ダンガンロンパミラージュ~絶望の航海~   作:tonito

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・・諸注意・・

 
この作品は、現在発売されておりますPSP及びPS vita用ゲーム、ダンガンロンパシリーズの非公式二次創作となっております。二次創作が苦手な方、また理解の無い方の閲覧は御遠慮ください。

『ダンガンロンパ』『スーパーダンガンロンパ2』等シリーズのネタバレが含まれております。

 モノクマを除き登場するキャラはオリジナルキャラとなっておりますが、他の作品と肩書き等が被ってしまっている可能性があります。人によっては気分を害してしまう恐れがありますが予めご了承ください。

 流血や殺人等、グロテスクな描写を含みます。苦手な方はご注意ください





チャプター3 (非)日常編 ③

 

 モノモノマシーンでいくつかグッズを引き当ててレストランに戻ると、そこには探索を終えたらしい指原さんと紫中君。まだ洋服に着慣れず恥ずかしそうにしている花子さんとそれを茶化すハミちゃん。そして今朝姿を見なかった遊木君と夢見さんが各々好きな席に着いて昼食が出来上がるのを待っていた。

 ボクはどこに座ろうかとレストランを見回していると、珍しく太刀沼君と相席をして話していた深海さんが手招きしながらボクを呼んだ。

「都築君。よかったらご一緒しない?」

「それじゃあお邪魔しようかな」

「なんだよ深海。俺様と二人じゃ不満なのか?」

「皆一緒の方が楽しいよ?」

 まっすぐな笑顔で返す深海さんに調子を狂わされたのか、太刀沼君は首に手を当てながら顔を背ける。

 あの太刀沼君を黙らせるなんて……これが年上の余裕って奴なのかな?

「それにしても都築君が最後に来るなんて珍しいね。どこ行ってたの?」

「ちょっと四階にね。暇つぶしにモノモノマシーンをやってたらハマっちゃってさ」

「そういえばそんなのあったね。私やったことないんだけど、どんなおもちゃが出てくるの?」

「ちょっと待ってて」

 ボクは先程引き当てたアイテムをいくつか取りだすと、水の入ったグラスを退けながらテーブルの上に並べた。

「へぇ。結構本格的なんだね」

「そうなんだ。普通に使える物も結構あったりするし……はい。よかったらこれ深海さんにあげるよ」

 ボクは並べた景品の中でも特に目立つ、試験管の中に入った小さな薔薇を深海さんに手渡した。

「あ、綺麗。いいの都築君?」

「いつもお世話になってるからさ。心ばかりのお礼って事で」

「そういう事なら。ありがとう都築君」

「おい都築。俺様にもなんか寄越せよ」

「ええ? じゃあ……はい」

「こんな草の塊いらねぇよ!」

 遠くへ投げられてしまった。

 まったくわがままだな太刀沼君は。あのタンブル・ウィードだよ? 西部劇でよく転がってるあのタンブル・ウィードだよ? まあボクもいらないからあげたんだけど。

「ったく! もっと俺様に似合う派手でイカス奴をだなあ?」

「みんな! お昼出来たよ!」

 太刀沼君がテーブルの上の景品を物色していると、厨房から良い匂いを漂わせながら玉村さんと生田君が昼食を運んできた。

「遅いわよ玉村さん。あたしもうお腹ぺこぺこ」

「今度は薄味の食いもんなんやろな」

「フフフ、しばらく茶色い物は見たくないわね……」

 ボクは塩っ気のある物が食べたい。

「ダイジョブ! ダイジョブ! 今度は二人の意見を取り入れてあっさりしたごはんだから!」

「ならええけど」

「もし何かあったらあなたを末代まで呪うわ」

「こ、怖い事云わないでよぉ!?」

「安心してください罪深きサキュバス。俺も味見をしましたが今回は大丈夫です」

 あの生田君が女子の前で険しい顔をするなんて……やっぱり前回はダメだったのか。

「と、とにかくまずは食べてみて! じゃじゃ~ん! 今日のお昼はにゅうめんだよ♪」

「NEWメン? あたらしいバンドのメンバーデス?」

「どう見ても違うでしょ」 

「わ、私! 配るの手伝いましゅ!」

 顔を真っ赤にしながら立ちあがり配膳用のワゴンに向かう指原さん。

 なんだか見てる方が怖くなってくるけど、今は彼女を信じよう。

「で? にゅうめんってのはなんなんだよ」

「簡単に云うたら温い素麺やな」

「そういう事だ。投球姫が心を籠めて出汁を取ったんだから一滴残さず飲み干せよ屑ども」

「食えりゃなんでもいいんだよ! おい指原! 早く俺様の所に持って来いよ!」

「は、はいぃ~!」

 走ったら危ないわよと注意するハミちゃんにぎこちない笑顔で返しながらボク達のテーブルに向ってくる指原さん。

 先にモノモノマシーンの景品は仕舞ってはあるけど、コップも退かした方がいいのかな?

