ダンガンロンパミラージュ~絶望の航海~   作:tonito

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 ・・諸注意・・

 
この作品は、現在発売されておりますPSP及びPS vita用ゲーム、ダンガンロンパシリーズの非公式二次創作となっております。二次創作が苦手な方、また理解の無い方の閲覧は御遠慮ください。

『ダンガンロンパ』『スーパーダンガンロンパ2』等シリーズのネタバレが含まれております。

 モノクマを除き登場するキャラはオリジナルキャラとなっておりますが、他の作品と肩書き等が被ってしまっている可能性があります。人によっては気分を害してしまう恐れがありますが予めご了承ください。

 流血や殺人等、グロテスクな描写を含みます。苦手な方はご注意ください




チャプター2 非日常編 ② 学級裁判編 前

 コトダマ一覧

 

・モノクマファイル2

 被害者は西尾圭太

 死因は一酸化炭素中毒による窒息死

 死亡時刻は4時36分

 4階にあるカフェの厨房にて、石窯の前で横たわっていた

 顔の判別がつかないほど上半身が焼け焦げている。また、薬物摂取の疑いはない。

 

・はなっちーの証言

 厨房で遺体の見張りをしていたはなっちーの証言

 気を失った梶路美耶子を彼女の客室に運んだ後、同行者の生田厘駕に看病を任せて自身は自らの客室に戻った。

 

・壁に書かれた文字

 厨房の壁に書かれていた赤い文字。

「あくをさばけるのはあくだけだ。たとえひとごろしとののしられようとわれはあくをほうむりつづける」

 全てひらがなで書かれていた。

 指で触れるだけで文字が消えてしまう。

 

・焦げた宝石

 石窯の下層部に落ちていた大きめの炭。

 後にモノクマの制作したダイアモンドのネックレスだった事がわかる。

 

・玉村晴香の証言

 4階のレストランで捜査をしていた玉村晴香の証言。

 以前西尾圭太の手伝いをしていた時、厨房に置かれている調理道具には全て番号が振られている事を聞いていた。

 整理しやすくするための目的があるらしく、道具を無くしてもすぐにわかるようになっている。

 

・モノクマ副音声

 四階映画館で、上映中に流れる副音声。

 モノクマによる解説で、目の不自由な人でも映画を楽しむ事が出来る仕様になっているらしいが、後半はノイズが混じっていて聴きにくい。

 

・生田厘駕の証言

 四階本屋にいた生田厘駕の証言。

 一晩中、梶路美耶子の客室で彼女を看病していたらしい。

 

・石窯の構造

 現場となった厨房の設備である石窯。

 二層式となっていて、下層で炭などを燃やし、上層で生地を焼く仕組みになっている。

 完全に仕切られているわけではなく、奥では繋がっていて熱が伝わりやすくなっている。

 

・空の試供品

 コスメショップに置かれていた試供品のファンデーション。

 いくつもあった容器は全てが空だった。

 

・雑に置かれた口紅

 コスメショップの床に散らばっていた口紅。

 

・薬品棚の在庫

 紫中舞也と遊木皆人が調べたところ、三階医務室の在庫は全て揃っていて使われた形跡はない。

 

・謎の手紙

 紫中舞也が被害者である西尾圭太の客室から見つけた手紙。

「さんじ よんかい かふぇで まつ」

 全てひらがなで書かれている。

 

・狭い厨房

 現場となった厨房。

 充実した設備の割には狭く、あまり派手に動く事は出来ない。

 

・両手の平の傷跡

 被害者である西尾圭太の手の平にあった傷跡。

 紐のようなものを強く引っ張ったように残っている。

 

・西尾圭太の体格

 被害者である西尾圭太は体を鍛えていて、見た目よりも屈強な体格だったらしい。

 

・点字の絵本

 2階レストランに置かれていた点字の絵本。

 夢見縛が梶路美耶子に貸し与えた物と同じもので、点字の下にはひらがなが振られている。

 

・停電中のトラブル

 動機の時間が過ぎた後、突如停電が起きてレストランはパニックに陥った。

 電気がつくと、梶路美耶子が意識を失って倒れていた。

 

・ブレーカーの場所

 モノクマの証言によると、配電盤は二階のフロントにあるらしい。

 予備電源があり、仮に停電が起きてもすぐに電気は復旧される仕組みになっている。

 

 

 鈍い音が鳴りやみ一瞬だけ大きく揺れて扉が開くと、そこは暖かみのあるレンガ造りの世界だった。

壁には現場の厨房のように調理道具がかけられていて、小麦粉らしき麻袋が積まれて壁のようになっていた。

「これは……」

『同じ背景だとつまらないから嗜好を凝らしてみたんだ。新しい顔とか焼けそうでしょ?』

 足の高い椅子に腰掛けながら、聞いてもいないのに嬉々と語るモノクマ。もしかしてパン職人だった西尾君とかけているのか? だとしたら趣味が悪い。

「ボケてねぇでとっとと来い! 裁判が始まらねぇだろ!」

「そ、そんなに大声で叫ばなくてもわかってるよ太刀沼君」

まったく、人を舎弟みたいに扱わないでよ。元々アレな性格だけど今日は特に酷いな。

「イライラしてたら、まともに議論できないよ」

「黙れ紫中! おいモノクマ! 全員揃ったんだからさっさと始めやがれ!」

『うぷぷ! 慌てない、慌てない。楽しみなのもわかるけど、まずはおさらいの意味も込めて学級裁判について説明しましょうね~。え~学級裁判の結果は、オマエラの投票によって決定されます。正しいクロを指摘できればクロだけがオシオキされ、もしも間違った人間をクロとした場合はクロ以外の全員がオシオキされて、みんなを欺いたクロだけがめでたく下船となります!』

「何度聞いても悪趣味なシステムや」

「あんなの、一回やれば充分だよ……」

 まだ裁判も始まっていないのに、重い空気が圧し掛かる。

 でもそれは仕方が無い。だってあの西尾君が今回の被害者なんだから。

 いつも気持ち良いくらいに明るくて、毎朝誰よりも早く起きて朝食の支度をしてくれていた西尾君。この絶望的な状況の中で、彼の美味しいごはんにボク達はどれだけ救われたかことか……。

『じゃあさっそく始めちゃってよ! うぷぷぷ!』

「ふあ……」

「呑気な奴やな。今の状況わかってはるんか?」

「紫中君。みんな真剣なんだから少しは自重して」

「どうも眠気が収まらなくてね。頭を働かせる為にも、僕がモノクマファイルを読んでも良いかな?」

「それは構わないけど」

 眠そうに目を擦りながら険しい表情の深海さんに頭を下げる紫中君。朝からこうだし、捜査中頑張っていたのも知っている。でも、これから命懸けの裁判が始まるっていうのに、ちょっと緊張感が足りないんじゃないのか?

