ダンガンロンパミラージュ~絶望の航海~   作:tonito

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・・諸注意・・

 
この作品は、現在発売されておりますPSP及びPS vita用ゲーム、ダンガンロンパシリーズの非公式二次創作となっております。二次創作が苦手な方、また理解の無い方の閲覧は御遠慮ください。

『ダンガンロンパ』『スーパーダンガンロンパ2』等シリーズのネタバレが含まれております。

 モノクマを除き登場するキャラはオリジナルキャラとなっておりますが、他の作品と肩書き等が被ってしまっている可能性があります。人によっては気分を害してしまう恐れがありますが予めご了承ください。

 流血や殺人等、グロテスクな描写を含みます。苦手な方はご注意ください。



チャプター2 (非)日常編 ④

「都築くーん。起きてるー?」

 この声は……紫中君か? てことはこれは夢だな。だって紫中君が僕より先に起きてるわけないもん。

「朝だよー。起きzzz」

「寝んなや!」

 このキレのあるツッコミは遊木君? なんで遊木君まで夢に出てくるんだ……?

「おっと……夢じゃないよー。都築君が最後だよー」

 最後って……どういう?

「なあ、これ扉壊しても良いんじゃね?」

「ダメだよ。モノクマがやってきたらどうするの?」

「フフフ。これだけいるとさすがに窮屈ね」

「まったく、みんなスペース取り過ぎなっちー!」

「カッカッカ! その図体で云われるとは思わなかったなぁ!」

「少し熱いですね。ここは細菌共に任せて、女神達は俺と共にレストランへ行きませんか? 美味しい朝食を御用意致しますよ」

 なんだか賑やかだ。

 まさか、この扉の外にはみんながいるって云うのか? という事は梶路さんも?

「まだ寝ているのかな? 仕方ない。最終兵器を出そうかな。梶路さん、ちょっと良い?」

「なんでしょうか?」

 急に静かになったぞ。紫中君は梶路さんに何を。

「……今のを云えばいいんですか?」

「うん。お願い出来るかな」

「構いませんよ」

 無言の間にボクの嫌な予感が汗となって垂れてくると、次の瞬間、垂れるどころか全身の毛穴がぶち開かれる。

「航お兄ちゃん、起きて。朝だよ~」

「ヴフゥッ!!??」

 しし紫中君なんて事を吹き込んでくれるんだ!?

「起きないと、小キック? えっと……美耶子のモーニングコールで~す?」

「ちょちょちょちょっと待ったあああああああああああああああああああ!!!!」

 羞恥心に耐えきれずに客室から飛び出すと、そこには予想通りみんなが揃っていた。笑いを堪えるのに必死なようで、顔を真っ赤にしながら口を抑えている。

「あ、おはようございます都築さん」

「おはよう梶路さん。それより紫中君ちょっと話があるんだけど」

「どんな話? 難しい話だと、眠くなるんだよねぇ」

 なんだとこのやろう! いざとなれば一番頭の回転が速いくせに!

「クスクス……まあまあ都築君。気持ちはわかるけど落ち着いて。美耶子ちゃんの前だよ?」

 涙を指で掬いながらボクを宥める深海さん。

 そうだった。梶路さんのいる前でこれ以上醜態を晒すわけにはいかない。我慢、我慢。

「偉い、偉い。まあ、これから一緒にレストランに行けばその怒りも収まると思うよ?」

「どういう意味?」

「来ればわかるよ」

 

 

 深海さんに云われるままレストランに来たボクは、彼女の云う通りあっさりと紫中君に対する怒りを忘れる事になる。

 その理由はこの状況を見れば納得いただけるだろう。

 今レストランには、ボク、紫中君、遊木君、太刀沼君、生田君そしていつもなら厨房の主となっている西尾君がそれぞれ好きな席に着いていた。

 あの西尾君がここにいる時点でお気づきであろう。

 そう、今あそこの厨房には梶路さん達女子グループが、ボク達の為に朝ご飯を作ってくれているんだ!

 男子高校生として歳の近い女子の手料理ってだけでも嬉しいのに、梶路さんの手料理を食べる事が出来るだなんて、これ以上の幸せがあると思うかい? いやないね!

「う~む」

「西尾君。女子に厨房を貸したことまだ気にしているの?」

「まあな。あまり細かい事は云いたくねぇけど、やっぱり調理に関わる身としちゃあ厨房は戦場でありオアシスだからな。この気持ち、お前ならわかるだろう舞也?」

「確かに、小道具を勝手に触られたりしたら気になっちゃうかな。置いてある場所が変わるだけで、進行に関わる事もあるし」

「だろう?」

 職人肌の二人がなにやら意気投合している。

 それにしても、あの西尾君がここまで気にするなんて思わなかった。やっぱりパン職人としての拘りみたいなものがあるのかな。

 今にも泣きそうな腹の虫をお冷で慰めていると、厨房から賑やかな声と共にたくさんの料理が運ばれてきた。

「みんなお待たせ!」

「フフフ、物欲しそうな目をした子羊達がいっぱいね」

「キャッハー! たんと召し上がるが良いなっちー!」

「おお! 待ってたぜ!」

「さすがは女神。どのお料理も美味しそうですね」

 本当にどれも美味しそうだ。朝からこんなに豪勢な料理を食べて良いのかな?

 それよりどれが梶路さんの作った料理なんだ? イメージとしては和食だけど、そうなるとこの焼き魚かな? それともあっちの巻き寿司……ん? なんだろう。たくさんのおにぎりの中であからさまに形の悪いものが……もしかして。

「そのおにぎりはぼくと美耶子ちゃんとで作ったんだよ! ぼくおにぎりしか作れなくて……あ、それは美耶子ちゃんが握ったやつだよ!」

 やっぱりな。

 どうりであのおにぎりからは神秘的なオーラが見えるわけだ。ありがたやありがたや。

「これだけのおにぎりを作るのはなかなか大変だったんだよ? ほら、そこのおにぎりはぼくが握ったんだけどすごく――」

 さっきから玉村さんが何か云っているけどきっと大した事じゃないだろう。よし、さっそく梶路さんの握ってくれたおにぎりを……いただきます!

 ボクは手にした形の悪いおにぎりを一口食べ……美味い! 悪魔的に美味い……! こんなに美味しいおにぎり初めて食べた! ああ……梶路さんの想いがお米一粒一粒に籠っているのを感じる。きっと、あの小さな手で、熱いのを我慢しながら一生懸命握ったんだろうな。他人の握ったおにぎりを食べられない人も多いらしいけどこのおにぎりを食べればそんな考えは馬鹿らしく思えるに違いない。

「……でね? お米が熱くて美耶子ちゃんが大変そうだったから、ラップを手に乗せて握ると良いよって教えてあげたんだ!」

 今なにか、聞きたくない事実が聞こえた気がするけどまあ良いか。梶路さんが握ったおにぎりに違いな――

「ぐへああああああ!!」

「ど、どうしたの太刀沼君!?」

「ゲッホ、ゲッホ……おい垣子! テメェもっと美味いもん作れよな!? こんなもん人間様が食うようなもんじゃねぇぞ!」

「それはあたしが作った奴じゃないわよ! あと垣子って云うな!」

「そ、そうなんです。あ、姉御さんは、予想外にもお料理がお上手で……ああ! もちろん私なんて足元にも及ばない程で!」

「絶対お鍋を爆発させると思っていたからちょっとだけ期待外れだったなっちよ」

「あ、あんた達ねぇ」

「じゃあ、このハンバーグは誰が作ったんだよ?」

「わ、私かな……?」

 気まずそうに手をあげる深海さん。いつもの明るい雰囲気はどこにもなく、その表情はどこか暗かった。

「ちなみにそれ、ハンバーグじゃなくてロールキャベツなんだけど……」

 さすがに気になったボクは、おにぎりを食べながら尻目に深海さんが作ったと云うロールキャベツを探してみる。

 どこにあるんだろう……太刀沼君の手前にあるお皿にはハンバーグと云えなくもない肉の塊が置いてあるけど、さすがにこれの事じゃないよな?