「あ、都築君。そこの水差し少しずらして」

「わかった」

 深海さんに云われるまま手前に置いてあった水差しを壁に寄せると、丁度良いタイミングで指原さんが湯気を昇らせる三つの丼をおぼんに乗せてやってきた。

「お、お、お待たせしました~」

「おう早く置ぐへえ」

「雅ちゃん。太刀沼君の云う事は気にしないで良いから。ゆっくりね」

「は、はい。ありがとうございます」

 深海さんに無数のおしぼりを口に突っ込まれて白目を向ける太刀沼君に合掌しながら、ボクは震える丼と指原さんを前に動けずにいた。

 お願いだから落とさないでね。アツアツのにゅうめんとか洒落にならないし、丼も当たると痛いから。本当にやめて。あ、これはフラグとかじゃないから。

「ど、どうぞ――」

『キャッホオオオオオオオ!』

「きゃふうううううう!?」

「熱うううううううう!?」

「つ、都築君!」

 驚いた拍子におぼんをひっくり返す指原さん。案の定ボクは頭から丼を被る事になった。口に入っただし汁は優しい味だったけど今はそれどころじゃない。

「も、モノクマ!?」

「また出やがったのか!」

『うっぷっぷっぷ! そんなにボクの登場が嬉しいの? 一日会えなかっただけで大袈裟だなぁ~♪』

「何を寝ぼけた事を云っている。キサマの様なボロ雑巾に会いたい奴なんているわけないだろう」

 研いだ刃物のように鋭利な目でモノクマに軽蔑の視線を刺す生田君。

 彼の云う通りだ。お前がいない一日どれだけ平和だった事か。

「フフフ、唐突に現れるという事は、もうアレの時間ということかしら?」

「ま、まさか動機発表?」

『正解だよ玉村サン。ご褒美にボクの白くて濃厚な奴をあげようね』

「いらないよ! セクシャルなハラスメントだよ!」

「ゲハハハ! テメェが何を企んでいようがなあ! 内通者が消えた以上俺様達が有利になった事には変わんねぇんだぜ!」

『うぷぷぷ! 西尾クンはいてもいなくても変わらないよ! 彼の仕事は君達の監視なんかじゃなくて、君達が栄養失調や盲腸なんてつまらない理由で死なないよう食事管理をする事だけなんだからね!』

 誰も予想していなかったカミングアウトにレストランの空気が一変する。

 まさかそんな理由だったなんて。でも西尾君は黒幕の正体や目的を知っていたんだよな。今となっては確かめる術はないけれど。

『準備が出来たらいつもの甲板に来てよ。ちゃんとみんな集まらないとダメだからね』

 ボクの頭の丼をジロジロ見ながらいつものように床下へ消えるモノクマ。まさかあいつにまで気を遣われるなんて。そっちの方がダメージが大き……ん?なんだかこそばゆい。

「大丈夫都築君? 火傷はしてないみたいだけど」

「すみません! すみません!」

「ふ、深海さんも指原さんも大丈夫だから! だから二人がかりでボクの体を拭かないで!?」

 体が近い! 顔も近い! 深海さんと指原さんの優しい匂いが鼻孔をくすぐって……あ、そこは!

「自分ら何イチャついてんねん。都築もはよ着替えて来いや」

「そうだ着替え。都築君ジャージの予備は残ってる?」

「だ、大丈夫だよ深海さん。ボクは着替えてから甲板に向かうから先に行ってて」

「わかった。雅ちゃんも行こう」

「は、はい。本当にすみませんでした都築さん」

 深々と頭を下げる指原さんに笑顔で返すと、ボクは一人エレベーターに乗って客室にへと向かった。それにしても、あそこで遊木君が口を挟まなかったらボクの理性どうなっていたか……後でお礼を云わないとな。

 

 

 豪華客船にジャージというありえない組み合わせにも慣れてきたボクは一足遅くスカイデッキに足を踏み入れると、目に映ったのは陽の光と同じくらいに眩しい笑顔をしたモノクマと、白い布を被った軽車両くらいの大きさをした何かだった。

『うぷぷぷ! 都築クンも戻ってきたことだしさっそく始めちゃおっか! はい! ではみんなお待ちかねの動機発表だよ~!』

「だれもまってないデス」

『おやおや? 一気にキャラが薄まった出オチの子が何か云ってるよ?』

「ち、ちがうデス! でででおちなんかじゃないデス!」

「動揺しすぎよお花」

「は、花子さんは出オチなんかじゃないです! 少しキャラが薄くなっただけでしゅ!」

「フォローになってないわよ雅!?」

 太陽の下にいるせいか妙に生き生きしているハミちゃん軍団のやり取りに和んでいるのも束の間、モノクマは興味がないと云うかのように話を進める。

『それじゃあ発表しま~す! 今回の動機は~……じゃじゃじゃあ~ん♪』

 まるでバラエティ番組の景品を見せるかのように白い布を外すと、そこにあったのは近未来的なデザインをした本当に軽車両くらいの大きさの乗り者だった。

「な、なんだよこれ……」

「こんなのいつの間に作ったの!?」

『昨日丸一日かけてコツコツシコシコ作ったんだよ。一夜城ならぬ一夜船? みたいな?』

「いや普通に考えてありえへんやろ!?」

 遊木君の的確なツッコミを嬉しそうに笑顔で受け止めるモノクマ。

 誰もお前の事なんて褒めてないよ。それにしてもこれは……一気に世界観が崩壊したぞ。

「でもどうして乗り者なの?」

「一夜船というくらいですからね。海上において船というわかりやすい乗り者を見せる事で俺達の脱出意欲を上げようと云う魂胆でしょう」

『さすがは生田クン! 鋭いねぇでも惜しいかな!』

「なんだと?」

「フフフ、そこは『なん……だと?』が正解よ」

「なん……だと?」

「繰り返すなや」

 こんな状況でもネタを忘れない夢見さんとそれに突っ込む遊木君に敬意を抱いていると、モノクマは三日月のような形の目を怪しく光らせる。

『この船はね。なんと二人乗りなんだよ!』

 ……は?