「え~と……今回の被害者は、超高校級のパン職人の西尾圭太君。現場は4階にあるカフェの厨房で、顔がわからないくらい大火傷を負っていた。死因は一酸化炭素中毒みたいだね」

「いっちだんけつじゅーす?」

「一酸化炭素中毒、だよ玉村さん」

「だよって云われても……そのジュースがなんなのさ!」

 頬を膨らませながら紫中君を睨む玉村さん。別にイジワルしてるわけじゃないんだけど。

「簡単に云うと、火を起こした時に出る悪い煙をいっぱい吸って、息が出来なくなって亡くなったってこと」

「ん~わかったようなわからないような」

「胸がデカイだけの女はほっとけよ。さっさと続きを話せ紫中!」

「それはセクシャルなハラスメントだよッ!」

 なんか久々に聞いた気がする……いやそんな場合じゃなかった。

「それじゃあ続けるね。死亡時刻は4時36分。深夜というより早朝だね」

「写真で見てもやっぱグロイな。見ているだけで吐き気がしてきはるわ」

 遊木君がモノクマファイルを観ながら顔をしかめていると、コッぺパンのような手で器用に端末を操っていたはなっちーが嬉々と飛び跳ねた。

「そんな中、姉御は勇気を振り絞って検死をしていたなっちー! さすがはアタイ達の姉御なっちー!」

「や、やめてよ。あたしだって完璧に出来たわけじゃないし、正直今でも気分が悪いもの」

「で、でも。ちゃんと検死をやりきった事は、じ、事実です。私だったら、耐えきれませんよ」

「そうなっち! 姉御はもっと自分を誇るべきなっちー! 薄情な生田君なんかより何億倍もカッチョイイなっちよ!」

「フフフ、云われているわよ?」

「参りましたね。ですが、男の死体に触れるくらいならあの場で舌を噛んだ方がマシということは事実なので、この悲しい現実を受け入れましょう」

一応気にかけてくれた? かはわからないけど、声をかけてくれた夢見さんをドン引きさせておきながら平然としている生田君。いつもの事とはいえボクもドン引きしていると、こめかみに筋を浮かべた太刀沼君が乱暴に証言台を叩き始めた。

「っていうかよぉ、テメェはなに当然のように出しゃばってんだ着ぐるみ? 俺様はまだテメェが犯人だって疑ってんだからなぁ?」

「う、うるさいなっち!」

「やめなさいおはな」

「あ、姉御?」

 不安そうな声色で自分を制止したハミちゃんの方を向くはなっちー。

 でもハミちゃんの口から出たのは注意でも哀れみでもなく、希望に満ちた言葉だった。

「大丈夫よ。おはなの事は、あたしが信じてるから。もちろん雅の事もね」

「姉御……ありがとうなっちー」

「姉御さん」

 微笑ましい光景が気に入らないのか、頬杖をついたままイライラと顔を背ける太刀沼君。また揉め始める前にさっさと本題に入らないと。

「そ、それじゃあ議論の方を始めようか。こうしていても先に進まないしね」

「チッ、わーってるよ」

 さっそく不穏だ。

 やっぱり太刀沼君ははなっちーを疑っているんだな。あの見た目じゃあ仕方ないのだろうけど。いや、とにかく今は議論を進めないと! 最初に話す事って云ったら、まずは犯行に使われた凶器についてだよな……。

「よし、まずは凶器について――」

「待てプランクトン。その前に話しておく事があるだろう」

「話すべき事?」

「もしかして、昨日の停電の時の……」

「はい! 昨晩宵闇の巫を襲った屑野郎が酵母菌を殺した奴と同一人物かどうかと言うことです!」

 食い気味に深海さんの言葉を遮る生田君。相変わらず女子の前では別人のようになるな。

「そっか。美耶子ちゃんを襲った犯人と圭太くんを殺した犯人が違う可能性もあるんだもんね」

「そんなん当たり前やろ?」

「当然よね?」

「だな」

「うぅ、幸雄くんにまで云われたぁ」

 頭を抱えた玉村さんが捜査中とは違う意味で大粒の涙を浮かべていると、その様子を何故か微笑ましく見守っていた生田君が芝居がかったように声をあげる。

「では! この生田厘駕、僭越ながら議論を始めさせていただきます!……特別にキサマ等にも発言権をくれてやる。ありがたく思えよ細菌共」

 

 

 議論開始!

 

 生田厘駕

「宵闇の巫を襲った屑野郎……まあ細菌共の誰かなのは明白ですが、酵母菌を襲った者と同一人物なのかどうか」

 

 太刀沼幸雄

「そりゃあ一緒なんじゃねぇのか?」

 

 深海紅葉

「どうかな? 動機が発表されてから一日しか経っていないのに、二つも殺害計画を立てられるとは思えないんだけど」

 

 羽美垣子

「いくら西尾君でも、そんな無計画な奴に殺されたりしないわよね」

 

 はなっちー

「以外に隙がなかったなっちよ。アタイがだ~れだ! ってやろうとしても出来なかったなっちー」

 

 遊木皆人

「そもそも、最初に梶路を襲っておいて失敗したから西尾を襲うって事自体おかしな話や」

 

 < それは違う! >

 

 

「何が違うんや? 昨日教われたんは梶路やろ?」

「違うんだよ遊木君。実は昨日の夜、襲われるのはボクのハズだったんだ」

「それどういうことよ!?」

 あまりにも衝撃的だったのか、ハミちゃんは証言台から乗り出す勢いで目を丸くする。

「昨日の停電の時、ボクが回りを手探っていたら背後で梶路さんの声が聞こえたんだ。避けてって云う梶路さんの声が。それと同時に証明が点いたと思ったら、そこには床に倒れる……梶路さんが」

「つまり、都築君を助けようとした梶路さんが代わりにやられてしまった。そういう事かしら?」

「うん。ボクがもっとしっかりしていれば……」

 思い出したくない真実を告げる夢見さんから目を逸らしていると、優しい表情で深海さんが僕を気遣うように声をかける。

「仕方ないよ。真っ暗で何も見えなかったし。美耶子ちゃんはその時の事は覚えてる?」

「はい。レストランが暗くなった時、わたしはすぐに感覚を鋭くして辺りを観察していました。そしたら知らない気配と足音が都築さんのいた方から聞こえてきたんです」

「足音?」

「はい。わたしは目が見えない分、足音や気配なんかでそこに何があるか、誰がいるのかを感じているのですが、さすがにあの騒ぎの中でどこに誰がいるのか判断するのは難しく、近くにいた都築さんの気配を感じて近づこうとしたら、誰のものでもない殺気を感じたんです」

