ダンガンロンパミラージュ~絶望の航海~   作:tonito

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・・諸注意・・

この作品は、現在発売されておりますPSP及びPS vita用ゲーム、ダンガンロンパシリーズの非公式二次創作となっております。二次創作が苦手な方、また理解の無い方の閲覧は御遠慮ください。

『ダンガンロンパ』『スーパーダンガンロンパ2』等シリーズのネタバレが含まれております。

 モノクマを除き登場するキャラはオリジナルキャラとなっておりますが、他の作品と肩書き等が被ってしまっている可能性があります。人によっては気分を害してしまう恐れがありますが予めご了承ください。

 流血や殺人等、グロテスクな描写を含みます。苦手な方はご注意ください



チャプター3 (非)日常編 ①

 

『都築さん』

『梶路さん。どうしたの?』

『実は、都築さんにお願いがあって』

『お願い? ボクに出来る事ならなんでもするよ。た、大切な、梶路さんの為ならね』

ドキドキしながらボクなりにかっこいいと思う言葉を告げると、その言葉が余程嬉しかったのか、梶路さんは飛び跳ねんばかりに喜んだ。

『わぁ! ありがとうございます! さっそくなんですけど……いいですか?』

 両手を合わせながらボクの顔を覗きこむような仕草をする梶路さん。か、可愛い。

『もちろんだよ! で、お願いっていうのは?』

『あそこにいる人達を殺してきてください』

『……へぁ?』

 不覚にも変な声が出てしまった。

 今の声どこから出たのだろう……いや、そんな事はどうでもよくて、いま梶路さんは何を云ったんだ?

『ごめん梶路さん。よく聞こえなかった。もう一度良いかな?』

『変な都築さん。では改めて……あそこにいる人達を殺してきてください』

 梶路さんが指差す方を見ると、そこにいるのは楽しそうに会話をする数人の男女。パッと見高校生くらいだろうか。

『殺してってそんな……あの人達は梶路さんに何かしたの?』

『いいえ?』

『じゃあ、どうして?』

『邪魔だからです』

『はぁ?』

『あの人達、さっきから五月蠅いと思いませんか? 周りの迷惑も考えずに大きな声で喋って……とても癪です』

 そう呟く梶路さんの声には感情と呼べるものがなく、ボクは背筋に冷水を垂らされたかのように体を震わせた。

『や、やだなぁ梶路さん。そんな笑えない冗談云うなんて君らしくないよ。どうしたの? もしかしてボク、気に障る事しちゃったかな? それなら謝るよ。謝るから、そんな物騒な事云うのは――』

『出来ないんですか? わたしを殺したくせに』

『……え?』

『わたしを殺したのにあの人達は殺せないんですか?』

『な、なにを……云って……』

『わたしを二度も殺したじゃないですか。一回目は未遂でしたけど……苦しかったんですよ?』

 一回目……未遂……そうだあの時。モノクマに映像を見せられたボクは……梶路さんの、首を……。

『そして二回目。アナタはわたしを犠牲にした。周りを生かす為とか都合の良い事を云って、実際は自分の命を守る為に』

『そ、それは違うよ! ボクはそんなつもりじゃ――』

『それなのに殺せないんですか? わたしの為ならなんでも出来るとか云ったくせに……嘘をついたんですか?』

『嘘じゃないよ! 梶路さんの為ならなんでもするよ! でも人殺しなんてそんな……おかしいよ!?』

『おかしいのはアナタですよ都築さん。アナタは汚い。アナタは汚れている。既に真っ黒なんですよ。それなのに、今更何を仰っているのです?』

『汚れて、いるって……?』

『自分の両手を見てみては?』

 云われるまま、恐る恐る視線を落とす。

ボクの手の平からは、ドス黒いナニかが噴水のように沸き出ていた。

『あぁ……あ゛ぁ゛……ッ!』

『アナタの手は汚れてる。これでわかりましたよね? さあ、あそこにいる人達を殺してください』

『い、いやだ……嫌だ……ボクは、ボクはやってない……アレは……違うんだぁ……!』

 どんなに強く抑え付けてもナニかは止まらない。

 零れ落ちてはゆっくりと波紋のように広がっていく。

『……くせに』

『……はぇ?』

『人殺しのくせに』

『!?』

や、やめで……それ以上は……云わないで……がじ、ろさ――

『大嫌いです』

「ああああああああああああああああああああああああッッ!!!?」

「都築君!?」

「あぁ……あぁ! 違う……ボクはぁ……ボク、はぁ……」

「落ち着いて都築君。ゆっくり、ゆっくり呼吸して」

 優しい温もりが毛布のようにボクを包む。

 これは……深海さん。そうだ。昨日体を張ってボクを――

「……大丈夫?」

「うん。ありがとう、深海さん」

「どういたしまして」

 ボクを気遣うように優しく微笑みを向ける深海さん。

 まっすぐ彼女の瞳を見つめていると、その顔はどこかやつれてるようにも思えた。

「もしかして、ずっと寝ずにボクの側にいてくれたの?」

「うん。自分の客室以外での故意の就寝は禁止だからね」

「ご、ごめん! ボクなんかにつき合わせて!」

「一日くらい寝なくても平気だよ。でも、シャワーは浴びたいかな」

 ボクから体を離すと、ポニーテールを揺らしながらシャワー室を指差す。

「も、も、も、もちろんだよ! 遠慮せず使って!」

「……一緒に入る?」

「ふぁ!?」

「冗談だよ~」

 クスクスと悪戯っぽく笑いながらシャワー室に入る深海さん。

 ボクは真っ赤になっているであろう顔を両手で叩きながら、わずかに聞こえるシャワーの音をかき消した。

 

 

 

 

 ダンガンロンパミラージュ~絶望の航海~

 

 

 chapter3

 