『こんな閉鎖された環境でお年頃の男女がハアハアしてたら自然と仲良くなるものじゃない? 温い環境で育ってきたお前らだったら仲良くなったあの子を見捨てて一人脱出なんて出来ない~! とか、みんなとお手手繋いで仲良くしたいの~♪ とかくだらない事考えて殺人を躊躇っているんじゃないかと思ってさ。今回だけは特例として、見事みんなを出し抜いたクロに一人だけ一緒に脱出出来る人を選ぶ権利もあげようって事にしたんだよ!』

 ……え、何を云っているんだよお前。

『ボクはクマ界でも特に心の広いクマだからさ! うぷぷぷ! 嬉しいでしょ? 嬉しいよね? ねえ?』

 体を揺らしながらおどけて尋ねるモノクマ。

 もう何がなんだかわからない。あれがタイムマシンだったらどれだけ有り難い事か。

「どういうつもり」

『どうって? なんの事だい紫中クン』

「……」

『おやおや? 自分から訪ねておいてダンマリとか面白いなぁ紫中クンは。まあいいや。それじゃあこれにて解散~! みんなお昼まだだよねぇ? 育ち盛りなんだからちゃんとご飯は食べないとダメだよ~? ぶっひゃっひゃっひゃっひゃ!』

 まるで本物だって事を見せびらかすかのように動機の船に乗って大海原へと走って行くモノクマ。そのまま鮫にでも食べられてしまえ。

「あんなのずるいデス」

「ハリボテ、じゃなさそうだもんね」

「女神達。混乱するのも無理はありませんが今はレストランに戻って昼食にしましょう」

「でもにゅうめん、もう伸びちゃってるよね」

「安心してください投球姫。出汁も麺もまだ残っているので茹でれば出来ますよ」

「そ、そうだよね! よーしっ!」

 がんばるぞい。と云わんばかりに大きな胸の前で拳を握る玉村さん。

 その前向きさに感化されてか、みんなの顔にも明るさが戻る。

「せやな。まずは腹ごなしや」

「ゲハハハ! ちゃんと作れよ玉村!」

「わ、私またお配りします!」

「それはやめときなさい」

 レストランに戻ったボク達は自然と寄り添うように近い席に座っていた。改めて食べたにゅうめんはやはり優しい味で、ボク達は一時だけ不安を忘れる事が出来た。

 

 

 お昼を食べ終わった後午後も自由行動となったが、少し物足りなさを感じたボクはたくさんの自動販売機がある一階に足を運んだ。

 するとそこには、ボクと同じ事を思っていたらしい先客が深海さんも以前食していたうどんを啜っていた。

「やあ遊木君」

「なんや都築。お前も小腹満たしに来たんか?」

「そんなところ。でもお昼も麺類だったのによくうどんなんて食べれるね」

「和食がこれしかなかったんや。トーストやハンバーガーの気分にはなれんくてな」

 不満と一緒にアツアツのスープを飲み干すと、遊木君は両手を合わせてから割り箸と容器をゴミ箱に捨てた。

「まあでも、なかなか充実した設備や思うで。こないな場所でこないな昭和文化溢れるモンに会えるとは仏さんに感謝せな」

「そういえばうどんの自動販売機なんて始めてみたよ。パンやアイスの自動販売機ならたまに駅でも見かけるけど」

「バックパッカーやのに珍しいな。いろんなとこ旅しとるんちゃうんか?」

「そうなんだけどね。もしかしたら気付かなかっただけかも」

 そんなもんかと呟きながら制服のズボンからうまか棒を取り出すと、遊木君は食後のデザートだと云わんばかりに良い音でかじる。

「前から気になってたんだけど、その駄菓子はどこで手に入れたの? 確か始めてあった時もボクにくれたよね」

「最初にこの船で目ェ覚ました時から客室にあったんや。わいは普段から駄菓子やら面子やら持ち歩いてるから不思議でもないんやけど……自分は目ェ覚ました時、なんかなかったんか?」

 そういえばボクは何も持ってなかったな。太刀沼君は前に櫛で髪を梳いてたし、寺踪さんもメイク道具やコーヒーの入った魔法瓶を持っていたっけ。

「なにもなかったよ」

「おかしな話やなぁ。まあ全員の客室見たわけやないからなんとも云えへんけどな」

「そうだね」

 太刀沼君や寺踪さんの事は云わないでおこう……。

「あ、そういえば面子って見た事ないんだよね。見せてもらえる?」

「ええで」

 ニヤリと笑うと、制服のズボンから次々と面子を取り出す遊木君。

 ボンタンのようにも見える大きめのズボンだとは思っていたけど、四次元にでも繋がっているんじゃないかこれ?