「おい紅葉、キャベツはどうした?」

「……どこだろうね」

 見るに見かねた西尾君が聞き覚えのあるフレーズを口にしながらロールキャベツらしき肉の塊を一口食べる。

 深海さんはどんな事を云われても良いかのように、目を泳がしなら強く口を閉じていた。

「……煮込み過ぎだな。肉の味も野菜の味も全部蒸発して吹っ飛んじまっている。その割に調味料の味だけが無駄に残っちまっているから、パサパサで出来の悪い塩を舐めているような味になっちまってるんだ。ちゃんと鍋は見てたか?」

「……煮込んでいるうちに他の事もやっておこうと思って」

「見てなかったんだな。しかも味見もしてない、と」

「ごめんね。食材を無駄にしちゃったよね」

「反省してるならいいさ。失敗は成功の……姉ちゃんだっけ? 次ちゃんと作りゃあ良い」

「うん。ありがとう。よかったらちゃんとした作り方を聞いても良いかな?」

「もち。まず肉の下味だが……」

 同じ失敗をしたくないのか、パーカーのポケットからペンを取り出して逐一西尾君の云う事をメモする深海さん。

 ボクが彼女の真面目さに感心していると、さっきまで夢見さんと談笑していた梶路さんが不安そうな顔でボクの様子を窺っていた。マズイ、まったく気が付かなかった。

「あの、都築さん。わたしの作ったおにぎりはどうでしょうか?」

「え? すごく美味しいよ。こんなに美味しいおにぎり初めて食べたよ!」

「そうですか。良かったです」

 心底安心したかのように胸を撫で下ろす梶路さん。

 深海さんの料理の反応を見て、自分の作った物がちゃんと出来ているのか心配になったのかもしれない。

「わたし、お料理なんて初めてで……でも、誰かに美味しいって云われるの、すごくうれしいです。こんな気持ち始めて……ありがとうございます」

 そんな表情は反則だよ……こちらこそありがとうだよ。

「むぅ~」

「どうしたの玉村さん? そんなに頬を膨らませて」

「知らないよ! 航くんのおバカ!」

「ぎゃ」

 

 

 皿洗いだけはやらせてくれと懇願する西尾君を待つ間、みんなは食後のお茶を啜りながらこの後の活動について話し合っていた。

 ボクはというと、玉村さんにおにぎりだけでなく朝食そのものを没収させられてしまい、もっと消化させろと泣き喚く胃をさすっていた。

「お腹も膨れたことだし、みんな何かやりたい事はある?」

「わいは部屋に戻りたいんそやけど」

「それはダメだよ」

「そうやろうな。ダメ元で聞いただけや」

「今日一日はみんなで過ごす、だもんね」

 拳を握りながら真剣な表情で呟く玉村さん。

 皆と同じ時間を過ごすのは良いけれど、いざなにをするかと考えるとなにも浮かばない。

「ふあ~、僕としてはみんなで昼寝とかしたいところだけど、それはさすがにマズイからね」

「なんでだよ? 寝込みを襲うチャンスじゃねぇか?」

「だからでしょ」

「バカなっち? こいつバカなっち?」

「や、やめましょうよ~」

「聞こえてんぞコラ!」

「まあまあ。それで、何かないかな?」

 改めて紫中君が尋ねるも、誰からも具体案は出なかった。

 豪華客船のクセに娯楽施設がほとんどないからなぁ。いや、他の階に行けばあるのかもしれないけど、それはつまりそういう事だから……考えないようにしよう。

「やりたい事ってわけじゃないんだけどさ」

「何かな玉村さん」

「ぼく、お風呂入りたい」

「わかる。久しぶりに朝ご飯なんて作ったからちょっと汗かいちゃったもんね」

「大してなにもしてない奴に限ってそういうこと云うんだよな! ゲハハハ!」

「……太刀沼君。後で二人きりで話したいんだけど」

「なんだ、愛の告白か深海ィ? 参ったなこりゃあゲハハハ!」

 あ、これはダメだな。太刀沼君、君と過ごした時間は明日の朝までは忘れないでおくね。

 それにしてもお風呂か。ボクも入りたいな。朝は紫中君のおかげで冷や汗をかく事になったし。

「お風呂も良いけど、アタイは映画も観たいなっちー! アメンボさんの逆襲とかいうのが気になるなっちー!」

「ほ、他に、どんな作品がありましたっけ?」

「確か特撮と、パニックものと、恋愛ものだったかな?」

「あんまり面白そうなもんがねぇな。俺様としちゃあもっとスカッ! とするようなアクション映画が観てーんだけど」

「正直微妙よねぇ」

 肩を竦めながら溜息交じりに呟くハミちゃん。

 君はなにもわかっていない。あの映画を観ればきっとその認識は変わるよ。

「なら、お風呂で汗を流してから映画って事で良い?」

「待てミトコンドリア。宵闇の巫女はお目が見えないのだぞ? それなのに映画とはどういう事だ!」

「あ、そういえばそうだったね。ごめんね梶路さん」

「いえ、気にしないでください。それにわたしは構いませんよ。音だけでも充分に楽しめますから」

 逆に紫中君を気遣うように優しい言葉をかける梶路さんは本当に天使だと思う。

 それにしてもいくら映画に気を取られていたとはいえ、よりにもよって生田君に指摘されるまで気がつかないなんて……ああ! タイムマシンがあったら今すぐ戻りたい!

「生田さんも、ありがとうございます」

「勿体なきお言葉」

 ぐぬぬ……。

「それじゃあ、西尾君の皿洗いが終わったら皆で大浴場だね」

「アルカリさんせ~! なっち~!」

「シャンプーやトリートメントって向こうにあったっけ?」

「さすがにあるでしょ?」

 みんながガヤガヤと賑わいながら西尾君を待つ中、つまらなさそうに溜息を吐く人物が一人。

「どうしたの遊木君。具合でも悪いとか?」

「別にそないなことない。気のせいやろ」

「そう? なら良いんだけど」

「てか、人の心配の前に自分の心配をした方がええんやないか?」

「それはどういう」

「よお、待たせたな!」

 遊木君に発言の意味を尋ねようとした時、やりきったかのように大きく肩を回しながら西尾君が厨房から戻ってきた。

「これから何をするかは決まったか? オレはお前らの決めた事に従うぜ」

「みんなでお風呂に行く事になったよ!」

「風呂か! そりゃあ良いな!」

 キッチン周りの仕事をしたせいか、妙に顔色の良い西尾君が玉村さんと一緒にはしゃいでいる。あそこまで盛り上がれるのは羨ましいな。

「あ、そういえばさっきのはどういう意味?」

「なんでもない。ホレ、うんめ棒でも食って梶路の事でも考えな」

「ななななんでそこで梶路さん!? う、うんめ棒はありがたくもらっておくよっ! ありがとう!」

 遊木君からかすめ取るようにうんめ棒を受け取ると、無理矢理それをズボンのポケットに押し込んだ。

「単純な奴はええな」

「え?」

「なんでもない」

 

 

「へぇ、なかなかデカイ風呂じゃねぇか!」

「大浴場ってくらいだしね」

 3階の大浴場に来たボク達は、当たり前だけど男湯と女湯に別れてゆっくり日頃の疲れを流す事にした。

 そういえば、ちゃんと大浴場の中に入ったのは初めてだな。始めて来た時は太刀沼君を止めるのに必死だったし、捜査中にお風呂に浸かる余裕なんてもちろんなかったし。この際のんびりと堪能させてもらおう。