 『 フライングデッド 』

 

 

 

 

 仄かにシャンプーの香りを漂わせる深海さんと共にレストランへ行くと、そこにはハミちゃんと指原さん、そして花子さんが同じテーブルに着いてお茶を飲んでいた。

「みんな、おはよう」

「お、おはよう都築君。その……もう良いの?」

 強張った顔でボクに声をかけてくれたハミちゃん。

きっとボクの精神的な面を気遣ってくれているのだろう。慎重に言葉を選んでくれているのも伝わってくる。

「正直云うと、まだ厳しいかな」

「そう」

「でも、少しずつ立ち直りたいとは思ってるから。心配してくれてありがとう」

 ボクは自然な表情を意識しながら、気を遣ってくれたハミちゃんを労うかのように微笑みを向ける。すると彼女もそれに気付いたのか、一度だけ顔を伏せると立ち上がり、腰に手を当て、いつも通りの調子で胸を逸らした。

「ふふん! 正直なのは良いことよ都築君! もし落ち込みそうになったらあたしに云いなさい! 特別に気合いを入れてあげるからね!」

「ははは、お手柔らかに頼むよ」

 ハミちゃんの入れてくれる気合いか。きっとエナジードリンクなんかより効き目があるんだろうな。

 自分がハイテンションで活動する姿を想像していると、ボク達の様子を窺っていた花子さんと指原さんが同時にペコリと頭を下げた。

「オハヨーゴジャイマス。つづきサン。ふかみサン」

「お、おはようございます」

「花子ちゃんも雅ちゃんもおはよう!」

「おはよう。え~と……花子さんは、もうはなっちーの姿じゃないんだね」

「ハイ。はなっちーは、花子であって花子じゃないデス。はなっちーは……もう」

 花子さんの表情が曇る。どうしよう……せっかく前向きに行こうと思った矢先に花子さんを後ろ向きにさせちゃうなんて。

 ボクがさっそくハミちゃんに肘で小突かれながらあたふたしていると、助け船を出したのはまったく予想外の人物だった。

「よお。やっぱ起きてたかお前ら」

「太刀沼君? こんな時間に起きてくるなんて珍しいね。お腹痛いの?」

 まあな、と何気に失礼な事を尋ねる深海さんに適当に返すと、太刀沼君は気まずそうに頭を掻きながら花子さんの前に出た。

「おい着ぐるみ……の、中の奴」

「は、花子デス。な、なにか、ごよーデスか?」

 昨日の裁判の事もあってか周りの空気が張り詰める。ハミちゃんに至っては今にも殴りかかりそうな雰囲気だ。

「……ったよ」

「え?」

「だから、昨日は悪かったって云ったんだよッ!」

 ありえない言葉にその場にいたみんなが口をポッカリ開けてしまった。

 いま悪かったって云ったのか? あの太刀沼君が? 謝っただって? ……夢でも見ているのかボクは。

「ど、どういうつもりデス?」

「どうもこうもねぇよ。昨日裁判の後にいろいろ考えてよ。俺様も少しは悪かったって思ったんだよ。だから謝った。無茶苦茶ムカつくけどなッ!」

 最後の言葉は余計なものの、きっと太刀沼君なりに精一杯考えた故の言葉なのだろう。

 花子さんもそれがわかったのか、曇っていた表情はいつの間にか溶けて可愛らしい花のような笑顔になっていた。

「いーデスよ。ゆるしてあげマス」

「お、マジでか!」

「でもタダじゃないデス。かにみそワンイヤーが、おゆるしのじょーけんデス」

「ハァ!?」

 驚く様子の太刀沼君にドヤ顔で人差し指を立てる花子さん。

 ワンイヤー……つまり一年分てことかな?

「云うわねおはな! それでこそあたしの妹分よ!」

「さ、さすがですぅ!」

「こンのガキが調子に乗りやがって! ワンイヤーってなんだよ! 耳を千切れとかふざけんじゃねぇぞ!?」

「太刀沼君、EarじゃなくてYearね」

「もっとわかりやすく教えろ!」

 深海さんはかなり優しく……というか、それくらい教わる以前の問題だと思うんだけどな。まぁ太刀沼君だし仕方ないか。

「ここまでバカだったとは思わなかったわ」

「さ、さすがに私でもわかりますよねぇ」

「あ゛あ!?」

 まったく世話が焼けるよ。少しは成長したと思っt――

 ドーーーーーーーンッ!!!!

「きゃああああ!!」

「ななななななな!?」

「なにが起きてんだッ!?」

突然厨房から洩れた爆風にみんながパニックを起こしていると、煙の中から現れたのは煤まみれになった玉村さんと生田君だった。

「う゛ぅ……ケホッケホ」

「大丈夫ですか投球姫」

「玉村さん? もしかして今の爆発は」

「ごめ、ごめんなじゃい……ケホッ、ぼく、ぼく……ふえええええええん」

「女の子泣かせてんじゃないわよ!」

「そうだプランクトン。そのまま死んでしまえ」

「誤解だよハミちゃん! あとドサクサに紛れてと洒落にならないこと云わないで生田君!!」

その後どうにか玉村さんを落ち着かせたボクたちは、みんなで爆発した厨房の片付けをする羽目になった。一体どんな使い方をすればこんな事に……。

 

 

 ようやく片付けを終えたボクたちは、あの爆風の中でも奇跡的に無事だった缶詰や乾パンを食べて朝食を済ませた。朝食というか昼食に近い時間なんだけど、そこは敢えて云わないでおく事にする。