「これで全部や。どや? なかなかよく出来とるやろ」

「うん。絵柄もいろいろついてて面白いね」

「せやろせやろ。この鉄神82型の面子なんてマニアの間では高値で取引されてるプレミアもんなんやで。成宮の奴は持ってるみたいやったけどな」

 成宮君か……あんなことになるならもっと話したかったな。

 人の良い彼とならきっといろいろな話を出来た筈だ。

「なあ都築。自分はどう思う」

「え? ああごめん。聞いてなかった」

「まだ何も云うてへんから構へんよ。動機になった船の事や」

「う~ん。なんというか、現実味がないっていうのが正直なところかな」

 遊木君の目の色が一瞬だけ変わるのをボクは見逃さなかった。やっぱり彼も思うところはあるのだろう。

「実際モノクマが動かしているのは見たけどボクはバイクの免許も持ってないし、仮にあれを手に入れたって運転出来るとは思えないよ。それに島一つ見えない海のド真ん中にいきなり投げ出されたって、食料も無いし燃料だっていつまで持つかわからないんだから、あの船に乗るのは無謀だよ」

「さすがは超高校級のバックパッカー。自然との付き合い方がようわかっとるわ」

「そ、そんなことな――」

 ぎゅるるるるぅ……

「……ごめん」

「気にすんな。つまらん話させて悪かったなァ。わいの事は気にせんと腹の虫を鎮めたってくれや」

「あはは、そうさせてもらうよ」

 ボクは適当に選んだハンバーガーの自動販売機にモノクマメダルを入れるとチーズバーガーのボタンを押す。が、自動販売機はうんともすんとも云わなかった。

「あれ? おかしいな出てこないぞ……ってあれ!? メダルも出てこないぞ!?」

「なんやメダルだけ飲まれたんか? 古い自動販売機にはよくある事や。野良犬に噛まれた思うて他の自動販売機にしとけ」

 こ、こんな事あっていいのか? なんだかすごく悔しい……っ!

「いやいいよ。なんだか余計にこの自動販売機で買いたくなった」

「ハァ。どないなってもわいは知らんで」

「出でよ! ボクのチーズバーガー!」

 魔物でも召喚するかのようにボタンを強く押してみるものの、やはりハンバーガーが出る様子はない。

「この! この! この!」

「おい都築その辺でやめとけて。ホンマに壊れてまうでこれ」

「もう壊れてるよ! この現代社会のようにね!」

「夢見みたいな事云うなや!?」

 遊木君に止められながらもボクはもう一度モノクマメダルを投入してチーズバーガーのボタンを押す。こうなったら絶対に出してやる! 出てこいボクのチーズバーガー! バーガーッ!!

 ――ゴトンッ

「出た!」

「マジか!?」

 遊木君の驚く顔を尻目に見ながら、ボクはようやく出てきたひとつなぎの大秘宝(チーズバーガー)を取り出す。

「…………は?」

「ん? どないした都築。まさかてりやきバーガーが出てきたとかどうでもええ間違えしたんやないやろな?」

 それならどれだけマシだったことだろう。

 今ボクの手にあるのはひとつなぎの大秘宝でも霊王の器でもなく、誰でもすぐに理解出来るわかりやすい悪意だった。

「これ、どうしよう」

「なあ!? お前なんちゅうもん持っとるんや!?」

 遊木君が驚くのも無理はない。だってそれは――

「それ……拳銃やないかいッ!」

「うん。ねぇ遊木君、ボクの頬をつねってくれないかな?」

「現実逃避すんな! いや、したなるのもわかるが……おい都築! それ貸せ!」

「ボクを撃つの!?」

「撃つかボケェッ!」

 強烈なツッコミが打撃となってボクの鳩尾に叩きこまれる。

 こ、これが関西のツッコミ……痛いけど少しだけ感動。

「モノホンかどうか確認するんや。仮にモノホンなら、この磁石がくっつくはずや」

 そういうと遊木君は、あの四次元ズボンから薄いシールのようなおもちゃを取り出した。

「なにそれ?」

「マグネットエレキ知らんのか? 気になったんなら自分でググれ」

 気になるけどあのパソコンじゃググレないよ……。

「話を戻すが、前に駄菓子屋のおっちゃんに聞いた事があるんや。実銃とモデルガンの違いは鉄製かプラスチック製かって事らしいで」

「そうなんだ」

「ああ。せやからその拳銃がモノホンなら、この磁石がくっつく云うわけや」

「な、なるほど。それじゃあお願いするよ」

 ボクはなすがまま拳銃を手渡すと、遊木君は生唾を飲みながら拳銃のスライド部分に磁石をつける。

 そしてゆっくり手を離すと、その磁石は落ちる事なく拳銃と一体となっていた。

「モノホンみたいやな」

「そうだね」

 言葉に出来ない沈黙が広がる中、自動販売機の無機質な機械音だけが微かに響く。

 しばらく沈黙が続いていると、それを破ったのは遊木君だった。

「これはお前が持っとけ」

「ええ!? どうしてボクが!?」

「見つけたのはお前やろ。それに適当なとこに捨てて太刀沼あたりが見つけてみぃ。騒ぎになるのは容易に想像つくやろ」

 そう云われた瞬間、いつもの癪に障る笑い方をしながら無鉄砲にはしゃぐ太刀沼君の姿がイメージされる。

「確かに。それは一番危険だね」

「せやろ。見たところ弾丸は入ってないみたいやから最悪の事態は起きへんやろうけど」

「それでも危険だよ。ボクに任せて」

「すまんな」

 

 

 遊木君と別れた後、実銃の物理的な重さと精神的な重さに耐えるべくベルトを締め直しながら空いた時間を散策に費やしていると、鈍い音を立てながら震える洗濯機の前で細い足をぶらつかせる花子さんの姿があった。