「おい紫中! 自分なに湯船に浸かろうとしてはるん!」

「え? 湯船に浸からなきゃお風呂は入れないよ?」

「アホかまずは掛け湯やろ! それと手拭いは湯船に付けずに頭に乗せえ」

「それがマナーなの?」

「せや。そんなん江戸っ子の爺さんの前でやったら張り倒されとるで」

「そうなんだ。ありがとう」

 素直にお礼を云うと、紫中君は云われた事をそのまま実践してから熱いお湯にその身を預けた。なんだか凄く気持ち良さそう。

「……で、君はさっきからなにをしてるんだい太刀沼君」

「どこか覗けそうな箇所がないかと思ってな。こうして……壁を叩いてんだよ。もしかしたら隠し扉とかあるかもしれねぇだろ?」

「そんなのダメだよ! 仮にそんな扉があったら犯罪じゃないか!」

「犯罪上等! 都築は見たくねぇのか? この壁の向こうには梶路もいるんだぜ?」

「か、梶路さんが……」

「ああ! 他にも夢見や玉村、深海といったスタイルの良い連中が全裸でいるんだぜ? 男なら見たくねぇわけねぇよなぁ?」

 いつの間にかボクの肩に腕を回していた太刀沼君が甘い誘惑を持ちかけてくる。

ダメだよ。確かに梶路さんの裸は見てみたいけど、こんなの許される事じゃない。

「太刀沼君。やっぱりボクは君を許せな――」

「ぁぁぁぁあああああああああああ」

 太刀沼君の腕を振り払おうとした時、なぜか壁の向こうから全裸の生田君が真っ逆さまに落ちてきた。

「ど、どっから飛んで来たの生田君!? っていうか今までどこに!?」

「う゛、くぅ……ふん、なぜキサマ達にそんな事を云わねばならん」

「全裸で頭から血を流しながら云ってもカッコ良くないよ」

「五月蝿い。薄っぺらい皮脂と骨を近づけるなプランクトン。俺は今まで女神達のお背中を流そうと女湯にいたんだ」

 ……なに云ってんだこいつ。

「よくモノクマが許したな。確か男が女湯に入ったらオシオキだろ?」

「この男のマロンとかいうアイテムを見せたら通してくれたぞ。ただのゴミかと思ったが、捨てずにおかないでよかった」

 無駄に良い顔で栗のような形をしたアイテムをボク達に見せる生田君。そのままオシオキされてしまえば良かったのに。

「おい! おいおい! これが例のマロンか! これがありゃあ本当に女湯を覗けるんだな! おい生田、そいつを寄越せ」

「構わんぞ」

「サンキュー! へへ、さっそく行ってくるぜ!」

「ああ。楽しんで来い」

 大きめの栗を握ってタオル一枚で外に出る太刀沼君。

 オチが見えたから湯船に浸かって待っていようと思ったけど、思いのほかすぐに戻ってきた。

「おい生田! 一度使ったアイテムは二度と使えねぇって云ってモノクマの野郎が出てきたぞ! どういう事だ!」

「そのままの意味だクラミジア。どうだ? 少しは良い経験になっただろう」

「ぶっ殺す」

 やっぱりな。あの生田君がすんなり渡す時点でそんな事だろうと思ったよ。でもこの騒ぎなら太刀沼君が女湯を覗く事はな痛いっ!!!?

「大丈夫都築君? タワシが顔に刺さってるよ」

「だ、大丈夫……なわけないでしょ!?」

「だよね……はい。頑張って」

 紫中君がカエルのマークがついた風呂桶を差し出す。

「……ありがとう。ボク、行ってくるよ」

「うん。ボクは頭を洗っているね」

 親指を立てる紫中君に無言で頷き、ボクは風呂桶を持って激しい戦闘を繰り広げる生田君と太刀沼君の元へと突撃する。もう、なにも恐くない。

「カッカッカ! やっぱ裸の付き合いは大事だよなぁ!」

「どないしたらその結論に辿り着くん」

「んあ?」

「もうええ……ハァ」

 

 

 キャッハー! ごきげんいかが? みんなの人気者、はなっちーなっちー! アタイは今、お風呂に浸かって日ごろの疲れを癒しているところなっちー! やっぱりお風呂は良いなっちね~。かぽーんって音が聞こえるなっちー。

「あの、はなっちーさん」

「どうしたなっち雅ちゃん?」

「そ、その……そのままお湯に浸かって……へ、平気なん……ですか?」

「そのままって? ああ! そういう事なっちか!」

「そ、そうです! そのままだと濡れ――」

「普段穿いてるおパンツは特注の海パンだから濡れても平気なっち! 心配してくれてありがとうなっちー!」

「え!? あ、えっと……はい」

 小さな声で呟くと、雅ちゃんは顔の半分をお湯に浸けてブクブクしちゃったなっち。

 アタイなにか変な事云ったなっち? まあ良いなっちー! 細かい事は気にしないなっち♪

「……ハァ」

「どうしたなっち姉御? 溜息なんてついて、お疲れなっち?」

「まあ疲れてるっちゃ疲れてるけど、そうじゃなくてね……」

 姉御の視線を追いかけると、そこには頭を洗う玉村さんと体を洗う夢見さんがいたなっちー。なるほどなっちー。

「姉御の云いたい事わかったなっちー! ホントに二人はバディボーなっちなぁ!」

「そうよ。あんなにユッサユッサと見せつけてくれちゃってさ、こっちの事も考えろってのよ」

「落ち込むことないなっちー。姉御は巨乳じゃないけど、美乳の部類に入る方なっちー!」

「微乳の間違いでしょ。数値上ではそこまで小さくはないのよ数値上では……なのに、どうして……くっ!」

「82、55、79なら充分スタイル良い方だと思うなっちよ?」

「あ、あんたいつの間に!」

「え? パッと見で大体わかるなっちよ?」

「はあ!?」

「ひゃう!」

「あ、ごめん雅。大きな声だしちゃったわね」

「い、いえ。私の方こそすみません」

「もう姉御、お風呂で騒いじゃのんのんなっちよ?」

「そ、そうね……はぁ、なんか落ち込んでるのがバカらしくなってきたわ」

「それはよかったなっちー! 悩んでばかりだと、姉御のエッグ肌が茹で過ぎた黄身みたいにパサパサになってしまうなっちからなー!」

「エッグ……あっははは! なによそれ!」

「痛いなっちー! そんなビシバシ叩かないでほしいなっちー!」

 まったくもう。落ち込んでいたと思ったら急に爆笑したり、姉御は忙しいなっちなぁ。でも、そんな感情豊かなところも好きなっちー!

「ふふ。ハミちゃんさん達は本当に仲が良いんですね」

「当然よ! 女の友情は絶対だからね!」

「そうなっちー! ハミちゃん軍団は不滅なっちー!」

「です!」

「あはは。なんだか羨ましいね!」

「本当に。友情とは、斯くも美しいものなのですね。感動しました」

「そうだね~…………んん!?」

「どうかなされましたか麗しき人魚姫? お顔が真っ赤ですよ」

 なんで生田君は女湯にいるなっちー!? こいつ(ピーッ)なんじゃないなっちか?