「くじらサンのおにく、デリシャスデスた」

「や、大和煮って美味しいんですねぇ。ああ! 私なんかが生意気に味の感想なんか云ってすみません!」

「たまには缶詰も悪くねぇな」

 確かに美味しい。前に旅先で食べたのはパサパサしていてホントに保存食って感じだったのに。業者さんの弛まぬ努力に感謝だね。

 缶詰のクオリティの高さに感動していると、丁寧に両手を合わせていた深海さんが真剣な表情で玉村さんの方を向く。

「それじゃあそろそろ教えてくれるかな晴香ちゃん。どうしてこんな事になったのかな?」

「さっさと白状しねぇとその無駄にデケェ胸を揉んじまうぞ!?」

「太刀沼君は黙って」

「ウス」

 前にもあったけど、こういう時の深海さんは少し怖い。

 なんというか、まるでお母さんに隠していたテストが見つかってしまったような、そんな心境になる。……本人にはとても言えないけど。

「実は、その……朝ごはんを作ろうと思って」

「朝ごはん?」

「うん。昨日の裁判の後、いっぱい泣いて、それから、ぼくなりにいろいろ考えたんだ。圭太くんが実は裏切り者で、殺されちゃって、それでもぼくは圭太くんのこと嫌いになれなくて……。このままじゃいけない。苦しくても前向きにならなきゃ圭太くんに笑われるって思ったら、じっとしていられなくて」

「それで料理を?」

「うん。でもぼくおにぎりしか作れないから、レパートリーを増やすために厘駕くんに手伝ってもらってたんだ」

「なるほどね。それは良いことだと思うよ。でもどうして厨房が爆発したのかな?」

「そ、それは……」

 深海さんの有無も云わさぬ視線に耐えられないのか、俯いたまま口を噤んでしまう玉村さん。するとそれを見兼ねてか、横で腕組をしていた生田君が微笑みながら挙手をする。

「恐れながら、ここは俺に発言をお許しいただけませんか麗しき人魚姫」

「……なにかな生田君」

「ありがとうございます。投球姫が仰るように、俺は料理を教えていました。ですが俺が目を離しているうちに、何をトチ狂ってか投球姫は生卵をレンジに入れてしまったのです。本来なら電子レンジがお亡くなりになるだけで済んだはずなのですが……こんなことになるのはさすがに予想外でした」

 そりゃあそうだ。玉村さんが嘘をつくとは思えないけど、とてもアレは卵の爆発なんて規模じゃない。

「もとはといえば目を離してしまった俺の失態。ここは投球姫の思いを汲んで、この辺りで手を打ってはいただけないでしょうか?」

「……わかった。幸い誰にもケガはなかったしね」

「そ、それじゃあ!」

「私も料理に関してはあまり云えないからね。美味しいの楽しみにしてるよ」

「ありがとう紅葉ちゃん! 厘駕くんもありがとう!」

「よかったですね投球姫」

 目に涙を浮かべて喜ぶ玉村さんに生田君が拍手を送っていると、太刀沼君がお約束だとでも云うかのように余計な爆弾を放り込んだ。

「でもどうすんだ? 缶詰しか残されてねぇんじゃまともな料理どころか、それこそ餓死しちまうんじゃねぇの?」

「が、餓死……ぼくのせいで……みんなが……うぅ、うわああああああああん!」

「落ち着いて晴香ちゃん! まだ缶詰もいっぱいあるし、大丈夫だよ!」

「そ、そうよ!……ちょっと余計な事云うんじゃないわよ!?」

「本当の事だろうがッ!」

「うわあああああああああああああああああああんっ!!」

 なんだか大変な事になってきたぞ!? 確かに食料は心配だけど、今はそれどころじゃ! ど、どうしたら……そうだ! ここは前に外国で食べたあの虫を教えてあげれば――

「食料に関しては心配はいりませんよ?」

「ど、どーゆーことデス? いくたサン」

「以前云いませんでしたか? ここの食料は定期的にあの白黒の雑巾が補充しているので在庫は豊富なんですよ」

「は、初耳だよ!?」

「そういう事は早く云いなさいよ!」

 深海さんとハミちゃんに迫られて何故か嬉しそうな顔をする生田君。

 いや、そういう状況じゃないからね? 二人とも明らかに怒っているからね?

「とりあえず餓死はしねぇんだな? なら別にいいや」

「餓死はしないが、貴様の食事に剃刀を仕込んで舌を切り落とすくらいは出来るぞクラミジア」

「あ~やってみろよ! 剃刀ごと噛み砕いてやんよぉッ!」

 今にも戦闘態勢に入りそうな二人を無視して深海さんとハミちゃんが玉村さんを慰めていると、ホッと胸を撫で下ろしていた花子さんが疑問符を浮かべた。

「でも、おかしいデス。これだけデンジャラスすれば、モノクマ、出てくるはずデス」

「そういえばそうね」

「次のエリアにいるからじゃない?」

聞き覚えのある声の方を振り向くと、そこには暇を持て余した貴婦人のように佇む夢見さんの姿があった。

「フフフ、深淵の底から這い上がってきたわ。人間界でいうところのグッドモーニングかしら?」

「もうお昼だけどね」

「おかげでゆっくりトリニティを蓄えられたわ」

夢見さんはハミちゃんの皮肉を軽く受け流すと、テーブルに置かれたボクの紅茶を一口口にする。べ、べつに良いけど……。

「ねぇ縛ちゃん、紫中君や遊木君は見かけなかった?」

「ワタシがここに来るまでには見なかったわよ」

「そっか。ありがとう」

 深海さんがカップに口をつけて顔をしかめる。決して紅茶が渋かったわけではないだろう。

 そんな彼女の姿を見たせいか、ボクの口から出たのはなんとも前向きな言葉だった。

「ねえ。今から次のエリアへ行ってみない? 全員揃っているわけじゃないけど、このままのんびりしてても前に進めないと思うんだ」

「お! たまには良い事云うじゃあねぇか! 俺様は都築に賛成だぜ? こうしていてもあのヌイグルミに呼び出されるだろうからな」

 まさか太刀沼君に賛同されてしまうとは。ボクとしてはただ……ただ、なんだ?