「殺気……それで美耶子ちゃんは都築君を助けようとしたんだね」

「はい。わたしがもっと気を付けていればあんな事には……皆さんには、本当にご迷惑おかけしてすみませんでした」

 誰もそんな事を思っていないのに深々と頭を下げる梶路さん。

几帳面というかなんというか、梶路さんのこういう部分も嫌いじゃないけど、あまり良い感情は湧かない。

「迷惑だなんてそんな……!」

「そうですよ。宵闇の巫は何も悪くありません。悪いのはそこでのうのうと生きてアホ面を下げているプランクトンだけです」

「な!?」

「今のは聞き捨てなりません。すぐに、都築さんに、あやま……」

「ちょっと! 大丈夫梶路さん?」

 顔を赤くして崩れるように膝を付く梶路さんに、一番近い証言台に立つハミちゃんがすぐさま駆け寄る。

「すみませんハミちゃんさん。少し、目眩がしただけなので……大丈夫です」

 ハミちゃんの肩を借りながらゆっくりと立ち上がる梶路さん。大事はなさそうだけど、あまり無理は出来なさそうだ。

「そういえば美耶子ちゃん、朝から具合が悪そうだったもんね。まだ本調子じゃないんじゃない?」

「そんな事は……いえ、そうですね。度々すみません」

「ん~梶路さんの体調も良くないみたいだし、この話は一度切り上げて凶器について話し合わない?」

 梶路さんの様子を窺いながら紫中君が提案すると、深海さんが云いにくそうに尋ねる。

「いいの紫中君? もしかしたら重要な事が隠れているかも……」

「もちろんわかっているよ。でも、今話し合わなくても支障はないと僕は思うな」

「話しを切り出した本人はどうなんや?」

「構わん。そこまで云うなら譲ってやる」

随分簡単に食い下がるんだな? 生田君なら女神の話がどうのかんの云って噛みついてきそうなのに。

「ありがとう。それじゃあ改めて、凶器について話し合おうか」

「ん~なんかモヤモヤするなぁ」

 ボクも玉村さんに同感だ。生田君は何を考えているんだ?

 

 

 議論開始!

 

 紫中舞也

「犯行に使われた凶器……皆はなんだと思う?」

 

 太刀沼幸雄

「凶器も何もあの石窯だろ? あれに無理矢理犯人に突っ込まれて西尾は焼き殺されたんだ」

 

 深海紅葉

「それはそうだろうけど、その前に使われた凶器があるはずじゃない?」

 

 太刀沼幸雄

「どういう事だよ?」

 

 深海紅葉

「どんな状況だったかはわからないけど、西尾君だって大人しく殺されるわけがないよ。窯に入れられるまで、それに至るまでの過程があったはずだよ」

 

 遊木皆人

「深海の云う通りや。犯人が余程の達人でもない限り、一悶着あるのが普通やろな」

 

 太刀沼幸雄

「なら罠でも張っといたんだろ! バナナの皮でも置いときゃ勝手に転ぶしな!」

 

 < それは違う! >

 

 

「なにが違うんだよ都築。テメェ、俺様の発言が気にいらねぇだけじゃねえのか!?」

「そ、それは誤解だよ太刀沼君!」

「でも、さすがにバナナの皮って……」

「もっとまともな事云えないなっちー?」

「哀れな男……」

「仕方ないですよ。所詮はクラミジアですから」

「黙れ! テメェら全員ブッ飛ばすぞ!」

 相変わらずのやりとりにボクを含め他のみんなも苦笑いを浮かべている。

 なんだか気が緩むなぁ。変な空気に飲み込まれないうちに話を続けないと。

「えっと、話を続けても良いかな?」

「ああ、はよ頼むわ都築」

「うん。えっと、はっきり云うと西尾君が罠にかかったって事はないと思うよ」

「……」

 太刀沼君以外から当たり前だという視線を受けて、ボクは心が折れそうになった。

「か、カフェの厨房は2階のレストランに比べてかなり狭いんだ。石窯はもちろんいろいろな機械や道具が置かれていたから大掛かりな物は作れない。それに西尾君を最初から狙っていたのなら、彼が誰よりも詳しい厨房に罠を張るのは危険すぎるよ」

 

 < 俺様に逆らうんじゃねぇ! >

 

「ごちゃごちゃうるせんだよッ! おい都築! テメェ俺様の発言を否定するぐらいなんだ。西尾が焼かれた証拠、ちゃんとわかってんだよなぁ? 勿体ぶらねぇでそれをさっさと云いやがれッ!」

 

 凄い圧迫感だ。

 相手が太刀沼君だってわかっていても、手の震えが止まらない。

 でも、怯んじゃダメだ。太刀沼君が納得出来るよう彼の発言を斬り返さないと!

 

『俺様の意見を否定しやがって……テメェには何がわかってるってんだ? あ゛?』

 

『下手な事云ったらわかってんだろうな? ギッタギタのメッチョメチョのグッダグダだぞ!?』

 

「ギッタギタは嫌だけど、ちゃんと証拠は揃っているんだよ。ボクの話を聞いてもらえないかな?」

 

『うるせぇッ! いちいちまどろっこしいんだよボケがッ!』

 

『ホントは証拠なんて持ってねぇんだろ!? くだらねぇ御託並べて俺様の邪魔をするんじゃねぇッ!!』

 

 < その言葉、絶ち斬らせてもらうよ! >

 

 

「西尾君の手の平にあった傷跡。これが罠に嵌ったわけじゃない証拠だよ」

「傷跡だあ?」

「うん。西尾君の手の平に、まるで紐のような物を引っ張ったような傷があったんだ」

「昔からあった古傷かもしれねぇだろ?」

「それにしては傷が新しかった。もし古傷なら、もっと霞んでいたはずだよ」

「ええ。検死をしたあたしが教えたから確かな情報よ」

 ここでハミちゃんの言葉はありがたい。このまま続けよう。

「それに西尾君なら、手のひらに傷が残っている状態で調理なんてしないよ。料理はもちろん、パンに対するこだわりは誰よりも強かったからね」

 しばらく考え込む太刀沼君。

 何か云いたそうな素振りを見せるも言葉が見つからなかったのか、苛立ちをぶつけるように舌打ちをする。

「チッ、そういう事ならしゃーねぇな。今回は引き下がってやるぜ」

 ふう、なんとか太刀沼君を説得できたな。また突っかかってきそうだけど、今はこれで良しとしよう。

「そうなると、やっぱり犯人は西尾君を何らかの凶器で殺害した後に、石窯に入れてもう一度……って事になるんだね」

「ヒドイよ! 想像したくもないよぉ!」

「はい。とても残忍な犯行です」

「頭がきゅるってるなっちー!」

 深海さんをはじめ主に女性陣が残酷な殺害方法に心を痛めている中、状況に流される事なく思案していた紫中君がやっぱりあくびをする。

「ちょっと! いい加減にしてよね紫中君!」

「ごめんねハミちゃん。そうだ。ならその残忍な殺害方法を確かめる為にも、もう一度凶器について話し合ってみない?」

「ハァ、もうなんでもいいわよ」

 

 

 議論開始!