「い、生田しゃあん! にゃにゃにゃんでこんなちょこりょにいりゅにょでしかぁ!(なんでこんなところにいるのですかぁ!)」

「え、生田さん? でもここは女湯ですよ?」

「あんたいつから、っていうかどうやって入ったのよ!?」

「モノモノマシーンで引き当てたアイテムを使いました。俺の事は気にせず、ごゆっくりおくつろぎ下さい女神達」

 この白髪ワカメ、絶対頭がおかしいなっち。一度パッカーンして脳ミソを塩素でゴシゴシした後にファブるくらいしないとダメなっちー。

「くつろげるわけないでしょ!? 出てけっ!」

「おっと。いきなりアヒルのおもちゃを投げるだなんて、危ないではないですかハミちゃん様」

「知るか変態!」

「うわ! なんで厘駕くんがいるの!?」

「……恐ろしい男」

「ああ! 投球姫に罪深きサキュバス! なんとお美しい! その御姿はまさにミロのヴィーナス! いや、人類の祖先であるイヴそのもの!!!!」

「なに云ってるかわからないけどこっち見ないでよぉ! 厘駕くんのエッチ!」

「その目、クラウ・ソラスで抉ってしまおうかしら」

 害虫を見るような目で白髪ワカメを見る夢見さん。カッケーなっちー!

「……なぜそこまでお怒りなのかはわかりませんが、もし不快な思いをさせてしまったのでしたら謝罪します。お詫びにお背中を流しましょう」

「結構よッ! おはな! やっちゃいなさい!!」

「その言葉を待ってたなっちー! はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

「おや? 謎の光と無駄に濃い湯気が辺り一面に……」

「究極奥義! 血祭<はなっちーフラッシュ>!!」

「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 生田君はお空の彼方へ飛ばしたなっち。

 こうして、1ページ前に戻るなっち。でもエンドレスなエイトはないから安心して読むなっちー。

 

「生田君はわかるけど、どうして都築君と太刀沼君までケガをしてるの?」

「い、いろいろあってね」

 男湯で激闘を繰り広げたボク達は、戦いで受けた傷を医務室で治療した後、先に映画館へ行っていたみんなと合流した。

 それにしても長い戦いだった。仮にまとめたら一冊の本が出来ると思うね。きっとベストセラーになるよ。

「思ったより中は涼しいんですね」

「そうだね。あ、冷房キツくない?」

「大丈夫です。ありがとうございます」

 湯上り姿の梶路さん最高!

『おやおや団体さんだね!』

 スーツ姿のモノクマ最低。

「げ!? モノクマ」

『コラ! 毎回船長に対してその発言はどうなの?』

「フフフ、どうしてこんなところにいるか不思議ね」

『スルー!? てかヒドくない!?』

「で、なんで映画館にいるの?」

『……人件費削減の為に店番してるんだよ』

「ポップコーンが売ってるなっちー!」

「ちょっと前に流行ってたわよね。雅はなに味が好き?」

「わ、私はなんでも……」

「高校生は子供料金じゃないよね?」

『お前らわざとだろ! もういいよ! さっさと観る映画決めてよね!』

 ポムポムと音をさせながらカウンターを叩きスタッフルームに引っ込むモノクマ。

みんなマイペースだなぁ……モノクマも大変だ。決して同情なんてしないけど。

「ん~どれが良いんだろう?」

「わたしは皆さんにお任せします」

「オレもなんでも良いぞ! 映画観ると大抵寝ちまうからな!」

「取材中の漫画家みたいだね」

「それより寝ちゃダメだよ。絶対!」

 まるで引率の先生のように紫中君達に釘を刺す深海さん。

 自室以外での故意の就寝は禁止、だったもんな。気を付けないと。

 ボク自身も急な睡魔に惑わされないように頬を叩いていると、映画のラインナップを眺めていた遊木君がまさかの名前を上げる。

「お? プラチナマスクや。懐かしいなぁ」

「遊木君、プラチナマスクを知ってるの?」

「ああ。マイナーやけど、特撮ファンの間じゃ割と有名な作品やで」

「へぇ、まったく知らない作品だったから映画だけのオリジナルだと思ってた」

「チープロはんの作品は映像ソフトが出ておらんからな。再放送もされへんし、知名度が低いのもしゃーないわな。わいも、親父が録画していたビデオで数回観ただけやし」

「ごめん。チープロってなに?」

「チーカマプロダクション。昔、特撮やアニメを作ってはった会社や。タイガー太郎Cや原人ヴァボーガーとか聞いた事ないか?」

 どれもこれも聞いたことがない作品だ。特撮はそこそこ知ってるつもりだったんだけどな。

「ごめん。わからないや」

「そうか。まあ、なかなか語れる奴おれへんしな」

 ヘラヘラしながらも少し残念そうに帽子を被り直す遊木君。

 特撮が好きなんて以外だなぁ。そうだ。せっかくだからちょっと聞いてみよう。

「遊木君は、特撮だとなにが好きなの?」

「わいは仮免ドライバー派や」

 それ東延作品じゃん。

「都築はなにが好きなん? この流れでなにも知らんとは云わせへんで?」

「最近のは観てないけど、中一まではハイパー千隊が好きだったかな。仲間と力を合わせて戦うのが好きだった」

「あれか。おもろいけど、あれ毎シリーズごとによお千人もキャラ作れる思うわ。中には台詞もないまま戦死する奴おるやろ?」

「いるね。追加戦士が虹色で七色分ごまかしてるのは上手いなって思ったけど、それでも九九三色あるし仕方ないよ」

「それに引き換え、仮免ドライバーは孤高のヒーローやからごちゃごちゃしてへんくて観やすいで」

「でも、仮免ってタイトルはどうかと思うね。ヒーローなのになんか締まらなくない?」

「そこがまたええんやないか。最近は運転免許持ってないスタントの人かておるぐらいやし」

「え!? それいろいろ大丈夫なの?」

「運転シーンは別の人がやればええだけやからな」

「そこはちゃんと一人の人がやってほしいよ!」

 遊木君と熱い特撮談義をしていると、いつの間にかドリンクを注文していた夢見さんがストローに口を付けながらボク達の間に割って入ってきた。

「興味深い話をしているのね。ワタシも日朝は好きよ」

「ほお、夢見もイケる口か。ならこの作品は知ってはるか? プラチナマスク云うんやけど」

「それは観た事ないわね。昭和の作品はわからないわ」

「そうか。夢見なら以外に知っているかと思うたんやが」

「あ、そういえば、この作品に夢見さんの云ってたプラーミャが出てたよ?」

「プラーミャですって!?」

 突然大きく目を見開くと夢見さんはボクの両肩を掴んで顔を近づける。ち、近い! 顔も近いけどそれ以上に……なにか柔らかいものがボクの体に当たってる!!

「それは本当なの都築君! どうしてそんな事を知っているの!?」

「き、昨日この映画を観たんだ! そしたら、敵の怪人役で出て……たんだよ!」

「そうなの……ワタシとした事がまったく知らなかったわ。これは必ず観なければならないわね!」

 プラーミャの事を知ると、夢見さんは用済みだとばかりにボクを押し退けた。さすがは超高校級の小悪魔だ。

「あれ? 観る映画決まった感じ?」

「プラーミャを観るわよ!」

「ぷら?」

「プラチナマスク、やろ?」

 

 

 夢見さんの熱い推薦でプラチナマスクを観る事になったボク達は、何があっても良いようになるべく固まって座ろうという事に決まったが、深海さんの粋な計らいでボクと梶路さんだけは別の席に座る事が出来た。もちろん相席で。

「都築さんは一度この映画をご覧になっているんですよね」

「う、うん。結構面白かったよ」

 ポリポリポリポリ……

「そうなんですか。楽しみです」

「きっと音だけでも楽しめ、ると……」

 ポリポリポリポリ……

「ちょっとはなっちー! さっきからボクの頭にポップコーンのカスが落ちてくるんだけど!?」

「おやおや~? なんのことなっち~?」

 白々しい! さっきからダイレクトで落としてくるクセに!