「こんなところでどうしたの?」

「つづきサン。いまジャージをクリーニングしてるとこデス」

 なるほど。新しい洋服を買ってもらったから今まで着てたジャージを洗濯しているのか。

「その洋服随分気に入っているみたいだね」

「はい。あねごサンがプレゼントしてくれたものデスから」

 スカートのフリルを触りながら頬を染める花子さん。

 慣れてきたものの未だ照れが残っているんだろうな。

「ところでつづきサン。みやびチャンのイドコロしらないデス?」

「居所? ごめん知らないなぁ」

「そうデスか」

「なにか用事?」

「そーいうのちがうデス。ただ、ゴヨースおかしかったので、ツリーになったんデス」

 ツリー? つりー、treeは日本語で木だから……

「あ、気になるってことか!」

「ほわっと?」

「なんでもないよ。こっちの話」

 小さな体とは逆にわざとらしいくらい大きな動きで疑問符を浮かべる花子さん。

 まるで喜劇を見ているかのようでなんだかおかしい。

「つづきサン、ひとりでニヤニヤしてきもちわるいデス」

「ごめん、ごめん。そういう動きはやっぱりはなっちーの中に入ってるから身に着いたの?」

「そうデス。はなっちーのとき、いつもよりビッグにアクションしないといけないデス。おきゃくサン、みてくれないデス」

「いろいろ難しいんだね」

「デスデス」

 これまた見栄を張るように大きく頷く花子さん。

 彼女の動作は見ているだけで笑顔にさせる不思議な力を持っているようだ。

「そういえば、はなっちーの中にはいつから入ってるの?」

「フラワーもブラッシュするちゅーいちのころデス」

 そ、そっちを英語にするんだ……。

「わたし、むかしからダンスがラブだったデスが、パーパきびしくて、ダンススクールかよえなくてこっそりシングルでおどってたデス。

 だれかにわたしのダンスみてもらいたい、でもパーパもこわい。そんなとき、ネットでダンスをとーこーしてるガールをみてこれだ! っておもったデス!

 でもフェイスだすのブラッシュで、どうしようかとブレインしぼってたら、テレビジョンでダイナミックにジャンプするゆるキャラさんをみてピカーンとなったデス」

「あ、もしかしてそれがはなっちー?」

「ハイデス! いらなくなったクロスやクローズこっそりあつめて、いっしょけんめーつぎはぎして、はなっちーオギャーしたデス」

 オギャーって……。いや、今突っ込むのはさすがに野暮か。

「ムービーのさつえーやとーこーはベリーハードデスたけど、とーこーしたムービー、ワンウィークしないうちにハンドレッドサウザントとっぱしたデス。あのときはおったまげーデスた!」

 両腕を大きく広げてその時の驚きを表現する花子さん。

 そりゃあ投稿して一週間もしないうちに10万回も再生されたら驚くよね。でも、謎の着ぐるみがキレのあるダンスをする動画があったらボクも見てしまうかもしれない。

「おちょーしにのってセカンドムービーとーこーしてみたら、こんどはそのムービーがミリオンになって、はなっちーはイチヤクゆーめーになったデス。テレビジョンのしゅつえんやコマーシャルのワークもオファーされて、おめめグルグルデスた」

「それは凄いね。でもそんなに有名人になったならお父さんもさすがに気付いたんじゃない?」

「は、ハイ。シークレットでワークしてたのバレて、ベリーおこられたデス。アースクエイク、サンダー、ファイア、まとめてアタックされたかとおもったくらいに……」

「ん? ゲームの話?」

「ちがうデス! それだけガクブルだったてことデス! デス!」

 頬を大きく膨らませながらポカポカとボクを叩く花子さん。地味に痛い。

「ご、ごめん花子さん! ボクが悪かったよ!」

「プンスカデス! はなっちーだったらいまごろウォールにうめてたデス」

 ……安易に想像付くのが嫌だなぁ。今花子さんの姿で本当に良かった。また余計な事を云って本当に壁に埋められる前に避難しよう。

「じゃ、じゃあボクはこの辺で失礼するね。また後で」

「ハイデス」

 大きく手を振る花子さんに手を振り返してランドリーを後にすると、ボクは寄り道することなく自分の客室に戻った。途中で実銃の重りに肝を冷やしたけど、それもクローゼットに仕舞う事でなんとか消し去った。

 

 

 嫌な汗をかいたので一度シャワーを浴びてからレストランに足を運ぶと、ボクは適当な席に腰を下ろして一息つく。

 やっと落ち着く事が出来た事で一時の平穏を満喫していると、珍しく太刀沼君が花子さんと相席して話をしているのが目に入った。

「おい中の奴」

「……花子デス」

「どっちでもいいけどよぉ。テメェは今なんなんだ?」

「わけがわからないデス」

 うん。正直会話になってない。

 でも本当に今日は珍しい光景を見るな。あの太刀沼君と花子さんが相席だなんて。

「だからあれだよ! つまりな? 着ぐるみを着てねぇ今のお前はゆるキャラなのかどうかって事だよ!」

「ほわっと? わたしはわたし。はなっちーははなっちーデス。みんなのハートの中でビートしてるデス」

「フフフ、なにやら名言が生まれたわね。花子さん……恐ろしい子ッ!」

 どこぞの大女優のように白目で驚愕する夢見さん。

 片目を髪で隠していたりして妙にあの人に似ているからやめてほしい。これが漫画なら確実に怒られていた。

「つまり太刀沼君は、はなっちーの状態じゃない花子さんが、超高校級のゆるキャラと呼んでいいのかってことを聞きたいんじゃないかな?」

「そうそれだよ! さすがは俺様のソウルフレンドだぜ紫中!」

 太刀沼君の飛ばしたウインクを心底迷惑そうな顔で避ける紫中君。というかいつソウルフレンドになったんだろう。

「でも、私も少し気になるかも」

「せやな。実際はどうなんや花子」

 みんなの興味が花子さんに向けられる。

 正直ボクも気にならないと云えば嘘になる。超高校級のゆるキャラは、はなっちーと花子さん一体どっちなんだろう?