 

 太刀沼幸雄

「ホントに凶器なんてあんのかよ」

 

 指原雅

「さっき納得したばかりなのに……」

 

 太刀沼幸雄

「ああ゛!?」

 

 指原雅

「ぴやぁああああっ!」

 

 羽美垣子

「大きな声だすんじゃなわいわよ! 雅が脅えてるじゃない!」

 

 はなっちー

「そうなっちー! その口を閉じるなっちー!」

 

 太刀沼幸雄

「テメェが閉じてろ内通者!」

 

 紫中舞也

「その話はまた後にしようよ」

 

 梶路美耶子

「こういった状況の時、一番可能性が高いのはなんでしょうか?」

 

 遊木皆人

「殺人といえばナイフとか刃物やろうけど、モノクマファイルを見る限り、刺されたり斬られたりとかはないみたいやしなぁ」

 

 玉村晴香

「なら、毒殺とかじゃないかな?」

 

 < それは違う! >

 

 

「薬は凶器に使われていないと思うよ玉村さん」

「そうなの?」

「うん。紫中君と遊木君が医務室を調べてくれたみたいだけど、それらしい薬が使われた形跡はなかったって」

「どうだかな。そいつらが嘘を付いてる可能性だってあるだろ?」

「太刀沼、自分ええ加減せえよ?」

「まあまあ」

 ドスの効いた声で狐のような瞳を光らす遊木君を落ち着かせると、紫中君は一度咳払いをしてから落ち着いた口調で太刀沼君の方へ向き直る。

「太刀沼君。仮に共犯者がいてもその人は外に出れないんだよ? それをわかった上で僕達を疑うって事は、僕達にそんな嘘を付くメリットがあるのを、わかっているって事だよね? なら、それを教えてくれるかな?」

「メリット? 俺様はそんな安物使わねぇよ!」

「シャンプーの話じゃないなっちー!」

「で? メリットは?」

 しつこく太刀沼君に問いただす紫中君。実は結構怒ってないか?

「あ~うぜ! わーったよ! テメェらは嘘ついてねぇよ! だからその黒目で見んじゃねぇ!」

「そう。ならよかった」

 やっぱり怒ってたよなぁ……。

「え~と、なんの話だっけ?」

「薬は使われてないって話だよ晴香ちゃん」

「あ、そうだった」

「話の途中で気になったんだけど、夜ご飯に仕込んであったって事はないの?」

「それは無理だよ。昨日の夕飯はボク達が作ったけど、みんな料理に集中していたし、何かしようものなら西尾君がすぐに気付いて止めていたはずだよ」

「あいつ、俺様が盗み食いしようとするだけで蹴り入れてきやがったしな」

「再三注意されてもやめへん自分が悪いやないか」

 そんな事あったんだ。気付かなかった。

「自殺って可能性は?」

「それもないよ。そもそもモノクマファイルには、薬物の反応はないって書いてあるし」

「あ、あれれ?」

「晴香ちゃん。モノクマファイルはちゃんと読んでおいた方が良いよ?」

「ご、ごめん……」

 深海さんに注意をされて恥ずかしそうに頭をかく玉村さん。まるで姉妹みたいだな。どっちがお姉さんかは言わずもがなだけど。

「これで、薬を盛られた可能性は無くなったね」

「ハァ、振り出しってわけね……」

「まだ裁判は始まったばかりだよ。もう一度落ち着いて、皆で考えてみようよ」

 紫中君の言う通り、まだ議論はまともに進んでいないんだ。なんとかしてきっかけになるものだけでも見つけないと!

 

 

 議論開始!

 

 梶路美耶子

「薬でも刃物でもないとすると、他にどんな手があるのでしょうか?」

 

 深海紅葉

「撲殺……とか?」

 

 指原雅

「て、寺踪さんの時みたいにって事ですか?」

 

 遊木皆人

「あれだけ頭部が焦げてはったら、打撲痕はわからへんやろうしな」

 

 太刀沼幸雄

「なら決まりだな! 犯人は西尾を殴って殺したんだ。調理場には凶器になりそうな棒がいくらでもあったしな!」

 

 < それは違う! >

 

 

「太刀沼君、調理場の道具は凶器には使われていないよ」

「ありえねぇだろ! あんだけ殴り易そうなもんが壁中にぶら下がってたんだぞ? 俺様が犯人なら確実に使ってるぜ!?」

「調理場を捜査した時なんだけど、調理器具はどれも整理されていて、凶器に使われたようなものは一つもなかったんだよ」

「んなの当たり前だろうが! 西尾と一緒に焼いちまえば余裕で処理出来んだからよ」

「あんた、もう少し云い方ってもんはないの?」

「いちいちそんなの気にしてられっか!」

「でもそれは不可能なんだよ。そうだよね玉村さん」

「え!?」

 いきなり話を振られて小動物のように震える玉村さん。ちょっと唐突過ぎたかな。

「えっと、ほら。捜査中にボクに教えてくれた事があったよね。あれをみんなにも聞かせてほしいんだけど」

「あ、そういうことね。ビックリしたよ」

「なんのお話なっち?」

「前に、圭太君のお手伝いをしている時に教えてもらったんだ。ここの厨房の道具はどれも番号が振られていて、無くなってもすぐにわかるようになっているから便利なんだって」

「なるほど。あそこの調理場にあった道具を凶器に使って処理をしてしまうと、調理場からは道具が一つ欠けてしまう事になるのですね?」

「そういう事。ボクも玉村さんに教えてもらうまで気が付かなかったよ」

 気持ち、顔色がよくなった気がする梶路さんに頷く。

「そうなると、あそこの調理場の道具はどれもキレイに整頓されていたから、凶器に使われた可能性はなくなるね」

「歯抜けのものもなかったものね」

「チッ、そういう事はもっと早く云えよな!」

「あれ? 太刀沼君は調理場を捜査してなかったけ?」

「そんなもん俺様が覚えてると思うか?」

「それもそうだね」

 そこ納得しちゃうんだ……。

 奇妙なやり取りをする紫中君と太刀沼君に心の中でツッコミを入れていると、頭にはてなマークを浮かべるかのように指原さんが首を傾ける。

「そ、それなら、実際に使われた凶器はど、どこにあるのでしょうか?」

「鈍器の線も消えたとなると、これは事故という事になってしまうのでしょうか?」

「やっぱりバナナの皮が原因なんじゃねぇか! 人の発言を否定してまで無駄な時間使わせんじゃねぇよ!」

「それだけは納得出来ないなっちー!」

「そもそも、バナナの皮てどこからの発想なんや」

 いや、まだ一つだけ残っている。

 窯の中にあったあれが凶器に使われたに違いない……!

 

 こ げ た ほ う せ き

 

 

「西尾君が死んだのは事故なんかじゃない。犯人は、窯の中に残っていたこの宝石を使ったんだよ」

 ボクはポケットから、厨房で見つけた焦げた宝石をみんなに見せるようにして突き出した。みんなの不思議そうな視線がボクの指先に集まる。

「宝石なんてなにに使うなっち? 鼻の穴に詰めたってお口で呼吸が出来ちゃうなっちよ?」

「おはな、それはさすがにどうかと思うわよ?」

「え? なにがなっちー姉御?」

「ううん。なんでもない」

 ネタではなく純粋に疑問に思ったはなっちーにハミちゃんが温かい目を向ける。ここまで来ると姉御というより保護者だな。

「それで都築君、その宝石を何に使ったの?」

「それより、それ本当に宝石なの? ぼくには炭の塊にしか見えないんだけど……?」

「ちゃんとした八面体の宝石だよ。ここからじゃよくわからないかもしれないけど」

「ん~見せてもらっても良い?」

「もちろん」

「どうせなら皆に手渡して確認してもらえばいいんじゃないかな?」

「それもそうだね。それじゃあ指原さん。みんなに回してもらえるかな?」

「は、はい……おっふ」

 ボクは紫中君に云われた通り、隣の証言台に立つ指原さんに焦げた宝石を手渡して他の皆に見せて回した。各々違った反応を見せながら次に夢見さんの元に辿り着くと、彼女の何気ない発言によってバラバラだったみんなの意識を統一させた。