「かー、っぺ! そんなにそこの席が嫌ならアタイが変わってあげてもいいなっちよ?」

「ちょっとやめなさいっておはな……クス、クスクス」

「え、えっと……姉御さん達が、なんかすみません」

 おのれハミちゃん軍団……でも、指原さんをこれ以上苦労させるのも忍びないからここは黙っておこう。それに――

「フフ、フフフフフフ」

「恐いからその笑い方やめてよ縛ちゃん」

「ごめんなさい。でも……フフフフフフ」

「ヒィ~!」

「不気味な笑い方も素敵です罪深きサキュバス!」

 映画館と云う暗い空間で夢見さんと生田君に挟まれている玉村さんに比べたら、ボクはまだマシな方だと思うしね。

 二段上の席で脅える玉村さんを想像していると、徐々に館内の照明が消えていく。いよいよ開幕だ。

 

『ピンポンパンポン! え~、映画の上映中は、携帯の電源は落とすかマナーモードにしてください。途中で席を立つ時は、前の人の迷惑にならない様ゆっくりと歩いて下さいねぇ』

 

「こういうところマメだよね。モノクマ」

 

『あ~そうそう。今回は目の不自由な人がいるという事で、ささやかながら副音声ヘッドホンを用意してみました! ボクが自慢の美声で映画の内容を説明するよ! よかったら使ってみてね! ピンポンパンポ~ン』

 

 モノクマの雑なアナウンスが終わると、ボクは副音声ヘッドホンなるものを確認するように椅子の周りを手探ってみた。すると、手すりの横に備え付けられるような形で小さめのヘッドホンが備え付けられていた。

「副音声ヘッドホン……もしかして、これの事かな?」

「これは……どうつければいいのでしょうか?」

「え、それつけるの?」

「はい。せっかくですし、少しでも皆さんと話題を共有したいので」

「そういう事なら……。でも、ちょっとでも違和感を感じたらすぐに外してね?」

「はい」

 ボクが不安を拭えずにいると、いつの間にか映画が上映されていた。

 当然といえば当然だけど、映画の内容は昨日ボクが観たものとまったく同じだった。やっぱりプラチナマスクはカッコイイし、プラーミャもなかなかに渋い。そういえば上映中ずっと黙ってたけど、梶路さんは大丈夫かな?

「梶路さん。えっと、なんともない?」

「はい。なんともないですよ。とっても面白かったです」

 ヘッドホンを外しながらいつも通り微笑む梶路さん。とりあえず平気そう……かな? 

「ねぇねぇ美耶子ちゃん! モノクマのふくおんせーってどんな感じだった?」

「とても丁寧でわかりやすかったですよ」

「そ、そうなんだ」

 自分の席に設置されているヘッドホンを凝視する玉村さん。気になる気持ちはわかるけど、それはやめたほうが良いと思う。

「ふぁあ~……睡魔と闘うのに必死で、映画の内容はあまり覚えてないや」

「オレはなかなか面白かったぞ! 今度プラチナマスクの顔のパンを作っても良いかもな!」

「ああ、プラーミャ。やっぱり素敵よぉ……フフフフフフフフフ」

「ヒロイン役の女性も時代を感じさせぬ美しさでした!」

「まあこんなもんやろ」

 みんなもそれなりに楽しんでくれたみたいでよかった。やっぱり好きな作品は多くの人に観てもらいたいからね。相席をわざわざ作ってくれた深海さんには後でお礼を云わないと。

 

 

 映画を観終わったボク達は西尾君が作ってくれたお昼ご飯で小腹を満たした後、なにをするでもなくレストランで駄弁っていた。こういうのんびりした時間も悪くは無い。

「特撮なんて初めて観たけど、結構面白かったね!」

「うん。昔、男の子達がごっこ遊びをしていたのもわかる気がするよ」

「深海も玉村もああいうんは興味なさそうやもんな」

「ぼくは昔からボーリングばっかしてたから」

「私は、テレビ自体あまり観ないしね」

「そうなんだ? なんだか以外だね」

「まあ、いろいろね。都築君はテレビっ子ぽいよね」

 あれ? なんかはぐらかされちゃった。あまり触れてほしくない部分なのかな。

「そうだね。子供の頃はテレビばっかり観てたかも」

「やっぱり」

 悪戯っぽく笑う深海さんにちょっとだけドキっとしていると、お茶を一口飲んだ梶路さんが同じテーブルでくつろぐ夢見さんに意を決したかのような声をかける。

「夢見さん。もしよければ、昨日差し上げた本をわたしにも読ませていただけませんか?」

「フフフ、構わないわよ。映画を観てプラーミャに興味を持ってもらえたのかしら?」

「はい。どんな人なのか、少し気になってしまって」

「嬉しいわ。でも、本来はあなたの物なんだからそんなかしこまらなくても良いのに」

「いえ、それはもう夢見さんの物ですから」

 あくまでそこは譲らないのか、やたら夢見さんの所有物である事を強く推す梶路さん。これは意外な一面だ。

「まあいいわ。プラーミャに興味を持ってくれる人が増えるのはワタシも嬉しいもの……ン、はいどうぞ」

「ありがとうございます」

 やや艶っぽい声を出しながら夢見さんは胸の谷間から取り出した本を梶路さんに差し出した。あんな事、本当に出来る人がいたんだ。

「やっべーな。あんなもん見せられたら我慢出来ねーよ。いっちょ誘ってみっか」

「汚らわしい言葉を吐くなクラミジア。今この場で殺菌されたいのか?」

「あ? 黙れよ白髪。いちいち口挟むんじゃねぇ」

「おや? どこかで小蝿が飛んでいる様だな。後で殺虫剤を撒いておかなければ」

 懲りずにいつものやりとりをする二人を放っておきながら紅茶を飲んでいると、梶路さんはよっぽど気になっていたのか、熱心に指で文字を追いながら大きめの本を読んでいた。

「西尾君、西尾君、今日の晩御飯はなんなっちー?」

「そうだなぁ。まだ決めてねぇけど何か食いたいもんあるか?」

「なんでも良いなっちー!」

 自分で聞いておいてそれか。そういうのが一番困るんじゃなかったっけ?

「それなら、男子全員で作ればいいんじゃないかしら」

「どういう事ハミちゃん?」

「今朝はあたし達女子が朝食を作ってあげたんだから、夕食はあんた達男子が作ればって事。ほら、今時の男子は料理くらい出来るでしょ?」

 やたら偉そうに薄い胸を張ってボクに云うハミちゃん。

 彼女の言葉が気に障ったのか、ずっと生田君と睨みあっていた太刀沼君が険しい顔で口を挟む。

「わけわかんね! そもそも勝手に朝飯作りだしたのはテメェ等だろ?」

「その云い方はどうかと思うよ太刀沼君」

「深海はまともに食えるもん作ってから云えよ」

「その通りですごめんなさい」

 あ、あの深海さんが太刀沼君に押し負けた……よっぽど今朝のハンバーグ事件を引きずってるんだな。

「でも面白いかもね。こうしていても退屈だし、やってみようよ」

「ふざけんな。誰がそんなかったるい事するかよ」

「夕食を作るのは構わないが細菌共と同じキッチンに立つと思うと吐き気がするな」

 生田君と太刀沼君は反対か。まあこの二人はそういうだろうな。

「オレはどっちでも良いぞ。朝と違って直接様子が見れるしな」

「わいもええで。久々に腕を振るったる」

 西尾君と遊木君は賛成か。

 ボクはどうしよう。正直云うと面倒くさい。

「わたし、都築さんの作ったお料理食べてみたいです」

 いま、とんでもない言葉が聞こえたぞ? ていうか梶路さんもう読み終わったんだ。

「ぼくも食べてみたい! 航くんってバッグパッカーなんだから、いろいろな国の料理知ってそうじゃん!」

「いや、さすがに海外は。そんな行った事ないし」

「そんなってことは数回は行ってるんでしょ? あたしは一回もないわよ。あんた達もないわよね~?」

「ないなっちー! パスポートはもってるけど!」

「わ、私もないです」

「私もないなぁ」

「フフフ、新世界の扉は海外に含まれるのかしら?」

 ああもうツッコミが追いつかない!