「ウッシ決まりだな! 行くぞ都築!」

「あ、ちょ!? 太刀沼君痛いから! そんな強く引っ張らないでよぉ!?」

「ウゼェから騒ぐな! オラッ! 黙ってついてきな! ゲハハハハ!」

 ボクは太刀沼君に襟首を掴まれ、まるで黒塗りの車に連れ込まれるかのように引っ張られる。どんどん遠ざかっていく深海さん達に助けを求めるように手を伸ばすも、それが届く事はなかった。

「さて、騒がしい奴らがいなくなった所で投球姫。さっそくディナーの準備を始めましょう」

「い、今から? でも食材が――」

「なんとかするのです! これ以上女神達に缶詰なんて粗末な物を食べさせるわけにはいかないのです! それから、二度とこの様な災事を起こさないよう手取り足取りご教授致します!」

「お、お姫様だっこはやめて!? 恥ずかしいよおおおおおおおお!?」

「……い、行っちゃいましたね」

「デス」

「まあいいんじゃない? それにしても、都築君も玉村さんも凄いわよね。昨日あんなことがあったばかりだって云うのに」

「そうだね。都築君なんて片思いの女の子とあんな別れ方したのに……本当は今すぐ泣き叫びたいに決まっているのに」

 深海の言葉に残された者達が心を痛める中、指原だけが疑問符を浮かべた。

「え? あ、あの、それって、どういう」

「もしかして雅……気付いてなかったの?」

「ほえ?」

 

 

「なんだこりゃ? 今までと違って随分地味じゃあねぇか」

「本当だね。一階だからかな?」

 そう、ボク達は今一階のフロアにいる。

 なぜ五階ではなく一階なのかというと、それはボク達にもわからない。モノクマの考える事なんてわかりたくもないのだけれど。

「よくわかんねぇけどとりあえず見て回ろうぜ」

「そうだね。それじゃあまずはあっちの明るい方に――」

「俺様はあっち行くから都築は向こうな」

 ボクの話も聞かずに太刀沼君が指差した場所は、薄暗く、いかにも何か出そうな雰囲気の通路だった。

「一緒に行くんじゃないの?」

「何言ってんだテメェ気持ち悪ィ。俺様が男と一緒に歩くわけねぇだろうが!」

 さっきと云ってる事が違う!?

「じゃあ頼んだぜ都築。ゲハハハ!」

「ちょっ!? ……行っちゃった。まったくなんだよ! いいよ! こうなったら一人で行ってやる!」

 自分を鼓舞するように拳を握りしめると、ボクはゆっくりと薄暗い通路の中を進んでいった。

「たくさんの扉があるなぁ。番号まで振られて、まるでホテルの客室……ん? もしかして本当に客室だったりするのか?」

 目の前にある扉を改めて観察してみると、角の欠けたプレートには『103』と書かれていた。やっぱりここは一階の客室なんだ! でも――

「あ、開けても大丈夫だよな? 扉を開けた瞬間、不気味な生き物が突然出てきたりなんかしたり……うわぁ」

 ジャンク品のようにボロボロになったモノクマが襲いかかってくる妄想をしてしまった。

 いけない、いけない。こんな場所にいるからいけないんだ。

「そうだよ。そ、そんなゲームじゃないんだから。うん、行こう」

 心の声が口に出てしまっているのも誤魔化すように、ボクは生唾を飲み、覚悟を決めると勢いよくドアノブを回した。

「……思ったより普通、だな」

 客室に足を踏み入れ、見回してみる。

 中はお世辞にも広いとは云えないものの、ベッドや冷蔵庫といった最低限の設備は置かれ、浴室もシャワーしか置かれていないけど、寝泊まりするだけなら十分な客室だった。

「ボク達の客室と比べたら随分シンプルだな。ボクとしてはこれくらいの方が落ち着くんだけど」

 昔泊まったカプセルホテルを思い出しながら薄い布団が一枚だけ掛けられたベッドに腰を下ろす。

固い。普段使っているベッドに比べて格段に固い。スプリングも悲鳴を上げてるし、正直寝心地は最悪だろう。

「窓は付いてないのか。せっかくの豪華客船の旅もこの客室に泊まったら最悪だろうなぁ」

 もう一度客室を見回すもこれ以上収穫はないと踏んだボクは、壊さないように慎重にベッドから腰を上げて殺風景な客室を後にした。

「さて、他の客室も調べてみようかな。多分どこも同じ気がするけど、念の為」

 骨が折れそうな思いで片っ端から客室の扉を開けていくも、やはりどの客室も同じような敷居で、その変わり映えのなさは逆に安心感すら感じさせた。

「ここがこの通路の最後の客室か。いくつドアを開けたのかもうわからないけど、あと半分も同じ事を繰り返すとなるとさすがにおかしくなりそうだぞ。この客室でひとまずやめておこう」