「むむむ。スカウトされたの、はなっちーのときなので。たぶん、はなっちーがちょうこうこうきゅーのゆるキャラだと思うデス」

「じゃあ今のテメェは何になるんだ?」

「…わからないデス。あねごサン、わたしはなんなんデス?」

「え!? ん、ん〜……お花は……お花よ? それでいいじゃない!」

「その誤魔化し方はねぇんじゃねぇか? ちゃんと答えてやれよ! あ・ね・ご! ゲハハハ!」

「こ、こいつぅ……!」

 お腹を抱えて笑う太刀沼君に拳を強く握るハミちゃん。その気持ちは痛い程わかるよ。

「あ、それなら私達で花子ちゃんの才能を考えるってどうかな!」

「夕飯までの暇つぶしにはなりそうやな」

「あ、じゃあ超高校級の中の人とか?」

「それはないかな」

 あっさりと拒否されてしまった。

「うーん。超高校級のマスコットとかどう? 花子ちゃん小さくて可愛いし」

「マスコットは無いやろ。超高校級の妹分とかどや?」

「それなら雅もでしょ」

「フフフ、では超高校級のシャドウなんてどうかしら」

「わたし、ペルソナかんけーしデス」

 ペルソナってなんだろう……。たまに置いてきぼりなるのが寂しかったりする。

「なら超高校級の???ってのはどうよ」

「フフフ、ミステリアスでとてもそそられるわね……ンッ、火照ってちゃいそう」

「もうなんでもいいデス」

 ため息交じりにはなっちーぬいぐるみのお腹をぷにぷに触る花子さん。ああしていると落ち着くのかな?

「じゃあ決まりだな。これからテメェは超高校級の???の花子だ。ありがたく思えよ! ゲハハハ!」

 なんだか納得がいかないような表情を浮かべる花子さんに同情していると、ハーブの優しい香りを漂わせるティーカップを、なんと人数分乗せたおぼんを持って指原さんが覚束ない足取りでやってきた。

 な、なんて無謀な事をしているんだ指原さん。そのチャレンジ精神は認めるけど、自分の出来る範囲で頑張ってもらえたらボクは今冷や汗を全身にかかなくて済んだのに。

「な、なんの、お話、ですか~?」

「花子さんの才能についてね」

「み、みやびチャン。それよりぬきレッグさしレッグデス」

「ぬ、ぬきレグ?」

「な、なんでもないわ! 今はお茶を運ぶのに集中しなさい」

 お昼の惨事が脳裏に過ったのかみんなの顔に焦りが浮かぶ。

 それはそうだ。誰だってあんな目には遭いたくないだろうボクだってもう嫌だ。

「お、おい指原。なんでわいの方に来はるんや?」

「す、すみません! い、一番近いテーブルに座っていたので」

「しくじった……そ、そうか。まあ気ィつけぇな」

「私手伝おうか雅ちゃん?」

「だ、ダイジョーブです。一人で、出来ます、から……」

 知らない人がみたら救急車を呼ばれそうな程震える指原さん。

 でもその足取りはゆっくりだけど、確実にテーブルへと向かって来ている。

「ゲハハ。まさか俺様が震えるとはな」

「伯爵。今この時だけは、儚き夢を抱く少女に加護をもたらしたまえ」

「ふぁあ……」

 もう少し……後数歩……よ、よし! 後はそのままおぼんをテーブルに下ろせば――

 

 

 ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!

 

 

「また爆発!?」

「ってことは……まさか」

 深海さんの嫌な予感は的中した。

 煙の中から放り出されるように出て来た咳き込む玉村さんを見て、ボク達はなんともいない脱力感に襲われた。

「けほけほっ。なんで? どうしてぇ?」

「それはこっちの台詞です投球姫」

 玉村さんの後に続いて煙の中から姿を現す生田君。

 整った顔立ちは昨日と同じく煤で汚れているものの、スーツの上着を肩にかけた颯爽とした姿はヒーローのようにも見える。あの人を見下すような目がなければ。

「あなたは確か焼きおにぎりを作りたいと云っていましたよね? おにぎりは得意だから任せてほしいと。なぜこんな事になっているのです?」

「焼くからにはオーブンかなって思って。それとね厘駕くん。焼きおにぎりじゃなくて爆弾焼きおにぎりだよ! 大きくて食べ応えバッチシな――」

「なるほど! つまり投球姫は爆弾焼きおにぎりで本当に厨房を爆発させたというわけですね! 素晴らしい! 学習能力は無いのに洒落を利かせる事は出来るとはどういう脳神経をしているのでしょうか! 俺はとても気になります!」