「やったね都築君。モテモテだよ」

「もっと違う形でモテたかったよ!」

「で、どうするの。作るの? 作らないの?」

 ハミちゃんの一言と共に女子の視線が一斉にボクに向けられる。

 こんな風に見られたら嫌なんて云えるわけないじゃないか。それに、梶路さんがボクの作った料理を食べたいって、そんな事云われたら……

「ボク、作るよ」

「2対4。決まりだね」

「いつの間にか多数決になってるし。ったく、俺様は味見しかしねーからな!」

「ふん、女神達の為だと思えば致し方ないか」

「そうと決まればさっそくやるぞお前ら! 仕込みは早いに越した事ねぇからなぁ!」

「ちょ!? 服を引っ張るんじゃねぇ! 伸びるじゃねぇか!」

「こうでもしないと幸雄は逃げそうだからな!」

「逃げねぇよ! だから、離せこの料理バカッ!」

「くだらん」

 よし、こうなったらとことんやってやる。美味しい晩御飯を梶路さんにごちそうするんだ!

 西尾君に首根っこを掴まれて罠にかかった野ウサギのように引きずられる太刀沼君を見ながら、ボクは握った拳と同じくらい固く決意した。

 

 

「さて、こん中でまともに料理が作れる奴は何人いるんだ? 一緒に朝食を作ってた厘駕に関しては聞くまでもねぇけど」

「わいは一通り作れるで。親が仕事でおらん時は自炊しとったからな」

「ボクも人並みには」

「生卵をレンジで温めると爆発するよね」

「飯なんてコンビニ弁当や牛丼で充分だろ? なんで自分で作らなきゃなんねぇんだよ?」

 これは酷い。

 なんとなく想像はしていたけどここまでとは思わなかった。

「よし、大体わかった。それじゃあオレ、厘駕、皆人、航の四人で調理をして、舞也と幸雄はその手伝いを頼む」

「うん。良い判断だと思う」

「仕方ねぇ。やってやるか」

 ここまで来るとさすがにやる気も出てきたのか、太刀沼君は適当に腕を捲くって柄の悪さをそのまま表わしたかのようなタトゥーを見せ付けた。

「そんじゃ始めるか! で、お前ら何か作りたい料理はあんのか? オレはもちろんパンを焼くけど」

「わいは茶そばとぜんざいでも作ろうかと思うとる」

「京都っぽいな! 厘駕はなにを作るんだ?」

「女神達のディナーに相応しい料理、とだけ教えておいてやろう。もちろんキサマらの分は作らんがな」

 腕を組み、ボク達を見下すように顎を上げる生田君。

 ちょっと前ならその顎に輪ゴムでもぶつけてやろうかと思っていたところだけど、この性格にもいい加減慣れてきたな。

「航はなにを作ろうと思ってるんだ?」

「ボクは……ジャンバラヤを作ろうかなって」

「ジャンバラ? なんやそれ聞いた事もあらへん」

「ジャンバラヤ、ジャンバラヤ……ああ、あの辛いチャーハンみたいな奴か」

「まあそんな感じの料理だよ」

 前に旅先で食べたらすごく美味しくて、現地の人に作り方を教わったんだよな。あの族長のお兄さん今も元気かな?

「都築君。それはやめた方が良いと思う。」

「どうして?」

 ボクが不思議そうに尋ねると、紫中君は周りに聞こえないよう小さな声で重大な情報を教えてくれた。

「梶路さんは辛いものが苦手みたいだから」

 な、なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?

「そ、そんな……ボクの唯一の得意料理なのに」

「逆にそれはすごいよ?」

 項垂れるボクの背中を擦りながら紫中君が慰めてくれていると、珍しく考え事をしていた西尾君があっけらかんとした調子で呟いた。

「なら、オムライスとかでいいんじゃないか?」

「オムライス?」

「ああ。炒めた飯に卵を包むだけだから簡単だろ? 甘めのソースなら美耶子でも食えるだろうし、それに……」

「それに?」

「おっとすまん。それに、あまり洋食を食った事がないみたいだからな。下手に和食を作るより喜んでもらえると思うぞ?」

「そ、そうか! 始めてパンを食べた時もすごく喜んでたもんね! ありがとう西尾君!」

「気にすんな。美味いもん作ってやれよ」

「時間はいっぱいあるから、余裕が出来たらサラダなんか作ってみても良いかもね。野菜を切るだけなら僕でも出来るよ」

「紫中君もありがとう! ボク、頑張るよ!」

 それからボクは、西尾君のサポートを受けながらオムライス作りに取りかかった。

 たかがオムライス、されどオムライス。これが思ったより難しい。

 チキンライスに関してはなんとかなりそうだけど、肝心の卵が上手く焼けず、途中で破れたり、焼き過ぎて固くなってしまったりしてなかなかきれいに包む事が出来なかった。

「う~む。ここは包むのをやめて、上に被せるだけにしてみたらどうだ? 手抜くところは抜くのも有りだぜ?」

「そうだね。でも、もう少し頑張ってみるよ」

「おい西尾! この砂糖コンクリートみたいな味がするぞ!?」

「それはベーキングパウダーだ! ……ま、頑張れよ」

「うん。ありがとう西尾君」

 

 