 やっとこの単純作業から解放される。そう思うと自然とドアノブを回す手にも力が入った。

 ボクはゆっくりとドアノブを回すと、何か引っかかるような感触を感じた。

「あれ? おかしいな。この客室だけ開かないぞ?」

 もう一度回してみるも、やはりドアは開かない。建付けが悪いのか、この客室だけスライド式なのかといろいろ試すも、やはりビクともしなかった。

「鍵がかかっているのか。でも、どうしてこの客室だけ……」

 いや、よく考えたらこの客室だけじゃない。

 ボク達が寝泊まりしている三階の客室にも、ひとつだけ鍵のかかった客室があった。何か関係があるのかな? まさか、黒幕に関する何か重要な――

「なにか見つけたの?」

「うわあ!?」

 全身に鳥肌が立つのを感じながら振り返ると、そこには驚いたように胸に手を当てる深海さんの姿があった。

「ビックリしたなぁ。あ、大丈夫都築君?」

「う、うん。ごめん深海さん。驚かせて」

「いいよ、いいよ。私も突然声をかけちゃったから。それで、なにかあったの?」

「実はね……」

 ボクがいくつもの客室を見て回った事、この客室だけ開かない事を簡単に説明すると、深海さんは羽織っているパーカーの襟元をいじり始めた。

「う~ん、それは確かに怪しいねぇ」

「でしょ? それでどうしようかと思って茫然としていたんだ」

 なるほどねぇと呟きながら思案する深海さん。

 そんな彼女が出した案は当然と云えば当然の物だった。

「都築君、とりあえずこの辺の探索は一度中断しようか」

「え? どうして深海さん」

「だって、ここでこうしていても仕方ないでしょ? 他の客室が気になるかもしれないけど、下手にドアノブを壊そうものならモノクマ君が出てきてもおかしくないし」

「あ、それもそっか」

「ね? それになんだか嫌な予感がしてたまらないんだ」

「嫌な予感?」

「うん。上手く言葉には出来ないんだけど……」

 う~ん、ここは深海さんの云う事が得策かなぁ。客室は気になるけど、それ以上にモノクマに会いたくないし。

「わかった。客室の探索はまた次の機会にするよ」

「ごめんね。お詫びにもならないけど、よかったら一緒に探索しない?」

「もちろんいいよ」

「よかった。それじゃあ行こっか」

 深海さんは両手を後ろに回すと、軽くスキップするように客室に囲まれた通路を歩いて行く。その姿を見たボクは、この薄暗い通路が一瞬だけ華やかになったかのように思えた。

 

 

 来た道を戻って太刀沼君が向かった明るい通路を歩いていくと、この階層に相応しい質素な扉がボク達を迎えた。

ボクは率先して扉を開けると、最初に目に入ってきたのはポテトチップス、コーラ、珍味類を広げてどこぞの干妹のように宴を繰り広げる太刀沼君の姿だった。

「誰かと思ったら都築か。あ? 深海も一緒か」

「さっきバッタリね。ところでそのお菓子どうはしたの?」

「そこの自販で買ったんだよ!モノクマメダルが残っててよかったぜぇ」

 太刀沼君の油まみれの指で指された方を見ると、そこにはジュースの自動販売機だけでなく、お菓子やアイス、珍味やカップ麺の自動販売機等が無数に立ち並んでいた。

「これだけあると壮観だね。ん? このうどんの自販機ってどうやって使うんだろ?」

 深海さんがうどんの自動販売機に興味を惹かれていると、まるでそれを狙っていたかのように太刀沼君が悪魔のような囁きをする。

「都築もなんか買ったらどうだ? コーラなんて久しぶりだろ。自販機とは思えねぇくらいキンキンに冷えてやがるぜ?」

 わざとらしく見せつけられたコーラの缶は気持ちよさそうに汗をかき、飲み口からは炭酸の弾ける音がオーケストラのように響く。

「じゃ、じゃあ……一本だけ」

「おう! で、他はどうすんだ?」

「他って?」

「ハァ? おいおい都築、テメェ寂しくコーラだけでやろうってのかよ? これだけいろんなもんがあるんだからつまもうぜ?」

 太刀沼君が腕を広げ、まるで金塊の山でも見せびらかせるように自販機を見せつける。

 まあ、これだけあればよりどりみどりだよな。そういえばここしばらくお菓子なんて食べてなかった。あれ、久しぶりに食べたいな。

「……柿ピーある?」

「あるぜ! 後はどうする? まさか柿ピーだけで十分なんて云わねぇだろうな?」

 そ、そう云われると否定できない。もちろん西尾君が作ってくれた料理やお菓子は美味しかったよ! でも、でもさあ、やっぱり食べ慣れた味って大事だと思うんだよ! き、きっと許してくれるよね。

「じ、実は……ポテチも」

「やっぱりな! こんな場所じゃあ息が詰まるし、ガス抜きすんならパーっとやらねぇとな! ゲハハハ!」

 ガス抜き……ガス抜きか。太刀沼君は抜きすぎてる気がするけど、云っている事は間違ってないよね。

「そうだね。たまにはパーっとやらないとね!」

「お、話がわかるじゃあねぇか。そうなるとコーラ一本じゃ足りねぇよな?」

「うん! もう一本買うよ! あとチョコアイスも――」

「ストップ! ストップだよ都築君!」

「は!? ボクは今なにを」

 我に返って振り返ると、そこには割り箸を持った深海さんが仁王立ちしていた。

「なんだよ深海。男同士の会話に入ってくんなよ」

「男子が道を踏み外そうとしているんだから見過ごせないよ! 都築君も都築君だよ。簡単に誘惑に乗っちゃダメ」

「ご、ごめん深海さん。そうだよね。まだ探索の最中だもんね」

「そうだよ。さ、早く次の場所に行こう。ここにいても何もないよ」

 深海さん本当に良い人だな。ボクの為に……口にカマボコが付いていなければ尚良かったんだけど。

「勝手にしな。俺様はここで宴を楽しんでるからよ!」

 今が探索中である事をすっかり忘れているであろう太刀沼君を尻目に見ながら、ボクはざわざわする心を抑えて、ちゃっかりうどんを食べていたであろう深海さんと共に自動販売機だらけの部屋から退室した。

 