「そ、そんなに褒められると照れちゃうよ……」

「褒めてない! それ褒めてないよ晴香ちゃん!」

 深海さんの冷静なツッコミが矢のように玉村さんを射抜く。

 ツッコミといえば遊木君は大丈夫なのか? 確か指原さんが遊木君の近くで――

「ホンマええ加減にせぇよ」

「すみません! すみません! すみません! すみません!」

 全身ずぶ濡れで金持ちマダムもビックリする程にハーブの匂いを纏う遊木君と、その遊木君に向かってぶっ壊れた水飲み鳥のように頭を下げて謝る指原さん。やっぱりこうなったか……。

『ちょっとちょっと! なにしてくれてるのさ!』

「げっ!? 出やがった」

「こんな状況じゃあさすがに出てくるでしょ」

『玉村サン。施設の破壊は船内ルール違反だよ。どういう意味かわかるよね~?』

「お、オシオキ!? やだ! ぼくこんな事で死にたくないよ!」

『ルールは絶対だよ! クマに二言無し! うっぷっぷっぷ!』

 顔を真っ青にして壁に背中をつけて震える玉村さん。

 確かに厨房を台無しにしたのはいけない事だけど、でもこんな事でオシオキなんてあまりに酷過ぎるよ!

「モノクマ! それはさすがに――」

「おかしな話だな」

「……え?」

 声のする方を振り向くと、いつの間にかスーツの上着を着ていた生田君が袖の汚れを手で掃いながらモノクマに冷たい視線を向けていた。

「キサマはルール違反は絶対だと云ったな? なら何故昨日の爆発の時は現れなかったんだ? いくら船を作っていたからとはいえこれだけ大きな爆発ならキサマも気付いていたはずだろう」

『こっちも忙しいんだよ! そもそも裁判の終わった次の日に厨房爆発させるとかオマエラおかしいんじゃない!?』

「つまりキサマは一度見逃しているわけだ。なら今回も見逃せ。オーブンは完全にお釈迦になったが厨房自体はそれほど被害を受けてはいない。掃除等は全てこの俺が特別にやってやろう」

『オマエなんでそこまで偉そうなんだよ!』

 あのモノクマにまったく怯まず云い合えるなんてどれだけ怖い物知らずなんだ生田君。

 というか、昨日あれだけ酷い爆発だったのに無事だったのかオーブン。なんだかごめんよオーブン。君の事は胸に刻んでおくからね。

『ハァ、わかったよ。クマの顔も三度までって云うしね。今回だけは見逃してやるよ』

「ほ、本当に!? ありがとう! 生田君のおかげだよ!」

「よかったですね投球姫」

『でもお咎め無しとはいかないよ。そこまでボクも優しくないからね』

「まさか他の奴がオシオキされるとか云わねぇだろうな?」

「フフフ、ありえない話ではないわね」

『それも悪くはないけど、今回は学生らしく連帯責任をしてもらうよ。ほら、オマエラの大好きな皆一緒って奴だよ』

 連帯責任? 一体こいつはボク達に何を……。

『今から三日間、オマエラには飲食店を一切利用させません!』

「なんだそれ。別に大した事ねぇじゃねぇかよ」

「十分大したことでしょ!? あたし達食事が出来なくなるって事よ!」

「ハァッ!? ふざけんなよテメェ!!」

 太刀沼君が今にも殴りかかる勢いでモノクマに詰め寄ると、モノクマはそれを煽るように嘲笑った。

「うぷぷぷ。そのままボクを殴れば君がオシオキされる事になるけどいいのかな? まあそしたら今のは取り下げてあげてもいいけどね! みんなの為に命賭けちゃうの~?」

「ホントにムカつくぬいぐるみだなぁテメェはよぉ!」

「やめて太刀沼君! そんな事誰も望んでないよ!」

「そうデス。ねざめがバッドになるデス」

『うぷぷぷ! まあ餓死されても困るからね。特別に自動販売機だけは使わせてあげるよ。今時のさとり世代の君達なら三日間カップ麺でもどうにかなるでしょ? よっと!』

「ぐッ!?」

 まるで格闘ゲームでも見ているかのようにバック転しながら太刀沼君の顎を蹴り上げると、モノクマは鋭利な爪を出しながら瞳をギラつかせた。

『ほら! オマエラさっさと出て行きな! ここはもう立ち入り禁止だよ!』

「ったく、今日はホンマ厄日やで。誰かさんのせいでな」

「す、すみません」

「ごめんなさい」

「おい糸目。それ以上女神達を責めるなら俺がこの場でキサマを――」

「生田君も遊木君もそれ以上喋るな! じゃないと抜歯よ!」

「フフフ、体内に封じられた魔獣が呻き声をあげているわ」

 各々不満の声と腹の虫を合唱させながらレストランを後にする。

 ボクも客室に戻ろう。とりあえず明日は起きたらすぐに朝ご飯だな。あ、そうだ。明日ボクもあのうどんを食べてみよう。うどんの自動販売機なんて初めてだしね。

 

 

 次の日。

 モノクマによるアナウンスで目を覚ましたボクは、一階に向かう前にレストランに立ち寄る事にした。

 もしかしたら普通に使えるのではないかと淡い期待を寄せていたけど、やはりレストランの扉は鍵がかかっていて、ご丁寧に黒と黄色のトラテープまで張られていた。でもそれ以上に気になったのは……

「なんだか異様に静かだな。みんな一階にいるのか? ボクは気にならないけど、女子は朝からカップ麺とか気にしないのかな。あ、でもパンの自販機もあったか」

 瞬間、何故かメロンパンを美味しそうに頬張る深海さんの姿が脳裏をよぎる。

 いやいや。なんでそこで深海さんなんだ? いや、深海さんって確かにメロンパンが似合いそうだけどでもボクには関係ないし! そもそもどうして深海さんが!? あ~もう! なんなんだボクは!!