「……出来た!」

「上出来だね。頑張ったね都築君」

「うん! 紫中君もサラダありがとう!」

 あれから大分卵を無駄にしてしまったけど、その甲斐あって、ボクは無事に人数分のオムライスを仕上げる事が出来た。我ながら完璧な仕上がりだ。

「こんなもんかな……そっちもそろそろ終わったか?」

「こっちはええで」

「当然俺もだ」

「あ~、肩凝った」

「よし。それじゃあホールに運ぶぞ。そこのワゴンに自分の作った料理を乗せてってくれ」

 西尾君に云われるままボク達は作った料理をそれぞれ配膳用のワゴンに乗せると、お腹を空かせているであろう女子達が待つレストランホールへワゴンを押し進めた。

「さあ、召し上がれ」

「待ってたよ~! ぼくもうお腹ペコペコ」

「わあ……なんだか男の子の料理って感じだね」

「フフフ、この不気味な色の麺はなにかしら?」

 男子の料理が珍しいのかみんなが興味を示す中、言い出しっぺのハミちゃんだけは品定めするかのように厳しく目を光らせる。

「ふ~ん。見た目だけはなかなかじゃない。このオムライスは誰が作ったの?」

「ボクだよ」

「な~んかガッカリねぇ。あたし、都築君ならトカゲのスープでも出してくるのかと思ったのに」

「それは夢見さんにでも作ってもらってよ」

「フフフ、任せて」

「オムライスでいいわ。いただきます」

 怪しく微笑む夢見さんをスルーしながら、ハミちゃんはオムライスを一口食べる。

 最初は味を確かめるかのように難しい顔で食べるハミちゃんだったが、ゆっくりと咀嚼したそれを飲み込むと、次第に子供のような顔で呻り始める。

「ん~~~~美味しい! ちょっと、あんた達も食べてみなさいよ!」

「んがっぐっぐ……ムグッ! うーまーいーぞーなーっちー!」

「ほっぺが、落ちそうです」

「なんだ? 都築の作った奴はそんなにうめぇのか」

「ふん、俺の作ったフルコースの方が美味いに決まっている」

 気付けば男子も含め、みんながボクの作ったオムライスにスプーンを伸ばしていた。なんだか照れ臭いな。

「都築さん、わたしもいただいても良いですか?」

「もちろんだよ梶路さん! 人数分あるから遠慮しないで」

「ありがとうございます」

 馴染みない料理を前にして、まるで始めて庶民の味を体験するお姫様のように、戸惑いながらもお行儀よくそれを口に運ぶ梶路さん。

 どう反応して良いかわからないのか、少しだけ首を傾げながら味わっている。

 だ、大丈夫だよね。みんな美味しいって云ってくれてるし、ケチャップだって甘めに作ったし、卵も、丁度良い固さに焼いたもので包んであるし……自信持て。

「ど、どうかな? 梶路さん」

「とても美味しいです。こんなお料理、始めて食べました。おむらいす、でしたっけ? わたし好きです」

「本当に!? よ、よかったぁ……梶路さんの口に合うか、ずっと不安だったんだ」

「そんな大げさですよ。ふふ、変な都築さん」

「そうだね……変だよね……あははは」

「さあ女神達! そんな味気ない料理を食べていてはお口がおかしくなってしまうでしょう! この俺が作った最高のフルコースでどうかお口直しを!」

「それは後でいただくね」

「アタイ茶そばなんて初めて食べたなっちー! ズゥワジュルジュル~ッ!」

「このバケットサンドも美味し~♪」

「……」

「元気出して、生田君」

「黙れミトコンドリア」

 

 

 和やかな夕食を終えてお腹も心も満たしたボク達だったが、刻一刻と約束の時間が近づくとほのぼのした空気は消え、いつの間にか張り詰めた空気だけが蔓延していた。

 そんな中、深海さんは端末と電子時計と睨めっこしながら、いつ何が起きても良いように残りの時間を数えていた。

「動機の時間まで、あと3分切ったよ」

「今日一日、ホンマ長かったわ」

「へ、平気だよね? なにも起きないよね?」

「何が起きても、女神達は必ず俺がお守りします!」

「姉御と雅ちゃんは、アタイが守るなっちー!」

「なら、あたしはあんたを守るわ」

「私も……足手まといにしかならないかもしれませんけど」

「ゲハハハ! どっからでもかかってきやがれ!」

「……」

「フフフ、蛇が出るか邪が出るか」

「まあ、なんとかなんだろ!」

 みんなが目に見えぬ恐怖に抗う中、ボクはどこか不安な気持ちを拭えずにいた。

「大丈夫ですか? 都築さん」

「……正直、ちょっと恐いかな。梶路さんは?」

「わたしも、やっぱり恐いです。でも今は、皆さんがいるので」

「そうだね。梶路さんの云う通りだ」

 梶路さんは、やっぱり強い。

 男子とか女子とか関係なくて、人間として強いんだ。ボクも彼女みたいになりたいな……。

「手、繋ぎましょうか?」

「え、ええ!? いや、そんな……あ、あははは」

「ふふ。冗談ですよ」

「そ、そうだよね! 冗談、冗談か……そりゃあそうだよね!」

 び、ビックリした。

 でも、本当に今、彼女の手を握る事が出来たら……やめよう。せっかく梶路さんが気を遣ってくれたのに、それを変に解釈したら彼女に失礼だ。

「あの、少しは落ち着きましたか?」

「うん。ありがとう梶路さん」

「十秒切ったよ……八、七、六――」

 深海さんのカウントがボクを現実に連れ戻す。

 でも大丈夫。ここにいるみんながいれば何も恐くない。モノクマがどんな事を企んでいたって、ボク達は絶対に負けないんだ!

「三、二、一……!」

 

 

「…………あれ? なにも、起きない」

「深海、その時計ズレとったりせんよな?」

「そんな事ないと思うけど……」

「深海さんの時計はズレてなんかいないよ。僕の電子時計も同じ時間を示してる」

 紫中君が端末の画面を見せると、そこには確かに動機の時間が刻まれていた。もちろん、ボクのも。

「そ、それじゃあ……私達は、勝ったん、ですか?」

「そうなっちー……アタイ達はモノクマに勝ったなっちー!」

「や、やったあああああああああ!!」

「な、なによ全然大した事ないじゃないの! モノクマの奴もホント余計な事しかしないわよねぇ!」

「フフフ、ワタシにはこうなる事がわかっていたわ」

「ゲハハハ! ざまぁみろ! 俺様はテメェなんかの思い通りにはならねぇんだよぉ!」

 ついに、ついにボク達はモノクマの策略を破ったんだ! みんなで協力すれば、なんでも出来るんだ! 

「やりましたね都築さん」

「うん! みんながいたからここまで来れたんだ! 梶路さんもありが――」

 ――ヴチンッ!

「きゃあああああああああああああああああああああ!」

「なになに!? なんで急に電気が消えるの!?」

「み、みんな落ち着いて! ただの停電だよ!」

「ブレーカーが落ちたか? オレが見てくる」

「ひゃっ! ちょっとどこ触ってんのよ!?」

「すすすすみましぇん!!」

 なんでこのタイミングで停電なんか起きるんだよ。せっかく、せっかくみんなで盛り上がっているのに、こんな最悪な…………まさか、ここまでがモノクマの?

「都築さんよけて!」

「え」

 今、梶路さんの声が聞こえたような。それによけてって、どういう……。

「あ、電気ついた……よ」

「うわああああああああああああああああああ!!!!」

「ありえへん……こんなん、ありえへんて……」

「どうしてよ……動機の時間は、とっとくに過ぎてるじゃない……!」

「離れていて下さい女神達。ここは俺が」

 

 ……嘘だ。

 

 こんなの嘘だ。

 

 やめてよ生田君。そんな、まるで重体の人みたいに扱わないでよ。

 

 彼女は……そう、ただ眠っているだけなんだよ。

 

 だから触れないで……梶路さんに、触れるな……やめろ……やめろ……や――

 

 

「しっかりしなさいッ!」

「……っ!」

 左の頬が熱い。

 まるで熱した鉄板に直に触れたかのような、そんな感覚が鈍く響いている。

 いや、そんな事より。どうして深海さんは、こんなに辛そうな顔をしているんだ?

「目、冷めた?」

「えっと……」

 頬の熱が徐々に引き始めてくると、ボクの頭も少しづつ冷静さを取り戻す。

 そうか。ボク、深海さんに叩かれたんだ……。

「……うん。冷めたよ。取り乱してごめん」

「ううん。私こそ、ごめんね」

 赤くなった掌を摩りながら優しく微笑む深海さん。思ったより痛かったみたいだ。

「頭を強く打って気絶しているようですが……よかった。命に別条はないようです。すぐに安全な場所に運ばないと」

「だったら梶路さんの客室に行こう。気絶も就寝扱いされたら困るからね」

「それならアタイが運ぶなっちー! 無事に梶路さんをお部屋まで送るなっちー!」

「お願いします。俺も看護の為に着いていきます」

「その方が良いね……都築君?」

 ボクは無意識のうちに歩み寄り、気付いた時には紫中君を押し退け、はなっちーに抱えられて人形のようになった梶路さんの顔を覗くようにして見ていた。

 とても意識を失っているとは思えない……まるで今にも動き出しそうだ。

「都築君、顔色が悪いよ?」

「なんでもない。……はなっちー、生田君、梶路さんの事お願い」

「お任せなっちー! 絶対無事に送り届けるなっちよ!」

「薔薇乙女様の云う通りだ。当然の事を聞くなプランクトン」

「二人ともありがとう」

「細菌から礼を云われるとはなんともおぞましい。二度とその言葉を口にするなよ」

 いつも通り汚物を見るような目で暴言を吐き捨てると、生田君は梶路さんを大事に抱えるはなっちーと一緒にレストランから姿を消した。今はその変わらない態度がとてもありがたい。

