ん? なにか云った梶路さん?」

「あ、なんでもないです。すみません」

「?」

 梶路さんは申し訳なさそうに微笑むと、それ以上は何も云わず座ったまま俯いてしまった。

 それにしても内通者か……本当にこの中にいるのか?

 その後、一抹の不安を抱えたまま食べた夕飯はあまりにも不味く、ボクは途中で残してしまった事を西尾君に謝りながら自分の客室へと戻る事にした。

 

 


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