 深海さんの食べたうどんが関東風なのか関西風なのか気にしながら廊下を歩いていると、次に目に飛び込んだのはドラム式洗濯機の前で謎のポーズをとる夢見さんだった。

「何してるの夢見さん?」

「魔力をコントロールする為の修業よ」

「ヨガだよね」

「そうとも云うわね」

 深海さんの鋭いツッコミに視線を逸らすと、夢見さんは薄紫の長い髪を靡かせて近くのソファーに腰を下ろした。

「洗濯機や乾燥機がいっぱいあるね。洗濯ばさみやロープみたいのもあるし、コインランドリーかな?」

「きっとそうだよ! ふふふ」

 嬉しそうに両手を合わせる深海さん。

 やっぱり女子として、同じ制服を着続けるのは抵抗があったのかもしれない。

「ヨガマットや雑誌もあるし、暇をつぶすにも丁度いいよね。私ここに入り浸っちゃうかも」

「あはは。なんだか随分食い付きがいいね」

「そりゃあそうだよ。ここに来る前は毎日通っていたんだから」

「そうなんだ?」

「私の家には洗濯機がなくてね。弟や妹もいるし手洗いするには量が多かったから」

 そういえばそんなこと云ってたっけ。苦労してるんだな深海さん。

「ごめんね。なんか不幸自慢みたいになっちゃったね」

「そんなことないよ! 気にしないで」

「フフフ、それにしても面白い構造よね」

「洗濯機の事?」

「この階層の事よ。豪華客船という割にはあまりも平民的な設備ばかりだと思わない? ここに来る前に通りすがったパンドラの箱が並びし俗世の檻もそう……伯爵なら足を踏み入れもしないでしょうね」

 パンドラ? 太刀沼君がいた場所の事かな?

「確かに今までの階層に比べたら差がありすぎだよね。一つ階層が違うだけでこうも様変わりするなんて……」

 深海さんに心の中で同意する。

 さっきの客室にしてもそうだ。ボク達の客室と比べたら泥雲の差がある。庶民的というか……ランク? みたいな。

「そういえば都築君。さっき客室を調べてたけど、大体いくつくらいあったのかな?」

「え? う~ん、なんとも云えないけど、多分三階の客室の倍はあったと思うよ?」

「三階が確か16室だったから、少なくても32室か。それがあと半分も……かなりあるね」

 合計で64室。

 豪華客船にしてはそれでも少ない。まだ他の階にもあるのかもしれないけど。

「フフフ、謎が謎を呼ぶ……素敵ね」

「そうかなぁ?」

「素敵よ。……少なくともあっちの世界よりは」

「あっちの世界?」

「フフフ、なんでもないわ」

 妙に色っぽく微笑む夢見さんに吸いこまれそうになっていると、彼女はスカートの皺を直しながら出口の方へ歩き出した。

「ワタシは先に戻らせてもらうわ。何かわかったらまた教えてちょうだい」

「わかった。気をつけてね」

「フフフ、ワタシを心配するなんて変わった子」

 夢見さんはボクの頭を軽く撫でると、香水の香りだけを残してコインランドリーから去って行った。

 

 

 夢見さんに魅入ってしまっていた事を深海さんにからかわれていると、フロントの隣にあるラウンジでは、缶ジュースを持ったままソファーに腰を下ろす花子さんと指原さん、そしてパソコンと格闘するハミちゃんの姿があった。

「パソコンかぁ。なにか有益な情報はありそう?」

「ダメね。まずネットに繋がらないんだもの。無意味な格闘にもさすがに疲れたわ」

「お疲れだね。肩揉むよ?」

 眉間を抑えるハミちゃんを労うように深海さんが肩を揉み始めると、何もする事がなくなったボクはラウンジの中を歩いてみた。

 一台のパソコンと電話、自動販売機がある以外は対して変わり映えがするものはない。二階のラウンジに比べたら狭いし、特に気になるものもなさそうだ。

「指原さん達は何か見つけた?」

「へう!? あ、えっとその……あのあの」

「とくになかたデス。つづきサンはどうでした?」

「コインランドリーと、自動販売機がたくさん置かれた部屋を見つけたよ」

「ミステリアスデス」

 どこにミステリアスな要因があったのだろう……まあいいか。

「ハァ、どうやったらネットに接続出来るのかしら? ありとあらゆる手を使ったのに」

「きっとモノクマ君が電波妨害しているんだよ」

 深海さんの云う通りなのだろう。

 ルーターは光っているのに、パソコンの画面にはアンテナが立っていない。

「あ~やめやめ! こんなのいくらやったって時間の無駄よ!」

「あねごサン、がんばりました。ドリンクどーぞデス」

「ありがとお花」

 ハミちゃんは花子さんから受け取ったジュースを一気飲みすると、指原さんの隣に勢いよく腰掛ける。少しだけめくれたスカートが目に毒だ。

「ふぅ、少し落ち着いたわ」

「お、お疲れさまです。姐御さん」

「でも悔しいよね。せっかくパソコンがあるのに何も調べられないなんて」

「そうね。超高校級のハッカーとかプログラマーとか、そっち系の才能が一人でもいれば何とかなったかも知れないのに」

 ボクの言葉に相槌を打ちながら悔しそうにパソコンを睨むハミちゃん。

 確かにボク達の中には機械系や情報系の人はいないよな。理系って点では生田君だけど、ハッキングが出来るようにも思えない。

「ほわっと?」

「ん? どうしたの花子ちゃん」

「あ、えっと……てきとーにクリックしてたら、こんなものが」

「どれどれ……ああ、これはアルバムだね。パソコンに保存した画像が見れるんだよ」

「がぞう……エロースなやつデス?」

「そ、それはわからないかな?」

 二人の微笑ましい? やり取りを見守っていると、なぜかハミちゃんにパソコンの前に行くよう背中を押される。

「じゃあ都築君、お願いね」

「お願いって何を?」

「そんなの決まってるでしょ? 画像を見るのをよ」

「ぼ、ボクが見るの!?」

「当然! それとも何? 都築君はおはなにエッチな画像を見せて喜ぶような変態なのかしら?」

「違うよ! っていうかエッチな画像ってまだ決まってないよね!?」

「そんなのわからないじゃない! エッチなのじゃなかったとしても、新手のブラクラだったりしたらこわ……驚くじゃない!」

「今怖いって――」

「抜歯されたいの?」

「わかったよやればいいんだろ!?」

 すぐ脅すくせ本当にやめてほしい! ていうか何でブラクラなんて言葉知ってるんだよ! いくつだよ!