「あら? これよく見ればダイヤモンドじゃない」

「だ、ダイヤモンドですって!?」

「名曲だよね」

「そのネタは、通じる人が限られるんじゃないかな深海さん」

「どどどどどうしましょう! わ、私すごいベタベタ触っちゃいましたぁ」

「まあ、ダイアモンドの原石は炭素や云うしな」

「あ、アタイの始めてがががが」

「キモイ云い方すんじゃねぇ着ぐるみィ!」

「女子にとってダイアモンドは憧れなっちー!」

「テメェに宝石の価値なんかわかるかボケ!」

「でも、よくダイアモンドだとわかりましたね?」

太刀沼君とはなっちーが口論を繰り広げる中、梶路さんは疑問に感じた事を包み隠さず夢見さんに尋ねる。

「知らない男からよく贈られるのよ。でも、どれもワタシの求める賢者の石ではないから従者達に日頃の褒美として与えているけれどね」

「その、じゅーしゃっていうのは?」

「フフフ、漆黒の衣を纏った堕天使よ」

「カラスだよ! それ絶対カラスだよぉ!」

 証言台をバンバン叩きながら泣き崩れる玉村さん。その気持ちはさすがにボクでもわかる。

「か、カラスの話はやめない?」

「もしや苦手なのですか? 麗しき人魚姫」

「うん。あまり良い思い出がなくてね……」

 嫌な出来事を思い出してしまったのか、暗い顔で俯く深海さん。

 あの深海さんがあそこまで嫌悪感を示すだなんて、一体カラスになにをされたんだろう。

「あ、話を戻そっか。で、どうしてこの宝石……ダイアモンドが凶器だって思ったの?」

「宝石店を捜査してた時にモノクマに聞かれたんだ。ここにあったダイアのネックレスを知らないかって」

「そういや訊かれたな。宝石なんて興味なかったから、すっかり忘れてはったわ」

「確か、モノクマダイヤモンドの付いたネックレスなんだっけ?」

 紫中君が退屈そうに裁判を眺めていたモノクマに尋ねると、待っていましたと云わんばかりに奴は椅子の上で飛び跳ねる。

『そうだよ! ボクが丹精込めて作ったダイヤモンド! それをどこの誰かがお金も払わず持って行ったんだよ!? 酷いよねぇ、泥棒は嘘つきの始まりなのに』

 それは逆だって何度云えば……。

「なるへそなっち! 犯人はその盗んだネックレスを持って犯行にダッシュしたなっちな!」

「それをいうなら及んだ、よ」

「そっか! 西尾君の手のひらにあった傷跡は、首を絞めるネックレスを外そうとして出来たものだったんだね!」

「なるほどね。それなら辻褄が合うわね」

「つまり、西尾さんは焼かれる前に犯人に絞殺されていたわけですね?」

「うん。梶路さんの云う通り、西尾君の直接的な死因は焼殺でも撲殺でもなくて、絞殺だったんだよ」

 

 < 闇に滅しなさい! >

 

「残念だけど都築君。あなたの発言を見逃すわけにはいかないわ」

「……夢見さん。ボク、なにか間違った事云ったかな?」

「ええ。あなたは何もわかっていない。その哀れな魂を浄化してあげるわ。ワタシのイノセンスで!」

 

 やっぱりこうなったか。夢見さんには悪いけど、この事件は決してプラーミャなんて殺人鬼が起こしたものじゃない! もちろん、この中の誰かがプラーミャであるはずも……。なんとかそれを証明して、夢見さんを説得しないと!

 

『都築君、あなたは何もわかっていない。あの人が……あのお方がこんな事するわけないの』

 

『プラーミャは絞殺なんて卑怯な真似はしないわ。彼は正々堂々、正面から悪と対峙して断罪の焔で葬るのよ!』

 

『きっと西尾君は過去に過ちを犯してしまっていたのよ。良い人だったから信じたくないかもしれないけれどね……』

 

『プラーミャは彼の魂を救ったのよ! ああプラーミャ! あなたは何処に……!』

 

「夢見さん。残念だけどこの船に本物のプラーミャはいないんだよ。今回の事件は、プラーミャがやったかのように犯人が見立てているだけなんだ!」

 

『残念なのはあなたよ都築君。やはり魂が穢れてしまっているのね』

 

『プラーミャはいるの。だってあれだけの事を出来るのは彼しかいないもの』

 

『悪を裁けるのは悪だけだ。たとえ人殺しと罵られようと、我は悪を葬り続ける! この言葉が全てを物語っているわ!』

 

 < その言葉、断ち斬らせてもらうよ! >

 

 

「なんですって!?」

 恥ずかしいポーズをとったまま目を見開く夢見さん。

 意外に目力が強いな。本当に睨まれて石になったかと思った。でも、ここで怯むわけにはいかないよ。

「夢見さんも見ているはずだよね。あの、壁に書かれた文字を」

「壁の、文字……まさか!」

「そうだよ。誰よりプラーミャに詳しい夢見さんならわかるよね? 連続殺人鬼プラーミャは、今まで一度も現場にメッセージを残したりはしていないんだよ!」

「ンン……ッ!」

 顔を紅潮させたまま、震える体を抑えるようにして抱き締め蹲る夢見さん。なんだか凄く……いや、言わないでおこう。

「ハァ、ハァ、そうね。都築君の云う通り。彼は多くの言葉を残しているけれど、それは直接文字にして残したわけじゃない。去り際に云ったという言葉を代々語り継いでいるにすぎないわ。フフフ、ワタシとした事が目の前の幻に踊らされるだなんて……惨めね」

 なんとかわかってもらえたみたいでよかった。少し可哀想な気もするけど仕方ない。

「とりあえず凶器がわかってよかったね!」

「ちょい時間かかりすぎな気もするけどな……」

「でもどうして犯人は、わざわざプラーミャの仕業にしたんだろ」

玉村さんや遊木君が安堵する中、深海さんは一人難しい顔で呟いた。

「現場を荒らして捜査の目を誤魔化す為だろ?」

「そうかもしれない。でも、犯人は西尾君を殺した後に、証拠隠滅の為に凶器のネックレスや彼の首を燃やしたんだよね? それだけでも充分なのに、わざわざあんなに大きく壁に文字を書くのかな? 余計な手間を掛け過ぎだと思うんだけど」

「あたしも深海さんに賛成。仮にあたしが犯人だったらそこまで手の込んだ事はしないでさっさと自分の客室に戻るもの」

「あり得ねぇだろ! どうせならめちゃくちゃにした方が良いだろう!?」

「あり得ないのはそっち。西尾君の死亡時刻は早朝よ? 深夜ならともかく、誰が起きてくるかわからない状況でそんな手の込んだ事している暇なんてないわよ!」

「姉御の云う通りなっちー! 最初から体を焼いてプラーミャの犯行に見立てるつもりだったなら、わざわざ首を絞めたりしないなっちー!」

「そ、そうですよね! わわ、私もそう思いましゅ!」

「俺も女神達の意見に賛成です」

 う~ん、なかなかまとまらないな。太刀沼君とハミちゃん軍団が衝突するのは仕方ないんだけど……まあ、きっと紫中君や深海さんが仲裁に――

「わいは、太刀沼の意見はそこまで的外れでもない思うけどな」

「遊木君は太刀沼君に賛成するの?」

「ああ。結果はどうあれ、壁に文字が書かれてあったのはホンマやろ?」

「それはそうかもしれないけど……でも、他に理由があるはずよ!」

「どうしましょう。せっかく凶器がわかったのに、余計話が拗れてしまいました」

「一度議論をして、みんなの話を改めて聞いてみてもいいかもね」

 まさか、ここで遊木君が太刀沼君に賛同するとは思わなかった。だけど彼の言う通り、壁に文字が書かれている事は事実なんだよな。でも……本当に捜査を混乱させる為に、最初から犯人が計画した事だったのか?