「と、とにかく! 今は一階に行って腹ごなしだよな! うん! そうしよう!」

 誰かに聞かれたら確実に海に身を投げ出しそうな事は一度忘れ、ボクはお腹の虫を鎮めながら再びエレベーターに乗って一階へと降りた。

 鈍い悲鳴を上げながら、ゆっくりと落ちて行くエレベーター。

 乗る度に思うけど、もう少し改善した方が良い気がするんだよなぁ。まあ、あいつに云ったって工事なんてしてくれるわけがないけど。

 不満を心の中で唱えているとエレベーターの悲鳴が泣きやむ。

 目の前で閉まっている扉が降りる時と同じくらいにゆっくり開くと、ボクの目に映ったのは苛立たしく貧乏揺すりをしながら腕を組む生田君の姿だった。

「誰かと思えばキサマだったかプランクトン」

「どうしたの生田君? なんだかイライラしているみたいだけど」

「まあいいか。おいプランクトン。黙って俺に着いて来い」

 相変わらず偉そうに云いたい事だけ云うと、ボクに背中を向けて元来た通路を戻る生田君。一体何があったって云うんだ? 明らかに只事じゃなさそうだけど。

 その時のボクは気付かなかった。いや、気付かないフリをしていたんだと思う。

 この空気は既に二回も感じているのだから、気付かないわけがないんだ。もし気付かない人がいるのなら、それは太刀沼君以上に空気を読む事が出来ない可哀そうな人だとボクは同情する。

 生田君の背中が突き辺りを右に行く。

 この方向は記憶にある。そう、自動販売機だ。昨日ボクが自棄を起こした場所。

 今も客室のクローゼットの中で眠る弾丸の入っていない実銃を見つけたあの場所だ。

 あの時誰と一緒にいたんだっけ……そうだ。遊木君だ。昨日ずぶ濡れになってしまったけどあの後どうしたのだろう。さすがにシャワーは浴びただろうけど、あれだけ濡れたら制服は洗濯しないといけないだろうな。

 そうそう。丁度今足を踏み入れたランドリーでね。真っ赤に汚れたランドリーでね。

 ……真っ赤? どうして? 誰が? ん? 誰って誰だ? ああそうか。あの人の事だ。

 …………遊木君の事だ。

『死体が発見されました! 一定の捜査時間の後、学級裁判を開きます!』

「おい。何を呆けているプランクトン」

「え? あ、ごめん」

「厘駕くん。航くんを連れてきてくれたの?」

 顔を真っ青にしてベンチに腰かけていた玉村さんが弱弱しい声をかけてくる。

 その姿はとても小さく、声をかけて来なかったらまだ気付かなかったかもしれない程だった。

「はい。そこのエレベーターで偶然あったので連れて来ました。これで投球姫の看護が出来ますね」

「それはいいってば」

「えっと。話が見えないんだけど」

「は? 見てわかるだろう。俺と投球姫が洗濯機の中で死んでいる糸目を見つけたんだ。他の女神にもこの事を伝えなければと思ったが、投球姫を一人置いていくわけにはいから俺の代わりを務める奴を探しに行こうとした時に良いタイミングでキサマが現れたというわけだ。さあ、わかったらさっさとこの事を他の連中や女神達に伝えて来い」

「……いろいろ云いたい事はあるけど、とりあえずみんなを呼んで来れば――」

 

 

『死体が発見されました! 一定の捜査時間の後、学級裁判を開きます!』

 

 

 二度目のアナウンスがボクの耳に入る。

 今のは空耳? いや、それにしたってはっきりとしていたし、もしかして誤報とか?

「チッ、他の場所でも事件が起きていたとは……おいプランクトン! 何をグズグズしている早く行け!」

「わかったよ。どっちにしても行かないといけないしね」

「ご、ごめんね航くん。ぼくのせいで」

「玉村さんは悪くないよ。ゆっくり休んでて」

「うん。もう少ししたらぼくも捜査するから。あ、一階にはぼく達しかいないはずだから、探すなら二階からの方が良いと思うよ」

 ボクは玉村さんに無言で頷くと、一度頬を叩いてからランドリーを後にする。

 とはいえ二階から四階まで全部回るとなると……いや仕方ない。一つ一つ当たってみよう!

 広い船内を一つ一つ見て回るのはさすがに骨が折れたけど、二階の探索を終えて三階に向かうと、あっという間にそれはわかった。

 ボクの客室がある通路の反対側、女子の客室が並ぶ通路にみんなが集まっていたからだ。その中には深海さんの姿がある。

「深海さん!」

「都築君! アナウンスが鳴っても現れないから心配したよ! どこに行ってたの?」

「ランドリーに行ってたんだ。そこで……遊木君が」

「ウソ、遊木君も……?」

「遊木君、も? もってどういう事? だってさっきのは――」

 誤報じゃないか。

 その言葉を発する事はなかった。

 客室から聞こえてきた、ハミちゃんと花子さんの物である悲痛な叫びが聞こえてきたから。

 ボクは夢見さんや太刀沼君を退けて客室に入ると、そこにいたのは、ベッドの上で毒リンゴを食べた白雪姫のように眠る指原さんの姿だった……。

 

 


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