「じゃあ都築君、私達はそっちのソファーで待ってるからね」

「よろしくデス」

「早くしなさいよ!」

「はわわ」

 なんだか釈然としないけどこうなったらやけだ。何かあったら電源を切れば良いんだし。

 女子四人に背中を見守られる中、一度深呼吸をしてからアルバムのフォルダを開く。

 ショートカットアイコンは三つあり、その中で一番上のフォルダをとりあえず開くと、表示されたのは唖然とする画像だった。

「なんだこれ」

 つい声が出てしまった。

 でもそれも仕方ない。だって今ボクが見ている画像には最初にオシオキという名の処刑をされた成宮君が、机を挟んで遊木君と楽しそうに雑誌を読んでいる姿が映っていたのだから。

「大丈夫都築君?」

「や、やっぱりブラクラ?」

「エロースなやつデス? セクスィなやつデス?」

「はわわわ~!」

「とりあえず見てみて。ブラクラでもエッチな画像でもないから」

 ボクは椅子から下りると、手招きしてみんなをパソコンの前に呼ぶ。

 最初は恐る恐るパソコンに近づくハミちゃん達だったけど、モニターに写る画像を前にした途端冷水に浸かったかのように固まった。

「なに……これ」

「お、おおおおおかしいです! 遊木さんも成宮さんも、こ、この船で初対面のはずですよ!?」

「マカ、ふしぎデス」

「ほ、他の画像も見てみよう。何か手掛かりがあるかも」

 深海さんが震える手を抑えながら残りのフォルダを開くと、表示された画像にはやはりボク達が楽しそうに映っていた。

 寺踪さんと一緒に仲良くコーヒーを飲むハミちゃん、ブレザーの制服を着てみんなの前で普通に笑う花子さん。どれも始めて見る姿ばかりだ。

「や、やっぱり」

「なによこれ……あたし、寺踪さんとはこの船で初めて会ったのよ? そんなに話もしてないし。それに同じ高校の制服を着てるわけがない!」

「わ、わたしも、みなさんのまえで、きぐるみをぬいだことなんてないデス!」

 やっぱりハミちゃんも花子さんも覚えはないか。それにしてもこの画像はなんなんだ? まったく記憶にない。

「み、皆落ち着こう。よく考えたらこれ、おかしいよ」

「そりゃあおかしい事だらけよこんな画像!?」

「そうじゃなくて! ほら、ここは豪華客船のラウンジだよ。そこに置かれているパソコンっていったら、この船のサービスの一つだと思わない?」

「それは……そうね」

「なら、どうしてそんなパソコンに私達の画像が入っているのかな? それこそビジネス用に使うかもしれないのに、高校生の画像なんか誰が見ると思う?」

「……」

 深海さんに肩を抱かれ、ゆっくりと呼吸を落ち着けるハミちゃん。

 だんだん冷静になってきたのか、唇の震えも治まったようだ。

「そうね。確かにおかしい事だらけだわ。ありがとう深海さん……ごめんなさい」

 気にしないでと優しく微笑む深海さん。誰に対しても同じ対応が出来るのは凄い事だと思う。

「がぞーはモノクマのトラップ、ということデス?」

「うん。そうに決まってるよ」

 冷静になったボク達は話し合った結果、画像の件はみんなが揃っている時に話す事になった。

 ボクは少しでも深海さん達の負担を減らせればと話を切り出す係に立候補したけど、深海さんには心配される結果となってしまった。

 

 

 深海さん達と一緒にレストランに戻ると、一階で宴を開いていた太刀沼君が先に戻ってクッキーをつまんでいた。あれだけ食べといてよく入るな。

「おお、戻ったかお前ら」

「太刀沼君、あの後どこか探索した?」

「探索ぅ? ああ忘れてたぜ。でもお前らならとっくに終わってんだろ? 後でどんなだったか教えてくれよ! ゲハハハ!」

「さいてーデス」

「なんか言ったか中の奴」

「花子デス! シルバーヘアーむしるデスよデス!」

「やめなさいおはな。時間と体力の無駄よ」

毛を逆立てる猫のようになった花子さんをハミちゃんが宥めていると、ゆっくりとレストランの扉を開けて紫中君が現れた。

「やあ、みんな」

「おはよう紫中君。随分遅かったね」

「うん。まあ、お昼頃には起きてたんだけど」

「え? じゃあ今まで何してたの?」

「ちょっと裁縫道具をね」

 紫中君の言葉に深海さんが首を傾げていると、ヘラヘラした生田君とヘロヘロになった玉村さんが美味しそうな匂いを漂わせて厨房からやってきた。配膳用のワゴンには丼が人数分置かれている。