 

 

 議論開始!

 

 梶路美耶子

「犯人が、わざわざプラーミャの犯行に見立てた理由……ですか」

 

 太刀沼幸雄

「現場を荒らして捜査を混乱させるためだな!」

 

 羽美垣子

「いいえ。そんな事する暇があるならさっさと客室に戻った方が得策よ! 犯人は別の理由であんな事をしたのよ」

 

 遊木皆人

「ほんなら、それを聞かせてもらえへんか?」

 

 羽美垣子

「そ、それは……」

 

 はなっちー

「姉御がピンチなっちー! 雅ちゃん、一緒に考えるなっちー!」

 

 指原雅

「は、はい! ええと、ええと……あっ、あじゅびぐだりぁしゅぎびみにだしゅ!」

 

 玉村晴香

「それなに語!?」

 

 夢見縛

「あれは狂魔戦争の時代に使われたと云われるジュビグダ語よ」

 

 玉村晴香

「そうなんだ! ちなみになんて云ってるの?」

 

 夢見縛

「今夜は肉じゃが、よ」

 

 遊木皆人

「家庭的やな!?」

 

 紫中舞也

「議論がズレてない?」

 

深海紅葉

「わかった! 犯人は西尾君の殺人にも失敗しちゃったんじゃないかな?」

 

 < それに賛成だよ! >

 

 

「きっとそうだよ。犯人は、完全に西尾君を殺す事が出来なかったんだ」

「んん? それが壁の文字とどう関係してるの?」

「犯人は当初、ネックレスで西尾くんを絞め殺すつもりだった。でもそれだけじゃあ西尾君を殺すには至らなかったんだ」

「気を失わせる事は出来ても、殺害には至らなかった可能性もあるわね」

「うん。西尾君は見た目に比べて体を鍛えていたみたいだから、純粋に力負けしてしまったんだと思う」

「ん~?? ごめん、ちょ、ちょっと待って」

 ボクやハミちゃんが納得する中、理解できないとばかりに頭を抱える玉村さん。そんなに難しかったかな?

 ボクが自身を失いそうになっていると、それを見かねた深海さんがこっそりフォローするかのように言葉を挟む。

「計画通りにいかなかった犯人は、きっと横たわる西尾君を前にして慌てちゃっただろうね。このままじゃ計画が台無しになっちゃう! てね」

「あ、なるほどね~!」

「計画が上手く行かず癇癪を起こした犯人は、強引に燃える窯の中へ酵母菌を突っ込んだわけか……ふっ、救いようのないバカだな。救う気もないが」

「そして犯人は西尾君と凶器を一緒に燃やしている時にプラーミャの犯行に見立てる事を思いついたんだ。そうすれば、あの映画を観てプラーミャの事を知っている人なら誰でも犯人になりうるからね」

「誰だか知らねぇけど、犯人はよっぽど性格が悪ィ奴みたいだな」

「そうなると犯人はキサマ自身という事になるぞクラミジア」

「ああ゛!?」

「ケンカはダメだよ二人とも!」

 火花散らせる二人に水をかける勢いで仲裁に入る深海さん。いつもご苦労様だよ。

「チッ、そもそもよぉ? なんで西尾の奴はカフェの厨房なんかで死んでたんだ?」

「あ、そこに戻るんだ」

「明日、正しくは今日の朝食の準備をしてたのではなくて?」

「ならいつものレストランでやりゃあいいじゃねぇか」

「2階のレストランは夜時間の間は使えないよ?」

「そうだったか?」

「うん。そうだよねモノクマ君」

 念のためにモノクマに訪ねる深海さん。まじめな性格の彼女らしいけど、あいつを君付けで呼ぶのはどうかと思う。

『そうですよ。船内ルールにもちゃんと書いてあるのに忘れるなんて、太刀沼君はおバカさんだなぁ♪』

「うわ、モノクマにまで云われた……」

「さすがに同情するなっちー」

「お、お気を落とさないでく、ください」

「だああああああああああ!! テメェらホンットにぶっ殺すぞ!?」

『え? やるの? やっちゃうの?』

「ウゼェからこっち見んな!」

 ハミちゃん軍団とモノクマ、両方に淡化を切る太刀沼君。いい加減疲れないのかな?

「でも太刀沼君が疑問に思っている事には僕も同意するよ。本当に朝ご飯の仕込みをしていただけなのか、それとも違う理由があったのか」

「そうですね。もしかしたら何か見落としている箇所があるかもしれませんし」

「議論してみはる価値はあるわな」

 梶路さんと遊木君が紫中君の意見に賛同していると、他のみんなも気合いを入れ直すかのように真剣な表情になった。

 ボクもみんなに負けないよう頑張ろう。みんなの言葉に集中するんだ!

 

 

 議論開始!

 

 玉村晴香

「圭太くんが4階の厨房にいた理由かあ……なんだろう?」

 

 遊木皆人

「一番考えられるのは朝飯の下ごしらえやろうな」

 

 深海紅葉

「でも、わざわざ4階のレストランでするのかな? 西尾君なら夜時間の事も考慮して、事前にやってそうな気もするんだけど」

 

 生田厘駕

「麗しき人魚姫の云う通りです! 酵母菌は夜時間の前にあらかたの仕込みは済ませてあると云っていました!」

 

 深海紅葉

「それ、本当?」

 

 生田厘駕

「ええ。夜時間になるとレストランが使えなくなるから夕飯の片付けの後にしていると、以前女神達の朝食を作っている時に、訊ねてもいないのに魚を吐く鵜の如く云っていました!」

 

 はなっちー

「ならどうして西尾君は4階にいたなっちー?」

 

 生田厘駕

「それはわかりません。知りたくもないですし」

 

 指原雅

「だ、誰かと待ち合わせをしていたり……とか、でしょうか?」

 

 < それに賛成だよ! >

 

 

「ひゃう!?」

「ちょっと都築君! さっき大きな声を出すなってあのバカに云ってたの聞いてなかったの!?」

「あ、ごめん」

「おい、バカってのは俺様の事か?」

「大丈夫なっちー雅ちゃん?」

「は、はい。大丈夫です」

「おい、だからバカって云うのは――」

「待ち合わせをしていた事がわかる証拠があるんですか?」

 さすがに嫌になってきたのか太刀沼君の言葉を遮るようにボクに尋ねる梶路さん。

 まあ、体調が優れない時にあんな騒がれたら誰だって……ねぇ?