「さて……僕たちも客室に戻ろうか」

「そ、そうですね。動機の時間も過ぎていますし、きっと、モノクマさんも何もしてこない……ですよね?」

「ええ。きっとそうよ」

 自分自身にも云い聞かせるかのように、脅える指原さんを励まそうとするハミちゃん。

 せっかく良い雰囲気が戻ろうとした矢先、テーブルにもたれ掛るようにしていた太刀沼君が余計な横槍を投げ入れる。 

「それよりよぉ、梶路をあの着ぐるみに任せていいのかよ?」

「……どういう事」

「あいつは黒幕の内通者じゃねぇか。暗闇の中で動けるような機能が付いてたって不思議じゃねぇよなぁ?」

「……なにが云いたいの?」

「わからねぇのか? 梶路を殺そうとしたのは……あの着ぐるみだって云ってんだよぉッ!」

「ざけんじゃないわよッ!」

 ハミちゃんは今までで一番恐ろしい形相で自分よりも体の大きい太刀沼君を押し倒す。

「あんたいい加減にしないさいよ!? 何度云ったらわかるのよあいつは……おはなは内通者なんかじゃない!!」

「じゃあテメェが内通者か垣子? そうか。その可能性もあるなぁ……ゲハハハ」

「こいつ……!」

「二人ともやめなさい! 今はケンカをしてる場合じゃないでしょ!?」

「邪魔しないで深海さん! こいつの歯を全部へし折って二度と喋れなくしてやらないとあたしの気が済まないわッ!」

「ゲハハハッ……やってみな? その代わり、俺様を殴ったらテメェは何されても文句云えねぇからな?」

「二人とも落ち着こう。いま争ったって、モノクマの思う壺だよ」

「そんなの知らないわよ! 紫中君は黙ってて!」

「もうやだ! ぼくこんなのやだよぉ!」

「勝手にせぇ……もう、わいは知らん」

「これが……混沌」

 これはマズイ。

 みんな、目の前の現実を受け入れきれなくて思考を停止してしまっている。大事になる前に止めないと……!

「ハミちゃん! とりあえず今は落ち着くんだ!」

「気安く触らないで! これ以上邪魔するならたとえ都築君でもあたし――」

「やめてくださァいッ!」

 引き剥がそうとしたハミちゃんと一緒に声のした方を振り向くと、そこには整った顔を歪ませ、瞳に涙を浮かべた指原さんの姿があった。

「み、雅……?」

「もう……やめましょうよぉ。姉御さんも、太刀沼さんも、今は、そんな事してる場合じゃ……ないじゃないですか」

 震える体と折れそうな心を必死に抑えてボク達を見つめる指原さん。

 その姿は今まで……いや、一度だけ、はなっちーを庇った時にも見せた彼女の姿。

 臆病だけど強い、指原雅という少女の真の姿だった。

「だから……もう、やめましょう? 私、こ、こんなの……い、いや……ふ、ふえぇぇん」

 限界が来たのか、崩壊したダムのように泣き崩れる指原さんの元にハミちゃんが一気に駆け寄る。彼女の目には、さっきまでの鬼のような形相はなくなっていた。

「ごめん雅。あたしが悪かった。だから、もう泣かないで……ね?」

「ひっく……す゛、す゛み゛まじぇぇん……わた、私ィ……」

「うん……うん……」

「チッ、クソがァッ!」

 どこにもぶつける事が出来なくなった怒りをぶちまけるように椅子を蹴り飛ばすと、太刀沼君は頭を掻き毟りながら自分の客室へと向かった。部屋の壁、壊したりしないといいけど。

「戻ろう。今は皆、一人でゆっくりした方が良いよ」

「それが良いね。まずは眠って、そして明日、もう一度みんなで話そうよ」

「それまで全員揃ってるとええがな」

「遊木君」

「……すまん」

 ボクも自分の客室に戻ろう。

 梶路さんの事も含めて、今はゆっくり頭を整理する時間が必要だ。

 きっと明日になれば……全部元に戻っている。戻っているはずなんだ……。

 

 

 あれから一睡も出来ないまま朝を迎えたボクは、簡単に身支度をしてからレストランに向かっていた。

 昨日みたいにみんながドアの外にいるんじゃないかと耳を当ててみるも、なんの反応もなくて少しショックを受けた事はここだけの秘密だ。

 梶路さん大丈夫かな……気絶するくらい強く頭を打っているって生田君は云っていたけど、もし何か後遺症が残るような事があったら……それこそ、視力だけじゃなくて言葉まで話せなくなったら……

「バカ! なに最低な事を考えているんだボクはッ! こんなんじゃ梶路さんだって……ん?」

 嫌になるくらいに輝く黄金の手すりに拳を叩き付けると、長い階段の下でフラフラと歩く小さな人影が目に映る。あれは……

「梶路さん! もう歩いて大丈夫なの!?」

「……都築さん?」

「待って! 今そっち行くから!」

 ボクは急いで階段を降りると、その勢いのまま梶路さんの元に駆け寄り息を整える間もなく彼女の顔色を窺った。

「……!」

 心の此処にあらず。

 この言葉を擬人化させたかのような、放っておいたら消えてしまいそうな……あまりの衝撃にいろいろな言葉が浮かんでは消えて行く。

「すみません。ちょっと、ボーっとしてしまって……」

「それはいいんだけど……大丈夫? まだ体調が悪いんじゃない? なんだか顔も赤いみたいだし」

「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。皆さんにも昨日はご迷惑をおかけしてしまったので、お詫びをしないといけませんし」

「だれも迷惑だったなんて思ってないよ。昨日のあれは、きっとモノクマが何かしたんだ。きっとそうだよ!」

「……そうですね」

 梶路さんは微笑むも、その笑みにいつもの生気を感じない。まだ本調子じゃないんだろう。

 そうだ。今度は他の料理も作ってみようかな。今日は一段と暑いから冷たいスープなんか良いかも。これなら病み上がりの梶路さんでも食べれるよね。そうと決まればさっそく西尾君に作り方を教わらないと。

 ボクは、目の前で微かに光るソレに手を伸ばす。

 でも、現実はそう上手くはいかない事を、ボクは知っている。

 

 

 

『死体が発見されました! 一定の捜査時間の後、学級裁判を開きます!』

「……嘘だろ?」

「早くレストランに行きましょう。誰か残っているかもしれません」

「う、うん」

 動悸の高まりを抑えながらボク達はレストランに向かい、今となってはなんとも思わなくなった黄金のドアノブに手を掛ける。

 勢いよく扉を開くと、そこにはいつもの賑わいはなく、音の無い空間に不気味なものを感じた。

「……誰もいないね。西尾君だけでもいると思ったのに」

「皆さん、もう捜査を始めているのでしょうか?」

「そんな事ないと思うけど……」

 自分の置かれた状況が把握出来ずに足を止めていると、背後で慌ただしい足音が耳に届く。

「都築君も美耶子ちゃんもここにいたんだね!」

「深海さん! 今のモノクマアナウンス、一体誰が……!」

 ボクが食い気味に尋ねると、深海さんは顔を青くしながら俯き様に答える。

「……西尾君が、四階の、カフェで」

 

 防げなかった。

 

 また起きてしまった。

 

 梶路さんも無事で、やり直せると思ったのに。

 

 どうして……どうして君なんだ…………西尾君。

 

 


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