「で、出来たよ〜」

「おや? 女神達はお揃いのようですね。ではさっそく夕食にしましょう!」

「あ、あのぉ、ま、まだ遊木さんが来ていない気が……」

 指原さんに告げられて、ボクは確認するようにレストランを見回してみる。

 どうやら夢見さんは奥の席で紅茶を楽しんでいるようだけど、確かに遊木君の姿が見当たらない。

「なんてお優しいのでしょう! ですがあんなエセ関西人は放っておきましょう。どうせ布団の中で小動物のように震えているに違いありません」

「エセ関西弁で悪かったな」

 文句にも近いツッコミをしながら現れた遊木君。

 いつも通りのように見えるけど……なんだろう。どこか違和感を感じる。

「チッ、生きてたか」

「勝手に殺すなや! ったく……」

 小言を云いながら適当な席に着く遊木君に、ボクは控えめに声をかける。

「おはよう……ていうのもおかしいかな? その、変なこと聞くようだけど、大丈夫?」

「平気や。それに引き換え都築は随分元気そうやないか。梶路が死んだいうに案外冷たい奴やな。それとも、もう他の女に乗り換えたんか?」

「遊木君ッ!」

 深海さんの怒りを交えた声がレストランに響く。

 突然の大声に驚いたのか、指原さんや玉村さんは涙目になっていた。

「すまん。言い過ぎた」

「いや、うん……気にしてないよ」

 きっとボクの顔は不自然極まりないないことだろう。とてもじゃないけど、笑って流せる程の余裕はない。

 それにしても遊木君はどうしたのだろうか。元々ボクの事をからかってはいたけど、こういう事を云う人じゃないはずなのに。やっぱり何かあったのかな?

「茶番は済んだか? 早く食事にするぞ。投球姫と共に作ったディナーが冷めてしまう。まあお前らには冷めた飯がお似合いだろうが――」

「それじゃあいただこうか。はい決まり!」

 話を中断させるように笑顔で手を叩く深海さん。逆らったら何を云われるかわからないと判断したボク達は、探索の報告を兼ねたディナーにありついた。

 

 

「その自販機は興味あんなぁ。トーストの自販機はなかったんか深海」

「え〜と、確かあったと思うよ」

「コインランドリーは嬉しいなぁ。そろそろこのポロシャツも洗いたかったんだよね」

「いけません投球姫! どこの誰が使っているかもわからない洗濯機でお召し物を洗うだなんて! この生田厘駕に云ってくだされば心を込めて手揉み洗いを――」

「そんな気遣いいらないよ!?」

「う〜ん、客室も調べに行かないとね。まぐまぐ」

探索にいかなかったメンバーがそれぞれ新たな場所に興味を示す中、ボクは深海さん達に目で合図をし、空になった丼と箸を置いてから例の画像について切り出した。

「実は、さっき報告したラウンジのパソコンなんだけどさ」

「エロ動画でもあったのか!」

「違うよ!?」

 太刀沼君に出鼻を挫かれてしまった。

 いけない。すぐに気を引き締めないと。

「えっと、みんな落ち着いて聞いて欲しいんだけどさ。実はラウンジのパソコンの中に……ボク達の画像が保存されていたんだ」

「ハァ!? なんだそれ!?」

「え? え?」

「おいプランクトン、くだらん冗談を云うだけならその舌切り落とすぞ」

「冗談じゃないよ生田君。私もハミちゃん達も、しっかりこの目で見たから」

「それなら正確な情報ですね!」

 ……うん。もう何も感じなくなってきたぞ。よしよし。

「画像って、どんな画像だったの?」

「花子さんがはなっちーの衣装を着てない状態でボク達と一緒にいたり、ハミちゃんが寺跡さんと一緒にコーヒーを飲んでいたり……遊木君が、成宮君と楽しそうに雑誌を読んでいる画像だったよ」

「……は?」

 遊木君の糸目が一瞬だけ見開かれる。

 その刃のように鋭い眼に、ボクは一瞬恐怖を感じてしまった。

「は、ハハ……なんやんねんそれ。おかしいやろ? わいが成宮と? イヤイヤありえへん。あいつとはこの船で初めて会うたんやで?」

「もちろんボク達もだよ。ハミちゃんも、寺跡さんとはこの船で初めて会ったっていうしね」

 ボクが目を配ると、ハミちゃんは無言で頷いた。まだ頭の整理が出来ていないのかもしれない。

「なんとも云えないけど、これってモノクマの罠じゃないのかな?」

「紫中君の云う通り。ボク達もそれで納得する事にしたんだ」

「ならなんでわざわざ話したんだよ? 余計にパニクるだけじゃねぇか!」

「貴様のような凡骨が画像を見つけて大騒ぎしない為に決まっているだろう。女神達の有り難い配慮に気付かないとはな」

「知るかボケ!」

 太刀沼君が生田君にフォークを向ける。

 最早日常と化してしまった光景に溜息を付いていると、夢見さんが不敵な笑みを浮かべながら紙ナプキンで口を拭く。

「フフフ、話を聞いていたけれど、その画像が幻術による物だという事に違いないのでしょう? それならこの話は、ここで終幕を迎えても良いのではなくて?」

「そ、そうだよね。よくわからないけど、パソコンを見なきゃ良いだけだもんね!」

「まあ、そうやな……」

 それぞれが納得したように頷く。

「それじゃあ報告会はこの辺にしようか。そろそろご飯食べ終わった人もいるみたいだし、自分の食器を洗ったら後は自由時間でどうかな?」

「いいよ紅葉ちゃん。食器はぼくが洗うよ。圭太くんもそうしてたし」

「ダメだよ晴香ちゃん。昨日までは西尾君に甘えちゃってたけど、今度はちゃんと食べ終わった食器は自分達で洗わないと」

「めんどくせぇなぁ」

「文句言わないの」

 太刀沼君以外深海さんに反対する者はおらず、ボク達は各自食器を洗ってから別々に行動する事になった。

 そういえば今日は一度もモノクマが現れなかったな。良い事なんだけど、なんだろう……これが荒らしの前の静けさじゃなければいいんだけど。

 ボクは一抹の不安を感じながら自分の客室に戻ると、深海さんが使ってからそのままの浴室で一日の汗を流し、特に何もする気がおきなかったのでそのまま眠る事にした。

 柔らかいベッドに、今だけは身を預けよう……。

 


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