「うん。紫中君が西尾君の客室を捜査した時に、手紙が見つかったんだって」

「ちなみに……これだよ」

 みんなに確認させるように制服のポケットから手紙を出して見せる紫中君。宝石の時のように、みんなの視線が手紙に集中する。

「確かに手紙だね」

「なんて書いてあるのですか?」

「 『さんじ よんかい かふぇで まつ』 ……全部ひらがなで書いてあるんだよ」

「なんでひらがななのよ?」

「知らない」

 はっきり答える紫中君にハミちゃんがずっこけそうになると、渦巻く瞳で手紙を凝視していたはなっちーが当然の疑問を投げかける。

「そもそも、その手紙は本当に西尾君宛ての物なっちー?」

「うん。書かれている時間も場所も現場と同じだし、西尾君はこの手紙を見てカフェに向かったと思って良いと思うよ」

「でも、いきなりこんな手紙が届いても困るよね。ぼくなら怖くて行けないなぁ。レストランであんな事があった後なら余計にさ」

「考えるに、この手紙の送り主は前から西尾と夜時間中に会っていたんやないか? この妙ちくりんな手紙の書き方も、お互いにしかわからへん暗号なんかもしれへん」

「わざわざ夜時間に、手紙を出してまで待ち合わせをする理由……検討が付かないわね」

「んなの決まってんだろ夢見ィ? 夜中にコッソリする事と云やあアレしかねぇだろ! ゲハハハ!」

「その割にはシンプルな手紙だよね」

 鼻息を荒くしながら下衆に笑う太刀沼君をスルーして、深海さんは顎に指を添えたまま紫中君の持つ手紙をじっくりと眺める。

「そうなっちなぁ。アタイならハートマークの一つでもつけて、相手をムラムラさせるくらいはするなっちー」

「テメェからハート付きの手紙なんてもらったって誰も喜ばねぇよ! 俺様なら唾吐いて捨てるね」

「誰もお前なんかに渡さないなっちー!」

「落ち着きなさいおはな。そんなバカと云い争うだけ時間の無駄よ」

「ぐぬぬ……」

 太刀沼君、よくこれだけ色々な人にケンカを売れるよな。まったく尊敬しないけど。

「あ、あの。そうなると、は、犯人は女子の誰か……という事に、なってしまうんじゃ……」

 指原さんの何気ない言葉に周りの時間が一瞬止まった。確かに止まった。が、それはすぐに誰のものかわかる下卑た声によってすぐに動き出した。

「ゲハハハ! そうだ! そうだよ! わざわざ夜中に男と密会するような奴は女以外に考えられねぇ!」

「ちょっと! まだそうと決まったわけじゃないでしょ!?」

「そうだ! わざわざ女神達が夜中に酵母菌に会いに行く理由がない! 仮に殺すつもりだったのなら、酵母菌ではなくこの俺を選ぶに決まっている。ですよね投球姫?」

「ぼくに振らないでよぉ! ぼく犯人なんかじゃないからね!?」

「混沌の渦が……ンンッ! 胸の痕(スティグマ)が疼くわ」

「なんだか、おかしな事になってしまいましたね……」

 やや紅潮した頬に手を添えながらぼんやりと様子を窺う梶路さん。

やっぱり体調が良くないんだろうな。夢見さんも違う意味で病気を拗らせてしまっているみたいだし、早く裁判を終わらせないと……。

「ごごごごごごめんなさい! 私がよ、余計な事を云ったから!」

「雅ちゃんのせいじゃないなっちよー!」

「そうよ! 雅はなんにも悪くないから、ね?」

「うぅ……ごめんなさい」

「とりあえず一度落ち着こうよ。このままじゃまともに議論が出来ないよ」

「そうだね。皆も疑われて嫌な気分はしないかもしれないけど、一度ゆっくり話し合おうよ」

 納得がいかないと云った表情でボク達男子から距離を取ろうとする女子を宥める深海さんに心の中で感謝をしながら、ボクは見逃したシーンを確認するかのように議論を巻き戻した。

「えっと、西尾君は誰と待ち合わせをしていたのか、だったよね?」

「うん。異性とって考えるのが無難だとは思うけど、実際はどうなんだろうね?」

「よっしゃ! さっそく始めようぜ。結果はわかってるけどなぁゲハハハ!」

 

 

 

 議論開始!

 

 太刀沼幸雄

「西尾は女と会っていた! これはもう確実だろ!」

 

 羽美垣子

「男と会っていた可能性だってあるでしょ?」

 

 太刀沼幸雄

「深夜にわざわざ四階まで行って、野郎なんかと話をするわけねぇだろ?」

 

 生田厘駕

「気に入らないが同感だ。同じ空気を吸っているだけでも吐き気がするというのに、わざわざ密室で二人きりになる理由がない」

 

 夢見縛

「さっきから発言が不安定よあなた。男子と女子、どっちの味方なの?」

 

 生田厘駕

「俺は全宇宙に存在する女神の味方ですよ罪深きサキュバス!」

 

 夢見縛

「電灯に群がる蛾の方がマシだったようね」

 

 羽美垣子

「そうだ! きっと西尾君は男に興味があったのよ! ほら、最近流行っているアレ……SL?」

 

 はなっちー

「それは機関車なっちー」

 

 遊木皆人

「てか、なんやこの議論が無駄なもんな気がしてきたんやけど」

 

玉村晴香

「え? なんで?」

 

 遊木皆人

「仮に女子が犯人やとして、7人もいたら絞り切れへんやろ? ネックレスだけしか手がかりがないんじゃ尚更わからんわ」

 

 < それは違う! >

 

 

「なんや都築、他に手がかりを知ってはるん?」

「手がかりって程じゃないけれど、一つだけ思い出した事があるんだ」

「なによ、もったいぶらず早く教えなさい!」

 ピリピリしているせいかやたらと急かすハミちゃん。

 ボクはその迫力に圧されそうになるも、なんとか耐えて話を続けた。

「窯の大きさだよ」

「大きさ? それって窯自体の話?」

「ちょっと違うかな。窯の入り口部分なんだけど、結構広く作られているんだ。本屋で調べたんだけど、この窯は二層式の物で、下の段で薪や炭を燃やして、上の段でピザやパンを焼く仕組みになっているんだ」

「それが何だって云うんだよ? 窯の形を見りゃあ、俺様だってなんとなくわかるぜ?」

「それだけじゃあないんだ。調べていて気付いたんだけど、この二層式の窯は奥の方で上と下が繋がっていて、きっちり仕切られているわけじゃなかったんだ」

「聞いた事ある。確か、火が上に伝わり易くする為なんだよね」

「うん。本に書いてあっただけだから、ボクもそこまで詳しいわけじゃないんだけどね」

「石窯の構造はわかったがそれがなんの手がかりになるんや? 西尾が窯で焼かれた事はとっくにわかっとるんやで?」

「そう。犯人は殺しきれなかった西尾君を窯で焼死させたんだ。何百度もの炎が燃える窯の中に入れて、ね」

 ボクが何を云いたいのか勘付いたのか、深海さんが口に手を当て目を丸くする。

「……まさか、都築君」

「そうだよ。どんなに入口が広くても、燃え盛る炎の中に抵抗する男性を一人押し込むのだから、犯人の腕や手に火傷の痕が残っていてもおかしくないんだ!」

「なるほど!」

「そうね! 西尾君はあれだけ酷い火傷を負っていたんだもの……犯人だって少なからずケガをしていてもおかしくないわ!」

「ならさっそく服は脱がねぇとな! おい女子共、見ててやるからさっさと全裸になれよ! ゲハハハ!」

「なんであんたの前で脱がなきゃいけないのよ!」

「共犯者がいて誤魔化されるわけにはいかねぇからな! ちゃんと舐めるように見てやるから安心しろよ!」

「絶対に嫌!!」

 ハミちゃんが胸元を隠すようにして太刀沼君を睨んでいると、自らの肩を叩きながら紫中君が云う。

「別に服を脱ぐ事はないよ。肩の辺りまで見せればいいんじゃないかな?」

「そ、そうだよね……」

「な、なんで少し残念そうなの晴香ちゃん?」

「なんの事かな!? 変な言いがかりはよよよ吉田ちゃんだよ紅葉ちゃん!!?」

「そうだよね……うん、なんかごめんね」

「それじゃあ皆、腕を見せてくれるかな」

 大きめの学ランを脱ぎながら男子とは思えない細い腕を見せる紫中君。ボクも彼に続くようにYシャツの袖をめくって肩まで見せると、他のみんなも次々と腕を見せる。……が、火傷を負っている人はいなかった。

「誰も火傷の痕なんてないわね」

「そ、そうですね。残念ですけど、ほ、他の案を考えましょうか……」

 約、一人を除いて。

「オイ、オイ、オイオイオイオイオイオイオイオイッ! 誤魔化してんじゃねぇよ垣子あ゛あ!? テメェの妹分がまだ腕を見せてねぇだろうがよぉ!」

「なに云ってんのよ? おはなはちゃんと腕を出して――」

「バカにすんじゃねぇよ。ンなの通るわけねーだろうがボケ!」

 どうにかしてはなっちーを庇おうとするハミちゃん。必死に頭を回転させても言葉が出てこないからか、その表情は苦悶に満ちていた。

「おい着ぐるみィ。テメェも何シカトしてんだよ? 姉御がピンチだぞぉ? なんとか云ったらどうだよぉ? なぁ、き~ぐ~る~み~ちゃ~ん~よぉ~~~~?」

「そんな奴の挑発になんか乗っちゃダメよ。さっきも我慢出来たでしょ? あんたが犯人じゃない事は私と雅がわかってるから。だからあんたが嫌な思いをする事はないの!」

「で、です!」

「野犬も食わねぇ様な安っぽい友情ゴッコなんていらねぇんだよ。昨日都築を襲おうとしたのも、黒幕の内通者なのも、全部テメェなんだよなぁ? それを脱げねぇって事はそういう事なんだよなぁ! どうなんだよぉオイッ!!」

気遣いなんて言葉を知らないかのように、周りの目を気にする事なくはなっちーを汚い言葉で責め立てる太刀沼君。

これだけ云われても、はなっちーの事を庇おうとするのはハミちゃんと指原さんだけ。女の子がピンチだというのに、あの生田君でさえ一言も声を掛けようとせず、つまらなそうに黙ってやり取りを見ているだけだった。

 太刀沼君は言い過ぎだ。それに、仮にはなっちーが内通者だとしても、今回の事件に関わっていないのは明らかだ。

 ボクはそれがわかっているのに、彼女達に救いの手を差し伸ばす事が出来ない自分に心底腹が立った。

「これだけ云われてんのに一言も反論しねぇだなんてなぁ……こいつはもう決まりなんじゃねぇか? なあ! お前らもそう思うよなぁ!」

 みんなの戸惑う顔をわざとらしく見せつけて、ハミちゃん達が異常である事を厭らしく突きつける太刀沼君。でもそれを非難する事は出来ず、みんな、ただ黙っている事しか出来なかった。

「なによ……嘘でしょ? おはなは犯人なんかじゃない! 他の誰かが犯人よ! どうしてわからないのよ!」

「そ、そうですよぉ……皆さん、信じて下さいよぉ……!」

「ぼくだって信じたいよ。でもさぁ……」

「彼女が何も云わないのでは庇い様がないわね」

「すみません。ハミちゃんさん。指原さん」

『うぷぷぷ! おやおや? これは決着がついたと判断しても良いのかなぁ?』

 場の空気が完全に太刀沼君に向いてしまった。

このまま終わらせてはいけない。犯人は、絶対他にいるはずなんだ! クソッ! このままじゃみんなオシオキされてしまうのに、上手く言葉が出てこない……!

「少し良いかな?」

「何よ。紫中君までおはなを責めたいの?」

「そんなつもりはないよ」

 ハミちゃんの責めるような視線を軽くかわすと、紫中君は枯れ始めた花のように俯くはなっちーに向き直る。

「アタイは……アタイはやってないなっちー」

「わかってるよ」

「ええ……?」

「正直僕は、君が犯人だとも、内通者だとも思ってない」

「……」

「それだけ頑なに着ぐるみを脱ぎたがらないって事は、何か事情があるんだとは思う。でもこのままだと、君の大切な人もオシオキされる事になっちゃうんだけど……それでも良いのかな?」

 淡々と事実だけを述べる紫中君。その瞳に揺らぎはない。

「そんなの……良いわけないなっちー」

「そうだよね」

 その言葉を聞きたかったのか、満足したような顔ではなっちーを見ると、紫中君はそれ以上何も云わずにゆっくりと目を伏せる。

「ありがとなっちー紫中君。アタイ、腹を決めたなっちー」

「お、おはな……?」

 尋常でないはなっちーの様子に、ハミちゃんは戸惑うように名前を呼ぶ。

 それが自然に出たものだったのか、ボクにはわからない。

「姉御。雅ちゃん。庇ってくれて、凄く嬉しかったなっちー」

「何よそれ。変な云い方しないでよ……」

「そ、そうですよ。そんな、まるで――」

「短い間だったけど、ハミちゃん軍団として一緒に遊べて楽しかったなっちー! みんなも、こんなアタイを受け入れてくれて、本当にありがとうなっちー!」

 はなっちー、君は……。

「アタイの事は嫌いになっても……この子の事は嫌いにならないでね!」

「おはなぁッ!」

「うっ……はなっちー、さん」

「眩し……なんやこの光は!」

「目が……目がァ……!」

 眩い光がはなっちーの体から溢れだす。

 みんなが目を覆う中、まるでサナギから羽化する蝶のように出てきたのは、ピンク色の髪をみつあみにして、赤いジャージを着た……小さな、おんなの……こ?

 

 

 

 

 

 

「……はじめまして。花子・アンドロメダ……デス」

 


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